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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第3章 真紅の森と黒いフクロウ

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第31~33話 『ブラッドメイプル』とエクシードホッパー

 

 時刻は、昼を少し回ったあたり。
 昨日と同様、救出&護衛の対象である商人さん達と、僕らが雇われてる側であるスウラさん達と共に、町を目指して歩いている最中である。

 各自、馬車の中で昼食をとっている。馬車は走らせたまま、止まらずに。

 そんなひと時を、僕は同じ馬車に乗っているエルクとスウラさん、そしてザリーと一緒に、歓談など交えながらほんわか過ごしていた。

 特に、ザリーがいると、その軽口で話題を作ったりしてくれて、退屈にはあまりならないので……得体の知れなさはともかく、そのへんは素直にありがたい。

 社交性のあるチャラ男……まあ、ちょっと気になる部分はあるけど、今んとここちらに害は無いのでけっこう。

 そんな中、おしゃべりに一息ついたところで、馬車の窓から外を眺めながら、ザリーがぼそっとつぶやいた。

「それにしても、けっこう順調に進めてるね、予想以上に。この分なら今日中に森を抜けられそうじゃない? 小隊長さん」

「ああ、そうだな。上手くいけば、日暮れ前までにはな。しかし、町にまで行くとなると、今日中にはさすがに厳しい。日をまたいで、明日の朝くらいになりそうだ」

「町って、ウォルカですか?」

 と、スウラさんにふとたずねると、首肯が返ってくる。
 あれ? でも商隊の人達って、もともとウォルカから、隣町――リスタルとか言ったっけか――目指してたんじゃなかった? 戻っちゃっていいの?

「聞いた話だと、森の中で、私たちが保護するより前に、何度か魔物に襲われて、荷物に多少なり損害が出た、って聞いたから、その補充じゃない?」

「荷物だけじゃないよ、護衛も。最初、商隊の護衛の冒険者は、僕ら含めて5人だったんだけどさ」

「もしかして、魔物の襲撃で?」

「うん、2人脱落した。でも、死んだとかじゃなく、逃げ出しちゃったんだ。思いの他、魔物がたくさん襲ってきて、ね。もっともその後、この森から生きて出られたかは知らないけど」

 あら、それはそれは……。

 そしてさらに聞けば、ザリーは普通に残って戦ったらしいのだが、あの不良2人はというと、単に逃げるタイミングを間違って逃げられなくなっただけなんだそうだ。

 そんなわけで、どうしようも無くなったため、囮として、商品の食料をいくつか放棄しつつ、ちまちま戦いながら生き残って、僕達に見つけられた、と。

 そりゃまた、中々に実情はボロボロなんだな、この商隊。商品も護衛も削られた、ってことは。なら、補充のために町に戻るのは自然……いや、当然か。

 と、思ったら、そこにスウラさんが割り込んできて、

「いや町に戻るのは、我々だけだ。商隊の者たちは……森を抜け次第、正規のルートに戻って、このまま真っ直ぐリスタルを目指すらしい」

「「「は!?」」」

 彼女の口から出た、予想外の言葉に、僕やエルクのみならず、ザリーまで、思わず変な声が出た。

 え、何それ、どういうこと?
 もしかして商隊の人達、商品や護衛の補充もなしに、このままリスタルへ行く気?

「ああ。実は先ほど、商隊の者たちから申し出があったのだ。『護衛は森を抜ける所まででいい、あとは自分達でリスタルへ直接向かう』……とな」

「正気? いくら、直通ルートにはそう強い魔物はいないからって、商品どころか、疲弊した護衛も補充しないで行く気なの?」

「いくらなんでも、焦りすぎじゃないですか?」

「私もそう思って、一度ウォルカに戻って準備しなおすことを提案したのだが、一刻も早く、確実に届けなければならない荷物があるようでな、聞く耳持たずだった」

 ……? 何だろう? 生モノでも積んでる、ってわけじゃないだろうし。
 確実に届けたいなら、それこそ、命あっての物種だろうに。

「ならばその際、こちらから何人か護衛も同行させようか、と申し出たが、断られた。『国の治安を守る警備隊を、こんなことにつき合わせるのは忍びない』……だそうだ」

 ……それ、仕事熱心通り越して、怪しくない?

 まるで積荷に、もしくはその積荷を届ける先に、何かやましいことでもありそうな感じに聞こえるんだけど。

 そう思ったのは僕だけじゃないらしい。エルクも、そして、護衛と言う意味では当事者であるザリーも、その返答に、苦い顔をしていた。
 ザリー……どうやらホントに、聴かされてなかったらしいな。

 当然、スウラさんもそう思ったらしく、詳しく事情を聞こうとしたものの、それ以上は一切話してくれなくなってしまったらしい。

 おそらくは運んでいる『積荷』にその理由があるんだろうと思われるんだけども……ザリーもその中身は知らされていないし、やはりというか聞いても教えてくれないそうだ。

 内外でにおいを遮断する『遮臭布』なる布に梱包されていることから、何か匂いがきついものじゃないか、もしかして死体とかじゃないだろうな……なんて物騒な予想がしまいにゃ飛び交い始めた。

 けど……死体ではないと思う。

 なぜかっていうと……その荷物、多分僕朝、出発する前に、商隊の馬車の所を通りがかって見たんだけど……その時何だか、甘い匂いがしたから。
僕じゃなきゃ気付かないだろうな、ってくらい、ホントに微かにだけど。

 けど、そのくらいあからさまに『微かすぎる』匂いだから、気になってたんだよね。訓練&強化してる僕の鼻でも、やっと感じられるくらいの、僅かな匂い。

 間違いなく、匂いの元は馬車の中なのに、まるで、どこかずっと遠くから、ほんの少しだけ匂いが届いてるみたいだった。
 なるほど、そんな布越しだったから、そのくらい弱まってたんだな。納得。

「……あんた、耳もそうだったけど、鼻もいいのね。どんだけよ」

「まあ、その気になれば、犬と同じくらいの嗅ぎわけはできると思うけど……」

 知ってる人なら、匂いたどって見つけたりとか。実際、あの忌々しい『テスト』の時にも、似たようなことやったし。

「……甘い匂い、隠さなければいけないもの、そして『真紅の森』……となると、まさか……」

 すると、少し経って、どうやら驚き終わったらしいスウラさんは、僕の言った『甘い匂い』というフレーズに反応していた。
 一応僕にもう1度『確かなのか?』と確認を取って、さらに考え込む。

 何か、心当たりでもあるのかな?


 と、その時、



 ――ガシャアン!



「「「!?」」」

 前の方を走る馬車から、そんな音が、

 そして少し送れて、中年の男の人の悲鳴が、ここまで聞こえるような音量で響き渡った。

 その悲鳴の主が、昨日ちょろっと話した、『商隊』のリーダーさんのものであると気付いた頃、1人の騎士が、スウラさんのいるこの馬車まで走ってきて、早口で事情を告げた。

 何やら、あの不良2人がまたバカやったらしい。
 まだ昼間から酒飲んで、酔っ払って足元がおぼつかなくなり、荷台の商品の山の中に突っ込んでしまったとか。

 そしてその拍子に、何かが割れて……それを見たリーダーさんが絶叫した、と?

 高級な酒でも割ったんだろうか、と思ったその時、

「……あ、甘い匂い」

 前の方から、今正に話題に上げていた、あの時の『甘い匂い』が、この馬車の所まで漂ってきた。
 ただ、朝嗅いだ時と違って、ふつうの人間の感覚でもはっきりわかるくらいだ。

 もしかして不良……今話してた例の『荷物』に突っ込んで割ったのかな?

 と、そう思った瞬間、
 どうやら、僕と同じようにこの匂いに気付いたのか、同じ馬車に乗ってた3人も気付いたようなしぐさを見せて、

 そして直後、スウラさんが息を呑み、顔色が変わった。

 どうしたんだろう、と思うよりも早く、スウラさんは突如、凄まじい勢いで馬車を飛び出した。
 そして前の方へ、おそらくは、その匂いのする方へと駆けていく。

 特に理由も無い野次馬根性だけど、僕もエルクもザリーもそれを追った。

 そして追いつくと、そこでは、入り口から馬車を覗き込みながら、体を微妙に震わせているスウラさんの姿。ホントにどうしたんだ?

