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第38~41話 花咲く季節と『赤虎』のシェリー
この話は、書籍出版に伴う差し替え用のまとめ版になります。
『真紅の森』の一件から、およそ一ヵ月後。
僕は、この1ヶ月間続けてきたエルクの修業の成果を目の当たりにしていた。
場所は『ナーガの迷宮』の最下層。
僕らの目の前には、この迷宮で、この間の『ナーガ』を除けば最強である魔物『リトルビースト』が、息を荒げ、よだれを垂らしていた。
その真正面に居るのは……ダガーを手に、姿勢を低くして構えているエルク。
そのエルクに向けて、リトルビーストが勢いよく飛び出した。
迷宮最強の魔物だけあり、初心者にはちょっと絶望的な速度の突進。
普通の人ならその激突だけで即死か、よくてもあばら骨何本も持っていかれるレベル。
それをエルクは、素早い、いやむしろ鋭いと言った方がよさそうなステップで回避し……すれ違いざまに、魔力を纏わせた抜き身の『ダガー』を閃かせる。
ザシュッ、と鋭い音を立てて通過したエルクの刃。
そして次の瞬間、おそらく動脈を切り裂いたのだろうその傷口から、けっこうな勢いで、真っ赤な鮮血が噴出した。見事に致命傷だ。
しかしそこで安心することなく、きちんとそこから素早く跳びすさるエルク。危なげなく、いくらか余裕をもって、あわてて体勢を崩すようなことも無い。
直後、今までエルクがいた場所を、リトルビーストの豪腕がなぎ払った。
おそらく、斬りつけられた怒りに任せて放った闇雲な一撃だろう。その後、自分で自分の攻撃の勢いに振り回されてよろけてたし。
もっとも、それでも細身のエルクが受ければ、『痛い』じゃすまない威力だけど。
首の傷から血を噴出しながら2度、3度と繰り返されるなぎ払いや突進を、エルクは軽やかなステップで華麗に避け続ける。刻一刻と迫り来る、リトルビーストの失血死の瞬間まで、油断することなく。
避けながらエルクは、腰のベルトから、数本の投擲用ナイフを引き抜いて手にとった。
そして、一瞬の隙を見てリトルビーストに、シュッと投擲。
ナイフは全て狙い通り、足の指先めがけて一直線に飛び、命中した。
はい、ここで豆知識。
大体の生物っていうのは、指も使って踏ん張る『足の先』に、より多くの神経が集中しているものである。後ろ足で強く地面をつかんで蹴ったりする時に、有用だから。
その分、痛覚なんかも過敏気味になってて、痛みとかにも敏感なんだけど。
ほら、タンスの角に足の小指ぶつけると悶絶するでしょ?
その要領でエルクは、その後ろ足の指先に投げナイフを命中させ、リトルビーストは激痛と同時に、上手く踏ん張ることすらできなくなった。
必然、それ以後の突進は目に見えて勢いも追尾性能も弱まり、今のエルクの敏捷性をもってすれば、かなり余裕で避けられるものになっていた。
そしてその数分後。
最後の最後までエルクを殺そうと奮戦したものの、出血の限界量に達したらしいリトルビーストは……どうっ、と石の床に倒れこんだ。
そして、それっきり動かなくなる。
そこで油断して近づいたりせずに、死んだのをしっかり確認した後でようやく、エルクも、ふぅ、と息とついて力を抜いた。
……うん、お見事。
エルク、初めての『リトルビースト1人で討伐』達成である。
☆☆☆
迷宮を出ると、時間が経つのは早いもので、時刻はもう夕方近くになっていた。
とりあえず、今現在麻袋に入れて肩に担いでいる、この『リトルビースト』をギルドに運んで換金すべく、僕とエルクは早足で街道を歩く。
担いでいる袋の大きさが大きさなので、目立つけど、もう今さら気にしない。
というのも、気にする意味が無いくらい、最近、僕の顔が広く割れてきてるのだ。
たったの1ヶ月足らずのうちに、ランクFからAにまでのし上がった、色んな噂が飛び交う謎の冒険者。『黒ずくめ』あらため、『黒獅子』。
まあ当然、『ナーガ』の時以上に声かけられて、誘われて、って感じだったんだけど……さすがに二度目だし、ある程度慣れてたので、そんなには気にならなかった。
上手くいなしつつ、いつも通りの冒険者ライフを維持できていると思う。
そんなことを考えつつ、町の大通りを歩いていると、ふと、あることに気がついた。
露店から漂ってくる、串焼きやらケバブやらの匂いは、相変わらず美味しそうなんだけど、それに混じって、別の匂いが……
……この匂いは……花?
よく周りを見てみると、いつもの露店に混じって、ちらほらと……花を売ってる露天が多く見られた。
と言っても、それ全部花屋、ってわけじゃなく、薬草としてとか、食材としてとか……そういうのが大半ではある。純粋な『花屋』は、むしろ少ない。
それでも、昨日に比べて……市場が花だらけだ。何コレ?
☆☆☆
ここから馬車で数日ほど言った所に、『花の谷』という場所があるらしい。
そこは文字通り、花が一杯の場所のようで、生花や、『花』に関係した色々なものの産地だという。
そこには、昔からそこにいる人達が、小さな集落を形成して住んでおり、その谷で取れる様々な特産品を、時折買い付けに来る商人達に売って生活している。
花瓶なんかに使う生花はもちろん、嗜好品の花の蜜や観賞用のドライフラワー、薬草としての役割をもつ種類の花など、色々なものがそこで取れる。
その『花の谷』から、特に仕入れが盛んになるのが、ちょうど今の時期なんだそうだ。
なるほど、それであんなに花がいっぱいあったわけね。
そして聞けば、そこの特産品をふんだんに使った『花料理』なるものを出す店も、この時期になると出てくるという話だ。期間限定的な意味で。
夕飯にはまだ早い時間帯ながら、正直、非常に興味をそそる話である。
わかりやすく表情に食欲を滲ませた僕がエルクに呆れられていると、査定が終わったのか、カウンターから呼び出しがかかったので、リィンさんの待つそこへ向かう。
ギルドカードの返却と報酬の受け渡しに赴くと……エルクのカードに変化が。
表示されているランクが、『D』から『C』になっていたのだ。
どうやら、今までのつもり積もった功績に加えて、今回のリトルビーストが決め手になって、ランクが上がったらしい。
けど、不自然さは感じない。リトルビーストを単騎で討伐できるようになった今のエルクなら、妥当な評価だろう。
もっとも、基礎が出来てたとはいえ、2ヶ月強で『E』から『C』へのランクアップ自体は、これはさすがに過去にほとんど類を見ないものなので、リィンさんも感心してたし、何よりエルク自身が一番驚いていた。
が、今日の驚きはそれだけでは終わらなかった。
リィンさんから、気になる話を聴かされたのだ。
「指名の依頼が来てる?」
「はい。ミナト様宛に、受けて欲しいとの依頼が。お連れのエルク様も一緒で構わないとのことです」
そう言って、手に持っていた一枚の依頼書をすっとさし出してくるリィンさんから、それを受け取って見てみる。
『ボード』に貼ってあるそれよりもサイズの大きいそれに目を走らせると、確かにそれらしき内容が書かれていた。依頼する冒険者を、僕、ミナト・キャドリーユに指定するという旨が。
冒険者として名前が売れてくると、そういうことも増えてくるとは聞いてたけど、実際にこんな風なことになるのは初めてだ。
いったい依頼人は誰だろうと、依頼内容とかをまずは後回しにさせてもらって容姿に目を走らせると……あれ!?
