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満席でも赤字の演劇事情。それでも公的資金で上演する意味とは?

満席でも赤字の演劇事情。それでも公的資金で上演する意味とは?

『国際舞台芸術ミーティング in 横浜 2016』
インタビュー・テキスト
徳永京子
撮影:田中一人

「私は、公的資金を前提に舞台芸術はあるべきだという立場でずっと仕事をしています」

―演劇のように、直接の作り手ではない人たちが環境を整えて、アーティストを他国と紹介し合う文化は、たとえば音楽や漫画や小説など、他のカルチャーではあまり聞くことがありません。それが演劇で実現できているのはなぜでしょうか。

丸岡:単純には比較できないんですけど、『TPAM』で上演している作品は、「チケット収入だけで上演の成立を前提にしていない」というのが、メインストリームの音楽や漫画とは大きく違うところです。演劇には大きく分けて、民間劇場と公共劇場それぞれがプロデュースするものがあり、『TPAM』で上演するのは後者ですが、公共劇場はチケット収入を前提に運営されていません。いま演劇の集客率ってすごく高くて、公共劇場でも90パーセントはもちろん、100パーセントの公演も多い。でも、たとえ満席でも現行のチケット価格では絶対に赤字で、公的な補助金がなければ成立しない。

『TPAM2016』 ピチェ・クランチェン(バンコク)『Dancing with Death』 Photo: Nattapol Meechart
『TPAM2016』 ピチェ・クランチェン(バンコク)『Dancing with Death』 Photo: Nattapol Meechart

―音楽でいえば、クラシックの交響楽団に近いのかもしれませんね。

丸岡:そうです。じゃあ演劇がなぜ成立しているかと言うと、ドイツなどは福祉と似た感覚で捉えていて、芸術は社会を支える1つの要素だという考えでパブリックなお金を投入しているそうです。私は農業などに似ていると考えていて、現在の日本の一次産業は自力ではほとんど経済的に回っていなくて、でも本当になくなってしまったら困るから助成金、補助金が出されている。

―芸術と農業が近いという考え方は新鮮です。芸術はどうしても、衣食住が足りて、そのあとに来るものと考えられがちなので。

丸岡:芸術自体にとってみたら、お金があろうがなかろうが関係ないと思うんですよ。演劇は4千年前からずっと続いているものなので、人間にとって絶対に必要なもののはず。公共資金がまったくない国には芸術がないのかと言ったら、そんなことはあり得ないじゃないですか。

―そうですね。

丸岡:私は公的資金を前提に舞台芸術はあるべきだという立場でずっと仕事をしています。それはつまり「この共同体は誰のものか?」を問われることだと思うんですけど……。オペラを上演する歌劇場は世界中どこに行っても豪華で、チケット代も高くて、観客もそれなりに着飾って観に行くわけで、お金も時間もある限られた人のためのものです。でも、それだけではよくない。そういう意味で、舞台芸術はパブリックな援助を受けつつも、自分たちのものだと認識すべきと考えています。

『TPAM2016』 ダニエル・コック / ディスコダニー(シンガポール)&ルーク・ジョージ(メルボルン)『Bunny』 Photo: Bernie Ng
『TPAM2016』 ダニエル・コック / ディスコダニー(シンガポール)&ルーク・ジョージ(メルボルン)『Bunny』 Photo: Bernie Ng

『TPAM2016』 ジ・オブザバトリー(シンガポール)『Continuum』 Photo:Bernie Ng
『TPAM2016』 ジ・オブザバトリー(シンガポール)『Continuum』 Photo:Bernie Ng

―一方で公的資金が入ると、表現に抑制がかかるのではないかという問題があります。昨年、『フェスティバル/トーキョー15』開催中に、「韓国の検閲」というトークイベントが緊急開催され、現政権に批判的な作品を作った劇団に助成金が出なくなった問題が取り上げられました。日本の何倍も予算をつぎ込んで文化立国を目指す韓国でさえ、そうした規制がまかり通ってしまう。

