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  1. 足あと帳(4)
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愚人くん

 投稿者:法華講  投稿日:2016年 5月31日(火)07時39分37秒
  サム氏は、破折されても同じ事を繰り返す「壊れた時計」ですからなー。

御生骨は、日盛上人が滅不滅のご化導だと御指南されていることが全てです。

仏様の智慧を我欲で計りたがる君にはわからないだろうが、仏教は人の境涯では計れない仏様が説かれた智慧なんだよ。

智慧を知識で語ろうとする君にはわからないレベルだから安心しなさい。
だから、釈尊は君を「口臭いが酷い」と言ってるんだよ(笑)
 
 

副管理人くん

 投稿者:法華講  投稿日:2016年 5月31日(火)07時31分18秒
編集済
  また、中古天台か(笑)
去年破折されたろ(笑)

多重HNやめとけよ。
みっともないぞ。
 

タグが残っています

 投稿者:サワディー  投稿日:2016年 5月31日(火)07時28分59秒
  コピペした時に、tagの処理がうまくできていないようで、textで残っています。
そのままにしておきます。申し訳ない。

http://s.ameblo.jp/baanaiby1/

 

またしても学会員の凶悪犯罪

 投稿者:法華講  投稿日:2016年 5月31日(火)07時27分51秒
編集済
  先日のアイドル殺人もやはり創価学会員の犯罪でした。
学会員の凶悪犯罪が止まりません。
どうして創価学会員は凶悪犯罪者を生み出すのか説明してほしいですね。

岩崎友宏容疑者は「惨めさの中で世界を笑う」というブログを書いていますが、その中で一家が創価学会だと書いています。

「まあ連日、車でわーわー騒いでますが、”選挙がない時分から”朝早くに駅前やバイパスの信号機のとこに立って、何かを訴えている政治家っているじゃないですか?そういう人に好感をいだきます。それなので彼に投票します。
我が家は創価学会に入ってますが、そんなの関係ねぇー!!!」
http://ameblo.jp/illion-0107/entry-11964108248.html
 

大謗法者 サムさん

 投稿者:サワディー  投稿日:2016年 5月31日(火)06時52分24秒
 
こちらの論を否定するなら否定し、創価学会としての道理を文証を持って説明してください。
能書きを垂れる前に回答してください。
 
<table border="0" cellpadding="1" cellspacing="2" style="font-family: 'MS Pゴシック', sans-serif; font-size: large; background-color: rgb(204, 255, 255);" width="100%"> <tbody> <tr> <td align="left" valign="top"> <tt>学会の慈折広布の御本尊が本門戒壇の大御本尊様を御書写されたもの故、正統なものです。
逆にいえば、本門戒壇の大御本尊様が、末法の御本仏 日蓮大聖人様の出世の本懐でなければ、
学会の慈折広布の御本尊には正統性がないということになります。
ですから、何度もしていますが、本質問への回答をお願いします。
別に他の学会の方でもokです。

 創価学会は本門戒壇の大御本尊様への信仰を放棄しました。また、サム氏に関しては本門戒壇の大御本尊様が大聖人様の出世の本懐ではないと断言しています。

 このことを踏まえた上で、日昇上人様が認めた創価学会本部に安置されている「慈折広布の御本尊」が正統な本尊であることを仏法の道理の上から説明してください。当然、論拠となる文証は必要です。

 日昇上人様は、日蓮正宗の教義に則り、「本門戒壇の大御本尊様の御内証を書写し本尊を建立している」ことは、本尊に関する御指南からも明確となっています。 他の御法主上人猊下様の御指南も同様のことを説明されているものです。

 これらを否定する以上は当然回答できるはずです。
</tt></td> </tr> </tbody> </table>

http://ameblo.jp/baanaiby1

 

憂国の武士氏

 投稿者:愚人  投稿日:2016年 5月31日(火)01時56分0秒
編集済
   削除されてしまう氏は、投稿を消されてしまうかもしれないので代わりにサム氏の問いかけに答えてあげたら良いのでは?。

 

日蓮正宗の師伝

 投稿者:愚人  投稿日:2016年 5月31日(火)01時52分34秒
編集済
   久遠元初仏は、南無妙法蓮華経を師とし本尊とし唱題して自受用身になった。


 此の名字凡夫の釈尊、一念三千の妙法蓮華を以て本尊と為す。故に「此の法を師と為す」と云う。(中略)「修行」等とは、修行に始終あり。(中略)終わりは是れ唱題なり。


 我が身は地水火風空の妙法蓮華経と知ろしめして、南無妙法蓮華経と唱えたもうなり。即ち是れ行妙なり。


 投稿を消されてしまう氏よ。無名★氏よ。日蓮正宗の師伝によると、久遠元初仏は南無妙法蓮華経を師とし本尊として、南無妙法蓮華経と唱題して「即座開悟」して御本仏様となったのだ。

 投稿を消されてしまう氏は、「境智冥合して」とあるから、この時に「久遠元初仏」になったと思っているみたいだが、「境智冥合して南無妙法蓮華経と唱える」のが本因妙であり、「即座開悟」して久遠元初仏となったのを本果妙とするのが日蓮正宗の師伝だ。


 日蓮正宗の法華講員を自称するのならば、自分の宗派の師伝ぐらい読みなさい。

  
 

(無題)

 投稿者:憂国の武士  投稿日:2016年 5月31日(火)01時34分55秒
  アク禁と削除が伝家の宝刀か(笑)

http://www.erigonomi.net/

 

アホ華講へ

 投稿者:副管理人  投稿日:2016年 5月30日(月)23時34分43秒
  君がただ単に破折だと思い込んでいるだけ、日蓮正宗教学は『中古天台本覚思想・恵心流』であり、

他山からの借り物、 二級資料である時師筆「三師御伝土代」に日蓮が本仏って書いていますか?

大石寺の日有でさえ日蓮が本仏だなんて言っていません。

坊やの教学はクソ教学・土建教学  日蓮教学ではないのです。

なのでなに一つ反論出来ていない。

 

回答不能はサワディーさん

 投稿者:サム  投稿日:2016年 5月30日(月)23時02分29秒
編集済
  サワディーさん


>有りかわらず(ママ)、回答不能の問いに対しては、逆に質問してくるんですね。
ということは、回答不能という事で良いですね。
サムさんは話を散らかすので、「慈折広布の本尊の正統性」以外の話をする必要はないと考えます。
他の話については、無名★さんにお願いしています。

○貴方こそ、回答不能に陥っている事に気づかないのですか。
私は、誠実に答えていますよ。
私は「創価学会の発迹顕本」で宗門からの完全脱却だと宣言しています。
世界宗教を目指す為には、宗門の封建性、僧俗差別、法主絶対性、世襲制等は、前近代的風習に過ぎず、民主主義の現代には、障壁でしかないのです。
「御肉牙(御生骨)」に対する法華講員さんの認識をお尋ねしているのに、誰人も答えることができません。 手続きの問題など、関係ないのです。
御自身の意見は、貴方自身が発言してこそ、貴方御自身の意見なのです。 それも理解できていません。
寺宝としている「御肉牙(御生骨)」は「後世の作り法門」と言えるほど世間的価値は無く、単なる迷信で片づけられる事象なのです。
貴方達が率先して、宗門に直訴して解決する必要があるのに、誰も行動を起こしていません。
そして、私が懇願している「楠板本尊の正当性」ですが、これも同様に、証明を実施する様子もありません。
そして、日寛上人や日昇上人等の近代法主の言動で、証明されたと考える事自体が、幼稚で、非科学的、非論理的であり、普遍妥当性を欠いた行為である事を知るべきです。
答えられなければ、正直に答えられない、と白旗をあげるべきなのですよ。
また、強がりで居直りますか。


 

