世界的に見ても、日本人は謙虚で真面目というイメージがありますよね。特に誰かに誉められると、
「いえいえ、そんなことないです。」
「私なんてぜんぜん!」
と、とりあえず謙遜しておくことが常識的な大人のマナーのようになっている傾向が強いように見えます。
でも、せっかく相手が誉めてくれたり、気持ちを伝えてくれているのに、否定語で謙遜する・・。これって逆に失礼なんじゃないかな、と思うこともあります。
自己否定、謙遜を強要する雰囲気
私はある時期まで人に「かわいいね。綺麗だね」と言われたら、「そんなことないです。でも、ありがとう(ございます)(*´ω`*)」と返していました。
その内、「ありがとうございます(*´ω`*)」だけになりました。
さらに、だんだんそれも面倒になり、親しい人には、「かわいいね」→「うん(^ω^)」とだけ返すようにしていました。
相手は「あれ?そこで普通はうんって言わないんだけど・・(;・∀・)」といじってくれますし、変な空気にもなりません。
それに自分からすると、誉め言葉じゃなくて、ただ思ったことをそのまま伝えてくれているだけなのかもしれないから、うん、でいいよね(´・ω・)という気持ちでした。
誉め言葉を素直に受け取ると反感を買う
でも、親しくない人にそんな対応をしたらどえらい反感を買うことがわかっていました。
そんなに親しくない人から突然「自分のこと可愛いと思ってるでしょ?」とチクっと言われることがありましたし、そういう人には、「ありがとう」という対応はやめて、逆に
「ぜんぜんそんなことないです~(; >д<)最近足がぶよってきてやばくって」
「目小さいし!」などと謙遜+自己卑下感を出して応えていました。
すると、「それ嫌み?小さかねぇだろ(-公-)」とひきつった顔でさらに返されます。
つまり相手にとっては、程々に嫌みなく謙遜し、自虐してくれる程度であれば許すけれど、誉め言葉をそのまま受け取ったり、認めたりするのはカチンとくる、というわけです。
自分のこと可愛い(カッコイイ)と思ってる?は愚問
美人やイケメンに、「自分のことかわいい(かっこいい)と思ってるでしょ?」と聞くのは愚問です。
思ってるに決まっているからです。普段から挨拶程度に数えきれない回数、外見を誉められているはずです。
外見的なことはわかりやすいので、初対面でも気軽に誉めやすいのです。洋服のセンスを褒めると同じようなものです。
美人、イケメンはたとえ他の部分で自信がないとしても、外見に関してはイケてるって絶対思っています。東大生に自分頭いいと思ってる?なんて質問したら、ただのイヤミですよね。同じようなものです。
彼女ら(彼ら)が謙遜するのはリップサービスだと思っておいておいたほうがいいです。
謙遜や自己否定の美徳という周囲の期待に応えるために、あえて自分の魅力に気づいていないポーズをとっているだけです。
自己卑下や過度の謙遜は美しくない
自虐ネタで好感度をあげようとしたり、誉め言葉をあえて否定で返すなんて面倒なことは、もうやめてもいいのではないかと思います。
過度な謙遜は美しくないし、褒めた側も(嫉妬していなければ)なんだかテンションが落ちます。素直に受け取って、せめて「ありがとうございます」だけでもOKじゃないでしょうか。
お返しみたいに、相手を褒め返したり、謙遜して否定語を使うのは、なんだかバカらしいように感じます。
挨拶代わりに褒めない、気に食わないなら近づかない
チッと思いながら褒めても、顔や言葉に針が生えているのを相手は感じとります。
ひどい時は、羨んでいる相手の自信を奪おうと、「外見だけで中身がない」とか「性格に問題がある」「知性が大事」など、遠回しにチクリと毒を刺すような光景もよく見かけます。
嫉妬心を持ちながら相手を褒めるのではなく、純粋に素敵だと思った時だけ気軽に褒めればいいと思います。
過度な謙遜や自己否定を求めるような風潮は日本人の嫉妬深さを助長する
ですので、挨拶がわりに褒めたり、逆に悔しいから近づく、という行為を褒める側がやめること、それが過度の謙遜、自己否定の美徳という空気を追い払う鍵だと思います。
自己否定や過度の謙遜は本人の問題だけではなく、周囲が圧力をかけているから起きるのだと思います。
今回はわかりやすい例として容姿について書きましたが、他の分野(金銭、学歴、仕事)等でも同じことが言えます。褒められている人もなんだか大変そうです。
まとめ
謙遜や自己卑下を周囲が求める文化はもうダサいです。