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第7+8+9+10+11話 緑髪の美少女と初めてのダンジョン
この話は、書籍化に伴い該当箇所を差し替えたまとめ版になります。
「だ、騙したわね、この人でなし! 卑怯者!」
「何言ってんだか。ろくすっぽ戦闘もできない女冒険者のお付きになってやってるんだ、このくらいのサービスはあって当然だろ?」
「ふ、ふざけないで! 私にそんなつもりは……やっ! 触るな!」
くぅ、失敗だったっ!
いくら急いでるからって、こんな男を誘ってこの遺跡に入るんじゃなかった!
腹の中で何考えてるかなんて、ちょっと冷静に考えればわかったはずなのに!
ギルドと、同業者仲間からの伝手で仕入れた、この遺跡に眠る財宝の噂。
最近このあたりで起こった、少し大き目の地震……そのせいで、このダンジョンの一部が崩れて、今まで明らかにされていなかった、隠し部屋……『宝部屋』がいくつか姿を見せた、っていう噂だ。
実際に、もういくつか発見されてるらしい。
ちょっとした事情もあってお金が必要な私としては、ぜひとも手に入れたい、っていう理由で、大急ぎで仕度してここに入った。他の人達が発見してしまう前に。
その際、さすがに私1人じゃ不安だから、同じ冒険者で、暇そうなのを探して誘ったんだけど、明らかに人選に失敗したらしい。
遺跡に入ってすぐの頃は、そんなに悪い印象はなかった。魔法は使えないけどそこそこ戦えるし、魔物相手にも奮戦してみせてくれていた。
これなら何とかなるか、と思った矢先に……コレだ。
ある程度までダンジョンを進み、魔物もあんまり出ないような区域に来た途端、こいつは本性を丸出しにして……私を、無理矢理床に押し倒した。
「放せこの変態! こんな所で、正気!?」
「いいねえ、その気の強そうな目、顔。この後どんな顔に変わるか楽しみだ」
押しのけようとするものの、相手は男。しかも、それなりに鍛え上げた、屈強な冒険者。
私もまあ、それなりに訓練をつんでいるとはいえ、力の差はいかんともしがたい。
それをいいことに、この男(名前? 知るか!)は、私の服に手をかける。
動きやすさを重視して作られている、割と露出も多めのこの服は、肌を見せている箇所が多い割には しっかりしているものの、脱がせようと思えば脱がせてしまえる程度のものである。
あれよあれよという間に、軽鎧も、上着も剥ぎ取られ、上半身を覆うものは、もうほとんどインナーだけになってしまっていた。
洞窟内の冷たい空気が直に肌をなでる。
しかし、それすらも全く気にならないような、目の前の男の熱い視線は、今度は、まだ装備が付けられままの、私の下半身に向く。
あくまで強気に、と引き締めていた顔が、否応なしに恐怖にゆがんでしまったのが感じられた。感触からもそうだけど、男の、更に口元の笑みが広がったことからも。
「や、やめて! 誰か、誰か助けて!」
「へへへっ、誰も助けになんか来ねえよ!」
私も、内心ではそう思っていた。
ここは位置の関係から、魔物さえ通りがからないようなダンジョンの片隅。こんなところに、それこそ、助けてくれるような人が通りがかるはずが……
……しかし、その時、
「さあおとなしくぐぼあっ!?」
――どごしゃっ!
「!?」
突然、私に覆いかぶさっていた男が横にふっ飛んで、壁に激突した。
まるで、何かに横から突き飛ばされたみたいに……嫌な音と共に。
え、何? 今、何が起こったの!?
すると、
「ぅあっ!? やばっ、誰か轢いた!?」
少し離れた場所から、何というかこう、素っ頓狂な声が聞こえてきた。
…………って誰、あの男?
☆☆☆
よい子の皆、曲がり角では一旦止まって、安全確認をしてから進みましょう。
さもないと……今の僕みたいな、色々と手遅れな事態になるよ。
見通しの悪い……というか、思いっきり屋内なんだから、いくら割と広くてスピード出せるからって、調子に乗って加速しすぎたらだめだよね……その結果がコレである。
気付いた時には、曲がり角の向こう……通路の死角にいた誰かを盛大に跳ね飛ばしてしまっていた。
一瞬遅れて気付いたときには、その誰か(無精髭のおっさんでした)は、マンガでしか見たことない『大』の字で壁にめり込んでいた。ああっ、なんておいしいというか、面白い状態! けど笑えない!
いや違うんです! 殺すつもりはなかったんです!
ただ全力疾走でちょっとだけ急いで角を曲がったらその先にたまたまナイスミドルがいて、いや、ナイスっていうほど顔整ってませんけど、まあとにかく意図的な殺人じゃないんです! あとついでに今のはたぶん名誉毀損ですねすいません。
……落ち着け、誰に釈明してるんだ僕は。
「ね、ねえ……ちょっと?」
と、背後からそんな声。何っ、目撃者がいただと!?
恐る恐る振り向くと、そこにいいたのは、1人の女の子。
髪色は緑色で、長さは肩下あたり。セミロング以上ロング未満ってとこか。
それを先のほうで簡単に束ねて、バラけないようにしてる。
顔は、若干ツリ目の、めっちゃ美少女。気、強そう。そしてメガネ着用。
色白で細身ですらっとした、けど、お腹とか胸元とか、腕とか足とかの肉付きを見る限り、それなりには鍛えてあるのかな、って感じの……ん? 胸元?
と、そこで初めて僕は、この子が、半裸で床にうずくまってることに気付いた。
下はそうでもないけど、上なんかは、完全に下着一枚で、ちょっとずらせば色々と見えてしまいそうな感じ。傍らに鎧とか服とかが転がってるから、今脱いだんだろう。
えっと、つまり……
「……お邪魔しました……」
「待てぇい!」
「うぐっ!?」
何も見なかったことにして立ち去ろうとした僕を、その美少女がいきなり呼び止めた。
今までじっとしていた体勢からいきなり立ち上がった少女に襟首をつかまれ、のけぞる。
ちょ、何!? せっかく人が大人の対応で、何も見なかったことにしてさっさと立ち去ろうとしてるところに!?
「いや、色々と言いたいことはあるんだけど、それ以前にアンタがすごい誤解してる気がする!」
「いやいやいや誤解だなんてそんな、確かに歳の差としちゃ離れすぎかなとは思ったけど、そういうのも含めて個人の自由であって僕は何も別に言うことは何も? でも、さすがにこういうとこでそういうことするのはちょっとどうかなとは思ったり……」
「だからそれが全部誤解だっての! 襲われそうになってたの私は! こいつに!」
「そう襲われ……へ?」
あ、そういうこと?
そういう関係とか、合意の上でとか、別にそういうんじゃなかったんだ?
「んなわけないでしょこんなのと! どこの誰だか知らないけどアンタのおかげで助かったわ! ありがとう!」
お礼を言うテンションがおかしいと思う。
いやまあ、それがホントなら、情緒不安定っぽくなってるのも、まあ、うなずけるけど……腰に手をあててこんな超威圧的な『ありがとう!』は初だよ僕は。前世まで通して。
その女の子はというと、壁に3cmほどめり込んでいる男(よく見るとひくひく動いてる。死んでない)を憎々しげに見ると、僕に視線を戻した。
どうやら、感謝はしつつも警戒を怠るつもりもないらしい。見事なジト目でこっちを睨んでくる。
「そういえば、アンタは? 同じ冒険者かしら?」
「え? あ、いやその、何というか……」
えーと……何て説明すればいいんだろう?