☆☆☆
そして、その数十分後、
僕とエルクは、その『依頼人』の元を訪れた。
「よう来たな。ミナト、それにエルクちゃんも」
嬉しそうに、クリーム色の毛並みの狐耳をぴょこぴょこと揺らす、我が姉のもとを。
いやまさか、ノエル姉さんだとは。
依頼の内容は、簡単に言えば、商隊の護衛だった。
さっき聞いた話だけど、この時期は、例の『花の谷』から花関連の商品を仕入れてここで売る商人が多くなる。
当然商人達は、人気も高く、儲けに直結するこれらの商品を仕入れようと精力的になり、同時にギルドには護衛募集の依頼書が殺到するのだという。
それもそのはず。その『花の谷』というのは、ここ『ウォルカ』の町からだと、いくつかの危険区域を挟んで向こう側にある地域だ。
直接仕入れに行くなら、相応の実力の護衛を、相応の人数つけなければ、決して安全とはいえない旅路。ゆえに直接の仕入れは、個人で細々と行商を営んでいるような人には無理。それができるくらいに余裕のある商人や仲買人に限られる。
それ以外の人は、現地で仕入れた大手の仲買業者から、手数料込みで割高になったものを、こっちで仕入れて自分で売ることになるけど、その過程でかかるコストの分、当然売値も割高になるから、そうする人は多くは無いらしい。
姉さんの『マルラス商会』は、直接仕入れに行く方。
そしてそのためにやはり、護衛を募って商隊を組んで仕入れにいくらしいんだけど、その際の護衛に僕を雇いたいらしい。
もちろん、僕やエルクだけじゃなく、他にも何人も護衛は雇うらしいんだけど、せっかくなら腕も確かで気心も知れてる僕も誘いたい、とのことだった。
信頼してくれてる分には悪い気はしないし、こういう感じの依頼は初めてなので――結果的に似たような感じになった依頼なら一回経験あるけども――受けさせてもらうことにした。
エルク主導で進められた交渉でも、内容的に問題は特に無さそうだったし。
☆☆☆
ノエル姉さんの依頼を受諾した……その翌日。
僕は久しぶりに、エルクを伴わずに1人で行動していた。
というのも、今日1日くらい休んでもいいでしょ、ってことで、今日はダンジョンや危険区域への探索なんかはお休み、部屋でゆっくり休もうってことになったんだ。
エルク昨日、1人でリトルビーストを相手にして疲れただろうし。
ところが今朝になって、僕が姉さんの所に追加注文してた手裏剣その他が届く予定日が今日だったのを思い出した。
別に到着日だからって、今日受け取りに行かなくてもいいんだけど、前世からの癖というか習性みたいなもんで、通販なり注文なりした品物はその日に取りに行かないと気がすまないのである。
エルクには今日きちんと休んでもらいたいし、今日は僕1人で行くことにした。
その帰り道、
「……ん?」
こないだの『エクシード亜種』の一件で、またいろんな人に絡まれたり声かけられたりする回数が増えていたんだけども、最近そういうのが少なくなったな、と思いつつ歩いていた時だった。
大通りに出た瞬間、僕の鼻が、いつもとは違う匂いをかぎつけた。
獣の匂いである。
といっても、街中でそういう匂いがすること自体は、そんなに珍しいことじゃない。
運ばれてくる家畜とかはもちろん、魔物の素材とかからもそういう匂いはするし、時には家畜そのものが魔物、なんてこともある。一部の魔物は、食肉もしくは酪農用に飼育・養殖されてるケースもあるらしいし。
ただし今みたいに、大勢の人の叫び声や悲鳴、そしてドカドカうるさく地面を踏み鳴らす蹄の音を伴ってるケースっていうのは、さすがに記憶に無い。
そして、今正に前方に見え始めた土煙と、野次馬らしき人たちの人垣。
直後、それらが大慌てでささーっと大通りの両脇に、逃げるように動いたかと思うと、その向こうに騒ぎの元凶が見えた。
そこにいたのは、1頭の、かなり大きな牛型の魔物。
思いっきり興奮した様子で、全速力で通りを暴走し、周りで見ている人達を盛大にビビらせていた。ああなるほど、あれは確かに怖い。
首についてる首輪と、そこから伸びる、先端が千切れたような形状になっている鎖を見る限り……どこかの畜産業者から逃げ出して暴走中、ってところだろうか。
しかも、牛は牛でパニックなのか、あっちへこっちへジグザグに走るので、ハラハラして見てられたもんじゃない。いつ誰が轢かれるか。
と、その時、
また何でか知らないけど急に方向転換した先に、びっくりして動けないらしい、おじいちゃんとおばあちゃんが。うわ、直撃コースだ。
放っといても長くはなさそうではあるんだけども(失礼)、前世でおじいちゃんっ子だった僕としては、ああいう人には天寿を全うしてもらいたい。
と、その時、
仏教の存在しない世界で、何に祈ってるのか知らないが、合唱してぶつぶつ何かつぶやき始めたおじいちゃん達と、その牛との間に……1人の女性が立ちはだかった。
あまりにも自然な動作で出てきたんで、一瞬逆に違和感無かった。
けどよく考えたら、おいおい彼女も危ないんじゃないのコレ、という考えに行きついたけども、その直後に目に入ったのは、彼女が腰にさしている一本の剣。
もしかして冒険者か何かか、と思った……次の瞬間、
「――っ!!」
一瞬、何が起こったかわからなくて、
その直後、唐突にぶつかってきた、謎の感覚の正体に気付く。
殺気、だ。
その女性から放たれた、強烈な殺気に……背筋にすら寒いものが走り、体が強張る。
そしてそれを、あの暴走牛も感じ取ったのか、女性に突っ込む寸前で急に方向転換。
おお、よかった。これで老夫婦も女の人も、怪我とかもせずに無事だ。
牛はその角を女性の肌にかすりもさせず、無事に軌道を変えてこっちへ……こっちへ?
「――ってダメじゃん!」
今度はその勢いのまま、僕の方に突っ込んできた暴れ牛。
避けるのはわけないんだけど、僕より後ろにも、子供やら老人やら含む一般人の人達はいっぱいいるわけで、あのまま暴走させとく、ってのも正直どうかとは思う。
「! あっ、やばっ! ねえちょっと君そこ危な……」
と、そこで今更ながら、たった今殺気で牛を避けさせたお姉さんが、かばった老夫婦が無事でも進行方向が無事じゃないのに気付き、直線上にたってる僕にそう声をかけてきたが、あえて無視して、僕は腰を低く構える。
お姉さんの困惑するような顔が見えた直後、
「はっけよい!!」
突っ込んできた牛を、角に当たらないように、相撲の力士みたいに正面からどかっと当たって受け止め、そのままがっぷり組んで力づくで突進を止める。
突っ込んできた勢いが勢いだったから、2、3m後ろに押し込まれたけど、どうにかそこでとめることが出来た。
で、また別な方向に走り出されても適わないので、そのまま牛の首にある首輪から伸びてる鎖をしっかりつかむ。よし、これでOK。
すると一瞬置いて周りから、わっ、と歓声が起こった。
『すげえな』『いいぞ兄ちゃん』『え、もしかして黒獅子?』とかいう声と共に。
やば、目立った。しかも完全に、このカッコからして『黒獅子』だって気付かれたかも……あーもう、最近やっと声かけてくる人も少なくなってた感じなのに……。
救いなのは、今だ僕の傍に暴れ牛がいるおかげで、野次馬なんかが怖がって寄ってこないことだ。あくまで遠目からごにょごにょ言ってるにとどまっている。……気分的には、それだけでも相当うっとうしいけど。
と、思ったら……それを恐れずに近づいてくる猛者が1人。
すごいなって感心するのと、来るなよってちょっとうんざりする両方の思いが僕の心の中に……って誰かと思ったら、さっきのお姉さんじゃないか。
「ふーん……見た目によらずすごいのね、君。力技で突進止めちゃうなんて」
そんなことを言いながら、オックスを恐れる様子もなくすたすたと歩いてくる、度胸のあるお姉さんは、改めて見てみると、またけっこう特徴的な容姿をしていた。
腰まで伸びているつやのある赤い髪に、褐色の肌。
女性として魅力的な……母さんにも負けてないんじゃないか、ってくらいにグラマラスな体つき。それを覆う、ワンピースとチャイナドレスを足して2で割ったような感じの、動きやすそうな、これまた赤い服に身を包んでいた。露出はやや多めだ。
腰には革のベルト。そしてそこに、さっきも見えた一振りの剣をさしている。
金色の装飾で見た目もいいけど、豪華すぎていやらしい感じはしない。刀身を見ないとわからないけど、けっこう実用的なそれじゃなかろうか。
でもってもう1つ、特徴的なのは……耳が、長くて先の尖った、いわゆる『エルフ耳』だったことだ。
そして、『かわいい』とも『美しい』とも表現できそうな整った容姿のそのお姉さんは、彼女は彼女で、笑顔を見せつつも僕を値踏みしてるらしいのが伝わってきた。
剣といいこの視線といい、さっきの殺気といい……やっぱり同業者だろうか?
