挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第4章 花の谷の騒乱

15/197

第42~44話 『花の谷』の異変と森の精霊ガールズ

  

 馬車で出発して5日、
 僕らは、目的地である『花の谷』……そこに作られた集落であり、『花の町』の通称で知られる町『ミネット』に到着した。

 途中、魔物に襲われたり、盗賊に襲われたり、シェリーさんに襲われたりしながらも、無事到着することができたのはホントによかった。

 脳内辞書で『暇つぶし=バトル』という変換式が成立している彼女は、2日目朝以降、他の冒険者や商隊が雇った用心棒なんかにも手合わせを申し込んでいた。

 申し込まれたうちの何人かは、ハプニングを装って触っちゃおうとかいう下心を含ませてOKしてたりしたんだけど、そういう人は大体、開始数秒もたずにKOされてた。
 真面目に手合わせ目的で受けた人もいたけど、悲しきかな、似たような感じだった。

 それでもシェリーさん、暇つぶしを求めてあっちこっちに勝負申し込むもんだから、しまいにゃその被害にあってる冒険者の皆さんが、僕に『頼むから手合わせしてやってくれ』とか言ってきたのには参った。

 同じAランクで、唯一あの人の相手になりそうなのが僕だけだから。勘弁してよ。

 さて、『ミネット』は見た目すごく穏やか&のどかで、どっちかっていうと『町』より『村』な雰囲気なんだけど、まあそのへんはいいだろう。

 宿の場所を聞いて、僕ら護衛の冒険者は解散、ってことになったので……各自、自由に町を見て回ることに。

 僕は当然、前々から食べたかった『花料理』を屋台で堪能することにした。
 さすが本場とでもいうべきか、そこらじゅうにあるみたいなので。

 解散と同時に屋台に突撃して購入したそれらは、見た目はその……ちょっと、悪ふざけの産物に見えてしまいそうなそれだった。

 ソーセージと一緒に百合みたいな花を挟んだホットドッグに、スミレみたいな花を挟んだサンドイッチ。タンポポっぽい花を挟んだハンバーガーなどなど。

 どれも、普通の食べ物の中に色々な花が混入してるっていう、悪ふざけみたいな見た目だけど、皆それを普通に食べてる。それでいて、普通においしそうだ。

 一緒に買ったエルクは普通に紙で包んで手に持ってたけど、僕の場合、量が量だ。
 直径30cmほどもありそうな大きな紙皿に、注文した料理全部乗せて屋台を後にする僕を、店のお姉さんは、ちょっと複雑そうな目で見ていた。大丈夫です、全部食べるから。

 で、有言実行。片っ端から口に運び、胃袋に収めていく。

 パンも肉もいい味のものが使われていて……そして、一緒にはさんである花が、野菜の瑞々しさとフルーツのような甘みを醸し出していたのには驚いた。マジかコレ!?

 これが花料理か。期待通り……いや、それ以上だ。どれも美味しいなあ。

 「…………ん?」

 と、花料理を僕が次々に堪能していた時のこと、
 ふいに、エルクが立ち止まって……辺りを見回した。

 「……ミナト、何か聞こえなかった?」

 「? 何かって、何が?」

 「何か、こう、甲高い……小さな子供の声、みたいな感じだったけど……」

 ……子供の声?

 いや、そりゃこの町にも子供はいっぱいいるみたいだし、あっちこっちからするけど?

 「いや、普通の声じゃなくて、すごく、澄んだような、響くような……不思議な声だったのよ。しかも、泣き声みたいだったんだけど……ミナト、聞こえなかった?」

 ……?
 そんな声、全然聞こえなかったけど……

 「気のせい……じゃないの?」

 「いや、そんなことないと思うん……あ、ホラまた聞こえた!」

 と、言うので……すぐさま、耳を澄まして……一応、『聴力』を強化して、周囲の音を探ってみる。

 けど……

 「…………」

 いや、あの……全っ然、聞こえないんだけど?

 僕の、ちょっと苦々しげになってるであろう顔色から、それを悟ったのか、エルクも困惑したような顔になり、『ホントに聞こえるのよ!』とアピール。

 いやでも、困惑してるのは正直こっちなんだけど……。

 正直、エルクに聞こえるのに、僕やアルバが気付けないってことは、まずないと思う。

 知りうる限り、エルクはそういった方面の訓練なんて積んではいないはずで、聴力は普通の冒険者程度のはず。僕とのトレーニングでも、そんな稽古はつけてない。

 それに対して、僕の聴力は何もしてなくても普通の人間より何倍もいい。

 その僕が、今度は『強化』までして、聞き取れない声を……エルクが?

 「なっ、何よ!? 疑ってるの……って、あ、聞こえなくなった……」

 「…………」

 「ち、違うわよ!? さっきまでホントに聞こえてたのよ!! 何で聞こえないのよ!?」

 いや、こっちが聞きたいよ。

 
 ☆☆☆

 
 で、夜。

 商会の方で手配してくれた宿は、そんなに高級ってわけでもないけど、中々に居心地がいい所だった。結構広いし、ストレスに感じる部分も特に無い。

 何より、宿の食堂でもやっぱり出た花料理が、これまたやっぱり美味しかった。
 なので夕飯は、食べ歩きの時にもまして、たっぷりとそれらを堪能させてもらった。

 ちなみに、ザリーやシェリーさんとは一緒にならなかった。外で食べたのかな?

 

 そしてそれらが一段楽し、外で飲みなおそうと、冒険者たちが『Let’s2次会』なノリで食堂を出て行った後、僕とエルクは、それについていかずに部屋に戻った。

 「にしてもあんた、昼間、宿に入る直前まで露店であんだけ食べてたのに、よくさっきもあんなに腹に入ったわね。いくら胃袋強化できるって言っても」

 部屋でリラックス中に、エルクがそんなことを聞いてきた。

 エルクには昼間、僕がいくら食べてもその気になれば即座に消化できるということを――『エレメンタルブラッド』の詳細までは話してないけど――すでに教えてある。けど、それでも気にはなるようで、現在絶賛ジト目。

 まあ、団体用のパーティメニュー1人で注文してたから、無理ないけど。

 でもね、ホント美味しかったんだよ。未知の味覚、花料理。
 分類としてはサラダに近くなるのに、全然メイン料理でいけるあの味が癖になる。

 それを『へー』と聞き流してるエルクは、今現在……僕が貸した『ネクロノミコン』を暇つぶしに読んでいる。

 僕も暇な時に読んでるこいつは、意外と簡単というか、基本的で使えそうな内容も色々と書かれてることが最近わかったので――ページ数多すぎで、どこに何が書いてあるのかいまだに全然把握できてない――ただいま魔法の修行中であるエルクもまた、時間を見つけて愛読してたりする。

 その結果、今まで積み重ねてきた経験値とあいまって、最近エルクは魔法分野でもかなり目覚ましい成長を見せてきている。

 効率のいい魔力運用に、一番得意な風の魔力を使った、ダガーの切れ味の強化や身軽な移動。さらにもうそろそろ、風の刃で投げナイフいらずの遠距離攻撃なんかにも手が届きつつある。