正直に言った所で信じてもらうのがちょっと難しそうだし……逆に怪しまれちゃうかも? かといって、嘘つくのも難しそうだしなあ……。
女の子はというと、手早く服や装備を身につけながら、
「……話せないような身の上なの?」
「話せないと言うか、話せるようなことがそもそもないと言うか」
「遊牧民か何かなの? このダンジョンに迷い込んだとか? ……まあいいわ。それで、ちょっと聞きたいんだけど、あんたこれからどうするの?」
「どうってまあ、ここから出たい、かな」
「そう。なら、一緒に行かない?」
「え、いいの?」
「まあ私としても、1階層とはいえ、1人で進むのはちょっと心細くはあったしね。誰かと一緒に行くにしても、この変態は論外だし」
「そうなんだ? よかったー、道わかんなくて困ってたんだ」
「は!? ちょっ、アンタ、経路の確認もしてないの!? 何考えてんのよ……ダンジョン探索時のマッピングは基礎の基礎でしょ!? 下手したら出られなくなっちゃうってのに……帰り道どうする気だったのよ?」
「……できればそれ全部母さんに言ってもらいたいんだけどね(ぼそっ)」
「は?」
いやマッピングも何も、いきなりワープさせられましたもので……。
準備を終えたらしい女の子が、僕に後ろ手に『ほら行くわよ』と合図したので、僕も慌てて後を追った。
……ってあれ? あのおっさん放置?
「いいわよ、助ける義理ないわ。それに一応腕は立つみたいだし、死にゃしないでしょ……別に死んでくれても一向に構わないけど。ところであんた名前は? まだ聞いてなかったわよね?」
「結構言うね君……僕はミナト。ミナト・キャドリーユ」
「ふぅん……変わった響きね。私はエルク。エルク・カークス。ま、ここ出るまでの付き合いだけど、よろしく」
☆☆☆
「へえ、それであんなところにいたの」
「あー、うん、まあね」
彼女……エルクに同行させてもらって、さっきまでいた迷宮っぽいダンジョン――『ナーガの迷宮』っていう名前らしい。まんまだ――から脱出できた。
そんでもって、『実は町とかの場所も知らないんだよね』って言ったら、エルクは眼球の9割くらいを白目にする豪快なジト目と呆れ顔を見せた。申し訳ない。
が、残念ながら僕は、前世からの趣味でジト目は大好物だったりする。ごちです。
そこ、笑うな。『別の意味で残念』とか言うな。
『しょうがないわね』と町まで案内してくれることに。ほっ、よかった。
その後、ただ歩くだけってのも暇なので、前から気になってた『貨幣価値』――家から金貨とか銀貨とか色々持ってきたけど、どれがどのくらいの価値があるのかわかんないから困ってたんだよね――をエルクに聞いたりしながら、しばらく歩いた。
その時、どうやら大金だったらしい袋の中身をふつーに道の真ん中で出してエルクに見せちゃったせいで、『何考えてんのよ!』って怒られたけど。
しばらく歩いたところで、一旦、エルクが僕を残し、その場を離れた。
『花を摘んでくるから』と言い残して。
はい、ここで豆知識。
『花を摘む』というのは、主に女性の登山家などの間で使われる隠語で、『用を足しに行ってくる』という意味です。『じゃあ一緒に行くよ』とか、アホな対応をしないように。
ちなみに、男性の場合は『雉を撃ちに行く』。やけに物騒だね。
……その、数十秒後だった。異変に気付いたのは。
見た目一発、盗賊。そう判断して差し支えない容姿。
母さんの『テスト』の時に相手をした連中と同じくらいわかりやすい。人相も悪いし。
待ち伏せでもしてたんだろうか? すでに僕を囲む形で展開していたそいつらは、いっせいに茂みから姿を見せた。その顔に、下卑た笑みを浮かべて。
「あ、何も言わなくていいですよ? 大体わかりますんで」
「んあ? 何だ兄ちゃん、やけに落ち着いてるじゃねえか」
「状況わかってんのか?」
わかりますよ? 大体は。
そして大方、ここから先に連中の口から出てくるのは『金を出せ』『身ぐるみ置いていけ』『大人しくついて来い』のどれかだろう。こういう連中は総じて底が浅い。
「にしても、期待以上だな?」
「ああ、確かにな。容姿もいいし、黒髪なんて珍し……おいおい、目も黒じゃねえか、こいつは高く売れそうだぜ?」
「装備もよさそうなのがそろってるな。どっかのボンボンか?」
やれやれ、3つ目だったか。
この分だと、エルクが帰ってきたら彼女まで標的にされそうだ。その前にさっさと片付けちゃうのが一番いいな。
えっと、7、8人だから、大体……
「……5秒、ってとこかな」
5秒後、
はい、キレイに片付きました。ちゃんちゃん。
どうやらこいつらのやり口は、しびれ毒を塗った吹き矢を当てて標的を麻痺させ、その隙に縛り上げるなりなんなりして捕える、ってものだったらしいけど……見事にそれは失敗していた。
吹き矢、ささらなかったから。僕に。
まあ、ささったところで聞かなかっただろうけど。
その時点でそのまま逃げてくれれば、面倒だし見逃してあげてもよかったんだけど、頭に血が上ってたのか、それともプライドでもあったのか、『こうなりゃ力ずくで!』とばかりに襲ってきたので、さっと処理させてもらった。
結果、5秒で全滅したわけだ。
そもそも、吹き矢程度じゃ僕には刺さらないし、そもそも刺さった所でその程度の毒じゃ、100倍濃くしたって効かないんだけどね……僕が使ってる『エレメンタルブラッド』っていう魔法のせいで。
普通の強化魔法は、魔力を体に充填することで、筋力や反応速度なんかの底上げを図るもので、それほど複雑なものじゃない。
魔法の才能があれば、割とすぐ使えるようになる、ポピュラーな魔法の1つだ。
ただ、あくまで筋力その他を強化するにとどまるこの魔法は、単純な腕力や耐久力を上げることは出来ても、その性質や硬度まで劇的に変化させることは出来ない。
無論、肉体や、魔法の錬度を極限まで鍛え上げるとかすれば、それに近い効果は得られなくも無いけど、肉は肉だ。性質までは変えられない。
簡単に言えば、強化魔法で、魔物による打撃攻撃なんかのダメージを軽減することは出来ても、刃物で斬りつけられても全く斬れない体にする、なんてことは無理。
同じ理由で、体を頑丈にしても、筋力の問題じゃない毒や酸なんかは防げないのだ。
もし『強化魔法』でそれらを防ごうとすれば、それらに対する体の『作用』自体を制御できるよう、気が遠くなるほど緻密に魔力を行きわらたせる必要がある。
しかし、普通に考えてそんなことは不可能だ。『腕を強化しよう』と思うことはできても、『腕に生えてる毛の1本1本まで全部強化しよう』とか考えて、それ全部認識して実行できる人はいない。
が、僕はそれを……僕ら人間の体中に張り巡らされている『血管』を使うことによって、可能にしているのである。
それこそが、僕の奥義の1つであり、あの母さんをして『なんつーもん作っちゃってんのよあんた』とまで言わせた魔法……『EB』だ。
僕ら人間は、血管内を流れる血液を介して、体中に養分を行きわらたせている。それにより、毛の一本一本、細胞の1つ1つにいたるまで、栄養がいきわたる。
だったら、魔力もそれと同じようにすればいい。僕はそう考えた。
僕は、心臓部で魔力を微粒子状にしたものを――研究中は、暫定的に『魔粒子』と呼んでいた――高濃度で血液中に注ぎ込み、血流に乗せて体中に運んでいる。
その『魔粒子』は、栄養と同じように体に吸収され、全身のほぼ全ての細胞、1つ1つに行きわたる。そしてそこで、その吸収した細胞1つ1つに、魔力が作用する。
それにより、細胞レベルでの魔力制御が可能になっている僕の体は、魔力による強化の際、力が強くなるどころの変化じゃすまない。
視覚や聴覚、嗅覚など、なかなか鍛えるのが難しい『感覚』も強化できるし、細胞レベルで頑丈になるから、半端な刃物なら斬れないし刺さらないし、毒や酸もほぼ効かない。
もちろん、その許容量を超えるほどに強力な攻撃や毒ならダメージも通るけど、こういうちゃちな盗賊が使っている程度の毒や刃物なら、素手での迎撃でも対応可能だ。正面から刃を受け止めても、赤くもならない。むしろ、向こうの刃が欠ける勢いである。
そんな感じなので、結局手も足も出ず……人攫い共は5秒でK.O.されましたとさ。
すると、
「み、ミナト!? こ、これ、一体……」
「あ、お帰りエルク、早かったね?」
お、エルク帰ってきた。
当然というか、死屍累々(死んでないけど)の惨状を見てびっくりしている。
あー、一応、簡単に状況説明してから出発することにしますか。
「ところで、あんたこれからどうするの?」
「え、どうっていうと?」
もうすぐ町に……エルクが拠点にしてるっていう『ウォルカ』の町に到着する、っていう直前で、エルクがたずねて来た。
「さっき聞いた感じだと、あんた、冒険者ってわけでもないみたいだけど、ギルドに登録するのか、他の職業探すのか……」
おぉ、ギルド! 冒険者の総本山! 待ってました!
