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「時代に取り残された」任天堂、起死回生懸けた新ゲーム機NXがずっと「詳細不明」で不信蔓延

2016年6月2日(木)6時5分配信 ビジネスジャーナル

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任天堂・君島達己社長(角倉武/アフロ) [ 拡大 ]

 任天堂は子会社の米国任天堂が持つ米大リーグ球団、シアトルマリナーズの所有権の大半を売却する。所有権の一部は持ち続けるが、事実上、球団経営から撤退し、元社長の故山内溥氏が1992年に個人として出資して以来、24年間続いた筆頭オーナーの座を降りる。

 マリナーズは西海岸のシアトルに本拠地を置き、かつてイチロー選手や佐々木主浩投手が在籍したこともあって日本では知名度が高い。今も岩隈久志投手と青木宣親選手が所属している。

 米国任天堂(ニンテンドー・オブ・アメリカ)は球団の筆頭オーナーで、所有権の過半数を持つ。持ち分の10%を残し、地元の既存の出資者に売却する予定で、8月に開かれる大リーグの会議で承認を受ける。

 山内氏は日本人として初めて大リーグ球団オーナーに就任。その後、2004年に任天堂が山内氏の出資分すべてを6700万ドル(当時のレートで約70億円)で買い取った。現在の運営会社の評価額は14億ドル(約1500億円)に上るため、多額の売却益が発生する。

●山内氏は希代の預金魔だった

 山内氏とは、いかなる人物なのか。

 任天堂の創業は1889年9月。工芸職人だった山内房次郎氏が京都の平安神宮の近くに「任天堂骨牌」を創立、花札の製造を始めた。花札の裏側に「大統領」の印を押した「大統領印の花札」は関西の賭博場で広く使われた。プロの博打うちは勝負のたびに新しい札を使ったため、任天堂の花札はよく売れたという。

 房次郎氏は工芸家であると同時に事業家でもあった。1902年に日本で初めて国産のトランプを製造した。

 中興の祖は房次郎氏の曾孫の山内溥氏。父親が出奔したため、祖父の元で跡取りとして育てられた。祖父が買い与えた東京・渋谷区松濤の豪邸から早稲田大学に通い、ビリヤードに熱中するなど、敗戦後の焼け跡の時代にも贅沢三昧の生活を送ったという。

 しかし49年、22歳の時に祖父が病に倒れ、大学を中退して京都に戻り家業を継いだ。その後は苦難の日々が続き、オイル・ショックで倒産の危機に直面した溥氏は、脱花札・トランプを目指しテレビゲームに参入。83年、任天堂のファミコンゲームが子供たちの間で爆発的な人気を呼んだ。

 ゲーム機では最後発だったが、「おもしろいソフトをつくる」という理念でエンターテインメントに特化し、“世界のニンテンドー”へと大変身を遂げた。

 ゲームソフトのコストは開発費と人件費だ。大規模な設備投資を必要としない。山内氏は、ゲームソフトで得た利益をひたすら預金した。M&A(合併・買収)に回すわけでも、配当を大幅に積み増して株主を喜ばせるわけでもなかった。

 倒産の危機に瀕し、借金することの惨めさが身に染みた経験が、手元に現金を残すことに向かわせたのだ。手持ち資金が潤沢な企業は、「銀行」などと呼ばれることがある。トヨタ自動車も「トヨタ銀行」と称されている。任天堂は、正真正銘の「ニンテンドー銀行」だった。希代の預金魔である山内氏は、ポケットマネーで米大リーグの球団、マリナーズを手に入れた。

●マリナーズの試合を観戦したことがないオーナー

 山内氏は92年、経営危機に陥って他都市への移転が検討されていたマリナーズの運営会社の持ち分を個人で取得した。山内氏は常に「マリナーズへの出資は米国任天堂を快く歓迎してくれたシアトルに対する感謝の印」と考えていた。

 大リーグのオーナーというステイタスを求めて出資したわけではない。2013年に85歳で亡くなるまで、シアトルを訪れてマリナーズの試合を一度も観戦したことはない。おそらく米国の土を踏んだこともないだろう。そもそも、日本でもプロ野球の試合を見たことすらないようだ。

 まったく興味のない野球チームを買収したのは、ビジネスのためである。買収工作の中心になって動いたのは娘婿で、当時、米国任天堂の社長だった荒川實氏だ。荒川氏は京都大学から米マサチューセッツ工科大を出た丸紅の商社マンだった。任天堂の米国進出を成功させ、初期のファミコン時代から家庭用ゲーム機を米国で普及させた功労者である。

 荒川氏は、山内氏と彼に財政支援を求める米上院議員のスレード・ゴートン氏のつなぎ役だった。マリナーズの身売りを心配した上院議員の要請を受けて、転売される寸前に山内氏が経営権を買い取ったのである。

