学会員さん、それでも公明党を応援しますか?

おかげさまで、今年のアクセス数が100万超えました。5ヶ月で100万アクセスってことです。皆さま、本当にありがとうございます。400万アクセスまで約15200ですので、おそらく今月中には達成しそうです。

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衆議院解散がなくなったようですので、創価もいよいよ参院選大勝利に向かってますます学会員に発破をかけていることでしょう。消費税増税が先送りになって、軽減税率を謳い文句にしてきた公明党の梯子が突然外された格好になりました(笑)せっかく安保法案や原発推進への関心をごまかすための隠れ蓑として軽減税率をアピールしてきたんですが、安倍首相の消費税増税先送りという約束破りのおかげでこれもなくなった公明党は、今度はいったい何をエサに学会員に票取りさせるつもりなんでしょうね(笑)

学会員さん、公明党は自衛隊を外国の戦場にやって人殺しをさせることが日本の平和につながると言っているんですよ。全国の原発を1日も早く再稼動して、外国にも日本の原発を売りまくることが日本経済の発展には欠かせないと言ってるんです。そして学会員さんはそんな公明党を支援していくことが自分の使命であり、功徳にもなり、世界の人々が幸せになることなんだと信じて、自腹で公明党の票を撮りまくっているんですよね。自衛隊の子供を持つ親御さんに「あなたの子供が外国の戦争に行ってくれるから日本は平和になるんです。公明党は自衛隊が外国の戦場に行けるように法律を作りました。これからもどんどん自衛隊に人殺しに行ってもらえるように公明党に投票してください」って言えますか?「日本に原発がなければ人々は幸せないなれないんです。だから公明党は原発の再稼動を是が非でもやろうとしています。公明党に投票してください」と福島で家族も家も職もなくした人にお願いできるんですか?

公明党が掲げている重点政策には、安保法制や原発政策についての記述はありません。そりゃそうでしょう。平和と福祉の公明党が、安保法制を通し、原発推進をやっていることを表に出したらどうなるかぐらいわかっているからです。震災の復興については掲げていますが、それは福島や熊本の地震の被災からの復興であって、原発をどうするのかには触れていません。

ヤバいことには一切触れず、先日まで表看板にしていた「軽減税率!」も意味がなくなったので、すかさず引っ込めたようです。そして山口代表が言うには「首相提案(消費税率の引き上げ延期)を尊重」なんだそうです。公明党は自公連立して以来、ずっと自民党の言いなりです。一度だってブレーキ役になったことはありませんよ、学会員さん。

ってことで、いよいよ7月10日投票の参議院議員選挙が決定しました。安倍政権の暴走を食い止めるには、民進党をはじめとした野党はあまりにも力がありません。そのことを有権者もよくわかっているようですが、だからと言ってこのまま自公政権の圧勝する日本はとんでもないことになってしまいます。伊勢志摩サミットでも世界にあれだけ醜態をさらした安倍晋三でも、選挙は痛くもかゆくも無いといった感じです。山口代表のあいかわらずのヘラヘラ顔には吐き気がします。「野党はいつまでたっても腰抜けだし、政治のことなんか何にも考えないバカな学会員が功徳欲しさに目の色変えて票を集めてくれるから楽勝だよね〜」って言ってますよ。

ということで今回のテーマは「学会員さん、それでも公明党を応援しますか?」とさせていただきます。

会員の中にも公明党の安保法制承認や原発推進に疑問を持っている人もいるでしょう。そこから創価自体への疑問に繋がるかどうかは怪しいですが、このブログのアクセス数を考えると、中にはこの機会に公明党や創価学会に疑問を感じる学会員さんが出てこないとも限りません。「公明党の票をとればとるだけ功徳をもらえる」と本気で信じているオカルト会員には通じないでしょうけど、この国の行く末や、子どもたちの将来のことを普通に考えることのできる人なら、いくら創価に洗脳されていると言っても、少しぐらい疑問に思う人が出てきてもいいと思います。

学会員は選挙活動を仏道修行だと信じています。すでにそこからおかしいんですが、これが現実です。公明党の票が功徳ポイントゲットだと疑いません。脳ミソが足りないか、おかしいかのどっちかです。これが洗脳というものなんでしょうね。公明党が何をやっているのかを自分の頭で考えて欲しいのは山々ですが、それ以前に、何で公明党の票が功徳になると信じているのか?ということを、普通に考えて欲しいと思います。残念なことに多くの学会員は「自衛隊の海外派兵や原発推進を自分は望んでいるのか?」というところまで考えが及びません。そんなことより「自分が創価のいいなりになって、何も考えないで公明党の票をたくさん取れれば、きっと幸せになれるんだ。公明党が世界平和を実現してくれるはず」と勝手に思っているだけです。自分の都合のいいようにしか考えられません。この時の自分の都合とは、そのまま創価の都合でしかありません。自分で何も考えようとしないから、自衛隊の海外派兵も原発推進も「公明党が言ってるからいいことなんだ」と安心しています。

「学会員さん、それでも公明党を応援しましましますか?」

創価の間違いに自分で気づいて脱会した皆さんや、脱会しようとしている皆さんも、昔は必死で公明党の票を集めていた頃があったと思います。いかに自分で何も考えずに、言われたままを信じてやってきたことだったのか。それがいかに愚かなことだったのか。今、思うことを思う存分お話ししていただけたらと思います。このままではまた自民公明の独裁政権が日本の国をめちゃくちゃにしてしまいます。安保法案成立までの国会前の国民の行動をほとんどの学会員はなんとも思っていなかったんでしょうか?原発事故で家族も家も職も奪われた学会員さんもたくさんいたでしょう。そんな学会員さんは、それでも原発推進する公明党への投票をお願いに回るのでしょうか?

今回は特に現役学会員さんの本音を聞かせていただけたらと思っています。「自分は学会員で創価は正しいと思っているが、公明党のやっていることには賛成できない」と考えている現役学会員さんがいらっしゃいましたら、ぜひお話を聞かせてください。あなた方の考えがこのブログを通じて多くの人に読んでもらえます。創価の是非は置いといて、公明党のやっていることには疑問があるという方もご意見を聞かせていただけたらと思います。よろしくお願いします。

このブログはどなたでもコメントすることができます。ただし、はじめてコメントされる方は、礼儀としての挨拶と自己紹介をしていただいております。人としての普通の感覚でお話していただければ何の問題もありません。わざわざこういったことを書くのは、学会員さんはこうした当然のことができないで、創価を批判されたことに感情的になって、挨拶も自己紹介もないばかりか、他人の言うことを聞かずに自分の感情をぶちまけるだけで去っていく方ばかりなので、あえてこうした注意書きを書いています。感情的なだけのコメントは承認しませんので、あしからず。

それではよろしくお願いします。

 