それってあれだよね? 前にも母さんの話で聞いたけど、冒険者達が所属してる団体で、依頼の斡旋とかそういうのをやってくれる元締めみたいなあれだよね!? さすが異世界!
ん? ってことは、そこ登録しないと『冒険者』にはなれないのかな?
「そんなことはないけど、登録しとくと、色々便利なのよ。身分証明にもなるし、協力関係にある店での買い物が安くなったりね。何なら、案内する?」
「え、いいの! やった!」
おお、ありがたい! 地理も常識もさっぱりだったから助かった!
子供みたいに喜んでるって自分でもわかる僕に、エルクは今日何度目かのため息をこぼしていた。
エルクの案内により、到着した『ウォルカ』という町は、一言で言えば、いかにもファンタジー漫画とか映画とかでよく見るような感じの町だった。
機械類は全く見られず、露店とかそういう原始的というか、いかにもファンタジー世界、って感じの店が、建物が立ち並ぶ。うーん、雰囲気満点。
そこに感動しつつ、迷宮の中も含めるとけっこう長いこと歩いていたので、お腹も減っていたので、そのままエルクと一緒に食事することに。
お礼の意味もこめて、エルクの分もおごらせてもらって、露店で串焼きなんかを適当に買って食べながら歩く。
そして、案内されて到着した先は、
「へー、ここがギルドなんだ……」
「そうよ。ほら、そんなとこ突っ立ってると邪魔になるわよ。さっさと来る」
「あ、うん、了解」
エルクの呆れ混じりの声に答え、駆け足。
「大きいね、予想以上に」
「そりゃまあ、世界中にあるギルドの総本山……『本部』だしね。そもそも、この街自体が他の町に比べてもかなり大きい方だから、当然といえば当然かもしれないけど」
僕らの目の前には今、3階建ての、役所みたいな感じの、すごく大きな感じの建物が。 材質は……大理石とかかな? とにかく立派な外見だ。
っていうか、ここがギルドの本部なんだ? ここってもしかしてすごく大きい町?
でもなんていうか、僕の考えだと、ギルドってもっと小ぢんまりしてて、人口密度高めなイメージが(勝手に)あったから、ちょっと意外だな。
もっとこう、木造で酒場っぽい雰囲気で、中央のテーブルに何人か荒くれ感漂う野郎連中が座って『がはははは!』とか笑いながら、浴びるように酒を飲んでて、時折いい女がいないかどうか周りを物色してるとか、そういう……
「……それじゃギルドじゃなくて単なる酒場じゃないのよ。しかもガラ悪いし」
「え!? 心読まれた!?」
「途中から口に出てたのよ」
ため息混じりのエルクに呆れられる。
しかしまあ、偏見は認めるけど、ゲームとかで見るようなやつと違って、結構近代的っていうか、清潔感漂うっていうか……はっきり言って『普通』だ、って印象は、どうにも覆らない。なんか、ホントに市役所か何かみたいだ。
あ、でも、魔物の『素材』? みたいのがちらほら見えるから、異世界感はあるけど。依頼とかで狩ってきたやつかな?
気にしても仕方ないので、さっさと窓口に行くと、これまた普通な市役所っぽいそこでは、受付らしい制服のお姉さんが営業スマイルで迎えてくれた。
茶色のセミショートの髪で、僕やエルクとさほど年も変わらなそうな人だ。
利発そうな美人さんで、メガネ着用。知的イメージUP。
受付のお姉さんは、ペコリと一礼して、
「ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどういったご用件でいらっしゃいますか?」
「あ、はい。えーと……冒険者の登録をしたいんですが」
「新規のご登録ですね? お連れ様も一緒にでいらっしゃいますか?」
「いえ、私は既に登録してるからこいつだけ。私はただの付き添いよ」
「かしこまりました。では、こちらの書類にご記入お願いします」
そういって、一枚の書類を僕に手渡してくる。登録用紙みたいだ。
えーと、記入内容は……
名前は、ミナト・キャドリーユ。
年齢は16。
種族、人間……のはず。そうであると信じたい。
連絡先……宿とかまだ取ってないからどうすればいいか聞いたら、保留でいいからなるべく早く知らせてほしいとのこと。
技能とかを書く備考欄には……『魔力あり、魔法は初心者級』とだけ書いておく。
他にも色々あるっちゃあるんだけど、説明とかめんどくさい。
そんな感じで、登録用紙に色々と書いていく。
初心者かとか。接近戦が得意とか、そのへんまで詳しく。
何でこんなに詳しく書くんだろ、と思って聞いたら、何人か合同でやるような……つまりは、チームを組んであたるような依頼の時に便利なんだとか。
ああ、魔法使える人募集とか、前衛できる人募集とか、そういうやつね。
書き終わったそれを、登録料の銀貨2枚と一緒に、受付のお姉さんに提出して、登録の手続きをしてもらう。
するとなぜか、髪の毛を2本いただけますか、と言われたので、言われたとおり、2本、引っこ抜いてお姉さんに渡した。
お姉さんは、その一本を、小さな袋に入れて用紙と一緒においておき、もう一本を……どこからか取り出した、金属製のカードみたいな物体の上にはらりと落とす。
すると、髪の毛はカードの中に吸い込まれるように消えた。
そしてお姉さん、登録用紙を、もう1本の髪を入れた袋ごと、スキャナみたいな装置にセットし、装置の脇についてる、それっぽい溝にカードをスラッシュ。
もしかして、個人情報の読み取り作業かな、これ?