 その成長ペースは、僕の目から見てもけっこうなものである。

 この分なら……僕オリジナルの、面白便利強力魔法の数々のうちのいくつかを託せるようになる日も、もしかしたら、予想以上に近いのかもしれない。

 もっとも、託すって言っても、前にも言ったとおり、その種類はきちんと選ぶつもりで……『エレメンタルブラッド』なんかは、教えるつもりはないけど。

 信頼云々はともかくとしても……単に、危険なので。

 何せコレ、とある理由ですさまじく難易度が高い上に面倒。
 開発した本人である僕も、5歳の頃から修行続けて、10歳過ぎる頃にようやく形になってきた感じ。そこから更に錬度を上げて、ここまでくるのに計10年以上かかった。

 これに興味を示した母さんも、途中から僕と一緒に訓練し始めたんだけど……それまであった魔法と理論・概念が全く違うせいで、あの母さんすらも大苦戦していた。

 そしてそもそも、その僕や母さんは、普段から厳しい訓練で鍛えてたから、相応のハイペースでの訓練にも耐え切れて……それで『10年』だったのだ。

 まあもちろん、手探りで、術自体を研究・改良しながらだったから、ってのもある。
 理論が完全に完成して、僕の頭の中に入ってる今なら……他の誰かに教える場合、それより短い期間で修行を終えさせることも可能かもしれない。

 ……が、それを考えた上でも、今のエルクじゃあまりに力量不足だ。
 修行そのものにすら、まともについてこれるかわからない。

 だからエルクには、信頼って意味でなら、今すぐにでも教えていいと思ってるんだけど……まだまだ魔力コントロールのレベル上げてからじゃないとダメかな。

 それ全部聞き終えると……エルクは、はぁ、とため息。

 「まあ、わかってはいたけど……上手い話って転がってないものね。せめてそれ私が使えたら、あの『声』の出所もわかったかもしれないのに……」

 あー、なるほど。
 昼間聞いた(らしい)、その奇妙な『声』。エルクは未だに、幻聴などの類だとは思えないって言ってる。幻聴を聞くほど体調悪くないし、寝不足でもない、と。

 ……ここんとこたまに、僕もそろって寝不足になる日があるのはおいといて。

 それになによりそんな風に不確かな感じじゃなかった、と。声にこめられてる感情がはっきり伝わってきた、と。

 まるで……頭の中に直接語りかけてきてるかのように、はっきりと。

 ……いや、ちょっと待ってエルク。
 『頭の中に直接』ってそれ、余計に幻聴に近いんじゃ……まてよ?

 (頭の中に直接……?)

 ふと、そのフレーズであることを思いついた僕は、エルクが読んでる『ネクロノミコン』を借りて、エルクも見てる前でぱらぱらとページをめくる。

 えーと確か、一昨日あたり読んだ部分に、そんな感じのことが……あった!

 「これじゃない? 『念話テレパシー』」

 「『念話』?」

 開いたページに書いてあったのは……僕の前世でも有名だったが、魔法というよりも、超能力としての方が有名そうな『念話』というもの。

 読んで字のごとく、魔法を使って離れた相手と、声を介さずに、思念を飛ばして通話するというもので、才能は必要だが、割とポピュラーな魔法の一つのようだ。

 軍隊に所属する魔法使いの中には、連絡用にコレを会得している者も多いらしい。

 そしてこの魔法、まさに『頭の中に直接声が届く』らしいから……どこから聞こえる、という感覚が無いみたいだし、エルクの証言と一致する。

 でも、そうなると今度は、何だってエルクにそんな『念話』なんてもんが届いたのか、ってことになるよね?

 この町に、エルクに知り合いは、僕とザリー以外にはいないみたいだし。っていうか、そもそもそんな技が使えそうな知り合いがいないとのこと。

 そうなると、別に友達でもないエルクに、誰かから念話が届くっていう状況は何なのか、と考えると……

 
 ……無差別に、滅茶苦茶に送った『念話』での……救難信号、とか?

 
 ☆☆☆

 
 まさかそんなことは、とは思いつつ、昼間、エルクが『声』を聞いた場所に着てみた、僕とエルク。
 すると、まるで狙ったかのようなタイミングで、それは起きた。

 「来た!」

 「え、何が?」

 「声よ声! 聞こえる! えーと……『誰か』、『けて』……多分、『助けて』だと思う!」

 マジか。何てタイミングのよさ。
 そして内容。ホントに救難信号っぽいんだけど……

 しかし依然として、僕とアルバには聞こえてない、この現状。……何でだ?
 救難信号なら、少しでも救助される可能性を高めるために、一定範囲内の全員に無差別に送る、っていうのが普通じゃなかろうか? 何でエルクだけ?

 実際に『聞いて』いるエルクの様子から……その『声』の主は、なかなかに切羽詰ってそうな状況だと推測できるんだけど――エルクがオーバーなだけかもしれないが――いかんせん聞こえないんじゃ、昼間同様出所がわからない。

 『念話』である以上は魔法であるはずだし……その魔力の出所を逆探知するような魔法でもあれば別なんだけど、いかんせん、そんな便利そうな魔法は使えない。

 すると、突然エルクが

 「広場!」

 叫んだ。何事?

 「町のはずれの広場の、大きな木の裏! 途切れ途切れだったけど、たぶんそう言ってた。ミナト、言ってみよう!」

 あ、なるほど。場所を『念話』で聞いたのね。そりゃよかった。
 昼間の時はそこまで聞き取れなかったのかな? いずれにしろ……場所がわかった。

 例によって、地図片手の道案内はエルクに一任して、その『町外れの広場』とやらに駆け足で向かってみる。

 そして、そこで見つけたのは……

 
 ((……子供?))

 

 大木の裏に、隠れるようにしてうずくまっている、子供。
 明るい緑色の髪の、小学生くらいの女の子だった。

 おそらく、エルクの耳に届いた『念話』の主だと思う。この子が。

 どうやら怪我をして動けなかったらしいその子は、疲れからか意識をなくしていた。

 怪我そのものは大したこと無さそうだったんだけど、夜、冷える時間に、薄着でこんなとこにいると、さすがに風邪引いたりするかもしれない。

 何でこんな子供が『念話』なんて魔法を使えたのか、なんでそれがエルクにだけ届いたのか……そういう疑問はあったけども、ひとまずおいといて、手当てに移る。

 あちこちに擦り傷と、足首を軽く捻挫してるみたいだけど、大したことなさそう。
 とりあえず、カバンの中から出した、傷薬とか包帯で応急手当した後に、僕の外套をかけてあげている。寒さ対策。

 それにしても、この子……何だろ、さっきから違和感が……?

 いや、別に、どこか怪しい所があるわけでもないんだけど。何だろう、こう、何か『違う』感じ……?