「見た目華奢なのにねえ。人は見かけによらないっていうのかしら? やっぱりあなたも冒険者?」
「あ、はい、一応」
「やっぱり? なんか周りが騒がしいけど……もしかして有名人なのかしら? 私、この街に来たの最近だから知らないんだけど」
あ、そうなのか。
じゃあこのお姉さん、『黒獅子』っていう名前も知らないのかも。これはラッキー。
そのせいもあるのか、最近ではエルクとターニャちゃん以外には覚えが無いくらいに、色眼鏡アウトな態度で接してくれている。
『さっきは不注意でごめん』とか『止めてくれてありがと』と軽口で言ってくれていると、どうやら牛の持ち主らしい商人の人が走ってきたので、止めていた牛を引き渡す。
腰を90度に折り曲げて丁寧に詫びる商人さんだけど、お姉さんの視線は厳しい。
さっきのおじいさんとおばあさんが、思わず祈っちゃうほど危険だったことを思い出してだろうか、詫びはきっちり聞きつつも、けっこうきつめに文句を言っていた。
初対面で言うなあとは思いつつ、言ってることは最もだし、お年寄りは大切にするべきだとも思ってるので、そのまま言わせてあげました。
短時間ながらガミガミ言われて、恰幅がいいのにちょっと小っちゃくなってしまったように感じる商人さんを開放した所で、お姉さんは今度はさっき助けた老夫婦に一声かけてから、あらためて僕に向き直った。
……こうして見ると、さっき感じたあの威圧感みたいなのが嘘みたいだ。
おじいちゃんおばあちゃんに対して人当たりもいいし、今も見せてくれている、この人懐っこそうな笑顔は、腰の剣がアクセサリーに見えるくらいの可愛らしさを思えさせる。
先ほどから互いに視線を交換していたことにとうに気付いていたであろうそのお姉さんは、ちょっと考えた後、思いついたように言った。
「ねえ、よかったら、今から時間あるかしら? ここで会ったのも何かの縁だと思うし……さっきのお礼とかお詫びもしたいから、ちょっと食事にでも付き合わない?」
と、ウインク交じりにそんなことを誘われた。
え、何コレ、もしかして逆ナン……って、んなわけないか、こんな昼日中から。
同じ冒険者なんだし、挨拶代わりにこういう会話になることだってあるんだろう。
っていうか、お礼とお詫びって何の?
「ほら、さっき私が考えなしに殺気であの『オックス』のこと威嚇しちゃったせいで、君の方に行っちゃったでしょ? その後ろには、子供とか無関係の人もいたし……それを、被害を出さないで収めてくれたことへの、お詫びとお礼。ダメかしら?」
今、ちょうど昼時だということもあって、昼食に誘いたいらしい。
けど……宿で待ってるエルクに、昼過ぎには戻る、って言っちゃったからなあ。
その時、何か昼食になるものを買ってくる、とも。
もっともエルクは、僕が方向音痴だという事を知っているので、『昼1時以降になっても帰ってこなかったら、宿に隣接してる酒場で食べるから無理するな』という通知を貰っている。やれやれ、嫌な意味で理解されてるもんだ。
そういわれてその通りになっちゃうのは嫌なので、誘ってくれるのは嬉しいんだけども、ちょっとなあ……と渋っていると、お姉さんは、『じゃあせめて、露店で何かおごらせて』と言う。なんか譲歩された。
まあそのくらいならと、近くにあったお気に入りの串焼きの屋台に。
この町に来た初日にもお世話になったお店で、いまやすっかり常連だ。
横にいたのがいつものエルクじゃなかったこともあり、『何だ、浮気か?』とか茶化されつつ――慌てて否定したら、冗談だって笑われた――いつものを2本ほど注文。
そしたら横からお姉さんが、『自分用』に串焼きを、僕の倍である4本も注文していてちょっと驚いた。意外と健啖家なんだろうか?
そして、あっという間に焼きあがったそれを渡される時に、
「はいよミナト! それと連れの、えーっと……」
「シェリーよ。あ、そだ、ごめん、まだ自己紹介してなかったわよね? 私、シェリーっていうの。シェリー・サクソン。よろしくね?」
「あ、はい、どうも。ミナト・キャドリーユです」
ちょっと遅めの自己紹介を済ませてから、僕らは串焼きを受け取って店を後にした。
☆☆☆
「へー! じゃあ君もAランクなの? すごいじゃない、私より年下そうなのに!」
「あーまあ、運がよかった部分も多々あるんですけどね」
「謙遜しないの。さっきの怪力といい、華奢ななりして……ふぅん、やっぱり君、強いんだ?」
その一瞬、僕の体を上から下まで見るシェリーさんの目が、まるで獲物を狙う肉食獣みたいにギラリと光ったように見えたんだけど……気のせいだろうか?
「言われてみれば……よく見ると、体もそれ、痩せてるんじゃなくて、引き締まった筋肉なのね。無駄な脂肪とかがほとんどついてない感じ?」
そんなことを、独り言だか話しかけてきてるんだかわかんないけどつぶやいてるシェリーさんは、僕の肩とか腕なんかをぽんぽんと叩いたり、触ったりしながら言ってくる。
さすがにいきなりでちょっとドキッとしたけど、その後に言う事言う事全部当たってるので、感心するのが勝っていた。
「腕が太くないのに、ここまで見事に鍛えられてるってのも珍しいかも……筋肉や関節も柔軟そうだし。体質とか? 戦士系みたいだけど、気になるのは、動きそのものは、武術やってる、って感じじゃなかったのよね……もしかして、我流?」
「そんなとこまでわかるんですか? ちょっと触ったり見たりしただけで?」
「まあね。私も、実家が結構厳しいっていうか、口うるさい感じでさ? 武術とかは散々やってたから、不本意ながらそのくらいはできるようになっちゃったのよね」
それが嫌で家出しちゃったんだけど、と、何だかさらっとすごい出自を放してくれたシェリーさん。
しかし、それにしたってすごい。
僕のこの、体質なのか知らないけど、いくら鍛えても腕もこれ以上太くならないし腹筋も割れない体のことや、特撮:ゲーム:香港映画=4:3:3でブレンドされた、自己満足な我流体術のことまで言い当てられた。
シェリーさんが言うには、何か決まった型を持ってる武術を習うと、動きに軸が出来てくるらしく、僕にはそれがあまり無かったんだとか。まあ、いいかげんさ120%だしね。
そして、そのシェリーさんがなぜ、僕がAランクだと知ってるかというと、さっきお互いにギルドカードを見せあったからである。
彼女の方から『はい』って差し出してきたので、僕も出さないと失礼かな、と。
流されたみたいな形だったけど、別に隠しておくような情報とかも載ってないし、そのへんで聞かれたら、『黒獅子』の二つ名と共に普通に知られちゃうような事だし、いいか、ってことで。
そして、その時に見せてもらったシェリーさんのカードで知ったんだけど、なんとシェリーさんも僕と同じ、Aランクだったのには驚かされた。
さっきの殺気も、今感じてる気品に近い隙の無さも、それなら納得できてしまう。
けれど、その無邪気で人懐っこそうな笑顔や、親戚のお姉さんのような感じでしゃべってくれるこの空気が、近づき難さみたいなものを微塵も感じさせない。
こういう人を、いわゆる『大物』っていうんじゃないだろうか。
ただ、さっきも感じた……時々向けられる、あの飢えた肉食動物みたいな視線の意味だけは一向にわからないし、聞くわけにもいかないのが現状である。
まあ、いいか。別に何か悪いことたくらんでそうな様子もないし。
「でも、なんだか嬉しいかも。ここ来てから、同じAランクの人と会えることなんて、そうそうなかったからさー。BとかCだった頃につるんでた人達とは、心なしか疎遠になっちゃうし、それとは別に声かけてくるうっとうしい連中は増えるし」
「あーわかります。ギルド入った途端に捕まったり、酷いと宿とかにまで来たり……」
「でしょー? 見世物じゃないってのにさあ、うっとうしいわよねあいつら。自由が好きで冒険者になったってのに……もう我慢も限界だったから、拠点移すことにしたのよ」
「あ、それでこの町に?」
「うん。向こうにいた頃は、ダークエルフで珍しいってこともあって、腕狙いに体狙いに、声かけてくる連中が多くてさー。むしろ、そういうのが鬱陶しいせいで疎遠になっちゃった友達もいるくらいなの。あーもう、ホントこの町来てゆっくりしたわ」
ため息混じりに、しかし暗い感じは出さないで話す器用さを発揮するシェリー。
そして、シェリーさんってダークエルフだったんだ? 耳が長いんだから、てっきり日焼けしたエルフとかだと思ってたんだけど……そういう種族もいるんだね。
するとシェリーさんは『それでさあ』と、いきなりこっちにずずいっと寄ってきて、
「さっきも言ったけど、ここで会ったのも何かの縁だと思うし、もしよかったら、今度一緒に依頼でも受けてみない? ランクもそうだけど、私まだこの町に来たばっかりだから、Aランク相当の依頼に一緒に行けるような友達、いないのよねー。ね、どう?」
あー、気持ちは嬉しいんだけど……僕、エルクと組んでるからなあ……
基本、依頼も2人一緒で受けるスタイルでやってるし、今はそれで上手くやれてる。負担に思ったことなんてないし、このやり方を今更変える気はない。
そもそも僕は、冒険者としてはまだまだ新米なんだから、基礎はきっちり固めておきたいからこそ、今現在、エルクとも一緒に行けるDもしくはCランクの依頼や、それ相応のランクのダンジョンに潜って色々探索とかやってるわけだし。
そしてその結果として、エルク自身も段階踏む形でランクが上がってきてるんだし、当分はこんな感じでいこう、ってエルクとも話してるんだよなあ。
そう話したら、やはりというか、ちょっと残念そうな顔をされたけど、『まあそういうこともあるわよね』と、割り切っていた。
それが普通に本音なのか、それとも僕に罪悪感を感じさせないための演技なのかはわからないけど、言及することでもないし、
「もし機会があったら、その時はまた誘うかもしれないから、よろしくね?」
そう言ってくれてるんだから、この話はここまででいいだろう。
実際僕としても、シェリーさんは嫌いな部類の人間じゃないし、仲良くしたいとは思ってるので、出来るなら一緒に依頼とかにも行ってみたい。
機会があったり誘われたりするようなことがあれば、その時は前向きに考える。
ただ今は、ちょうどいい妥協点みたいなのも見つからないし、それに明後日からはノエル姉さんから依頼された任務で、けっこう長いことこの町にいないわけだから。
と言ったら、あら、となぜか意外そうな反応をされた。
何かと思ったら、どうやらシェリーさんも近々長期の依頼に行くらしく、もしOKがもらえてたら、それに一緒に行こうと誘うつもりだったんだとか。
何だ、それなら逆にちょうどいいんじゃないかな?