しゅいん、とスラッシュされたカードは、何か一瞬ぽわわ~っと光っていた。そしてお姉さん、そのカードをこっちに渡してきて、
「こちらが、ミナト様のギルドカード……身分証明書になります、ご確認ください」
そのカードを手に取ると、その表面に、光る文字で、僕の個人情報が表記されている。
名前:ミナト・キャドリーユ
年齢:16
ランク:F ……等々。
ギルドカードを覗き込む僕の目は……どうやら、お気に入りの玩具を手にした子供のような感じになってたらしく……隣にいるエルクが若干呆れてた。
仕方ないじゃん、男の子なんだよ僕も。
「それでは、当ギルドの規定を簡単に説明させていただきます」
その後、お姉さんからの簡単なチュートリアルのお時間。
冒険者ギルドに所属するにあたってのきほんてきなきまりごとを説明してもらった。
冒険者として身分登録したことにより、様々なサービスを受けられるようになる。
ギルドの仲介で、色々な依頼……『クエスト』を受けることが出来るようになる。
ギルド仲介の依頼無しでの冒険・探索行動も別に構わないが、ギルドはそれについていかなるトラブルも感知しない。
ただし、未開のダンジョンの探索などで何らかの成果を出した場合、それが依頼に基づくものでなくても、ギルドに報告すれば何らかの報酬が出る可能性もある。
冒険者の義務として、依頼もしくは探索その他によって、毎月ある程度の成果をあげなければならない。コレを怠ると、最悪、冒険者資格を剥奪される。
それと、『ランク』について。
読んで字のごとく、冒険者には『ランク』という階級があり、一番下のFに始まり、E、D、C、B、A、AA、AAA、Sと続き、最高はSSランクと、全部で10段階。
クエストの達成状況なんかから、冒険者としての実力や実績を評価してギルドが決める。時には、判定するための個別の依頼を出したりとかもするらしい。
基本的に、依頼なんかもこれで区切られてて、自分のレベルによって、受けられるかどうかがあるんだそうだ。
最後に、ギルドカード無くすと、再発行の手数料に銀貨5枚もかかるらしい。高っ。
その他色々とあるらしいんだけど、まあ、最低限こんだけ覚えとけばいいらしい。
なので後は、細かい規約が書いてある冊子みたいなのをもらうことに。後で読も。
「では、以上でミナト様の登録手続きは終了となりますが……連絡先の宿だけ、なるべく早くにお知らせ願えますでしょうか?」
「あ、はい、わかりました。えーと、後付けみたいな形ですけど……普通に言えばわかりますかね?」
「そうですね……事情を話せば、どの職員でも大丈夫でしょうが……お手間でしたら、私を探すか、直接指名していただければ大丈夫かと」
そう言って、お姉さんは名刺を渡してくれた。
名前が……『リィン・ギーシャ』さん、ね。なるほど。
そういや、ギルドカードにも『登録手続き責任者』の名前で、この名前があったっけ。 この名前を出して、お姉さんもとい、リィンさんに来てもらえば、手早く手続きできる、ってわけだ。
そんな感じで、僕の冒険者登録はつつがなく終了。
うん、ようやくこれで、僕も冒険者……そんな思いを胸に、僕はリィンさんに一礼すると、冒険者ギルドを後にした。
さて、と。
今、まだ昼過ぎだな……
まあ、家出て、ダンジョン脱出して、真っ直ぐ(とは言えないけど)ギルド来て登録済ませたんだし、当然といえば当然だ。
これからやることっていうと、宿探しくらい? それも、まだ日が高いんだから、急がなきゃいけないものでもないだろうし……
僕としては……食べ歩きとかそういう、そういういつでもできそうなことに時間を割くよりは……
「ねえミナト、あんたこの後、予定とか決まってるの? 暇そうにしてるけど……」
「ん? いや、特に決まってないね。装備とかもそろってるし。今考えてるとこ」
「そう? じゃあ……よかったら、なんだけどさ……戻ってきて早々なんだけど、一緒に、ダンジョンとかにでも行ってみる気、ない?」
お、渡りに船。
町から歩いて30分くらいのところに、そのダンジョンはあった。
あー、ダンジョンってのはそもそも、魔物とかが出るせいで、一般人じゃちょっと近づけない危険度のエリアのことを言う。
必ずしも、洞窟とか塔とかいう建造物に限った話じゃなく、深い森とか、暗い沼地とか、そういう、ある程度外部と隔絶状態にある危険区域なら、危険度や状態によっては『ダンジョン』指定されることもある。
……って、エルクが言ってました。
もっとも、草原とか渓谷とか、そうでないパターンの場所ももちろんあるわけだけど、そういった閉塞感の無い場所は、ただ単に『危険区域』とだけ言われるらしい。けっこう適当と見た。
だけども、今回エルクと目指した、更に言うなら、僕とエルクが最初に出会ったこのダンジョンは、まあ立派に建造物っぽいそれだ。
その名も『ナーガの迷宮』。割と古くからあるダンジョンらしい。
たいまつに照らされて結構明るい、石の床、石の壁の通路を、僕とエルクはすたすたと歩いていく。
もちろん、それなりに緊張感は持ってる。仮にもダンジョンだしね。
まだ魔物とかには出くわしてないけど……魔物ってどんなのが出るんだろ? ちょっと気になる。
当然、前までいた樹海やその周囲とは違う種類が出て来るんだろうけど……
「まあ、そこまで手ごわいのは出てこないわよ。まだ1階層だし……ダンジョン自体のランクも、そんなに高くないし」
「? ダンジョンにもランクなんてあるの?」
「……あんた、ホントに何も知らないのね。どういう育てられ方したの?」
森の中の洋館でお母さんと2人で魔物と戦いながら育ちました。
……って言っても、多分『は?』っていう答えしか返ってこないんだろうから、適当にぼかしておく。
「あーまあ、そんなに恵まれた環境じゃなかったかな……」
知識とか、一般常識勉強する上では。
「っ! そ、そうなんだ……ごめん、変なこと聞いて……」
と、ちょっと慌てたような、『しまった』っていう風な表情になるエルク。
あれ、なんか変なふうに勘違いされた?
