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なぜ都庁記者クラブの記者たちは「舛添都知事」の悪事に気づかなかったのか

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2つ目の問題はもう少し巧妙で根深い。会見で中途半端な質疑応答に終始した「宛名なしの領収書」である。釈明会見ではそれが意味する背景に突っ込んだ質問がなかったおかげで、舛添知事は言葉巧みに言い逃れたかに見える。

しかし筆者には、この説明のくだりで舛添知事は墓穴を掘ったとしか思えない。

大袈裟な身振り手振りで舛添知事が釈明した要点を意訳すれば、こういう話だ。

○公費と私費、2つの箱がある。あらかじめ会計責任者には自分のポケットマネーで20万~30万円を渡している。
○領収書を渡して、私費はそのプール金から支払われる。プール金の残額が少なくなれば自分が補填する。
○領収書には宛名がないものもあるため、会計責任者が判断をミスって、私的なものも公的な使途として記載処理することがある。
○自分は彼を責めようとは思わない。今後は誤解を招かぬよう、政治資金に精通した専門家に頼んでチェックをお願いしようと思っている。

驚くべき釈明だ。しかも狡猾に過ぎる。舛添氏は、国会議員・厚労相を経て新党を立ち上げ、現在の東京都知事に就いた政治の専門家なのだ。その専門家が、「自分の私費を公費として処理したのは会計責任者の判断ミス」「領収書の公私判断は今後、政治資金の専門家に委ねる」と言っているのである。

他者に無言で“実行犯”強いるシステム

領収書の使途が私費か公費かは、使った本人が一番よく分かっているはずだ。支払い代行が同行の秘書であれば、それを私費とする旨を秘書に命じればすむことであり、領収書に宛名の記載を求めれば、店は必ず手書きの領収書をその場で発行する。会計責任者は領収書で使途の公私を判別するのだから、宛名入りの領収書を渡せば公私振り分けの判別も容易であり、さらに言えば、判断責任の所在を曖昧にする「プール金システム」などはやめて、会計に回す領収書は公費のみとすればよい。

しかし実は、この「曖昧な判断責任」が問題なのである。舛添氏の政治団体「グローバルネットワーク研究会」「泰山会の政治資金」「新党改革比例区第4支部の政治資金」の各々の収支報告書には、いずれの会計責任者にも「野口英伍」という氏名が記載されている。組織の権力者が持ち帰った領収書に宛名が記されていなければ、それを渡された会計係は何かを暗示されたように感じがちだ。

「暗示」とは、物事を明確には示さず、手がかりを与えてそれとなく知らせることである。舛添知事が野口氏に渡した宛名なしの領収書には、「私費であっても極力、上手に公費として処理せよ」との含みがあったことは想像に難くない。舛添問題でこれが危ういのは、公職者による税金の使い込み=公金横領に直結するからである。

この「暗示含みで他者に“実行犯”となることを無言で強いるシステム」は、世の中に蔓延している。舛添問題だけでなく、永田町でも昔からの常套手段だ。今回のように収支報告書等の記載事実を「動かぬ証拠」として突き付けられても、「自分は知らなかった」「担当者のミス」「事務所の不手際」と言い張れるのは、実際に使途の公私を振り分け(判断)して記載処理(実行)したのが自分ではないからである。

政治家に限らず、老獪な上司は手下に責任を転嫁するために、不都合な決定の場面をあらかじめ曖昧にしておく術を心得ている。会計責任者はその“実行犯”となりがちだ。その能力に不都合や不備・不足を感じて、権力者が「今後は政治資金に詳しい専門家に判断を委ねる」と言ったとすれば、それは「私費を公費に化けさせる専門家を雇って、今後は証拠を残さぬようにする」と公言しているようなものだ。これでは、税金の無駄遣いをするための人材を雇って、さらなる税金の無駄遣いを生むことになりかねない。

だが、こうした巧妙で狡猾な責任転嫁は、部下に暗示する“確信犯”としての権力者に対する断罪だけで減らすことは難しい。なぜなら、前述の記者クラブに見られるような「軋轢の回避」が、組織の上下関係にも蔓延しているため、暗示された側がいつも腰砕けで、唯々諾々と暗示に従いがちだからである。

その結果、いつのまにか「そういう対応こそが自分の職責」と思い込まされてしまう。少なくとも何らかの専門職には、自らの職責に反する命令に対しては、それが明示か暗示かを問わず、己の職責確認を命令者に対して問う、という形での反論・主張の仕方がある。法に則った適切な会計も、権力監視を全うする報道も、求められているのはプロとしての毅然とした態度である。

「何事もオトナの対応が必要」などと言っていたら、世の中は公金横領や贈収賄だらけになってしまう。

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