【コラム】「週刊文春」編集長を直撃 今の編集者に面白い雑誌を作る熱量はあるのか?

WWDジャパン5月30日号では「ベッキー不倫問題」「甘利大臣の金銭授受疑惑」「ショーンK経歴詐称」「舛添要一東京都知事の政治資金不正流用」などのスクープを連発する「週刊文春」に迫った
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入社試験では「週刊文春」の“刊”の字を間違えた

「週刊文春」6月2日号
新谷編集長は就活時代、テレビのお笑い番組のプロデューサーを目指していた。第一志望だったテレビ局の最終面接に落ちたため、出版社へと就活の幅を広げようと思い立ったという。文藝春秋を知ったきっかけは、本屋で偶然見つけた一冊の雑誌だった。「好きだった石原裕次郎さんが亡くなった直後、本屋で『さよなら石原裕次郎』というムックを見つけた。自宅のクローゼット内のワードローブや病室での絶筆など、リアルな写真が紹介されていて、その編集力に圧倒された。それが文藝春秋の本だった」。面接で週刊新潮を読んでいないことをとがめられたことから、新潮社に落ち、背水の陣で臨んだ文藝春秋の面接では「志望書の愛読誌の欄に、『週刊文春』と書くつもりが、『週間文春』と書いてしまった。仕方ないから、『本当は読んでいません』と正直に認めたら、なぜか通った。最終面接では社長に『君は編集希望だけど、もし経理部配属になっちゃったらどうする?』と聞かれ、つい『その言い方は経理の方に失礼だと思います』と答えた。結果として採用されたのは、この会社が建前じゃなく本音を重視する懐の深さを持っていたからだと思う」。
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今思えば子供のころからあだ名を付けるのは得意だった(笑)

新谷編集長が作った伝説の19990年の特集号表紙
「週刊文春」の編集長には2012年に就任した。「毎週毎週、特集のラインアップ選びはもちろん、タイトル一つにまで愛情を注ぎ込んで、自分にとって理想の雑誌を作れることがうれしかった。作っている人間が面白がらなければ、読者に雑誌の面白さは伝わるはずない。編集長は常にポジティブでなければならない。私はタイトルを付けるのが大好きだが、今思えば子供のころからあだ名を付けるのは得意だった(笑)」。新谷編集長が文藝春秋で30年近く仕事を続けてきて学んだのは、「建前で雑誌を作るのではなく、リアリズムを重視する」ことだ。「週刊文春」が目指すリアリズムとは、対象が政治であれ芸能であれ事件であれ、そこに関わる“人”に迫ること。何が本当でどこに真実があるか、その線引きにより書かれた人の人生を動かすこともある。「人間にはさまざまな顔がある。美しい顔も醜い顔も、素晴らしい顔も愚かな顔も、読者のまっとうな興味に応えるためにリアルに伝えたい」。
スクープが世間を騒がせれば、その分ネットには「週刊文春」に対するネガティブな意見も多くあがる。「編集部がそのような意見に一喜一憂し過ぎる必要はない。読者全員がもろ手を挙げて支持するメディアなんてありえない。それでは北朝鮮になってしまう。多様な意見が認められてこそ健全な世の中だ。ただし、大きな風向きだけは見誤らないようにしたい。例えば、ベッキーさんの件は、番組を休養させたり、CMを降板させることを意図して報じたわけでは決してない。むしろ、その後のバッシングには明らかに行き過ぎを感じた。だから、サンミュージック側と粘り強く交渉し、ベッキーさんの率直な気持ちを読者に伝えるため、5月5日・12日合併号(4月27日発売)で謝罪の手紙を全文掲載した」。
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「週刊文春」の編集力