するとエルク、丁寧に説明してくれる気になったらしく、
「まあ、そんなに複雑なものじゃないわ。モンスターにも、種族ごとにランクが設定されてる、っていうのは、知ってるわよね?」
「…………」
「……続けるわね」
今度は追及せず、スルーして流してくれたエルクでした。
ごめん、いきなり出鼻くじきまくりの僕で。
「それでね、ダンジョンのランクは、そのダンジョンに出現するモンスターの種類やランク、そこで採取できる資源や財宝……さらに遺跡とかだと、仕掛けられてるトラップの危険度なんかも考慮した上で、ギルドが決めるの」
「ギルドが? その情報はどこから? 調査隊でも派遣するの?」
「ええ。新しいダンジョンや危険区が見つかれば、ギルドが冒険者を複数募って、調査を依頼するの。もっとも、それ以外にも、調査報酬目当てで自主的にもぐるやつはたくさんいるから、情報は勝手に入ってくるのよ」
「あー、なるほど」
確かにそれなら、信憑性にだけ気を配れば、ダンジョンの調査も手早く終わる。上手いやり方だ。
正規の依頼以外にも、報酬目当てで色々な情報が勝手に持ち込まれるわけだし。
そしてダンジョンやその他危険区に指定される『危険度』は、基本的に、出現する主なモンスターのレベルの平均値を基準に、トラップの有無なんかを考慮して決めるのだそうだ。
そして、この『ナーガの迷宮』のランクはE。
つまり、この中に出てくるモンスターは、大体ランクE前後。それより強いモンスターもいるけど、弱いモンスターの方が圧倒的に多いそうだ。数も種類も。
よっぽど深いところに行かない限り、そんなに高ランクな魔物も出ないけど、縦に長くて深いから、いざって時に逃げづらい。それを加味してEだそうだ。
……ところで、さっきから気になってることがもう1つ。
「ねえエルク、この迷宮……あちこちに、蛇みたいなのが描かれた壁画があるよね?」
と、手近にある一枚の壁画……かなり大きい蛇が描かれているそれを指差す僕。
ちょうどよく、その隣に、比較対象の人間の絵が描かれてるんだけど……それ見るとこの蛇、かなり大きい。
「ああ、そうね。そこから『ナーガ』の名前が来たらしいわよ?」
「この壁画の蛇、実際の魔物で出たりするの?」
「いえ、そんな奴は今まで確認されてないわね。ギルドの調査団の見解だと、壁画のこの蛇は、この迷宮が作られた当時の民族が信仰してた神とかじゃないか、って」
ふーん、そうなんだ?
名前にもなってるくらいだし、このダンジョンのメインの魔物とか、ボスなのかと。
「そんな大きな蛇がいたら、ここ初心者用ダンジョンじゃすまないわよ。……っていうか、ボスって何、ボスって」
「あー、うん、ちょっと気の迷いで」
と、厨二病がのぞいてしまった僕に飛んでくる、エルクの呆れの視線。
ははは、まあ確かに、ゲームじゃないんだし、そんなの期待しちゃ…………ん?
「お、何か来た」
「え?」
エルクはまだ気付いてないみたいだけど……通路の奥のほうから、何かが歩いてくる足音や、息遣いみたいなのが聞こえた。
数秒後、エルクもそれに気付いた頃には……薄暗い通路の中、そいつらは……目視できるくらいのところにまで来ていた。
「耳、いいのね」
「ああ、うん、ありがと。アレ何?」
「見ればわかるでしょ、ゴブリンよ」
緑色の、しわくちゃでブサイクな顔。脂ぎった髪。身長……130cmくらい?
原始人みたいに簡単なつくりの、獣の毛皮の服に、手には棍棒。
角は生えてないけど、なるほど、いかにも、って感じのゴブリンだ。
向こうさんもこちらに気付いたらしく、高いのか低いのかはっきりしない、よどんだ声でギィギィと喚く。『何だあいつら』とか言ってるんだろうか。
「油断しないでね。いくらレベルが低くても、危険なのには変わりないから」
「うん、まあそれはもちろん。ちなみにゴブリンって、ランクとかは?」
「Eよ。武装した民間人が複数人でもどうにか相手できるくらいの目安って言われてるわね。まあ、ゴブリンとか、人型に近い魔物は、多少なり知能もあるし、使う武器によって手ごわさも変わるから、あてにならないことも多いけど」
なるほど、装備や経験によって危険度に差が出るのね。
エルクによると、その『E』っていうランクは、棍棒程度の武装を想定したものらしい。
装備その他次第で、ランクDとかに届いたりもするし、逆に素手ならF程度なんだとか。
体は小さいし、動きも早くはないけど、腕力はバカに出来ないレベルらしい。
しかも、群れを作ることが多いから、大概の場合、複数人で叩くのが定石らしい。
「来るわよ……アンタ、武器はいいの?」
「ん? ああ、僕は……」
と、答える前に、ゴブリンのうちの1匹がこっちに、また蟹股のブサイクな走り方で走ってきた。
とっさに、腰に手を伸ばして、投擲用と思しき短剣を投げるエルク。
見事にナイフはゴブリンの肩に見事に命中。ひるんだその隙を見逃さず、エルクは素早く接近すると、痛みとイラつきでムチャクチャに振り下ろされるゴブリンの棍棒をうまくかわし、振りぬいたままですきだらけのその首もとにヒュン、とダガーを唸らせる。
喉をかき切られ、血を噴き出し、ゴブリンはそのまま倒れこんだ。
ヒットアンドアウェイの要領で、エルクは素早くまたその場を飛び退いた。
「ゴブリンとか相手にする時は、自信が無い限り各個撃破が基本よ。今みたいに」
「なるほどね……。ってか、エルク結構強いんだ?」
「まあ、それなりに訓練したから……このくらいはまあ出来るわ。けど油断しないでね、今ので怒ったでしょうから、残りの奴らも来るわ」
エルクの言うとおり、仲間を殺されて……残るゴブリン2匹はさらにうるさくギャアギャアと。明らかに怒ってるね、うん。
今にも襲い掛かってきそうなゴブリン達の前に、今度は僕が一歩進み出る。
「じゃ、エルク、残り2匹僕がやっていい? 肩慣らししときたいし」
「1人で大丈夫なの? ……っていうか、だからあんた、さっきから言ってるけど、武器は?」
「ああ、大丈夫。僕はコレで戦えるから」
そう言って、エルクの前に、すっ、と握った拳を突き出す。
「……は?」
一瞬、きょとんとしたエルクだけど、僕の手に何も握られていない+コレから取り出すそぶりも無いことに、数秒経って意図を察したらしい。
「…………手?」
「手」
『何言ってんのコイツ?』的な目のまま、ちょっと戸惑ってるエルクはちょっと放置して、向き直った途端、残りのゴブリン2匹がこっちに走って来た。
言うより見せた方が早いな。
後ろでエルクが、不安なのか、ごくりとつばを飲む音が聞こえた直後、飛び込んできたゴブリン2匹の棍棒が、僕の頭と肩口めがけて振り下ろされる。
まあ、この程度ならあたっても別に平気だと思うんだけど、当たってやる義理も無い。
僕は、手甲を装備した腕で2本とも受け止め……
――ベキャア!! ×2
……受け止めようとしたら、当たった瞬間に、棍棒が2本ともへし折れた。
乾いた音を立てて、手甲に当たった所で、見事に。
「「……へ?」」
後ろで見てるエルクも驚いてたけど、いや、僕もびっくり。
棍棒、脆っ。
まあ、ただの木の棒みたいなもんだから、当然なのか?
それに対して、僕の手甲――『ジョーカーメタル』だっけ?――は、母さん推薦の高性能装備だしなあ、硬さも靭性もハンパない。
しかも僕今、反射的に、衝撃を押し返す形で腕に力をこめて防御したから……うん、ある意味当然の結果なのかな?
