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Re:Monster――刺殺から始まる怪物転生記―― 作者:金斬 児狐

第四章 救聖戦線 世界の宿敵放浪編 

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二百八十一日目~二百九十日目

 “二百八十一日目”
 【青薔薇の庭園守ブラウローゼ・ガルヴァッヘ】の攻略を開始してから、何だか普段以上に身体の調子が良くなっている気がする。
 最初は俺だけかと思ったが、カナ美ちゃんや復讐者達にも聞いたところ、全員快調だと言っていた。
 俺一鬼なら勘違いで済んだだろうが、それが全員となると必ず何かしらの原因があるはずだ。

 その原因を考えた時、まず真っ先に思い浮かんだのは至る所から漂ってくる多彩な薔薇の芳香だった。

 ココは【薔薇の亜神】が創造した【神代ダンジョン】だけあって、多種多様な薔薇が自生している。
 ザッと思い返しただけでも、これまでここで見た薔薇は軽く百種類は超えているのではないだろうか。
 薔薇に関係する外見や習性を持つダンジョンモンスターや、物陰に隠れて発見できなかったり、特徴が類似していて一目で見分けられないモノも含めればもっと増えるだろう。
 もしかしたら認識している数の倍以上になるかもしれないほど、ここには数多くの薔薇がある。

 そうすると、甘かったりサッパリしていたりとそれぞれ異なる特徴がある薔薇の芳香の中に、安眠効果や体力回復効果があるものが混じっていても可笑しくはない。
 周囲の匂いはその時の体調や精神状態の良し悪しを左右する要素の一つでもあるので、それなら現状を説明できる。

 しかしそうなると、嗅いだ者を快調にさせるのとは逆に、不調にさせる毒性の芳香が混じっていないのは些か変だ。
 現に毒性を持つダンジョンモンスターは何種か確認している。
 なのに攻略者の体調を良くする芳香だけしか存在しないなんてのは、攻略されたら困る【薔薇の亜神】が用意するとは考え難い。
 攻略されない自信があるのかは俺の知るところでは無いが、【薔薇の亜神】の立場となって考えれば、快調にさせるよりかは不調にさせる芳香の方を多く混じらせるのが妥当ではないだろうか。
 仮にそんな芳香効果を持つ薔薇が元々無かったとしても、【薔薇の亜神】が新種を創造できないとは考えられない。

 だが現実として、今のところ身体の快調はあれど不調を訴える者はいない。

 これは俺達が運良くそういった類いの芳香が流れてこない場所を移動しているだけ、というのも低確率だが無くはないだろうし。
 あるいは、そういった状態異常バッドステータス系の芳香は数が多い代わりに効力が弱いだけなのかもしれない。

 まあ、もっと単純に考えれば俺には【状態異常無効化】があるし、カナ美ちゃんは種族的に状態異常は効きが非常に悪い。【陽光の勇者】である復讐者とその【副要人物】である四人は各種耐性が常人よりも強靱だから効果が薄い、といった所だろうが。

 事実がどうなっているかは調べる暇がないので今は深く考える事を止めるとして、何にしろ、ここの居心地は悪くない。

 外界よりも強化されているダンジョンモンスターを退けられる実力さえあれば、ここは景色が綺麗だし、透き通るほど綺麗な水は美味しく、薔薇の芳香が混じった清浄な空気で癒やされる、自然豊かなリゾート地のようなモノだ。
 迷宮内なので台風や地震といった自然現象などに悩まされる事も無く、ゆったりと時を過ごせるだろう。

 ――そうだ。
 攻略してココを手に入れた暁には、総合商会≪戦に備えよパラべラム≫専用の保養地を建設する事にしよう。

 普段の殺伐とした生活を一時でも忘れたい時などにはここの環境は良さそうだ。
 それにここで採れるドロップアイテムは様々な面で非常に重宝する事になる。

 薔薇を加工したアロマオイルやアロマキャンドル、ローズティーやローズジャムは間違いなく売れる。商売の主軸の一つになるだろう。
 ブラックスケルトンを使用したアンデッド機構による大量生産が確立できれば各地に新設している店舗で安定して売りに出せるだけでなく、王侯貴族や豪商向けに最高品質の商品を売り出すなど上手くやればブランド化も夢じゃない。

 その他にも色々と考えるべき事案は多いが、ふと、薔薇の果実はローズヒップリキュールといった酒の材料になる事を思い出した。
 密閉ビンや蒸留酒や氷砂糖など薔薇の果実以外にも必要な材料はあるが、比較的簡単に造れる酒である。

 ――自作の酒、是非飲んでみたい。
 そういう思いが湧いた。

 実は最近、店で買ったり迷宮で迷宮酒を集めるだけでなく、自家生産するのもいいのではないか? と思い始めていたりする。
 前世では多忙な仕事で暇が無く、かつ法律が邪魔で手は出さなかったが、この世界ではどうにかなる。
 一応密造酒禁止といった感じの法律があるものの、王族であるお転婆姫か、あまり頼りたくないが第一王妃にでも頼めば簡単に許可を貰えるだろう。
 許可さえあれば大森林の拠点だけでなく、王都の屋敷でも堂々と製造可能だ。

 それに幸いな事に、肝心の酒造りの知識と経験がある団員は数名だが居たりする。
 それはエルフ達だ。あのエルフ酒を造っていた氏族出の者が、意図していなかったが過去のゴタゴタで吸収した際、混ざっていたのである。
 本人というか本エルフが言うには下っ端として働いていたらしいが、長い時を生きるエルフ達の腕前は過ごした時相応に熟練で、知識も豊富だった。
 【職業】による補正は得られないが、それでも十分成果を期待できるだろう。

 しかし納得のできる良質な酒を造るとなると材料の質などに加え、年単位の時間が必要であり、また成功するまでには多くの失敗を経験する事になる。
 手間も時間もかかるので造るかどうかは今まで迷っていたが、決断する時が来たらしい。

 ――よし、本格的に造ってみよう。

 と思い立ったが吉日として、早速イヤーカフス経由でお転婆姫に連絡。事情を説明して許可申請すると、速攻で許可された。
 流石お転婆姫、フットワークが軽い。
 感心していると、お土産を頼まれた。少年騎士の誕生日が近いらしく、それで上等な迷宮産の武具が欲しいそうだ。
 手頃なのがあるので、了承して連絡を終えた。
 全く、お転婆姫は相変わらず抜け目無い、と苦笑いが溢れた。

 ともあれ、酒を造る事が決まった現在、ココを絶対に攻略しなければならない理由が一つ追加された事になる。
 【薔薇の亜神】には悪いが、容赦なく略奪させてもらおうか。最高の酒を造るためにッ。

 自作の酒は美味いだろうなー、と膨れた妄想は一端脇に置いとくとして、昨日手に入れたドロップアイテムなどを使用した朝食を堪能している間に、一気に増えた諸々について整理してみよう。

 まずは、【剣闘鬼けんとうき】を得た剣闘王についてだ。
 剣闘王は称号【剣闘鬼】による強化・補正によって、戦闘能力が大きく向上している。
 特に長年の鍛錬によって鍛えられた身体能力の上昇率が他の者達よりも高いらしく、強化された膂力は以前よりも重量のある得物を小枝のように軽々と操る事を可能とし、卓越した技巧から繰り出す攻撃は敵に反応すら許さず圧倒する。
 それに加え、【剣闘鬼化】という能力を新しく得たようだ。
 使用すれば反動が大きく、効果終了後は使用時間に応じて動けなくなるなど難点は少々あるが、【剣闘鬼化】とは人間としての身体能力を一時的に鬼人ロードと同等以上の状態に引き上げ、かつ剣闘王が持つ【剣闘士グラディエーター】や【格闘士グラップラー】を始めとした、高レベル【職業】補正が加算された状態にする能力である。
 分かり難いなら、後天的に【混沌種ミックスブラッド】となる能力、とでも思えばいいだろう。
 これを使えば、剣闘王は一時的ではあるが【英勇】と同等以上の存在になる事も可能である。

 ただ正直な事を言えば、剣闘王が【鬼乱十八戦将】に選ばれるとは思ってもいなかった。

 いや、まあ、剣闘王は配下の中でも強い方だし、子供達の戦闘面を担う家庭教師として活躍してくれているのは間違いない。
 純粋な力の信奉者でもあるため、真正面から捩じ伏せた俺に対する忠義も厚く、裏切られる心配のない――分体が【寄生】しているのでそもそもあり得ないが――有能な配下だ。
 戦いに対する姿勢というか、嗜好というか、まあ精神的肉体的な部分で上手い具合に合致したのか、団員達による周囲の評価も悪くはなく、自然に溶け込んでいる。
 今後の聖戦では大いに活躍してもらう予定の人材だった。

 が、それでも選ばれるとは思わなかった、というのが正直な感想である。
 しかしまあ、いいか。悪い奴ではないし、結果を出せば問題ないさ。と言う事にしておこう。
 深く考えるだけ無駄である。

 次は、【煉獄剣れんごくけん】を得た熱鬼くんについて。
 熱鬼くんは一時期、風鬼さんと幻鬼くんと共に鍛えていた。大森林を出たばかりの頃が何だか懐かしいが、それはともかく。
 直接指導した事が切っ掛けになったのか、元々戦いを好む“灼熱鬼フレイムロード”だったからかはハッキリとしないが、あれからも時間を見つけては熱心に鍛錬し、戦場では戦果を上げ、迷宮遠征にも果敢に挑んでレベルを上げていた。
 迷宮に挑戦している時には特に仲の良い“疾風鬼ゲイルロード”の風鬼さんと“幻想鬼イルーシェンロード”の幻鬼くんと組む事が多く、この度もとある迷宮を攻略中、三鬼同時に【存在進化ランクアップ】して、しかし熱鬼くんだけが称号を得たようだ。
 これは風鬼さんと幻鬼くんが【鬼乱十八戦将】である可能性がグッと減った事になるのだが、それは一先ず置いとくとして。

