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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第2章 メガネっ娘と『ナーガの迷宮』

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第12+13+14話 異常事態と壁画の大蛇

この話は、書籍化に伴い該当する部分を差し替えたまとめ版になります



「え、エルク出かけちゃったの?」

 朝食の時間である朝7時ごろに食堂に行ってみると、予想外のことになっていた。

 食堂に入った所で、駆け寄ってきたターニャちゃんに、エルクが朝早くにすでに出かけたことを聞かされ……その時に預かったという手紙を渡された。

 えーと、何々……?

「なんかね、今日、一緒にダンジョンに行く約束してた冒険者仲間の人が朝早く来て、急ぐから今からもう潜りたい、ってエルクさんに言ってて、まだ寝てるミナトさんを起こすのもかわいそうだから、って、エルクさん手紙さっと書いて行っちゃったの」

「うん、なるほど、わかりやすい説明ありがとうターニャちゃん」

 読む前に見事に手紙の意味がなくなったけどね。

 どうやらその『冒険者仲間』とやらは、ターニャちゃんの伝言どおり、今日一緒に迷宮に行く約束をしてたらしいんだけど……そのうちの1人が今朝、『いい情報をつかんだから急いで迷宮に行きたい』と言い出したらしく、急遽すぐに潜ることになった。

 だから、申し訳ないが素材の売却は明日にするか、僕1人で行ってきてほしい、と。

 でも、一体どんだけ朝早く起きたんだろう、エルク。
 それに、その伝言を聞けたってことは、ターニャちゃんも。

「ふっふっふ、こう見えても私、朝強いんだよね。朝4時に起きて、市場に食材の仕入れに行くことだって珍しくないんだから。そしてその妥協の無い営業精神が、この宿の食事のクオリティの高さの秘訣でもあるんだけど」

 なるほど、新鮮で上質な食材を手に入れるために労力を惜しまないってわけか。若いのにえらいなあ。
 昨日の暴走娘キャラが優先してあったから、ちょっと見直したよ。

 感心しつつ、運ばれてきた朝食の、パンとスープとベーコンエッグに舌鼓を打つ。

「それはそーとミナトさん? 夕べはどう、お楽しみじゃなかったの?」

「ちょっ、こら、女の子がそういうこと言わないの」

 ニヤニヤ顔でそんなことをたずねてくるターニャちゃん。
 いや、ないからそんな事実は。っていうかやっぱりそっちが地かオイ。

 残念でした、昨日は部屋に行ってから、一歩も外に出てないよ。

「ふ~ん、真面目っていうか、無欲っていうか、今時珍しいね、ミナトさんみたいなタイプの人」

「そうなの? 普通だと思うけど」

「そんなことないよ。男の冒険者って基本、荒くれで自分勝手な人も多いからさ。時々、私もお仕事中にセクハラされたりするし。まあ、なれてるけど」

 そういや、ネット小説とかでも、そういうのって結構多かった気がするな。
 そもそも、昼間はダンジョンとかで戦ってる人が多いんだから、夜は好き放題やりたい、って考え方も普通なのかもね。セクハラはどうかと思うけど。

 酷いやつだと、ターニャちゃんにサービスと一環と称して夜の相手を要求するようなのもいるんだとか。
 『女抱きたいなら花町行けば良いでしょーに』とぷんすか怒っているターニャちゃん。口調は軽口だけど、それなりに苦労してるっぽいな。

 しかしなるほど、『花街』か……
 まあ、うすうす予想してはいたけど、そういうのもあるんだな、異世界……

「……(にやにや)」

「…………はっ!」

「ねえ、ミナトさん、わかりやすい、って言われない?」

 こちらをのぞきこんで、何だか面白いおもちゃを見つけた子供のような顔になってるターニャちゃんが一瞬恐ろしく見えたけども、気にして何か弁解すると、火に油どころかガソリンを注ぎかねない気配がしたのでやめた。放置。

「ふふふっ、まあ、ミナトさんも男だしねえ? ああでもミナトさん、ちょっと素直すぎる部分あるから、そういう場所に行って、たちの悪い人達にはめられたりしないようにね? 最近じゃ、か弱い女性を装ったたちの悪い人攫いなんかの噂も聞くし」

「へー…、そうなの? どういう感じの噂?」

「あくまで聴いた話なんだけどね? 行き倒れとか道に迷った振りしたり、偶然出会ったのを装って、親切心で助けてくれる人を、人攫いの仲間が待ち受けてる罠に誘導して襲って、金目の物を奪った挙句、本人も売り飛ばしちゃうとか。怖いよね~」

「……へー、そりゃ怖い」


 ☆☆☆


 ○Side エルク

 今、私は、『ナーガ』の迷宮の入り口付近にいる。

 本当は今日、昼過ぎに一緒にここに潜るはずだったんだけど……ある情報が入ったことから、急遽朝から潜ることになった。

 一緒にもぐってるメンバーは、一応顔見知りの、ある程度は信頼できる面々だ。

 まあ、若干、素行不良ではあるけど、少なくとも、昨日のあの変態みたいに、いきなり襲い掛かってきたりとか、そういうことはない。

 代わりに、付き合いもそんなに長くもないし、けっこうドライだから、命の危機レベルの事態に際して、命がけで守ってくれるか、っていったらNOだろうけど。

 冒険者ランクは、私もだけど……EとかDで、みんな似たり寄ったり。決して、高レベルなんてことは言えない……どちらかというとまだまだ欠点の多い面子だ。

 まあそれでも、皆一応、一生懸命努力して今の位置にいるんだけどね。

 その人の才能にもよるけど、一般的に、Eランクへの昇進が初心者卒業の目安、Cランクくらいで1人前、とかいうあたりが、大体の評価。同時にそのあたりが、別に特別な才能なんかを持たない一般人の成長限界だと言われている。

