前項では、高齢者の運転手の疲労が直接の原因だと見なした上で、粗悪な会社の存在を批判した。次のように。
高齢者を薄給で雇って、酷使して、低料金のバスを運行する……という粗悪な営業形態は、とても危険なものである。だから、このような粗悪な会社は、排除されるべきだ。
このことについては、続報ふうに、新聞記事がさらに出た。
《 基準額割れでバス違法運行 》
国交省は安全コストを軽視した過剰な価格競争を招かないよう、バス会社がツアーを請け負う際の運賃を、国が定めた基準の範囲内にするよう求めている。しかし同社は今回のツアーを、国に届け出た運賃の下限を8万円下回る19万円で請け負っていた。道路運送法違反になるという。
( → 朝日新聞 )
《 スキーバス転落:運行代金、基準下回る 》
バス運行会社の「イーエスピー」(東京都羽村市)が、ツアーを企画した旅行会社「キースツアー」(東京都渋谷区)から、道路運送法が定める貸し切りバスの基準運賃を下回る19万円でバス運行を受注していた。
「キ社から『今冬は雪が少なく客も少ない。当面は低い値段でやってほしい』という要望があった」
( → 毎日新聞 )
テレビの報道を見たところでは、社長の話によると、昨年は基準価格の半額で請け負ったそうだ。それに比べればまだ価格が高いので、19万円でもいいと思ったそうだ。
では、これほどにも低価格で請け負えるのは、なぜか? もちろん、賃金を異常なほど切り下げたからだ。どうやって? 「高齢者を契約社員として雇う」ということで。さらに、「健康診断や点呼」という労働管理を徹底的に手抜きすることで。
《 問われる管理体制…健康診断怠る 》
イーエスピーによると、今回運転していた運転手は契約社員で、昨年12月の採用時に健康診断をしていなかった。山本営業部長は「フル稼働でなく、繁忙期に助けてもらう運転手だったため」と釈明した。
( → 朝日新聞 )
以上を一言でいえば、「粗悪な会社」となる。社員の賃金を徹底的に引き下げて、料金を下げることで、商品を販売する。しかし、そのことで「高齢者が長時間労働する」というような状況になるので、安全性は著しく低下する。こうして、「事故が起こって当然」というような状況となる。
( ※ 安かろう悪かろう、の典型だ。)
──
ただ、こういうことは、バス業者に限ったことではない。日本ではあちこちで見られる。
たとえば、ほぼ同じ時期に、次の例があった。
「 CoCo壱番屋が廃棄した冷凍ビーフカツを、廃物処理業者が横流しして、販売した」
この例では、廃物処理業者が粗悪業者だった。ゴミのような粗悪な品を販売して、ボロ儲けした。こういう粗悪な会社がのさばっているわけだ。
──
では、こういう粗悪な会社がのさばらないようにするには、どうすればいいか?
基本は、監督官庁が、きちんと監督することだ。
前項では、「バスの運行業者はまともな会社のみ許認可する」という制度があるのだから、その制度を守るべきだ」と指摘した。
また、粗悪な業者は、料金が激安であるがゆえに、簡単に見つかるのだから、ちょっと調べるだけでも、簡単にチェックできるはずだ。
たとえば、次のような格安業者がある。
→ http://www.travel.co.jp/senmon/jpn_ski/
こういう格安業者では、賃金も格安であるはずだし、当然、規制に反する違法業者であるはずだ。調べれば、すぐにわかるはずだ。また、いちいち調べなくても、電話で調査するだけでも、簡単にわかるはずだ。
( ※ ツアーの販売業者に、取引の価格を問い合わせるだけでも、過ぎにわかる。嘘をつくと困るので、取引業者も聞いて、その取引業者にも問い合わせる。口裏を合わせるような悪質な偽装するのでない限り、簡単に見つかるはずだ。)
というわけで、監督官庁が電話やメールでちょっと調べて照合するだけで、業者の違法行為は簡単にチェックできるわけだ。
( ※ できるけど、やらないから、悪質業者の違法行為が野放しになっているわけだが。)
──────
さて。それとは別の話をしよう。
そもそも、粗悪な業者は、中小企業が多い。大手企業ならば、違法行為をしたときの悪評が怖いので、そうはやたらと違法行為をしないはずだ。
そこで、バスツアーのような「安全性」が重視される商売では、手抜きによる危険性を排除するために、いろいろと規制を強めるべきだ。
特に、次のことが必要だろう。
・ 過労による酷使を避ける。
・ まともな賃金と労働環境を提供する。