サムさん回答不能ですね

 投稿者:サワディー  投稿日:2016年 5月30日(月)22時16分15秒
  有りかわらず、回答不能の問いに対しては、逆に質問してくるんですね。

ということは、回答不能という事で良いですね。

サムさんは話を散らかすので、「慈折広布の本尊の正統性」以外の話をする必要はないと考えます。

他の話については、無名★さんにお願いしています。

http://ameblo.jp/baanaiby1

 

中条白山さん

 投稿者:サワディー  投稿日:2016年 5月30日(月)22時13分23秒
  法華講さんのおっしゃる通り、大聖人様の仏法は破邪顕正です。

日蓮正宗の教義の根本を否定している正理会は邪義以外の何物でもありません。

当然、正理会から見れば、日蓮正宗は邪義であるはずです。

http://ameblo.jp/baanaiby1

 

フェイク 第1536号

 投稿者:宿坊  投稿日:2016年 5月30日(月)20時18分7秒
  (発行=16.05.29)

達師は公明党の中道政治に期待
「慧妙」の的外れ政教一致の愚論を粉砕 ③
日顕も「選挙運動を過ちとする言動は慎め」

日蓮正宗の「慧妙」は日顕の肝煎りで創刊した新聞だから、その意向を尊重す
るべきだが、その指南を無視して五月十六日付の一面では「創価学会・公明党
は政教一致の違憲団体だ」と批判している。では日顕はどんな説法をしたか―
―かつて、衆議院選、参議院選が公示されて公明党が多数の立候補者を出して
戦っていると前置きし、次のように語ったのである。

 「政治の次元と仏法の次元とを全く混同して、仏法の次元の立場から直ちに
その政治の次元における色々な在り方において、ここがおかしいとか、ここが
不合理だとかいうような形で色々と批判をし、そして、どちらかといえば自分
の近隣の人達に、まるで公明党の選挙運動、ないし、信者もしくはその団体の
政治関与や国政への参加等が過ちであるような印象を与えるような言動をする
者があるとするならば、これもまた充分自戒しなければならないと思います。」

 更に「大聖人様の大慈悲の、また正しい仏法の精神を一番根底に置いて一切
の民衆の真の幸せを図っていこうということであると私は思いますが、そうで
あるならば公明党の働きというものは、我々僧侶の立場からも大いにそれを理
解していかなければならないと思うのであります」(昭和六十一年六月二十六
日、富士学林研究科開講式の砌)

 これは公明党支援の選挙運動が過ちであるかのような印象を人々に与える「
慧妙」のような偏見の言動は厳に慎み、自戒せよ、と強調しているのだ。

「慧妙」は学会と決別する以前の日顕の説法だから逆らっても良いと考えてい
るのだろうが、「大衆と共に」の公明党の路線は、学会と宗門が決別する以前
も以後も不変である。

公明党は昭和三十九年十一月の結党以来、「大慈悲の精神を根底に一切衆生の
幸せを図っていこう」としていることに変わりはないからだ。

公明党は私利私欲を離れ議会政治に忠実

次に、六十六世日達法主は公明党が私利私欲を離れ、民衆の味方となり、議
会政治に忠実である、等と信頼を寄せていた。

特に、昭和四十三年五月、学会の総会で挨拶した同法主は、今日の我々の折
伏は化儀の折伏だと述べたあと「化儀の折伏は政治、経済、文化、あらゆる方
面にわたるべきであります。ここに化儀の折伏を政治に反映して、日本国に正
しい政治を行ない、世界平和を実現せしめようとする政党が公明党であります。

故に、公明党の標榜するところは中道政治であります。中道とは、諸法実相
で、すなわち絶待妙であります。絶待妙とは、あらゆる諸法門、相待妙も開会
した独一絶待の妙であります。故に、中道の理念はなかなか難しいのであり、
しかも、その実行はなお一層難しいのであります。

そこで公明党が中道実相の政治をもって、日本を盤石なる平和国家にたもっ
ていってもらいたいというのが、私の念願であります」と期待を寄せていた。

日本の安全と繁栄、国際社会の平和と安定のために尽くす公明党への期待は大
きいのである。



 

サワディーさんに

 投稿者:中条白山  投稿日:2016年 5月30日(月)16時17分37秒
  サワディーさんは、失礼にも博士や正理会を「邪義」と侮辱していましたが、
それでよいのですね?
 

無名★さんに

 投稿者:中条白山  投稿日:2016年 5月30日(月)16時15分24秒
  『(⌒-⌒; ) 馬鹿の破折はオイラに任せて下され   投稿者:無名★』↓



あなたは、正理会を破折する様な事を言っていたよな?
大体がきみは、博士の名前を失礼にも間違えて置いて何言っているんだ? 謝罪をしろよ!
 

法華講さんへ

 投稿者:副管理人  投稿日:2016年 5月30日(月)14時52分35秒
  この掲示板はあなたの無能をさらけ出すゴミ箱ではありませんので、
駄文は全て削除します。
 

サワディーさん

 投稿者:サム  投稿日:2016年 5月30日(月)14時15分38秒
編集済
  サワディーさん


私に対する悪態が無くなりました事は、大歓迎です。
やっと、普通の信仰者になりましたね。
しかし、未だに意固地になって、「楠板本尊の正当性」を立証するのでは無くて、下記の如く、近世の法主の史的事実を考慮しないで宗門の伝承だけを根拠にした証言を用いる等、貴方の行動は、正に現代人ではありませんね。


>学会の慈折広布の御本尊が本門戒壇の大御本尊様を御書写されたもの故(①)、正統なものです。②
逆にいえば、本門戒壇の大御本尊様が、末法の御本仏 日蓮大聖人様の出世の本懐でなければ(③)、学会の慈折広布の御本尊には正統性がないということになります。④
ですから、何度もしていますが、本質問への回答をお願いします。

○貴方の質問に逆質問です。
①何故、法主の証言以外に「慈折広布の御本尊が本門戒壇の大御本尊様を御書写されたもの」と言い得るでしょうか。
②更に、「慈折広布の御本尊が戒壇御本尊を書写されていなければ、正統でない」と言い得るでしょうか。
③戒壇本尊(楠板本尊)建立が、日蓮大聖人の出世の本懐との証明を以前から求めているのですが、証明してください。
④「日蓮大聖人の出世の本懐」の本質と、「慈折広布の御本尊の正統性」にどの様な関係性が存在するのでしょうか。 論述してください。


 

無名さんに代わって

 投稿者:サム  投稿日:2016年 5月30日(月)13時37分20秒
編集済
  サワディーさん


>小職がこちらで検証した結果はですが、

・大白法で以前読んだ内容ですが、それから、当初の御本尊様は、御題目と「日蓮」の恩名の位置関係が離れていましたが、弘安二年に向かって「日蓮」の恩名が中央によってくるとのこと。

この通りになっていることを確認しました。
何故、弘安二年に向かってという文を無視して、全体を見るんでしょうか?
見る必要ないと思いますけどね。

○では、貴方にお聞きします。

http://homepage3.nifty.com/juhoukai/mandara/mandaraitiran.html
日蓮聖人大漫荼羅一覧

質問①どうして「弘安二年に向かって」なのでしょうか。
「弘安二年」に拘らずに、全体を見て検証し直してください。
質問②どうして「中央によってくる」との表現なのでしょうか。
例示してください。

更に下記の存在はどの様にご説明されるのでしょうか。
※③題目と大聖人の御名がずれている御本尊 (15幅)
59. 弘安2年2月 日
60. 弘安2年2月 日
70. 弘安2年11月 日
72. 弘安3年2月 日
74. 弘安3年正月   日
77. 弘安3年2月 日
78. 弘安3年3月 日
79. 弘安3年3月 日
94. 弘安3年6月 日
110. 弘安4年9月 日
112. 弘安4年10月 日
113. 弘安4年10月 日
114. 弘安4年10月 日
115. 弘安4年10月 日
116. 弘安4年11月 日