 単純に強さじゃなく、探索技能や知識なんかも加味して査定されることもあるし、同じランクの中でも強さにばらつきは当然出るから、一概にそれだけで全てを測るのも危険なんだけど。

 ……そういえば、ミナトの奴だと、どのくらいになるのかな。

 今はギルドに加入したてだから、登録されてるランクは『F』だけど、昨日の戦闘を見る限り、実際はかなり強いと思う。
 徒手空拳で魔物と戦えるような人なんて、そうそう聞くもんじゃないし。

 盗賊連中を倒したことから、強いんじゃないかとは思ってたけど、あそこまでだとは、完全に予想外だった。

 そんな感じで考え事をしていると、仲間の一人が思いついたようにたずねて来た。

「そういえばエルク、お前最近、やけに金策に走り回ってるみたいじゃん?」

「……別に、ちょっとした都合よ」

「ふーん。ま、いいけどな。悪いけど俺達じゃ都合できねーし」

「私だって、あんたらに期待しちゃいないわよ」

「冷たいわねえ。まあでも、そんなにお金が欲しいんなら、私が一肌脱ごうか?」

 と、言ってきてくれる、シーフの女。
 彼女は普段、冒険者と娼婦の2足のわらじで生計を立ててる。それだけあって、一応、この中では一番羽振りがいい。

 前々から、私も娼婦やってみないか、って何度か誘われてる。自分の働いてる娼館を紹介してもいい、って。いつも断ってるけど……

「……考えとくわ」

「え? マジかよエルクお前? 脈あり?」

「あら、驚いたわね? いつもならさっくり断られちゃうのに」

「ホントに娼婦やることになったら教えてくれよ? 売り上げに貢献するぜ?」

 その可能性を聞いて、軽口で話すこいつら。
 そんなに抱きたいのかしら? 私なんかを? ……ってか、男共の変わり身が酷い。

 こいつらを『娼婦』としてのお客に迎えたくはないし……ムダ口叩いてないで、宝部屋でも何でもさっさと見つけて、ついでに、魔物の素材とかも出来るだけ集めて、頑張って稼がないと!

(……あんな真似、もうしなくてもいいように……ね……)

 思い出すだけで、嫌悪感で胸をえぐられるような、昨日の自分の愚考と愚行を振り払いつつ……私は気合を入れて、ダンジョンの奥へ奥へと歩みを進めた。


 ――けど、その時の私は知らなかった。

 今のこの『迷宮』が……そんなものがあてにならないくらいの異常な状態になっている、普段のそれとは全く危険度の子なる魔窟と化していたことを……



私が……否、私たちがそれに気付けたのは、そのしばらく後のことだった。

「なんか……魔物、多くない?」

「やっぱり、そう思う?」

 入ってから、ここに来るまで、遭遇する魔物の数が、異様に多い。

 小部屋とか、行き止まりだってわかってる狭い通路とかも、こまめに覗いて慎重に探索してるんだけど、それが終わるたびに、下手すると終わらないうちに、何度も同じ部屋や通路で魔物に襲われる。

 しかも何だか、いつもより多いだけでなく、殺気立ってるというか、獰猛な感じで襲ってくる気がする。鬼気迫る、っていうのかな?

 さっき、地下1階層から地下2階層への階段を下りてからは、更に増えた気がする。

 このダンジョンに入った経験は、もう何度もあるけど、こんなこと、今までなかった。
 ちょっと機嫌がいいとか悪いとか、そういう意味での誤差のレベルにも当てはまらない違いだ。

 ……何だろう? すごく、嫌な予感がする。

 同じことを考えたらしい仲間の1人が、もう帰ったほうがいいんじゃないか、って言い出したけど……ホントにそれがいいんじゃないか、って私も思うし……そのくらい、今のこのダンジョンの状態は、異常だ。

 私はまだ新米で弱い分、こういう、普段と違う部分や、そこからくる直感的な危機感には、根拠が無くても注意して、安全な策を選ぶようにしてきたから、どうしても気になる。

 宝部屋の財宝は確かにおしいけど……今回もそうやって慎重になった方がいい気が……

「気にするなって。俺、お前らより何回も多くここ入ってるけど、たまにこういうことあるぜ? ちゃんとその都度対応してれば、問題ねーよ」

「そうそう。いざとなったら逃げればいいし。っていうか、ここまだ2階層だもん。何が出てきた所で、私たちくらいのレベルのが4人もいれば、十分戦えるって。そもそもエルク、あなたが一番この中でお金が必要なはずでしょ? 理由は知らないけど」

 残りの2人の意見は、こんな感じで楽観的だ。

 まあ、私としても、取り越し苦労であって欲しいんだけど、こういう類の嫌な予感って、当たるから……と、不安に思ってたその時、


 前の暗闇の中から、ひたひたと、何かがこっちに歩いてくる音が聞こえた。

 反射的に、『またか』とうんざりしつつ、4人とも武器を構えて、暗闇の向こうから迫ってくる何か……おそらくはモンスターであろうそれを、待ち構える。

 なんだか、足音が多いけど、ここはまだ2階層だし、そこまで強いモンスターは現れないはず。せいぜい、ゴブリンとか、リザードとかだろう。
 こっちは4人だし、魔術師もいる。上手く連携すれば、十分勝てるだろう。