「それ自体はAランクの依頼ってわけじゃないんだけど、観光とかも一緒にできそうな依頼だったから、親睦を深めるのにはちょうどよさそうだと思ったんだけど……残念」
「へー、そんなのがあったんですか? この町のギルドで? 気付かなかったな……」
「まあ、最近いきなり増えた依頼だから、無理ないかもしれないけどね。初心者ならなおさら。ほとんど、何て言うんだろう……期間限定? みたいなもんだし」
「期間限定?」
「うん。この時期だけの……『花の谷』っていう場所への護衛依頼なんだけどね?」
……えっ?
☆☆☆
ちなみに、
朝に話していた通り、昼ごはんに適当なお惣菜その他を買って帰ると、
部屋に入って少しした途端、今日あったことを……というか、会った人とありそうなことを話すより前に、何かに気付いたエルクが顔をしかめた。
なぜか突然眉間にしわを寄せ、つかつかと歩み寄ってきたかと思うと……何を思ったのか、くんくん、と顔を寄せて、僕の体の匂いをかぎ始める。え、何!?
「……ミナト、あんたどこ行ってたの?」
「え? どこって……姉さんの商会に、荷物受け取りに行ってただけだけど?」
「それだけ? ……なんか、妙な匂いがするんだけど……」
「え゛っ!?」
嘘、マジで!?
思わずあからさまな動揺を見せてしまったけども、おちついて自分の体の匂いを確認する。もちろん、腕なんかは動かさず……嗅覚強化だけで。
けど……おかしいな、匂いなんかしないぞ?
香水はもちろん、体臭みたいなものすらろくに感じられない。強化した嗅覚でも、だ。
というか、シェリーさんは別に香水なんてつけてなかったはずだし、そもそも何かしらの匂いがうつるほど密着しても近づいてもいない。
なのに……
「……やっぱり匂う。すっごく微かっていうか、ほのかだけど……繊細なようで鋭くて、そんなことが問題にならないような存在感のある匂い。何よコレ!?」
いや、君が何なんだ?
聞いたことが無いような表現が色々と出てきたんですけど。ワインのソムリエでも使うかどうかって微妙な感じなんだけど……。
そんなことを感じている僕の両肩を、がしっ!と両手でわしづかみにして、いつものエルクからは想像もつかないような力で引き寄せられる。
「正直に言いなさいミナト。どこ行ってたの? ホントに商会に荷物取りに行っただけ? その前もしくは後でどこかに寄ってきたんじゃないの?」
「い、いや、エルクが考えてるようなことは決して……」
「どこ行ってきたの? まさかとは思うけど、今日は私に休んでほしいとかくだらないこと考えて、花街行って商売女でも引っ掛けてきたんじゃないでしょうね?」
「い、いや違うって! そんなことしてないから!」
「だったら何でこんな匂いが……いや、コレむしろ匂い? とにかく何なのよ!? あんたここ出てから帰って来るまでに何があったの!?」
「えっと……何なのかはむしろ僕が聞きたいんだけど、とにかく別にそんな疚しいことは何も……。まあ、何もなかったかと聞かれてなかったとは答えられないかも……」
「さっ・さと・吐け!」
「……はい」
今までに無いくらいの威圧感、というか怒気に近いそれを体から滲ませているエルクにビビリつつも、別にホントにやましいことは何もないんだから、と自分に言い聞かせて落ち着きながら、今日会ったことを、包み隠さず正直に話した。
その結果、一応誤解だってことはわかってもらえたんだけど……なぜかその後しばらく、エルクは機嫌が悪かった。
……どうして?
☆☆☆
依頼当日の朝。
僕とエルクは、あらかじめ姉さんから聞いていた場所に、集合時間の10分前に到着した。
前世とはいえ日本人としては、早め早めの行動は、今も基本というか、信条なので。
しかし、そこにはもうすでに他の冒険者たちが到着していて、どうやら僕らはむしろ最後の方みたいだった。真面目な人けっこう多いんだな。
ぱっと見た感じ、バリエーションに富んでて、様々な状況に対応できそうに見える。意図的に選んだのか、それとも偶然こういう集まり方したのかはわかんないけど。
そしてその中に……2人ほど、見知った顔が。
「あれ? ミナト君にエルクちゃんじゃない。何だ、君達もこの依頼受けてたの?」
1人は……たった今僕らに気付いた、いつものショートソードと軽鎧装備のザリー。
オレンジ色の髪の毛と、が何だかんだで結構印象的だったので、すぐにわかった。
今日も変わらずチャラいけど、腹の中では何を考えてるのやら、この諜報冒険者は。
そして、もう1人は……僕らがザリーを見つけるよりも早く、僕らのことを見つけていたらしい。すたすたと歩いてこっちにやってきたのが、僕の目の端に見えていた。
……やっぱりというか、何というか。
「やっほー、また会えたわね、『黒獅子』くん♪」
先日会った時とほぼ同じ服装の、ダークエルフの彼女……シェリーさんが、変わらず明るく人懐っこそうな笑みを顔に浮かべて、そこに立っていた。
本当に偶然、
彼女……シェリーさんと僕らは、同じこの『マルラス商会の商隊の護衛』という依頼を受注しており、これから2週間ほどの日程で、『花の谷』をめざすことになったのだ。
確かに……期間限定で、気分転換にもなりそうな依頼だよね。
☆☆☆
集合時間になってまもなく、今回の商隊の責任者だっていう人から一言挨拶があって、その後、僕らは護衛用の馬車に乗り込んで、町を出発した。
今回の商隊は、一列に並んで何台もの馬車で更新して行くんだけど、その中に、一定の間隔で護衛が乗るための馬車が点在している。そこに、ギルドで依頼した僕ら冒険者を乗せていくという形。
前後左右、いきなりどこから何が襲ってきても迅速に対応できるように、だ。
そしてそのグループ分けの際、話し合いでそれを決める時に、顔見知りの方が近くにい手連携が取りやすいだろうってことで、僕とエルク、ザリー、そしてシェリーさんが同じ馬車に乗ることになった。
そのシェリーさんは、先日受けた印象どおり、初対面でも人付き合いに壁を作らないタイプの人だったので――無防備、ってわけでもないらしいけど――僕はもちろん、僕を経由した知り合いであるエルクやザリーとも、最初から砕けて接していた。
この分なら、2人と仲良くなるのもそう時間はかからないだろう。
特にザリーは、職業柄(?)交友関係を広く持つの得意だし。
ただ、エルクは……挨拶も会話もちゃんと普通にしてたけど、なぜか、シェリーを警戒するというか、時折何やら面白くなさそうな視線を向けることがある。何でだろ?