※それでは、次は貴方が、私から質問したA~Eを答えてください。
>無名★さんと同じです。以上終わり。

○では、『「御内証の書写」の深義』で論議を誤魔化して憚らない彼の頓珍漢な回答の続きをお願いします。

※A.「楠板本尊」と「他の大聖人御真筆御本尊」とにおける「大聖人の御内証」に
どの様な違いがあるのでしょうか。
★違いはありましぇん。
本門戒壇の大御本尊は末法衆生救済のため。
他の御本尊は一機一縁の御本尊様。
○大聖人が「一機一縁の御本尊」と、そうでない御本尊があると、
区別したのでしょうか。
したのであれば、その証拠・文証を示しなさい。
★あなたや会員が信仰している御本尊で明白。
本部に奉掲されている本尊も含め、全て、弘安二年十月十二日御図顕の本門戒壇の大御本尊の書写本尊。

ちゅう現実。
大聖人が御在世中に弟子檀那に宛てた本尊は、個人で所蔵された本尊。
文証?
聖人御難事、二箇相承書

○①貴方達が提示した「聖人御難事」および「二箇相承書文」は、「一機一縁の御本尊」と、そうでない御本尊とを区別している文証ではありません。
文証と言い張るのであれば、論証してください。
大聖人は「一機一縁の御本尊」および「一閻浮提総与の御本尊」と区別はされていません。
②文証で明確かつ現存している「本門の本尊」を書写された御本尊ならば誰もが納得します。 しかし、そうではなく、後世に虚偽創作された御本尊が被書写本尊ならば、納得はえられないのですよ。

A.誰が何年に作製されたか文献的証拠も無い、
B.従って、国指定文化財的価値も無く、
C.歴史的真実を追求する為に、幾多の科学的鑑定を奨めているのに拒絶し、
D.公開されなければ、今後共永遠に国内外に注目をされる事も無い
「楠板本尊」なのです。

「楠板本尊」を書写したと宣言しているのであれば、それは、書写された宗門法主が嘘をついているのか、宗門の悪弊に騙されているのです。
そして安易に「戒壇本尊の御内証を書写」で片づけているのですが、「戒壇本尊と書写本尊の御相貌や書写の約束事の違い」が大きければ、事実は「戒壇本尊」を書写されていないと判断するのが通常でしょう。


※B. その証拠を貴方はお持ちなのでしょうか。
目師書写の御本尊(小泉・久遠寺蔵)には「日蓮 在御判」が「日蓮聖人」となっており、
「仏滅度後二千二百三十余年之間一閻浮提之内未曾有大曼荼羅也」の讃文もありませんが、
此の御本尊も「大聖人の御内証」を書写された、で宜しいのでしょうか。
★はい。
○「大聖人の御内証」に違いが無いと、言っているのだから、
「その証拠をお持ちならば、示してください」と関連質問をしているのに「はい」だけですか。
★~で宜しいのでしょうか。
の確認の問いに対しての「はい」。

○もう一度『大聖人が「一機一縁の御本尊」と、そうでない御本尊を区別した』明確な証拠を提示してください。


※「日目上人の御本尊」が「大聖人の御内証」の御書写であると肯定されたのでしょうが、
その理由が欲しかったのです。
★理由は簡単ス。大聖人曰く
「伝持の人無れば猶木石の衣鉢を帯持せるが如し」顕仏未来記
「仏宝・法宝は必ず僧によりて住す」四恩抄
○全く「日目上人の御本尊」が戒壇本尊の書写本尊であるという証明にはなっていないのです。 日興上人の「御本尊七箇相承」と「本尊三度相伝」の文証と対比しながら、証明してください。


※C.「楠板本尊」と「他の大聖人御真筆御本尊」と「書写本尊」の3つを比較して、
ご相貌の類似点および相違点を列記する事が出来ますでしょうか
★大聖人の御内証スから、相違点はありませんス。
○「御本尊の御相貌」を争点にしているのに、「大聖人の御内証」に帰着させ、
御相貌に相違点無しとする、全く思考ゼロには驚かされます。
★スからね、どこかで言ったと思うんスけど、
御内証の書写とは、そのまま書き写すことじゃないんス。
○「楠板本尊」と「他の大聖人御真筆御本尊」と「書写本尊」の3つを比較して、
ご相貌の類似点および相違点を列記してください。


>大聖人の御内証の肝心は、中央の南無妙法蓮華経とその下段にお認めの在御判ス。
○では、「大聖人の御内証の肝心」を説明してください。


※D. 書写本尊のご相貌も色々ですが、どの歴代法主が、
最も『楠板本尊』のご相貌に近いと思いますか。
★唯授一人血脈相承の全ての御法主上人の書写本尊。
○貴方は、対話しようと全く考えていませんね。
 呆れて、だから、貴方を無視したくなるのですよ。

★「御内証の書写」の深義が理解できてりゃ、これ以外の回答は無いでしょ。

○では、「御内証の書写の深義」を文証を引用してもしなくても結構ですから、説明してください。


※E. 歴代法主は、強いて『楠板本尊』のご相貌に合わせようとしていない様子ですが、
それは何故なのでしょうか。
★大聖人の御内証の書写だからス
○まるで頓珍漢な回答です。
法華講員さんは、宗門より「思考停止」を指示されているのでしょう。
★はい。「御内証の書写」の深義を弁えてないとそうなるでしょ。

○了解、大聖人の御内証の書写だから、『楠板本尊のご相貌』に合わせないで良い、と理解しました。


※何回も言いますが、法華講員の皆さん、貴方達は、楠板本尊が、
確かに大聖人直造だという証明と、本門戒壇の本尊と命名された証拠を示す責任があるのですよ。
★「仏法の根本は信を以て源とす」スから、
証拠・証明の立証はイチャモンの方で為すべきことス。

○「信」は必ず「理」或いは「解」を相棒とするものです。
それを求めないのであれば、「独信」なのですよ。 寂しくて悲しい未来が予想されますね。

※そして、「楠板本尊の正当性」を立証してくださいね。
>学会の慈迹広布の御本尊が戒壇の大御本尊の御書写であるから。

○誤「慈迹広布」→正「慈折広布」
何度も言っていますが、私は、「楠板本尊」が決して戒壇本尊なる存在ではないと考えています。 「慈折広布」の御本尊は、間違いなく「本門の本尊」であり、「楠板本尊」の書写では無いと確信しています。
更に、宗門と永遠に決別する「創価学会の発迹顕本」の夜明けは近いと実感しています。


 

サムさん、回答お願いします。

 投稿者:サワディー  投稿日:2016年 5月30日(月)07時33分42秒
  学会の慈折広布の御本尊が本門戒壇の大御本尊様を御書写されたもの故、正統なものです。
逆にいえば、本門戒壇の大御本尊様が、末法の御本仏 日蓮大聖人様の出世の本懐でなければ、
学会の慈折広布の御本尊には正統性がないということになります。
ですから、何度もしていますが、本質問への回答をお願いします。
別に他の学会の方でもokです。

 創価学会は本門戒壇の大御本尊様への信仰を放棄しました。また、サム氏に関しては本門戒壇の大御本尊様が大聖人様の出世の本懐ではないと断言しています。

 このことを踏まえた上で、日昇上人様が認めた創価学会本部に安置されている「慈折広布の御本尊」が正統な本尊であることを仏法の道理の上から説明してください。当然、論拠となる文証は必要です。

 日昇上人様は、日蓮正宗の教義に則り、「本門戒壇の大御本尊様の御内証を書写し本尊を建立している」ことは、本尊に関する御指南からも明確となっています。 他の御法主上人猊下様の御指南も同様のことを説明されているものです。