 ……それでも、昨日一日だけでも一緒にいてくれたあいつがいないのは、どうしてもなんだか、心細くなるような気がしてしまうけど……

 なんてことを考えてる私達の目の前に、暗闇から現れたのは……



「……えっ!?」



 予想もしなかったモンスターだった。


 人に近い形に、黄土色の体毛を全身に生やした、サルのようなモンスター。
 ゴブリンよりも大きい体格で、目は赤く、鋭い爪と牙を持ったそれらは……


「なっ、マ、マッドモンキー!?」

「ちょっ、なんでこいつらがこんなとこにいんだよ!?」


 そいつらの、キィイーッ!! と甲高い泣き声が、私達の耳をつんざく勢いで響く。
 予想を最悪の形で覆され、一気にパニックになる、私達パーティ。

 当たり前だ。こいつら『マッドモンキー』は、本来ならもっと下の、4階層や5階層あたりで、ようやくちらほら出てくるって程度の、ランクDの魔物だ。
 なんでこんな、地下2階なんて浅い階層に!? しかも、群れで!?

 戦っても勝てるわけが無い。このままでは、確実に食い殺される。
 そう確信した私たち4人は、その場から一目散に逃げ出した。


 ☆☆☆


 走って走って、曲がり角なんかも駆使して、ようやく、撒くことが出来た。
 他の皆とは、逃げる間に散り散りになっちゃったけど、今は、別ルートで何とか逃げおおせた、と、無事を信じることしか出来ない。

 それよりも……今は、もっと深刻な問題がある。
 出口に通じる、どうあっても通らなければいけない1本道に、

 「はぁ……はぁ……なんで、こいつら、こんなとこまで……?」

 いつの間に、どんなルートで回りこんだのか……あいつらが陣取っているのだ。

 しかも、鳴き声の数からして、さっきの群れと同じくらいか、それ以上に多い。

 幸い、物陰に隠れて様子を伺ってる私は見つかってないから、あいつらが立ち去るのを待って、そこを通ればいいだけだけど……それでも生きた心地がしない。
 Dランクのマッドモンキーが群れでなんて、悪夢もいいところだわ……!

 と、考えていたその時……通路の向こうのマッドモンキーたちが、急に騒がしくなった。

 一瞬、見つかったかと思ったけど、どうやら違うらしい。
 鳴き声の主のマッドモンキー達は、興奮したような声のまま、足音を立てて、ここから離れるように走っていった……どうやら、何か別の獲物を見つけたらしい。

 その『獲物』が、魔物か、もしくは他の冒険者かはわからないけど……仮に後者だったとしても、私には何も出来ない。

 あの数のマッドモンキーと戦うなんてのは、はっきり言って、よっぽどの腕がないと、ただの無茶でしかない。私が出て行った所で、焼け石に水……1匹にだって勝てるか怪しい私に、できることは1つもない。

 出来ることといえば、その獲物にされた哀れな『誰か』もしくは『何か』が、勝つか逃げるかしてくれるのを――できれば、このあたりから引き離した上で――願うことだけだ。

 それを悔しく思いつつも、歯を食いしばってその、他人を見捨てるしか出来ない無力さと悔しさをこらえていた……その時、


 ――ドォン!!


「!?」

 通路の向こうから、いきなり、マッドモンキーが一匹飛んできた。

 思わず身構えたけれど……直後に私は、驚きと共に、そのマッドモンキーが、『飛んできた』でも『跳んできた』でもなく、正確には『吹き飛ばされてきた』のだということに、
 そして、そいつがすでに事切れており、襲われる心配が無いことに気付いた。

 そしてさらに……通路の向こうが、さっき以上に、しかしおかしな騒がしさになってきているのにも気付いた。
 魔物同士の戦いとか、そういった感じじゃない。

 火花が散るような音が聞こえたり、
 炎が燃え上がるような音が聞こえたり、
 何かが砕けるような音や、こんな閉所で風が吹くような音も聞こえる。

 しかも心なしか、マッドモンキー達の声が、怒号や怒声というより、悲鳴に近いものに変わりつつあるような……と思った矢先、

 徐々に、マッドモンキー達の声が聞こえなくなっていき、やがて、ぱったりとやんだ。
 そして、

「エルクー、もう終わったから出てきて大丈夫だよー?」

「――!?」

 そんな声が聞こえて、驚いて私が顔を出すと、

 そこには……服についた土埃を、パンパンと払い落としながら、マッドモンキーが死屍累々と横たわる中、悠然とその場に立っている、あのお人よしの立ち姿があった。


 ☆☆☆


 ○Side ミナト

 いや~、びっくりした。

 ギルドに来て、昨日とった魔物の素材を提出して売却した後――受付をしてくれたのは、なんと偶然にもリィンさんだった――ギルドの売店や町の露店で必要な買い物をしてから、エルクを追いかける形で僕も『ナーガの迷宮』に向かった。

 あわよくばエルクと合流とか出来たらいいな、とか思いつつ入ったら、いきなり、昨日は居なかったサルっぽいモンスターの集団に出くわした。

 しかも、昨日のゴブリンとかより明らかに強かったし……けどまあ、肩慣らしにはちょうどいい運動になったかな。うん。

 ただ、こんなのが大量にうろついてるとなると、エルクがちょっと心配だったので、急いで探し始めた直後、僕の鼻が、ある匂いを捉えた。


 今朝、宿の食堂で食べた……朝食のベーコンの匂いを。


 そして同時に、今朝、ターニャちゃんが、サービスとしてエルクに弁当を作って渡してあげた、と言っていたことを思い出す。

それもしかして、朝食の材料の一部で作ってあげたんじゃないか、と思い至り、それをたどってみたら、ビンゴ。
 見事に、エルクを見つけることが出来た。

 ついでに、近くにたむろってたサル共も片付けた後、物陰に隠れてたエルクと合流に成功。うん、特に何かあったわけでもないみたいだし、無事でよかった。

 そのエルクからは、このサル達の名前が『マッドモンキー』だってことや、そのランク、そして、本来はここよりもっと下の階層でしか出ないはずの魔物であるという、なんだか気になる話も聴けた。