「タイトルが付けられないネタは、面白いポイントが絞られていないということ」と新谷編集長。
「週刊文春」では毎週、最新号の発売前日の午後4時にウェブやSNSで一部ニュースを先出しする。午後6時にはメールマガジンで全目次を公開。テレビ局からは、翌日のワイドショーの番組作りのために記事使用の申請が寄せられる。そして発売当日の午前5時に月額制の週刊文春デジタルで全文を公開し、紙媒体・電子版の販売が始まるという一連の流れがある。
これだけ情報を先出ししてもなぜ紙の雑誌も売れるのか?「この時代に情報をコントロールすることは非常に難しい。今起きているのは(記事内容が変わってしまうという)“コンテンツ革命”ではなく、情報の伝え方・受け方が変わる“流通革命”だ。だから、木曜日に週刊誌を発売するだけの一本足打法ではなく、それを維持したまま、より広く情報を拡散できる方法を模索した」と新谷編集長。
さらに、それをコンテンツビジネスに結び付けることを考えた。「週刊文春が生み出すコンテンツをいかに多様な形でマネタイズするかが重要。テレビ局に対しては記事使用料をいただくことにした。記事1本ごとに動画は5万円、活字は3万円。他にもSMAP解散騒動の際には、昨年1月に掲載したジャニーズのメリー副社長のインタビュー記事を1本100円でバラ売りして、1万部ほど売れたこともある」。ネットを含めて、情報は決してタダではない、と新谷編集長は強調する。「情報の価値を理解してもらうには、媒体への信頼感が生命線。ネット上の情報は膨大だが、限られた時間の中で効率よく情報を得るためには、信頼できるブランドが発信する情報にお金を払っていただきたい。スクープを生み出すには大変な手間も時間も取材費も掛かる。記事のクオリティーを維持するためにはネットのニュースも有料にしなければならないことをぜひ理解してほしい」。媒体を維持するためには、価値を認めて対価を支払うコアなファンが欠かせないのだ。
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この特集は“らしくない”よね、と保守的になったらダメ
「読者アンケートをやるとすぐに1000通以上の声が集まるが、目を通すとどれも地に足が着いたレベルの高い意見ばかり。悪しきポピュリズムに流されない良質な読者に支えられていることが本当にありがたい」と言う。週刊誌を作るのが本当に好きだという新谷編集長に「なぜ雑誌が売れないと思うか?」と聞くと、「そもそも、そんな悲観論は捨てた方がいい」と言う。「何より面白いコンテンツが少ないからだと思う。高い熱量を持った編集者が減ってきているのではないだろうか。雑誌作りは年を重ねると、どうしても自己模倣を繰り返し、マニュアル化されるもの。出版社がいわゆる“偏差値エリート”の学生を多く採用するようになって、よりその傾向が強くなった気がする。彼らは模範解答を求めようとする。売れないことを懸念し、安定を求めて過去の成功例にしみつくのだ。過去の踏襲は安心だが、刺激はない。『売れないかもしれないけれど、いちかばちかやってみよう』という編集者が減っていることは残念」。以前、他メディアのインタビューで気になるファッション誌を聞かれた新谷編集長は「ポパイ」を挙げた。「『ポパイ』が面白いと感じるのは、木下孝浩・編集長が本当に面白がって雑誌を作っているのが伝わってくるから。編集長自身が本当に洋服を愛しているのが分かる。単なる商品カタログではなく、着る人の背後にあるストーリーも含めて洋服を紹介している。そこにリアルな世界観があるからこそ、読者に響くんだと思う」。
読者との関係性の変化についても言及する。「かつては情報の伝え手と受け手では、伝え手の方が圧倒的に上の立場だった。しかし、今やその力関係は逆転しつつある。これはテレビも同じ。これまでは『テレビで見たいドラマがあるから、毎週この時間にはこのチャンネルに合わせよう』という意識があったが、最近の若者は『テレビは途中から始まるから見たくない』と言う。見たい時、読みたい時にすぐにアクセスできなければ受け入れられないのだ。媒体のクオリティーを保ちつつ、この変化に適応していく柔軟さも大切ではないか」。新谷編集長は、「ファッション誌が変わったのはスナップ特集が台頭し始めたころからではないか」と考える。「スナップショットのリアリティーに読者は大いに共感した。ファッション誌が上から情報を一方的に投げるのではなく、リアルを提案しなければいけない時代。例えば『ヴェリィ』は徹底的に読者の方を向いている。そこには圧倒的なリアリティーがある。それにクライアントも引っ張られていく。究極のマーケティング誌だと思う」。
また、時流には柔軟でありつつ、媒体らしさを保つ必要性があると強調する。「例えば『アンアン』がどんな奇抜な特集を組んでも、『アンアン』が作るなら面白そうだと買う読者はいるはず。この特集は“らしくない”よね、と保守的になったらダメ。企画を考える段階で発想に縛りをかけない方がいい。読者からのネガティブな意見を恐れるあまり、あるいは媒体のブランドを守るためという建前に縛られ、自分たちができることの幅を狭めているように思う。ブランド力に本当に自信があるなら、どんなテーマでもその媒体らしく消化できるのではないか」。