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特集

2016年5月31日(火)

天安門事件から27年 民主化運動の拠点・香港の劇団の模索

 
放送した内容をご覧いただけます

田中
「中国で民主化を求める学生たちが、武力で鎮圧された天安門事件。
大勢の死傷者を出したあの日から、まもなく27年を迎えます。
今日(30日)の特集は、事件の記憶が薄れる中、揺れる香港の新たな動きを見つめます。」



児林
「事件は一部の学生の『暴乱』だとして、報道を固く禁じてきた中国政府。

これに対し、言論の自由が認められた香港では、市民団体が毎年欠かさず追悼式を行い、中国政府に対し、事件の評価の見直しや中国の民主化を訴えてきました。」

田中
「香港には、この天安門事件の民主化運動を象徴するような記念館があります。
そこに香港支局の吉岡記者がいます。
吉岡さん、この記念館、どんな場所なのでしょうか?」

吉岡拓馬記者(香港支局)
「天安門事件は、発生した6月4日にちなんで、こちらでは『六四』と呼ばれます。
ここは中国で唯一の天安門事件の記念館です。
一昨年(2014年)4月、香港の繁華街の雑居ビルの中にオープンしました。


入るとすぐに、たくさんの写真や当日の新聞記事などを使って、事件に至るまでの詳しい記録が記されています。
これまでの来場者数は、およそ2万2,000人。
やってくるのは地元の人たちだけではありません。
香港を観光などで訪れた中国本土の人たちが全体の20%余りを占めるということなんです。


こちら、ご紹介したいコーナーがあります。
遺族から提供を受けた遺品を展示するコーナーです。




犠牲となった学生があの日の夜に身につけていたヘルメットです。
銃弾が貫通した跡が、生々しく残っています。




このほかにも、犠牲となった若者がしたためた遺書や、身につけていたカメラや時計なども紹介されています。」

児林
「こうして見てみますと、命をかけた現場だったんだということを感じますね。」

吉岡記者
「そうですね、まさにこういうものに実際に触れることで、その当時のことを実感できるという印象を受けました。
ご覧のように香港は、中国本土における民主化運動の拠点であり続けてきましたが、このところ大きな変化にさらされています。
事件の記憶を風化させまいと取り組む、市民劇団を取材しました。」

香港の若者たちに響け 事件伝える市民劇団

リポート:吉岡拓馬記者(香港支局)

“ファシズムに反対!”





“大丈夫か!”

“どうして人民の政府が人民を殺すの!!”




27年前、北京の天安門広場周辺で起きた悲劇の一場面。
民主化を求める学生や市民を、軍が武力で抑え込む様子を伝える劇です。
当時の学生の証言など、実話を基に作られました。
毎年6月4日の前の2か月間に上演される、期間限定の舞台。


プロデューサーを務める、張家弘(ちょう・かこう)さん、35歳です。
高校生の時、天安門事件の追悼集会に参加したのをきっかけに、7年前、市民の有志による劇団を立ち上げました。



劇団のプロデューサー 張家弘さん
「事件は教科書に載っていません。
事件後に生まれた若者に、真相を知らせたいと思ったのです。」



ところが今、この舞台の存続が危ぶまれる事態が起きています。

中学校や高校から依頼を受けて上演されてきた舞台。
去年(2015年)は38校からの依頼がありましたが、今年(2016年)は28校と、3割近く減ってしまいました。




その背景にあるとみられているのが、中国共産党に批判的な本を扱う香港の書店関係者の失踪問題です。
この報道の直後、常連だった学校が上演をキャンセル。
政治的に敏感な話題を避けようという学校が増えているというのです。