 異常事態ってわけか……何か起こってるのかな? この『ナーガの迷宮』に……



 その後も、狼のような熊のような……なんていうか、熊を1回りミニサイズにして、顔だけ狼にちょっと似せたような外見の、『リトルビースト』とかいう魔物をはじめ、明らかに出現エリア的におかしい魔物たちをちょくちょく相手にした(エルク情報)。

 階層や、階層の中でのエリアごとに存在する、魔物の縄張りが今、明らかにおかしくなっている。

 新人冒険者が練習目的で潜るような、ランクの低い『ゴブリン』や、『ラビット』『ウルフ』なんかの動物モドキしか出てこない地上階層や地下1階に……犬ぐらいのサイズがある巨大なサソリ『スコーピオン』とか、暗闇を好んで高速で這いずり回る巨大ゴキブリ『ローチ』とか、炎を吐く大トカゲ『レッドリザード』とか……明らかに異常である。
 うん、何かが起こっている、としか思えない。

 とはいえ、わざわざ藪から蛇をつつき出すのもばかげてる。事なかれ主義、ってのは意外と大事だ。
 なので、原因が気にならないわけじゃないけど、さっさとここを出ることにした。

 ……ところで、この魔物……

「ねえエルク、さっきのサルの時も気になったんだけどさ」

「? どうかしたの?」

「こいつら、妙に痩せてるのが多いような気がするんだけど?」

 さっきのサルといい、この熊モドキ(剥ぎ取り済み)といい、
 なんか、肉付きが悪いような印象を受ける。体の大きさに対しての、肉の量が少ないような……そう、栄養不足で痩せてる感じだ。

 エルクは、普段からこいつらを見てるわけじゃないから、体格なんかわからない、って言うけど、もし仮に、僕が感じたとおりなら……

「他の魔物との生存競争に負けて、生きる場を追われてここまで来た、とか?」

「いや……まさか、それはないわよ。そもそもこいつ、このダンジョンでも最強の魔物だもの」

 そのこいつをここまで追い立てられる魔物がいるとは考えられない、か。でも、そう考えるとつじつまが合うんだよなあ……ん?

「今、何か聞こえたような……」

「? 何が? 魔物の鳴き声とか?」

「いや、それはむしろひっきりなしに、あちこちからしてるんだけど」

 僕はもともと、色んな理由で耳がいい上に、魔力で聴力その他の感覚を強化してるから、エルクには聞こえない音も聞こえる。エルクが『?』なのも無理ないか。
 魔物の鳴き声だって、相当遠くのも聞こえてくるし。

 でも、今、一瞬だけど、確かに聞こえたような気がするんだよな……

 こう、大きな何かが這いずり回るような音が。


 ☆☆☆


 そんなことを気にしつつ、歩いていくと、通路が大きく開けた場所に出た。
 この迷宮、全体的に広いから、こういうスペースも珍しくはないけど……ここは特に大きい気がする。

 そしてさらに、いくつかの通路に別れてて、まあ言うなれば、大げさな分岐点、って感じの場所みたいだ。

 地下だから涼しいし、どこからか風も流れてきている。広いから、閉塞感もない。魔物にだけ気をつければ、けっこう快適な空間かもしれない。

「いや、魔物がわんさかいるダンジョンで快適って……んなこと言うのあんただけよ」

 あっそう。

 でも、ホントにけっこう、予想以上には快適だよ? 広いし、湿気とかも少ないから、苔むしてたりもしないし、嫌な匂いも少ない。
 てっきり、もっとジメジメしてて、嫌な匂いとかこもってると思ってたんだけど。

 あらためてそう考えてみると、ちょっと気になるな。このダンジョン、暗い上に地下なのに、なんでジメッとした感じがないんだろう? 水はけがいいのかな?

「ああ、それ多分、ここの岩壁が火山灰でできてるせいよ」

「火山灰?」

「ええ。このダンジョン、近くに火山があるの。今はもう噴火する心配はないらしいけど……大昔はけっこう活動が盛んだったらしいわ。で、その噴火の時に降り積もった火山灰で出来た岩が、このダンジョンの材料に使われたみたい。だから水はけがいいの」

 そっかー、コレ全部火山灰か。
 僕の前世だと、火山灰って白かったと思うんだけど、まあ、剣と魔法の異世界だしな。変なとこ気にしても仕方ないか。

 まあ、その火山も今は大人しくなさってることだし、別に何か気にすることじゃ……



 ……まてよ?


 近くに、かつて活動していた休火山。
 最近、地震が起こって、ダンジョンの一部が崩れた。
 下の階層にいるはずのモンスターが、やせた状態で上の階層に。
 そして……蛇の壁画。