私が創価シャッターを開けた理由

以前、と言っても私がすっかり覚醒してからの話ですが、民音のチケットを兄夫婦からもらったことがあります。兄は私がジャズが好きなのを知っていましたので「行くならあげるよ」ということで行くことにしました。創価脳の兄夫婦は全国の学会員さんと同じように、毎回ノルマで民音のチケットを義務的に買っているわけで、特に兄夫婦はジャズと言われても何の興味もないので、私にくれたというわけです。妻に話すと「え?ほんとに行くの?」とびっくりしていました。つまり「よくまあキモい洗脳集団の中に行けるもんだ」と思ったそうです。私としては、キモい洗脳学会員の中に入っていくことよりも、好きなジャズのコンサートが聴けることの方が大きかったので、それほど気にもせずに一人で行きました。

結果、妻が正解だったと思い知りました。会場はそこそこ大きなコンサートホール。そこに集まっていたのは強烈な加齢臭を放つ後期高齢者でいっぱいでした。「今日は多宝会の全国集会か?」と、ここですでに来たことを後悔しました。どう見てもジャズを聴きたくて来た人たちではないということが誰にもわかる。もちろん高齢者の方でもジャズは聴きます。そりゃそうです。でもジャズに限らず民音のコンサートは客層が明らかにチグハグだというのは業界の常識なんですよね。若い頃、ハウンドドッグのライブにじいちゃんばあちゃんたちが来ていて、演奏が始まった途端にゾロゾロと帰って行ったのを見て、とっても恥ずかしい思いをしたことを思い出しました。そしてさらに驚いたのは、興業者もそんな客層だとわかっているので、ジャズのコンサートなのに曲ごとに司会者が解説をして、ジャズの基礎知識を説明したりします。ほとんど敬老会のアトラクションでした。で、もっと驚いたというか、気を失いそうになったのが、アンコール曲でなんと創価学会婦人部愛唱歌「母の曲」を演奏し始めるじゃあ〜りませんか(笑)もうそこらじゅうのおばあちゃんたちが大きくうなづきながらの大合唱です。私は完全に打ちのめされました。ノックアウトです。このコンサートに何も知らないで来た外部の人はどう思ったんでしょう。考えただけでも鳥肌が立ちます。司会者が「こんばんは」というと、ものすごい勢いで「こんばんは!」と返してきます。この異様な一体感はまさに会館での会合のノリそのもの。今から体験発表や学会歌の大合唱でも始まるんじゃないかといった勢い。外部の人がいたら確実にドン引きだったでしょうね。悪い夢でも見たとしか思えない。

で、そんなことを思い出したので民音のHPを見てみると、なんとその時と同じジャズのコンサートが開催中ではあ〜りませんか(笑)。創価は芸術文化がどうのと表向きは言ってますが、結局は学会員がノルマで強制的にチケットを買わされる仕組みがあるから成り立っているようなもので、こんなもの文化でも何でもないどころか、悪どい金儲けでしかありません。功徳があるからといって聖教新聞を無理やり何部も買わせて、ゴーストライター本も買わせて、民音のチケットも買わせて、美術展のチケットも買わせて、二束三文で買い叩いた僻地に作ったペット霊園のような貧相な墓を百万円以上もぼったくって買わせて、御本尊もバージョン変えて買い替えさせて、選挙では交通費自腹で県外まで票取りさせる。全部「功徳があります、福運がつきます」と言えば、面白いほど言いなりになる。創価のやっていることはこうした悪どい金儲けだということに、お金を出している学会員が気づかない。気づかせないように、いろんなことを仕掛けて脅して思考停止にさせる。そのための「宗教のようなもの」です。宗教ではありません。ぱっと見は宗教のような詐欺です。

創価脳は私たちの疑問には絶対に答えない。都合の悪いことは平気でスルーする。というのが、皆さんの実体験の報告でもはっきりしましたね。答えない=答えられない=都合が悪いってことなんでしょうけど、じつは都合が悪いと感じるよりも前にシャッターが下りてスイッチが入るのではないかと思うときがあります。創価の矛盾を指摘されて、そのことを考えてみた上で、これはちょっと都合が悪いぞと判断してシャッターが下りるのではなくて、何かしら反論めいたことを言われていると感じた途端に、考えることをやめてシャッターを下ろしてしまう。と同時にスイッチが入って攻撃モードに移る。だから相手が何を言ってるのか理解する余裕なんかないんだろうなと思います。そんな風に仕立て上げられている。だから、こっちがどんなに噛み砕いて、わかりやすく、小学生でもわかるように話しても、もう既に話し始めた瞬間にシャッターが下りてるわけですから話にならないのは当たり前なんですよね。

仏教には 色即是空 空即是色 という有名なお経がありますが、

創価脳は 批判即シャッター シャッター即スイッチ なんですね(笑)

あの民音のコンサートホールでは、創価シャッターで閉ざされた異様な空間に一人飛び込んでった私が大バカ者だったんです。

創価学会というのは、精神的に徹底して閉ざされた空間です。社会の常識など通用するわけがありません。そんな人たちにまともに話をしようなんて考えるのが土台無理なんですよね。

批判即シャッター シャッター即スイッチ

創価脳の家族と対話を試みるには、このシャッターとスイッチをどうやって発動させないで自分で考える機会を作るかにかかっているように思います。

ということで今回のテーマは「私が創価シャッターを開けた理由」ということにさせていただきます。つまり何が自分のシャッターを開けさせたのか、振り返ってお話ししていただけると、今現在、大切な家族のシャッターをどうやったら開けることができるのか悩んでいらっしゃる方にとって参考になったり、励みになったりすると思うんです。

完全に「創価は絶対に正しい」と信じて疑わない「単純明快完全創価脳タイプ」と、「創価にもいいところもあれば悪いところもある」という「自分大好きチョイ活創価脳タイプ」では、シャッターの開き方も違ってくると思います。で、思うのは、意外と「単純明解完全創価脳タイプ」よりも「自分大好きチョイ活創価脳タイプ」の方がシャッターが錆び付いていてタチが悪いのではないかと、自分の経験上思ったりもします。

要は自分にとっての覚醒のきっかけが何だったのかということを、今一度振り返ってみて話してください、ということです。おそらくこれまで皆さんにお話ししていただいたこととかぶるとは思いますが、もしかしたら創価シャッターを開くための大きなヒントがあるかもしれません。みなさん、よろしくお願いします。

 

『対話を求めて』は創価の名誉を毀損する犯罪行為なのか?