どうやらゴブリンさんもびっくりしてるらしく、いい具合に硬直してくれてるので、この隙に決めさせてもらうことにした。
向かって右のゴブリンに、素早く切り返した手で下段からアッパー。
それで小さな体が浮いたところに、左足を振り上げて、首のところにハイキックを叩き込む。
ベキャッ、と嫌な音。さらに、骨が砕ける感触がして、首の骨を粉砕されたゴブリンは、蹴りの勢いで壁に叩きつけられた。
もっとも、その前に確実に死んでたけど。
もう1匹も、折れた棍棒を手に唖然としてるところ申し訳ないけども、
がしっ、と首をつかんでそのまま持ち上げる。
そんで、コキュッ、とひねると、こちらも、首が折れる感触。
感触からして、骨が砕けた、とまではいってないけど、脊髄は確実にイったはず。おそらく、息苦しさを感じる間もなく即死だ。
だらんと脱力したそいつの体を、ぽいっと放り捨てて、よし、終わり。
2匹合わせて、所要時間、4秒。
振り返ると、 僕の戦闘スタイルは予想外だったんだろうか、口を開けてぽかんとしているエルクがそこにいた。
一応、僕がピンチになったら加勢してくれるつもりだったのか、短剣を構えて。もっとも、出番は無かったけど。
「びっくりした……。まさかとは思ってたけど、本当に魔物相手に、徒手空拳で戦えるなんて……強いのね?」
「ん? そうかな、ありがと。ところで、こういう場合ってどうすんの? 素材の剥ぎ取りとかするの?」
母さんから、予備知識として聞いていた。
魔物を倒した後は、その魔物の角とか牙とか毛皮とか、有用そうな『素材』を、いわゆる『剥ぎ取り』によって回収するのが、冒険者のやり方だという。
回収した素材はギルドで売ったり、武器屋や防具屋にそのまま持ち込んで、装備やアイテムに加工してもらったり、ゲームよろしく用途は多種多様。
が、どうやら、別にゴブリン相手の場合はそういうのは考えなくていいらしい。
「まあ、相手にもよるんだけど、ゴブリンの場合は剥ぎ取れるような部位はないわ。骨とかは人間よりは頑丈だけど、他にもっと上質な骨材がとれる魔物もいるし」
「なるほどね、了か…………エルク」
「え、何?」
「また来た。今度は……ちょっと多い」
例によって、エルクにはまだわからない位置からの足音に感づいた僕。
今度は、うーん……6、いや、7ってとこか?
それを話すと、エルクは今度はぎょっとしたような雰囲気。
そして、ちょっと神妙な顔つきになって、眉間にしわを寄せていた。
「? まずいの?」
「さすがに6匹とかいると、ね。あいつら、体が小さい分、小回りもきくし……あの手の魔物で一番注意すべきところは『数』だから。逃げた方がいいかも」
「あー、なるほど。でも……」
「? 何?」
「……反対側からも来てるみたいなんだよね」
「えっ!?」
1本道の通路。
その、僕らが立ってる位置の前後両方から、ばっちり聞こえるんだよね。ゴブリンと思しき方々の足音が。
前からは、さっき聞き取った、7匹分の足音。
で、後ろからは、2匹か。こっちの方が、距離的にはまだ遠いな。
あ~、これもしかして、さっきのゴブリン共のギャアギャア声が呼び水になって集まってきちゃったのかな?
さて、どうするかな……後ろから来る2匹は、どうやら、僕らにまだ気付いてない様子。
一方、前から来る7匹は、すでに何匹か、こっちに注意を向けてる気配。なんかギィギィうるさい声も聞こえるし、気付かれてるな多分。
っていうかあの声だと、後ろから来る連中にも気付かれるのは時間の問題だ。
……そして、最初は気付かなかったし、まだよく聞こえないけど……後ろから来てるのは、ゴブリンだけじゃないな。まだ遠いけど。
となると、この場での最善策は……
「エルク、こっち」
「え? ちょ、な、えぇえっ!?」
時間が無いので、説明後回し、作戦事後承諾で動くことに。
まず、エルクを引っ張って、2人で前に走る。僕らの存在を認識してる7匹の方に。
挟まれるとまずいなら、まだ後ろの連中が気付いてないうちに、手早くこいつらを片付けて……ってのが上策だろう。ちょっと数は多いけど。
「いや、ちょっとどころじゃなわひゃあっ!?」
途中でエルクは離して、僕1人でまず突っ込む。
エルクの話や、さっきの戦いでの動きからして……彼女はそこそこ戦えるけど、乱戦に強いタイプじゃなさそうだ。ゴブリンとの戦いも、けん制にナイフ投げを利用しての、ヒットアンドアウェイだったし。
なら、ここは僕が行くのが一番良いだろう。
さっき戦ってみて、大体つかめた。あいつら……ゴブリンくらいなら、全く問題なさそうだ。
7匹だろうが、70匹だろうが。
さっきは素材のこと考えて、手加減して原形残したけど……その必要も無いってわかったし、今回は時間も無い。まず片方、さっさと決めよう。
☆☆☆
予想以上。
それが、今私の頭の中に浮かんでいる、この男への率直な感想だ。
私の見てる前で、知識や常識では、そこらのビギナーにも及ばないくらいの、あの男が……さっきまでの印象からは想像も出来ないくらいの動きを、披露してくれている。
7匹のゴブリンに突っ込むという行為。奇襲でもない限り、あるいは、それなりに場数を積んでない限り、いくらなんでも無謀だ。
いくらレベルが低いとはいえ。数は向こうにとって、かなりのアドバンテージになるんだから。
私なら、というか、普通の初心者冒険者なら、多少の怪我は覚悟のうえで、数が少ない方を選んで強行突破・離脱を狙う。それがセオリーだから。
というか普通、武器もなしに魔物と戦おうとするのがそもそも間違っている。
魔物特有の頑丈な筋肉や骨格。そこからくる防御力や耐久力。
それらは、それなりの武器や装備を持ってしなければ、まともに対応することすら難しい。素手なんて、はっきり言って問題外もいいところだ。
二束三文の剣や槍では、人間よりも頑丈な魔物の肉体に致命傷を与えるのは簡単ではないからだ。人に近い姿をもつゴブリンとはいえ、それは例外ではない。
しっかり急所を狙って、部位によっては体重も乗せる必要がある。
しかしミナトは、その頑丈なゴブリンの肢体を、拳一つでいとも簡単に粉砕していく。
単純に言えば、かわして、殴る蹴る。ただそれだけの作業。
しかし、素人目にもわかるほどに、ミナトの動きは洗練されている。
ゴブリンの棍棒を最小限の動きでかわし、カウンターの要領で拳が叩き込まれる。
しかもその一撃が、結果的に、ゴブリンが攻撃するより早く決まってしまっている。カウンターと呼ぶのは、いささか違うかもしれない。
それが、流れるような動きで繰り返され、ゴブリン達に反撃を許さないどころか、反応できる暇すらろくにあたえずに事態が収束していく。
一発一発の拳が確実に、一撃・一瞬で、すれ違いざまにゴブリンを仕留めていった。まさに鎧袖一触。
気がつけば、わずか十秒たらずの間に、7匹のゴブリンは全滅……最後の1匹が、ミナトの蹴りで首の骨を叩き折られ、地面に倒れふすところだった。
そして直後、ミナトは落ちていた棍棒を2本、素早く拾うと……私の後方へと投げつける。
その行為に私は、はっと思い出して、慌てて後ろを向いた。
事前にミナトが接近を示唆していた、ゴブリン2匹が……あと数メートルほどのところまでせまっていたそれらが、ミナトの投げた棍棒に直撃してたたらを踏んでいた。
っ……見とれてて背後をおろそかにするなんて! 情けない!