「……ねえ、エルク、ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」

「え、何?」

「魔物って、冬眠とかするの?」

「冬眠? そりゃまあ、するやつもいるわね。まあ、冬だけじゃなく、夏や春の間とか、1年中寝てるような奴もいるらしいけど。それがどうかしたの?」

「じゃあさ、こういう仮説って、成り立つと思う?」

 そこで一拍置いて、僕は、

「昔、それも大昔、このあたりは火山が近くにあったわけでしょ? 当然、今よりも気候……少なくとも、地温は温暖だった」

 通常、洞窟とかは、日光が届かないとか、地下水に熱が奪われるとかの理由で、光の当たる地上より涼しい場合が多い。それは、こういう遺跡も例外じゃない。

 けど、近くに火山があるなら別だ。
 マグマ由来のその地熱は、ダンジョン内を多少なり暖めるには十分なものだったはずだ。活火山だったんなら、なおさら。

「? まあ、そうね。それで?」

「それが、火山の活動停止と共に、地温も下がって、ダンジョンが、今みたいに涼しい環境になった。それも、冒険者がこのダンジョンに入り始めるより、ずっと前に」

「うん。まあ、時期に関しては実際にそうらしいわね。ギルドがここの調査に入ったのは、すでに活火山が休火山になった後だったって聞いてるわ」

「そっか、じゃあ……



 もし、その地温の低下とともに冬眠に入っちゃって、今まで出てこなかったモンスターがいて……それが、最近あった地震で、目覚めたんだとしたら?」



 聴いた話だと、その地震、一部の岩盤が崩落したりする、それなりのレベルのものだった、って聞いた。
 今まで見つからなかった宝部屋が、ひょっこり顔を出すような規模の。

 それで顔を出したのは、宝部屋だけじゃないかもしれないよね?

「そしてそいつが、さっきのサル達や熊モドキを捕食するくらいに、どう猛で強いモンスターだとしたら……そう、例えば……」

 そこで僕は、やはりこの部屋にもあった、ある壁画を拳でこつん、と叩いて、



「こういう蛇とか」



 直後、


 ――ずり……ずりずり……


「「――っ!?」」

 ……聞こえた。
 今度は、はっきり聞こえた。

 急激に、こっちに近づいてくる、あの音が。


「……ねえ、ミナト?」

 僕の推理を聞いて、
 しかも、さっきから聞こえる、ずりずりという音を耳にして……即座に状況を把握した、というか、把握『できてしまった』エルクが、たずねてきた。

 顔面蒼白で、足も震わせて、できれば否定して欲しいという願いと共に。

「冗談……よね?」

「……後ろにいるやつに聞いたら?」

 直後、僕らが後ろを振り向くと、
 そこに、暗闇の向こうから、まさに絶妙なタイミングで、『そいつ』が姿をあらわすところだった。



 現れたのは、蛇。
 壁画に描かれているのと同じ、蛇だ。



 胴体が丸太より太くて、鎧みたいに強固そうな鱗に全身を包んでて、体の全長が余裕で15mくらいあって……蛇っていうより恐竜みたいな大蛇だけど。
 生前見たハリウッド映画のアナコンダとかが笑えるくらいのインパクトだ。うん。

 間違いない。こいつだな、全ての原因は。


 ☆☆☆


 ○Side エルク

(何、あれ……!?)

 その、位置関係上、ミナトと『蛇』の間で、
 振り返った私は、その場に、へたっと座り込んだ。

「ぁ……ぇ、っ……!?」

 声も出ない。足に力も入らない。
 ただただ、目の前にいるこの規格外の魔物に対して、何も出来ない。
 自分の体を、動かすことさえも。

 足に力が入らない。立てない。逃げられない。
 腰を抜かして、座り込んで、ただただ、死を待つことしか出来ない。

 ……お尻の下が、湿っぽく、暖かくなってきた。
 どうやら、失禁したらしい。

 けど、恥ずかしさを感じる余裕すら、私には残っていなかった。
 後ろにいるミナトに見られても、恥ずかしくも、なんともない。気にならない。

 『どうせもう死ぬんだから』……そんな考えが頭の中にあって、他のことを考える余裕が見事になくなっているのが、残酷なくらいにはっきり自覚できた。

 こんな魔物を前にして、助かるわけ、無い、と。

 それに、この大きさからして、仮に私の足がまだ動いたとしても、すぐに追いつかれてしまうのは目に見えている。
 そして、あの大きなあごの餌食になるところまで、想像できてしまう。

 失禁して、汗も、涙も流して。
 そんな惨めな姿で私は、全てを諦めていた。

 おそらく、逃げるつもりが無いことを悟ったんだろう。大蛇は、特に急ぐこともせず、悠々とこっちに近づいてきた。
 逃げても、普通に追いついて食べられるんだろうけど。

 徐々に、その顔が、牙が、目が、
 私に与えられる『死』そのものが、近づいてくる。


 ――ずりずり……ずりずり……


 耳に届く、這って近づいてくる音。それが、だんだんと大きくなる。
 視覚だけじゃなく、聴覚からも、私の体に恐怖がしみこんでいく。

 動けないし、抵抗できない、けど、やっぱり怖くて、

 心臓の音が聞こえるくらい、大きく、早くなって、

 涙も止まらないし、体も震えて、歯がガチガチと音を立てる。

 そんな、さぞ見苦しいだろう姿のまま、私は……




 ――ひゅっ



「……ぇ?」



 不意に、体がふわっと浮いたような浮遊感があって、
 直後、私は一瞬のうちに、蛇から大きく離れた、反対側の壁際にまで移動していた。

 ……ミナトに、抱え上げられた状態で。

 一瞬遅れて、私は今、ミナトに抱き上げられ、ここまで運ばれたんだと気付いた。
 一瞬のうちに。ありえないほどの疾さで。

 そのミナトは、私とは対照的に……あれだけの化け物を相手にして、ありえないくらいに落ち着いているのが、近くで見てわかった。

 そして、涙でぐちゃぐちゃな顔の私を、ミナトはそっと床に下ろすと、

「下がってて、エルク。っていうか、ここ動かないでね」


 ☆☆☆



(……どうしよう、この空気……)



 気まずい。
 非常に気まずい。

 いや、何がって、決まってるでしょ?
 目の前で女の子に失禁とかされちゃうと、そのー、あー、異性としてその、なんて声をかけたらいいかわからないといいますか……。

 や、ホラ、状況が状況だし、年齢とかそういうの無しに、しかたないんじゃないかとは思うけどね? 僕は気にしないんだけどね?