ご存知の方もいらっしゃいますが、白いブランコさんのブログは閉鎖こそされていませんが、誰がどんなコメントをしても、まったく返事がありませんでした。私もしつこいくらい声をかけてきましたが、まったく反応はありません。そして今度は私が最後のコメントをしてから5日経っても誰のコメントもアップされなくなりました。今までは1日経った頃にはアップされていたので、横から失礼というHNの方が言われていたように、すべてのコメントが自動的にアップされるような設定で、白いブランコさんは見てないのかとも思ったんですが、もしかしたら読んでて意図的にアップされてないのかもしれませんね。何れにせよ、白いブランコさんはもうブログで何かをする気はなくなったということを、こうした沈黙で伝えておられるのだろうと思います。と言いますか、もう何をどう思われてもかまわないということなんでしょうね。それはそれで端からとやかくいうことではありませんので仕方ありません。しかしながら、そうなるとyさんからのその後の報告、つまり私のブログが創価の名誉を毀損する犯罪行為として訴えられるのかどうかを弁護士や法務局や警察に相談して、法的にはっきりさせた上で報告すると言われていましたが、白いブランコさんのブログがあの状態では、数ヶ月かかるというyさんの努力も水の泡になりますし、私もyさんから犯罪者呼ばわりされたままほっぱらかされたんでは気持ちのいいものではありません。
そこでyさんにお伝えしたいのは、この問題は白いブランコさんではなく、このブログの信用問題ですので、yさんの調査結果がはっきりしましたら、すぐにこのブログに報告をしていただきたいということです。

そこで今回のテーマは「『対話を求めて』は創価の名誉を毀損する犯罪行為なのか?」ということにして、皆さんからのご意見のまとめの場にしたいと思います。

ことの成り行きを知らない方にざっと説明しますと、何度も言ってきたことではありますが、このブログは創価に騙され利用されて不幸になっているにもかかわらず、学会員さんがその当事者であることを気づかずにいるのを見過ごせないからこそ、こうして「早く気づいてください」と声をかけているんです。そうしたことが犯罪行為なのかどうかは、わざわざ弁護士に相談するまでもないことは当然なのですが、yさんという方がどうしても法的にはっきりさせなければ気が済まないと、わざわざ白いブランコさんのブログを通じて言われましたので、現在その報告待ちの状態です。yさんからは数ヶ月かかるので待っているようにということでしたので、こうして待っているのですが、白いブランコさんのブログが誰のコメントも受け付けなくなっているようですので、このブログに報告していただけるように、スレッドを立ち上げました。

yさん、よかったらこのスレッドのコメント欄に途中経過でもお話ししていただけるとありがたいです。

よろしくお願いしますメートル(_ _)mででで

下の写真は上の内容とは関係ないですが、時事ネタとして貼っときます(笑)

 

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東京都の学会員さんは創価から言われた通り舛添要一に投票したんですよね。自分で考えて入れたわけじゃないですよね。そしてその結果がこれですよ。民主国家の選挙というのは、他人から言われて入れるものではありません。有権者が自分の考えによって投票するのが民主主義の大前提です。公明党が舛添氏を推薦したから学会員は「公明党のいうことだから正しい。創価の言うことだから正しい」と信じて、自分では考えずに言われるがまま投票したんですよね。今度の参院選でも創価の言う通りに公明党の票を集めたら功徳があると信じて動いてますよね。原発再稼働を推進するんですよね。自衛隊が外国で人殺しをするのを応援するんですよね、自分の功徳のために。

私の創価後遺症

前スレが一週間しないうちにコメントが160を超えてしまいました。

早く更新しなければ〜(笑)

これじゃ更新しなくなった白いブランコさんのブログと同じになってしまう〜(笑)

おかげさまでアクセス数も順調に伸びています。1日6000〜7000アクセスです。少なく見積もっても、毎日1000人の人が見てくれています。どこの誰だかわからないただのおっさんのブログに、どこの誰だかわからないたくさんの人が毎日たくさんのコメントを寄せてくれていて、それをどこの誰だかわからない1000人以上の人が毎日まいにちこのブログを読んでくれているんです。なぜか?それは「創価学会は詐欺だ」ということにとても大きな関心を持っている方がたくさんいらっしゃるということです。このブログに書かれていることが、創価脳がしきりに言うように、単なる中傷やデマだとしたら、絶対にこんなアクセス数になるはずがありません。皆さんの話がまぎれもない事実を述べていて、それを読んだ方が自分のことのように、そして創価が詐欺だと思うのは自分だけじゃなかったんだという驚きをもって見てくれているからだと思います。

創価に洗脳された人というのは、創価を疑うことに言い知れぬ罪悪感と恐怖感を植えつけられています。創価の教学とは、会員をそんな人間にするための便利な道具なんですね。「これしかない」「これだけが絶対に正しい」「このほかはみんなカス」「これ以外を信じているやつもみんなカス」「これを信じさえすれば幸せになれる」「誰よりも幸せになれる」「どんな困難が起きても、悠々と乗り越えていける境涯になれる」などと、夢のようなことを植え付けていきます。一方で「これを一度でも疑えば、たちまち地獄に落ちる」「死んで生まれ変わっても決して成仏できない」「自分の子や孫までもが不幸になる」などと、徹底的に脅しまくります。脅すだけではない。自分で自分を脅すようになるまで徹底して植え付けます。だから「創価は詐欺だ」と気付いて脱会しても、どこか後ろめたさや「バチが当たるんじゃないか」あるいは、ちょっと悪いことが起こっても「やっぱりやめたバチが当たったんだ」と、なかなか妄想から離れられないというのが現実です。もう全然信じてないつもりでも、何か危機的なことに出くわした時に、思わず題目が頭をよぎってしまう。それ「脱会してもあるある」ネタですよね。それは脳に刻み込まれたシワみたいなもので、脱会したからといって、すぐにシワが伸びるわけじゃありません。でも思わず題目が出てきたときには凹みますよ(笑)。そんな残念な自分も、みんなで笑い飛ばして前に進みましょう。

教学というのは一見、仏教のことを学ぶんでいるかのように思いますが、結局は創価を疑うだけで恐ろしいいことが起きるんだという恐怖心を徹底的に植え込むために学ばせます。教学試験というのは、より多くの会員を恐怖で縛り上げ、思考停止にして、脱会者を防ぎ、何も考えないでお金を貢ぐような奴隷を増やすために行われているのです。私も中学一年の夏と、学生部の時と、男子部の時に教学試験を受けました。昔は助教授だとか教授補だとか、わけのわからない資格を与えられて喜んでいましたが、覚醒してからわかるのは、どれだけバカになったかの度合いを示すものだったんですね。男子部の頃には青年教学○級とかに形が変わりました。その時は誰でもいいから、統監に名前のある会員なら片っ端から教学試験を受けさせろという「戦い」が活動でしたね。会員を互いに洗脳しあって、思考停止を強化させて、創価奴隷を増殖させていたんです。あなおそろしや〜。

ってことで、今回のテーマは「私の創価後遺症」ってことで、ちょっと痛いですけど、みんなでここに吐き出し切って笑い飛ばしてしまいましょう。

完全非活になったのに、もう信じてないのに、脱会してるのに、詐欺だとわかったのに、なぜかまるで活動家時代と同じようなリアクションをしてしまって凹んでしまう瞬間。あるでしょ♬私もありますよ〜(笑)それとかアポなし訪問を受けた時に、「昔の自分もこんなに恥知らずのマジキチなことを平気でやってたんだ」と自分を見るような気がして落ち込んだり。あるでしょ〜♬

