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満席でも赤字の演劇事情。それでも公的資金で上演する意味とは?

満席でも赤字の演劇事情。それでも公的資金で上演する意味とは?

『国際舞台芸術ミーティング in 横浜 2016』
インタビュー・テキスト
徳永京子
撮影:田中一人

「本当は10倍のチケット代でないと上演できない作品が3千円で観られるのは、商品としては存在できないけど、共同体としては必要とされているから」

―ただ、公的資金の助成の理由付けとして「演劇は社会に直接的に役立つ」という言説も流通しています。教育や自己表現、コミュニケーションの場で演劇のスキルが役立つから、助成金を出す価値があると。

丸岡:私は、公的資金を使う作品は「マイノリティー=社会的弱者」について考えるべきだという思いを持っています。なぜなら、いわゆる商業演劇とされている作品は、さまざまな人間ドラマや深いテーマが扱われていたとしても、基本的に「マジョリティー」を前提に成立しているはずなんです。

『TPAM2016』 鈴木昭男(京丹後)、堀尾寛太(東京)、ビン・イドリス(バンドゥン)『Music Opening Night』 Photo: Atsushi Koyama
『TPAM2016』 鈴木昭男(京丹後)、堀尾寛太(東京)、ビン・イドリス(バンドゥン)『Music Opening Night』 Photo: Atsushi Koyama

―「マジョリティー」というのは、1万円のチケット代を払える社会的ポジションの人ということですか?

丸岡:いいえ。3千円でも、1万円でもいいんですが、「経済活動が回る前提で作られている」という意味です。ある程度の数の人たちから求められることを前提にして作らなければ、商品になり得ないじゃないですか。「マジョリティー」が悪い、「商品」が悪いと言っているわけでは決してありません。だけど、そうではない表現を追求できるとしたら、公的な資金が入っている作品だと思うんです。経済的には10倍ぐらいのチケット代を設定しないと上演できない作品が3千円で観られるのはなぜかと言うと、「商品」としては存在しえないけれども、共同体としては必要とされているから。

―共同体としては必要とされるというのは、つまりマジョリティーな価値観ではこぼれてしまうものに働きかける作品ということでしょうか?

丸岡:社会批評性を伴う作品というと、イコール体制批判と考えられがちですが、世論や大衆を批判することも芸術の重要な役割のはずです。つまり自分も含めて、多くの人にとって「耳が痛い」内容を保証することは、大雑把に言えば、第二次世界大戦を経て、芸術を共同体が公的に保証するようになる重要なポイントだったはずなんです。

『TPAM2016』 SoftMachine: Expedition チョイ・カファイ(シンガポール) Photo: Choy Ka Fai
『TPAM2016』 SoftMachine: Expedition チョイ・カファイ(シンガポール) Photo: Choy Ka Fai

『TPAM2016』 ユン・ハンソル × グリーンピグ(ソウル)『語りの方式、歌いの方式―デモバージョン』 Photo:Atsushi Koyama
『TPAM2016』 ユン・ハンソル × グリーンピグ(ソウル)『語りの方式、歌いの方式―デモバージョン』 Photo:Atsushi Koyama

―そうした演劇作品を通して国内外と交流することは、『TPAM』は単なるフェスティバルや見本市ではないということですね。

丸岡:文化や文脈の異なるもの同士の相互理解って、いま本当に必要なことだと思うんです。世界的に一方の正義が一方を悪とみなして潰し合う時代に来ているわけじゃないですか。演劇は、同時代のいまそこに生きている人たちがどんなふうに考えているのか、宗教も言葉も社会制度も違う人たちがすぐ近くにいて、その人たちの生活や姿を見ようとすれば見えることを知るための1つの手段だと思うんです。

―他のアジアの国から、日本の演劇が学べるところはどんなところがありますか?