 これらを否定する以上は当然回答できるはずです。

http://ameblo.jp/baanaiby1

 

サムさんの検証結果を再検証

 投稿者:サワディー  投稿日:2016年 5月30日(月)07時28分40秒
編集済
  示して頂いたのは邪宗 日蓮宗の僧侶のhpですね。

http://homepage3.nifty.com/juhoukai/mandara/mandaraitiran.html

小職がこちらで検証した結果はですが、

・大白法で以前読んだ内容ですが、それから、当初の御本尊様は、御題目と「日蓮」の恩名の位置関係が離れていましたが、弘安二年に向かって「日蓮」の恩名が中央によってくるとのこと。

この通りになっていることを確認しました。


手順は以下の通りです。

 1.このサイトから最初の御本尊様の画像を表示する。
 2.画像を確認したら、「次」ボタンをクリックする。
 3.1と2を弘安三年まで、連続して実施する。

要は、時系列に確認していくんです。

ここで、確認するのは「日蓮」の恩名の位置がどのように変化しているかの傾向を確認すること。
例外があることも考慮しないといけません。

【サムさんの検証結果】

>ご覧の通り、確かに初期、文永年間では離れていますが、建治年間や弘安年間は、題目の真下に「日蓮」の御名が多くあります。

>③の題目と大聖人の御名がずれている御本尊が弘安2年以降でも存在する事から、結論として「大白法」で書かれていた事は、事実ではないという事ですね。

何故、弘安二年に向かってという文を無視して、全体を見るんでしょうか?
見る必要ないと思いますけどね。

尚、ここ本質でないので、これ以上の議論はしません。

【質問の答え】
>それでは、次は貴方が、私から質問したA~Eを答えてください。

※無名★さんと同じです。以上終わり。

>そして、「楠板本尊の正当性」を立証してくださいね。

※学会の慈迹広布の御本尊が戒壇の大御本尊様の御書写であるから。

http://ameblo.jp/baanaiby1

 

投稿が消されてしまう氏

 投稿者:愚人  投稿日:2016年 5月30日(月)06時47分19秒
   もう悪しき組織宗教から離れなさい。

 そして、自分を見つめなさい。

 貴方は、人の言に心が乱され過ぎます。

 

法華講って日蓮が本仏の文証全然出せないよね

 投稿者:しつけ  投稿日:2016年 5月30日(月)01時09分45秒
  >大聖人様は自ら仏様(三世を知る聖人、主師親の三徳を具す、法華経の行者)だと説いているし、日道上人も大聖人様を「聖人=仏様」と認めているぞ。


アホラシ くだらない法華講員よくやってるよね!

聖人知三世事は文永の蒙古襲来があり他国侵逼が適中したことを受け、三世を知る聖人は、儒・外・内を列挙されて、

本門寿量品の釈尊こそ過去五百塵点から未来五々百歳広宣流布を見通す聖人であるとしている。

よく読みなさい、アホはみっともない。

しかし人違いも甚だしい。

 

ジャパネットタケタくん

 投稿者:法華講  投稿日:2016年 5月30日(月)00時12分49秒
編集済
  君に2点だけ質問してあげよう。

1.「第二十六条 曼荼羅は末寺に於て弟子檀那を持つ人は之を書くべし」
→創価学会は末寺?末寺に於て弟子檀那を持つ人?
ただの新興宗教で、大石寺とは無関係なはずだが。

2.『富要』とやたらに出しているが、創価学会が出版する『富士宗学要集』では、日蓮正宗師伝の全貌は掴めないことを理解してから書きなよ。
日亨上人が纏められた『富士宗学全書』は、全134巻あり、『富士学林教科書』は全30巻あるのを知って書いてるかい?
創価学会が抜粋した『富士宗学要集 10巻』だけでわかったつもりで文証主張をしても片手落ちで、日蓮正宗信徒から見たらかなり恥ずかしいですよ。
「創価学会員として、かなり恥ずかしい行為をしてるんだ」と理解してから書くように。
 

スーパーグレイドウルトラアホ氏

 投稿者:愚人  投稿日:2016年 5月30日(月)00時10分11秒
   貴方は、サム氏に「自分で調べろ!。グズ!」とか「自分でググれ!。グズ!」と書いていましたね。

 スーパーグレイドウルトラアホ氏よ。

 自分で調べろ!。アホ!。

 自分でググれ!。アホ!。

 自分で大石寺住職に聞け!。スーパーグレイドウルトラアホ!。
 

「大白法」の検証

 投稿者:サム  投稿日:2016年 5月29日(日)23時58分45秒
編集済
  サワディーさん


>サム氏は無視されているようなので、大聖人様御真筆の御本尊様について再掲しておきます。

・大聖人様の御真筆の御本尊様で板に彫刻されたのは、「本門戒壇の大御本尊様」だけです。
 後の御本尊様は紙幅の御本尊様となります。(「創価学会の邪義迷妄を破す」より)

・大白法で以前読んだ内容ですが、それから、当初の御本尊様は、御題目と「日蓮」の恩名の位置関係が離れていましたが、弘安二年に向かって「日蓮」の恩名が中央によってくるとのこと。


○幾分か、御本尊の御相貌についても考察されようと意識されているのですね。 それについては素直に称賛しましょう。
処が、貴方は、大聖人が自ら楠板に摸刻されたと、認識されているのですね。
でも調べれば調べるほど、大聖は、摸刻されなかったと推考せざるを得ないのです。

次に公表されている大聖人の直筆御本尊の中から「弘安二年に向かって「日蓮」の恩名が中央によってくる」のかどうか検証してみます。

http://homepage3.nifty.com/juhoukai/mandara/mandaraitiran.html
日蓮聖人大漫荼羅一覧

ご覧の通り、確かに初期、文永年間では離れていますが、建治年間や弘安年間は、題目の真下に「日蓮」の御名が多くあります。
少し区分けしてみます。

①題目の真下に大聖人の御名連なる御本尊 (34幅)
(図顕番号と図顕年月日を記載します。)
28. 建治1年12月 日
30. 建治1年12月 日
32-1建治2年2月 日
36. 建治2年4月 日
39. 建治2年8月13日
41. 建治3年2月 日
45. 建治3年10月 日
50. 弘安元年7月5日
53. 弘安元年8月 日
54. 弘安元年8月 日
57. 弘安元年11月 日
61. 弘安2年4月 8日
63. 弘安2年4月 日
65. 弘安2年7月 日
69. 弘安2年11月 日
80. 弘安3年3月 日
83. 弘安3年4月 日
92. 弘安3年5月8日
97. 弘安3年8月 日
100. 弘安3年11月 日
101. 弘安3年11月 日
102. 弘安4年2月2日
103. 弘安4年2月 日
105. 弘安4年4月5日
106. 弘安4年4月17日
107. 弘安4年4月25日
108. 弘安4年4月26日
109. 弘安4年8月23日
117. 弘安5年正月 日
118. 弘安5年正月 日
119. 弘安5年正月 日
120. 弘安5年4月 日
122. 弘安5年6月 日
123. 弘安5年6月 日

②題目と大聖人の御名が少しずれている御本尊 (23幅)
67. 弘安2年10月 日
68-1弘安2年11月 日
71. 弘安3年2月 1日
73. 弘安3年2月彼岸
75. 弘安3年2月 日
76. 弘安3年2月 日
81. 弘安3年3月 日
82. 弘安3年3月 日
84. 弘安3年4月 日
85. 弘安3年4月 日
86. 弘安3年4月 日
87. 弘安3年4月 日
88. 弘安3年4月 日
89. 弘安3年4月 日
91. 弘安3年4月13日
93. 弘安3年5月8日
95. 弘安3年6月 日
96. 弘安3年6月 日
98. 弘安3年9月3日
99. 弘安3年9月8日
104. 弘安4年3月 日
111. 弘安4年9月 日
121. 弘安5年4月 日