 スウラさんの脇から、同じように馬車の荷台をのぞいてみると、
 そこには、ちょっとよくわからない光景が。

 商隊のリーダーのおっさんが、この世の終わりみたいな顔をして腰を抜かしてて、

 酒瓶を片手に持った、不良冒険者の片割れ――メタボの方――が、気まずそうな顔をして立ってる。酔いは醒めかけてるようだ。

 その様子を、スウラさんが、冷徹な瞳で交互に見ていて、

 そして荷台には、まさにこの、かなり強く甘い匂いを放つ、蜂蜜のようなとろみのついた液体が、もともと入っていたと思しき壷の破片と共に、飛び散っていた。
 暗くてわかりにくいけど、色はかなり鮮やかな赤色だ。ジャム?

 見た感じ、不良Aが酔っ払ってバカやって、転んだかなにかして、商品を損ねた、っていう状況に見えるけど。

 すると、僕と同じように、横から馬車の中を除き見ていたザリーが、


「……こりゃ参ったな……これ、『ブラッドメイプル』じゃない?」


 ☆☆☆


 『ブラッドメイプル』

 ある種の木の幹から取れる樹液を精製した、いわゆるメイプルシロップの一種。
 高級品で、庶民にはまず手が出ない、かなりの高値で取引されるという。

 この近くでその樹液が取れる樹の群生地の1つが、何を隠そうこの『真紅の森』にあり、しかも数が少ないため、それが余計に値を吊り上げるのだという。
 乱獲されると、すぐに枯渇しかねないため、規制もされている。

 ただこの蜜、ある理由から、扱いに非常に注意が必要な食材でもある。
 この『ブラッドメイプル』には、『きちんと加工しないと、その匂いで周囲の魔物を呼び寄せる』という、恐ろしい性質があるのだ。

 この性質ゆえに、この蜜は扱いに、そしてそれ以上に輸送に非常に神経を使わなければいけない食材として知られている。
 採取・加工・輸送・販売、いずれにも許可が必要なのだ。

 それゆえ、市場に出回ることはほとんどない。
 一部の貴族や高級な料理店が、その嗜好品として、僅かな量を独占している状態だ。

 ……が、そういうものには必ずと言っていいほど、『裏』での流通というものが起こる。こんなふうに。

 今、僕の目の前で、馬車の床に染みこんでいく『ブラッドメイプル』もそれなわけだ。いわゆる、密造品。
なるほどね……これが発覚するのを恐れて、スウラさん達からなるべく早くはなれるために、護衛の申し出を断った、と。

 その商隊のみなさんは今、スウラさんの部下の兵士達によって、全員手早く拘束されている。

 なるほどね、一気に全部の謎が解けた。

 森を抜けた後、スウラさん達とわざわざ別れて護衛も断ろうとしたのは、その道中で、このことが露見することを恐れたから。

 あの布……『遮臭布』とかいうのを使ったのは、この甘い匂いで、誰かに気付かれないようにするため。そしてそれ以上に、魔物を呼び寄せないため。

 そして異常なくらいに急いでたのは、裏の商売だから、クライアントに色々とやばい連中がいるんだろう。そりゃ、納期遅らせたくないよね。何されるかわからないよね。

 スウラさんによると、護衛についてた不良2人やザリーは、まあ、事情聴取ぐらいですむと思うけど、商人さん達は、問答無用で現行犯逮捕だそうな。
 まあ、そんだけヤバイ品物ってことだね。

 色々と偶然が重なった結果のことだったけど、こうして、闇『ブラッドメイプル』の流通を事前に阻止できた。
 そして、この商人達を尋問して、一連のルートも探って摘発できることだろう。

 棚から牡丹餅だったけど、めでたしめでたし……



 ……というわけには、残念ながらいかない。



 さて、今の状況を、もう一度よく見てみよう。

 馬車の床にぶちまけられた、『ブラッドメイプル』。
 蜂蜜と見間違うほど、濃度を高く加工された……それに比例して、匂いも強い一品。
 その匂いは、本能に訴えかけ、興奮させ……魔物を呼び寄せる。


 そんなものを、この『真紅の森』という、ただでさえ魔物の種類も数も多い所で、
 一昨日の土砂崩れの一件が未だに尾を引くこの状況で、
 馬車の中にとはいえ、どばっとぶちまけたりしたら、どうなるか……

「えーと、スウラさん?」

「……すまないが、ミナト殿、エルク殿、どうやら、この大馬鹿者共のせいで、これから騒がしくなりそうだ。護衛として、助力願いたい」

「……まあ、選択の余地は無いわよね」

 僕らの了承を確認すると、スウラさんは、馬車の外に出て、
 そして、思いっきりストレートに、言い切った。



「全員、緊急戦闘配置につけ! 予定変更、これより魔物から馬車を防衛しつつ、全速力でこの場を離れる!! 死ぬ気で戦わなければ……命はなくなると思え!!」



 魔力で強化した僕の耳には、そのスウラさんの号令の向こうに、

 ……もうすでに、匂いに誘われ、この場所めがけて近寄ってきている、何十、何百もの魔物の足音が、羽音が、息遣いが、聞こえてきていた。

どうやら、これから中々の修羅場のようだ。


☆☆☆


 『ブラッドメイプル』の瓶の破損を皮切りに、事態は急変した。

 その匂いで、甘いものが好きな種族のみならず、様々な魔物をのべつまくなしに呼び寄せる、危険な蜜。

 高濃度になるまで加工されたそれが、まるごと瓶1個分ぶちまけられたとなれば、この後どうなるかなんてのは、予想するまでも無いことだった。

 現在僕らは、直ちにこの森を抜けるべく、全速力で走っている最中である。
 『その場から離れる』なんて生ぬるい対処じゃダメだ、とのスウラさんの判断で。

 その理由として、『ブラッドメイプル』の匂いがある。

 この蜜の匂いは、濃度のせいもあってかなり強烈なため、壷や瓶に入れている状態でも、外に漏れ出した匂いだけで魔物が寄ってきてしまうのだ。

 そのため本来なら、こんな物騒なものは全部捨ててしまった方が、安全さも増すし、魔物に対しての囮にもなって一石二鳥なんだけど、スウラさんいわく、密輸の証拠品として、発見したこれらを持ち帰らなければならないらしい。

 そのため、密輸品のうちの、割れていないものを、警備隊の馬車に詰め替えてある。
丸々1本分をこぼしてしまった馬車は、強烈な匂いが完全に染み付いてしまい、森の中どころかどこに行っても危険なので、捨てていくことにした。

 その状態にさらに追い討ちをかけているのが、僕やスウラさんなどの、さっきの現場に立ち会った人物に、その匂いが多少なり移ってしまっていることだった。
 いわゆる『残り香』。それだけでも、魔物を呼び寄せるには十分なのである。

 なので今現在、僕らは、それらから漂う匂いにつられてやってきた魔物たちを迎撃しながら、全速力で――出せる範囲の、だけど――脱出を試みている所なわけだ。

 スウラさん率いる警備隊のメンバーの皆さんもほぼ総出で戦っている。
 馬車の周りを取り囲み、馬車の上から魔術を放って、魔物たちから防衛しながら、馬車の前進を助けている。

 もちろん、僕やエルク、それに、ザリーや不良2人も戦線に参加している。
 じゃないと死人が出る勢いだし、他に選択肢なんかあろうはずが無い。

 ちなみに僕はもちろん、馬車から降りて邪魔になる魔物連中を排除する、アタッカー的な役割である。
 遠距離攻撃もできないわけじゃないんだけど、こっちの方が得意だから。

 弓矢や魔術での遠距離攻撃は、警備兵の人達や、スウラさん、それと、実は魔術使えたザリーに任せて。

 主に『砂』を使った魔法――おそらくは地属性――みたいだけど、結構な威力の砂嵐とかを魔法で出して、僕が空いてしづらい細かい魔物たちを吹き飛ばしてくれるので、結構助かっている。

 それにしても、多いな、魔物……
 『メイプル』ぶちまける前とはガチで比較にならない量だよ。数分~十数分おきに別な群れがくるから、実質ほとんど戦いっぱなしだし。

 今のところ死人は出てないけど、軽傷が数名。いずれも警備兵さん。
 ローテーションで戦い続ける分にはなんとかなりそうだけど、疲労もたまってくるだろうし、このままだとさすがにまずいだろうな。