 “灼熱鬼”だった熱鬼くんは“煌焔鬼ブレイズロード・亜種”に。
 “疾風鬼”だった風鬼さんは“暴嵐鬼ストームロード・亜種”に。
 “幻想鬼”だった幻鬼くんは“夢幻鬼ヴィジョンロード・亜種”に。

 三鬼とも今回【存在進化】した際、それぞれ【亜神の加護】を得て【亜種】になっている。
 残念ながら【帝王】類までは届かなかったようだが、それでも十分強力な鬼種であるのは間違いない。
 それぞれ細部は少々変わっているし、何の【加護】を得たのか、そういった細かい部分は面倒なので今回は省くとして。

 熱鬼くんも剣闘王などと同様に、単純な戦闘能力が向上しているようだ。
 ただでさえ日々の鍛錬で鍛えられていたのに、“灼熱鬼”よりも近接戦闘に優れた“煌焔鬼”となった事に加えて称号による強化が相乗効果を発揮し、“煌焔鬼”という種族の限界を突破して、【英勇】かそれ以上の段階に達しているようだ。
 そして剣闘王同様に、【煉獄鬼剣】という新しい能力も得ている。
 熱鬼くんの鬼珠オーブは解放されると炎を吹き出すフランベルジュになるのだが、【煉獄鬼剣】を使うとそれがより巨大化し、纏う炎が強化された状態になる。
 まるで小さな太陽のような状態になるので、【耐性】や【完全耐性】が無ければまず近づく事も困難になるだろう。
 下手に使うと味方まで巻き込んでしまうのが難点だが、事前に対策をとっていればいいだけなので、使い勝手はそこまで悪くない。
 何はともあれ、聖戦に投入する戦力の充実はめでたい事だ。
 めでたいついでに、他の二鬼にも祝いの品を贈るとしよう。一緒に行動する事が多いのだから、早急に炎熱に対するマジックアイテムは必要になるだろうからな。

 そして最後に、【五業鬼ごごうき】を得た五鬼戦隊についてた。
 まず、こいつ等はどこから突っ込めばいいのか悩む事から始まった。
 なんで五鬼で一つの扱いなんだ、とか。五鬼揃わないと能力に制限が発生するのだろうか、とか。もし一鬼でも死んだりして欠番になれば、効果を十全に発揮できなくなるのだろうか、とか。
 色々と思う事はあるが、まあ、それはさて置き。
 五鬼戦隊も、熱鬼くん達同様に【存在進化】して称号を得たらしい。

 成った種族は五鬼共に“業鬼カルマ・亜種”だった。

 “業鬼”とは簡単に言えば、“鬼人ロード”系統ではなく“大鬼オーガ”系統の上位種、となる。
 三メートル五十センチ以上はある筋骨隆々の巨躯に、敵対する者を自然と畏怖させる凶暴な面、腰まで伸びた強靭な頭髪、そして個々によって異なる生体武器と生体防具を所持している。
 鬼人ロードのような引き締まった体型はしていないが、その分だけ身体能力はかなり高いようだ。
 メイジ系の二鬼は魔力や知能などにも能力が伸びている事で身体能力は他の三鬼よりも落ちているようだが、それでも平均的な鬼人を越えている。
 これまで叩き込んできた戦闘技術もあり、その戦闘能力は格段に向上しているのは間違いない。
 それからそれぞれの象徴色である【赤】【青】【黄】【緑】【灰】に体色が染まっているので見分けやすくなっているだけでなく、色によって能力にも若干差異があるようだ。

 そして剣闘王や熱鬼くんのように、五鬼戦隊達にも固有の新しい能力が備わっていた。

 それが【五業戦隊】である。
 これを発動すると、五鬼戦隊は全身を覆う象徴色に染まったラバースーツに金属装甲を追加したような特殊な生体防具を装備する事になる。
 全身を隙間なく覆う生体防具は俺が持つ【外骨格】のようにパワーアシストシステムのようなモノが搭載されているらしく、ただでさえ向上した身体能力を更に高める効果があるらしい。
 しかもその外見は、何だか戦隊モノに登場するヒーローのようなデザインをしていた。
 元々仲間思いというか、他者に対して慈愛を、外道に対して制裁を、的な事を考える性格というか性質を持つ五鬼戦隊達にとってはピッタリな能力のような気がしないでもない。
 あと奥の手として合体攻撃があったりなかったりするようだが、それはまたの機会に語るとしよう。

 ザッと情報を纏め、整理し、思考を切り替える。
 とりあえず五鬼戦隊はこれまで例の無い事案となってしまったが、他はこれまでと大差ないのでこのままでいいとしよう。

 さて、準備が終われば今日も元気に攻略だ。
 これまでにクリアした石碑の課題は八十八。かなりのハイペースではあるが、まだまだ道のりは遠そうである。
 サッサと終わらせて次に行く為に、簡単なモノからまずはクリアしていく事にしよう。


 “二百八十二日目”
 『アルマンローズを三輪納品せよ』
 『“薔薇臭尾ローズスカンク”を百体討伐せよ』
 『ロサ・アルバデッサの根、ナイトイバラの秘棘、ケルティフィアの月雫を納品せよ』
 『アンダル湖に沈む船、そこに自生するアンブロシトラをアーゼンブル湖に沈む船の船長の亡骸に手向けよ』
 『ブルステラ庭園区を支配する“赤薔薇亜龍レッドローズ・プラントワイアーム”を討伐せよ』
 『愛しきあの人の墓標に、思い出の薔薇を手向けて。それが、私の最後の望みです』
 『朱三輪、黄五輪、碧九輪に、黒十輪、明けの時刻に奉納せよ』等々。

 石碑の課題は非常に簡単なモノから難解かつ困難なモノまで様々だ。
 正直な感想を言えば、一定数の特定ダンジョンモンスターを討伐するタイプの課題はまだ楽だ。
 一部階層ボスというか、フィールドボスクラスの強さを誇るダンジョンモンスター討伐モノも混じってはいるが、まあ、復讐者達だけでも何とかなる。

 だがしかし、その分だけ納品系は厄介だ。
 まず、普通なら多種多様な薔薇を見極める事からして難しい。俺は【物品鑑定ディテクト・アナライズ】などがあるので何とかなっているが、そうでなかったらこれ程早く攻略する事はできなかっただろう。
 普通は専用のマジックアイテムを用意するとか、専門家を連れてくるとか、勉強するとかが必要になる。

 面倒ではあるが、しかし納品系の中でも指定された個数を納品する類はまだマシな方だったりする。

 奥に進むにつれて石碑の試練には謎解きの要素が追加され、手当たり次第に納品するという力業すら通用しなくなっていくからだ。
 地名など謎解きの鍵となるキーワードが判明しているのなら楽な方なのだが、例にも出した『愛しきあの人の墓標に、思い出の薔薇を手向けて』『朱三輪、黄五輪、碧九輪に、黒十輪、明けの時刻に奉納せよ』など、どうすればいいのかは分かるが、意味がよく分からん事も多々ある。

 これ等の謎を解くには周辺を精査し、石版や石柱、ドロップアイテムに混じる紙片から情報を纏め、答えを導き出す必要が出てくる。
 それがまた何とも時間と根気が必要になる。
 ココを造った【薔薇の亜神】の根性は絶対にねじ曲がっていると思う。
 いや、確かに攻略されない、という点では非常に優秀だろう。実力者が全員頭がいい訳ではないのだから、搦手で攻略させないようにするのはいい考えだと正直思う。

 だが攻略する側としては話は別だ。
 絶対にダンジョンボスに挑戦する時には、俺自らが手を下してくれる。また残骸すら残らなくなりそうだが、それも仕方ない、と思う事にしよう。
 未知の味の開拓を諦め、そう思ってしまうくらい、俺はこの手のダンジョンは嫌いらしい。

 しかしこのままでは予定が遅れてしまうので、もう少しペースアップする必要がありそうだ。


 “二百八十三日目”
 現在、数日をかけて攻略した石版の数は百六十八。
 無数の分体を散らばらせ、優れたアビリティを使い、ありとあらゆる手段で模索した結果辿りついた石碑の数は二百。

 つまりあと残された石碑の数は三十二という事になる。

 しかもその内容は入口から遠く離れた奥地にある為か、『ヒースタル・サファイアローズを三輪を納品せよ』や『アルマッドローゼを天上園区の祭壇に捧げよ』といった比較的簡単でありながら相応の知識を要求されるようなのが十五。
 『アリス庭園区の“赤き女王の薔薇騎士団レッドクイーン・ローズナイツ”を殲滅せよ』や『擬態し逃走する“薔薇逃走兎ローズエスケープラビット”を無傷で捕獲せよ』といった少し面倒でありながら高い戦闘能力を要求されるのが十二。
 『灼帝の花弁纏う翡翠の蔦、蒼天の下、黄金の器に捧げられん』や『生命の母に抱かれた青き種子、禍々しく芽吹く前に摘み解さん』といったまず指示の内容を理解する事からして難関なのが五である。

 とりあえず分体で収集した情報を元に行動を最適化。
 納品系の物は予め採取し、あまり無駄にならないルートで順序よく攻略していく。
 これまでは復讐者達の鍛錬も兼ねていたので大半は任せていたが、ここでの鍛錬はもういいだろうという事で、手を貸してサッサと終わらせる事にした次第である。

 それでも時間はかかったが、夕方には最後の石碑をクリアした。
 するとまるで祝福されているような音楽が聞こえた。反響音等はないため、恐らく総数二百の石碑をクリアした者だけが聞く事が出来る、脳内に直接響く類の音楽なのだろう。
 など無駄な事を考えていると、最後にクリアした石碑がゴゴゴゴゴゴゴッ、と音を発しながら震えた。かと思えばゆっくりと後ろにスライドし、石碑が在った場所に、ダンジョンボスが待ち構えるボス部屋に続くのだろう階段が出現したのである。