③題目と大聖人の御名がずれている御本尊 (15幅)
59. 弘安2年2月 日
60. 弘安2年2月 日
70. 弘安2年11月 日
72. 弘安3年2月 日
74. 弘安3年正月   日
77. 弘安3年2月 日
78. 弘安3年3月 日
79. 弘安3年3月 日
94. 弘安3年6月 日
110. 弘安4年9月 日
112. 弘安4年10月 日
113. 弘安4年10月 日
114. 弘安4年10月 日
115. 弘安4年10月 日
116. 弘安4年11月 日

纏めますと、結構多岐に亘っており、③の題目と大聖人の御名がずれている御本尊が弘安2年以降でも存在する事から、結論として「大白法」で書かれていた事は、事実ではないという事ですね。

それでは、次は貴方が、私から質問したA~Eを答えてください。
そして、「楠板本尊の正当性」を立証してくださいね。


 

愚人くん

 投稿者:法華講  投稿日:2016年 5月29日(日)23時55分53秒
編集済
  で、はよ答えよ。

*日蓮が法然聖人・良観聖人と書いているのを知らないのか?。
○どの御書で、大聖人様が法然・良観を「三世を知る聖人=仏様」と書いてるの?
きちんと御書だせよ。

*また、聖人=御本仏様でないことは、『知三世事』を読めば解るだろう?。
○だから、人が書いた文意の揚げ足取りはやめな。
大聖人様は自ら仏様(三世を知る聖人、主師親の三徳を具す、法華経の行者)だと説いているし、日道上人も大聖人様を「聖人=仏様」と認めているぞ。
大聖人様が自ら「三世を知るは仏様でなく菩薩だ」と記した御書をだしてみよ。
 

スーパーグレイドウルトラアホ氏

 投稿者:愚人  投稿日:2016年 5月29日(日)23時52分20秒
   そんなことは日蓮正宗の師伝なのだから、大石寺の住職に聞きなさい。  

愚人くん

 投稿者:法華講  投稿日:2016年 5月29日(日)23時50分2秒
  *日蓮の文を阿弥陀仏の文と読む人だからな。
○???
 

それにしても・・・

 投稿者:愚人  投稿日:2016年 5月29日(日)23時47分26秒
編集済
   スーパーグレイドウルトラアホ氏が投稿するとサワディー氏や無名★氏の投稿が激減するのは何故?。やはり同一人物?。それとも私の気のせい?。  

スーパーグレイドウルトラアホ氏

 投稿者:愚人  投稿日:2016年 5月29日(日)23時28分22秒
編集済
   だから南無妙法蓮華経を本尊として南無妙法蓮華経と唱題修行して自受用身となったのが理解できないのか?。南無妙法蓮華経と唱える因行によって自受用身という果徳を得た。これが、日蓮正宗の師伝だ。南無妙法蓮華経という法を本尊とし唱題して自受用身になった。法があっての自受用身。つまり南無妙法蓮華経は自受用身出生の種であり、法勝人劣だよ。日蓮正宗の自称相伝書を読め。

 知三世事も含めて、あとは貴方の文を読む能力次第だ。なにせ、日蓮の文を阿弥陀仏の文と読む人だからな。

 それと貴方は、スーパーグレイドウルトラアホにランクアップしたよ。パチ・パチ・パチ。あとワンランクアップすればアホの殿堂入りだ。頑張れ!。
 

愚人くん

 投稿者:法華講  投稿日:2016年 5月29日(日)23時21分58秒
  で、本論に戻り
明らかなら、大聖人様が【法勝人劣が本 人法一箇が迹】と示した御書で、自論をを証明してみ。

http://9308.teacup.com/shukubou/bbs/9902
「人法一箇とする思想は、南無妙法蓮華経が本、自受用身が迹であることを教示している『百六箇抄』の成立時には無かったのは明らか。」

*「南無妙法蓮華経を修行して五大即我身と悟ったのであるから法本人迹・法勝人劣である事に変わりはない。」
 

愚人くん

 投稿者:法華講  投稿日:2016年 5月29日(日)23時03分17秒
  ほんとどうしようもないな。
レベル低すぎだろ。大丈夫か?
だんだん酷くなってるぞ。

*南無妙法蓮華経と唱えることは、唱題修行であり因行ではないのか?。
○アホタレ
「此の境智冥合して南無妙法蓮華経と唱えたもうが故に即座開悟し、久遠元初の自受用身と顕われたもうなり。」
「境智冥合して南無妙法蓮華経と唱えた」だろ。
おいおい。日本語読めないのかい?

*脱の文を出したのは貴方です。
○君です。
http://9308.teacup.com/shukubou/bbs/9902
では、君が出したい『百六箇抄』で、大聖人様が法本人迹と記した御抄をだしてみな。

*聖人=御本仏様としたのは貴方です。
○そだよ。
『行敏訴状御会通?』をきちんと訳してみ。
 

すぐに投稿が消されてしまう氏

 投稿者:愚人  投稿日:2016年 5月29日(日)22時51分33秒
   日蓮は、聖人=御本仏様としていない事を知りなさい。  

愚人くん

 投稿者:法華講  投稿日:2016年 5月29日(日)22時47分41秒
  まさか『行敏訴状御会通』を言いたい訳じゃないだろね(爆笑)  

すぐに投稿が消されてしまう氏

 投稿者:愚人  投稿日:2016年 5月29日(日)22時41分29秒
編集済
   日蓮が法然聖人・良観聖人と書いているのを知らないのか?。

 また、聖人=御本仏様でないことは、『知三世事』を読めば解るだろう?。
 

学会授与の御本尊

 投稿者:ジャパネットタケタ  投稿日:2016年 5月29日(日)22時36分30秒
  ■日寛上人の御本尊を「単立宗教法人である淨圓寺」が創価学会に授与することを申し出た際の文書など
http://megalodon.jp/2015-0204-1547-41/www.houonsha.co.jp/jiyu/19/697.html

これらは一応文証も示していますが、手続き的な話、つまり化儀です。したがって、化儀抄に示された日有上人の允可の延長として理解すれば、誰でも分かることです。
まず、物理的な作業としての形木を掘る(現在では写真製版にする)のも、表装前の「本紙」を印刷するのも、その表装前の本尊を販売するのも、大石寺派の昭和53年以前の実績では、出家ではなく在家でした。昭和54年に大石寺の内事部に形木本尊を管理する第三課という部署が初めて出来て、手続きが一本化されたのです。このような歴史的事実は、宗門の古僧に聞けば大石寺で在勤していた期間が長い僧侶であれば大概が知っていますし、昔の宗門の資料を探せば当然そうした記録もあります。
次に、日有上人が末寺に「形木本尊授与の権利」の允可を与えた以上、その委嘱を受けて、末法下種の僧宝である在家集団(僧迦=本来の意味の僧)に授与の権利を委任するのは、末寺の権限であることは法理論の観点からも明らかです。
それを、「書写本尊の権限」にすり替えて、権限を逸脱しようとしても、論理的に破たんしているだけでなく、すでに行体が僧侶の風上にも置けないようなただのハゲが何を言っても、「日蓮正宗の正依に基づいて反論してみなさい」と言われて終わり、なのです。
おまけに当たり前の法理論で言えば、日蓮正宗と創価学会は別法人なのですから、日蓮大聖人の教えに基づいた実践をすることを定めた学会が、日寛上人の形木本尊を発行することに、よそ者が何を言っているか、というのが古来よりの化儀に基づき、また国法に基づいた当然の結論です。
その上で、日蓮大聖人の仏法における「観心の本尊」の意味を全く取り違えている(坊主が歪曲している、といった方が正しいでしょう)宗門の邪義を、日蓮正宗の正依に基づいて破折すれば、大石寺派の愚かな誤見解が間違いであることに気がつくことでしょう。