ともあれ、別に表立って険悪な空気になったりすることもなく、
各自自己紹介を済ませた後、暇つぶしに雑談なんかしつつ、御者に足を任せて、僕らはのんびり馬車の旅を楽しませてもらっていた。
その雑談の中で、シェリーに関して色んなことが判明したりもした。
シェリーの年齢が、やっぱり僕より上……花の女子大生にあたる20歳であったこと。
彼女は17歳のときに冒険者になって、3年でAランクまでのし上がったこと。
これは、普通の基準で見たら十分に早い出世ペースらしく、特に最初の1年ちょっとでいきなりBランクまで上がった時には、『大型新人現る!』ってんで、当事拠点にしてた町でも、かなり大きな話題になったらしい。
まあ、Bランク自体が才能を要求されるランクであるからして、当然といえば当然か。
そしてそのさらに約1年後、つまり去年、彼女がAランクに上がった時にも同じようなことがあったのは言うまでもなく……その時の騒ぎがいつまでも後を引くのが嫌で、彼女はその町を出てウォルカに来たんだとか。
そしてもう1つ、シェリーさんの情報で驚いたこと。
それは、彼女にも、僕やザリー同様、『2つ名』がついていたことだ。
それが……『赤虎』。
僕同様、彼女もいくつか2つ名があるらしいけど、中でも一番有名だってのがコレ。
『黒獅子』が言うこっちゃないかもだけど、また厨二っぽいのがあったもんだ。
まあ、わかるっちゃわかるネーミングであはある。
シェリーさん、髪も服も赤いし。つけてる軽鎧も、赤……というか、深紅だし。
けど……『虎』がどこから来たのかは、わかんない。
……しかしなんか最近、エルク(緑)といいスウラさん(青)といい、髪や装備の色に妙な統一感がある人とよくよく縁がある気がするのはコレ、偶然だろうか?
「でも、冒険者になってたったの2ヶ月ちょっとでAランクって……只者じゃないとは思ってたけど、またとんでもない経歴持ってたのねー」
「あれ? シェリーさんにはこないだ話しませんでしたっけ?」
「聞いたけど、それはランクだけで、2ヶ月でそこまで上り詰めたなんて聞いてなかったわよ。どんな叩き上げ方したのそれ?」
「まあミナト君の場合……登録前からもともと強かったのと、それを露骨にアピールする機会に恵まれてたから、って感じかな? 僕も詳しくは知らないんだけど」
面白おかしそうに話すザリー。こんにゃろ、他人事だからって。
「けど、そういうシェリーさんだって、武勇伝には事欠かないでしょ?」
「そうなの?」
「一番新しいやつだと、急に町の近くに出没して、緊急討伐依頼が出たAランクの魔物を単騎で狩ったって聞いたね。たしか……『ヘルハウンド』とか言ったっけ?」
「あ、あれね。まあ、本当だけど……ただの大きいだけの犬だったわよ?」
大したことじゃないわ、とさらっと言うシェリーさんだけど、その彼女を見返すエルクは、あぜんとしながら呆れていた。ザリーも、笑ってはいるけど似たような感じだ。
エルクに聞いた所、その『ヘルハウンド』とかいう、シェリーさんいわく『大きいだけの犬』は、大きいものは全長3m以上にもなり、しかもその巨大さを感じさせない俊敏さで駆け回る、黒い毛皮の狼の魔物だという。
……それ、たしか『グラドエルの樹海』にもいたな。
子供くらいなら一口でパクッといけそうな巨大狼。あいつ、そういう名前なのか。
なるほど、アレが人里に出たのか。そりゃ確かに大変だ。
何せAランクの魔物となれば、個体差はあるものの、1匹で正規軍の1個中隊を蹴散らす戦闘力を持つとか言われてる(ってエルクが言ってた)し、大体そのくらいには強いな、っていうのは、修行時代に何度も戦った経験から僕もわかってる。
たぶん、あいつらが4~5匹も集まれば、小さな村や町一つくらいなら、あっというまに壊滅させられてしまうだろう。
すると、聞いていたエルクが、はぁ、と疲れた感じのため息をついて、
「……まあ私としては、この馬車の中は、どこにいるより安全な気がしてありがたいわね……」
ジト目に三白眼の黄金コンボで、僕ら3人を見ながら、皮肉交じりにぽつりと。
「Bが1人にAが2人……多分、警備隊の大隊に護衛してもらうより頼もしいわ」
そう言われて、『いやあ~』と、大げさに照れてみせるザリーのランクがB、それも、どちらかというとAに近いBだっていうのは、僕もさっき聞いたこと。
道理であの『真紅の森』の時、エクシードホッパー相手に2体いけるとか言ってたはずだわ……魔法も使えるし、やっぱり強かったんだ。
するとそのザリーは、思い出したように、
「まあでも、『マルラス』の商隊は、毎年質のいい護衛を雇ってるけど、今年は特に豪華みたいだからね。安心っていうのは、皮肉無しに確かだと思うよ」
「そうなの?」
「うん。さっき馬車に乗る前にざっと見渡してみたけど、何人か有名どころもいたみたいだし、護衛全体での平均ランクも、AよりはCに近いBってとこかな」
「それ、私達も含めて?」
「うん、僕とミナト君とシェリーさんが間違いなくトップ3だったね。僕らを除くと……平均のランクが1つほど下がると思う」
「それ、あんたら3人が豪華なだけじゃない。……ここにいて唯一人並みな私が言うことでもないけど」
さっきから何か自虐気味のエルク。
その頭に、アルバがとまって、『元気出せや』とばかりに足でぽんぽんとたたく。
「うんうん、ありがとねー、アルバは優しいねー……でも多分あんたも、すぐに私を置いて強くなっちゃうんでしょうね……」
しかし結局落ち込むエルク。忙しい娘だな。
……と、その時、
――ピピピピピピピピピィ――ッ!
「「「!?」」」
いきなり馬車の中に響き渡る、やかましい音。
……否、鳴き声。
犯人、アルバ。
「……何、今の?」
「アルバが何か見つけたみたい。どーしたアルバ?」
エルクの頭の上にいたアルバが、差し出した僕の腕にとまり……そのまま、別の方向を向いて『ピーッ!』そうか、あっちか。
「……っていうか、さっきの鳴き声は何だったの……?」
「あ、ごめん。こないだ暇だったんで教えてみた」
こいつ、簡単な音ならオウムばりにすぐ覚えるし。さすがに喋れはしないみたいだけど。
「変なこと教えてんじゃないわよ……」
頭の上で、目覚まし時計ばりのやかましい声が響いたからか、機嫌悪いエルク。
最近ますます育ってきたアルバだが、ここ1ヶ月一緒にいてわかったことがある。
やはり動物だからだろうか、こいつは危機管理能力がハンパじゃない。
僕でも感知できない範囲から来る魔物とかを、こいつは即座に察知してしまうのだ。森で視界が悪かろうが、風向きの関係でにおいが感じづらかろうが。
生後間もなく……そう、ちょうどあの『真紅の森』のあたりから垣間見せていたその片鱗は、今ではすっかり、超広範囲をカバーする索敵センサーと化している。
壁とかの障害物もお構いなしだから……もしかしたら、そういう魔術を先天的に会得してるのかもしれない。
……で、そこに、こないだ僕が悪ふざけで教えた『目覚まし時計風警告音』が加わったのが、さっきの結果である。
まあ、エルクには後で謝るとして、とりあえず馬車の外に出て、そのアルバが示した方向を見てみると……
……目では見えないけど、なるほど、『匂い』がする。
鉄錆と、血の匂いだ。後は、汗の匂いとか、人の体臭も僅かに。
魔物じゃないな。これは多分……
「エルクー、盗賊っぽいよ?」
「「「盗賊?」」」
その直後……馬車の中の空気が、瞬時に引き締まるのを感じた。
「ミナト、それ数はどのくらい?」
「まだ遠いから、ちょっとわかんないけど……けっこう多そう。風上に陣取ってて、血のにおいで待ち伏せがバレバレだから、頭はよくなさそうだね」
「……この先に、丈の長い草が生えてる丘陵地帯があるはずだよ。奇襲にはそこそこ便利な地形だから、そのあたりで襲うつもりなのかもね」
と、ザリー。なるほど。
「けど、事前に察知できたんなら、そこまで怖がらなくてもいいかもね。隠れてるとわかれば、対策も打てることだし」
「そうね……一応、他の馬車の連中にも知らせとくわ」
そう言って、エルクは馬車から降りて、手近な馬車に知らせるために駆け出した。
残ったメンバーは……てきぱきと装備を整え、迎撃戦に備え始めた。
☆☆☆
問題の丘陵地帯にさしかかり、周囲に背の高い草が多くなる。
……なるほど、ザリーの予想通りだ。草の中に隠れてる。
普通に見てたら、確かに気付きにくいだろう。そのくらいの密度になるくらいに草が生い茂ってて、かなり上手く隠れることに成功している。
もっとも、僕の目にははっきり見えてるし、それ以前に匂いで位置まで丸わかりだ。
事前に察知された時点で、この奇襲はお世辞にも成功しているとは言えない。エルクもザリーもシェリーさんも、得物を手にして見事に臨戦態勢だし。
そんなこともおそらく知らずに、こちらを伺っているであろう盗賊たち。
襲われるのを待つのもバカらしいので……先制攻撃させてもらうことにした。
「てなわけで、アルバ」
――ぴーっ!