 何だか凝った演出だな、と感心しつつ、青みがかった銀色の金属で出来た階段を下りていく。
 壁には等間隔で光を発する薔薇が生えていて、視界は良好だ。

 階段は思ったよりも短く、せいぜい一分少々降りた所で終わった。
 到着した先にあったのは最後の休息をとったり、装備の点検をするためにある二十メートル四方程度の空間と、その先にダンジョンボスが待ち構えているボス部屋がある事を示す青い薔薇の装飾が施された巨大な門だけだった。

 普通ならココで休憩するのだが、俺達は準備万端なので止まる事なく門を押し開いて中に入る。
 中に入ったボス部屋は青白い光で満たされた、巨大な青薔薇を中心とする薔薇の庭園だった。

 入口から最奥まで真っ直ぐ伸びる横幅四メートルほどの石畳の道。
 その上にかかる薔薇のアーチは幾つも連なり、それ以外の場所には赤白黄紫など色とりどりの薔薇が色毎に区分されながら視界一面を埋め尽くすように生えている。
 まるで薔薇の海のようであり、石畳の道から逸れれば、そのまま薔薇に飲み込まれてしまいそうだ。
 ふと空を仰げば、天上はまるで星々の輝く夜空のような色合いで、中央には青白い光を発する一輪の巨大な青薔薇が埋め込まれていた。
 恐らく迷宮都市≪グローリーローズ≫の中央に咲いていた巨大な青薔薇と同質のモノであり、薔薇が発生させている月光のような光は庭園を照らし、幻想的な空間を演出していた。

 そんなボス部屋の大きさは縦横三百メートル、高さ百メートルほどだろうか。
 決して広すぎるという事はない。ここの一階の広さを思えば、慎ましさすら感じられる空間しかない。

 しかし狭いのには何かしら理由があるはずだ。
 色ごとに、まるで何かを描くように規則正しく生えた薔薇も気になる。
 何かしらの意味があるのだろうか。

 そう思い、警戒しながら、俺達は最奥に生えた巨大な青薔薇で出来た玉座に座す、ダンジョンボスに視線を向けた。
 【青薔薇の庭園守】のダンジョンボス“青薔薇の女帝華ブルーローズ・エンプレスフラウア”は、非常に美しい、ドリアーヌさんのような植物系統の女性体だった。

 青銀色の長髪を三つ編みにして首の横に流した頭部には、青薔薇で造られた豪奢なティアラをつけている。
 双眸の色は深い碧色で、どこか憂いのある美貌は見る者を【魅了】する魔性を秘め、魅入られれば生気を吸い取られてしまうだろう。
 白い柔肌は触れれば溶けてしまいそうなほど儚く、身に纏う青く華美な装飾が施されたドレスは“青薔薇の女帝華”の魅了を引き立てる。
 まるで青薔薇を逆さにしたようなふんわりと広がるスカートは可愛らしさを演出すると同時に、得体のしれない何かを隠していそうな雰囲気がしていた。

 正直、女帝というよりは、花園の姫君、のように見える。

 しかしダンジョンボスだけあって、その実力は本物らしい。
 俺達が入ってから数秒後、ゆっくりと気品すら感じられる動作で玉座から立ち上がった“青薔薇の女帝華”はどこからともなく取り出した青薔薇の杖を掲げ、美声を発した。

 その美声はボス部屋全域に響き、それに合わせて周囲の薔薇が蠢いた。
 かと思えば寄り集まった薔薇が次々と屹立していく。
 寄り集まって形作られているのは人型だ。一階でもよく見かけた“薔薇騎士ローズナイト”である。
 個体としての能力は決して高くないが、それがざっと見て千体近く出現した事になる。
 守るべき主君である“青薔薇の女帝華”には近づけさせない、とでも言うに、薔薇騎士達は俺達の前に立ち塞がり、“青薔薇の女帝華”は視界から消えてしまった。

 それにどうやら薔薇の色毎に役割が違うらしく、一番手前に居る黄色系統の“薔薇騎士”達は身体が隠れてしまうほど大きな盾を掲げて並び、その後ろの赤色系統は五メートルはありそうな長槍を盾の隙間から突き出し、紫色系統は薔薇で構成された弓矢を番え、最奥に居る白色系統は薔薇杖を構えた。
 統率のとれた動作は一個の巨大な生命体を思わせる。
 普通に戦えば、軍隊を相手取る事に等しいだろう。

 まあ、関係ないが。
 俺はさっさと終わらせる為、カナ美ちゃん達を後ろに下がらせ、単鬼で前に出た。
 途端コチラに無数の薔薇長槍の穂先が向けられるが、気にせず朱槍を取り出し、朱槍の固有能力【血塗られた朱槍の軍勢ツェンペッシュ】を発動させる為に必要な魔力量の十倍以上を一気に込める。
 すると朱槍は膨大な魔力を注ぎ込まれて形状が微妙に変化し、激しく発光し始めた。
 狙い通りの反応に気を良くし、俺は更に魔力を注ぎ込んでいく。ついでに蓄えている【神力】の一部も込めてみた。

 以前、過剰なまでの魔力供給によって【召雷支龍・鮫縄】が【召雷黒龍・鬼鮫縄】へと改変された一件を覚えているだろうか。
 今回はそれの再現が狙いであり、それに【神力】を追加したのは単なる思いつきである。

 条件的には大きな差異が無いので高確率で成功するだろうとは思っていたが、しかし【神力】を混ぜた瞬間、まるで朱槍を中心に空間が圧縮しているような異常事態が発生した。

 渦を巻くように空間が歪み、迷宮までもがギシギシと軋んでいく。危険を察知したカナ美ちゃん達が壁際まで即座に退避した。
 持っている俺自身は特に何もないが、他は近づけば巻き込まれてしまいかねない。そんな異常空間を前に、流石に薔薇騎士達も動けないらしい。

 うん、自分でやっといてなんだが、正直、魔力だけならともかく【神力】まで込めたのはやり過ぎたかもしれない、と思わずにはいられない。
 どうかなー、大丈夫かなー、とちょっと心配しながら空間を貪り喰らっているようにも見える朱槍を中心に発生していた異常現象は、十数秒後には何とか無事に終息した。


 [【伝説】級マジックアイテム【飢え渇く早贄の千槍ガルズィグル・ベイ】が条件【現神装具】【現神力填】【超越供給】をクリアした事により情報が改変されました]
 [【飢え渇く早贄の千槍】は【幻想】級マジックアイテム【現鬼神器ヴァイシュラーダ飢え啜る朱界の極槍ヴラディスグル・ベルイガ】に成りました]


 それと同時に脳内アナウンスが響く。
 思わず【道具上位鑑定オール・アプレーザル・マジックアイテム】を使って、その性能を確認した。


 ―――――――――――――――――

 名称:【飢え啜る朱界の極槍ヴラディスグル・ベルイガ
 分類:【現神器/長柄武器】
 等級:【幻想】級
 能力:【血界生ず鬼神槍の軍勢ツェンペッシュ・ヴァルドラ】【鮮血餓吸の宝物殿ブラディン・プラネティス
    【絶望齎す朱界の顕現ワールゼピア・ゴシュテ】【双頭終源の鬼神龍ツヴァルブ・ゲシュペン
    【異教天罰】【神力変換】
    【不可貫通】【現神礼装】
    【■■■■】【■■■■】
    【■■■■】【■■■■】
 備考:【現神種】である夜天童子が【神力】を込め、【飢え渇く早贄の千槍】を改変させて生じた【幻想】級の【現神器】。
    その不吉な朱色に染まる穂先は万物を穿ち、数多くの恐るべき能力が秘められている。
    これに触れる事が出来るのは夜天童子本人か夜天童子の許しを得た者のみであり、許しなく触れた者には想像を絶する災いが降りかかる事だろう。
    【現神器】である為、破壊は例外を除き、絶対に不可能。


 さらに情報を閲覧しますか?
 ≪YES≫ ≪NO≫

 ―――――――――――――――――


 何となく分かったが、【現神器】の部分が分からないので≪YES≫を選択した。


 ―――――――――――――――――

 用語:【現神器】
 意味:限りなく神々に近い【現神種】が己の【神力】を【伝説】級以上のマジックアイテムに込める事で造る事が出来る。
    その性能は【神器】と同等であり、固有の能力を秘め、特定の条件を満たす事で更に強化する事が出来る。
    【鬼神】なら【現鬼神器】、【龍神】なら【現龍神器ドゥラゴラーダ】など、種族によって名称が若干異なるが、分類としては同じである。

 さらに情報を閲覧しますか?
 ≪YES≫ ≪NO≫

 ―――――――――――――――――


 なるほど、と頷く。
 どうも【現鬼神器】とやらになってしまったらしい朱槍を改めて見ると、穂先はより太く長く禍々しく、透き通る鮮血のような色に変化していた。
 その根元にある槍飾りは己の尾を喰む竜のような形状から、螺旋を描くように絡み合う二頭の鬼龍の様な形状に成っている。
 それによく見れば鬼龍の赤黒い眼がキョロキョロと動き、口に指を近づければ噛もうとしてきた。これ、生きているのではないだろうか。
 その他にも微妙に細部が異なっているがそれはさて置き、またけったいなモノに成ったと思いつつ、圧倒的な存在感を発する朱槍を地面に突き刺し、過剰に込めた魔力を消費させてその能力を発動させる。

 [現鬼神槍≪飢え啜る朱界の極槍≫の固有能力ユニークスキル血界生ず鬼神槍の軍勢ツェンペッシュ・ヴァルドラ】が発動しました]