 僕は別に気に、しない、けど、
 そんなシーンを異性に見られたエルクは、心中複雑だろうし、何というか、これ終わった後、彼女に対してどういう距離感を……あーもう! お前のせいだぞこのバカ蛇!

 いや、ま、その辺はこれ片付けてから考えよう!
 問題の先送りもいいとこだけど、こいつの出現も決しておざなりにしていい問題じゃないので、僕は間違った判断はしてないはず!


 と、いうわけで、


「さて、戦るか」



『――ギュアアァァアアアアッ!!!』



「ぉおっ!」

「きゃあぁああっ!?」

 ダンジョン全体に響くんじゃないか、ってな具合に大音量の咆哮。

 思わず、僕もエルクも、驚きに声が出てしまう。

 どうやら、僕が大人しく食われるつもりがないことを悟ったらしい大蛇は、景気よく吼えると同時に……ぐぐっと体に力をこめていた。お、来るか?


 ――直後、
 巨体からは考えられない素早さで、僕めがけてその顎が繰り出された。


「うおっと!」

 思ったより素早いその攻撃を、僕はサイドステップでかわし、カウンター気味にその横っ面に拳を叩き込む。
 ガギン、と、手甲と鱗の激突が、耳障りな金属音を生む。

 が、しかし……硬いな、やっぱり。

 試しに、さっきの『リトルビースト』程度なら一撃で骨までへし折れる威力のを打ち込んだんだけど、やっぱりというか、ひるみもしなかった。

 すぐさま、方向転換して噛み付いてくるそいつを、またかわす。

 しかし、学習したのか、はたまた野性の本能か、
 大蛇は、今度は胴体の部分をしならせて僕にぶつけてくる。

 とっさに顔の前で腕をクロスさせて衝撃に備えた直後、丸太のような胴体が勢いよくヒットした。

「どわっ!?」

「ミナトぉ!?」

「――よっ、と! 大丈夫、平気平気!」

「うそぉ!?」

 ジャンプした直後だったので、ふんばれず飛ばされた……けど、普通に空中で返事する僕。

 空中で体をひねって、猫か何かみたいに、着地と同時に4つ足で床をつかんで踏ん張って減速。なんとか、壁に激突するより前に勢いを殺した。

 すぐさま頭を切り替えて、大蛇に向き直ると、ちょうど、やっこさんの追撃が飛んでくるところだった。
 先程よりも更に早く、おそらくは更に強力であろう噛みつきが迫る。

 まあ、さすがに牙はちょっと怖いので、今度は回避……すると大蛇、凄まじいスピードで体を大きくしならせて方向転換し、もう1回噛み付いてきた。うわ、結構早い。

 三度かわそうかと身構えた僕は、直後にふと妙なことに気付いた。

(……何だ、この匂い?)

 蛇の口の中から、爬虫類の生臭い匂いや、獲物を食らってきたことによる死臭みたいなものに混じって、刺激臭のような匂いが、急激に漂ってくる。
 そして、コポコポコポ、なんて音も同時に聞こえてきた。同じように口の中から。

 ……何か来るな。噛みつきじゃない、何か別のが。

 すると案の定、そのまま突っ込んでくるように見えていた蛇は、手前で減速すると、がばっと口を大きく開き……その奥に、黄緑色の気味の悪い何かが見えた。

 とっさに僕が横に跳んでそれを避けた、その直後、
 僕が今まで立っていた地点に、バシャアッ、という音を立てて、蛇が吐き出した何かの液体――おそらく、毒液か消化液の類だろう――が着弾。
 石造りでそれなりに頑丈な迷宮の床が、音を立て、煙を上げて溶けている。酸か。

 さすがに、床が抜けるほど極端に溶けたりはしてないけど、それでも、相当に強力なそれだ、っていうのはわかる。金属とかも溶かせそうだな。

 しかも揮発性。どんどん気体になって空気に溶けていく、すごい刺激臭だ。

 とどめに、この匂いからして……ただの酸じゃない。こりゃしびれ毒も混ざってるな。
 なるほど、この溶解液、当てることより、回避して油断した敵にガスにして吸い込ませて、動きを止めることが目的なのか。

 僕はともかくエルクが吸い込むとやばいので……首に巻いてるスカーフを取り、エルクに向かって投げた。簡単な説明と共に。

 それを聞いて、ぎょっとした様子のエルクは、『あんた大丈夫なの!?』って心配してくれたけど……うん、大丈夫大丈夫。この程度なら、僕には効かないから。

 しかし、その話が終わる前に、蛇に次のアクションが見られた。

 今度は、突っ込んでこないで、その場にとどまったまま、ぐるるる……と、唸る。

 しかし僕の鼻には、再びその口の奥から、今嗅いだのと同じ、溶解液の匂いが届いてきていた。再び、僕の麻痺、もしくは直接のダメージを狙うつもりらしい。

 まあ、同じ攻撃をわざわざ2回見る意味もないか、と思ったその時、
 直前まで匂いと音以外に予兆が無かったさっきと違って、大蛇の口の端から、蒸発した時のガスと似た黄緑の煙が立ち上っているのが見えて、僕は動きを止めた。

 さっきのとも違う、と、そう感じて。
 むやみやたらに突っ込んでいいものかどうか、一瞬迷った。

 が、それを好機と捉えたらしい大蛇は、がばっと口を開く。

 その瞬間、
 まるで霧吹きのように、しかしドラゴンが炎の息を吐くような勢いで――いや、見たことないけど――大蛇の口の奥から、黄緑色の水蒸気の息が大量に噴出し、僕の全身に怒涛のように吹きつけた。