 と、そんなことを考えていると、さっきまで閉じていた彼女の目がうっすらと開いてきていた。意識が戻ったみたいだ。

 「……お兄ちゃんに、お姉ちゃん……誰……?」

 「えーっと、通りすがりその1とその2……かな」

 「雑ね……」

 まだ完全には目が覚めてないというか、寝ぼけてる状態みたいな感じの彼女だけど、ふと、自分の体を見て、さっきまでと違う所に気付いたらしい。

 夏服みたいな、露出多めの服の間から覗く、その肌……そこについていた傷に、包帯が巻かれ、薬が塗られていることに。

 よく見ると、その服も、なんというか、植物で出来てるみたいな見た目だな。
 あからさまに、葉っぱをつなぎ合わせただけとかじゃないみたいだけど、素材はそれらしい感じに見える。色を染めた感じもしないし、肌触りも、植物に近い。

 「……これ、お兄ちゃんたちがしてくれたの?」

 と、手足に巻かれた包帯を見ながら、徐々に意識が覚醒してきたらしい女の子が、ぽつりぽつりと。

 「あ、うん、そうだけど……痛くない?」

 「うん、だいじょぶ。ありがとう」

 包帯の上から触ってみたりして、感触を確かめながら、そう言う。
 よかった。一応、怪我は見たとおり、大したことないみたいだ。

 動いて、しゃべれるくらいは普通に出来るみたいだし……。

 すると、思わずほっとする僕とエルクの目の前で、その緑色の女の子ははっとしたような顔になって、僕らの顔を見上げる。

 「……お兄ちゃん達、人間?」

 「「え?」」

 ん? 何、その質問?

 その質問の意図が理解できず、僕もエルクも答えを返せないうちに……

 「……お兄ちゃん達も、私達を、さらうの?」

 ……は?

 唐突に発せられたそんな言葉に、僕らがますます返答と反応に困った……次の瞬間、

 

 『『『フラワーフォッグ!!』』』

 

 「「!?」」

 ぼふんっ、と、
 いきなり、そこらじゅうから、薄い黄色の霧みたいなものが噴き上がって、あたり一面に立ち込めた。な、何いきなり!?

 何だって突然、こんな霧が……しかも、その前に聞こえた、何か技名みたいな声といい……ってことはこれ、何かの魔法!? 誰かの攻撃か!?

 鳴き声じゃなく『声』がしたってことは、人間もしくは亜人……盗賊か?

 いやちょっと待て、それよりコレ、霧じゃないぞ?

 「げほ、げほげほっ……な、何これ……煙? 粉? ちょ、何も見えな……」

 よく見えないけど、煙の向こうでエルクがむせてる声が聞こえる。大丈夫かな?

 けど確かにこれ、煙じゃなくて、粉みたいな感じだ。何だろう?
 この匂い、小麦粉とかじゃないな……花の匂い……いや、花粉か!?

 『早く! 今のうちにリラを!』

 『で、でも、花粉出しすぎちゃったよ!? 何も見えない……』

 『いいから早く! 早くしないと、リラがさらわれちゃうわ!』

 その向こうから、そんな声が聞こえて、何人かの足音が近づいてくるのが聞こえた。

 けど、この花粉の霧じゃ、視界も効かないし、息するのも苦しい。音だけじゃ、相手の位置を把握するにも限度がある。

 だったら……よし。足に風の魔力をためて……

 「しぇあっ!!」

 ――ブォウン!!

 「「「きゃあああっ!?」」」

 回し蹴りと同時に、僕を中心に暴風が発生。あたりに立ち込めていた花粉を、根こそぎ吹き飛ばして視界をクリアにする。

 するとそこには、エルクと、さっきからいた緑の女の子の他に……もう3人、似たような格好の子が増えていた。霧が晴れたおかげで、よく見える。

 そのうち2人は、同じような髪に、同じような服。顔……は、まあ、微妙に違うみたいだけど、すごく似通った印象を受ける。

 そして残る1人は……服も髪も、その他にも色々と違った。

 僕らが見つけた1人含めて、緑色の子たちより年上に見える。緑色の女の子達が10歳かそこらなのに対して、この赤い髪の子は、15歳くらいだろうか。

 髪は、何というか……つやのある赤い色で、服も似たような色。
 素材は同じみたいだけど、デザインは少し違って、ちょっと精巧になったかも?

 しかも、朝顔のような、ハイビスカスのようなちょっとかわいらしい感じの花を髪飾りとしてつけている。匂いがするから、造花じゃなく生花みたいだ。

 何が起こったかわからず、緑髪の2人がテンパっているそばで……その子はいくらか冷静で、状況を把握しようと辺りを見回していた。

 そこに僕が着地してきたことで、何が起こったかはともかく、僕が何かしたってことは悟れたらしい。なんかすごい睨まれた。

 ってことは……さっきの花粉はこの子の、もしくはこの子らの仕業か。

 するとその直後、僕の後ろ……まだちょっと咳き込みながら、助けた緑色の髪の子をまだ抱いているエルクの方に目を向けて。ぐっと下唇を噛む。

 「あー……あのさ、まず話を……」

 「このぉっ! 『トレントコールド』っ!!」

 「……聞かせてほしいし聞いてほしいんだけどな……」

 言ってる間に、何か魔法を使ったらしい。その手元から、何やら緑色の風が吹き出して、僕らの方に向かってくる。
 ……けど別に、何も脅威みたいなものは感じないな……?

 とりあえず、エルクと女の子をかばう位置に立って、その風から2人をかばう。

 それが体に当たった瞬間、なんかちょっとだけぞくっとするような感覚があったけど……それ以外は特に何も起こらない。あれ、終わり?

 するとそれを見て、その赤い髪の子は、何故か愕然としたような表情に。

 「うそ……なんで効かないのっ!?」

 顔に絶望が張り付いてた。あれ、今の風、やっぱ攻撃だったの?
 その割には、衝撃波も、カマイタチも起こってないけど……。

 するとその赤い子、悔しそうに顔をゆがめて、

 「っ……この人攫い、リラを返してっ!」

 「「は!?」」

 ……人攫い?

 「そ、そうだよぉっ、返してよぉっ!」

 「何でこんなことするの!? リラちゃん、嫌がって……あれ、嫌がってない?」

 ……??? 何だ、これ?
 何というか、すんごい誤解があるような気がするんだけど……もしかして……

 と、その時、

 
 『『きゃああああ――っ!!』』

 
 「「「!!?」」」

 さらに2人分の甲高い悲鳴が、森の奥から。今度は何!?

