生化学

鉄は地球上に最も豊富に存在する元素のひとつであるが、植物および動物の生きた細胞に必要な量はごくわずかである。ヒトにおいて、大部分の鉄はヘモグロビン、ミオグロビン、カタラーゼ、ペルオキシダーゼ、シトクロムなどのタンパク質に存在するヘムのポルフィリン環(ヘムの構造参照、pg.497 CC)に含まれている。また、NADHデヒドロゲナーゼ、コハク酸デヒドロゲナーゼなどの鉄-硫黄タンパク質にも含まれている。鉄-硫黄タンパク質に存在する鉄は無機硫黄と結合して鉄-硫黄クラスターを構成している。これらのすべての系において鉄は酸素と可逆的に反応することができ、電子伝達反応の際に機能することができる。このことにより鉄は生物学的に不可欠である。

病態生理学

平均的な成人男性の体内には約4gの鉄が存在する。約65〜70%はヘモグロビン、4%はミオグロビンに存在し、他の鉄含有酵素およびタンパク質に存在するのは1%未満である。残りの25〜30%は貯蔵鉄である。男性に比較すると、女性の貯蔵鉄は少なく、成人女性体内に存在する鉄は約3gである。また、女性の血中ヘモグロビン濃度は男性よりわずかに低い。

代謝と必要量

鉄の1日必要量は性別、年齢、生理的状態により異なる。ふつう言われている意味では、鉄は排泄されないが、腸粘膜細胞および皮膚上皮細胞の正常な脱落による1日の損失量は約1mgで、尿中および糞便中には少数の赤血球が排泄される。妊娠、分娩時の失血、その後の授乳により鉄の必要量は増加する。

Daily Requirement

Small children

10 mg/day

Children

10-15 mg/day

Adolescents

18 mg/day

Pregnant or nursing mothers

30-60 mg/day

Menstruating women

18 mg/day

Men

10 mg/day

吸収

米国の平均的な食事で1日10〜20mgの鉄が摂取できる。このうち吸収されるのは5〜10%だけで、主に十二指腸および小腸上部から吸収される。大部分の食品鉄は第二鉄(Fe3+)の形で存在し、あまり吸収されない。胃液分泌および塩酸は、第二鉄を吸収性の第一鉄(Fe2+)に還元する。可溶性の鉄キレートを形成するアスコルビン酸、糖、アミノ酸、その他の化合物は鉄の吸収を促進するが、リン酸塩(卵、牛乳、チーズに見られる)、シュウ酸塩(ホウレンソウ、ダイオウに見られる)、フィチン酸塩(野菜、穀類に見られる)、タンニン酸塩(茶葉に見られる)などの物質は鉄の吸収を減少させる。

輸送機構

一本鎖ポリペプチド、トランスフェリンは血液中の鉄の輸送タンパクである。トランスフェリン1分子当たり2つの第二鉄結合部位をもち、これらの部位は通常20〜50%飽和している。遊離鉄には毒性があり相対的に不溶性であるため、特異的な輸送タンパクが必要である。事実上、すべての血漿鉄はタンパク質と結合しており、血漿トランスフェリンは常に3〜4mgの鉄を運搬している。

貯蔵

体内の鉄は肝臓に約3分の1、骨髄に3分の1貯蔵され、残りは脾臓およびその他の組織に貯蔵される。組織の貯蔵鉄はフェリチン、ヘモシデリンの2つの形で存在している。

Iron Content of Foods (mg/100g)

Plant food

Animal Foods

Brewer's yeast

17.5

Pig's liver

20

Sesame seeds

10

Beef liver

10

Soy beans, millet

9

Pig's kidneys

10

Wheat germ

8

Beef pancreas

9

Sunflower seeds

6.3

Calves liver

8

Parsley leaf

6

Beef liber

7

Lentils

7

Oysters

5.8

Beans (white), oats

6

Liverwurst

5.3

Oat meal

5

Lungs, heart

5

Rye

4.6

Ocean fish

0.5-2.4

Wheat bran

4

Brain

2.5-3

Spinach

3.-4

Ham

2.3

Wheat flour

4.4

Egg

2

Rye bread

3

Meat

1.-2

Wheat

3

Duck, chiken

1.8-2

Rice (unpolished)

2.6

Shrimps

1.8

Corn

0.5-2.4

Cheese

0.2-1

Rye flour

2.1

Freshwater fish

0.6-1

Noodles, carrots

2

Cottage cheese

0.4

Whole wheat bread

2

Whey

0.1

Cabbage

2

Full cream milk

0.05

Salads

1.1-2

Breast milk

0.1

Chives

2

 

 

Fruit, berries

0.25-1

 