丸岡:日本の舞台芸術に関するさまざまな文化政策は、劇場文化を前提に考えられているのですが、「劇場」というのはじつは限られた国にしかないんです。パフォーミングアーツのルーツを遡っていくと、本来は演者と観客さえいれば成立する。そこに切実なモノ、気持ちを表現していれば、強い作品になっていく。いくつかのアジアの作品にはそれがあると思います。そんな作品に触れる機会があれば、作り手も観客も、こういうセオリーで観なければいけないという固定概念から解放されるかもしれません。自分の慣れ親しんだ環境、知っている文脈だけでいいと思う人も多いかもしれませんが、そうじゃない人も少なからずいるはずなので、違う文脈の表現を交換し合うことは大事だと思っています。

「アーティストを分けるときに、世代はあまり有効ではなくなった気がします」

―『TPAM』は今年20年目を迎えます。長く舞台芸術シーンに関わる丸岡さんが、最近の作り手や作品の傾向に感じる変化はありますか?

丸岡:アーティストを分けるときに、世代はあまり有効ではなくなった気がします。もちろん感覚やセンスの違いは若干ありますが、それよりも「アーティストとしてどういう立場を取るか」「どういう相手に向けて作品を作るか」で分かれている。昔はよく「◯◯世代」という呼び方で、実際に違いもあったと思うんですけど、インターネットで情報がフラットになった影響なのか、あまり違いを感じることがなくなった。

『TPAM2016』 タラ・トランジトリー aka ワン・マン・ネイション(インターナショナル)『//gender|o|noise\\』 Photo:Miriam de Saxe(2015)
『TPAM2016』 タラ・トランジトリー aka ワン・マン・ネイション(インターナショナル)『//gender|o|noise\\』 Photo:Miriam de Saxe(2015)

―たしかに、公演は残念ながら延期になってしまいましたが、蜷川幸雄さんと藤田貴大さんが50歳の年齢差を超えて『蜷の綿』を一緒に作っているのも、世代の違いというキャッチーさだけでなく、二人が同じ方向性を向いているという事実が重要ですし、面白いですよね。

丸岡:そうなんです。あと、「Aもいいけど、Bもいいよね」みたいに、多義的な価値観を表現するのも、いまはもう通用しなくなってきた気がします。間違っていようが不完全であろうが、作家は1つの解答を出すこと、それが大事になってきているのではないかと。

―少し前までは、「作品の答えは観た人次第です。どう取ってもらってもかまいません」と余白を差し出すことが、知的で豊かというコンセンサスがありました。いまは、ある覚悟を示す作り手のほうが信頼できるという空気がある。

丸岡:とにかく1つの結論を見せる。そうじゃないと、いまは持たないのかもしれませんね。でも、正解なんてそう簡単には見つからないから、みんな探すわけです。こうやればいいんじゃないか、ダメだったらこうしてみようと、いろんな引き出しを探していく。それを見せる姿勢が求められているのかもしれません。

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イベント情報

『国際舞台芸術ミーティング in 横浜 2016』

2016年2月6日(土)~2月14日(日)
会場:神奈川県 横浜 KAAT神奈川芸術劇場、横浜赤レンガ倉庫1号館、BankART Studio NYK、YCC ヨコハマ創造都市センター、神奈川県民ホール 小ホール、AMAZON CLUBほか
参加作品:
『TPAMコプロダクション』
ピチェ・クランチェン ダンス・カンパニー『Dancing with Death』
マーク・テ『Baling』
映像展示『アジアン・アーティスト・インタビュー』

『TPAMコンテンポラリー・クラシックス』
宮城聰、SPAC - 静岡県舞台芸術センター『メフィストと呼ばれた男』
キム・ミンギ × キム・ミンジョン × ムーブメント・ダンダン『2016 工場のともしびー劇場デモ』