 僕はスタミナも魔力もまだまだもつけど、さすがに1人で何とかできる状況じゃない。防衛戦っていうのは、どうしても手数が必要になるもんだ。

 それに僕は素手だから、魔法使えるザリーとかに比べると、一度に相手できる数にも限りがあるし。まあ、その分でかくて厄介なのを担当してるけど。

 そういった理由から、これ以降、魔物の数が減りでもしない限り、事態が悪化することはあっても、改善することは多分無いと思われる。

 なので、多少ムリしてでも、まず一刻も早くこの森を抜けちゃうことが、一番安全な方針といえるわけだ。

「スウラさん、ザリー、エルク、まだいける? 休まなくて平気?」

「大丈夫だ。幸い、魔力は人より多いほうだしな。矢の残弾は残り半分ほどしかないが……まあ、やりくりするしかないだろう」

「僕もだよ。さすがにちょっと疲れてきたけど、泣き言言える状況でもないし」

「それよりあんたこそ大丈夫なの? 始まってからずっと休憩無しで戦ってるじゃない」

 と、エルク。

 まあ、スタミナならまだまだ保つ。それに僕、魔力量は多いし、問題ない。

 それに、ちょっと自画自賛っぽくなっちゃうけど……ここで僕が休憩で抜けるのは、正直まずいんじゃないかって思うし。
 だって今まで、僕がフル稼働で戦ってきてこの状態なんだから。

 うっすらだけど、スウラさんもそのへんはわかるようだ。
 彼女自身はまだ大丈夫そうだけど、兵士さん達……特に、接近戦で剣や槍を振るってる人の疲労はすでに限界寸前のようで、目に見えて休憩が必要だった。

 この先、兵士の人達の疲労が更に溜まってくことも考えると、ここでに限らず、これから先も、僕が抜けるのはまずい。

 それがわかってるからだろう、スウラさん、ちょっと申し訳無さそうに『頼む』というような視線を僕に送ってきていた。

 それは別にいいんだけど、むしろ、今馬車の中にいる、休憩中の兵士の皆さんの方が大変じゃないかな?

 部隊をいくつかに分割し、その1つが馬車で休んで治癒系の魔術を使える人の治療を受け、他全部が外で戦い、それを一定時間ごとに交代するというローテーション。

 しかしながら、それで毎回完全回復し、いつまでも戦い続けられるかっていうと、それはもちろん否。
 実際、現時点でもうすでに、全体的に疲労が抜けてない感じだ。

 これだと、次は多分大丈夫でも、その次あたりの交代で、死者もしくは重傷者が出る可能性があるんじゃないかと思う。

 そうなると、戦意・テンション共に下がるし、後々の寝覚めも悪い。
 何より、現時点でただでさえ不足気味の戦力がさらに削れる。それはまずい。

 ……となると、だ。

「あの、スウラさん。今からしばらく僕が1人で前方半分の前衛担当するんで、その間に、兵士の皆さんしっかり休ませてあげてください」

「なっ……は!? な、何を言っている!?」

 直後、スウラさんのみならず、エルクやザリーも、『こいつ何言ってんだ!?』的な視線を僕に向けてきた。

「あ、でもすいません、たぶん前方半分で限界なんで、後ろの方から来る奴はさすがに他の人達にお願いします。あと、小さいのは相変わらずそっちにお任せするので」

「いや、それは……大丈夫なのか!? お前の実力は先ほどから見せてもらっているが、一人で引き受けるというのはさすがに……」

「はい、大丈夫です。ただ……」

「ただ?」

「……物量的に素手じゃキツくなってきたんで、ちょっと戦方変えますけど」

 言うなり僕は、腰に巻いている『収納ベルト』に『出てこい』と念じて、空いている右手に1本の棒を取り出す。

 覚えているだろうか? 『ナーガ』を運ぶ時に使った、物干し竿みたいな形の、ある程度伸縮自在の黒光りする長い棒。

 そこに、ちょうどいい具合に、新しい魔物の群れが来たので、僕は前衛の兵隊さん達より数m先まで先行。

 そして、魔物の群れの先頭部分に差し掛かった所で、棒を横一文字になぎ払う。

 その勢いをそのまま利用し下から斬り上げる容量で、もう一発。その2回で、大型の魔物の3分の1くらいが片付いた。

 そして、バックステップで2歩くらい退き、今ので一瞬ひるんだ残りの連中を、

「――伸び……ろぉっ!!」

 僕の意思に呼応する『棒』を、持ち手から数mほど伸ばし、遠心力を利用して、前方数mを半円状になぎ払い、まとめてふき飛ばす。

 そして、1、2匹いた取りこぼしを、接近戦からの蹴りで沈めて、スウラさんに一瞬だけ向き直る。

「……まあ、こんな感じで」

「そ、そうか……。では、まあ、無理はしないようにな」


 ☆☆☆


 それから、さらに数十分。

「もうあと一時間もかからずに森を抜けられるはずだ! 総員、今一度気合を入れろ!」

「「「はっ!」」」

 スウラさんの号令。力強い兵士達の返事。

 あのあとしばらく、僕の引き受け量を大幅に増やしたことで、疲労があらかた回復した兵士の皆さんは、どうにか安定して戦線を維持できている。
 うん、頑張った甲斐があった。

「それにしてもあんた、武器も使えたのね」

「え?」

 馬車の上で、時たま飛来する飛行型の魔物や、取りこぼしの魔物の相手をしながら、日ごろの鍛錬ゆえか、立ち回り的には余裕がありそうなエルクから、そんな言葉が。

「あの『手裏剣』は知ってたけど……見事じゃない、その棒術も」

「ああ、そういうことね。まあ修行の段階で、母さんからいろんな武器の扱い方、一通り教わってるし」

 棒術だけじゃなく、剣や槍、鞭やトンファーなんかも教わった。
 もちろん、樹海にいた頃に実戦も済んでる。

「じゃあ何で、普段から武器で戦わないの? その方があんた強そうだけど」

「あれ? エルクには言ったことなかったっけ?」

「武器使えること自体初耳だって言ったじゃない。何か理由でもあるの?」

「あー、うん。まあ、あるっちゃある」

 まあ、ちょうど群れがまた1つ片付きそうな所なので……変な話だけど、ちょっとした気分転換にもなればと思って、話すことにした。

 僕が、徒手空拳で戦う理由。
 大きく分けて、それは2つ。

 1つは単に、徒手空拳の方が得意だし、威力も出るから。

 僕の魔法格闘術は、体に魔力を充填して殴る、という、いたって簡単なもの。じゃなきゃ、僕には扱えない、ってだけなんだけど。
 ほら、何度も言うけど僕、体外で魔力を操作するような魔術、壊滅的だし。

 だから必然的に、僕は自分の体内でのみ魔力を使った方が、攻撃力も高い。武器を使えば、そりゃ射程距離は上がるけど、威力は、直接殴るより弱いわけなのだ。

 そしてもう1つ。
 それは僕が、自分が攻撃した感触を、リアルに肌で、この手で感じるためだ。
 魔物を殴った時とかに、その魔物の体がへこんで、肉が裂けて、骨が砕けて……僕の拳の一撃が、その魔物の命に届く、その感触を。

 そしてそうすることで、僕はその戦いで僕が手にかけたものが、紛れもなく1個の『命』であることを忘れないようにしている。
 殴るたびに、蹴るたびに、拳から、足から、伝わってくるその感触を通して。

 そうしないと、いつか戦いに関して、無機的な感情しかなくなりそうだから。
 まるで、テレビゲームの中の魔物みたいに、倒して経験値や素材を得るだけの存在として魔物を見るような奴に、なりたくないと思うから。

 まあ、結局ただの自己満足なんだと思うけどさ。

「……ちょっとガキっぽいかな?」

「いいんじゃない? あんたまだガキでしょ、どうせ。でも……立派だと思うわよ? そういう考え方ができるのも、それを実行できるのも。私の私見だけどね?」

「……ありがと」

 少し話を聞いてもらっただけで、そして、エルクにちょっと褒められただけで、ちょっとだけ、心強くなったような気がした。たいがい現金だな、僕も。

「さて、おしゃべりはこのへんにしとこっか。新手も来たみたいだし」

「ちょうどってあんた……って、何よアレ!?」

 『新手』発言に、僕に続いて前の方を見たエルクが、ぎょっとして声を上げた。
 続いて前を見たスウラさんやザリーも、目を見開いている。

 その先にいたのは、黒に近い茶色の甲殻に身を包んだ、昆虫型の魔物。

 形としては、台所によくいる黒い生命体Gと、カマキリとかハンミョウとかを足したような、いろんな意味で凶悪な姿をしている。
 そしてその大きさは、2~3mありそうな巨体。