 

Rice, (polished)

0.6

 

 

臨床応用

 

欠乏症

鉄は細胞の活動および酸素利用に不可欠である。失血による鉄欠乏症は比較的よく見られ、最も多い原因である。女性は月経のため鉄欠乏症の有病率が高い。特に男性における鉄欠乏症の原因は、腸管からの出血(つまり、消化性潰瘍、憩室症)または悪性腫瘍である。妊婦、青年、小児では、栄養摂取量が不十分であるために鉄欠乏症が起こることが多い。頻回な下痢、胃部分切除または胃全摘により、吸収不良を生じ、鉄欠乏に陥ることがある。

欠乏症状:

· 顔面蒼白、極度の疲労を示す鉄欠乏性貧血

· 呼吸困難

· 食欲不振

鉄欠乏性貧血に影響を及ぼす因子:

· ピリドキシン(B6)欠乏症は鉄欠乏性貧血に類似することがある。B6欠乏症では、血清鉄値および骨髄ヘモシデリンの上昇がしばしば認められる。

· 悪性貧血はB12欠乏症であり、内因子の欠乏により生ずる。内因子の欠乏により、B12が十分に吸収されないため、注射投与が必要になる。さらに、葉酸の食事摂取量の改善および酵素の補充(塩酸とペプシンとともに)が推奨される。典型的な悪性貧血患者は、肥満した40歳以上の、青い目をした若白髪の北欧人である。遺伝的要因による可能性。

· 葉酸欠乏性貧血は主にアルコール中毒者で見られるが、欠陥のある食事、吸収不良(腸疾患)、肝硬変の結果としても起こり得る。抗痙攣薬は葉酸欠乏症を引き起こす。葉酸欠乏性貧血は血清葉酸低値により確認される。

*注意:重篤な貧血の場合、稀に鉛中毒症との関連を考える必要がある。鉛は造血に不可欠なδ-アミノレブリン酸の合成を阻害する。δ-アミノレブリン酸はポルフィリンの前駆物質で、このポルフィリンは血液のヘモグロビンに不可欠な成分で、「ヘム」を作っているのは鉄とこのポルフィリンで、その前駆物質であるδ-アミノレブリン酸の合成が阻害されることで重篤な造血障害を招く。
 

鉄吸収を助ける因子:

· ビタミンC

· 消化剤は胃腸機能改善を助ける。

· アミノ酸、特にシステイン、シスチン、メチオニン

· タンパク質摂取量の増加(魚類は野菜由来の鉄の吸収を促進)

鉄欠乏症関連症状:

· 食欲不振

· 発育障害

· 舌炎

· 嗜眠

· 嚥下困難

· 神経過敏

· 注意力散漫

· 低色素性貧血

· タンパク質代謝障害

· 土食症

· 骨髄過形成

· 骨髄中DNAおよびRNAの低値

· 胃粘膜の変性

吸収阻害因子:

· 制酸剤

· チアミン(ビタミンB1)の過剰摂取

· ピリドキシン(B6)の欠乏

· 消化障害

·Ca/Fe比

· リン酸値上昇

· フィチン酸塩(全粒)の過剰摂取

· 亜鉛、銅、マンガンの過剰摂取

妊娠中の十分な鉄の摂取は特に重要である。次のように、貧血女性では未熟児の出産率が高いと報告されている。

 重度の貧血女性              2%

 平均的な貧血女性            4%

 臨床的に貧血のない女性      8%

 

従来の研究では、母乳で育てた乳児は哺乳瓶で育てた乳児よりも食品鉄の摂取量がはるかに多いということが証明された。乳児は小腸から母乳中の鉄の50%を吸収することができるが、牛乳中の鉄の吸収率は20%にすぎない。

治療方針

急性欠乏症の場合、吸収率は正常よりわずかに高い。平均的な食事には1000カロリー当たり5〜7mgの鉄が含まれている。貧血は、特に長期にわたり低カロリー食を摂取している小児、少年少女、成人において栄養が不十分になり起こることが多い。鉄を補充する前に、鉄欠乏症を他の原因から鑑別するために臨床検査を行い、それに基づき個々の鉄必要量を決める。その際、次の因子にも注意する:

· 年齢および性別

· 失血(月経、出血)

· 妊娠

· 銅およびマンガン濃度をチェックする必要がある(高値は鉄の吸収を阻害する)。

· 鉛濃度をチェックする必要がある(鉛中毒は鉄欠乏性貧血を引き起こす)。

鉄過剰症とヘモクロマトーシス

この遺伝性疾患は臓器障害を生じる進行性の体内総鉄含量の増加を特徴とする。常染色体劣性遺伝疾患である。北欧系の人の10%がこの遺伝子を有し、通常40歳以上で発症する。男性は女性の5〜10倍の頻度で罹患する。それは、女性が月経による失血および妊娠により罹患から守られているからである。