「ミナトぉ――っ!?」

 先ほどまで、自分を守って戦ってくれていた者が、溶解毒+麻痺毒の毒霧の中に飲み込まれるという、様々な意味で絶望的な光景……エルクは思わず、悲痛な叫び声を上げていた。

 一方で、金属をも溶かすであろう、酸性のブレスにより、勝利を確信したらしい大蛇は、勝鬨を上げるかのように、その場で吼えた。

 そして、すぐさま蒸発していく毒霧の中を覗き込む。自分に歯向かった、哀れな獲物の、変わり果てているであろう死に様を見るために。

 ……が、



「残念でした……効いてないよ」



 僕の今の声が、意味を持って大蛇の耳に届いたかどうかはわからない。
 けど、確かに、僕の目の前にいるこいつは、その目に困惑を滲ませている。意外とわかるもんだな、モンスターの感情(?)ってのも。

 そしてやっぱり、エルクも同様に唖然としていた。声も出ないらしい。

 ただその顔に、驚愕以外に、安堵がほんのちょっと見えたのは、嬉しかった。

 けどまあ、驚くのも無理ないか。何せ、溶解液の濃霧に飲み込まれたはずなのに、ピンピンしてその場に立ってるんだから。


 それも、全身から、青白くきらめく、オーラ的な何か……『水蒸気』と『光』が混ざった魔法の防護膜であるということには、おそらくどちらも気付いてないんだろうな。

 もっとも、僕には『エレメンタルブラッド』の身体強化があるから、石や鉄を溶かす程度の酸じゃ、直撃しても産毛一本たりとも溶かすことは出来なかっただろうけど……アレ、服や肌、髪についた匂いや不快感までは防げないんだよ。それが欠点でね。

 さて、と。それはともかく、

 ちょっと様子見で戦ってみた感じ、どうやらこの蛇、あの樹海の魔物と同ランクか、それに近いだけの力は持ってるらしいし……ここからは、遠慮なく、本気で行くべきだろう。

 水蒸気と光の防護膜を解除して、あらためて蛇に向き直る。
 そんじゃまあ、仕切りなおしと行きますか!

「こっから本気だぞ……蛇野郎」

 その言葉が理解できたのかどうかはわからない。
 けどおそらく、僕が自分を小馬鹿にしてる、ってことぐらいは悟れたんじゃないだろうか。けっこうな勢いで、大蛇はさっきと同じ噛みつき攻撃を繰り出してくる。

 当然だが、当たってやる義理もない。僕は、その攻撃をギリギリまでひきつけてから、さっと横に動いてかわす。

 そして、かわしながらぐっと握った拳に、魔力を充填する。
 さっきまでとは、違う魔力を。

 すると僕の拳は、緑色の光を放ち始め、その周囲に風が渦巻き始める。

「どっ……せい!!」

 ―――ドゴォッ!! と、

 今までのそれとは、全然違う威力の拳で、横っ腹を殴りつける。

 同時に、着弾の瞬間、緑色の光が強まったかと思うと、その魔力が暴風に変わり……その一撃で、丸太よりも太い体は、数メートル弾き飛ばされた。
 しかも、パンチが着弾した位置の鱗は、ヒビが入ってたり、砕けたりしている。

 少しの間、蛇は、ぽかんとしてこっちを見つめているように見えた。
 何が起こったのかわからない、とでも言うかのように。

 まあ、あの図体だし、『殴り飛ばされる』なんて、久しく感じていない経験だろう。

 ……が、わざわざ待ってやる義理もない。
 今度は、左手を赤く、そして足を緑色に光らせながら跳躍。

 地面を蹴ると同時に起こった突風に乗って加速し、一瞬で十数mの距離を詰め、

「もう一丁ぉっ!!!」

 今度は、さっきほど吹き飛ばなかったものの……命中した部分から、さっき僕を包んだのよりも強力な爆炎が噴き上がる。

 ただ、熱とかに耐性でもあるのか、思ったほどのダメージは無いように見えた。
 せいぜい、ちょっと鱗がこげる程度。むう、こいつ炎はダメか。

 ここで大蛇、困惑よりも、さっきから言いように殴り飛ばされまくってることに対しての怒りが勝ったと見え……噛み付いたり、長い胴をくねらせてぶつけてきたり、尻尾を叩きつけてきたり、とにかく、怒りに任せて大暴れ。怒涛のような猛攻を仕掛けてきた。
 体が長くて太く、しかも別に動きは鈍重というわけでもないからやっかいだ。

 しかも、暴れる拍子に、胴体や尻尾が、壁やら床やらに当たるから、部分的に砕けて破片とか小石とかが飛んでくる。

「あーもう、鬱陶しい!」

 きっちりよけ続けてるけど、さすがに面倒なので、止まってもらう。

 右手に魔力を充填、今度は黄色の光。
 それを、攻撃をかいくぐって大蛇の胴体に接近し、掌底の形で叩き込む。


 ――ばしぃん!!
 ――バチイィィイッ!!