あわててダガーを構えるものの、駆け出そうと足に力をこめる頃には……すでに、自分と同じ位置にまでミナトが追いついていて、
結局その直後、私とミナトで、左右のゴブリンを一体ずつ……それぞれ、喉を掻き切り、首を砕き折って葬った。
9匹もの武装ゴブリン。しかも、前後から挟み撃ち。
そんな、少人数&初心者にとっては、逃走以外の選択肢がない状況を、私の隣で、ふぅ、などと息をついている彼は、いとも簡単に粉砕してみせた。
「ちょ、ちょっと危なかったわね……ありがと、ミナト。助かった」
「どういたしまして。でも、安心するのはちょっと早いよ?」
「えっ!?」
その直後、
今しがた沈めたゴブリンたちがかけてきた方角から……さらに一匹、魔物がかけてきた。
八本の足に、頑丈そうな甲殻。
分厚い獣の毛皮も食い破って、その下の肉をむさぼれそうな、鋭い牙。
「カサカサうるさいと思ったら蜘蛛だったのか。あんなのもいるんだね、ここ。エルク、あいつって剥ぎ取りとか出来る系?」
「え? ええ、一応、牙がそうだけど。って……『カサカサうるさい』? ミナトあんた、『スパイダー』の足音が聞こえたの?」
『スパイダー』は、ランクはEで高くないけど、歩く時に足音がほとんど無い。
音が反響する閉所でも、近くまで来ないと聞こえないくらい静かに移動するから、不意打ち的な意味で、そこそこ危険度が高い魔物のはずなんだけど。あと、何気に毒あるし。
「まあ、人より耳も目もいいもんでさ。あと、鼻も」
「へ、へー、そう……」
「さて、牙が採れるんなら、狙いは腹でいいかな。あんまり派手に飛び散らせて汚れるのは勘弁だから……」
直後、
地面を蹴って跳躍したミナトは、一瞬でスパイダーの真上に来ると、拳ではなく、掌をたたきつけた。
背中から垂直に、強烈な一撃を受けたスパイダーは、甲殻の隙間から『ばしゅっ』と体液を噴き出して、その場に崩れ落ちた。
どうやら、衝撃が内側に届いて、体内から破壊されたらしい。下手な武器ならはじいてしまう、スパイダーの甲殻を貫いて。
ただ殴るだけじゃなくて、そんなことまで出来るミナトの技量に舌を巻く。
ひょっとしたら、ゴブリンを一撃でしとめていたあの拳や蹴りも、服とかが汚れるのを嫌っただけで、その気になればもっと、原形とどめない威力をぶつけることも出来ていたのでは、とすら思えてくる。
この時、あらためて気付かされた。
私は、期待以上に、とんでもない奴と知りあったのかも知れない……と。
そして私は、
(こいつが一緒なら……ひょっとしたら……!)
ダンジョンに入る前から、胸の中にひそかに抱いていた、その時はまだ希望に近かったある考えが、現実味を帯び始めているのを感じていた。
あれ? でもちょっと待って。
『スパイダー』ってたしか、地下2階以降にしか出てこない魔物だったと思うんだけど……なんで、ここ、地下1階にいたんだろう? 迷い込んできたとか?
「ねーエルク? これ、牙ってどうやって採ればいいの?」
「え? そりゃ、ナイフか何かで……あ、素手で触っちゃダメよ? 一応毒あるから」
「あ、そうなんだ? まあ、大丈夫だとは思うんだけど……」
「大丈夫って何!?」
……ま、いいか。特に問題なく終わっちゃったし。
それから、ゴブリンの他に、何種類かの魔物に出会うことが出来た。
どれも、あの森や、その周辺の地域にはいなかった種族だった。さすがダンジョン。
例えば、
ウルフ。見たまんま狼だった。
リザード。こっちは大きなトカゲ。全長1~2mくらいの。
ラビット。犬くらいの大きさのウサギ。食用になるらしい。
なんか、最初のゴブリン以外、モンスターって感じがしない奴ばっかしだ。大きさとか体色除けば、普通に地球にもいそうなやつも多かった。
もっとこう、いっそあからさまな……ドラゴンとか出ないのかな?
って、エルクに聞いたら、『死にたいのかバカ』って言われてどつかれたけど。
いやでも、見てみたいよね正直? 戦うかどうかは別にしてもさ。
そんで、それらを倒したわけだけど、ここでホラ、ハンティング系ゲーム恒例の『剥ぎ取り』なるものを行うことに。
ウルフなら牙や毛皮、リザードなら皮、ってな感じで、有用な部位をモンスターの死体から剥ぎ取って失敬し、後で町で売る。
……って、エルクが言ってた。
☆☆☆
「いらっしゃいませーっ! 『居心地よすぎて一度入ったら出られない!』がキャッチコピーのバミューダ亭へようこそっ!」
エルクに『いい宿ない?』って聞いてみたところ、エルクが止まってる宿がちょうどよく『安全』『安い』『飯が美味い』の三拍子そろった優良宿らしいので、案内してもらったら……やたら元気なフロントの女の子に出迎えられた。
年は、僕より2つ下くらいかな? 肩くらいまでの茶髪のポニーテールに、幼さの残るかわいらしい顔。肌も色白で、笑顔が眩しい。
身長は僕より低いくらいで、明るい性格の元気っ娘みたいだ。
「ちなみに私、当宿屋の看板娘を自称してますターニャです! よろしくお客さん♪」
自称かよ。しかしホント元気な子だな、ちょっとうっとうしいくらいに。
まあ、僕としてはこういうノリは嫌いじゃないけど……
「あーはい、どうもご丁寧に。えっと、部屋空いてます? 泊まりたいんですけど」
「はいよろこんでー!」
居酒屋か。
「この宿の唯一の欠点なのよね……」
ふと横を見ると、疲れた表情で額に手を当てているエルクが。
なるほど、常時このテンションか。
「って、あれ? 誰かと思えばエルクさんじゃない。え、何々、男なんか連れてきちゃって、いよいよ春が来た感じ?」
「違うし、いらん勘ぐりしなくていいわよ」
「なーんだ、つまんない。子供の名前は決めさせてもらおうと思ってたのに」
「段階いくつ飛ばしてんのよバカ! やめなさいよ本人もいる目の前でとんでもない冗談ぶちこんでくるの! ごめんねミナト、ホントこの娘は相手にしなくていいから!」
「へー、ミナトさんっていうんだ? 2人の馴れ初めは?」
「違うっつってんでしょ! ……ミナト、やっぱ宿移る? 他にもいい宿知ってるけど」
「あーん、そんなさびしいこといわないでよお姉さまー♪」
「誰がお姉さまだ気持ち悪い! 全く、人気あるのは結構ですけどね、そんなふざけた態度で接客してると、今に客いなくなるわよ?」
「大丈夫大丈夫、さすがにここまでするのはエルクさんにだけだし」
「ざけんな!!」
エルク、どうどう。キャラ変わりつつあるぞ。
けどまあ、こんなやりとりがしょっちゅうともなると、疲れるのも無理ないか。
「それはそうと、エルクってどこの部屋?」
「私は二回の奥の部屋よ」
「そっか、なるほど。じゃあターニャちゃん、僕の部屋は出来れば……」
「わっかりましたー、エルクさんの隣の部屋取っときますね」
「一階でお願いします」
一瞬だけ『ちぇー』って感じの顔をしたターニャちゃんだったけど、仕事はきっちり真面目にやるらしく、手早く必要書類をそろえてくれた。
「ここに名前と、希望する滞在日数。他は基本的にこっちで書きますね。あ、あとここに出来れば女の子の好みのタイプを」
前言撤回。
とりあえず、1階の、広さ中くらいの部屋1週間ほど取ることにして、代金を前払い。しめて銀貨3枚に銅貨50枚なり。
場所を聞いて鍵を受け取って、いざ向かおうとしたその後ろで、ターニャちゃんのからかい(追撃?)でエルクがまた赤くなってたけど、何か言うとこっちに八つ当たりが飛んできそうなのでスルー。
エルク、部屋に行く途中『全く……!』とか言ってたし。お疲れ様。
☆☆☆
その後、なんか『話がある』とかでエルクの部屋に呼ばれた。
そこで、なんだか言いづらそうにエルクが切り出してきた話はというと……
「それでミナト、持ち帰った素材なんだけど、ギルドに売りに行くの、明日でいい?」
「え? あ、うん、いいよ。持っていって、その場で買い取ってくれるもんなの?」
「多少、査定に時間かかるけど、どれもレベルの低い魔物の素材だし、数分で終わると思うわ。それで、その……」
「?」
「それ売った売り上げの、配分なんだけど……」
なぜかエルクの言葉の歯切れが悪い。
そのまま、独り言っぽくエルクはぼそぼそ言ってたんだけど、
「……いや、あんたみないなのには、きちんと真っ直ぐ、正面から言うのが一番いいわね」
? どういう意味?