同じ手続き論でも、きちんと教義や証拠に基づいてご説明すると、以下のとおりです。
学会はすでに日蓮正宗から破門してもらって、独立した宗教法人として会則を改正し、「日蓮正宗の教義に基づき」という規則を訂正して、「日蓮大聖人の御書を根本として」としたのですから、奪って言えば大聖人の教えに基づいて日蓮正宗を破折するのです。
また、与えて言えば、かつて日蓮正宗の教義を学んでいた学会であるが故に、日蓮正宗の宗規に定める「正依」を根本とした時に現在の大石寺派がどれだけ日蓮正宗の教義に背いているかを教えてあげているのです。

日蓮正宗の正依とは、

○法華経28品並びに開結、
○宗祖遺文、
○日興上人・日有上人・日寛上人遺文

と定められています。


これらの中で、末寺等における御本尊の化儀について具体的に述べているのは9世日有上人の化儀抄であり、59世堀日亨上人が更に詳細に化儀抄について解説を加えた「有師化儀抄註解」を(あくまでも正依に基づく範囲で)参考にしながら、学会による日寛上人の御本尊の下付の正しさについてご説明しましょう。

まず化儀抄では、日有師が末寺での守り本尊の書写を允可し、曼荼羅書写をも条件付きで允可しています。

「第二十五条 末寺に於て弟子檀那を持つ人は守をば書くべし、但し判形は有るべからず、本寺住持の所作に限るべし云云。
第二十六条 曼荼羅は末寺に於て弟子檀那を持つ人は之を書くべし、判形は為すべからず云云、但し本寺住持は即身成仏の信心一定の道俗には・判形を為さるる事も之有り・希なる義なり云云。」(富要1-111 化儀抄)


(通解:第二十五条 末寺において弟子檀那を持つ人はお守り本尊を書いて良い。ただし判形(花押)は書いてはならない。大石寺の住職の書くものに限らねばならない。
第二十六条 曼荼羅は末寺において弟子檀那を持つ人は書いて良い。判形はしてはならない。ただし、大石寺の住職は即身成仏の信心一定の僧侶や在家には、判形をなされることもある。これは稀なことである。)

この内容は、末寺でのお守り本尊や常住本尊の書写を日有上人が化儀抄で允可された箇所です。判形さえ書かなければ、末寺での本尊書写(紙に墨で書き写すこと)さえも認められているのです。
これについては、堀上人が解説を加えています。

「此の二個条は共に曼荼羅書写の事に属す、曼荼羅書写の大権は唯授一人金口相承の法主に在り」「曼荼羅書写本尊授与の事は・宗門第一尊厳の化儀なり」(富要1-112)

ここで言っているのは、法主による本尊書写と、その書写本尊の授与のことです。当然形木本尊(印刷の本尊)等の仮本尊のことは含まれません。よく日顕宗が「宗門第一尊厳の化儀」と偉そうに言いますが、あくまで書写本尊(常住本尊)の化儀のことであり、仮本尊である形木本尊は末寺での下付は允可済みなのです。
そして、書写本尊の化儀は、単に法主以外が書写したというだけでなく、大石寺派においても色々と変化し、謗法にまみれていたのです。

「故に宗祖は濫に曼荼羅を授与し給はず・開山は曼荼羅転授に就いても之を鄭重になし給ひ、尊師は宗門未有の弘通者なれども自ら曼荼羅を書写せず、然るに余門流の僧侶不相伝の儘猥りに曼荼羅を書き散して、僭越の逆罪とも思はざるのみならず・雑乱滅裂全き型式をだに得たるものなし、無法無慙の甚しきもの八大地獄は彼等の為に門を開けり・慎まざるべけんや」(富要1-112)

大聖人、日興上人が御本尊授与の化儀を丁寧になされていたことは十分に理解できますが、ここで紹介されている日尊については、京都の上行院建立(1339年)の2年後(板本尊を1344年に弟子の日印に授与する3年前)に、この上行院に釈迦像や十大弟子の像を建立・安置している(日蓮正宗富士年表P.84)のですから、曼荼羅を書写しなかったのは決して曼荼羅に対する正しい信仰があったなどと言うことは出来ません。日亨上人はここでは他山の本尊雑乱(主題を「南無妙法蓮華経 日×」と書く筆法)に対して厳しく批判されておられるだけなのです。日尊は既に謗法に堕していたのですから、本尊書写をしなかったことに何の意味もないのです。まして板本尊はしっかり建立しているのです。この時に法主の允可を受けたはずもありません。すでに釈迦像建立をするような謗法に陥っていたのですから。
しかし、学会のように形木本尊を安置することについては、堀上人はその次下に示すように全く問題なく認められているのです。

「然るに本尊の事は斯の如く一定して・授与する人は金口相承の法主に限り 授与せらるる人は信行不退の決定者に限るとせば・仮令不退の行者たりとも・本山を距ること遠きにある人は・交通不便戦乱絶えず山河梗塞の戦国時代には・何を以つて大曼陀羅を拝するの栄を得んや、故に形木の曼荼羅あり仮に之を安す、本山も亦影師の時之を用ひられしと聞く、此に於いて有師仮に守護及び常住の本尊をも・末寺の住持に之を書写して檀那弟子に授与する事を可なりとし給ふ・即本文の如し、但し有師已前已に此の事ありしやも知るべからず、然りといへども此は仮本尊にして形木同然の意なるべし」(富要1-113)

ここで「然るに…とせば」以降は、それまでの書写本尊の化儀による制約を否定されている箇所です。法主一人が書写し、信行不退の者だけに下付する、などと硬直的な運用をしていては、時代の変遷の中で大聖人の民衆救済という目的が達成できなくなる。こうした理由に基づいた結論として、「故に(だから)」形木の曼荼羅を仮に安置するという化儀を古来より認めているのだ、と解説しているのです。そして、日有師は更に末寺での守りや常住本尊さえも、「形木と同様に」仮本尊とみなして允可を与えている、というのです。
この「常住の本尊を『も』」という言葉の意味は、連結の副助詞「も」によって、「形木本尊と同じように」という意味を表しているのです。すでに日有上人、日亨上人が形木本尊の下付について、末寺で自由に行うことを允可されている以上、学会が唯一の和合僧団として、改革同盟の真実の僧侶達の申し出に基づいて日寛上人の形木御本尊を下付することは、大聖人の大慈悲の意志にも叶う「法華経の行者」としての最適な選択だったのです。
しかも、その御本尊を提供した浄圓寺は、宗教法人として独立した存在なのですから、大石寺派からとやかく言われる筋合いなど全く無いのです。

天魔の軍勢は、この新たな歴史の建設を必死になって妨害しようと、ありとあらゆる誹謗中傷を繰り返している訳ですが、事実として法華経の行者の決意を固めた同志たちに次々に功徳が涌き出ていることからも「利生の有無を以て隠没・流布を知るべきなり」(文段)で、学会の正義は既に証明されているのです。

「故に守に於いては『判形有るべからず』と制し・曼荼羅に於ては『判形為すべからず』と誡め給ふ、此の判形こそ真仮の分るる所にして猶俗法の如し、宗祖の御書中所々に判形云云の事あり・思ふべし」(富要1-113)

ここで判形についての意義を論じておられる訳ですが、世間の法での真仮を分けるものとして、例えば印鑑証明やサインのようなものが、歴代の書く花押であろうと言われています。確かに、後世に御本尊の偽作がたくさん存在していますが、さすがに花押まで似せることは不可能ですから、欧米でのサインのような意義を持たせているのは、大聖人の仏法の合理性と言えます。