 それが全部で4体。前足を掲げてこっちを威嚇してる。

「っ……『デビルローチ』か、面倒な奴が出たな!」

「アレ、『デビルローチ』って名前なんですか?」

「ああ。この『真紅の森』でも最強といっていい種族だ。本来は、このような浅い区域には出るはずの無い連中だが……」

「これも土砂崩れの影響だろうね。最悪」

 と、続く形でザリーの考察。

 聞けば、こいつらランクCらしい。ナーガの迷宮最強の『リトルビースト』と同列か。
 それが4匹ね……なるほど。

 そして名前が『ローチ』ってことは、やっぱこいつら分類的にはゴキか。

 そして、そこにショックは受けていたものの、スウラさんの対応は素早かった。
 馬車の中で休んでいる兵士達にも聞こえるように、声を張って……


「全員聞け! 休憩の班もだ! これより(バキッ!!)必要最低限の人員を残し、残り全員で(バキッ!!)前に出てデビルロー(バキィッ!!)チの討伐に当た(バキャァッ!!)……ろうと思ったが必要無さそうだから休んでおけ」


 え、何が起こったって?
 スウラさんの口上の間に4匹とも片付けただけです。

 いや、だって、わざわざ兵隊さん達に危険なやつの相手させることないし。ご丁寧にも威嚇してくれてる間にさくっとしとめられそうだったから。

 そのゴキブリ怪獣×4の亡骸を、馬車の邪魔にならないように押しのけながら、ふと見ると、こめかみを押さえてるスウラさん以外の全員が唖然としてこっちを見てた。

 おーいみんな、ぼけっとしてないで戦えー? 死ぬよー?

「いや、まあ……あんたはこういう奴だったわね」

「えー、エルクもー? エルクはわかってくれてると思ってたのに」

「何がよ? あんたのバケモノ具合?」

 酷い言われようだ。

「……まあ、被害が皆無のうちに済んだと思えば文句は無い。すまなかったな、ミナト殿」

「いや~、ホントにミナト君頼りになるよ、うん」

 ちょっと笑顔が引きつってるスウラさんと、乾いた笑いのザリーからはそんなお言葉。
 いいよいいよ、どうせ僕はバケモノだよ。

 それはそうと、

「あの、スウラさん? さっきの号令、取り消さないでもらえません? まだ厄介なのが残ってるんで」

「ん? どういうことだ? デビルローチなら全滅して……新手か!?」

「はい、それも多分……巨大ゴキなんかより、よっぽどヤバそうです」

 ……聞こえてるんだよね、さっきから。
 何かこう、明らかにやばそうな感じの、超特大の羽音が。

 もうすでにスウラさん達の耳にも普通に聞こえるくらいの音量になってる。
 どんどん、どんどん大きくなる。紛れも無い、昆虫の羽音だ。

 そして、馬車の周囲のメンバーの表情に、あからさまな焦りや戸惑いが浮かび始めた……その直後、

 前方の木立の向こうから……『ブゥゥウウン!!』という特大の羽音と共に、緑色の巨大な影が舞い降りた。


「……バッタ?」

「バッタ、ね」

「バッタ、だな」

「バッタ、だねぇ」


 僕らの前に現れ、馬車の行く手をさえぎっているのは……バッタだった。
 全長3mはありそうな、ちょっとどころじゃなく凶悪な見た目の。

 鎧以上、それこそ、こないだ狩ったナーガの鱗くらい頑強そうな甲殻。
 顔は、僕が知ってるバッタのそれじゃ明らかになくて、見た目一発魔物って感じ。口の中に牙とか見えるし。触角どころか角生えてるし。
 足×6も、指とかきっちりわかれてるし。……虫じゃないな、もう。

 見た目以外に判断要素がないから、こいつをバッタと呼んでいいのかわからないけど、とりあえずわかるのは、こいつが僕らに対して敵意丸出しだ、ってことかな。
 『メイプル』の匂いにつられて、腹をすかせてきたやつだから当然か。

 さて、とりあえずもう1つわかることは、多分コイツがさっきの『デビルローチ』とかいう奴よりやばそうだ、ってことくらいか。

「エルク、こいつ知ってる?」

「いや、私も見たことないわ。そもそもこの森にこんな、巨大なバッタの魔物なんていないはずだけど……バッタ、バッタ……」

「……おそらく、こいつは『エクシードホッパー』だ」

 と、会話に割り込む形でスウラさんが答えた。

「エクシードホッパー?」

 ……何だろう? すごく最近、どこかで聞いたような……

「ああ、ランクはB。確かにこの森にはいないが、ここを町へ行く方向とは逆に抜けた先にある、別の危険区域に生息している魔物だ」

 レベルを含むその説明を聞いた途端、エルクがぎょっとして目を見開いた。
 無理もない。ただでさえ凶悪な見た目に加えて、さっきのゴキよりランクが上とときたもんだ。

 そんな奴、この中で戦える奴がどれほどいるだろう?

 聞いた話じゃ、スウラさんの部下達は、正規兵とはいえまだまだ未熟らしい。冒険者みたいにレベルをつけるとしたら、せいぜいEかDだそうだ。エルクと大差ない。

 一応、あの不良2人はDらしいけど、それでも、2人組んで戦っても、ランクB相手じゃ無理があるだろう。

 残るは、僕とスウラさんとザリー、か。

 正直言うと、僕は何とかなる。けど、2人の実力はまだよく知らないからな……。
 まあ、さっきからの戦いから見ても、けっこう上級者っぽいとは予想つくけど。スウラさんの弓矢や魔法攻撃、ザリーの立ち回りなんかも、見てて安定感あったし。

 それに……もう1つ、特大の問題が。

 これは、まだ多分みんなは気付いてないけど……

「ところで、こいつ倒す時に注意点とかあります? 例えば、どの部分が弱点とか、1匹倒すと仲間が来るとか、倒した奴に攻撃が集中するとか」

「いや、単純な強さ以外は、特にない。知能はそれなりにあるから、強さを警戒して攻撃が集中することはあるかもしれんが、それはこいつに限ったことでもないしな」

「そうですか……残念」

「? どういう意味……」

 と、スウラさんが言い終えるよりも、
 僕が地面を蹴って『エクシードホッパー』の前に飛び出すのと、そいつが僕らに向かって跳躍する方が早かった。

 鋭く尖った角に当たらないようにしつつ、棒を盾にして突進を受け止める。

 思いのほか衝撃が強く、2、3m後ろに押し込まれたけど、なんとか踏んばった。
 ……駄洒落ではないのでよろしく。

 するとそいつは、自分の顔に押し付けられているその棒に、その凶悪な顎でもってかみついた。
 そのくらいで折れたりするほどこの棒はやわじゃないけど、次の瞬間、今度は強烈な力で引っ張られるような感覚と共に、ふわっと僕の体が浮いた。

 耳障りな騒音じみた羽音が聞こえるとこを見ると、どうやらこいつ、棒を咥えたまま飛び上がったらしい。空中戦に持ち込みたいのか、空から落として殺す気か……。

 何のつもりかはしらないが、わざわざ相手のやり方に付き合うつもりも無い。
 それに、下の方から聞こえるエルクの声が、ちょっと心配そうな感じを帯びている。

 女の子に心配かけたくないし、さっさと決めるか。

 棒を咥えられたまま、新体操か何かの要領で、エクシードホッパーの眼前でからだをひねり、背中側に回る。

 そして、一旦棒から手を放し、両手をガシッと組んで――当然、魔力をこめて強化するのも忘れない――槌のように振り下ろす。

「――ぅらぁっ!!」

 鈍い音と共に、延髄(昆虫にあるのか?)のあたりに叩き込まれた一撃に、たまらず落下する巨大バッタ。

 虫の脳は極端に小さいらしいから、脳震盪とかは期待してないけど、単純にダメージが大きかったと見える。羽ばたきの勢いが頼りないものになり、地面に激突。

 そして、また飛び上がられてもたまらないので、手早く片付けることに。
 立ち上がろうとするバッタの、その首の部分に……

「『ギロチンレッグ』!!」

 魔力の風を纏わせた踵を振り下ろす。

 カマイタチのような切れ味で繰り出された踵落としは、スパッ、という効果音が使えそうなほどキレイにはいかなかったものの、見事に標的の首を落とした。

「……ふぅ」

 やっぱし、いい気分じゃないな。この技。グロいし、血超出るし。
 けど、昆虫は総じて生命力が強いから、殺さずに倒すのが難しい。下手に手加減して放置して、それが原因で他の人が被害に遭うような事態は絶対にダメだ。

 まあ、羽と足全部もげば一応無力化できるけど、それだとどの道、食料が取れなくて餓死するか、他の魔物に食べられて終わりだろう。
 苦しませるよりは一瞬で……って、まあ、これも自己満足だけど。

 首がもがれても、昆虫の体はしばらく痙攣したり、じたばた動くので、亡骸は木立の中に投げ飛ばして排除。馬車の邪魔にもなるし、単に危ないし。

 心の中でだけ、僕らの身の安全のために犠牲になってもらった魔物の冥福を祈りつつ、一瞬で気持ちを切り替えて、向き直る。
 これを僕は、これからもずっと続けるだろう……僕自身のために。

 ふぅ、と息をつきながら、バッタの口から回収した棒を、適当な長さに縮めてから腰帯の中に『収納』していると、

「……ここまで来ると逆に何も言えんな。あの、エクシードホッパーを秒殺か」

 僕が言うのもなんだけど、この短時間で何度驚いただろうスウラさんは、考えて理解しようとして諦めたというような、疲れ気味の笑みと共に、そんなことを言っていた。

 ザリーとエルク、それに他の兵隊さん達も似たような感じだ。エルクは、僕の実力を知ってる分、まだマシかな?