 
 ☆☆☆

 
 まとめると、どうやら……この子たち(と、その仲間の子たち)は、人攫いに襲われて逃げていたらしい。その途中で、散り散りになってしまったそうな。
 なるほど、僕らはその人攫いの仲間と間違われたと。

 そしてその直後、本物の人攫いが別な子をさらおうとしてた所に僕らがかけつけて、それを撃退するのに一役買ったところで……誤解が解けた。

 ……そしてもう1つ、その話の流れの中で、ある事実を聞かされた。

 彼女たちが……人間では無い、ということを。

 「『ドライアド』……?」

 「あ、私聞いたことあるわ。たしか、一応、魔物に分類されてる種族で……あ、ごめん、気を悪くしないでね? ええと……森に住む、植物の精霊種なのよね?」

 「はい、その通りです、この森の奥に、集落を作って暮らしてるんですけど……」

 どうやら、彼女達は『ドライアド』という、人間ならざる、植物の化身のような存在らしい。体も、魔力と植物で出来てるんだとか。

 それを聞いて、ああ、と気付いた。
 最初に女の子を助けたあの時の違和感の正体に。

 どこからそれを読み取ったかっていうと、体臭……体の匂いだ。

 この子達の体臭は、明らかに、人間の体臭じゃない。

 普通、人間の体臭って、汗や皮脂その他がメインになって構成されるらしいんだけど、この子の体からは、そういう匂いが極端に少ない。

 変わりに漂ってくるのは、まるで、夏場に茂る草木の若葉みたいな匂いや……真水に近い、澄んだ水の匂い。そっちの方が、圧倒的に強い。

 どう考えても、動物じゃなく植物の匂いだったんだ。
 周りを植物に囲まれてたから、それに気付けなかったけど。

 いやまあ、匂いでそういうの把握するとか、さらっと聞くとただの変態みたく聞こえちゃうんだけど、強化してる僕の鼻だと、相当違って感じたんだよね。

 例えるなら……体育の後の男子更衣室と、春の花が満開の植物園くらいの違い。

 「……極端じゃない?」

 「いや、でも体感的にはホントだし……」

 「え、えっと……続けても?」

 「あー、うん、ごめんごめん、続けて。えっと……」

 「あ、私、ネールっていいます」

 赤い髪の子、ネールちゃん。あらためてぺこり。

 ちなみに、このネールちゃんだけど、彼女は、『ドライアド』じゃないらしい。

 いや、人間って意味じゃなくて……別の種類の精霊、ってこと。

 『アルラウネ』。ドライアドの1ランク上の種族。
 ドライアドよりも強力な魔力を持ち、森の植物の力を借りて多彩な魔法を使う。

 知能も高いから、ドライアドの子達のお姉さん的な立場だったらしい。

 で、そのネールちゃんが続けることには……

 

 彼女達『ドライアド』と『アルラウネ』は、この森に昔から住んでいる種族である。

 魔力が宿った植物から生まれるドライアド達を、森に3人しかいないアルラウネが導き、指導し、暮らしている。

 このことは、『花の谷』の住人は、一応知ってるけど……しかし、彼女達の住む森には、特別な理由の採取以外では入ってこない。薬草とか。

 なんでも、彼女達『ドライアド』と『アルラウネ』は、森の守り神として信仰されているらしく、彼女達が住むこの森は、決して伐採したりしない。木々も荒らさない。

 そして、森に入った時、例え偶然彼女達を見かけても、危害を加えたりはしない。

 ……拝んでくるとか、お供え物置いていく人はたまにいるらしいけど。

 そんな彼女達は、森の中で平和に暮らしてたらしいんだけど、今日、昼過ぎぐらいに……怪しい男達を、森の中で見たらしい。

 薬草の採取に来る、町の人達とも違う……何だかよくわからない、物騒そうな装備に身を包んだ、数人の男達。それを、ネールちゃん以下数人が目撃した。

 すると、そのうち何人かが、彼女達に気付いて、襲い掛かってきた。

 ……で、さっきの話に続くわけだ。

 その仲間のうちの2人は、さっき、僕が仕留めた奴らで、今は、ネールちゃんが魔法で出した、頑丈そうなツタで縛り上げてある。

 それらの事情を、ネールちゃんから聞き終わったタイミングで、唐突に隣にいて、ネールちゃんに撫でられていたリラちゃんが、

 「この森、最近、変なことばっかりなのー……」

 「? 変なこと?」

 そう、悲しそうに言った。

 変なこと……『ばっかり』? どういうこと?

 聞けば、ネールちゃんや、他のドライアドの子達も感じてるらしいんだけど……最近、どうも、森の様子がいつもと違ってきているらしい。

 人攫いの出没―――幸い、まだ誰もさらわれてはいないらしいけど―――はもちろん、

 今まで森に出てこなかった魔物が出てきたり、

 何者かによって、無残に惨殺された森の魔物の死骸が見つかったり、

 そして極めつけ、リラちゃんが『一番やだ』という異変は……

 「この前ね? おっきなトカゲがいたの」

 「トカゲ?」

 「うん。二本足で歩くトカゲ。尻尾が長くて、すっごく鋭い爪と牙なの。私、怖くて動けなくなっちゃって、食べられちゃうと思ったんだけど……何もしないで歩いてった」

 「そいつ、私も見たー! きっと、魔物の死体とか、そいつの仕業だよねー!」

 「怖いねー!」

 「……と、いうことらしいんです。私は……まだ、見たことは無いんですけど……」

 ……ふーん……
 二本足で歩く大きなトカゲ、ねえ……何だろう、やっぱり魔物かな?

 心当たりがあるかどうか、エルクに聞いたけど……ないみたいだ。

 このあたりに出てくる魔物は、植物系か獣系、昆虫系がほとんどで、そんな魔物は知らないと。

 まあ、獣系の中に、トカゲ型の魔物もいるっちゃいるらしいんだけど……『リザード』とか、4足歩行のやつだし……あ、でも、

 商隊の護衛の最中に、『リザードマン』ってのが出てきたじゃん。二足歩行で、剣とか持って戦うトカゲ。ゴブリンのトカゲ版みたいなあいつ。

 ……が、この辺にはいないらしいし……ドライアドたちも、剣とか武器は持ってなかった、というので……違いそうだ。

 じゃあ一体何なんだ……と、僕が再び頭を抱えた……

 ……その時、

 

 ―――ぞくり

 

 「…………っ!!?」

 

 僕の鼻が……森の奥から漂ってくる、ある『匂い』を捉えた。

 直後……僕の中に、その匂いの根源に関する記憶がフラッシュバックし……全身から冷や汗がどっと出てきた。体が……一瞬でこわばる。鳥肌が立つ。

 正面から向かい合っていたネールちゃんが、次いで隣にいたエルクが、それに気づいてぎょっとしているのに構わず……僕は、すぐさま立ち上がった。

 「み、ミナト? ちょ……ど、どしたの!?」

 「エルク、ドライアドちゃん達も、全員……固まって、動かないで。僕から離れないで」

 「えっ?」

 「いいから! 説明してる時間ない!」

 はっきりと、しかし大声は出さないようにして、エルク達に指示を出す。

 わけがわからない、って感じのエルク達だったけど……どうやら必死さは伝わったらしく、戸惑いつつも従ってくれた。アルバも含めて。……よかった。

 そして僕は、その匂いがする方を見て……彼女達をかばう位置取りで立つ。

 匂いの感じからして……どうやら、相当遠くだ。こっちが風下だから、運よく匂いをキャッチできたらしい。多分、向こうは僕らに気付いてない……と思う。

 魔物の匂いは、種族ごとに違うけど……よっぽどよく知ってるものじゃない限り、僕は、嗅覚を強化しても、嗅ぎ分けなんかはできない。

 せいぜい……犬っぽいとか、熊っぽいとかならわかる程度だ。

 ……けど、

 『あいつ』に関してだけは……別だ。
 この匂いは……はっきり覚えてる。忘れたくても、忘れられない。

 ……そして、それを考える中……さっきリラちゃんが言ってた『二足歩行のトカゲ』っていう特徴を思い出す。

 そうか……そういえば『あいつ』も、二足歩行で、尻尾が長くて、爪と牙が鋭い……トカゲだ。

 ……つまり、彼女達が言う、この森に出るようになった、正体不明の魔物ってのは……おいおい、まさか……!