 それによってマリナーズのシアトル残留が決まった。まったく観戦に来ないオーナーだったとしても、シアトル市民にとって山内氏は球団の救世主なのである。

●任天堂に必要なのはソフト体質の経営者だ

 マリナーズ買収の立役者である荒川氏は、山内氏の後継者と目されていた。ところが山内氏は「彼は任天堂の社長に向かない」と解任した。

 山内氏の経営観は独特だ。任天堂の経営の本質を語った珍しい語録が残っている。

「必需品をつくるハードの会社と(娯楽分野の)ソフト会社というのは、体質が全然違うんですね。言い換えると、ハードで成功した経営者がソフトをやれるかというと、とてもそうはいかないというのが僕の考えです。

 だから、いったい何を基準にして任天堂に必要な人を選ぶのかといえば、その人が『ソフト体質』を持っているか否か。(中略)ハード体質の経営者がもしいたとしたら、辞めてくれと言いますし、そうしないと任天堂という企業はつぶれるんですよ」(「日経ビジネス」<日経BP/2007年12月17日号>)

 山内氏が後継者に据えたのは、ハード体質の荒川氏ではなく、「札幌の天才少年」と呼ばれたソフト体質の岩田聡氏だった。岩田氏は携帯型ゲーム機「ニンテンドーDS」と据え置き型ゲーム機「Wii」を大ヒットさせ、任天堂の黄金時代を築いた。

●ハードの体質の社長が社運を賭ける新型ゲーム機「NX」は成功するのか

 任天堂は次のステージに移った。13年に山内氏が、15年には岩田氏が相次いで亡くなった。

 15年9月、君島達己氏が社長に就任した。三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)出身の銀行マンで、山内氏が金庫番としてスカウトした人物だ。

 新社長として初の決算となる16年3月期の連結決算は、かつての栄光とはほど遠い内容だった。売上高は前期比8%減の5044億円、純利益は61%減の165億円だった。円高の進行で為替差損が183億円発生した。

 携帯型ゲーム機「ニンテンドー3DS」の販売台数は22%減の679万台、据え置き型ゲーム機「Wii U」の販売台数は4%減の326万台だった。

 17年3月期の連結売上高は前期比1%減の5000億円を見込む。「Wii U」の販売台数は前期比75%減の80万台と激減する。18年3月期以降、「生産を停止する可能性がある」(君島氏)という。

 連結純利益は2.1倍の350億円を予定しているが、営業利益は37%増の450億円にとどまる。市場予想(600億円台半ば)を大幅に下回ったことから、4月28日に株価は一時、前日比1480円(9.0%)安の15040円まで売られた。連休の谷間の5月2日も一時、1万4675円(480円安)まで下げ、6営業日連続して株価は安くなった。

 任天堂は17年3月に新型ゲーム機「NX」を発売すると発表した。ゲーム機事業は新型機の発売当初はコストが先行し、赤字が大きく膨らむことが多い。据え置き型ゲーム機「Wii U」の生産を大幅に縮小し、NXに経営資源を集中する。製品の特徴や価格、ソフトのラインナップについて君島氏は、「新しいコンセプトのゲーム機。新しい遊び方、新しい体験ができる」と話すにとどめ、詳細は明らかにしなかった。発売時期が、ゲーム機がもっとも売れる年末(クリスマス商戦)から遅れるのは「ハード、ソフトの両方が揃ってこそ、発売時から遊んでもらえる」ためだと説明した。

「ニンテンドー銀行」の異名を取る任天堂の16年3月末の手元流動性は、9093億円と潤沢だ。それでも米大リーグ球団シアトルマリナーズの運営会社の持ち分を売却して利益を捻出するのは、社運を賭ける新型ゲーム機「NX」の開発に向け万全を期すためだ。

 スマートフォン(スマホ)端末の普及を背景に、ゲーム市場は世界的に拡大が続いている。だが、主役はスマホアプリを中心とするモバイルゲームだ。かつてゲームの王者だった家庭用ゲーム機は市場の縮小が続く。

 任天堂はNXで起死回生を図る。スマホのゲームユーザーを取り込めるかどうかが復活のカギを握る。

 ソフト体質の経営者の素晴らしい発想で、どこにもないユニークな商品を生み出すことで任天堂は成長してきた。山内氏の「任天堂に必要なのはソフト体質を持っている経営者」という発言の重みが、今、任天堂に重くのしかかっている。

●任天堂が映画に参入

 任天堂が映画事業に参入するため、世界の複数の制作会社と提携交渉を進めている。映画事業でキャラクタービジネスを強化するのと同時に、ゲーム人口を増加させるという一石二鳥を狙う。

 数年後に「スーパーマリオブラザーズ」など、人気ゲームを題材にした3Dアニメが登場するかもしれない。

 これまで任天堂はキャラクターを使う権利を製作会社に付与し、使用料を得てきたが、直接、映画製作に踏み出す考えだ。日本だけでなく米国など世界市場を意識しており、ワールドワイドでの映画の公開を目指す。

 映画製作には、シアトルマリナーズの売却益の一部を充当する。映画事業は、関連会社のポケモンが「ポケットモンスター」シリーズの製作を手掛けたことがある。過去には「マリオ」を題材にした映画が製作されたこともあるが、任天堂はキャラクターの提供だけにとどめてきた。

 映画事業への参入で任天堂の株価は小康状態となった。5月24日の終値は1万5785円。2月3日の年初来高値(1万8000円)と比較すると、それでもまだ1割以上安い。
(文=編集部)

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