「聴いた話では、お前のランクはBだったと思うが……?」

「ええ、そうですけど。なんならギルドカード見ます?」

「いや、いい。どの道、色々とわからなそうだからな」

 そう言うと、スウラさんはまた弓を構えて、群がってくる魔物たちの相手をしようとして、

 ……周りに、その他大勢的な魔物がほとんどいなくなっていることに気付いた。

 一瞬不思議そうにしつつも、どうやら峠を越えたのか、と、息をついて肩の力を……待て待て、抜くな抜くな。まだ終わってないから。むしろこれからだから。

「はーいスウラさん以下今油断した方々、ダメですよー。まだ終わってませんから」

「? 終わってない、っていうと? まあそりゃ、森抜けるまでは襲撃はあるだろうけど」

 と、エルク。

「もったいぶってる暇ないからはっきり言うね。今倒した『エクシードホッパー』だけど……アレ多分ただの偵察。近くに『群れ』がいる」

「「「は!?」」」

 お、ハモった。エルク&兵士諸君、お見事。
 そして、声は出してないものの、同様に驚いていたスウラさんが、

「……その根拠は? 何から予測した?」

「予測っていうか、さっきからバリバリ聞こえてるんです。思いっきり、羽音が」

 その僕の一言に、ぎょっとして静まり返る一行。

 すると、森の木々の葉が風に揺れる音や、木々の向こうから聞こえる魔物の鳴き声なんかに混じって……

 ……聞こえてきた。強化してない聴力でも聞き取れるくらいに、羽音が。
 間違いなく、さっきのあのデカブツと同じ羽音が。

 しかも、前後左右、ほぼ全方向から。囲まれた、か。

「……数は?」

「多分、8か9。1つだけやけに大きい羽音が混じってます」

「やけに大きな……? 別の魔物が混じっているのか?」

「どうなのか……見て確かめた方が早いです」

 直後、
 痺れを切らしたのか、または、襲うなら今が好機と見たのか、8方向の木立の中から、一斉に緑色の巨体が空に舞い上がった。

 一瞬、木々が、森がそのまま飛び上がったかと思えたほどのスケールの集団飛行。

 全部で8匹の『エクシードホッパー』が……まるで、獲物を狙うハゲタカのように、僕らの頭上を旋回し始めた。
 8匹分の、空気を震わせる羽音が……緊迫感に拍車をかける。

「虫嫌いの人が見たら、卒倒しそうな光景ですね」

「そうでなくとも卒倒するだろうさ。恐怖と絶望で、な」

 スウラさん、至言。

 事実、下からそれを見上げる僕らのほとんど全員から、恐怖、驚愕、絶望……そういった類の感情を、表情から読み取れた。
 兵士の中には、武器を取り落として、戦意喪失丸わかりな人も、体をカタカタと震わせて、鎧がガチャガチャと音を立てている人もいた。

「全部で8匹、か。はっきり言って絶望的だな」

「だねぇ……小隊長さん、アレ相手に単騎で戦えそう?」

「……1対1なら何とかなるだろう。ザリー殿は?」

「僕もまあ……似たようなもんかな。無理すれば2匹くらいいけるかも」

「ほう、それは頼もしい」

 え? マジ? ザリーそんなに強いの?
 そういえば、ランク聞いてなかったっけ……BとかAなのかな?

「さて、残り6匹だけど……何人か一組になったら、兵士さん達で防衛や足止めくらいは出来……ないね、この状態じゃ」

 だよね。兵士さん達、男女問わず、完全に腰抜かしてるもん。

「ああ。だが情けないなどとは言えんだろう。当然の反応だ」

「だよねぇ。ってわけなんだけど……どう、さっき1匹秒殺したミナト君? かなり希望的に観測しても、残り5匹なんだけど、なんとかなったりしない?」

「……いっそ全部僕に襲いかかってきてくれれば楽なんですけどね」

「あれ、大丈夫なの?」

 『無理ですよ!』的なノリの返答を期待してたらしいザリーが驚いてた。

 いやまあ、こう考えてたから、さっきスウラさんに『同属を殺した奴に集中攻撃してきたりしないですか?』って聞いたんだよね。

 あの時すでに、群れがいるのわかってたから……出来れば、全部まとめて僕に来てくれた方が楽だな、って思って。

 いや、戦いが楽なんじゃないよ? そりゃ僕だって、いきなり8匹とか9匹、しかも空飛べるような奴相手にするのとか、きついし。

 けどこういう戦いの場合、それ以上に、味方を守りながら戦うのが骨だ。

 しかも今回の場合、敵だけじゃなく、味方も数が多い。
 その上、ほとんど全員戦意喪失してて、まともに逃げたり防御したりも出来そうにない状態ときてる。

 士気が高ければ、数ってのは多いほど心強いんだけど、こうなると途端に、究極の足手まといになる。まあ、今回の場合、責められないけど。

 コレ全員守りつつ、スウラさんで1匹、ザリーで1、2匹、残り全部僕……きついな。

 こういう時、魔術使えないのは痛い。棒使っても。せいぜい2、3匹同時に相手するのが限界だろう。
 その間に、残りのバッタ共が、兵士さん達に襲い掛かると、守れない。

 かといって、守りに徹しても同じことだ。いや、余計にきついか。
 この数が相手じゃ、せいぜいエルク1人を守るのが精一杯だ。

 ……それに、もう1つ気になってんのが……

「スウラさん、あの一番向こう側の一匹なんですけど……あいつだけ何か違いません?」

 その、僕が指差した先には……明らかに、他の『エクシードホッパー』とは、パッと見でもわかるくらいの違いを持った個体がいた。

 甲殻の色が、他の連中よりも濃い深緑色で、体も1回り大きい。
 足とかにトゲが生えてたり、より凶悪な見た目で……気のせいか、口の中に見える牙も多いような気がする。

「あー、僕、聞いたことあるよ?」

 と、ザリー。

「エクシードホッパーにはまれに、体色が深緑色の『亜種』が生まれるんだってさ。通常種より、身体能力的に強いだけじゃなく、魔力まで持ってるらしいよ?」

「……ランクは?」

「たしかA」

「……聞きたくなかったな」

 ……『エクシードホッパー』の、しかも『亜種』って、たしか……

 あ、そうだ、どこかで聞いた名前だと思ったら、あの『リスト』だ。
 こないだアイリーンさんからもらった、あの『目指せ一人前! 討伐目標魔物リスト』。

 その中に書いてある1匹だもんね、そりゃ強いわ。
 さっきから聞こえてた、やけに大きな羽音、あいつが音源か。

 にしても、この状況は本当にヤバいと言わざるを得ない。

 上空には、8匹のエクシードホッパー。ランクB也。
 しかも、そのうちの1匹は、ランクAの『亜種』。

 こっちの兵力は、ほぼ全員が戦意喪失。馬車の中にいる連中も、反応が無い所を見ると、同じ感じだろう。

 戦えるのは、僕とスウラさん、そしてザリーの実質3人。

 エルクは、ナーガのときの経験があるからか、他よりはだいぶマシだし、自分の足でしっかり立ってるけど……戦闘力的にちょっと。

 この状況で、味方を守りながら、アレら全員しとめるのは至難の業だ。逃げ切るのはもっと無理だ。

 と、なると……

「スウラさん、ザリー、エルク、一回しか言わないからよく聞いてください」

 なるべく心を落ち着けて、全員に呼びかける。
 一応口調は、スウラさんに話すのにあわせて、敬語。

「? 何だ、ミナト殿」

「何か作戦でも思いついたの?」

「……ミナト?」

「いや、作戦っていうか……」

 と、その時、


「じょ、冗談じゃねえよ! こんなの……こんなの、死んじまうだろうが!」

「やってられるか! お、オレは逃げるからな!」

「お、おい待てよ! オレも……」


 と、そんな声が聞こえたかと思うと……1つ向こうの馬車から、エクシードホッパーに囲まれたことで焦ったらしい不良2人が、半分錯乱状態で逃げ出そうとしていた。
 何だ、動けたのか。