 しばらく、最悪のケースを頭に描きながら……緊張感を絶やさないようにして、彼女達を守る。

 

 ……そのまま、数分。

 匂いの根源は……やはり僕らに気付いてはいなかったらしい。
 ゆっくりと去っていって……においも感じられないくらいの遠くに行ってしまった。

 それを確認して、なおも数十秒警戒した後で……僕は、力を抜いた。

 エルクに『もういいよ』と手で合図して……警戒を解かせる。

 その途端……精神的なものが多分を占めるんだろうけど、どっと疲れが来た。
 よかった……気付かれてなくて……

 でも……さっきの匂いは、間違いなく『あいつ』だ……。まさか、この森にいるのか……? だとしたら……

 「ね、ねえ、ミナト」

 「ん……何?」

 すると、エルクが……まあ、当然だろうけど、かなり心配そうな目で、僕を見ていた。

 ……まあ、話しておいた方がいいだろうな……彼女には。

 『一体何だったんだ』と聞きたそうにしている彼女に説明しようとした、その時、

 

 『『『うわあああぁぁ―――っ!!!』』』

 

 ……町のほうから、そんな……野太い悲鳴がいくつも聞こえてきた。

 今度は何っ!?

 ☆☆☆

 で、何かと思ってそこに行ってみたら……すでにほぼ片付いた後ではあったけれども、そこでは結構な修羅場が展開されていたようだった。

 悲鳴&怒号の発生元は、町の正面入り口近くの広場。

 そこには、結構な数の魔物の死骸があったのだ。
 おそらくは、町を襲うためにやってきたのであろうと思われる、魔物の群れの、しかし力及ばず、町の警備兵や居合わせた冒険者によって駆逐されたらしい死骸が。

 そして、その中心には、

 
 「あら、遅かったわね。もう終わっちゃったわよ?」

 
 最後に残った一匹――全身にびっしり鱗のついた、トカゲみたいなゴリラ――を、一刀の元に切り捨てるシェリーさんがいた。

 
 その後、何が起こったのかをシェリーさんから聞いた。

 それによると……突然、森の方から魔物の雄叫びがいくつも聞こえてきたかと思うと、その数分後には、今は死骸となって転がっている魔物たちが突撃してきたらしい。すっかり世もふけて、暗闇になっている森の奥から、凄まじい勢いで。

 なぜかえらく興奮状態だったその魔物達は、すでに森でひと暴れすませてきたのか、戦いが始まった時、ほとんどがすでにその牙を血に染めていたらしい。

 外回りとかに出ていた兵士達が犠牲になったのか、と一度危ぶまれたけども、確認した結果犠牲者は出てなかったので一安心。
 牙とかについてたのは、おそらく他の魔物の血じゃないかと見られている。

 そんな風に、色々と気になる点はあったけども、襲ってくるなら迎撃しなければと、警備兵達や、近くにいた冒険者・用心棒の類が総動員で応戦。

 そのメンバーの中に、Aランクで突出した実力を持っている、しかも強そうな敵に積極的にかかって行ってくれるシェリーさんがいたこともあり、大した被害もなく自体をおさめることが出来たそうだ。僕が来る前にほとんどを。

 怪我人は多少いるけど、皆軽傷らしいし。その人達は、もう閉まってる時間なのに善意で開けてくれた町の病院で手当てを受けている。

 そっか、ならよかったね……と、いうわけにはいかないらしい。

 そりゃまあ、こんな夜更けにいきなり魔物が襲ってきた、なんて報告が入れば……誰だって不安になろうってもんであるし……そしてそれ以上に、何で突然こんなことになったのか、理由がわかっていない。

 昼間に僕らを出迎えてくれた町長さんの話だと、こんなことは今までなかったらしい。

 この近くの森に住む魔物は、基本的に自分の縄張りである森から出ようとしないし、町なんか襲わなくても森には食料が豊富だから食べ物にも困らない。だから、町が襲われるなんて事態は、ここ数十年1回もないそうだ。

 そして何より、襲ってきた魔物の種類と強さが問題だそうだ。

 襲ってきた魔物の半分以上が、この近くの森でなく……もっと北の、危険度が高い区域に生息している種類らしいのだ。このあたりでは、まず見ることもない種類の。

 その地域こそ、何を隠そう、あの『エクシードホッパー』達が生息する『グリーンキャニオン』らしいんだけど……なんだってそんなとこの魔物がこのあたりまで南下してきて、しかも興奮状態で襲ってきたのか、誰もわからずに不安だけが膨らんでいる現状だ。

 「こういうこと、今までなかったんですよね?」

 「ええ、初めてです。まあ、このあたりにも魔物がいないわけじゃないんですが……せいぜい『ウルフ』だとかその程度なんですよ。町を覆う柵には、薬草花から作った、下級の魔物を寄せ付けない香を備えてありますので、ほぼ脅威にはなりません」

 と、襲撃が終わってと片付けも済み、安全が確保された広場に来た町長さんが話していた。

 へえ……この町、そんなもんまであるのか。さすがだ。

 「しかし……『ウイングボア』に『リザードコング』に『ライノセラス』……この近くでは見たこともない魔物ばかりでしたね。いったい誰がこんな……」

 ああ、そういやいたな。羽毛の生えた蛇とか、鱗だらけのゴリラとか、サイっぽいのとか。全部もう死んでたけど。

 そして後ろからエルクが『全部Cランク相当よ』と教えてくれた。
 熟練の冒険者でようやく対応できるレベルか、そりゃ確かにきついな。

 しかし僕もエルクも、何か毎回似たようなトラブルに遭遇するなあ。
 いるはずのない魔物がいるはずのない場所に出るって……。

 一応、近くで何かヤバい魔物が出たとか聞いてません? って聞いてみたけど、町長さん、心当たりないそうだ。

 一応、シェリーさんにも聞いてみたけど、地元民でもない彼女に、心当たりなんて当然あるわけもなく、

 「んーまあ、歯ごたえがあるっちゃある奴らだったんだけど……ほら、最近はミナト君との手合わせになれちゃったからさ、やっぱあの程度だと物足りないっていうか、ねぇ?」

 「……知りませんよ」

 こんなこと言い出す始末。
 しかもその後さらに『今からどう?』ってあんたホント空気読みなさいよ。

 と、僕が『やです』とため息混じりに断っていたその時、後ろにいたエルクが、ちょんちょん、と僕の肩を後ろから小突いた。

 町の有力者達と対策や原因究明なんかの議論をしている町長さんの邪魔にならないように、声を小さくしてで、

 (何、エルク?)