 発動させた瞬間には、全てが終わっていた。

 視界一面に広がるのは朱槍の森だ。
 以前の【血塗られた朱槍の軍勢】が無数の朱槍を生じさせるのとは少し違い、【血界生ず鬼神槍の軍勢】は朱槍の大きさまで変えられるらしい。
 朱槍一本の長さは最大で五倍、太さは二十倍以上、といったところだろうか。最大まで大きくすると、ちょっとした木ほどの大きさがある。

 そんな朱槍の森に巻き込まれた“薔薇騎士”は全て足元から身体全体を穿たれて爆散したか、あるいは孔だらけとなって残骸を曝し、その奥で待ち構えていた“青薔薇の女帝華”は胸部にある核だけを正確に貫かれて果てていた。
 一分にも満たない戦闘はこうして呆気ない幕切れとなったが、少しはストレスが発散出来たのでよしとしておこう。
 朱槍の本体を地面から引き抜いて朱槍の森を消失させた後、的確に急所を破壊した事で非常に綺麗な状態で残った“青薔薇の女帝華”の死体が消える前に回収する。



 [ダンジョンボス“青薔薇の女帝華”の討伐に成功しました]
 [神迷詩篇[青薔薇の庭園守ブラウローゼ・ガルヴァッヘ]のクリア条件【初撃撃破】【軍勢殲滅】【女帝攻略】が達成されました】
 [達成者一行には特殊能力スペシャルスキル青薔薇の天上香ブラウローゼ・プロフト】が付与されました]
 [達成者一行には初回討伐ボーナスとして宝箱【青薔薇の姫君】が贈られました]
 [攻略後特典として、ワープゲートの使用が解禁されます]
 [ワープゲートは攻略者のみ適用となりますので、ご注意ください]

 [詩篇覚醒者/主要人物による神迷詩篇攻略の為、【薔薇の亜神】の神力の一部が徴収されました]
 [神力徴収は徴収主が大神だった為、質の劣る亜神の神力は弾かれました]
 [弾かれた神力の一部が規定により、物質化します]
 [夜天童子一行は【薔薇神之剪定鋏ブラウロープルーシザ】を手に入れた!!]

 [特殊能力【迷宮略奪・鬼哭異界】の効果により、制覇済み迷宮を手に入れる事が出来る様になりました]
 [条件適合により、[青薔薇の庭園守]を略奪可能です。略奪しますか?
  ≪YES≫ ≪NO≫]



 今回手に入れた【神器】である【薔薇神之剪定鋏】――掌に納まる程度の大きさで、刃は緩く弧を描き、バネによる機構が組み込まれている――と宝箱を回収し、≪YES≫を選択する。


 [特殊能力【迷宮略奪・鬼哭異界】が発動しました。現時点より[青薔薇の庭園守]の支配権は【薔薇の亜神】から夜天童子に移行しました]
 [以後、迷宮の調整は任意で行ってください]


 これでここでの目的は終わった。
 やり遂げた時特有の達成感に浸りながら、しばらくはこのタイプの迷宮には挑みたくないものだ、と思わずにはいられない。

 それから後片付けをしてワープゲートを通り外に出て、ゆっくり休みたかったので高級宿に泊まり、色々やってから寝た。


 “二百八十四日目”
 空には星の輝きが残り、まだ太陽が登らぬ薄暗い中、宿泊している高級宿を伺う微かな気配を感じて目が覚める。
 まだ残る眠気を散らしながら窓からそっと外の様子を伺ってみると、周囲の建物の陰に隠れている輩を複数発見した。
 窓から見える範囲内に隠れているのは三名程。
 それだけではないだろうと思い、【早期索敵警戒網フェーズドアレイレーダー】と【空間識覚センス・エリア】を使って全周囲を精査すれば総数は十二と判明し、そのほぼ全員が脳内地図上では“魔人ミディアン”と表示されている。

 三人で一組らしく、四組合同で一つの明確な意思の下に動いているのが明白な魔人の集団は、強力な認識阻害が施された黒いフード付きコートを羽織り、その下に藍色を基調とした各部位を魔法金属で補強した軍服のような防具を着込み、各種補助的な効果がある指輪型やイヤリング型マジックアイテムなど、統一された規格品を装備していた。
 得物は剣や短槍など各自で異なるが、所持する全ては【固有ユニーク】級か、あるいは【遺物エンシェント】級のマジックアイテムという充実ぶりだ。
 気配を消すのではなく周囲に溶け込ませ、音もなく動く身のこなしから高い技量が伺える彼・彼女等は攻略者というよりも、どこかの精鋭部隊だろうと予想がつく。

 眠気眼で考えを巡らすと、収集した情報の中に該当するのが一件あった。

 集団はどうやら魔帝国が誇る【六重将セクトス・ヘルビィ】が一人、【重藍将ヘルビィ・インディゴ】直属の【藍鋼密部隊インディメル・シークレットフォース】のメンバーらしい。
 魔帝国の敵を裏で消したり他国の情報を収集する事を専門とする裏方の精鋭部隊である、と思ってくれれば間違いではない。
 その職務内容から滅多に人前には現れないし、情報が極端に少ないのだが、はて、そんな存在が何故ここを監視しているのだろうか?

 と考えるまでもなく、俺達が狙いだろう。

 僅かに漂うタツ四郎の匂いを辿ってきたか、あるいは様々な情報を収集した結果俺達が怪しいと判断した、といったところだろう。
 流石に分体による情報収集にも限界があるので正確な答えは出せないが、大きく外れていない筈だ。
 もしかしたらこの宿に運悪く彼等が動くに値する政敵とかがいるのかもしれないが、そんな可能性は極僅かである。

 思ったよりも動きが早く優秀だと関心しつつ、自分で淹れたモーニングコーヒーを堪能する。
 相手が手を出してこないのなら放置していても構わないだろう。もし手を出してきたなら、その時には相応の対応をとればいいだけだ。

 そう思いながら、朝日が昇るのをコーヒーを堪能しながら待った。
 しばらくして太陽が昇れば、外の様子を伺った窓から黒く巨大な薔薇が陽光によって照らされていく光景がよく見えた。
 かつては【青薔薇の庭園守】という名称で、現在は【黒薔薇の鬼哭園】となった迷宮の入口がある巨大な薔薇は、青色から黒色へと大きく変わったもののその役割は変じる事なく存在している。
 昨日の晩に突如として変化した為、今朝になるまで変化に気がつかなかった薔薇の周辺から喧騒が広がっているのがここからでも分かった。

 まあ、これまで変わらず青かったのが急に黒く染まれば、そうなってしまうのも無理はないだろう。

 そんな事はさて置き、コーヒーを飲み干した後は、既に起きているカナ美ちゃん達と共に朝食を頂いた。
 高級宿だけあって、出される料理は絶品である。
 迷宮産の食材を惜しげもなく使用した料理は味だけでなく、薔薇によって煌びやかに飾られていて、一種の芸術品のようだった。
 それを崩す時は美しいモノを穢す時特有の背徳感や優越感なども混ざり合い、より複雑な深みを生み出していた。
 ウマーウマーと言いながら堪能していく。
 本職が丹精込めて造った料理は、やはり美味いものである。

 そうこうして準備を終えてチェックアウト後は迷宮都市に点在している武器店や防具店などに寄り道はせず、骸骨百足に乗ってサッサと外に出る。
 監視されている現状を考え、長居は無用と判断した訳だ。

 しかし【藍鋼密部隊】が追って来ると思っていたのだが、そうならなかった。一応都市内では尾行してきたが、外ではそこでピタリと動かなかったのだ。
 骸骨百足の移動速度と、外では追跡してくる者が目立つからそれを避けたのかもしれない。

 まあ、どうでもいい話だ。
 とりあえず、俺達は次なる目的地、魔帝国と獣王国の国境近くに存在する迷宮都市≪ディギャンブリン≫を目指して街道を駆け抜けた。


 “二百八十五日目”
 迷宮都市≪グローリーローズ≫から迷宮都市≪ディギャンブリン≫までは結構距離がある。
 普通の馬車なら凹凸の多い悪路や山岳などの難所があるので、週単位で計算する必要があるほどだ。
 しかし骸骨百足なら悪路だろうが難所だろうがお構いなしに突き進める。
 なので普通から考えれば非常識な速度で進む事が可能である。

 例え追跡されたところで振り切る自信はあった。
 しかし≪グローリーローズ≫を抜けた後、しばらく経過したある時を境に、ずっと何処からか監視されている気配がついて回っている。
 何処にいるのか周囲を探って見ても、それらしい反応は見当たらない。
 これは恐らくクギ芽ちゃんのように感知能力に特化した種族か、同系統の能力を有する存在によって監視されている、ということなのだろう。

 俺は種族的な能力と複数のアビリティによって広大な知覚範囲を誇っているが、流石に特化した存在には劣っている。
 その為、監視者の詳細は分からなかった。
 一応、周囲に分体を多数散らばらせて人海戦術で探せばどうにかなるだろうが、下手に分体を使えば情報を収集するどころか監視者に分体という大きな手札を知られる事になる。
 分体による諜報は、発覚していないからこそその効力を発揮している部分がある。だからこそ一旦知られれば、今後情報収集が困難になってしまうだろう。

 だから現状コチラから監視者を発見する手段はほぼないのだが、そんな事知ったこっちゃねーぜ、とばかりに進んで行く。
 監視されているのなら、追いつけないほどの速さで駆け抜けてしまえばいい、という簡単で単純な考えから導き出した答えだ。

 骸骨百足の類稀なる踏破能力によって悪路や難所をアッという間に突破し、最高速度のまま最短距離を突き進む。
 時には鬱蒼と生い茂る森林を抜け、広大な平野を駆け、険しい山を登り、切り立った崖を文字通りに飛び越し、舗装された街道を風のように進んでいく。
 街道では【盗賊】に襲われている馬車を発見したので遠距離攻撃で擦れ違いざまに助けたり、喰った事のないモンスターを発見したので降りて手早く狩ったりなど、ちょっとしたイベントをこなしつつただ前へ。
 日が暮れて星が輝く夜もそのまま駆け抜ける骸骨百足は、順調に行程を消化した。
 監視の気配は夕方頃には既に消えていたが、追いつかれる事も考えて夜通し進む。
 これで明日から安心して進めると思いつつ、休息を必要としない骸骨百足の上で寝た。

