文/鈴木祐丞(秋田県立大学助教)
不可解な一節
19世紀デンマークの宗教哲学者セーレン・キェルケゴール。『死に至る病』など哲学史上に名を刻む不朽の名作の著者である。いわく、「死に至る病とは絶望のことである」、などなど。
さてそのキェルケゴール、じつはあるところでこんなことを述べている。
仮名の著作のなかには、私自身の言葉というべきものは、一語もない。……したがって私の希望、私の願いは、もしだれかがこれらの書物のたったひとつの言葉だけでも引用しようと思いついたなら、当該の仮名の著者の名前で引用して、私の名をあげたりしないでいただきたいということである。(杉山好・小川圭治訳『非学問的あとがき』(下)、白水社、1970年(キルケゴール著作集第9巻)、pp. 401-403、一部改訳)
『死に至る病』は、もちろん、キェルケゴールその人が右手にペンを握って執筆した書だ。だが、彼はこの書を出版するにあたって、その著者として「アンチ・クリマクス」なる仮名を充てた。『死に至る病』は、上の引用で言うところの「仮名の著作」ということだ。
してみると、じつはこの書の中にはキェルケゴール自身の言葉は一語もなく、「死に至る病とは絶望のことである」などの言葉はすべて、仮名の著者アンチ・クリマクスの言葉だということになる。
『死に至る病』の他に彼の有名な著作としては、例えば『あれか、これか』とか『不安の概念』なんかがある。これらについても事情は同じで、キェルケゴールは、『あれか、これか』の著者(正確には刊行者)として「ヴィクトル・エレミタ」という仮名を、『不安の概念』の著者として「ヴィギリウス・ハウフニエンシス」という仮名を充てている。
……つまりこういうことになる。今日に至るまで世界中で人々に一定の影響を及ぼしてきたキェルケゴールの思想は、そのほとんどが彼の仮名の著作の内容であるわけで(彼には実名の著作もあるが、研究者以外にはほとんど読まれない)、だからじつはそのほとんどが、彼自身に帰されるべきものではないのである。
もちろん仮名の著作といえども、キェルケゴールその人の頭脳の所産であるのは確かだ。ポイントは、それらは彼自身が責任を持てる、等身大の彼の思想ではない、ということだ。
「私が言わば役者として舞台の上で発するセリフを、生身の私の言葉と、ナイーブに混同しないでくれ」――そんな風にキェルケゴールはささやいているわけだ。
さてそれでは、キェルケゴールの仮名の著作とは何なのか。等身大の彼の思想はどこにあるのか。キェルケゴールとは、いったい何者なのか。
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