 (ミナト、この話も気になるけど……後で一旦村抜け出しましょ。ネールちゃんからまたテレパシー入ったの。話したいことがあるんだって)

 (そっか……わかった。じゃあ、この後何か適当に理由つけて抜け出そう)

 そしてその後、議論しても答えが見えてこないので、これ以上はムダだと判断したらしい町長さんは、とりあえず警備を強化するということで一応の対策として、その場は僕ら冒険者達も含めて解散となった。

 

 ちなみに、
 その時、シェリーさんが『どこ行くの?』って僕らについて来そうになったんだけど、

 僕が『ちょっと他の人にはついてきて欲しくないんだけど……』って、エルクの手をしっかり握りながら(暗闇+方向音痴だから迷ったら洒落にならんし)言ったら、

 『あ、そっかー。ごめんごめん、そりゃ私お邪魔よね、ごゆっくりー♪』

 って言われて、生暖かい視線を向けられた後にシェリーさんが退散して、その後、顔を赤くしたエルクの渾身のボディブロー『この!! バカ!!』をみぞおちに食らったんだけど……それら一連の理由がわかる人、誰かいたら教えて?

 
 ☆☆☆

 
 で、
 何だかわかんないけど殴られながらシェリーさんを追い払って、無事に僕らだけでネールちゃんとの待ち合わせ場所(エルクが念話で決めた)に来てみたら……

 「やあ、ミナト君、エルクちゃん、お先に失礼してるよ」

 「あ、あの……この人って……?」

 ……何でコイツがいるんだ?

 月明かりだとちょっとわかりにくい、オレンジ色の髪をなびかせたザリーが、ネールちゃんにバリバリ警戒されながらそこに立っていた。

 「いや実は僕さ、ある程度のレベルの念話を盗聴できるマジックアイテム持ってるんだよね。それさっき使ってたら、偶然エルクちゃんと、そこにいる『アルラウネ』のお嬢ちゃんの会話が聞こえてきたわけ。ごめんね、勝手に聞いて、しかも来ちゃって」

 後から行くと警戒されると思い、エルクとネールちゃんの念話で聞いた待ち合わせ場所に先回りしたそうだ。……何がごめんだ、こんにゃろ。

 けど、一応こいつは常識はあると思うし、少なくともネールちゃんに何か悪さをするような奴ではない。アイリーンさんが、架け橋役として信頼するくらいの人徳はあるはず。

 とりあえず、ネールちゃんのことに関しては吹聴しないように言った上で、盗聴その他の罪に関しては、無言でゲンコツを一発脳天に落としておいた。

 けっこうな威力で殴ったので悶絶してたけども、回復は特に待たないでネールちゃんとの話を進めることに。

 彼女達を狙ってきていた誘拐犯たちは、森からもういなくなったらしい。少なくとも、今は。
 ただ、ネールちゃんたちが目撃した人数は、1人や2人じゃなかったらしいから、依然として油断は出来ないんだろうけども。

 突如現れた北の魔物に関しては、森には行かなかったらしいので、ドライアドちゃんたちには犠牲者なんかも出てないとのこと。よかったよかった。

 そして、さっき感じた、あの謎の気配については、今以上の情報はなし。
 ドライアドちゃんたちの中に、その『緑色の大きなトカゲ』を見た者達はいるらしいけど、ネールちゃん自身は、見てないらしいし。

 「……ドライアド達をさらおうとした人間がいるって?」

 一通り話が終わったあたりで、ようやく回復して会話に入ってきたザリーの第一声。
 顔には、なぜか不思議そうな表情が浮かんでいる。

 「そうらしいよ。一応、この先に2人ふん縛ってあるけど……多分だけど、奴隷商人とか人攫いじゃないかなって。あんまり考えたくないけど……」

 「まあ、確かに……彼女達、幼いけど、見た目はいいわよね……」

 すると、一拍置いてザリーの口からは、

 「……いや、それはない、と思うけどなあ……?」

 そんな、ちょっと意外な言葉だった。

 ? どういうこと? あいつら、奴隷商人とかじゃないの?
 そういうのの中には、人の形してれば、亜人だろうが妖精だろうが魔物だろうが商品にする連中もいるって聞いたから、てっきりその類かと思ったんだけど。

 するとザリーは、

 「ああ、そっか、ミナト君たちは知らないんだね。『ドライアド』とか『アルラウネ』みたいな妖精種ってさ、そのほとんどが、自分が生まれた場所以外で生きていけないんだよ」

 「え、そうなの?」

 「そうそう。ドライアドとアルラウネはたしか、森の空気と水が重要だったと思うから……この森、この谷からあまりに遠く離れて、長期間外に出たりすると、多分……」

 「……その通りです。生きていけません」

 と、ネールちゃん。そうなのか。

 聞けば、仮にさらわれてどこかに連れて行かれ、この森から離れてしまえば、ドライアドおよびアルラウネの生命力は極端に弱まり、数日で命を落とすそうだ。
 それもあって、彼女達は誘拐されないように必死だったと。

 逆に、森にいる間は、高い生命力や魔力なんかの恩恵を受け取ることができる上、人に見つからないように隠密能力も増すらしい。森が気配を消すのを助けてくれるとか。

 そんなわけだから、生まれ故郷を離れれば数日で死んでしまう『ドライアド』みたいな妖精種は、奴隷商人や人攫いにとっても、さらうだけ無駄な存在なのだ。何せ、売りさばくために町に着いた頃には、死んでるか虫の息だろうし。

 別にザリーは妖精に詳しいわけじゃなく、そういった事情があるってのを情報屋の立場でつかんでたから、知識として保有してたわけか。なるほど。

 「じゃあ、何でネール達をさらおうとしてたのかしら?」

 「さあ……まあ、捕まえてあるあの2人締め上げれば白状するんじゃない?」

 「えっと、そう思って私、ミナトさんとエルクさんが行った後に、あの人攫いの2人を尋問してみたんですけど……」

 「うわ、アルラウネちゃん、そんなかわいい顔して拷問とかやっちゃうんだ? けっこう過激?」

 「ち、違いますよっ!! そんなことしてません! ただ、この森に生えてる、匂いを嗅ぐとちょっとだけ正直で饒舌になってくれる花を用意して使っただけです!」

 「……それもけっこうアレだよね」

 慌ててザリーの茶化しを否定しているネールちゃんは、どうやら天然の自白剤を使ったらしい。そんな花あるのかこの森。ちょっと怖いな。僕には効かないと思うけどさ。

 しかし結果は芳しくなかった。
 あの2人は、ただの雇われのゴロツキだったらしく、金で動いてただけ。雇い主の正体や目的なんかも、何も知らされてなかったそうだ。

 結局、ドライアド誘拐未遂事件の真相もまた、謎のまま。

 ……変なことが立て続けに起こってるなあ……。

 ともかく、これ以上話を続けても、何も新しい事実は出て来そうになかったので、町に戻ることに。

 その前に、人攫い×2を、町の警備兵達に突き出すために回収していこうと、2人を縛った木のある場所に来たら……そこの風景が、様変わりしていた。

 見た感じ、自白剤の陶酔状態から正気に戻った2人が、手首のリストバンドあたりに仕込んでたらしい小さな刃物でツタを切って脱出をもくろんだらしい、ってのが、状況から見てわかった。