いわゆる思い出したくもない黒歴史の傷跡が今でもふとした瞬間に表に出てきてしまうこと。みんなの前で自分のやっちまったを暴露しましょう。カミングアウトしましょう。どうせみんな似たようなこと体験してるんです。そしてそんなもん、一つも悩むことなんてないんです。みんなで笑い話にして、替え歌にして、川柳にして、ギャグにしてポイしちゃいましょう!それではよろしくお願いします。

創価学会のメンタル

今日、5月10日の北朝鮮

 

 

1982年3月の第1回関西青年平和文化祭

 

もういろいろ言うまでもなく、この映像を見れば、創価学会がどんな集団かがわかりますよね。

このあいだ、創価の文化祭をテーマにしてはというご提案がありました。ここにコメントされている方も、若い時に文化祭に参加した経験のある方もいらっしゃるでしょう。私も学生部時代に大学のある地域の文化祭の組体操に参加させられました。もともと体育系ではない私は、これが嫌で嫌でたまりませんでしたが、とても「やりたくない」とは言えませんでした。今考えるとぞっとします。

はっきり言いますが、基本的に創価学会のメンタルって北朝鮮です。上の動画を見れば誰もが納得でしょう。それにしてもここまで似るか?っていうくらい同じですよね。金正恩に歓喜の涙を流しながら手を振る女性たちの姿と、イケダに向かって歓喜の涙を流して手を振る女子部や婦人部の顔つきは、どっちがどっちなんだ?っていうくらい見分けがつきません。画像が古くてボケてるからわかりそうなものですが、同じ画質だったら、両方を混ぜても全く違和感はないでしょうね。金正恩とイケダダイサクがどっちもぶくぶく太ってよく似てるんだ(笑)

創価脳から見れば「北朝鮮と一緒にするな」ってことなんでしょうけど、これどう見ても同じですよ。これ否定するには無理がありすぎるでしょ。

学会員さん、あなたがは世間一般から北朝鮮と同じ目で見られているということぐらいわかってくださいな。

皆さんも決して思い出したくない恥ずかしい文化祭参加の記憶。かつての自分がこんなだった。金正恩に熱狂している北朝鮮の人々と一つも変わらないメンタルだったということ。思い出しただけでも気を失いそうです。穴があったら入りたいとはこのことです。しかしこれは乗り越えなければならない現実なんですよね。

ここでは北朝鮮がどうだこうだの話ではありません。創価脳の姿が北朝鮮の姿と驚くほど似ているということに、学会員が気付きもしないという事実。過去の自分の経験をもとに、この創価学会員の異常なメンタルについて語ることによって、創価学会の実態を浮き彫りにしていきましょう。よろしくお願いします。

対話のできない創価脳

ブログを更新すると、およそ一週間でコメントが100を超えます。コメントが100を超えると、特にスマホでは最新のコメントにたどり着くだけでも大変ですし、100以上のコメントをすべて読むだけでもかなり大変です。なのでできるだけコメントが100になるのを目安で更新するように心がけているんですが、週一で新しいテーマというのも、なかなか続けられるものではないです(笑)。でもこのブログは皆さんからのコメントが全てだと言っていいですから、できるだけ皆さんのコメントを読みやすくすることが管理者である私の役割だと思っています。

このブログを始めてからの4年半の間に、皆さんのコメントのおかげで創価学会の実態と問題点をほぼ余すところなくあげることができたのではないかと思います。それは創価脳、創価シャッター、創価スイッチ、チョイ活などと言った言葉に集約されるように、学会員がある共通の支配された人格に仕立て上げられ、搾取されるがままになっているということが明らかになりました。

私たちは創価学会が宗教ではなく、会員からお金と時間を搾取し、会員の人生を根こそぎ奪うためだけに存在する悪質な詐欺組織だということに、自らの体験によって気がつき、やっとの思いで巧妙な洗脳から逃れ、まだ創価の本性に気づかない会員のために声を上げ続けています。

しかしそんな私たちの行動に対して、本来は私たちと同じ創価の被害者であるはずの活動家が、私たちが創価学会を悪意の中傷によって故意に攻撃している仏敵だなどといった見方しかできずに、逆に私たちからの助言を敵対視し、何の根拠も示すことができないまま感情的に罵倒しています。そんな活動家たちは、人間同士のまともな対話をする能力さえ奪われてしまっていることのもわかりました。

実際にこの4年半の間に、このブログでまともに対話ができた活動家は一人もいません。唯一白いブランコさんが途中まで対話ができていましたが、結局のところその白いブランコさんも創価に疑問を抱いたまま組織を離れることになりました。

「創価学会は正しい宗教団体だ」ということを、この4年半の間にきちんと説明できる活動家が一人も現れなかったという事実。そして私たちが再三にわたって声を上げている「創価学会は詐欺だ」ということに対して、何一つ理論的な否定をできていないという事実。そして、このブログに積み重ねられた、創価学会の恐るべき非人道的な人権侵害の事実。これらのすべてが「創価学会は詐欺だ」ということのもはや誰にも動かしがたい事実なのです。

私たちが「創価学会は詐欺だ」というのは、一つの考え方や見方ではなく、事実だということを、それを多くの創価経験者がここに書いてくださっているということを、創価学会活動家の方もいい加減認めないと、創価学会活動家は何の根拠も示すことができないまま、ただの悪あがきをしている、ただの言いがかりを言ってるだけだとしか思えませんよ。創価学会が正しい宗教団体だと思っている人が、このブログに載っている多くの人の体験談の一つひとつが、すべて何の根拠もないデマだと証明できるのであればやってみてください。それができない限りは、ここに挙げられた創価の恐るべき実態を否定することはできませんよ。yさんが依頼している弁護士にできるとでもいうんですか?まともな弁護士がわざわざそんなことをやるとでも思ってますか?(笑)

それからもう一つ動かしがたい事実は、創価学会員がどんどん減っているということが、このブログのコメントを読んだだけでもはっきりとわかります。聖教新聞紙上では、いかにも創価学会が目覚ましい発展を遂げ、世界平和の布陣を磐石にしつつあるかのように書いていますが、実態は全くその反対であって、組織の最小単位である座談会の顔ぶれは年々減少が顕著になり、新入会員はほとんどなく、わずかに残った高齢者ばかりの閉鎖的なコミュニティと化しています。この上っ面だけの偽りの組織というのが創価学会の実態でもあります。活動家や聖教新聞の売り上げの確保や選挙活動を通じての権力掌握の為に、会員は一切反論することもできないまま、まさに奴隷のように働かされ、財務という名目で使途不明のお金までも搾取され、死ぬまで利用され続けています。しかも元々は日蓮正宗の信徒団体だったにもかかわらず、破門されてからは、信仰の対象である御本尊の解釈さえ全く違ったものになっても、学会員はそのような実態に疑問すら抱くこともなく、ただひたすら自分は正しい信仰を貫いていると思い込ませれ、何が幸せなのかもわからないまま、創価以外の人間を蔑むが故に、社会からは疎まれ、腫れ物扱いにされてしまっています。