・ 社員は、契約社員でなく、正社員とする。
このうち、1番目はかろうじて実現しているかもしれないが、2番目や3番目はなかなか実現しない。もっと規制によって実現を迫るべきだろう。
( ※ 契約社員である限り、まともな賃金は得られそうにないからだ。)
ところが、現状では、この方針とは逆に、契約社員がのさばる状況だ。特に政府(自民党)は、契約社員をあまり規制しない。これはまずい。
このことは、「能率低下」「生産性低下」という形で、日本の産業全体を蝕むことすらある。
→ 悪法「契約3年ルール」で増える“会社の自殺”
──
さらに、企業レベルでも、日本では「中小企業を優遇する」という、おかしな税制がある。そのせいで、低能率・低収益・低賃金という愚劣な状況が優遇され、国全体の生産性を引き下げている。(馬鹿げている。)
日本では、「強者である大企業よりも、弱者である中小企業を大切にするのが、道徳的である」という思想がある。しかし、人間ならば「弱者を優遇する」ということは大切だが、企業ならば「弱者を優遇する」というのは市場原理に反している。結果的には単に経済状況を悪化させるだけだ。
ひるがえって、中小企業も大企業も同じように扱えば、中小企業が淘汰され、大企業に集約されることで、国民の大半が大企業に雇用されるようになる。このことで国全体の経済状況も改善する。その実例は、スウェーデンにある。
雇用を守るための賃下げ。日本では当たり前だが、スウェーデンの労組にとっては原則からの逸脱だ。なぜか。
この国では、同一労働・同一賃金が原則で、水準は労使の中央交渉で決まる。儲かっている企業も、そうでない企業も、同じ職種の社員には同レベルの賃金を払う。払えない企業は淘汰される。労働者は失業するが、政府の支援で職業訓練を受けて、生産性の高い企業に移る。結果として、経済全体の効率も高まる――。LOの理論家たちが唱えてきた経済モデルだ。
そのモデルが、従業員500人以上の企業に、被用者の5割が集中する大企業中心の経済構造をつくり出した。
弱い企業を保護して、国の経済が沈んでは、社会保障が維持できない――。合理的な思想が、そこにはある。
( → 朝日新聞グローブ (GLOBE) )
というわけで、「中小企業を優遇する」というような制度は、経済的に非効率なのだ。のみならず、今回の事例のように、粗悪な業者が野放しにされて、安全管理がなおざりになり、危険が放置され、大事故をもたらすことになる。
要するに、今回のスキーバスの大事故は、国の制度設計そのものが間違っていたのが根源だ。「中小企業を優遇する」という方針が、「粗悪な業者を野放しにする」ということに結びつき、そのせいで、スキーバス事故が起こった。
今回の事故の犠牲者は、国の制度設計のせいで殺されたも同然だ、と言ってもいいかもしれない。
→ 犠牲者の顔写真 その1 、 その2
これらの前途ある若者たちは、国の愚かさゆえに、命を奪われたのだ。
[ 付記1 ]
冒頭でも述べたように、バス会社の雇用環境は劣悪だ。この劣悪さについて、マスコミではいろいろと批判の報道が出ている。「こういう低料金・低賃金の違法行為をしていたんだ」というふうに。
マスコミはそれで鬼の首でも取ったつもりでいるらしい。しかし、このような違法行為は、それ自体では、事故の直接的な原因とはなっていない。あくまで間接的な原因だ。
では、直接的な原因とは? 「高齢者の疲労による運転ミス」だ。それが、「アクセルの踏み間違えによる暴走」という状況をもたらした。……ここが直接的な原因だ。
ここを理解しないまま、単に帳簿の上の法律違反をあげつらっても、ただの数字上の違反を咎めているにすぎない。それでは非本質的だ。
「低料金・低賃金の違法行為が、高齢者の疲労を通じて、運転ミスにつながった」
という因果関係の経路をきちんと理解しておく必要がある。さもないと、物事の真相を理解したことにならない。
[ 付記2 ]
雇用環境の劣悪さは、労働能力の劣悪さに結びつく。今回の場合は、素人みたいな運転手を雇用する、という馬鹿げた状況となった。
事故当時にバスを運転していた運転手(65)が、「イーエスピー」に契約社員として入社するまで勤務していたバス会社で、「大型バスには乗れない」と話し、小型バスで近距離を専門に乗務していたことがわかった。
このバス会社の関係者が16日、明らかにした。今回は、イーエスピーでの大型バスの運行実務は4回目だった。