 ……あたりが一瞬、明るくなるほどの火花を伴う電撃を乗せた、強烈な一撃を。 

 同時にあれだけの勢いで動いていた大蛇の体が、一気に硬直。
 まるで、雷に打たれたみたいに――いや、実際電撃食らってるんだけどもね――いきなり強張って、痙攣とかさえ見られる。

 これが、僕の本来の戦い方。 その名も『魔法格闘技マジックアーツ』。
 母さんから叩き込まれた、魔力付与型格闘技能で……『エレメンタルブラッド』と並ぶ、もう1つの僕のメインの戦闘魔法だ。

 僕は、単に筋力や敏捷性を強化するだけでなく、その体内の魔力を、様々にその『性質』を変化させて身にまとい、より強力な攻撃を繰り出すことが出来る。

 例えば、パンチの際に、拳に炎の魔力を持たせれば、燃える炎のパンチに。
 風の魔力を持たせれば、拳打と同時に暴風を生んで相手を吹き飛ばすパンチに。

 他にも、足に風の魔力をこめて地面を蹴れば、風の推進力を持った高速移動になるし、全身に水の膜なんかをまとえば、防御手段として使ったりもできる。

 そして僕は、母さんとの修行の中で確かめた結果、この世界に存在する魔法の主な属性である『炎』『水』『風』『土』『氷』『雷』『光』『闇』……とまあ、8種類全てに対して才能があったので、それら全種類の力をこめて、体術を強化できる、ってわけだ。

 今までの敵が弱かったから、使うタイミングも必要性もなくて、お披露目してなかったけど、これが僕の本来の戦いだ。樹海にいた頃は、もうちょっと使う機会が多かった。

 ちなみに今の一撃は、『雷』の魔力で手のひらを帯電させて、蛇の体に叩きつけた。

 衝撃と同時に電撃を叩き込んで、筋肉を一気に緊張させて、吹き飛ばしつつ止まってもらったってわけだ。

 さて……そろそろ片付けるか。

 初めて見る種類の、そして中々骨太の魔物との戦いだったから、ちょっと調子に乗っちゃったけど……別に、時間や手間をかける意味も、もうない。

 何かの間違いで、大人しく待っててくれてるエルクに怪我でもさせたくないし。

 大蛇は変わらず、敵意と怒気の混じった視線を僕に向けてきていた。ただし、さっきまでとは違って……警戒心も乗っているように見える。
 今までの獲物とはやはり違う、っていうのを悟ったんだろうか。色々な意味で。

 が、今更な考察でもあるそれは、ためらう理由にはどうやらなりえなかったらしい。
 すぐさま攻撃を再開する大蛇。バカの一つ覚えのように、またしても噛み付き攻撃。

 今度は僕は、避けない。
 大きく上下に開かれた顎がせまる。

 それを見切り、僕の体に当たりそうになる、ギリギリのタイミングを見極めて……僕は、その下あごの部分に、振り上げた右足で強烈な蹴りを叩き込む。

 同じように、魔力をしっかり練りこまれた蹴りは、ドゴォッ、と派手な音を響かせて、蛇の体を波状に大きく揺らすほどの威力で炸裂。

 結果、僕が避ける代わりに、大蛇の頭の方が、斜め上に軌道をそらされる。

 しかも、顎に強烈なのをもらったことで、その痛みに一瞬体が強張った。
 もっとも、脳震盪までは期待してない。期待するまでも無い。

 その一瞬に、僕は素早く、大きく踏み込んで、大蛇の喉元にもぐりこんだ。
 そして、腰を低くして、両足を地面についてしっかり踏ん張りを利かせる。

 同時に、腰だめに構えた僕の右手が、さっきのどれとも違う、柔らかな、しかしどこか力強くもある、オレンジ色の光を放ち始める。

 練り上げている魔力の属性は、先に使った『風』『炎』『雷』のどれでもなく……『土』。
 単純に『馬力』を強化するのに、最も適している属性の魔力。

 それが、僕の右の拳に、どんどん集中していく。

「はぁぁぁぁああ……!!」

 低く、息を吐くような声と共に、エネルギーを充填。

 こんな風に声が漏れるのとかは、単純に気分の問題な部分が多いんだけど、集中力と想像力を要する魔法関連では、こういうのもバカに出来ない。
 呪文とか、技名を叫ぶのとかもその類だ、って母さんに習った。

 いつの間にか僕の周囲には、暖かな、しかし力強い輝きを持ったオレンジ色の光が、拳を中心に渦巻いていた。
 どんどん光は強くなり、勢いを増していく。

 そして、大蛇が、その体を再びうねらせて攻撃に転じるよりも早く、
 一気に、今日一番の一撃を、全力で突き出す。



「メガトン……パンチ!!!」



 きっちり体重を乗せて、足を踏ん張って、
 大蛇のちょうど首のあたりの、延髄があるくらいの位置に、拳を叩き込んだ。

 着弾の瞬間、『ドォオォン』と、10tトラック同士が正面衝突したような、さっきの蛇の咆哮に負けず劣らずのとんでもない轟音が響き渡った。

 僕の拳の衝撃で、大蛇の鱗が砕け、肉がつぶれ、その奥の骨までも粉砕され、その中心を通る脊髄をズタズタにする。

 その、何と言うか生々しい感触を、僕は拳で感じ取れていた。
 大蛇の命が、消えた感触だ。

 延髄を破壊され、絶命を免れないダメージを叩き込まれた大蛇の体は、まるで遅れて衝撃を感じたかのように、一拍おいて吹き飛んだ。

 豪快に、幅20m以上はあろう、この広い部屋の反対側にまで飛んでいき、またもや轟音を立てて壁に激突。

 そして、びくんびくん、とその場でしばらく、痙攣するように体全体を震わせると、それっきり、動かなくなった。

「ふぃー……ま、こんなもんか。じゃ、エルク、帰ろうか」

「えっ? あ、う、うん……」

 今の今まで唖然としてた――や、結構ムチャクチャやった自覚はあるから、無理ないけど――エルクを覚醒させつつ、

 これ以上このダンジョンにとどまってても、別にやることはない。貰うもんもらって、さっさと出よう。




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