このブログに集まった声は、まぎれもない事実です。事実じゃないというなら、それを証明してみなさい。それもかつては創価学会の活動を何十年も真面目にやってきた方の動かしがたい事実なのです。しかしその事実でさえ創価脳は認めようとはしません。誰かがそう思うといった「考え」ではなく、れっきとした「事実」をさえ認めることなく、人によっては根も葉もない中傷だなどとだけを言い捨てて去っていくのが創価脳です。

このブログでは、創価の問題点に関しては既に言い尽くされていると言っていいでしょう。そしてその問題点の原因が「創価は詐欺だ」ということに学会員が気づかないということであることも明らかです。したがって、この問題を解決するには、ここで何度も繰り返し述べているように「学会員が自分で気がつくしかない」ということです。そして気付いた学会員が私たちであり、気づかないのが相変わらずの創価脳の会員だということです。逆に、自分で気付きさえすれば解決するということでもあります。「創価学会は詐欺であって、自分は騙されてきた」ということに気がつくことができれば、問題は解決へ向かいます。つまり騙されている張本人である学会員が創価学会から静かに去ることができれば、創価は存在できなくなります。創価が崩壊するためには、会員がいなくなるのが一番確実な近道だと思います。

私たちは学会員を否定したり、罵倒したり、責めているわけではありません。ましてや根も葉もない中傷で学会員を傷つけようとしているのではありません。「騙されていることに早く気がついてください」と言っているだけです。それすら理解できずに、攻撃されていると勘違いして激昂するのが創価脳であり、創価シャッターであり、創価スイッチです。そんなことはないと言いたいのであれば、きちんと対話をしましょう。どっちが正しいのかを決めるバトルをしようというのではありません。対話をしませんか?と言っているのです。このブログの「対話を求めて」というタイトルはそうした意味です。しかしながらこのブログに対話ができる活動家が一人も現れないという事実。これが創価学会員のすべてを表していると言ってもいいと思います。

ということで、今回のテーマは「対話のできない創価脳」とします。

みなさんが関わってきた学会員、あるいは今もしつこく関わってきている学会員。あるいは家族であるがゆえに関わらざるをえない学会員が、いかに対話の能力が欠落しているかという実体験のお話をしていただければと思います。よろしくお願いします。

 

家族が創価脳 2

前スレが思わぬところで脱線してしまったので、あらためて「家族が創価脳2」として、皆さんからの体験やご意見を伺うことにします。

yさんの件に関するコメントは、ひきつづき前のスレッドにお願いします。

自分は創価が詐欺だと気がついたのに、家族(恋人も含めて)が創価脳の場合は、毎日がどうしようもなく辛いですよね。一番心を許しあえる存在であるはずの家族が、詐欺に騙されているのがわかっているのに、自分の話を全く聞き入れない。聞き入れないどころか、自分を寄ってたかって悪者扱いや落伍者扱いにして憐れんだり見下したりする。血の繋がった家族なのに対話すら成り立たない。そんな創価家族は全国にたくさんいると思われます。そうやって遺族がバラバラになっていく。そして本来は個人の自由であるはずの信仰をむやみに強制してくるし、子どもが言うことを聞かないと恐怖心でいっぱいにして脅してくる。それを正義だと信じている。家族に良かれと信じて、恐ろしいことを平気でやってしまう。どんなに矛盾を指摘しても絶対に認めない。理論的に追い追い詰めると、感情をむき出しにして反抗する。全くまともな人間の行動ではありません。特に同居している家族が創価脳の場合、覚醒している自分でさえ、簡単には脱会できない状態になります。全くひどい話です。基本的人権なんてレベルの話じゃありません。家庭がマジキチの独裁国家になったようなものです。

ここではそうした現実に創価によって破壊された家族同士の人間関係のお話をしていただけたらと思います。

もちろん、毎回のテーマも、あくまで話のきっかけとしてあげているだけで、テーマに沿わない話でも大いに結構です。脱会届けを出した話。聖教新聞を断った話。選挙活動を断った話など、それぞれが創価学会を静かに去るための一歩一歩の行動を報告していただければ、もうそれだけで多くの方の励みになります。創価のことで自分と同じ悩みを抱えている人がこんなにもたくさんいるんだということがわかるだけでも、大変な勇気をもらえます。このブログは創価に物申すのではなく、創価が詐欺だと気付いた方が、静かに創価を去るために、心の整理をしていただく場所です。創価脳と不毛な議論をするつもりは全くありません。yさんの件は、行きがかり上、付き合ってあげただけです。どうせこのブログが犯罪だなんて法的に立証できるわけがありません。ただyさんが「どうしてもすっきりしないとすまない性格だから」というので、渋々付き合ってあげてるだけなんだし、多少は創価脳の愚かな実態がリアルにわかるだろうという計算はありますが、もちろんそれが目的ではありません。どうせ第二のジュンペイくんが関の山です。

ということで、ひきつづきここでは皆さんからの創価の実態がわかる体験談をお待ちしています。

よろしくお願いします。

家族が創価脳

前スレの「創価が詐欺でなくて何でしょう?」というテーマ以上のものがなかなか思いつかなくて、ついつい更新しそびれてしまいました。

「創価は詐欺」

何度も言いますが、結局はこのことに学会員が気付くか気付かないかの違いなんだなとあらためて思います。「創価は詐欺」と言い切ることが「いくらなんでもそれは違うんじゃないか?」と思える人は、まだまだ洗脳下にあると言っていいのではないでしょうか。このことは、人によっては「信教の自由が保障されている日本なんだから、内容はどうあれ、信じたい人が信じているんだから、他人がとやかく言うことではないんじゃないの?ましてや他人の信仰を詐欺だなんていうのは無責任すぎるし、人格否定でもある。それはやっちゃいけないんじゃないのか」と、一見まともそうに聞こえることを言う方もいらっしゃいます。

でもそれは一見そう見えるだけであって、その意見には決定的な間違いがあります。それは創価を宗教だという前提で考えているということです。創価が曲がりなりにも宗教であるならば、ごもっともな話です。たとえ創価に疑問を感じて非活になっている学会員にしても、基本的に創価は宗教だという前提から離れられないでいます。創価がどんなにおかしいと思っても、それは「一部の幹部がおかしくなったんだ」とか「それでも池田先生は正しい」などと、あの三人組のような思考しか出来ない完全洗脳組がたくさんいます。だからもともと騙している創価のトップは会員が貢いでくれる新聞代や財務で左団扇なんですよね。ただ人の不幸を貪り食って太ってる連中ですから、金と権力を求めるあまりに醜い派閥抗争で胆を冷やすこともあるでしょうし、いつ裏切り者が出るかわからないので、気が気じゃないだろうし、そこだけは目を光らせているんだろうと思います。

そういうカスたちと関わって自分の大切な時間やお金を浪費するのは本当に馬鹿げたことです。創価の本部職員や地方の職員も、多少のおかしさを感じながらも、まさか自分が詐欺団体の仕事をしているとは思っていないでしょう。