運転手は2010年から約5年間、東京都八王子市内のバス会社に勤務。同社社長によると、運転手が「大型バスには乗れない。運転したことがない」と話していたため、同社では事故を起こさないよう、25人乗りの小型バスを専門に乗務させていた。さらに、それ以前に勤めていた都内の別のバス会社でも、大型バスにはほとんど乗っていなかったという。
( → 読売新聞 )
イーエスピーによると、土屋運転手の大型バスへの乗務は研修2回、実務4回。同社の運行管理者は「一般道はやらせず、徐々に慣れさせるために高速道路の運転を指示していた」という。
( → 朝日新聞 2016-01-18 )
- ( ※ この記事では「指示していた」というが、実際にはその指示は守られなかったわけだ。)
これほどの未経験者にいきなり大型バスを運行させた。呆れるほかない。今回のバス事故は、偶発的に起こったというよりは、起こるべくして起こった必然的な事故だった、と言えるだろう。
そして、その理由は、馬鹿げた会社がデタラメをしたことだが、そのまた理由は、こういう馬鹿げた会社を存続させる政府の制度設計にある。
【 追記 】
新たな情報を得た。バス会社は零細規模の会社が多い、という報道。
《 規制緩和で競争厳しく 》
貸し切りバス業界は、2000年の規制緩和で、需要に応じて国が免許を出す免許制から、一定の条件を満たせば参入できる許可制になった。13年度の業者数は4512社で緩和前の2倍近い。競争が激化し、安全が軽視されている。
規制緩和で参入した零細業者も目立っている。従業員が 30人以下の業者が 88%を占める。正社員の運転手は 12年で 70%と、10年間で 20ポイント落ち、年収低下につながっている。運転手の6人に1人が 60歳以上で高齢化も進んでいる。
国土交通省は18日、中小の貸し切りバス事業者を近く監査する方針を固めた。定期的な監査とは別で、全国の貸し切りバス事業者約4500社のうち、過去の監査で問題があった会社など百数十社を対象にする方向で検討している。
観光庁も中小の旅行会社に立ち入り検査を行う。主に国内旅行を扱う小規模な「第2種旅行業者」約2800社のうち、「格安」や「激安」をうたう1割程度が対象になるという。
( → 朝日新聞 2016-01-19 )
これを見ると、2013年の規制強化は、あまり実効性がないようだ。旅行会社とバス運行会社を分離することで、責任の分担をはっきりさせる、という効果はあった。しかしながら、バス運行会社が零細会社ばかりであるせいで、「安かろう、悪かろう」で、安全をないがしろにしたバス会社ばかりになってしまったようだ。
となると、やはり、本項で述べたように、零細な粗悪業者(違法業者)をつぶす方向で進めるのが妥当だろう。「規制で処分を下す」というよりは、どんどん営業停止処分にした方がよさそうだ。
( ※ 規制緩和もまずかった。元の免許制にした方がいいかも。免許制を廃止するなら、せめて違法業者への規制を強化する必要があった。)
タイムスタンプは 下記 ↓
職務を限定して、その分だけ賃金が安い公務員を雇う(路上駐車)とか、既存の無給非常勤公務員にきちんと金を払うとか(民生委員、消防団)とか、経費を節約する手段はありますが、本質的な問題は、行政経費の不足です。
本項では、中小企業の優遇をやめよ、という形で、中小企業の増税を主張しています。
あと、「知恵があれば電話をかけるだけで十分な規制は可能だ」とも述べています。金よりは知恵の方が有効です。
特に、無駄な浪費を避けることで、金は浮く。
→ http://b.hatena.ne.jp/entry/www.nikkei.com/article/DGXLASFS15H5S_V10C16A1MM8000/
あと、今回の事故では、1人2億円×14人=28億円(さらにケガ人やバス代)など、30億円程度の損害が発生しています。この損害を防ぐためであれば、年間2000万円程度の規制コストをかけることは、十分にペイします。
立場の弱い方を規制するよりも立場の強い方を規制する方が、末端を罰するよりも親玉の方を罰する方が、より効果的と考えます。
基準価格以下で注文した旅行会社「キースツアー」に対しての規制や罰則はどうだったのでしょうか?
毅然として「法律を守ります」と言えない会社の方が悪い。
犯罪をしたとき、自分の心の弱さを責めずに、誘惑した方を責めたら、悪の道から抜け出すことはできません。