 けど、

「おい待て! 今外に出てここから離れたりしたら……」

 スウラさんが言い終わるより先に、
 案の定、上空から、バッタ共のうちの1匹が舞い降りて群れからはぐれた哀れな2匹の獲物をその腹に収めようと、口を大きく開けて襲い掛かる。

 もう口より手だとばかりに、スウラさんが一瞬で構えて矢を放つも、時間が無かったために魔力も纏わせていないその矢は、強固な甲殻に簡単に阻まれて落ちた。

 それに気付いたかどうかも定かではないエクシードホッパーが、今正に不良2人の頭を食いちぎろうとして……次の瞬間、


「……しょーがないな、もう」


 ――ドゴッ、と、

 鈍い音と共に、その横っ腹に何かが激突して……その衝撃に耐えきれず、弾き飛ばされて墜落した。

「「「!?」」」

 何が起こったのかと驚くスウラさんたちの目の前で、よほどの衝撃を食らったとわかるほどに、ひくひくと弱弱しく震えて満足に動けないバッタの腹から、地面に何かが転がり落ちて、ズシン、と大きな音を立てた。

 それは、黒い……鉄球。
 たった今僕が投げつけた、握り拳より1まわりか2まわりほど大きい、同色の鎖のついた鉄球だ。

 その、ついている長い鎖のもう片方の端は、僕の手に握られている。
 この鎖つき鉄球も、棒同様、あらかじめ帯に収納していたものであり……旅立ちの少し前に、母さんから貰った武器だ。

 この状況に至っては仕方ない、コレを使わざるをえないだろう。

 ……ホント、けっこう危ないんだけどな、コレ。
 それと……今から使おうとしてる、アレも。

「スウラさん、指示出してください」

「指示?」

 事態についていけてないらしいスウラさん。声に困惑が混じっている。
 しかしあえて無視し、僕は用件だけを簡潔に口にする。

「今からちょっと暴れます。その時、周りに兵士さん達がいられると正直邪魔なんで、全員馬車の中かその近くに避難させといてください。それでももしかしたら危ないかもしれないんで、全員伏せててください。馬車含めて、巻き込まないようにはしますんで」

「……? 何をする気だ?」

「説明は省きます、あそこの野郎2人は……」

 言い終わる前に、僕は、おちている鉄球に向かって、鎖を持っていない方の手をかざす。

 するとあら不思議、鉄球はふわりと空中に浮いて、こっちにもどってきた。

 それをキャッチした僕は間髪入れず、鉄球がついている方の端を回収したことで、鎖の長さに余裕が出来たため、もう片方の端を投げ、投げ縄の要領で地面に転がっている不良2人を捕えると、一気に引っ張って回収。そのまま、馬車の中に叩き込んだ。

 そして見ると、事情はわからないながらも、号令を出してくれたスウラさんの指示通り、騎士の皆さんは動かない足を無理矢理動かして、馬車の近くに集合してくれていた。

 よしOK、これで動きやすい。じゃ、次。

「えー皆さん。状況が状況なんで説明省きます。鼻つまんでください」

 とだけ言う。
 やはりというか、理解はできていない様子の皆さん。そのうち、スウラさんやザリーを含む半分くらいは、困惑しつつも指示通りにしてくれた。

 そして、こないだの訓練を思い出して、ただ1人、これから僕が何をやるかわかったらしいエルクも。もしものこと考えて、あの時見せといてよかった。

 残り半分の騎士さん達はまだだけど、待ってられないので、



「――ぜァっ!!」



 直後、
 僕が発動したその魔法が……その場を席巻する。

「―――!!?」

 僕を中心に振りまかれた何かが、その場にいた全員の脳にガツンと揺さぶりをかける。

 訓練を積んだ達人だけが使える、眼光とか雰囲気だけで敵をひるませる『威圧』に似たそれは、エルク、スウラさん、ザリー、そして騎士の皆さんにも、さらには周囲のバッタたちにもあまねく振りまかれ、場の空気を一変させた。

 騎士の人達は、さっき以上にも見える萎縮で動けなくなっている。中には、精神疲労も手伝ったのか、気絶している人すらいた。……鼻をつまんでなかった人は、全員だ。

 スウラさんやザリーは、動揺しつつもどうにか持ちこたえて立っていた。
 エルクも同様だ。彼女はむしろ、事前に何が起こるか知っていた分、心の準備が出来ていた感じにも見える。

 そして、周囲を囲むバッタ達は、さすがに萎縮したり、ビビッて退散したりは無かったけど、警戒具合が上がって……その意識が、僕に集中しつつある。

 その中心にいる僕は……体に、黒と紫色が混じったような、闇色とでも言うような色の魔力を、霧か何かのようにまとっている。



 僕が一番得意な属性の魔力である『闇』の魔力を。



 単純な馬力は『地』ほど上がらないし、速度も『風』には負ける。技の破壊力も、追加効果がある『火』や『雷』と違って、『闇』には別にそういうのがない。

 しかし、器用貧乏の一言で片付けるにはあまりに強力、そしてオールラウンドな力を、この魔力は僕にもたらしてくれる。

 腕力・敏捷性・反応速度・防御力・魔法耐性などなど、全てを底上げできるこの力。しばらく使ってなかったけど、これこそが僕の本来の力だったりする。

 何で今まで使ってなかったのかって聞かれると、理由は3つ。

 1つ目は、単に使う必要がなかったから。
 特に属性変換とかしてない純粋な魔力の充填だけで、今まで普通にやってこれたし。

 で、2つ目は、かなり珍しい力だから。
 『闇』と『光』の属性の魔力は、他の6属性に比べ、使える才能を持ってる人が極端に少ない。統計的には、数百人に1人いるかいないかだとか。

 だから、この才能を持ってると知られると、珍しさから注目されるし、うるさい連中がよってくる可能性もある。

 そして3つ目は、『光』と違って『闇』は、国や地域によっては、悪魔とかが使う邪悪な力だとか何とか言われて、忌み嫌われてることもあるからだ。
 宗教とか絡んできそうで、正直怖い。面倒。

 特に2つ目と3つ目、事前に母さんから聞いてて……あんまりおおっぴらに使うな、って言われてたし、なくても普通にやってこれたから、今までほぼ使ってなかった。

 けど、相手が相手、数が数だし、念のため、ってことで。



 といっても、この魔力を使ったことは……今の『威嚇』とは別に、関係ない。

 さらに言えば今の威嚇は、達人とかがやるような、覇気とか気迫をぶつけて、っていう感じのやつじゃない。

 というか、僕にそれは出来ない。やり方知らん。

 いや、母さんとの修行中に、そういうのできないかなーと思って色々頑張ってみたんだけど、若さなのか未熟さなのか、ついぞそういうのできなかったんだ、残念ながら。

 なので、僕がその代替手段として開発したのが、この魔法。



 その名も『マジックフェロモン』。



 『フェロモン』……生物が放出する分泌物質で、警告や求愛、指令や沈静など、数百種類に及ぶそれは、脳の本能に直接訴えかける部分に作用し、色々な作用をもたらす。

 それを魔法で弄くって色々有効利用しよう、っていうのが、この魔法だ。

 その代表例が、僕が今やってのけた『威嚇』。

 フェロモンの一種である『警報フェロモン』を魔法でいじくり、危機感と威圧感、その他、敵を威嚇するのに有用そうな効能を高め、体全体から周囲に放出・散布する技。

 無色無味無臭なので、気付かれず、防がれずに使えるし、本能に直接作用するから、下手すれば単純な威圧なんかよりよっぽど効果がある。

 ただ、コレをさっきから今まで僕が1度も使わなかったのは、欠点があるからだ。

 この魔法なんだけど、フェロモンは一度出したら出しっぱなしなので、周りにいる人・魔物全部に無差別に作用する。加減もほとんど無理。

 加えて、魔法が混じってるとはいえあくまで化学物質なので、散布場所……すなわち僕自身の近くにいるほど効果が強く、離れた所にいる奴には薄い。

 だからこれ下手すると、近くにいる味方によっぽど強く効いちゃって、それ全員無力化しちゃうことになりかねないんだ。ちょうど今、気絶してる騎士さん達みたいに。
 そして、離れた所にいる敵にはあんまり届かないっていう……。

 けど今回この状況は、すでに騎士さん達が無力化されてしまってる上に、戦力にならない以上、むしろ動かれると邪魔。ちょうどいいのでコレを使わせてもらったわけだ。

 ちなみに、フェロモンは鼻から感知されるらしいので、鼻つまむと少しはマシかなと思ってつまんでもらったんだけど……どうなんだろう? やらないよりマシだったかな?