ヘモクロマトーシス患者は通常の食事で1日当たり4mgの鉄を吸収するが、この鉄吸収促進機序の大部分は不明である。通常の状態では、過剰鉄は網内系細胞により処理されるが、ヘモクロマトーシス患者では、肝臓、膵臓、心臓、他の臓器の実質細胞に鉄が直接沈着する。鉄が長期にわたり蓄積すると組織障害が生じ、臓器不全をきたすことになる。この段階での貯蔵鉄量は20gを上回っていることがある。

鉄過剰症つまり後天性ヘモクロマトーシスは、サラセミア、鉄芽球性貧血などの慢性貧血の合併症であると考えられる。鉄過剰症の初期には、ヘモシデローシスと呼ばれ、組織は器質的、機能的に正常である。鉄貯蔵量が増加するにつれ、臨床症状はヘモクロマトーシスと類似してくる。後天性ヘモクロマトーシスは頻繁な輸血や鉄過剰摂取が原因であると考えられる。南アフリカのバンツーは、鉄含有量が非常に高い自家醸造アルコール飲料を飲むため疾患発症率が高い。肝硬変などの慢性肝疾患のあるアルコール中毒者も鉄貯蔵量の増加を生じやすい。しかし、遺伝的素因が存在することもある。

ヘモクロマトーシスの症状

徴候および症状は障害臓器に関係している。

· 肝腫脹、肝硬変

· 肝細胞癌

· 糖尿病(患者の約3分の2で発症する)

· メラニン産生増加による皮膚色素沈着の増加が患者の90%で見られる。

· 心臓の障害はうっ血性心不全または不整脈をきたすことがある。

· 精巣萎縮

· リビドーの欠如;視床下部‐下垂体系の障害による性腺刺激ホルモン産生低下が原因

過剰鉄の供給源

· 鉄含有量の高い飲料水

· 鉄製の調理道具を使った酸性食品の調理

· 鉄の過剰補充または長期鉄療法

· 頻回の輸血

· タンパク栄養障害

治療方針

· 静脈切開は治療選択肢である。

· デフェロキサミンによる鉄キレート

· 菜食

· 低値を示すことが多いマンガン、銅、亜鉛を正常化する。

臨床検査診断

体内総鉄量の90%を超える鉄は次の3つとして存在する。

· ヘモグロビン

· 血清フェリチン値

· 循環鉄

 

全血球計算値は1L当たりの赤血球数、ヘモグロビン濃度、ヘマトクリット、赤血球指数を示す。WHOによる貧血の基準はヘモグロビン濃度で示されており、次のとおりである。

< 130g/L 男性

< 120g/L 月経がある女性

< 110g/L 妊婦

 

明確な鉄欠乏性貧血では、赤血球容積(MCV)およびヘモグロビン含有量(MCH)が低下しており、赤血球1個あたりのヘモグロビン濃度(MCHC)も低下している。鉄枯渇の早期段階では、ヘモグロビン濃度と赤血球指数のどちらもが正常であるが、毛髪分析はしばしば鉄濃度の低下を示す。赤血球測定項目は貧血の有無およびその形態学的特徴を明確にするが、貧血の原因と型を確認するために他の検査を要する。鉄療法に反応しない貧血患者では毛髪鉄濃度の上昇を認めることがあり、このことは鉄療法よりむしろ鉄動員を助ける栄養素(つまり、ビタミンC、ビタミンB、アミノ酸)の必要性を示している。

血清鉄濃度

· 鉄欠乏性貧血、慢性貧血、悪性腫瘍、炎症および感染、心筋梗塞、術後において低下する。

· 巨赤芽球性貧血、サラセミア、鉄芽球性貧血などの赤血球の疾患、骨髄低形成、ウイルス性肝炎、急性鉄中毒、ヘモクロマトーシスにおいて増加する。

· 血清鉄値は常に、総鉄結合能とトランスフェリン飽和度で解釈されるべきである。

総鉄結合能(TIBC)とトランスフェリン飽和度

TIBCは、血清タンパクが結合しうる鉄の最大量を測定して、間接的にトランスフェリン値を評価したものである。

TIBC

· 鉄欠乏症、肝炎、妊娠、経口避妊薬を服用している女性において上昇する。

· 悪性腫瘍、ネフローゼ、炎症、慢性疾患、飢餓状態、巨赤芽球性貧血、溶血性貧血、ヘモクロマトーシスにおいて低下する。

 