さらに、若い世代の関心も薄れています。
追悼集会に毎年参加してきた、大学や専門学校の学生団体。
今年は参加をとりやめると表明しました。


学生団体の代表
「天安門事件は別世界の出来事です。
我々が追悼にこだわる必要はあるのでしょうか?」



みずからを「香港人」と考え、中国に反発する学生たち。
中国の民主化に、香港市民が取り組む必要はないとの考えが広まっているのです。

劇団のプロデューサー 張家弘さん
「香港の若者たちは、中国の民主化は自分に関係ないと考えています。
関心があるのは香港のことだけです。」



こうした事態に危機感を強める張さん。
若者の心をつかみたいと、舞台に新たな演目を作ることにしました。

一昨年、香港の学生たちが民主的な選挙を求めて起こした「雨傘運動」を盛り込むことにしたのです。





登場するのは、中国本土から親戚がいる香港を訪ねた女性。
そのとき「雨傘運動」が起きました。
女性は、デモに参加する親戚の息子を止めようとします。
実はこの女性、天安門事件で娘を亡くしていたのです。
しかし、事件に関わったと知られると批判されるため、事実を隠して生きてきました。

“私は20年以上、ずっと考えてきたのよ。
あの日の夜、娘を何とか止めることができたら…。”




27年前の回想シーンが始まります。
中国の民主化を求め、自分たちが立ち上がらなければと理想に燃える娘を、女性は必死で止めようとしました。



“行かないで!”


“そんな自分勝手では、この国は救えないわ!”


母を振り切り、群衆の中へ飛び込んでいった娘。
自由を求める若者の気持ちは、当時も今も変わらない。
天安門事件と、今の香港とを重ね合わせるシーンです。



観客
「民主主義や自由のために犠牲になった人がいたことに、心が震えました。」




この日、舞台に招かれたのは、雨傘運動を主導した当時の学生団体のリーダーたち。
予想を超える反応を示しました。




学生団体の元リーダー 周永康さん
「感動して涙がこぼれそうになりました。
天安門事件の記憶に教訓を得て、今後の活動に生かしたいです。」



確かな手応えを感じた張さんは、聴衆にこう語りかけました。

劇団のプロデューサー 張家弘さん
「“時代遅れ”とも言われますが、天安門事件は、私たちが香港のあり方に関心を持つきっかけになっている。
だからこそ語り継ぐ必要があるのです。」



遠ざかる事件の記憶を、どう次の世代に残していくか。
新たな模索が始まっています。


中国政府の圧力は?

田中
「今のリポートを見て、中国からの圧力というのが気になったのですが、香港にいて実際にどのように感じますか?」

吉岡記者
「中国政府は、1国2制度を堅持すると繰り返していて、直接的な圧力は見受けられません。

しかし、この記念館、ビルの管理組合から『建物の利用規約に違反する』として提訴され、今年中に閉館することになりました。
この提訴を主導した人物の親族に、中国共産党に近い人物がいると伝えられまして、政治的な動きだという見方もあります。
運営団体は、記念館を別の場所に移す考えですが、そのめどはたっていません。
ほかにも、失踪した香港の書店関係者のうち、今も2人が中国本土で拘束されているとみられています。
また、『雨傘運動」を支援したとして、中国本土で人権活動家4人が先月(4月)、実刑判決を受けています。
とある民主派の人は、『見えざる手によって締め付けられつつある』と表現しています。」


今後 どう活動?

児林
「そうして締めつけのようなものが意識される中でも、こうした、天安門事件を伝えるといった活動は続けていくんでしょうか?」

吉岡記者
「かたちは変わっても、事件を後世に残そうという活動は続いていくと思います。

『天安門事件で中国政府がとった対応は正しかったか?』と問う質問に対して、『正しかった』と答える市民は10%余り、『間違っていた』と答える市民は60%余りと、この割合は過去20年間、大きくは変わっていません。
ただ『香港から中国の民主化を成し遂げる』というかつての勢いは、弱まりつつあります。
香港で天安門事件の記憶が薄れれば、中国全土で事件は忘れ去られてしまう。
こうした危機感を抱く人々の活動は、今、正念場を迎えています。」

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