 そしてどうやらその2人は、ツタを切ったその直後にここに来た何者かによって、殺されたらしいことも。

 戦おうとはしたらしい。手には武器持ってるから(どこに隠してたんだか)。

 けど、この状態……文字通り八つ裂きにされてて、人の形をしてない、ただの肉の塊になってるこの惨状を、そしてこの鋭利な刃物でやられたような鋭い切り口の痕跡を見るに……ろくに抵抗も出来ずにやられたらしいこともわかる。主に、実力の問題で。

 何せ、こんだけ凄まじい殺され方してんのに、この辺りに争った痕跡がほとんどない。
 さっき僕がこいつらを叩きのめした時とほぼ変わってないんだ。

 つまり、争う暇もなく、ほぼ一瞬で殺された、ってとこじゃないかな。

 エルクは、子供には衝撃が強すぎる光景にショックを受けて、エルクの影に隠れて震えてるネールちゃんをなでてあげていた。

 この場所がさっきまでと違うのは、こいつらの血で水溜りが出来てることと……見覚えのない足跡がある所だ。森の奥から出てきて、また森の奥に消えてる足跡が。

 (……この足跡、まさか……!)

 とりあえず、追いかけたりはしない方針で。夜に暗い森の中で戦うとか、無茶だ。

 そして死体×2だけども……放っといても魔物とかが寄ってきて食べそうなもんだけど、その前に他のドライアドちゃんが見てショック受けても悪いので、埋めておいた。

 ☆☆☆

 それら全部片付けて、途中でネールちゃんと別れてから町に戻ると、宿の前に意外なお出迎えがまっていた。
 さきほど解散してわかれた、シェリーさんが。

 どうやら僕らを待ってたらしい。
 あの後、宿に戻ったと思ったら宿にいなかったから、戻ってくるのを。

 で、戻ってきたと思ったらザリーが一緒だったから、ちょっとびっくりしてたけど。

 その直後、エルク(顔赤)が彼女に駆け寄って何かをごにょごにょ囁いてた――『いや、違うのよ、これは……』『……あ、なんだ、そういうこと?』――その理由や内容はわからないんだけど、そのあとシェリーさんに聞かされたのが、何だか興味を引く話。

 どうやら、この晩の襲撃のことを不思議に思っていたために、村の人達に話を聴いていたらしいんだけど……それについて面白い話が聞けたとのこと。
 その話をしてくれた人に会って、というのだ。

 その家に到着すると、玄関で出迎えてくれたのは、腰の曲がったおばあさん。

 僕も背は高い方じゃないんだけど、腰を伸ばしてもその僕の胸くらいまでしか身長がないんじゃないかと思われるおばあさんだった。
 髪は白に近い金髪で、肌は浅黒い。

 僕達を家に上げる際、柔和で優しい感じで出迎え、自己紹介してくれたそのおばあさんによると、彼女は『ドワーフ族』という、人よりも長命な亜人種族であり、今年で114歳になる、言ってみればこの『花の町』の長老みたいな人なんだそうだ。

 この世界では珍しいといえる、床に座るタイプのお座敷に通されて(さすがに畳じゃなかったけど)、座布団とお茶を出された。あーもう、意味もなく安らげる。

 「じゃあおばあちゃん、さっきの話、彼らにもしてあげてくれない?」

 「はいはい、いいですよ。最初からでいいの?」

 そして、おばあさんの話が始まった。
 この『花の町』の、そして『花の谷』の過去についての話が。

 さかのぼること約90年前。

 当事『花の町』は、もっとずっと北の方に位置していたらしい。
 それこそ、今晩襲ってきたような魔物がすんでる、『グリーンキャニオン』に近いところに。

 というのも、そこに住んでいた頃、ここは『花産業』で生計を立てていたわけではなく、当事の人達はそこで『狩猟民族』としてくらしていたそうだ。
 魔物を狩り、その肉や、森で取れた山菜なんかを食べて生きていた。

 それと同時に、森の一部を焼いて、畑にして作物を作っていた。
 僕の前世でいう所の、いわゆる『焼畑農業』っていうアレに近いやつだと思う。

 そしてその町の民達は、外部との接触をほぼ遮断し、孤高の民族として生きていた。
 他の町・国の人と触れ合ったりしないために、険しい北の大地で。

 しかし当事その町には、より豊かで安全な生活を求め、南へ移住しようと提案する人々も現れ始めていた。

 彼ら『移住派』と、狩猟民族としての生活に誇りをもっていたもう一方の『残留派』の真っ二つにわかれた当時の町。互いが互いを否定し、口論がたえなかった。時には、怪我人が出る規模の喧嘩すらも起こっていたそうだ。

 そしてある秋の日、ついにその時は来た。

 互いの生き方・考え方が相容れないという結論が出て、その年の冬を前にして、『移住派』は『残留派』とたもとを分かち、生まれ故郷の北の地を捨てて南へ移住した。

 今のこの、花の町『ミネット』があるこの場所に。

 おばあさん含め、そこに移住した『移住派』の人達は、ここでそれまでとは比べ物にならないくらいに安全で豊かな生活を始めた。

 その頃、森の『ドライアド』達とも仲良くなった。
 彼女達や、彼女達の暮らす森、その周辺の草原なんかから恵みを受け取る代わりに、森には焼畑とかで手をださない、っていう暗黙の決まりごとも、その時に出来た。

