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ありがとうございます。

 投稿者:チェーホフ  投稿日:2015年11月19日(木)19時13分47秒
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  太ちゃん様、拙文お読みいただきありがとうございます。
たしかにおっしゃる通り、組織体である以上、その組織の運営上生じる事態というのは、全て使用者に責任が帰するものであり、全く異論はありません。最高幹部の位置付けについても、私も同意です。

しかしながら、たとえば、間違いを犯した者が、責任者が全く意図しない行動を取ったことで間違いを起こしたにもかかわらず、その責任の帰趨を責任者に問うたとすればどうか。ここが私の言いたいところです。
車工場で言えば、確かに、その工場でマニュアル通り製造された自動車が、欠陥を抱えていることが判明すれば、リコール問題となり、経営者なりが社会に謝罪するでしょう。
しかし、その車工場の従業員が、私的な感情問題を起こし、従業員間で争いを起こしたら?そしてその争う内容について、第三者の根拠明確な証言や証拠がそろっており、それ以上の追求や監査をする必要もないほど確定的に責任の所在が個人に帰することが判明しているにもかかわらず、なお自身に有利な形で問題解決を図ろうと就業規則に反した行動をとり続けたら?
極端な話、車工場の従業員が、私生活で友人を殴ったとして、その責任の全てが、日頃の勤務先での社員教育に求められることになるのかどうか。
また、そうした問題行動に対して「最高幹部」が何もしてこなかった、という前提自体、そもそも根拠不明な見方でしょう。それこそ、「悪魔の証明」に近しいものだと感じます。

全てを「最高幹部」という抽象に収斂して片付ける思考は、それ以上の本質に立ち入らずに手軽に問題全体の理解を得られる、ある種の陰謀論めいたものであると、私は理解しています。
太ちゃん様の考えが違う、私が正しい、そういうことではありません。有象無象が蔓延るネット空間だからこそ、修辞やレトリックに幻惑されない眼で本質を探る態度こそが、いま必要な誠意であると考えます。
 
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