イランのうらぶれた首都テヘランでは、車があふれる薄汚れた道路の上に新しいポスターが貼られている。黒いターバンを巻き、難しそうな顔をした最高指導者ハメネイ師の横で「抵抗経済」の美徳を訴える言葉が躍る。どうやら欧米諸国と対立し孤立した時代と決別する気はないようだ。
■制裁正式解除後、石油輸出が6割増
昨年7月の米欧など6カ国との核合意の結果、国内の改革派が有利になるという期待は揺らぎ始めている。確かに石油の輸出は制裁が1月に正式に解除されてから6割増えた。イランと欧米諸国の貿易代表団の行き来も頻繁だ。だがイランは国外で稼いだ資金を本国へ送ったり、覚書を正式契約に切り替えたりすることがなかなかできずにいる。米国のケリー国務長官はイランとの合法的な貿易は可能だと言うが、米財務省では、ドル建て貿易の相手がイランの国軍や革命防衛隊と関係する組織の場合、まだ解かれていない米国の制裁に抵触するとみている。イランの組織は不透明な部分が多いため、これは大企業すべてに当てはまるかもしれない。
大手銀行も2014年に仏BNPパリバに科された90億ドル(約1兆円)の巨額の罰金におじけ付き、イランを避けている。同国の銀行は国際銀行間通信協会(スイフト)の送金網に再び接続されたが、送金網は休眠状態にある。国際ブランドのクレジットカードが使えないため、イラン訪問時には多くの現金の持ち込みが必要だ。
イラン株投資に前向きなファンドマネジャーは1年前に歓喜に沸いたが、今は仕事がないと嘆く。テヘランを訪れる米国人投資家は、後でどんな影響が出るかを恐れ名刺さえ置いていかない。国の安定性や国民の教育水準の高さ、道路網の発達、潜在成長力の大きさなどがそろっているにもかかわらず、ほとんどの欧米企業は依然、イランを有害な国と見ている。
ハメネイ師はロウハニ大統領率いる政府に矛先を向けたようだ。ロウハニ氏は核合意により500億ドル程度の外国投資がすぐに見込め、国外資金の凍結も即座に解け、年8%の経済成長が達成できると考えていた。中央銀行のセイフ総裁も「合意後、即座に国外の銀行との関係が復活すると思っていた」と話す。ある市場アナリストは「凍結資金はどの銀行が送金するのかや、金額や時期といった具体的な手順をなぜ協議しなかったのか」とあきれ返る。
■欧米人との面会、ハメネイ師が抑える
ハメネイ師はロウハニ氏を抑え込もうとしている。先月のベルギーやオーストリア訪問を含め、同氏の外遊計画は一部が直前になって中止された。セイフ氏は今月、
ロンドンの会議で投資家に「ぜひイランに来て、自分の目で見てほしい」と呼びかけた。ところが大統領府がイランに招いた欧米人との面会は、ハメネイ師の側近が阻んでしまう。同師は最近、英語教育も批判した。
ハメネイ師は力にも訴えている。イランの風習は性差別がアラブ諸国より緩やかで、むしろ中央アジアに近いが、同師は動員された約7000人の私服警官に「どんどんやれ」と声を掛け、国民に禁欲的な規範を守らせようとしている。記者や人権監視団体員、ベールをまとわずにソーシャルメディアに出たモデルなども捕まえ、投獄した。
ロウハニ大統領も黙ってはいない。「抵抗経済」の話題にはのらず、英語の重要性を訴え、世界経済の枠組みへの回帰を掲げる。