 そして、近くに町同士、国同士の交易路があったことから、今まで絶っていた外部との交流も、『花』を特産品にした交益という形で始めることが出来た。

 その後、豊かになった暮らしを『北』に残った人達にも分け与えたいと、何度か交渉を行ったらしいけども、意固地になった『残留派』は聞く耳持たずだった。

 数年それが続いたけども、ついには『移住派』も諦め、それ以来完全に交流を絶った。
 北方には特産品なんかも特になくて、交易するメリットもなかったらしいから。

 ……そして、それから90年。
 今に至る。

 
 ……なるほど、この町にそんなバックグラウンドが。

 この話をさっき、『この村に恨みを抱いてそうな奴とかいないか』って聞かれて、シェリーさんにしてあげたらしい。

 そして、何だってそんなことをシェリーさんがおばあさんに……というか、町の人達に聞いて回ってたのかというと、

 あの襲撃の時……僕が来る少し前。
 戦っていたシェリーさんは、森の方に、数人の怪しい人影を見たらしいのだ。暗闇にまぎれるようにして、森の中に消えていく影を。

 ダークエルフは夜、目が利くらしいので、さすがに顔は無理だったそうだけど、けっこうはっきり見えたらしい。へー、そうなんだ。

 そして、そいつらの体格は割と大柄だったらしい。ってことは……『ドライアド』や『アルラウネ』の子達じゃなさそうだな。

 「何、あの森アルラウネまでいるの?」

 「らしいよ? けど、だとしたらその人影って誰なんだろうね。今聴いた話から考えると……90年前に『残留派』だった人が、今更南に来たとかかな?」

 「まあ、あの襲撃が人為的なものだって仮定すればね。けど、だからってこの町をなんで襲わせるのよ? 意見を違えたのって、90年も前でしょ? 今更、そのころのいさかいを持ち出して八つ当たりなんてこともないでしょうし……」

 「『俺達が北で厳しい暮らししてるのにお前らー!』ってこと? うわ、器小っさ……あ、っていうかそれ以前に、その北の連中が今も生きてるかすらわかんないのよね」

 「だとしたら、今ここにいる町の人達を追い出してこの『花の谷』を自分達のものにしようとしたとか?」

 「待ってみんな、待って。いつの間にか、『北』が関与してること前提で話が進んでるよ? これじゃ視野が狭まるだけだってば」

 と、ザリーがかけてくれた声で、僕ら3人とも『『『あ』』』って具合に気付く。
 確かに……そりゃそうだ。これもまあ、可能性の一つではあるんだけど、何も根拠なんてない、ただ今聞いて印象が強かっただけの話なんだから。

 まあ、シェリーさんの話を聴くと、この襲撃が作為的なものの可能性も否定できないから……頭の隅には入れておいた方がいい可能性ではあるけどね。

 けど、だとしたら問題がもう1つ。

 「でもさ、もしコレが、誰かが仕組んだ襲撃なら……そいつらは、何らかの手段で魔物を操って襲撃させてる、ってことになるんだよね?」

 「そんな方法あるの、情報屋?」

 「名前で呼んでよ……まあ、ないわけじゃないよ? そういう仕事の人もいるし」

 この世界で、『魔物を操る』っていう手段としては、大きく分けて3つある。

 1つ目は、猛獣とかにするように、ただ単に調教する方法。

 鞭とかエサとか、時には薬なんかも使って手段を選ばず、自分を『主人』であると認識させ、魔物にいうことを聞かせる。

 2つ目は、そういう『能力』。

 これはちょっと特殊で、誰にでも出来るわけじゃなく、その分野に特化した『才能』を持っている者だけが出来ること。
 猫族の獣人の一部は、一定以上知能が高い一部の猫系の魔物とある程度心を通わせ、場合によっては使役して従えたりとか出来るらしい。

 中には、生まれつき自分以外の他の、複数の系統の種族にこの能力の『才能』を持ってる人もいるらしいんだけど、詳しくは省略。

 そして3つ目は、『召喚獣』や『使い魔』にして操る方法。

 これはさらに特殊で、その方面に確かな才能を持った魔法使いだけが知る、各自独自に開発・改良した術式で、魔物を完全に使役する方法らしい。

 ……コレ、母さんがやってたな、そういえば。
 詳しく聞こうとしたら『(才能の問題で)ミナトには無理』ってバッサリ切られたけど。あー、今思うと、無理でも詳しく聞いとけばよかった。

 これらのどれを使ってるのかはわからないけど、2つ目と3つ目はかなり激レアな能力らしいし……やっぱ1つ目が濃厚かな?

 仮に『北』が犯人だとすると、その人達もともと『狩猟民族』らしいし……魔物を調教ぐらいなら、やっててもおかしくない。

 けど、だったら首輪とかついててもよさそうなもんだけどなあ……あの死骸の山の中に、パッと見そんなのつけてる奴いなかったっけ。
 まあ、証拠残さないためにはずした可能性もあるか。

 そして今更だけど、このことは、ドライアドちゃんたちの誘拐未遂とは関係ないんだろうか? 同時に妙なことが起こったから、関係あるのかと思ってたけど。

 なんにせよ、何を判断するにも、まだ情報が足りなすぎる、か……。

 (とりあえずミナト、このことと関係あるのかは今はわかんないけど、ネール達の方も放っとけないわよね?)

 (だね。まあ、危なくなったらエルクにまた念話とか飛ばしてもらって、助けに行く?)

 (それ以外どうしようもないか……わかった、そう伝えるわ)

 この短時間のうちに、なんとドライアドちゃんたちとの『念話』をマスターしたらしいエルクが、そう言ってテレパシーを飛ばした。ちくしょう、うらやましい。才能め。

 そして、それを盗聴したらしい――アイテムまだONになってんのか――ザリーが、僕に『何かあれば手伝うよ?』的な視線を送ってきた。……そりゃどうも。

 するとおばあさん、僕らの少し神妙そうな様子をみて何か察したようで、
 しかし、何も別に問い詰めてくるようなことはなく……はぁ、とため息。

 「どうやら、森によくないことが起こってるみたいだねえ、嘆かわしい……私達に豊かな恵みをくれる森なのに……。願わくば、『北』にはそんな愚かなことをしてほしくないもんだけど……。万が一にも……」

 一拍、

 「万が一にも……森の神様を怒らせるようなことがあってはいけないんだからねえ……」

 「森の神様? おばあちゃん、この森、そんなのいるの?」

 ぽつりとつぶやかれたその言葉が気になったらしいシェリーさんが聞き返していた。

 「この森に……私達がまだ『北』にいた頃からの言い伝えでねえ……。人が森に度を越えた悪さをすると、森の神様の怒りに触れて裁きを受けるっていう話なんだよ……」

 「……ホントにそんな護り神みたいなのがいてくれたら楽なんだけどね。悪さする連中がいたらこらしめてくれそうだし」

 「これこれ、オレンジ色のぼうや、そういうこと言うもんじゃないよ。森の神様の怒りは恐ろしいんだから……言い伝えでは、何百年も昔、森への感謝を忘れた村がことごとく破壊され、更地になったとまで言われているんだよ……? かつての『北』の村は、いくつもあった村のうち、最後まで無事に残った1つだとも言われているんだから……」

 「え、実際にそんなことがあったんですか?」

 「っていうか、それ最早、護り神とかじゃなくて破壊神の類だよね……?」

 ……おいおい、そんな懸念事項まであるの?

 神様はさすがにないとしても……まさかとは思うけど、森を乱開発すると出てくる、怒れる破壊神みたいな魔物、この森に眠ってないだろうな……?

 やれやれ、この谷に来たの、護衛依頼ってだけだったのに、また何か面倒なことが起ころうとしてるような気配がするな……

 

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