トランスフェリン飽和度が低下する場合

· 血清鉄値が低くTIBCが高いとき

· 妊娠

· 慢性疾患

 

トランスフェリン飽和度が上昇する場合

· 鉄過剰症

· ヘモクロマトーシス

· サラセミア

· 鉄芽球性貧血

· 急性鉄中毒

 

血清フェリチン

血清フェリチンは体内総貯蔵鉄を評価するのにの特に有用な指標であり、全体的な健康状態の重要な尺度である。

血清フェリチン値が低下する場合

· 急性鉄欠乏症。血清フェリチン値は、血清鉄およびトランスフェリン飽和度が低下する前の鉄欠乏症発現の早期に低下する。

血清フェリチン値が上昇する場合

· 鉄過剰症

· 症状が発現する前の早期段階のヘモクロマトーシス

· 肝炎

· 急性炎症性疾患

· 様々な腫瘍

赤血球遊離プロトポルフィリン(FEP)

利用可能な鉄の減少によって亜鉛プロトポルフィリンおよびFEPの形成が増加する。この試験は鉄欠乏症および鉛中毒のスクリーニングテストとして最も一般的に用いられている。

FEP値が上昇する場合

· 鉄欠乏症

· 慢性疾患

· 鉛中毒

毛髪、爪分析鉄値の意義

毛髪鉄値は組織の鉄の状態を表し、チトクロムの変化を反映すると報告されている。毛髪分析は血液分析とともに、不十分な鉄摂取や鉄代謝の阻害を早期に示す可能性がある。

毛髪、爪鉄低値

毛髪分析が鉄低値を示す場合は、組織貯蔵鉄の減少および貧血傾向を疑う必要がある。鉄摂取量が不十分な場合や鉄吸収障害がある場合がある。鉄療法を行う前に、他の臨床検査で評価するべきである。

毛髪、爪分析鉄高値の意義

過剰鉄の動員または排泄が不可能であることを反映している。肝臓の貯蔵鉄の増加が認められることがあり、このことは、組織からの鉄の動員を改善する肝機能補助および治療が必要であることを示している。毛髪分析高値は血清鉄の低値および貧血症状を示すことがある。

毛髪、爪鉄高値関連症状:

· アスコルビン酸の枯渇

· 脂質の酸化

· 細菌の増殖増加

· リン代謝の阻害

水:EPAは飲料水中の濃度を0.3 PPM以下にするよう勧告している。この濃度は健康よりむしろ味に基づいている。

研究

鉄欠乏症は免疫力低下をきたし、好中球およびリンパ球の殺菌能力は低下する。

鉄摂取量が10%低下すると免疫抑制が起こることがある。

6〜23ヵ月の乳児10例を鉄欠乏性貧血と診断した。すべての患者においてヘモグロビン濃度11g/dL、トランスフェリン飽和度10%、血清フェリチン10mg/mL未満であった。1日あたり5〜7mg/kg、30日間の鉄補充で、すべての検査値が上昇し、90日後には正常値になった。治療前、好中球の殺菌能力はかなり障害されていたが、15日間の鉄補充後には正常化した。上記鉄療法は呼吸器、消化器、皮膚障害を生じなかった。

急性潰瘍性大腸炎を低脂肪食(1日カロリー摂取量の6.5%)、ビタミンE、グルコン酸鉄で治療した。しばらくして、コルチコステロイドを中止した。栄養療法開始前の大腸内視鏡検査および生検では重度の急性炎症が認められた。治療開始後すぐに著しく炎症が軽減された。栄養療法を中止すると、症状が再発した。ビタミンEと鉄だけの補充は成功しなかった。

朝食からの鉄利用率

朝食用シリアルの成分、朝食用シリアルの製法、朝食の食事内容が朝食の相対的鉄利用率に及ぼす影響をin vitroで評価した。シリアルと食事にコムギのフスマおよび麦芽を加えると鉄の利用率が低下した。あらかじめ甘味をつけるとわずかに鉄の利用率は上昇した。朝食にオレンジジュースを加えると鉄の利用率は劇的に増大した。アスコルビン酸強化リンゴジュースおよびブドウジュースは鉄の利用率を高めるが、その効果はオレンジジュースと比較して小さかった。精製有機酸に関する研究により、ジュースに含まれるアスコルビン酸およびクエン酸は観察されたような鉄の利用率の増大を生じることが示された。クエン酸はアスコルビン酸より鉄利用率を高める作用が強力である。


Copyright 1998 - 2005 by L. Vicky Crouse, ND and James S. Reiley, ND. All rights reserved (ISSN 1527-0661).
Copyright Akio Sato,CCN  2005 All rights reserved.