創価が詐欺だと気づけた人は、静かに立ち去るのが一番ですよ。まずは一も二もなく脱会する。自分が脱会することで何か問題が出てきたら、脱会してから考えて対処すればいいことではないかと思います。これだけ大きな問題を誰も傷つくことなく、何の支障もないまま、まあるく収めることができると考える方が不自然だと思います。これだけの人を操ってきた詐欺団体なんですから、それなりの覚悟は必要だと思います。例えば「盲信の親を悲しませたくないから、親が生きている間は脱会するわけにはいかない」と、創価に踏みとどまっている方もたくさんいらっしゃると思います。これはとってもわかります。しかし最近では踏みとどまれば止まるほど傷ついている自分の人生に耐える必要があるのだろうかと考えるようになりました。私の場合、父が早くに亡くなり、母も認知症でワケがわからなくなりましたから、そうした心配はしなくてよかったのですが、例えば母が今も認知症ではなくて私が脱会したことを知ったら、朝から晩まで仏壇の前で狂ったように唱題を続けたでしょう。毎日泣きはらしていたかもしれません。息子としてはそんな母親は見たくないのは当然です。両親が健在で、相変わらずの盲信者で、私が「創価は詐欺だ。脱会する」と言ったら大変なことになるだろう。でもだからといってそのままでいいのかどうか…そんなことをずっと考えてもいました。

で、私が創価は詐欺だと気がついて5年経った今だから言えることなんですが、それでも、つまり自分の親が自分のせいで悲しみにくれようとも、徹底的に親と対話を試みるべきだったのではないかということです。実際にその親はいませんから不可能ですが、私には盲信の兄夫婦がいます。兄夫婦以外の兄弟とその子どもたちや孫たちに学会員は一人もいません。兄夫婦には子どもがいないので、いずれは私の親戚から創価は一人もいなくなります。言ってみれば「ほっとけば解決する」んですが、この頃はだんだん創価脳の兄夫婦をこのまま見殺しのようなことをしていいのだろうか?という思いが強くなってきました。兄夫婦はすでに老後の生活を送っています。やることといえば兄はたまのゴルフと学会活動。兄嫁は昔からほぼ100%学会活動です。一般社会とのつながりはほとんどなく、明けても暮れても創価の空気の中で二人だけで生活していますから、どう考えても自力での覚醒のしようがありません。私が脱会したことは知っていますし、創価が原因でうつ病になって仕事にも大きな支障があったことも知っています。だから面と向かって創価のことを話題にしたことはありません。もともと仲のいい家族でしたので、特に創価のことでお互いに喧嘩をしたりいがみ合ったりしたくはないというのがわかっています。

だだ本当にそれでいいんだろうか?という思いが次第に大きくなっています。かと言って、兄夫婦に「創価は詐欺だからやめた方がいい」などと切り出しても、まともに話ができるわけがないこともよくわかります。もちろん他人だったらこんなことで悩んだりはしません。実の兄の人生を、このまま傍観している自分でいいのかという葛藤が、今になって大きくなってきたということです。

創価はすでに大きく衰退しています。現場を見れば明らかです。にもかかわらず創価の公式見解は「創価学会はいよいよ世界広布新時代へと入りました。世界が創価学会を認めることとなりました。若き青年男女が陸続とこの創価の円陣に加わっております」などと、どう考えても嘘の発表を学会員向けに行っています。現実社会では相手にされていないのに、会員にはどこまでも嘘をつき、騙し続けているのが創価学会のトップ連中です。

兄夫婦がいなくなる前に創価が崩壊するのかしないのか…できるなら今すぐにでも創価が詐欺だという社会認識が確立できれば、兄夫婦もまだ人生の最後を綺麗に締めくくることができるだろうにと思ってしまいます。それができないのであれば、私から切り出すほかないのではないか。切り出して何とかなるのだろうか。いや、何ともならなくても切り出すべきではないんだろうか…まだまだ考えはまとまりそうにありません。

創価が詐欺だと気づくことは、同時に自分の人生を否定することでもあるのですが、さらに、自分の本当の人生の幕開けなのだという希望的な解釈もできるわけです。もちろんそれは人生の早い時期であることが望ましいのですが、たとえ人生の終盤であったとしても、騙されたまま死んでいくことを考えれば、たとえわずかな時間であっても、自分の人生を自分の意思で生きたという実感を持つことの方が幸せなのではないかと、つい最近になって思えるようになりました。

どうにかして、兄との対話を持てる機会をつくれればと思っています。

考えてみれば私も創価に疑問を感じて非活になってから、創価が詐欺だと気づいて受け入れるのに10年という年月がかかりました。おそらく活動していたら一生気がつかなかったと思います。活動はそうした創価に対する疑問を打ち消してしまうということも同時にやっているわけですから、活動を続けながら覚醒するということは、よっぽどのことがない限りはないだろうと思います。

まず疑問を持つこと。もちろんそれがなければ死ぬまで創価脳です。その疑問をごまかさずに、自分で徹底的に調べ考えること。と同時に活動はしないことが大事です。覚醒の第一歩はそこから始まると思います。活動家が非活になろうとすると、周りの学会員が黙ってはいません。おだてて、すかして、泣き落とし、それでもダメだったら脅しまくり、それでもダメだと見下し罵倒しキチガイ扱いされます。でもそこまでされると創価が確かに間違いだったと気づくことができます。最後は、それまでの自分の人生が「騙されていた」ものだったということを、きちんと受け止めることができる自分を確立すること。これが一番辛いです。これができないばっかりに、チョイ活などといった御都合主義の傲慢なだけの人間になってしまいます。

チョイ活は、毎日活動を続けている真面目な学会員を小馬鹿にしながら「自分はそこいらのバカ会員とは違って創価をも利用している優秀な人間だ」とばかりに自慢してきます。アンチサイトに顔を出してはそんな素っ頓狂な自慢話をして俺が俺がとふんぞり返っているんですね。そういうチョイ活というのは実際のところは創価内でも役立たずの腫れもの扱いで、適当にあしらわれているんですが、そんなことすら気づかないで、一人でいい気になっているんです。そんなチョイ活でも、やっぱり創価の教義は正しいと思っている。というか日蓮の教義や題目に力があると思ってるようです。逆を言えば、そういうことにしておかないと、自分も詐欺に騙されているということを認めなくてはいかなくなるからです。だから同じ学会員をバカにしていても、創価や日蓮を詐欺呼ばわりされると自分がバカにされたような気になって創価スイッチが入るんだろうなと思います。結局はそういうチョイ活も、創価トップに踊らされているカモだということに気がつかないんですよ。創価トップにとってはバリ活だけがありがたいんじゃない。バリ活もユル活も非活だっていなければバリ活の闘志を鼓舞できませんからね。トップにしてみればチョイ活も大事なカモです。だってネット上の創価批判に対して目の色変えて戦ってくれますからね。しかも頼みもしないのにタダでやってくれるし。

