2016-05-31

母親失格

小学生の娘との何気ない会話で突然、

「痛いのとかいやだから死にたくないだけで、

痛くないんなら別にもう死んでいい」

みたいなことを言われた。

小学生で死にたいって。

娘がそんな気持ちになるほど、

生きることにつらさを感じていること。

自分のような者が母になってしまったことに最大級の罪を感じる。


自分も、小学生の時から、楽に死ねるものなら今すぐ死にたいと思っていた。

人に馴染めず、劣等感のかたまりで、生きているだけで周りに迷惑をかけていると感じていた。

今でも、困った問題がある度に、

ここで自分が死ねば解決するだろうかと妄想にふけってしまう。



実際、自殺したら地獄に落ちるとか、

生まれ変わって来世で苦労するとか、

そういう宗教的なもので自殺を踏みとどまる人も多いと思うが、

自分は信じていない。



人より劣る自分が、

恥ずかしいとか、

情けないとか、

申し訳ないとか、

あと、痛みとか苦しみとか、

そういう生きづらさを感じずに済むことにただ憧れる。



正直、死にたくない人の気持ちがわからない。

もしも死後の世界とかがないとして、

苦しまず楽に死ねるとしたら、

それでも死にたくないと思えるものなのだろうか?



夫に出会う前、自分は結婚とかしたくないと思っていた。

生きていたのはただ、

親を悲しませたくなかっただけ。

親が死んでから自殺しようと思っていた。


そう思っていたけど…

夫に出合い、優しくされ、

この人を困らせたくない、

優しさに応えたい、

がんばって人並みになって、

この人を喜ばせたい…

この人と一緒なら自分は変われるのではないか…

そう思ってしまった。



それでも結婚前に何度か別れを申し出たのだが、

「がんばればなんとかなる!」

夫はどこまでも前向きという名の能天気人間だった。




今となっては、そういった類いの正義感や優しさに、

憤りさえ感じる。

人生から逃げようとすれば引き留めて助けるくせに、

なんとかがんばって無難に過ごしていれば無関心で関わらない。



死にたがる人を救っているように見えて、

実は逃げ道を塞いでいるだけで、

問題の解決については他人事。

がんばればなんとかなるとか言って、

がんばってなんともならなくても所詮他人事。




娘が問題行動を起こしたり、

全面的に困った雰囲気の時だけ父親ぶって協力しても、

何気ない日常にはいつも不在。

ただでさえ仕事でいつもいないのに、

仕事が休みでもひとりで遊びにでかけてしまう夫。

結局は娘はほとんどの時間を私と過ごしてきた。




もちろん、

娘のためによい母になろうと努力はしてる。

回避性人格障害とか、

対人恐怖症ではないかと思う自分を克服できたと感じている。

だけどやはりなにかが人と違う…

それがなんなのかよくわからないけど、

生きづらさがなくならない。

そういうちょっとした世間とのズレが、

娘にまで生きづらさを感じさせてしまっているのだと思う。


いつかこうなる覚悟はできていた。

私が返した言葉は、

「あなたが死んだらつらいのは自分じゃなくて周りだから。

死なれるとつらい。

誰か一人でも、つらい気持ちにさせたくない人がいるなら、その人のために生きて。」

その時は納得してくれた様子で、何気ない会話で終わった。



ただ、このまま生きていて娘が幸せを感じられる日が来るか正直まったく自信がない。

娘はADHDと診断されており、痛みに弱く、ストレスに耐性がない。

何事にもがまんができない。

他人から見れば、なんてワガママな子と見えるかもしれない。

人と話すことを極度に恥ずかしがり、

学校に行くのをいやがっている。




またあるときの会話では、

「私は子供なんて産まない。結婚なんかしない。」と言っていた。

私はそれでもいいと思う。

さらに言えば、

いつか娘が本当に死んでしまいたいと思う日が来るのならば、

自殺したってかまわない、と、思っている。

ただ、苦しまずに楽に死ねる方法があるのなら、だが。

娘には、苦しんでほしくない。

ただ、わがまま放題に生きてほしいわけでもない。



助けが必要な自分を悲観したりせず、

上手に人に助けを求められるようになってほしい、

周りからの助けに感謝できる人になってほしいと願う。



娘が社会に馴染めるよう、全力を尽くしたい。

学校、児童相談所、病院、適応指導教室、カウンセラー、

思い付くだけの関連施設に相談を持ちかけて、

行き着いた方法がペアレントトレーニングであり、

地道に適切な対応を続けていくしかないと思っている。



ただ、あまりにも娘のわがままが収まらないとき、

本当にこの子が自分から社会に出られる日が来るだろうか、

社会に受け入れられる人物になるだろうかと不安になる。



つくづく、自分が結婚さえしなければと後悔する。

口がさけても娘には言えない本音。

娘に生きることのすばらしさ、正論を説きながら、

心の内では死に憧れている。



私のような心の弱い人間は、

すぐに他人に流される。

いくら独身の誓いを立てたところで、

優しくされれば心折れる。

子供を生んで不幸にするくらいなら、

やはり親に気遣いなどせず、早く死んでおけばよかったのかもしれない。

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