 “二百八十六日目”
 昨夜もずっと移動し続けた事により、迷宮都市≪ディギャンブリン≫まで残り僅かな距離にまで到達していた。

 あと数時間も移動すれば到着できるだろう。だが俺達はその手前にあるとある山の中腹に湧いていた天然温泉で一時のバカンスを楽しんでいた。

 ここ最近は攻略に次ぐ攻略だった事もあり、溜まった疲れをとる為、≪ディギャンブリン≫に到着する手前で偶然見つけた天然温泉をゆっくりと楽しむ事になった次第である。

 最初はただ源泉が湧き出していただけだったので、大人数で入る事は出来なかった。
 しかし【森羅万象】による地形操作によって造った巨大露天風呂は広く、そこそこの深さがあるので肩まで浸かる事が可能となった。
 露店風呂は立地が良かったので景色も良く、それを眺めながら一緒に入っているカナ美ちゃんと共に酒を楽しむ。
 天然温泉に溶け込んでいる様々なエネルギーが身体の深部にまで浸透してくる何とも言いがたい心地よさと名酒の深い味わいは互いに高め合い、最高の一時を演出してくれる。
 やはり温泉は最高だ。
 深部で凝り固まっていた疲れは解れ、温泉の効能によってこれまで以上の活力が漲ってくる。

 夢心地で堪能している俺達の近くでは復讐者達が裸体を曝す事に若干恥ずかしそうにしつつ、それでも温泉を堪能していたりするが、それはさて置き。
 しばらく温泉に浸っていると、温泉から垂れ流されている気配に興味を惹かれたのか、周囲にいたモンスター達がゾロゾロと集まってきた。

 小石や枝を武器として扱うだけの知能があり、基本的に群れを成して行動する“赤毛猿レッドエイプ
 ヒトの子供ほどの大きさがあり、茶色い体毛に包まれた愛らしい見た目と穏やかな気性から愛玩動物として人気の高い“鬼天鼠カピバーラ
 三メートルほどの巨躯を覆う剛毛と、何より異様な長さを誇る腕が特徴的な細身の“長腕熊ロングアームベア
 美しい銀色の毛皮が高額で売れるため密猟者などから常に狙われているが、圧倒的な戦闘能力により返り討ちにし続けていると言われる“白銀虎シルバータイガー

 などなど、集まってくるモンスターの種類は幅広い。

 そんなモンスター達はどうやら俺達に対して本能的に畏怖を抱いているらしく、ビクビクしながら一様に見つめてくる。俺達が何かしようとすれば、本能に従って即座に逃げ出す事だろう。
 もし俺達が温泉に浸かっていなかったら喰う為、集まったモンスター達を狩っていただろうからその反応は正しい。だが今は温泉を楽しんでいるところなので、モンスター達を狩ろうなんて気は起きなかった。

 俺がジッと見ても逃げないのでどうしたのだろうかと疑問に思っていると、どうやら温泉に入りたいが俺達が居るので行動に移せないように見えた。
 そこで軽く手招きしてみると、カピバーラ達を筆頭としてモンスター達が恐る恐る温泉に入り始め、そして温泉の気持ちよさに蕩けていた。
 種族が違うので表情はハッキリと判別できないが、リラックスしているのは何となく分かった。
 浴槽はかなり広く造っているので余裕はあったのだが、時間が経過していくごとに集まってくるモンスター達は多くなり、手狭に感じるようになった。

 仕方ないのでもう一つ造ってやると、そちらもすぐに埋まっていった。さらに追加で三つ目も用意すると丁度良い規模となった。
 一仕事を終えて、またゆっくりと肩まで浸かる。

 それにしても、普段ならば弱肉強食の世界なので狩る者狩られる者に分かれてしまうのだろうが、ここでは関係なく、モンスター達は等しく温泉を楽しんでいる。
 この辺りの生態系の頂点に等しいシルバータイガーの隣で、本来なら食べられる側のレッドエイプが寛いでいる光景など滅多に見られるモノではない。

 開拓の手もココには及んでいないらしいのでこの温泉がヒトに知られて荒らされる確率は低く、今しばらくはこんな光景が繰り返されるのだろうか。
 俺は思わぬ秘境を造ってしまったかもしれない。

 などと思いながら、俺は胸に擦り寄ってきた一頭のカピバーラの頭を撫でる。
 かなり大柄なカピバーラで、どうやら群れの長らしい。カピバーラは服従した相手に身体を擦りつける習性があるので、長がそんな行動をすれば、他のモノも追随する。
 スピスピ鼻を鳴らしながら擦り寄ってくる無数のカピバーラ達は可愛いモノだと思いつつ、カナ美ちゃんにもその滑らかな体毛を撫でさせた。

 可愛い可愛いといいながらカピバーラを抱きしめるカナ美ちゃんの方が可愛いと思うのは、俺だけだろうか。

 そんな惚気はさておき、その他にも昼飯を造ったりまた来た時の為に岩で小屋を建てたり、軽く復讐者達の訓練をして消費した魔力や体力を温泉で回復したりを繰り返していると、気がつけば夕方になっていた。
 思ったよりもゆっくりし過ぎたようだ。

 天然温泉の魔力、恐るべしである。

 せっかくなので、集まってきたモンスター達にブラックフォモールの肉を振舞ってやる。
 思わぬ宴会となってしまったが、まあ、こういう一日もたまにはいいだろう。
 懐いてしまったカピバーラやシルバータイガーに囲まれながら、一塊りとなって眠った。


 “二百八十七日目”
 早朝、温泉に浸かった後も巣に戻らなかったカピバーラを筆頭とした一部のモンスター達に見送られながら、俺達は迷宮都市≪ディギャンブリン≫に向けて出立した。
 機会があれば、また来ようと思う。

 そして出立してから数時間後、道中は特に問題も起こらず、俺達は無事に到着する事が出来た。
 昼前だった事もあり、巨大な門から伸びる審査待ちの長蛇の列に並んだ。
 審査を受けるまでに一時間以上は待っただろう。ようやく順番が来て、入場料を支払い、すんなり入る事が出来た。
 此処で例の監視者などから妨害でもあるかと思っていたのだが、どうも杞憂だったらしい。
 あるいは、監視者は魔帝国とは別口の存在だったのかもしれない。だからココで妨害などの手段がとれなかったとも考えられる。
 まあ、今は悩むだけ無駄だろう。
 俺達は一先ずの活動拠点となる高級宿を確保した後、周囲の散策に繰り出した。

 舗装された石畳の道。規則正しく配置された家屋。
 賑わいを見せる各種店舗。香しい匂いが漂う料理店。

 活気に満ちた中を歩き、そして目についた一際大きな賭場カジノに全員で入る。

 カジノの中では様々な種族の老若男女が思い思いに賭博を楽しんでおり、非常に賑やかだった。
 そして普通なら考えられない光景をチラホラ見る事が出来る。

 明らかに貴族だろう豪奢な衣服を纏う青年、平民だろう草臥れた中年男性、微笑みを浮かべる気品ある老婆、笑顔の可愛いうら若き乙女が一つのテーブルに座り、正装した青年ディーラーが真新しいトランプを慣れた手付きで配布している。
 本来なら社会的地位や権力的に対等ではなく隔絶した差がある筈の彼・彼女等は手札を見て一喜一憂し、あるいはそういった演技をする事で駆け引きをしていた。

 その他にも似たような組み合わせは多く、そこからはやはり社会的地位や権力など関係なく、対等な存在と勝負しているとしか感じる事ができないし、何より賭けに負けた者は勝者に賭けた物を素直に渡しているのだ。

 敗者は賭けた物を勝者に渡す。

 それは賭け事の大前提ではあるものの、ここ以外ではそもそも貴族などの権力者が平民などと賭博する事は有り得ない。仮にあったとしても出来レースだろうし、賭博で負けたとしても『そんなの知るか』と跳ね除け、あるいは『イカサマをした』などと言って殺しても可笑しくはない事を考えれば、ここのカジノは異常である、とも言えるだろう。

 しかしここ迷宮都市≪ディギャンブリン≫だけでは、これは至極当然のやり取りだ。

 なにせ、≪ディギャンブリン≫とは都市中央に存在する一際巨大なドーム型カジノ――【賭博の神】が造った【神級】の【神代ダンジョン】である【賭博の聖地ギャンブル・メッカ】――を中心に発展した迷宮都市だ。
 【賭博の神】のお膝元であり、かつ都市内にある大小無数のカジノ内は【賭博の神】の権能が薄くではあるが込められている事で一種の迷宮と言ってもいい特殊な場所と成っている。
 そのため賭博に負けた者が賭けた品の提出を拒む、逆恨みの末に実力行使して取り戻す、など定められた幾つかの規約に従わなかった場合、恐ろしい【天罰】が発生するようになっている。

 規約は普通に楽しむだけなら問題にすらならないモノが大半であり、抜け道が無い事もないのだが、それを破った時に発生する被害があまりにも大き過ぎる為、ココでは貴族ですら貧民に負けた場合は金を巻き上げられるようになっている。

 よって欲望と大金が動く迷宮都市の中ですら、≪ディギャンブリン≫という迷宮都市は特に明暗が激しく大きく入れ替わる場所としても有名である。

 さて、そんな場所に来て、カジノに入ってする事となれば決まっている。
 賭博を楽しむしかないじゃないか。

 ココには【賭博の聖地】から産出されるマジックアイテムの一種であるスロットマシーンやルーレットだけでなく、小型のモンスターを使ったレースや【剣闘士】などが命をかけて戦う闘技場コロッセオといったモノまで、様々なカジノゲームが豊富に取り揃えられている。
 どれにしようか考えながら、全員に小遣いとして金貨一枚分のチップを渡す。