話が長くなりました。すみません。

「もともと創価は詐欺だった」これが理解できない限り、というか、これを認められない限りは、覚醒したとは言えないでしょうね。でもそれは同時にそれまでの自分の人生を否定することにもなるので、そこのハードルが高いと、どうしても「創価=自分の人生」から脱皮できないんだと思います。兄夫婦に「創価は詐欺だ」と受け入れさせるということは、同時に兄夫婦の人生は間違いだった。これまでやってきた学会活動も財務もみんな騙されてやらされていたことだった。世界平和に貢献などしていなかった。ということを受け入れさせるということです。果たして人間は70 歳近くになって、そんなことができるのだろうか。もういくらもない人生の時点で、これまでの自分の人生を否定できるものなのかどうか、そしてそれを弟の口から告げられることがどれほどのことなのか、私にも想像つきません。

いうことで、今回のテーマは「家族が創価脳」とさせていただきます。

親が、兄弟が、夫が、妻が、恋人が創価脳であるが故の悩みは尽きません。もうこれだけでも大きな社会問題ですよ。家族に一人創価脳がいるだけで、家族はなんともおかしなことになります。逆に自分以外全員創価脳という恐ろしいこともあります。まるで映画「ローズマリーの赤ちゃん」状態です。

家族や恋人に創価脳がいる。なかなかこの悩みを打ち明ける相手はいません。創価を知らない外部の人にはなかなか理解してもらえないこともあって、一人で抱え込んで精神のバランスを壊したりする人もたくさんいるようです。この場で家族や恋人が創価脳であることで、どんなに生き辛い思いをしているのか、皆さんに知っていただくことで、気持ちを軽くして、これからのことをみんなで考えていきましょう!よろしくお願いします。

かなりシビアなテーマなので暗くなりがちですが、こんな時こそ替え歌や川柳なんかで楽しく吹っ飛ばしていきましょうね!

とりあえず私から。

ユーミンの歌で「恋人がサンタクロース」という歌がありましたが

「恋人が創価脳」

昔つきあってた素敵な彼氏は

デートの途中で私に言いましました

「昨日センセーが埼玉にやってきましました」

違うよそれは聖教新聞だけのお話

そういう私にウインクして

「でもね信心すれば君もわかるよそのうちに」

恋人が創価脳

本当の創価脳常識を追い越して

恋人が創価脳

マジキチの創価脳信濃の街から来ましました

 

あれからいくつ冬がめぐり来たでしょう

今も彼氏を思い出すけど

ある日座談会へと私を連れだしましました

「そうよこれを拝めば

君もきっと分かるはず」

恋人が創価脳

本当の創価脳カラーコピー拝んで

恋人が創価脳

ダミ声で題目お数珠を鳴らして

 

恋人が創価脳

本当の創価脳仏壇抱えて

恋人が創価脳

世間知らずの創価脳信濃の街から来ます

 

そこで一句

SGIよくよく見ればS(サ)GI(ギ)団体

 

 

 

 

 

創価が詐欺でなくて何でしょう?

創価学会新三大秘法「創価脳」「創価シャッター」「創価スイッチ」につづいて、前スレでモニカさんがおっしゃった「チョイス学会員」という言葉が定着しそうですね(笑)

チョイス学会員というのは、めんどくさい学会活動はしないで、「世界で唯一の正しい宗教を知ってるオレって素敵だろ」って悦に入ってるだけなんですよね。彼らにとってはもうそれだけで満足なんです。真面目な学会員とは違って、自分の都合のいいようにやるだけだから、辛い思いもしないし、理不尽なことも言われないから創価自体に対して疑問も持たない。さほど組織からも期待されていないし、されても困るから深追いはしない。だから例えば「公明党のやってることはおかしいと思うから支援しないと意思表示のできるオレってかっこいい」って、やはり自分に酔ってる。学会員というより単なる「自分教」なんでしょう。でも実際は創価からいいように飼い慣らされていることに気づいていない。創価にとっては公明党を支持しなくても新聞取ったり座談会に出て来ればそれでOKなんですよ。自分に酔いたいがために学会員のふりをしているチョイス学会員。騙されていることに気づいていないという意味ではバリ活学会員と同じです。

真面目な学会員だったら、上からの指導の通り「ネットはデマ」というのを信じてネット上にいくらでもある創価の批判なんか見ないでしょうし、そんな暇も余裕も気力もなくなるほど活動させられていますからね。チョイス学会員は面倒な活動はしませんからネットを見る暇も余裕もある。でもそれはそれで創価の手の内なんですよね。それぞれに桜梅桃李で(笑)創価に貢いでくれれば創価としてはしてやったりなんですよ。別にみんながみんな同じように信じ込んで、同じように高額財務をさせようとしてるんじゃない。それぞれに騙されてくれればそれでOK。バリ活もいればユル活もいれば非活もいて、非活をどうやってユル活にしていくか、ユル活をどうやってバリ活にしていくかという課題(使命とたぶらかされる)を与えて、一部が超バリ活になってくれればそれでいいんですよ。そうした構図が崩れない限りは、毎年莫大な財務が組織の頂点に転がり込んでくる。そこそこアンチも混ざった方が全体のガス抜きにもなっていいんでしょう。みんな結局騙されてるってことです。どんな形であれ創価に関わってるということは、詐欺団体創価を支援してるってことになるんです。チョイス学会員もいいように騙されていて、ただただそのことに気がつかないだけです。

だからこそ「静かに創価を去ること」。これがいちばん創価崩壊への道なんだと思います。創価の悪事を世間に暴いて大騒ぎしても、大した効果はありません。騙される人はそんな批判は見向きもしません。いくらかはそれで気づく人がいるのは確かでしょうし、これまでも結構な人たちが暴露本を出版したり裁判を起こしてきましたが、それでも創価はこの通りまだまだのさばっています。いちばんいいのは何も言わずに去ることです。なんだかんだ言う前に、きっぱりと縁を切ること。何を言われようがさっさと脱会届けを提出して、あとは一切関わらないことです。

ホントいうと、本人が脱会の意思を示したら、その時点で創価学会員ではありません。それ以降に学会員の話を聞く義務なんてないんです。日本は信教の自由を保障されている国です。脱会宣言した時点で、それ以降に学会員が活動を強要してきたら訴えられます。もうその時点で家庭訪問ではなく、押し売りと同じです。相手にする必要はないんです。

でも相手は「良かれと思って」あるいは「自分に功徳がある」と思ってやってきますからタチが悪いんですよね。また、親や妻や夫や兄弟がバリ活である場合がいちばんやっかいです。自分のためを思って言ってくれていることがわかりますから余計に辛い。身内だと波風立てたくない。それもよくわかります。

ただ学会員は家族といえども個人の思想信条について強要することが、どれだけ人権を無視していることかなんて思ってもいません。思えないように周到に洗脳しています。せめてそのことが問題であるというところまで共有できればいいのですが、やはりそうした話が通用しないように「創価学会新三大秘法(笑)」があるんですね。