 ……まあいいや。

 さて、じゃあ、バッタ君たちが困惑で動きを止めてくれてる間に、と。

 片手で、握力だけで持っている鉄球を、飛んでいるバッタ達のうち、遠くにいる一匹に向けて、突き出すように持ち、

「先手必勝! 『リニアキャノン』!!」

 直後、

 今まで、手につかまれているだけだった鉄球が、信じられないような勢いと速度で飛び出し、遠くはなれたところに滞空していたバッタを直撃した。

 そして、当たったがゆえに伸びきらなかったものの、だいぶ長くピンと伸びた鎖をぐっと引っ張り……思いっきり横方向に振り回す。

「―――ィッシャアアァァァアアアアァ!!!」

 本来、こういう鎖つき鉄球っていうのは、振り回して遠心力に乗せて叩きつけて攻撃するもんだけども、力技で失礼。

 引っ張られるのに従って、鎖が、鉄球が、横に軌跡を描き、その軌跡上にいるバッタ達を根こそぎなぎ払い、叩き落す。

 その際……不本意ではあるんだけども、その軌跡上にあった木なんかも一緒に、その衝撃がわかるような無残な形でなぎ払われていた。ごめんね。

 そのまま前方半分を半円状に凪いだところで、その場で真上に跳躍。
 このまま振るうと、後ろにいる馬車や、その上のスウラさん達を巻き込んで、あの木々と同じ感じになってしまうので、軌道を変える必要がある。

 なので、支障ない高さまで跳んだ後で、微調整しつつ、再度思いっきり振るう。
同じように、その軌道上にいたバッタ達を叩き落とす。

「――んも一丁ォ!!」

 そのままの勢いで、もう1回転、さらに一回転。
 軌道をずらしつつも、速度・勢いは落とさないように振り回し、縦横無尽に鉄球を暴れさせる。

 計3回転で、8匹中、亜種を含む6匹に命中、墜落させる。
全部を仕留めたわけじゃないけど、まずはいい。

 そして残りの2匹のうち、1匹に狙いを定め、さらに一回転からのハンマー投げの要領で、鎖を放して投擲。
 さっきのブン回しの射程から離れて安心していたバッタの顔面に直撃。

 そのまま、凹ませるどころか大穴を明けて深くめり込み、バッタを絶命させる。

 その瞬間残り1匹が、僕の手から武器が離れたのを見て、これ幸いと飛んできた。

 ……が、その認識、甘い。
 僕がそのバッタに……正確にはそいつを挟んで向こう側にいる、未だ鉄球をめり込ませたままのバッタの亡骸に片手をむけた、次の瞬間、

 鈍い音を響かせて、さっきと同じにかざした僕の手に引き寄せられるように――いや、実際引き寄せたんだけど――今の今まで、バッタの亡骸にめり込んでいた鉄球がけっこうな勢いで突如飛来し、飛んできていたバッタのわき腹に斜め後ろから直撃。

 そのまま鉄球は、バッタを巻き込んだままで飛んでくる。

 僕が、『土』と『雷』の魔力を混ぜて発動させた、『磁力』に引き寄せられて。

 母さんとの修行の過程で開発した技の一つで、大雑把な誘引と反発ぐらいしかできることないけど、さっきみたいに遠くから超重量の鉄球を引き寄せたり、いわゆる電磁加速銃コイルガンの要領で、鉄球をいきなり超加速させて射出するなんてことも出来る。

 まあ、アレ厳密には『鉄』球じゃなくて特殊な魔法金属で、例によって母さんにもらったマジックアイテムの1つなんだけども。

 その鉄球は、途中でバッタの体を外れて、最終的には鉄球単体で飛んできたが、鉄球が命中していたと思われる箇所は、先ほどの1匹に巻けず劣らず無残にへこんでいて、ダメージも深刻なのかまともに飛べていなかった。

 しかし、放っておいて後で暴れられてもかなわない。きっちりトドメはさす。

 鎖の部分を引っ張って振り回し、勢いをつけて真上から鉄球を叩きつける。
 鎖から伝わる力に従い、遠心力を味方につけて命中した鉄球は、バッタを間に挟んで地面に激突。直径10m規模の、かなり大きなクレーターを作った。

 地震かってくらいに、局地的ながら周囲の地面もかなり揺れたけども、衝撃で馬車が倒れたり壊れたりすることもなく、バッタを絶命させた。これで2匹。

 最初の3連続大回転で叩き落したバッタ達のうち、どうやら仕留めたのは3匹で、残り3匹は打ち所がよかったのか、生きているようだ。
 『亜種』も、その生きている3匹の中に含まれている。

 するとその直後、視界の端のほうから青く光る矢が何本も飛来し、生き残っていたバッタの1匹に突き刺さった。甲殻の隙間、喉元に適確に、吸い込まれるように命中。

 矢が飛んできたほうを見ると、そこにいたのはやはりスウラさん。
 その細身の躯体に、そして愛用の弓に、おそらく魔力によるそれであろう青い光を纏わせて、たった今その魔力の矢を打ち込んだバッタに意識を向けつつたたずんでいた。

 直後、弓の弦に……矢を持っていないのに手をかける。
 すると彼女の手元に、纏っている魔力と同じ色の、光の矢が作り出されてつがえられ、普通の矢と同じように射出された。

 先ほどと同じように命中したそれは、まだ息があったバッタを今度こそ絶命させた。

「ふぅ……余計な世話だったか?」

「いえ、お見事です。でも、魔力の矢かー……あんなことも出来るんですね」

「威力はあるが、見た目より魔力の消費が激しいのだ。そう何度も使えないがな」

「そういうミナト君こそ、結構色々な武器使えるんだね」

 と、その横からザリー。

 攻撃はしてないけども、ダガーを手に臨戦態勢にいる所を見ると、スウラさん同様に戦いの用意は出来ていると見た。

 2人はそのまま、もう1匹の、そろそろダメージから回復しそうなバッタに、2人して得物を手に向き直る。

「あっちのは僕らで何とかするよ。だからミナト君、悪いけど……親玉、頼める?」

 そう言って、ザリーの視線がチラッと向かったのは、言葉通り、親玉の所。
 さっき、1巡目の鉄球が命中したにもかかわらず、他と比べても元気そうな、不可緑色のエクシードホッパー(亜種)。

 それなりに知能もあるのか、ダメージからは回復しているようなのに、突っ込んでこずにこっちの様子をうかがっている。

 しかもそれに輪をかけて異様なのが、その周囲に、砂煙を巻き上げながら、さっきは無かった空気の渦みたいなのが発生していたこと。

 さっきの戦闘の余波にも見えないし、あれは多分……

「ミナト、あれって……『風』の魔力じゃない?」

「おや、エルク殿は魔力感知の才能を持っているのか?」

「珍しいね? 魔力の有無だけならともかく、種類なんかまで感知できる人って、結構少ないんだけど……まあ、あれは見た目でもわかるか、あからさまだし」

 あれ、そうなの? 知らなかった。

 僕もエルクも、魔力の種類くらい普段から普通に識別できてたから、そんな感じだとは思わなかったんだけど。敵の魔物が魔法使う時とか、僕もエルクもきっちり気付けてたしなあ。
 エルクってもしかして、魔法分野にけっこうな才能あり?