「有師斯の如く時の宜しきに従ひて寛容の度を示し給ふといへど、しかも爾後数百年宗門の真俗能く祖意を守りて苟も授与せず書写せず・以て寛仁の化儀に馴るること無かりしは、実に宗門の幸福なりしなり、然りといへども宗運漸次に開けて・異族に海外に妙法の唱へ盛なるに至らば・曼荼羅授与の事豈法主一人の手に成ることを得んや、或いは本条の如き事実を再現するに至らんか・或は形木を以て之を補はんか・已に故人となれる学頭日照師が朝鮮に布教するや、紫宸殿の御本尊を有師の模写せるものによりて写真石版に縮写し・新入の信徒に授与せり、其病んで小梅の故庵に臥せし時、偶予に此縮写の本尊に判形を加ふべきや否やの談を為されたる事あり、予は直に此文を思ひ浮べて云為したり・忘られぬ儘此に付記す」(富要1-113)

堀上人は、世界広布の時には曼荼羅授与は法主一人の手では出来なくなることを宣言され、この化儀抄の允可のような、末寺での常住本尊書写や、形木本尊で補うことを想定されています。
そして、その具体的事例として、日有師による紫宸殿本尊の模写本尊を、学頭日照が写真製版で縮小し、名刺大にして韓国で授与した事実を論じたときに、この縮写本尊に判形を書くべきか議論した旨を書き残されているのです。このように、御本尊の化儀はいろいろと変遷があったのです。
続けて堀上人は、未来の世界広布の時の判形のあり方について、4種類の具体的な可能性を検討されていますが、それ以前にすでに、判形など書かない形木本尊の下付は承認されておられるのです。

「併し乍ら此の判形といへるに種々あるべし、一には形木又は縮写のものに法主の判形を為されたるもの、二には平僧の書写せしものに法主の判形を加へられたるもの・三には後代の法主が宗祖開山等の曼荼羅を其儘模写し給ひて更に模写の判形を為されたるものを形木又は写真版等となしたるもの・四には先師先聖の模写版又は形木に平僧が自らの判形を加へ又は平僧自ら書写して判形(自己)まで加へたるもの等に分つを得べきか・此中に一と三とは事なかるべし、二は未だ広く実例を見ず、第四は大なる違法にして・是こそ正に本条の制誡なり」(富要1-113)

要するに、ありとあらゆる化儀の可能性があって、「宗門第一尊厳の化儀」である法主による書写本尊以外にも、正式な本尊として判形をどう書くのかの違いで、一から三は認められるものだと言うのです。第四の末寺で判形を書くことのみが禁止された化儀なのです。そして、形木本尊は正式な本尊ではないので、そもそもこれらにさえも該当しない自由な化儀に分類されているのです。大石寺派がいくら勿体ぶってみても、全ては堀上人が明らかにされてしまっているのです。
学会の日寛上人の形木本尊に誰かが判形を書いていたら文句を言われることがあるかも知れませんが、日寛上人の御本尊を写真製版で形木にしただけの、古来より大石寺末寺で行ってきた化儀なのですから、誰にも何も言われる筋合いなど全く無いのです。

あくまでも参考ですが、昭和55年12月に、四国有志僧侶たち16名が「祖道の恢復と真の正信の確立の為に」という本を作成しています。その中で、過去の宗門の歴史として、

「宗門中古より大聖人、日興上人、日寛上人の御本尊の模刻、模写のものも多く、時の法主尚それをかつ認めて御開眼の供養をされているもの多し。まして学会伸展の初期の頃地方末寺にて御未来本尊の摺形木を出していた所もあり、御棟札も書いていた。
化儀抄の『末寺に於いて弟子檀那を持つ人は守りをば書くべし、但し判形は有るべからず、本寺住持の所作に限るべし云々』の許容のまま御守り、御形木御本尊を図せし証拠、東北四国等にも残っておる。
むしろ御本尊授与の御法主の大権が確立され宗門の綱紀統制されしは、創価学会の全国的な折伏による宗門側の対応の成果にあらずや。」


と、極めて正直な事実を記録しているではないか。
ちなみに、学会による本尊模刻について、宗門は大ウソをついているようだが、この文書では非常に正確に真実を述べているので紹介しておきます。

「御本尊模刻の件については、総監、教学部長、早瀬理事等の証言によれば、会長登山御目通りの刻、御本尊模刻を願い出た所、法主上人自ら黙認されたことを承知しているのである。従って、今こちらでこの件をついてゆけば、それでは事実はこうと聖教で公表するだろう。秋谷副会長はその意向であると言っている。かかる事体になれば法主上人の御徳にきずがつくことは免れない。故にこの件に関しては是以上言うべきではない。宗務院として強制力のある通達をもってこれを達しなければならない。」

「『辻副会長の〝不用意に謹刻〟と明言した通り云々○何故本山へ回収しなければならないのでしょうか』の問は、当時陰の宗務院で、6・30、11・7を演出された貴師方の代表が一番よく御存じでないかと存ずる。学会側に、『不用意に謹刻云々』と言う言辞を入れて発表してくれれば、納まると説得したのは誰であったか。週刊誌でY弁護士が、活動家の諸師方と密接に協調し、学会にも納得させて、自分が全部原稿(脚本)を書いたと告白しているではないか。」

要するに、学会側は言われるままに悪者になってあげただけで、実態は何の手続き的な問題も無かったというのが舞台裏で明かされた歴史の真実なのです。

http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=3137679&id=76285276
 

すぐに投稿が消されてしまう氏

 投稿者:愚人  投稿日:2016年 5月29日(日)22時31分1秒
   南無妙法蓮華経と唱えることは、唱題修行であり因行ではないのか?。

 脱の文を出したのは貴方です。

 聖人=御本仏様としたのは貴方です。
 

都合が悪いと暫し雲隠れする方がいますが

 投稿者:サワディー  投稿日:2016年 5月29日(日)22時25分58秒
  なお、本宗上古の時代においては、謗法者からの法難が多かったため、大御本尊はあくまで秘蔵の扱いで厳護されてきた。それ故、『三大秘法抄』にせよ、日寛上人の御指南にせよ、文の表に、大御本尊安置の処が本門事の戒壇、というような直接的表現を用いることはなかったものと排せられるのである。
(「誰にでもわかる顕正会の誤り」より)

 日蓮正宗の上古の時代には、法難が多い故に本門戒壇の大御本尊様は秘蔵の扱いだったとそうです。ということで、本門戒壇の大御本尊の恩名を直接発することは少なかったものと思われます。ましてや、現在ほど御指南が書物になることもないでしょうから、絶対的な文書量も少なくなかったと言えます。
 故に文証に「本門戒壇の大御本尊」の恩名が使われていないと言って否定できないことになると思います。
 この話が理解できないのは、想像力が著しく欠如しているか、いちゃもんを付けるのが目的ということなんでしょう。

http://ameblo.jp/baanaiby1

 

愚人くん

 投稿者:法華講  投稿日:2016年 5月29日(日)21時57分46秒
編集済
  *南無妙法蓮華経を修行して御本仏様になったとしている。
○で、どうして「法勝人劣」になるの?
「此の境智冥合して南無妙法蓮華経と唱えたもうが故に即座開悟し、久遠元初の自受用身と顕われたもうなり。」
だろ?
この御抄のどこに「南無妙法蓮華経を『修行して』御本仏様になった」と書いてるの?