『TPAMディレクション』
[タン・フクエンディレクション]
The Observatory『Continuum』(恩田晃 音楽プログラム)
タラ・トランジトリー aka One Man Nation『//gender|o|noise\\』
ダニエル・コック、ディスコダニー&ルーク・ジョージ『Bunny』
ホー・ルイ・アン『Solar: A Meltdown』
チョイ・カファイ『SoftMachine: Expedition』
[加藤弓奈ディレクション]
ドキュントメント(北尾亘、山本卓卓)『となり街の知らない踊り子』
チェルフィッチュ『あなたが彼女にしてあげられることは何もない』
[中島那奈子ディレクション]
『ダンスアーカイブボックス@TPAM2016』
[コ・ジュヨンディレクション]
ユン・ハンソル × グリーンピグ『語りの方式、歌いの方式―デモバージョン』
[恩田晃ディレクション]
鈴木昭男、堀尾寛太、ビン・イドリス『Music Opening Night』

『TPAMショーケース』
岡崎藝術座『イスラ!イスラ!イスラ!』
大駱駝艦『大駱駝艦・天賦典式「クレイジーキャメル」』
冨士山アネット『DANCE HOLE』
オペラシアターこんにゃく座『Opera club Macbeth』
世田谷パブリックシアター『同じ夢』
アジアン・ミュージック・ネットワーク『アジアン・ミーティング・フェスティバル 2016』
バチ・ホリック『Taiko Rock “BATI-HOLIC(撥中毒)”』
shelf『shelf volume 21 “Hedda Gabler”』
H-TOA『ワンさんの一生とその一部』
鴎座『dance performance HER VOICE 彼女の声』
インテグレイテッド・ダンス・カンパニー 響-Kyo 『Integrated Dance Company 響-Kyo workshop』
blanClass『Live Art & Archive Anthology #2 on TPAM Showcase 2016』
関かおりPUNCTUMUN『を こ』
うさぎストライプ『セブンスター』
濵中企画『かげろう ―通訳演劇のための試論―』
リクウズルーム『三人正常ちょっとだけ』
ふたりっこプロデュース『Washi+Performing Arts? Project Vol.1』
AMD『トムヤムクンと夜へ』
三野新『Prepared for FILM』
鷹島姫乃『鷹島姫乃の路上演劇』
ダンスアーカイヴ構想『ダンスアーカイヴプロジェクト2016』
小池博史ブリッジプロジェクト『注文の多い料理店』
白井剛ダンスリサーチワークショップ
村川拓也『終わり』
岩渕貞太、身体地図『岩渕貞太パフォーマンス公演「斑(ふ)」』
横浜シアターグループ『By the Hour』
笠井叡、天使館『冬の旅』
時間堂『時間堂レパートリーシアター in 横浜』
EYECANDY『PEEP SHOW Vol.4 ~MYSTIC JUNGLE~』
すこやかクラブ『ゆけゆけ!おむちゅび大冒険!!』
有代麻里絵『オルフェウスの鏡』

プロフィール

丸岡ひろみ(まるおか ひろみ)

国際舞台芸術交流センター(PARC)理事長。海外からのダンス・演劇の招聘公演に関わる。2005年より『TPAM』(11年より『国際舞台芸術ミーティング in 横浜』)ディレクター。2003年『ポストメインストリーム・パフォーミング・アーツ・フェスティバル(『PPAF』)』を創設。ダンス・演劇を中心に国内外のアーティストを紹介。2008年・2011年『TPAM』にて「IETMサテライト・ミーティング」開催。2012年、サウンドに焦点を当てたフェスティバル『Sound Live Tokyo』を立ち上げる。

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Billie Marten“Milk & Honey”

Lapsleyが19歳なら、こちらのBillie Martenはイギリス出身の17歳。若ければいいってもんではないですが、若さゆえの繊細で儚い歌声と、少しでも触れたら消え去ってしまいそうな脆くて危うい音楽に引き込まれます。でも、音楽とPVがギャップあり過ぎて……なんだか微笑ましい(笑)。(柏井)