 まあともかく、多分あいつが纏ってるのは『風』の魔力で間違いないだろう、

 ザリーも言ってた通り、見た目があからさまだし、そういえばさっきの鉄球の時、他のバッタ達に比べて、手ごたえが希薄だったような記憶もある。

 周囲に風が渦巻いてるあの状態から考えると……風のバリアか何かだろうか?
 どれ、ちょっと確かめてみようか。

 再度鉄球を磁力で回収し、『リニアキャノン』で亜種に向けて飛ばしてみる。

 すると、鉄球を持った手を向けた瞬間からすでに、亜種の体をとりまく風がこころもち激しくなって、飛んできた鉄球を迎え撃った。

 結果、完全に防げてはいなかったものの、明らかに勢いを殺され、ガン、と申し訳程度に甲殻に当たった程度ではじかれてしまった。今度は、ほぼダメージも無さそうだ。

「やっぱり、風の障壁魔法みたいね」

 だね。……うらやましい。

「結構な勢いで撃ったんだけど……防御力高いな」

「確かに速かったし、あの鉄球自体重そうよね。アレって何kgくらいあるの?」

「150kgくらい」

「え、そんなに!? 握り拳くらいしか大きさないけど!?」

 うん。そんなに。

 というのもあの鉄球、実は『魔力を充填すると重量が増す』っていう、物理法則を完全に無視したとんでもない性質がある。

 魔力こめてない普通の状態での重さは、せいぜい5kg程度なんだけど、最大まで魔力こめれば、およそ1tほどにまで重さが激増するのである。

 今のあの鉄球の重量は、およそ150kg超。3m級の、しかも強固な甲殻に体を覆われたバッタを、ことごとく一撃で打ち落とした威力の理由はここにある。

 それはそうと、その重さの鉄球の激突も防ぐ防御力って相当だよな……亜種、そして魔法、恐るべし。

 もっと魔力こめて重くしたり、急所や、飛んでる所を狙えば別かもしれない。
 けど正直面倒だし、スウラさんとザリーの方もそろそろ終わりそうな気配がするので、

「よし上等。一対一、小細工無しだ」

 鎖つき鉄球を腰帯に『収納』し、ちょっとだけ久しぶりに拳を握り締めた。

 その瞬間、


 ――キシャアァァアアアァッ!!


 およそ虫とは思えない鳴き声を上げた亜種が、武器が手元から消えた僕に、好機と見たのか、その強靭な後ろ足で地面を蹴ってこっちに跳んでくる。

 避けれない速さじゃないが、避ける必要もない。
 向こうにどいてもらおう……力ずくで。

「こっちに……来んな!」

 弾丸どころかミサイルのような勢いと威圧感でせまる亜種に、フックの要領で、真横から拳を叩き込む。

 ピンポイントで顔を捉えた右フックは、依然纏っている風のバリアをものともせず、亜種の巨体をぐるんと横回転させながら、道の左端へ殴り飛ばす。

 が、その一撃で甲殻にひびが入ったものの……空中で見事に体勢を立て直した亜種は、着地しつつ、依然として戦意がギラギラの目で睨んでくる。

 その瞬間、周囲に渦巻く風がいっそう強くなり、足元の土埃で視界が悪くなった。

 けど、別に煙幕としての効果を狙ったわけでは無いらしい。『キシャアァァア!!』なんていう咆哮まであげて、自分の居場所知らせてるし、足音もうるさいし。

 ……しかし、
 その起こした風は、むしろ煙幕だったらよかったのに、と言いたくなるような働きをすることになる。

 周囲に渦巻いていた風が、バッタの目の前で圧縮され……その直後、

 パシュッ、という炸裂音を立てて、圧縮された空気が飛散し――土埃が立ってたせいで、その軌道がむしろ見える――地面をガリガリとえぐりながらこっちに向かってくる。刃を走らせたみたいに、鋭い傷跡が。

 まさかカマイタチ!? 風の攻撃魔法か何か!?

 食らっても斬れないとは思うけど、一応サイドステップで横に避けると……さらに驚く攻撃が飛んできた。

 前足(一番前の2本)の付け根に、左右一本ずつ生えてたトゲ。
 それが、突如伸びて飛び出して……2本の触手になって襲ってきた。

 それも、よくアダルトゲームのパッケージで見るような、イソギンチャク的なそれじゃなく……まるでムカデか何かみたいに重厚な『甲殻』がついた、正直言って触手って呼んでいいのかすら怪しいルックス。

 硬そうだし、トゲトゲのギザギザだし。蛇やトカゲの尻尾みたいに見るからに強靭・凶悪で、殺傷力意外に何も感じようがない。

 後ろに下がると帰って追って来そうに見えるその触手を、あえて飛び込むようにして斜め前に跳んで回避すると、触手が反転して追ってくる前に飛び退る。

 その一瞬後、鞭のようにうねって僕を追ってきた触手は回避できたものの、そのうねりの一撃で、向こう――位置的には、1秒前の僕の背後――に見えた木々がへし折られていた。

 これはまた凶悪な威力……鉄製程度の鎧じゃ役に立つかどうか。

 なるほどね……アイリーンさんが『リスト』に載せるだけのことはあるかも。

 単純な馬力はともかく、風の魔法や触手の存在……羽で飛べるっていう機動力の面から考えても、総合的な攻撃力なら『ナーガ』以上だろう。

 今見たので、攻撃の種類が全部だとは限らないし……油断してたり、変に時間をかけると危ないな。

 すると今度は、羽を開いてブゥゥン、と羽ばたいて……周囲の風、というか空気を収束し、風の砲弾にして撃ち出してきた。

 これも、砂埃のおかげで軌道は読めたけど……さっきの風の刃よりもかなり早く、直撃で当たってしまった。

 威力としては、『ナーガ』の突進にも劣らない威力だった……けど! あえて!

「シ・ン・プ・ル・イズ……ベストォォォオオッ!!」

 あえての力ずく!
 直撃した風の弾丸を、下半身に力を入れて踏ん張って、飛ばされないように耐える。

 そのまま振り切って、というか押しのけて、正面から突進し……風がほとんどなくなったタイミングで、思いっきり地面を蹴る。

 風の弾丸が来た今の一瞬のうちに、あの凶悪触手が迫ってきていたものの、それを逆に利用!

 僕を右胸・左胸で串刺しにする軌道だったそれをつかんで、思いっきり引っ張る。

 どうやらその触手は相当な強度だったらしく、全力で引っ張ったら、本体がこっちに引きずられて飛んできた。

 驚いた(ようにみえた)亜種が足で踏ん張ってたけど、距離は半分ほどにつめられ、さらに体制も崩しているという大チャンス。

 間髪要れず地面を蹴って接敵すると、今度は左手を手刀の形にして、喉元にある降格の隙間に、刃物よろしくズドンと突き刺す。

 手首と肘の中間くらいまで突き刺さった僕の手刀。
 そのまま全身に、特に腕と肩に力をこめて、串刺しの亜種を持ち上げて立ち上がる。

 そして、その巨体を頭上に掲げたまま……

「燃・え・ろぉぉぉおお!! 僕の中の何かぁぁあああぁあ!!」

 突き刺さっている手に、炎属性の魔力を集中させ……高熱と火炎で、獲物を体内から燃え上がらせる。

 強固な甲殻を持つ『エクシードホッパー亜種』も、さすがにやわらかい肉の部分、それも、思いっきり体の中を炎熱で焼かれてはひとたまりも無かったらしい。

 腹の中が高温で焼けて焦げたりしたのだろう、口や、その他体中から黒い煙を噴き出して、苦しそうに、じたばたと6本の足を暴れさせる。
 甲殻の隙間からは、所々炎が噴き出たりもしていた。

 しかし、それもわずか数秒。
 断末魔の悲鳴と共に、全身を震わせて、それっきり動かなくなった。

 刺さっている手から、だんだん、焼肉にでもしたように、腹の肉が柔らかくなっていく感触が伝わってきたのはちょっと……なんとも説明しづらい、妙な感じだった。

 完全に動かなくなったのを待って、僕は左腕を少し荒っぽく振り、いい具合に焼けているその亡骸を放り投げた。
 ずぅん、と、地面を少しだけ陥没させて、道のど真ん中にそれは転がる。

 ……あ、ど真ん中に捨てちゃダメじゃん。通行の邪魔になるよ。

 そう思って、どかすために再び持ち上げようとして……気付いた。

 ……こいつ、魔力もってたな。
 それに、まあバカでかいけど、一応『虫』だし、ちょうどいいかも?

 よし、魔物とはいえ『命』。きっちり有効活用してあげなくちゃね。

 馬車の方を見て、他の奴らの始末もあらかた終わったのを確認し、



「アルバお待たせ、ごはんだよー!」



 ちょっと、いやかなり豪華なランチに、僕の新しい仲間を呼んだ。


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