まず自分が正しいとしか思えない「創価脳」。人の話は聞く価値などないと思っている「創価シャッター」。そして批判されるとすぐに切れる「創価スイッチ」。見事なものです。こんな人が一人でも家族にいるだけで憂鬱ですよね。ましてや自分以外の家族や親類縁者がみんなこれだとホントうんざりです。私の若い頃もそうでしたが、いつの間にか私の周りの親類縁者で創価脳は兄夫婦の二人だけになりました。あとはみんな脱会したか、歳とって亡くなったかです。まさに創価学会衰退の縮図のようなものでしょう。

今の創価学会は、かつてと比較して明らかに衰退しています。学会員にとっていちばん身近な座談会の顔ぶれを見れば明らかですし、地区も合併統合しないと座談会さえ開けないという状況です。たとえ開けたとしても、そこにいるのは年老いた昔からの学会員ばかりで、新しい会員などほとんどいません。
創価学会は日に々に衰退している。
この事実を知らないのは真面目な学会員だけ。
いや、薄々感じてはいるが「世界広布新時代」などと聖教新聞には海外メンバーの笑顔の写真などが載っているのを見て、衰退しているのは自分の地区だけなんだと思い込んでいる。聖教新聞とは会員のプロパガンダと金儲けのためのツールでしかありません。新聞も座談会も選挙活動もみんな「創価脳」「創価シャッター」「創価スイッチ」を併せ持つバリ活学会員を作り出すためのツールです。そしてバリ活にはならなくても、ユル活、非活、チョイス学会員をキープしておくためのツールなんです。結局、学会員であるということは騙され続けるということです。

私はこのブログを通じて「創価が詐欺だと気づいてください」と訴えてきました。そしてそのことを共感できる方からの毎日何千というアクセスがあります。創価が詐欺でなかったら、このブログは誰も見向きもしないでしょう。

「創価が詐欺だとはいくら何でも言い過ぎだ」と思っている方、それでは創価が詐欺でなかったら一体何なんですか?

一体創価のどこが宗教ですか?

誰のための宗教ですか?

誰が幸せになっていましますか?

幸せだと勘違いしている学会員はいくらでもいますが、その幸せだと思い込んでいる実態について、このブログでは多くの方が語ってくれています。これを読んだ後で、それでも創価は正しい宗教だと思えるのであれば何も言うことはありません。ここでそのことを議論する気はありません。自分で考えて、自分で答えを出せばいいだけの話です。

ということで、今回のテーマは「創価が詐欺でなくて何でしょう?」ということにします。

私が創価が詐欺団体だと気づいてから、このブログを立ち上げて訴え続けてきました。先ほども書きましたように「いくら何でも詐欺とは言い過ぎだろ」と思われている方が多いのもわかります。実際に私も10年間はそう思っていました。でもそれも違いました。創価は詐欺です。人間をボロ布のようになるまで搾取し続ける悪魔のような詐欺集団です。「おいおい、そこまで言うか?」って思う人は、まだまだ洗脳から抜け出せていません。ましてや「創価も悪いことばかりじゃない」なんて思うこと自体、完全に洗脳されています。「創価も悪いことばかりじゃない」と思わせることも詐欺の手口の一つなのですから。創価学会員にとって、「創価はいいなあ」と思うのは、会員同士のつながりであって、創価自体がどのような構造で会員からお金や労働力を搾取しているかなんて興味すら持てないようにしています。財務の収支を一切公表しないことに何の疑問も持たないのは、その証拠の一つでしょうし、公明党の支援活動と信仰に何の関係があるのかについて疑問を持つどころか「票を取るのが一番功徳がある」と言われて信じてしまっているということも、普通なら考えられないことです。

「創価が詐欺でなくて何でしょう?」

ちろん結論は創価は詐欺だということです。

このテーマは、ほんの少しでも創価が宗教だと思い込んでいる人に、よ〜く考えてもらいたいなという思いからです。あるいは、まだ創価学会員である(であった)自分を肯定したい気持ちが残っている方に、もうきっぱりと「創価は詐欺で、自分は騙されていた」という現実をしっかりと受け止めていただきたくてテーマとしました。私自身の体験から、このことを自分で認め切れるかどうかが覚醒できるかどうかの分かれ道なんじゃないかと思ったからです。どんなに創価がおかしいと思えても、自分のそれまでの創価人生を間違いだったと認めきれないのがチョイス学会員だし、私自身が10年間もそこから抜け出せなかったという苦い経験から出たものです。

「創価にもいいところはある」などと、創価にいいように騙されてきたみなさん。勇気を振り絞ってその現実を直視しましょう。その辛い現実に向き合いましょう。そうしなければ、いつまでたっても創価の魔の手は忍び寄ってきます。現実を直視して、創価という詐欺と完全に決別して、これからの自分の人生を考えましょうよ。

私はなぜ覚醒できたのか?

前のスレッドで、キリコさんから下記の通りご提案がありました。

>今回はスレッドのテーマの提案に出てきました。例えばこんなタイトルはどうでしょうか?
「私はなぜ覚醒できたのか?」学会やその組織について矛盾や疑問を感じてはいても覚醒する人としない人とがいます。この違いはいったい何によるのでしょうか?様々な要因があって一口に語れるものではないとは思いますが、自分はなぜ覚醒できたのか、自分の中の何が覚醒へとつながったのかを考えてみるのもおもしろいのではないかと考えます。

本当に素晴らしいテーマですね。ありがとうございます!

このブログには、次々と創価が詐欺団体だと気付いた方がコメントをしてくれています。つまり世界で唯一正しい宗教だと思い込んできたところが、何かのきっかけによって、実は創価学会は宗教でも何でもないただの詐欺団体だったということに気がつく瞬間があったはずです。すでに多くの方がそれについて語っていただいてはいますが、ここであらためて「私はなぜ覚醒できたのか?」ということを考えたり、他の方が覚醒したきっかけが何だったのかを知ることは、まだ何となくモヤモヤしている人にとっては、とても参考になるのではないかと思います。いったん気がつけばなんて事のないインチキ宗教なのに、どうして今まで気がつかなかったのだろう?という疑問もあるだろうし、自分にとっての覚醒の瞬間が何だったのかということを、はっきりさせることは、覚醒後も様々な問題を抱えることになっている方にとっても、明確な指標となるのではないでしょうか。創価が詐欺だと気付いたからといって、そして創価と縁を切ったからといって、すぐにバラ色に人生が待っているわけではありません。確かに今までのように金品を搾取されたり大切な時間を奪われたりすることは無くなりますが、それまでに失ったものを取り返すことは簡単なことではありません。それは人間関係であったり、自分の青春であったり、大切な人であったり、あるいは実際に家族を失ったりしたことなど、もう取り返しのつかないことも多いでしょう。しかし「私はなぜ覚醒できたのか?」ということを自分の中心に明確に打ち立てることで、そして決してそれを忘れないということは、これから生きて行く上でとても大切なことなんだと思います。私もあらためて考えてみたいと思います。皆さんもあらためて考えてみてください。