ほんと大丈夫か?
更にレベル落としたな。
 

愚人くん

 投稿者:法華講  投稿日:2016年 5月29日(日)21時50分58秒
編集済
  日本語マトモに読めてないだろ。
トホホだな。

*「所説の正法は本門なり、能説の教主釈尊は迹門なり。」と法勝人劣を前提としての「人法ともに尊し」であることを知れ。
法勝人劣が本 人法一箇が迹
○アホ
どこを取って妄想してんだか。
『脱益の妙法の教主の本迹』
「所説の正法は本門なり、能説の教主釈尊は迹門なり。法自ら弘まらず、人法を弘るが故に人法ともに尊し。 」

見えるか?
『脱益の妙法の教主の本迹』
と書かれてないか?
わかる?

『観心本尊抄』
「彼は脱、此は種なり。彼は一品二半、此は但題目の五字なり」
『本因妙抄』
「仏は熟脱の教主、某は下種の法主なり」
『経王殿御返事』
「日蓮がたましひをすみにそめながしてかきて候ぞ、信じさせ給へ。仏の御意は法華経なり。日蓮がたましひは南無妙法蓮華経にすぎたるはなし」
だぞ(爆笑)

*聖人=御本仏様ならば、法然や良観も御本仏様なのだな。
○アホだな(爆笑)
大聖人様を菩薩といったかと思えば、法然や良観も御本仏とは。
法然や良観が本仏だと書いた書物をだしてみな(笑)
法然も良観も「上人」だろ。
 

日蓮正宗の師伝を紹介

 投稿者:愚人  投稿日:2016年 5月29日(日)21時37分18秒
   「此の境智冥合して南無妙法蓮華経と唱えたもうが故に即座開悟し、久遠元初の自受用身と顕われたもうなり。」

 日蓮正宗の師伝でも久遠元初仏は、南無妙法蓮華経を修行して御本仏様になったとしている。
 

無名★氏

 投稿者:愚人  投稿日:2016年 5月29日(日)21時15分28秒
   大石寺歴代住職と同じの「ウルトラアホ」には、何を書いても理解できません。好きなように能書きを垂れていなさい。  

削除されてしまう人氏

 投稿者:愚人  投稿日:2016年 5月29日(日)21時11分41秒
   「所説の正法は本門なり、能説の教主釈尊は迹門なり。」と法勝人劣を前提としての「人法ともに尊し」であることを知れ。

 法勝人劣が本 人法一箇が迹

この事を忘れるな。


 聖人=御本仏様ならば、法然や良観も御本仏様なのだな。


 後は何が書いてあったか忘れた。
 

愚人殿

 投稿者:無名★  投稿日:2016年 5月29日(日)21時01分33秒
  ○南無妙法蓮華経 日蓮 と曼陀羅本尊にあるからといって
南無妙法蓮華経と日蓮が人法一箇とする思想は、南無妙法蓮華経が本、
自受用身が迹であることを教示している
『百六箇抄』の成立時には無かったのは明らか。



★「思想」じゃないスよ。「道理」。
例えばあなたの、
「無名★氏はアホ」との書き込みはあなたの意思のもとに顕された文字。
「投稿者・愚人」、すなわち、あなたの心。だから
「無名★氏はアホ」と「あなたの心」は一体。




○もし、五大即我身だから人法一箇とするのならば、
南無妙法蓮華経を修行して五大即我身と悟ったのであるから
法本人迹・法勝人劣である事に変わりはない。
【法勝人劣が本 人法一箇が迹】である。


★理解し難い無茶苦茶な仏法論スね。

「五大即我身」?    (笑)
だから「人法一箇」とするならば ?

細かい事を言えば、あなたの頭同様、根本に「因縁」が抜けてまスね。

eco殿指摘の因果  (⌒-⌒; )


「南無妙法蓮華経を修行して」・・(笑)

大聖人は久遠元初の自受用報身如来のお方ス。
本因妙の教主のお方ス。
直達正観のお方。

修行なんかしておられないスよ。


その人法一箇の御本尊様に縁し因を積めば、
あなたも即身成仏の身。

仏法の因縁果報の原理、

単純な話じゃないっスか。


(-_-)
 

宿坊殿 フェイクの記事

 投稿者:無名★  投稿日:2016年 5月29日(日)20時56分44秒
  ◯日蓮正宗も泡沫候補を必死に支援した過去がある。


★政教一致批判の反論?

にしては幼稚っスね。

公明党て学会が作った政党じゃないス か。

政教一致どころか、
政教一体?   同体同心?

最近は少し同体異心の人が増えてるようっスけど。

(-_-)
 

eco氏

 投稿者:愚人  投稿日:2016年 5月29日(日)20時51分17秒
   『ダンマパダ(法句経)』から因果を学ぶ

 快楽から憂いが生じ、快楽から恐れが生じる。快楽から離れた者には憂いがない。まして恐れなどどこにもあり得ない。(NHK出版刊  佐々木 閑 著 『ブッダ 真理のことば』047頁)

 「因果関係によって作り出されたすべてのものは無常である」と智慧によって見る時、人は苦しみを厭い離れる。これが、人が清らかになるための道である。(NHK出版刊  佐々木 閑 著 『ブッダ 真理のことば』057頁 )
 
 

ecoさん

 投稿者:法華講  投稿日:2016年 5月29日(日)20時45分58秒
編集済
  ほらね。
都合が悪くなると消してしまう。
創価学会の意地汚い境涯がよく見て取れますな。

 

法華講さん と 愚人さん

 投稿者:eco◆Smw69  投稿日:2016年 5月29日(日)19時01分26秒
編集済
  >>法華講さん
(今、退会されると票が減るだろ。ただでさえ、退会者が増加してるからさ。)

話を伺う限り 少なくとも 愚人さんは それを望んでいますよ


あと 愚人さんの話をうかががって ひとつだけ気になった事があったのですが
愚人さんの考え方や解釈だと 南伝の教えでは因果が解かれていない形になってしまう為か
「因果」つまり「原因⇒結果」という概念を理解しないまま結論が導きだされた「不完全な教え」とも捉えることができてしまうのですが
もし 南伝の教えの中で「因果」に関する教えが存在しているのなら
その部分を出来れば示してほしいのですが できますか?

少なくとも「因果」を否定することはできないでしょ

http://

 

(無題)

 投稿者:憂国の武士  投稿日:2016年 5月29日(日)18時37分46秒
  創設以来創価学会は菩薩を信仰してたのか?

http://www.erigonomi.net/

 

あべひ 正義ヅラも いいかげんにしろよ

 投稿者:eco◆Smw69  投稿日:2016年 5月29日(日)18時28分28秒
編集済
  http://6903.teacup.com/huwahuwakujira/bbs/t4/871
   ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

誰が 富士宮ボーイの管理者を訴えよう・・・としたんだよ
フカシこいてんじゃねぇーよ

訴えられても おかしくない行為をしたのは あべひさん

富士宮ボーイが 電気通信事業法27条 ならびに30条を盾に
あなたを訴えることができる環境が整っていて
それを 大勝利さんから指摘されたら 慌てたのが お前さんだったんじゃないかよ

あべひさん 富士宮ボーイ管理者の財産を私物化していたのを自覚して述べていますか?
あそこは、ここGMOや2ちゃんと違って 個人が提供したサーバーで運用していたのにも関わらず
自身のブログ(あべひブログ)で何か書いて 炎上するような事態に陥った場合
その炎上の尻拭いを 富士宮ボーイ掲示板に丸なげするようなレトリックやロジックを仕掛けていて
申さん所有のサーバーを破壊するような行為を 平然とやっていたでしょ

本当に卑怯者で最低な奴だな

それとだな 3人以上揃ったから アク禁にしろ等と
しつこく富士宮ボーイの管理者にけしかけたり煽るような書き込みをして 恫喝をしていたのは
あべひさん あなたですよ

しかも ポチョドンも含めて願いが叶うと 急に丁寧な文章を示して
ご苦労様です。などと ねぎらいまで掛けていたのは誰でしたっけ?
 

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