言葉の意味を図りかねている僕に、なぜか深呼吸をしてエルクは、
「あのさミナト、私ちょっと事情があって、まとまったお金が要るの。だから、その……ちょっとでいいから、分け前、都合してくれない?」
そう、真剣に頼んできた。
ああ、なるほど、さすがに、ちょっと言いづらい内容だこりゃ。
「うん、いいよ?」
「そうよね、やっぱりそんな都合の……え!? い、いいの!?」
あれ、なぜ驚く?
笑顔で快諾させていただいたつもりだったんだけども、なぜか返ってきたのは感謝ではなく驚愕。なして?
「い、いや、だってそんな簡単に……」
「だって、エルクには色々教えてもらったし、それに、僕には別にホラ、急にお金が必要な用事とかもないから」
「で、でも、ホントにいいの? ほとんどあんたが倒してたのに?」
いや、別にいいよそんくらい。
確かに、出てきた魔物の9割は僕が仕留めてたけど、それむしろ、頼んで僕が戦わせてもらってたようなもんだし。
何せ、初めて見るモンスター(動物的な外見が多かったけど)がわんさかで、テンション上がってたしさ。練習試合的な意味でも、今日は有意義な日を過ごせたと思う。
なので、僕が主に戦ってたのは僕の都合でもある。気にする必要なし。
「ていうか、何なら全部エルクもらってもいいよ?」
「いや、ちょ、それはさすがにっ!?」
何で? お金必要なんでしょ?
そういうことなら、さっきも言ったけど、別に僕は今んとこ急いでそういうのが必要なわけでもないんだから、エルクに全部持ってってもらっても構わないんだけど。ホント。
っていうか、ぶっちゃけあの程度ならいつでも狩れるし。獲物さえいれば。
「そ、そこまで言ってくれるの? ちょっと優しすぎない?」
「優しいかどうかは知らないけど、まあ、別に断る理由が無いし。気まぐれってことで」
「そ、そう、ありがと……。……やりづらいわね……こっちはむしろ、ただでさえ罪悪感があるってのに(ぼそっ)……」
若干予想外だったらしく、戸惑ってたけど、素直に喜んでもらえたらしい。
ただ、全部はさすがに気が引けるらしいけど。
とりあえずまあ、その後も何かと色々話し合いを続けてその後、2人で簡単に夕食。
ここの食堂、朝食以外は別料金だけど、一応、宿泊客は割引になるらしい。
なので、懐に余裕もあったし、お腹一杯食べさせていただきました。
なんで朝食は出るのに夕食は出ないのか、って聞いたら、冒険者っていうのは、夜はたいがい好きなだけ飲み食いするらしいから、だそうだ。
量の決まった食事じゃ、どっちみち物足りなくなるからだと。なるほど、納得。
で、その後はエルクと別れ、自分の部屋に戻った。
とまあ、こんな感じで、有意義だった、といっていい、冒険者としての生活1日目は終わりを告げ、
家を出てから初めての、家のベッドじゃない寝床で、僕は横になった。
あ、ちなみに、素材売却の代金の取り分だけども、エルクと僕で8:2になりました。
あんま変わんない気がするけどなあ。
☆☆☆
「言いたいことはわかるな、エルク?」
夜もふけた頃、
宿屋『バミューダ亭』から抜け出したエルクは、裏路地に入り、何度か曲がり角を曲がり、数十m進んだ先の、少し開けた場所で……けっして柄がよさそうには見えない、いかつい顔の物騒な待ち合わせ相手の男達と……可能な限り平静を装いつつ話していた。
「……昼間の件で、何か文句かしら?」
「当たり前だ。どういうつもりだテメェ、あんな化け物連れて来やがって……死人こそ出なかったものの、全員怪我で動けやしねえ、大損害だ」
「しょうがないでしょ。……私だって知らなかったんだもの、そんなに強いなんて……。それに、この話はあんた達の立案なんだから、あんたたちがもっとしっかりしてればよかったんじゃないの?」
「何だとこの女……」
「よせ、ここでもめたって何にもならねえだろ。……それにエルク、まあ今回のことは、お前に責任の全部があるわけじゃねえってのはわかった。けどな、実際に損害が出て、こっちも気が立ってんだ、挑発するような口調はよせ。お互いのためにな」
売り言葉に買い言葉で向きになった仲間をなだめつつ、別の男が割って入った。
なだめるような口調で、しかしはっきりと警告を含ませて、仲間、そしてエルク、両方に言葉を突きつけ、黙らせる。
「で、どうすんだ? 今回のことは不幸な事故にしても、お前が抱えてる問題は、依然、全く解決してねえわけだが」
「あの男と仲良くなったんだろ? 装備も上等そうだったし、武器の1つもかっぱらってこいよ!」
「無理よ。あいつ、パッと見は何も考えて無さそうな感じだけど、腕っ節は信じられないくらい強いもの。そんなことしてしくじったら、それこそ殺されかねないわ」
「そりゃ大変だな。けど、ならどうすんだよ、また違う冒険者を狙うか?」
「……遠慮するわ。無関係の人間を巻き込むなんてこと、やっぱりやりたくない」
「やっといてよく言うぜ、金に目がくらんだんだろ? 違うとは言わせねえぞ?」
「っ……!」
「……仮にやらねえとして、どうやって金を作るつもりだ? 正攻法じゃまにあわねえってのは、お前もわかってんだろ?」
「……その正攻法で、間に合うかもしれないのよ。あいつの腕を上手く利用させてもらえば、ね……」
「ああ、そうかよ。そういうことならまあ、せいぜいがんばりな。言っとくが、期限は延ばさねえからな。もし間に合わなかったら……わかってるな?」
男はエルクによく聞こえるよう、わざわざ耳元でそういうと、エルクの返事も聞かず、踵を返してすたすたと歩き出し、その場を去った。仲間たちと共に。
全員が闇の中に消えた後、 ただ1人そこに残されたエルクは……血がにじみだす程に強く手を握っていた。
自分が置かれている状況を、あらためて噛みしめて。
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