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第一章1 『決意と共に』
娘の甲城紫苑は生まれた時から体が弱かった。
妻と娘の三人暮らし、一般的な家庭、一般的な生活、それで満足だった。
しかし、そんな日々は長く続かなかった。
覚えているのは迫ってくるトラックと痛みと血の匂い。
相手の運転手は心臓発作で既に死亡、妻は出血多量によるショック死。
娘は脊髄をやられ半身不随、もう、歩くことはできないと知人の医者は言った。
泣いた。喚いた。当たり散らした。なぜ、なぜと。
娘はまだ三歳なんだぞ!?妻だって…。
「なぜ私ではなかったのだ!」
悔しい、家族を守れなかった事が。
悲しい、矛先の無い憎悪が。
だが、不幸はそれだけでは終わらなかった。
「は?…原因不明?」
娘の体が未知の病に侵されていると医者は言った。
神はどこまで私を追い詰めるのか!
黒鉄はとうとう憎き敵を見つけた。しかしそれは余りにも遠く、果てのないことだ。
甲城黒鉄は考えた。何か策は、方法はないのか。
そして知った。世の中には魔術という世界が存在することを。
そして知った。聖杯戦争という勝利者の願いを叶える戦いがあることを。
神の杯をもって成す魔術師同士の争い。
「ならば私は、神に奪われたものを、神によって奪い返す!」
別に死者を生き返らせようとかなど考えていない。
ただ、まだ将来ある娘、紫苑だけはと、健康で居て欲しい。
そんな些細な願いで十分だった。
三年の月日が経った。黒鉄は三十七歳、紫苑は六歳。
本当なら紫苑は小学生だ。それも許されない。
真夜中の病院、黒鉄は娘の病室に入る。
「うぅん…パパ?」
起き上がることはできない。月明かりだけが紫苑を照らす。
「おっと、起こしちゃったかな?」
黒鉄は申し訳なさそうにする。
「…パパ?泣いてるの?」
そんな娘の指摘に戸惑う黒鉄。
「あ、あれ?…おかしいな…」
目元を拭う黒鉄、止まることのない涙。
黒鉄はそんな自分をごまかすように紫苑に包容する。
強く、強く、もう絶対に離さないように。何者にも渡すまいと。
突然の包容に驚く紫苑。
「パパ?」
黒鉄は震える口で場を繋ぐ。
「父さん、頑張ったんだ…本当に、頑張ったんだ…苦しくて辛くて切なくて、胸が張り裂けそうになっても頑張ったんだ。それでね…それで…やっと、希望を、見つけたんだ…紫苑にはまた苦労をさせるかもしれない、けど、待っていて欲しい…必ず、父さんが、父さんが…救うから!」
それは弱音を吐いているようにも、決意を示しているようにも聞こえる。
紫苑は優しく手を背中に回す。小さくて完全には回しきれなくても、力が弱々しくても。
小さい子を宥めるように。
「うん、いい子いい子」
それだけでどれだけ救われただろうか、救うはずが先に救われる。
黒鉄は新たに意を決する。自分の命に代えてでも娘の未来を取り戻すと。
その後、黒鉄は娘と共にある都市へ引っ越す。
紫苑の入院生活は変わらない。
黒鉄はその都市の市長に就任する。全ては紫苑のために。
※※※
室内にて仕事をこなす。主な仕事は書類に判子を押したり各支部の情報確認や指令などと様々だ。
そこへ扉をノックする音が聞こえる。市長室に入ってくるのは限られるし殆どの場合が秘書だ。
黒鉄は一声かけて入室を促す。
「失礼します」
入ってきたのは予想通り秘書だ。
セミロングの栗色の髪に眼鏡といった風貌。
名前は牧瀬奈美子。冷静な判断が出来る非常に頼もしい秘書だ。
奈美子は黒鉄に近づくとじっと見つめる。
「…私の顔に何かついているか?」
そう言って黒鉄は自身の顔を確かめる。
「い、いえ、少々ゴミが…取れました」
奈美子は糸クズを取るとゴミ箱へ捨てる。
「ありがとう」
「秘書ですから」
奈美子は頭を下げる。と、黒鉄の右手の甲に痣があるのが目に入った。
それは赤く模様にも見える。
「市長痣が!」
黒鉄も右手の甲を見る。
「あ、ああ、これか。気にするな、今朝食事を作っていたら鍋に触れてしまってな、私としたことがついうっかりだ」
黒鉄は笑ってごまかす。
「でしたら、今後は私が作りに行きましょうか?」
奈美子は真面目な顔で答える。もし許可が出たら、これはもう…とよからぬことを考える奈美子。
「いや、遠慮しておこう、料理は私のささやかな趣味なんだ。とらんでくれ」
黒鉄は笑いながら言う。
黒鉄に悪気は無い。奈美子が勝手に玉砕しただけだ。
男は胃袋を掴めというが黒鉄には効かなかっただけだ。
「そうですか…」
落ち込む奈美子。しかし普段冷静な出来る女性をしているのでその落ち込みは全く気づかれなかった。
いつか思いが届く日がくるのだろうかと奈美子は思うのであった。
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