 復讐者達が負けて素寒貧になっても渡したチップ程度ならすぐに取り返せるので、それぞれ思いっきり楽しめばいい、と言って送り出した。
 しかし一応、装備類だけは賭けるなと釘を刺しておいた。
 流石に装備品を賭けるとは思えないが、保険は必要だろう。それからチップが無くなればコチラに合流するようにも付け加えておく。

 そうして思い思いに散っていく背中を見送った後、俺は一人分空いていたテーブルに腰掛けた。
 カナ美ちゃんはそんな俺の横で、興味深そうにしている。

 俺が選んだのはクローズド・ポーカーというカジノゲームだ。
 トランプゲームの一つで、手役ハンドの強さを競いつつ心理戦も交えた奥深いゲームである。
 同じテーブルについているのは半魔人ハーフ・ミディアンの青年ディーラーを除いて四名。熊型の獣人男性、甲虫人の少年、人間の老婆、半鬼人の中年女性という組み合わせだ。
 一応、威圧感などは【威圧脆弱】で抑制しているのだが、俺が椅子に座った途端、四名だけでなくディーラーまで冷や汗を流し始めた。
 特に半鬼人の中年女性の反応は劇的で、震えながら涙を流し、神に祈るように手を合わせ頭を下げている。せっかくゲームするのにそんな反応をされれば楽しめない、といって止めさせようとしたのだが、中々頑固な女性だった。

 最後には半ば強制的に椅子に座らせ、ゲームを開始した。


 “二百八十八日目”
 昨日からカジノに入り浸りで、気がつけば徹夜してしまった。
 最初は客同士のゲームを楽しんでいたのだが、勝ち過ぎたのでカジノ側とのゲームになった。

 しかしそれでも勝ち続け、俺の手元には最高額の白金チップ――一枚で白金貨一枚分の価値がある――が十数枚積み上げられている。
 ここに入ってゲームを楽しんだのは、【賭博の聖地】を攻略するのに必要な軍資金を調達する為だったのだが、既に当初予定していたチップの約三割増となっていた。
 都市内で使用されているカジノのチップは一部例外を除いて他のカジノでも使う事が可能な共通チップなので、俺は本来の目的である軍資金調達が完了した時点で切り上げようとは思っていた。
 これは【賭博の聖地】以外のカジノは必ず経営者がいるので、あまり多く勝ち過ぎても運営やらが少し大変だろうと思った配慮だったのだが。

 しかし俺が出る前にココ――都市内有数の規模を誇る三大カジノの一つ【ジェムシェ・ラクード】の子豚のような支配人がやってきて、ゲームを取り仕切っていたディーラーに対して小声で『何としても金を回収しろ。出来なければクビだ』と言った。
 俺を見る支配人の目は怨敵を前にしたそれである。
 だから売られた喧嘩は買うしかないだろう、という事で最後まで続行する事にした。ギリギリまで絞ってやろう、という事だ。

 基本的に、カジノではカジノ側が最終的に勝つようになっている。
 一見勝っているように見えるが総合的に考えれば結局は負けている、というような状況を造るシステムになっているのだ。

 しかし豪運で勝ち続ける客がたまにいる為、様々な技術を駆使して金を回収する用心棒といっても過言ではない凄腕ディーラーが雇われている場合が多い。
 それはココ【ジェムシェ・ラクード】でも当然の事であり、規模相応の質と量が揃えられている。
 これまで相手にした数名のディーラーも、凄腕と言って差し支えないものだった。他のカジノならばトップディーラーとして君臨できるだろう。

 だが、それでも俺に敗れた。
 その度に俺のチップは高さを増した。
 ディーラーの中には一瞬で配布するカードを入れ替えるなどのイカサマをした者も居たが、僅かな挙動から見抜いてその一瞬を押さえる事は俺なら十分可能だった。
 それで得たチップも結構多い。
 ちなみにカジノでのディーラーの不正行為はカジノの信用失墜に直結するので、露見すれば即解雇クビとなる、らしい。
 支配人が嗾けたというのに、俺にイカサマを見抜かれたディーラー達は多分明日から無職になるだろう。何とも世知辛いモノだと思いつつ、これも弱肉強食だという事で諦めてもらうしかあるまい。

 そしてそうこうしていると、俺が手に入れた白金チップ全てを持って行かれれば【ジェムシェ・ラクード】は非常に手痛い出費となる状態にまでなった。

 それにいよいよ焦ったのか、支配人は奥の手を出してきた。
  それが俺の目の前に居る、ダンディーな魔人の中年男性である。
 周囲の観客が言うには、目の前の魔人ディーラーの腕前は都市内でも五指に入っているらしい。滅多に出てくる事はないそうだが、出てくれば必ず勝っているとか。

 そんな魔人ディーラーとはブラック・ジャックを行った。
 魔人ディーラーが真新しいトランプを執拗なまでにシャッフルし、その合間合間で殆ど気がつけないような技術でトランプの位置を調節していく。
 魔人ディーラーの思う通りにトランプが操作されれば、普通なら俺が勝つ事は非常に難しい。
 普段なら狂う筈のない魔人ディーラーの手腕は、しかし今回だけは鈍かった。

 魔人ディーラーより前にゲームを行ったディーラー達のイカサマを俺が見抜いた事による精神的重圧も少しはあるのだろうが、俺が垂れ流す威圧感と獲物を見つめる視線などによる物理的重圧、そして【黄金律】が【富呼びの福象】が【幸運ラック】が俺の勝利を強く後押しする。

 鈍い動きによってまずほんの些細な手違いが起こり、次第にそれが積み重なり、魔人ディーラーが組み上げた筈の勝利の道筋は捩れる事となった。

 結果、俺自身はアビリティに頼って特に何もしていないが、最後の魔人ディーラーにも勝って、手元には白金チップの山が出来た。
 流石に切り札だった魔人ディーラーが惨敗したからか、これ以上続ければそれこそ取り返しのつかない事になる、と判断して支配人も諦めたようだ。
 悔しそうにしているのを見ながら、ここで潰してしまうと迷宮を略奪した時の手駒が減ってしまうと判断し、膨大なチップを片手に外に出る。

 予定以上の大金を確保できたので、明日は本番となる【賭博の聖地】に挑む事にして、今日は都市を色々回る事にした。
 その時、露天を開いている老婆に『幸運のお守りはいらんかねー』と声をかけられ、小さな水晶が埋め込まれたイヤリングを差し出された。
 イヤリングはマジックアイテムの一種で、名称は【幸運の首飾り】という。
 効果は【幸運】をほん僅かに上昇させる程度の、子供の小遣い程度では買えないがそう高くもない、この都市ではそこそこ売れるが他の都市では見向きもされない程度のマジックアイテムである。
 手にとって見たところ、【粗悪インフェリオリティー】級に近い【通常ノーマル】級の品のようだ。数は多いが、そこまで役立つモノではないらしい。
 しかし今後を思えば、俺が持つ【幸運】のレベルを上げる足しになるだろう、と判断して露天にあるありったけを買った。
 それでも思ったより安く、都市を巡りながらポリポリ喰べれるツマミ感覚で消費した。
 数が多かったからか思ったよりも【幸運】レベルが上昇したので、いい買い物だったのは間違いない。
 また老婆に出会ったら買ってもいいだろう。

 ちなみに復讐者達は復讐者がコロッセオに出場し、勝ち続ける事で荒稼ぎしたらしい。
 最終的にはコロッセオの王者にすら完勝してしまったらしいが、まあ、そういう過ごし方もありだろう。
 稼いだ金で色々私物を買っていた。
 ここに来た本来の目的の為にも金が必要なので、今は抑え気味にしろと注意はしておこう。


 “二百八十九日目”
 さて、今日は昨日手に入れた軍資金を元手にして、【賭博の聖地】の攻略を開始する。
 ドーム型カジノである【賭博の聖地】の内部構造は五つの輪が重なり合ったモノをイメージすれば分かりやすいだろう。
 最も広く攻略者というカジノを楽しみに来た客が多い外縁区は第一区とされ、順々に狭まりながら第二区、第三区、第四区となり、最深部であり中心部は第五区とされている。
 他の迷宮のように階段を見つけて潜る、という単純な攻略法ではなく、その区画で定まった金額を稼ぐか、あるいは同じだけの金額を支払う事で次の区画に移動が出来るようになっている。
 区画を移動する為の金額は移動する毎に跳ね上がるが、その分だけ区画の賭け金レートが上昇する為、困難ではあるが不可能ではない。
 それに一度でも区画を移動し、その際に発行される許可バッジがあれば何度でもそこまでは無料で往復できるので、ココで財産を失っても、外で稼いで戻ってくる事が可能だ。
 魔帝国や獣王国の重鎮や豪商などでは、定期的にココで遊んでいる者も数多い。

 ちなみに許可バッジは個人専用なので他人が持っても効果は発揮されず、また誰でも入れる第一区には必要ないので第二区から発行され、その色は第二区が銅、第三区が銀、第四区が金、第五区が白金となっている。

 それからココで出現するダンジョンモンスターはその殆どがディーラーや内部の飲食店のバーテンダーなどとして働いている為、闘技場系など一部のカジノゲームを除いて戦う必要が無い。
 そのため女子供でも普通にココでは見かけるし、運がよければ奥の区間にまで進む事が可能、という内部構造になっている。
 ここも純粋な力押しでの攻略は困難ではあるが、罠も無く、ある意味シンプルなのでストレスは堪らないだろう。