「焼き払え!」
「やめなさい!」
……はい。
あたり一面草。燃えすぎが怖いのでやめよう。
エルクの一喝をこいつも理解したのか、アルバは僕の肩から飛び立つと、その体に、青白い魔力の光を纏った。氷系の魔力か。
するとその周囲に、握りこぶしほどの大きさの氷の塊がいくつも発生し……一瞬の間を置いて、超高速で草むらに向けて飛んでいった。
「ぎゃあっ!?」
「痛ぇっ!?」
「何だ!? 氷!?」
どうやら、ただ飛ばしただけじゃなく、全弾命中させたらしい。すごいな。
草むらに潜んでた盗賊が、おそらく全員、氷塊命中の痛みでその姿を見せた。
そして、いきなり攻撃されたことで出来ているその隙を逃さず、各員動き出す。
攻撃は最大の防御、とでも言わんばかりに、冒険者も用心棒も混じって、接近される前に盗賊連中を撃滅すべく動き出す。
実際それはやり方として間違ってないので、僕もそこに、むしろ先陣切っていかせて貰おうとした……次の瞬間、
先頭で走り出していた僕の視界の端から……矢のような速度で、赤い何かが駆け抜けていった。
おっ? と思ったその直後、盗賊たちの戦闘で立ち上がっていた2人が、一閃させた剣で切り伏せられた。
おそらく、速すぎて何が起こったかもろくにわからなかったんじゃなかろうか。
そしてそこには、今正に横一文字に剣を振り切ったシェリーさんが……その体さばきで、返り血を一滴も浴びることなく――服が赤いからわかりにくいけど――立っていた。
が、しかしその姿勢のままでは一瞬たりともおらず、すぐさままた数歩踏み込み、仲間がいきなりやられて動揺している他の盗賊に向かって突撃する。
その先にいた盗賊は、慌てて武器を構えようとして……その前に首と胴体が斬り離されたり、袈裟懸けに胴体を斬り下ろされたり、腹を深く切り裂かれたりして、やはり反撃どころか反応する間もなく終わりを迎えた。
この間わずかに数秒。
たったそれだけの時間で、何人もの盗賊を片付けたシェリーさんは……今度は残心してその場で構え続け、残る盗賊達を盛大にビビらせていた。
……一部味方も怖がってるけど。
そしてそのシェリーさんは、
「……あら、来ないの? なら……こっちから行くわよ」
一瞬だけだけど、僕は見た。
彼女が、その目をぎらつかせて……笑っているのを。
そしてその直後、また勢いよく地を蹴って飛び出すと、そのあまりの威圧感に気圧されて動きが鈍っている盗賊を、1人、また1人と、ほぼ一撃一殺で片付けていく。
その姿を見て――もちろん、僕は僕で戦いながら――僕は、さっきから……馬車の中にいる内から、何となく感じ取っていた、シェリーさんのぎらついた雰囲気の理由が……ようやくわかった気がした。
あの目、何度か見たことがある。
昔、母さんに連れられて行った盗賊討伐の時に、似たような目を持ってる盗賊がいた。
物騒で、自己中で、時にムダに誇り高かったり、いさぎよかったりする……しかし、僕個人的には、すっっっごく嫌いなタイプの人間がする目。
その目に浮かぶ光が……シェリーさんの瞳に見られた。
最初に会ったときから、なんとなく、ちょくちょくシェリーさんの視線が気になってたのは、ひょっとするとコレのせいだったのか。あの目で、見られてたから……
なるほど、シェリーさんは……
(戦闘狂、か……?)
☆☆☆
結局、盗賊の襲撃はものの数分で片付き、馬車隊は『花の谷』へ向けて進行を再開。
そしてその数時間後。
日が暮れてきたので、今日はここまでで商隊は歩みを止め、遠くまで見渡せる開けた平野でキャンプを張ることにした。
当然ながら、こんな時まで馬車を一列にしておく必要は無いので、護衛なんかの観点も考えてなるたけ1箇所にまとめる。
その馬車の周りにテントを張り、交代で起きて番をしながら一夜を明かすことに。
それも、全員が毎晩やるわけじゃなく、護衛全員で3日に1回くらいのローテーションになったので、かなり余裕がある。
ちなみに、僕らは今晩の当番にはならなかったので、今晩はゆっくり休める。
それに、もし危険が近づいてきて、起きなきゃ割と本気でやばそうな時なんかは、アルバが勝手に起きて知らせてくれる。こいつの危機管理能力は、起きてようが寝てようが関係なしに高いので。
というか、こいつ最近、途轍もなく早寝早起きでもある。
宿でも野営でも、僕やエルクが夜寝る時には必ず起きてて、朝起きた時にももうすでに起きてるのだ、こいつは。
ちなみに、町の宿で、僕とエルクが『そういうこと』になってる時には……どこへともなく消えてるのでわからない。
まあ、うん、空気の読めるいい奴であると言えよう。
しかしこいつ、毎日どのくらい寝てんのかな?
っていうか、寝てるのか?
明日僕は不寝の番なので、その時に調べてみてもいいかも。……忘れなければ。
炊き出しみたいにして作られたご飯――パンと干し肉と野菜のスープ――の、自分の分を受け取って、エルクやザリー、そしてシェリーさんといった、仲のいい面子と一緒におしゃべりしながら食べる。
遠足とか修学旅行みたいな雰囲気だけど、まあ要所要所できっちり気をはることができればいいんじゃないかなと思うので、今はリラックスして食事と団欒を楽しむことに。
しばらくすると、冒険者の誰かが酒を開けたことを皮切りに、他の人達も割と砕けた雰囲気になってきていた。
中には、酔って気が大きくなったのか、女の冒険者や商隊の女商人さん、さらにはエルクやシェリーさんに言い寄ってくる人もいたけども、全員撃沈していた。
エルクとシェリーさんは、終始僕の近く……というか両隣に座りつつ誘いを跳ね除けてたから、断られた野郎連中の嫉妬の視線がバリバリこっちにくるんだけどさ。
すると今度は、酔わせてその気にさせようと考えたのか、僕らにも酒をサービスで勧めてきた。その後、自分達へのサービスになって返ってくることを期待して。
が、そう上手く転んだりもしないのがこの世の中の常。
断るのも失礼なので、ありがたくご相伴に明日からせていただいたんだけども、エルクやザリーはきちんと量を考えて飲んでいたので、悪酔いしたりすることはなく、
僕は酒はかなり強いので、酔わせて美女2人から引き離そうとした連中が持ってきた酒をどんどん飲んでも全然酔わない。もう、かれこれビン4つほど空けたかも。
……酔わないし気持ち悪くもならないんだけど、純粋に味が嫌いなのでやめて欲しい。
そして残るシェリーさんは、こちらも実は酒に強くて、しかも僕と違って大好き。
なので、進められるままにノリノリでじゃんじゃん飲むんだけど、気分はよくなるし、一応酔ってはいるみたいなんだけど、判断力が低下したりしてる様子は無い。
そーっとボディタッチに伸ばされる手を、適確に察知してはたき落としていた。
結局、開始から一時間半ほどで、初日のそのプチ宴会は収束し、はりきって酒を振舞った野郎共の苦労は、見事に全てが徒労に終わったのでした。ちゃんちゃん。
☆☆☆
翌朝、商隊の方から支給されたテントの中にて。
慣れない環境だったからか、いつもより早く目が覚めた。
姉さんルートで購入した、寝心地抜群の高性能寝袋から出て周りを見ると、隣にはまだ寝ているエルクがいたので、起こさないように静かに寝袋から出る。
その反対側を見ると、これも姉さんルートで買った組み立て式の止まり木にとまっているアルバが。案の定、もう起きていた。
僕の意図を汲み取って静かにしてくれているアルバに感謝しつつ、このままテントの中にいても、動けないし暇なので、顔でも洗おうかと思って外に出た。
まだちょっと明るくなっただけの、時刻にしておそらく4時になったかならないかくらいであろう空。さすがに明け方はちょっと肌寒いかも。
商隊から借りたタライの上に、両手の親指と人差し指でひし形を作ってかざす。
そしてそこに、魔法で空気中の水分から水を作り、顔洗うのに必要な量をためた。ひし形の部分に、上から吸い込まれて凝集し、液体になった水が下へ零れ落ちていく。
その水で顔を洗っていると、近くの……というか、目の前のテントの入り口の布が開いて、中から寝起きっぽい様子のシェリーさんが出てきた。
寝起きだというのに、愛用の剣はしっかり腰のベルトに提げて外に出てきた彼女は、ぐぐーっ、と大きく伸びをすると、手櫛で髪をすいて、一応の体裁を整えていた。
けど、昨日の夜酔っ払って、着替えとか無しに寝袋に入ったらしいシェリーさんの服は、所々しわがよってた。それを気にしてない所を見ると、けっこう大雑把みたいだ。
まあ、冒険者の着る服ってのは総じて頑丈で、何日も洗ったり出来ない環境に行くことも想定されて作られてるから、汚れにくい&しわとかすぐ直る素材で出来てることも多いらしいから、それもあるんだろうけど。
……頑丈はいいけど、女性用の服に、こんな感じで露出が多いのがけっこうあるのは、防具としての性質上どうなんだろう、と、たびたび思うこのごろ。
すると、寝起きの柔軟体操(?)を終えたシェリーさんが、ふと思い出したように僕の傍に寄ってきて、ねえねえ、と肩を叩く。何?
「昨日の戦い見てて思ったんだけどさ、ミナト君の体術って、やっぱり我流だよね?」
「あ、やっぱり見ただけでわかるんですか、そういうのまで」
「まあね。伊達に5つの頃から武術叩き込まれてないし」
そう言ってにやりと笑うシェリーさんには、実に多くのことを言い当てられた。
昨日の1回の戦いだけで――しかも自分の、あんだけ苛烈な戦いの合間合間にちらちらっと見てた程度で――僕の格闘が我流だってことや、誰か他の人の動きを参考にした模倣であること、さらには、その元となった動きが戦いに向いたものではないことまで全部。
ご明察ったらご明察。一応母さんに習った格闘だけど、基本的に自主トレが多かった僕は、基礎的な体作りや効率的な動きを教えられた以外は、もうほぼ完全に我流。
教材も、母さんの動きの他は、前世で大好きだったテレビの変身ヒーローなんかを参考にしてたから、そりゃ、正規の武術なんかとはまるで違うだろう。
そこから自分なりに、無駄な動きとかをそぎ落として練磨した上で、鍛えた体の基本スペックで隙とかもなくして実戦用にしてるわけで。
こんな、よく言えば奔放、はっきり言えばいい加減なプロセスで強くなったって知られたら、普通の武術を重んじる人には『なめとんのか』とか言われそうだけども、実際それで戦えてるんだから別にいいじゃん、と自己完結している。
そりゃ、きっちり決まった型とかを大事にした武術も強いんだろうけど、僕は僕で、肉体的&精神的に一番自分にあってるやり方を追求した結果がこれだから。
もしそれで問題があるようなことがあったら、その時に考えようと思うし。
そんな感じで、主に格闘の持論なんかが上手く話題になったので、お互い暇だったこともあってそのまま楽しく、どんな修行をしてたとかをお互い面白く話してた僕は……シェリーさんの目が、だんだんと危険な輝きを帯び始めたことに気付かなかった。
気がつくと、彼女の目は『ぎらぎら』とか『爛々』とか、そういう効果音が使えそうな感じの輝き方をしていて……さっきまでより随分と僕と近い位置に座っている。
……まずい、いい気分にさせすぎたか、と思ったときにはすでに遅く、
「ねえ、ミナト君?」
「……はい、何でしょうか?」
シェリーさんの顔にはやや赤みがさしていて、どこか妖艶な笑みが浮かんでいた。
「何でいきなり目そらすのよ……まあいいわ。ねえ、ちょっとした提案なんだけど、今、暇なのよね?」
言いながら、逃がす気は無いとでも言わんばかりに、その両手で僕の片腕をぎゅっと取る。まるで、彼氏の腕を取って町を歩く女の子のように。
その際、ぷにゅん、とやわらかいものが2つ、僕の腕に当たって変形してたりして。
「あのね、朝食の前に、ちょっとだけ体を動かしておくのもいいと思わない? ごはんは美味しくなるし、適度に動かせば、体もよく動くようになるから、出発してからの護衛にもちょうどいいと思うんだけど」
「ええと、そのー……でも、あんまり激しい運動すると逆効果だと思いますよ? 朝から、それも寝起きなんだし」
「普通はそうかもね。でも、自画自賛になっちゃうけど、私達のレベルの体なら、そのくらい何でもないでしょ? 私はもちろん問題ないし、ミナト君だって鍛えてるし」
だから、ね? とウインクまで飛ばしてくるシェリーさんは、その視線でもって、『何を言いたいのかわかるでしょ?』と雄弁に語っていた。
いや、わかるよ? わかるけど、わかるからこそ困るというか……
「まあ、冒険者に成りたてじゃあ、いきなりこういうこと言われて戸惑うのもわかるけど……この業界じゃ、そう珍しいことでもないわ。あなたの今後のためにも、ここで経験してなれておくのもいいと思うけどなあ……?」
そう言いながら、シェリーさんの右手が僕の腕から離れ――『ぷにゅん』2つについては、相変わらず当たったままだ――僕の頬を優しく撫でる。
妖艶な雰囲気全開のシェリーさんからのその誘いは、シェリーさん自身がとんでもない美人だってこともあるし、普通の思春期男子の10人中9人は、戸惑いつつも断れず、勢いそのままに首を縦に振ってしまうこと間違い無しのものだと思う。
そんなアタックの中でも、僕が首を縦に振らないのはなぜかというと……
さっきからシェリーさんのもう片方の手が、『さっさと抜きたい』とでも言わんばかりに……自分が下げてる剣に添えられてるからだ。
……朝の爽やかな空気と、まだ寝ぼけてる頭のせいで、忘れてた。
この人、戦闘狂だったんだ。
ということは、この次に彼女の口から出てくるであろうセリフは……
「ね? 朝食の前に、ちょっと……手合わせでもしてみない?」
ちゃきっ、と、
剣の鯉口を切った澄んだ音が響いたその瞬間、ようやく太陽が顔を出した。
☆☆☆
正直に言って、彼女からのその誘いには、別に嫌なわけでもないんだけど、あまりいい予感はしないから、できれば遠慮したいかなあ、という感想を僕は抱いている。
エルクとほぼ毎日やってるし、別に手合わせそのものが嫌いなわけじゃない。
むしろ、実践に近い形での戦闘訓練としてのそれは、トレーニングの項目の1つとしてはかなりいいんじゃないかと思える。洋館にいた頃も、最後の方はほとんど、母さんとのスパーリングに特に比重があったし。
それでも僕がこの誘いを渋る理由っていうのは、他でもない、この人が『戦闘狂』だからである。
戦いそのものを好きな人ってのは、まあ、戦う時に他の人より楽しそうにしてる、って所以外は、戦いの最中『には』別に他の人と差は無い。
ただ、その後が問題なんだよなあ……。
前世のファンタジーものとかで見た勝手なイメージかもしれないんだけど、こういう人って、それ以降も何度も何度も同じこと要求してきそうなイメージがある。
1日1回くらいなら、訓練の域を出ないし、まだいいかもだけど、暇つぶしとかで1日何回もとかだったりすると……。
ましてや、これから2週間くらいクエストで一緒にいる人だし、今後何度も手合わせとか申し込まれたりしたらと思うと。
まだ彼女が、どの程度の『戦闘狂』なのかわかんないから、何とも言えないけど。
そして、コレ勘だけど、ひょっとしたら彼女も僕と同じようなこと――ランクが近いから戦うといい経験になる――考えてるんじゃないかと思う。
ただまあ、それ考えた上でも、シェリーさんが、建前かもしれないけど主張する、双方にとっていい経験になるっていうのも確かなわけである。
洋館を出てからというもの、物珍しさ抜きで手ごたえのあった戦いといえば、『ナーガ』と『エクシード亜種』だけ。それらと同じAランクっていうのは、スパーリングの相手としては魅力的に映る。
しかも、同じ人間が相手ってことで、得るものは確かにある気がする。
それに、この先何度も何度もうっとうしく誘われたとしても、そのたびにきっちり断ってしまえばいい話だって気もするし……。
それらを損得勘定で考えた上で、どうしようか僕は考えて、まあ、経験を積むと考えればいいんじゃないかな、こういうのも、という結論に。
「……じゃあ、まあ、軽くなら」
その瞬間、
シェリーさんの目が、獲物を前にした肉食動物……も、逃げ出しそうな光を帯びた。
うげ、選択肢ミスった?