 そんな【賭博の聖地】を軍資金の力によって一気に二区画分移動し、真ん中の第三区でカジノゲームを開始した。
 発行された銀色の許可バッジをアイテムボックスに収納した後は、とりあえず全員でスロットを回す。
 スロットは高速で回転しているが、俺達ならビタリと目押しできるので安定して稼ぐ事が出来る。
 イカサマのようでイカサマではない、身体能力由来の能力なので、不正を監視しているサングラスをかけた青年型ダンジョンモンスター“黒服ブラッククロース”達の動きはない。

 それにしても、流石に第三区にあるスロットだけあって、一度の稼ぎは上々だ。
 賭け金は大きいが、その分の見返りは十分にある。

 十数分ほどかけて一定量を稼いだ後は、とりあえず復讐者達には闘技場コロッセオ系の賭博で稼いでくるようにと言って送り出し、カナ美ちゃんを伴って何をするか考えながら彷徨った後、俺はルーレットのテーブルについた。
 テーブルについた時には既にゲームが始まっており、ダンジョンモンスターだろう北欧系美人ディーラーによって回される回転盤ホイール。その上を転がるボールが三十八区分されたポケットのどれかに落ちる。
 ポケットには三十六までの数字が刻まれ、最初の0は緑で、後は交互に赤と黒で染められている。
 俺は最初なので見送り、他のプレイヤー賭けベットを見物した。

 その後はしばらく少額を賭けてディーラーやホイールの癖がどうなっているのか観察しながら勝ったり負けたりした後、一目賭けという、特定の数字一つに賭ける事で配当が三十六倍になる大勝負に出て、無事に勝利した。
 途端周囲は凄まじい喧騒に包まれてしまったが、それも仕方ないだろう。

 今回俺が賭けたのは白金チップ二十枚。区画移動などによって減ってしまった軍資金の残りほぼ全てである。
 負けた時は出直す必要があったが、勝った事で俺の手元には一気に白金チップ七百二十枚の山が出来上がった。
 普通に国家予算に匹敵、あるいは凌駕する金額である。そりゃ騒がれてしまっても可笑しくないだろう。

 ただ多すぎて持ち運ぶのが不便なので、ほぼ全てを白金チップ十枚分となる黒金チップ――【賭博の聖地】でしか扱われていない――に両替してもらう。
 手元に残ったのは二十枚の白金チップと、七十枚になった黒金チップ。その重さを手に感じつつ、俺とカナ美ちゃんは復讐者達を迎えに行った。

 既に第五区まで移動出来るだけの金は十分すぎる程溜まったので、さっさと進む為だ。

 幸いにも復讐者達はちゃんと闘技場系のカジノゲームが集中している一画にいたので、探すのは簡単だった。
 見つけた時にはタイミングよく、復讐者の一撃で闘技場の王者が軽やかに吹っ飛ばされた瞬間だった。
 王者は連戦連勝の猛者だったらしく、勝敗予想では王者優勢だったらしい。その為復讐者が勝利した時の倍率は高く、復讐者に全額賭けていた四人はホクホク顔である。

 合流した復讐者達と先に進もうと思ったが、カナ美ちゃんの提案によって一旦【賭博の聖地】内にある飲食店で昼食をとる事にした。
 料理はかなり高額だったが、料理人型ダンジョンモンスターによって調理された料理は美味く、値段以上の価値はあっただろう。
 思わず数回ほど注文を繰り返した後、少し休憩してから移動した。
 次の第四区には第三区で一定量稼いだ――迷宮なのでパーティ全員の合計金額で上回れば良い――事によって無料で移動し、第五区には全員分の金を払って入場する。

 第五区は最深部だけあって到達できる者が他と比べて極端に少ない。
 その為そこまでの広さを必要としない第五区はこれまでと比べれば少々狭く感じるが、内装はどこぞの宮殿かと思うほど豪華であり、動く金額も桁違いだ。
 一勝負の勝敗で小国の国家予算が動く、とまで言われている。
 そんな場所だ、目まぐるしい程の盛者必衰が起こっているらしい。

 たった一度の敗北で全てを失う者も入れば、破産寸前からの大逆転に成功する者も居る。

 今も恰幅のいい中年のタヌキのような獣人が大勝負に負けて絶叫し、興奮からか顔を真っ赤にして勝利の雄叫びを上げている下着姿の半竜人が居る。
 分かりやすい反応だと思いながらそれを横目に通り過ぎ、俺達はとある一画に直行する。

 そこはまるで雑貨店のような場所だった。
 武具や魔法薬、書物や装飾品、握り拳ほどもある大きな宝石などが大雑把に区分され、統一感も無く数多く展示されている。
 商品の側には値札があり、売り物だとはすぐに分かるのだが、そのどれもがボッタクリではないのかと思ってしまうくらいの価格が表示されていた。

 しかし、実用的で強力な能力を秘める武具型マジックアイテム、【長寿】や【体内魔力増大】など強力な薬効がある様々な色合いの魔法薬、凄まじい魔力を内包した魔術書グリモワール、美しすぎて目が離せなくなりそうな宝物、不可思議な魔力を帯びた宝石などなど。
 鑑定してみれば、価格は確かに適正だと納得できる品々の山だった。

 何故【賭博の聖地】にこんな場所があるのかというと、そもそもこれ等は客同士ではなくダンジョンモンスター達との勝負に負けた者達がチップの代わりに賭け、結果として奪われた品々である。
 だが【賭博の聖地】に来る客ならともかく、ダンジョンモンスターがこれ等を得ても、正直使い道は無い。
 それならば、という事で賭けられた品々はここに並べられ、商品として扱われてココに来た攻略者ならば誰でも買う事ができるようになっている訳だ。

 一応、第五区以外の第一区から第四区までにも似たような場所はあったのだが、やはり最も質のいいのは第五区である。だからこれまではさらっと覗いただけで済ませてきた。
 だからこそ分かるのだが、やはり一目で分かるくらい、区画毎に商品の質は違っているようだ。無駄金を使わなかった甲斐があるというものだろう。

 ちなみに商品は一定期間、元の持ち主に優先的な交渉権があるので、展示されたからといって即座に他者が買える訳ではない。
 だから元の持ち主は金さえあれば買い戻す事はできるのだが、しかしそれは中々難しい事でもあった。
 賭けるとなると相応に高価な品である必要があり、そうなれば買い戻す為の金額も大きくなるからだ。
 ただでさえ賭けに負けてその代償とした物を買い戻すとなれば、その苦労はより険しいモノとなるのは明白である。

 そのため周囲には特定の商品を食い入るように見ながら、しかし溜息を吐いて諦めるように顔を振り、しかしまた食い入るように見ている者達がチラホラ見つけられる。
 賭けて奪われた品々がまだ誰かに買われていない事を確認し、誰かに買われないかハラハラしながら見つめ、そして誰かに買われるまで諦めきれない敗残者だ。

 そういう暇があるなら稼げばいいのに、と思いつつ、俺は掘り出し物を求めて物色を開始した。
 商品を手に取るたびに誰かの反応が有ったり無かったりしつつ、俺は一つの商品を手にとった。

 それは巨大な宝石だった。
 透き通るような青色をした宝石は、不可思議な魔力を帯びている。鑑定したところ、【封能の宝石シール・ジェム】というらしい。
 宝石ではあるが意思をもって握り締めればまるで風船のように握り潰す事ができ、潰すと封入されている【能力スキル】を獲得できる、という優れものだ。

 恐るべきことだが【賭博の聖地】では金銭だけでなく、様々な物を担保として、それに応じた金額のチップに替える事が出来る。
 武具などの所持品はもちろん、過去の記憶、自身の臓器、体内魔力の最大値、【職業】や【戦技】、感覚や積み上げた名誉などなど、所持している者ならば命ですら可能――ただし【殴打脆弱】や【寒冷脆弱】など価値が無い、または所持者の不利益になるモノは担保にならない――だ。

 そして得たチップを使い、勝てば問題は無い。
 担保にしているものも問題なく帰ってくる。

 しかし負けた場合はどうなるか。その果ての一つがこの【封能の宝石】だ。
 これには【戦技】や【職業】など、形には出来ない様々な能力が内包されている。
 本来そういった類のモノを物質化し、他者に付与する術は存在しないので、【封能の宝石】は【賭博の聖地】にしか存在しないアイテムと思えばいいだろう。
 そんな【封能の宝石】は、ここには探せば数は少ないが幾つかある。
 他の区画ではショボイものしか無かったが、最深部だけあって上質な【封能の宝石】が揃うココではお目当ての品があった。

 それが薄緑色の【封能の宝石】であり、内包するのは【魔蟲ノ天敵】という、とある【神代ダンジョン】で得る事の出来る特殊能力スペシャルスキルの一つだった。

 復讐者の目的にとって、あれば非常に有用な能力である。
 【神代ダンジョン】で得られる特殊能力の一つという事から希少価値は非常に高いのだが、特定の存在には致命的である事と引き換えに利便性は低い事から、【封能の宝石】の中では余り人気は無い部類になるらしい。
 価格はやや安めの白金チップ三枚。
 確かにこの金額なら他のもっと使いやすくて有用なモノが買えるだろうな、と思いつつ俺は即座に購入し、復讐者に握り潰させる。
 すると不可思議な光が発生し、復讐者に吸い込まれていった。
 これで復讐者は【魔蟲ノ天敵】を得た。ココに来た目的の一つはこれで達成できたので、さらに物色していく。

 商品の中には高額過ぎる為、長年売れ残っているモノも数多い。
 しかも【英勇】や【帝王】が賭けに負けて支払ってしまった【封能の宝石】も幾らかあるらしく、目が飛び出るほどの高額ではあるが、その能力の欠片達が売られていた。

 買おうかとも思ったが、それはココを奪ってからでいいか、と踏み止まる。

 何せ賭博には運の要素が絡んでくるので、これまでのように奪えない可能性があった。それを踏まえ、最低限クリアすべき目標として定めていた復讐者の一件も無事に達成できた。
 なのにここで散財して、その結果必要な時に軍資金が足りなかった、なんて事になれば目も当てられない。勝った時に、好きにすればいいだろう。