☆☆☆
結論から言うと、シェリーさんは何もかもが苛烈だった。
試合開始の合図と同時に、矢のような速度で突っ込んできて、何の迷いもなく僕の心臓めがけて剣を突き出してきたときには、模造刀だとわかっててもちょっと怖かった。
いや、ホントに。気迫がもう尋常じゃなくて。
もちろん、本気で胸筋や腹筋に力をこめれば、模造刀だろうと真剣だろうと簡単には通さないくらいの肉体強度はあるつもりだけど、そういうのとは関係なしに、本能的に警戒したくなるものってのもある。
シェリーさんの場合、最初の一撃からそれが感じ取れたのだ。
そして、それはそのあと数分の戦いの中で、確信に変わる。
最初の一撃をかわしたその瞬間、かわされることも想定していたのであろう素早さで切り返し、刃を振りぬいてきた。
そこから怒涛のラッシュにつながる。しかもその一撃一撃全てが、腕だけでなく体幹や下半身も上手く使った、早さも威力も十二分にある剣撃である上に、動きに無駄がなく、隙も少ない。
僕が避ければ即座に次の攻撃につなげて追撃し、受け止めようとすれば威力が殺されないように上手く刃を流して、やはり追撃につなげる。
傍から見たらただ荒々しい戦いか、あるいは妖艶な剣舞に見えたかもしれない。
が、実際にはとんでもない高い完成度と精密さの攻撃が、それを考えるとありえないほどの速度とハイペースで飛んでくる。
これが、『基本』をきっちり学んだ、本物の実力者か、と、戦ってる最中だというのに感心させられてしまった。
家を出てから今まで戦った中で、魔物も含めて――というか、魔物以外だとエルクや盗賊、あとはたまに因縁つけて絡んでくるゴロツキくらいとしか戦ってなかったけど――本当にダントツの実力だ。本当に強い
魔物との戦いの中ではほぼなかった、敵が高度かつ高速な思考を持っている戦い。
しかも、母さんとはまた違った感触であり、それゆえに学ぶことも多い。
ちょっとだけ僕も嬉しくなり、『マジックアーツ』を使わなかったとはいえ、気がつけば最後の方は僕も結構遠慮無しに戦っていた。さすがに、意識して腕力を全開にしたりはしなかったけど、それでも、かなりの威力と速度で。
自然すぎて、目の前のシェリーさんの顔がすごく嬉しそうになってるのを見て、ようやく『あ、やべ』と気付いたくらいだ。
しかし、今更元に戻すとまたシェリーさんが不機嫌になりそうだったし、実際今のままでもいい勝負になってるので、まあいいか、とそのまま続けさせてもらった。
その結果、おそらく限界が来てしまったんだろう。
シェリーさんが僕の拳を剣で受け流して反撃しようとした瞬間、その威力に耐えきれなかった剣が根元からバキッと折れてしまい、それをもって今回の模擬戦は終了となった。
☆☆☆
……と思ったら一転、何か考え込むような、不満そうな顔になって、
「やっぱり、安物の模造刀じゃダメね。このくらいの立ち合いで壊れちゃうなんて……私としては、もうちょっと続けてたかったのにな」
とのこと。いや、まだ足りないのかあんたは。
っていうか、結構長いこと闘ってたと思うけど。始めた時にはまだ暗かったあたりが、もうそこそこ明るくなってきてるし。30分は多分経ってる。
それに、いくら安物でもれっきとした鉄なわけで、それがたった30分ちょっとの戦いで叩き折れるくらいの勢いで戦ってたわけなんだけど、それでも満たされないのか。
シェリーさんは、さっきの戦いを思い出して、恍惚の表情を浮かべると、僕に向き直る。
……嫌な予感しかしない。
「ねえ、今からもう一回どう?」
「やです」
「えー、何で!? 朝ごはん食べた後がいいの?」
「いや、そうじゃなくて。さっきは、お互いにいい経験になるから1回だけ、っていう理由でやったんじゃないですか。30分もやればもう十分でしょ?」
シェリーさんは、戦いを最高のスポーツだと思ってる節があるけど、あくまで僕が求めていたのは経験であって、スポーツとしての戦いじゃない。
そしてそれは、模擬戦を承諾する前に、何度もシェリーさんに事前に言っておいた。
が、しかし、ある意味予想通りというか、味を占めたシェリーさんは、この商隊の中で唯一の同ランクである僕を、完全にロックオンしてしまったらしい。
「予備の模造刀とかも持ってないんでしょ? 僕もそんなのもってないですし、続けようがないじゃないですか」
「この際だし、真剣でやればいいじゃない。これなら、そこらの鉄の剣なんかより頑丈だし、さっきみたいに途中で折れたりとかはまずないから」
「危なすぎますよ! 剣も思考も!」
真顔でそんなこと言いやがったよこの褐色美女。
いやまあ、確かに僕は真剣だろうが、鉄の剣程度じゃ斬れない肉体を持ってるけども、だからってそんないろんな意味で完全にアウトな所に踏み込んでまで付き合う気は0。
というか、シェリーさんが持ってるその剣――いつも腰に挿してるやつ。使わないから、模擬戦の最中はアルバに預けて見張ってもらってた――鉄じゃないんだろうか?
だとしたら余計に怖いんだけど。僕のこの体だって……絶対に斬られないわけじゃないんだから。ましてや、シェリーさんの腕で振るわれるとなると、結構マジで。
『さっきだって完封してたんだからいいじゃない』とか『峰打ちで戦うから』とか言って何とか説得しようとするシェリーさんだけども、そもそも説得になってないことに気付いてくれ。
そして、あんたの剣は両刃だ。峰は無い。
それでも全く聞き入れてもらえないと見ると、今度は色仕掛けに出始めたので、それも無視してさっさと歩き出すと……しまいには腕をつかんでぶらさがったりぐいぐい引っ張ったりして『やだやだー!』って子供かあんたは。
「戦いたいなら、移動中に襲ってきた魔物でも退治してればいいでしょうが」
「あんなザコ相手じゃ満足できないわよ。このへん、ウォルカ周辺よりは危険だって言っても、せいぜいEかD程度の奴らしかでてこないし」
「じゃ、我慢してください」
「目の前に最高のご馳走があるのにお預けなんて耐えられない」
誰がご馳走だ。食べるな。
「それに……」
「それに?」
「……さっき、本気じゃなかったでしょ?」
…………
「……まあ、否定はしませんけど、シェリーさんだってそうでしょ?」
使えるって言ってた魔法も使ってなかったし、それに、その他にも何か切り札っぽいのを隠してる雰囲気があった。……まあ、勘だけど。
そして、それを指摘した瞬間……シェリーさんの目が、一瞬だけ腰の剣に行った。
もしかして彼女の本気は、その普通じゃないっていう剣と関係があるとか? なおさら真剣でなんてやれるか。
「だからこそ、なおさらよ! せっかくさっきまで以上に、お互い本気で戦えるかも知れない、またとない相手なのに、戦わないなんてもったいないと思わない?」
「いえ、全く。まあ、訓練としては有意義だとは思いますけど、それももう済んだんで」
「用済みになったら捨てるのね……ぐすっ、冷たい人……」
「こうなることはわかっていたはずですよ。……お互いに……」
「でも、諦めきれないものってあるじゃない! あなたも血の通った人間ならわかるでしょ!? 今、私がどんな思いでこうやって……私、本当に本気で……」
「あなたとは、最初から、何も、なかったんです。……そうでしょう? では、これで」
「っ……私、諦めないからね! あなたのこと……絶対……」
「漫才やってないでさっさと来いそこのバカ2人。朝食よ」
あ、エルクだ。
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