 そう思いつつ、俺は第五区の中央、盆地のように周囲よりも低いため、全周囲から観戦できる場所に佇むダンジョンボス“伝説の賭博師レジェンド・ギャンブラー”の前に座った。
 豊かな白髪はオールバックに整えられ、黒いベストと白いシャツをビシリと着こなし、蝶ネクタイをしたダンディーなレジェンド・ギャンブラーは、不敵な笑みを浮かべ、俺に『どのゲームで遊びますか?』と訪ねてきた。

 【賭博の聖地】にある数々のカジノゲーム。
 その中から三種類を選択し、三戦の間に二勝する事でしか、この“伝説の賭博師”は倒せないようになっている。例え俺が反応すら許さない速度の殴打を繰り出しても、触れる事すらできないだろう。
 だから俺は無駄な事をせず、最初に最も得意なルーレットを選択した。“伝説の賭博師”は頷き、床からルーレットがせり上がってくる。
 同時に音楽も流れ、俺が挑む事が第五区にいた客にまで伝わった。
 次第に増える観客、不敵に笑う“伝説の賭博師”は、『実は私、ルーレットが一番得意なんですよ』と言って笑みを浮かべた。



 [ダンジョンボス“伝説の賭博師”の討伐に成功しました]
 [神迷詩篇[賭博の聖地ギャンブル・メッカ]のクリア条件【過剰勝利】【逆転阻止】【超運招掴】が達成されました】
 [達成者一行には特殊能力【確率変動プロバビリティ・オシレーション】が付与されました]
 [達成者一行には初回討伐ボーナスとして宝箱【賭けの代償】が贈られました]
 [攻略後特典として、ワープゲートの使用が解禁されます]
 [ワープゲートは攻略者のみ適用となりますので、ご注意ください]

 [詩篇覚醒者/主要人物による神迷詩篇攻略の為、【賭博の神】の神力の一部が徴収されました]
 [神力徴収は徴収主が大神だった為、質の劣る神の神力は弾かれました]
 [弾かれた神力の一部が規定により、物質化します]
 [夜天童子一行は【賭博神之賽子ギャンブル・ダイス】を手に入れた!!]

 [特殊能力【迷宮略奪・鬼哭異界】の効果により、制覇済み迷宮を手に入れる事が出来る様になりました]
 [条件適合により、[賭博の聖地]を略奪可能です。略奪しますか?
  ≪YES≫ ≪NO≫]



 今回手に入れた【神器】である【賭博神之賽子】――黄金に輝く三つのサイコロ――と宝箱を回収し、≪YES≫を選択する。


 [特殊能力【迷宮略奪・鬼哭異界】が発動しました。現時点より[賭博の聖地]の支配権は【賭博の神】から夜天童子に移行しました]
 [以後、迷宮の調整は任意で行ってください]


 “二百九十日目”
 “伝説の賭博師”は強かった。
 ありとあらゆるカジノゲームに精通し、卓越した技量によって流れを支配する手腕は感服する他ない。
 その性質上単純な力押しは通用しない為、老若男女、【英勇】や【帝王】すら問わず万人が攻略できる可能性がありつつも、恐らく最も多く――入場者数で計算すれば――の攻略者が挑戦しながら難攻不落だっただけはある。

 ここにまで辿り着いた者達ですら普通なら弄ばれ、財産を巻き上げられるだけに終わっていただろう。

 だがしかし、前世で肩を並べた同僚の一人に、最高位の【未来予知プレコグ】と【接触感応能力サイコメトリー】を持つ凄腕のギャンブラーが居た事によって、今回俺は勝つ事が出来た。

 正直、二つの【超能力】を除外しても超一級の手腕を誇った同僚に比べれば“伝説の賭博師”は弱かった。
 今回のゲーム内容は面倒だし長くなるので省略するとして、早々に二勝した俺の前で、“伝説の賭博師”は笑みを浮かべたまま光の粒子に変わってしまった。
 どうやら喰べる事はできないらしく、残念に思った。喰べる事ができれば、更に有益なアビリティを得られたに違いないのに、何故光の粒子となってしまったのだろうか。
 それだけが残念でならない。

 しかしそれにしても、まさか元同僚に連敗した経験が生きるとは思わなかった。
 過去のレッドベアー戦では【悪臭】で助かったように、鬼生は何が生きるか分からないモノだと思いつつ、俺は“伝説の賭博師”の肉体が手に入らなかった不満をぶつけるように、【賭博の聖地】改め【鬼哭の賭場】の内装をチョイと弄る。
 正直なところ内装だけでなく難易度も弄りたかったのだが、既に絶妙な設定がなされているので手の入れようがなかった。
 他の迷宮ではダンジョンモンスターを強化すればいいだけだったが、この手の迷宮はそう簡単ではない。
 勝ち過ぎず、しかし負けないように設定するのにはセンスと知識が必要だ。内装を少し弄るだけが、俺が【鬼哭の賭場】で変えられる限界だろう。

 ただそれでも雑貨屋――正確には違うが、似たような場所なので――からカビの生えた売れ残り商品をチョチョチョイと回収する事は出来る。
 でも流石に過去の偉人達のモノだった能力を管理者権限を使って無料で回収するのは気が引けたので、“伝説の賭博師”で得た膨大なチップを消費する。

 このチップ、現金に換金する事はできるのだが、やりすぎると魔帝国の経済を狂わせる可能性が高いとして、一定額以上換金する事は色々アレコレあってちょっと難しい事になっている。

 そのため余ったチップを放出するのが丁度いいくらいだった。
 それでもまだまだあったりするのだが、また来た時に楽しむ事にしよう。

 ――さて、今回ので復讐者達の強化も一応の目処がついた。
 地力の強化もできたし、目的を達成するのに相応しい能力も得た。
 他にも色々細工はするし、これからも訓練は続けるつもりだが、待たせている赤髪ショート達の事もある。

 という事で、一旦王都に帰る事にした。
 なので、夕方まではココでショッピングを楽しんでいく。

 金は山ほどあるのだ。
 どれを買うか少し迷ったが、やはり本場として充実しているゲーム類は必須だろう。
 マジックアイテムのルーレットやスロットはもちろん、サイコロやトランプ何かも大量に買っておこう。
 これ等を≪パラベラ温泉郷≫に設置すれば、更にエルフ達の依存度を上げられるに違いない。そしてその分だけ金貸屋≪借金地獄≫が繁盛する事になる。
 そして借金を返せなくなったエルフは俺達の手足となって出稼ぎに励む。
 その結果、エルフは強くなるし、俺達は潤う。エルフの里は防衛力が増すし、外から持ち帰られるお土産や武勇伝が森の中での変わらなかった生活を少し彩る事になる。
 誰も損しない、いい事尽くめの流れの完成だ。
 グフフフフ、やはり賭博はするよりも、させる側に回った方が良い。そのついでに王都でも広めてやろう。そして貴族だけでなく市民も巻き込んでくれる。

 なんて悪巧みしていたのを見抜かれ、カナ美ちゃんに窘められた。
 ほどほどにしてあげなさい、という事らしい。

 その通りかな、とも思ったので、黙って頷いておく。
 実行する事には変わりないが、それはさて置き。

 魔法金属やら色々お土産を買い揃えていると夕方になったので、俺達は改めて【鬼哭の賭場】に入る。
 入口の近くにあるトイレに向かい、誰も居ない事を確認してワープゲートを展開。第五区に増設した俺達専用のVIPルームに直行し、そこに存在する【鬼哭門】の前に立つ。

 【鬼哭門】とは、俺が略奪した迷宮同士を距離など関係無しに繋ぐ門の事だ。
 左右の柱が金剛力士を彷彿とさせる二体の鬼――【鬼王】と【鬼帝】だろうか。像でありながら、まるで生きているような躍動感がある――である事を除けば、朱色の鳥居のような造形をしている。
 そんな【鬼哭門】内部は湾曲した空間が形成され、先を見通す事は出来ないが、しかし確かに他の迷宮と繋がっている。
 そう、これさえあれば超長距離だろうとほぼ一瞬で任意の迷宮に移動する事が可能なのだ。

 この【鬼哭門】の存在があればこそ、俺は各国の迷宮を略奪しようと決断し、実行に移した。
 そして【鬼哭門】は、来る聖戦にて、簡単だが重要な役割を果たす事になるだろうが、それは今は関係ない。

 ともあれ、俺達は【鬼哭門】を潜り、略奪した迷宮の中から王都に最も近い【鬼哭水の滝壺】に移動した。
 移動した先は最深部。轟々と落ちる清水と、広大な滝壺が在る。
 それを見下ろしながらワープゲートを展開し、外に最も近い隠し部屋に移動する。
 そして外に出た後は迷宮都市≪アクリアム≫を囲う壁の門が閉じる前に急いで外に出て、今回は骸骨百足は使用せずに走って王都に帰る事にした。

 走行速度は馬を簡単に抜く程速く、一切減速せずに進んでいく。
 ハイスピードハイペースな長距離走に以前の復讐者達ならば途中で力尽きていただろうが、今の復讐者達ならばついてこれる。
 伊達に【神代ダンジョン】を短期間で複数攻略していない。
 ダンジョンボスは俺が美味しくもらったが、それでも倒したダンジョンモンスター達の経験値は膨大だ。
 レベルは上昇し、生物として土台から強くなっている。
 まるで別人のようになった復讐者達を連れて、俺達は夜でも走り続けた。

 早く王都に到着して、ゆっくりと今回の成果を堪能したいモノである。
 予定外な事もあったが、美味そうなモノは数多く手に入った。
 どう調理してやろうかと思いつつ、俺は次なる予定を考えながら足を動かした。

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