丸岡:すごく大きな問題ですよね。日本でも、ある公共劇場の芸術監督クラスの方が「体制批判はけしからんと言われると弱い」と言っていて、がっかりしたことがありました。日本は憲法で言論の自由が認められていて、そのなかで活動する以上、自由にやるべきなんじゃないですかね。『忠臣蔵』のように、お上批判を隠喩に込め、フィクションとしての作品を作る、みんながそれを観て「そうだそうだ」と思う演劇も当然ありですけれど、公的資金を使わせていただいているからこそ、正々堂々と批判すべきところは批判すべきで、もし反論が来たとしても自分の表現に対して責任を持って、誠実に対応するべきだと思います。

―『TPAM』では時にラディカルな作品も上演されますが、公的機関や市民からクレームが来たことは?

丸岡:オフィシャルに、私の耳に入ったことは1度もないですね。

『TPAM2016』 マーク・テ(クアラルンプール)『Baling』 Photo: Courtesy of Asian Arts Theatre(2015)
『TPAM2016』 マーク・テ(クアラルンプール)『Baling』 Photo: Courtesy of Asian Arts Theatre(2015)

そもそも芸術を必要としない人たちに、演劇はどんな価値を提供できるのか?

―もう1つの大きな問題として「演劇を観たいけれど、チケット代が高い、時間がない」という人が増えています。本来ならもっと高いはずのチケットが3千円で買えたとしても、たとえば年収150万円のシングルマザーにとっては捻出が難しい金額かもしれません。それと、そもそも社会に芸術は必要ないと考える人も多いと思います。そういう人たちそれぞれにどんな説得力をもってリーチしていけるか……。

丸岡:それを考えるのが私たちの仕事ですよね。他のジャンルより演劇は整備が進んでいるというお話がありましたが、私は存続の危ういジャンルだとも思うんです。よく言われる話ですが、中国では若い人がやっている小劇団や同時代の舞台はほとんど入場料を取らないし、他のアジアの国でも多くの芸能や舞踊は入場料を取ることはあまりないと聞きます。

―お金を払って観ることを前提として、舞台が上演されている国、共同体はじつは少ないんですね。

丸岡:でも、それゆえに作品のクオリティーが低いわけではない。お金が入らないのになぜ彼らはやるのか? それは人に届けたい切実な「なにか」が強くあるからだと思うんです。日本では私も含めて「芸術を仕事にする」という感覚があります。でも彼らは、舞台をやりたいからやっている。もちろん、仕事にしようとする人たちが駄目だと言いたいわけではないですよ。

『TPAM2016』 ホー・ルイ・アン(シンガポール)『Solar: A Meltdown』
『TPAM2016』 ホー・ルイ・アン(シンガポール)『Solar: A Meltdown』

―わかります、社会のシステムの違いですね。

丸岡:舞台はどんなものであれ、目の前にお客さんがいるライブじゃないと成立しないじゃないですか。だからこそ、すべての舞台に同時代性が宿り、目の前のお客さんに届ける強いイメージを持っている作品だけが誰かに届く。数は少ないかもしれないけれど、「年収150万のシングルマザー」も 必ず観に来てくれるはずだと私は思っています。

―なるほど。

丸岡:その一方で、芸術は「そんな事情なんか知らないよ」と言うこともできると思うんですよ。そもそも芸術は、社会の役に立つためだけに存在しているわけではありません。当然そこには「そんな芸術にお金を払う必要はない」という意見も付いてきます。ただ、やっぱり古い考え方かもしれませんが、社会というのは常に不完全なので、それを外側から見るために哲学や科学や芸術を参考にすればいいと思うんです。

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イベント情報

『国際舞台芸術ミーティング in 横浜 2016』

2016年2月6日(土)~2月14日(日)
会場:神奈川県 横浜 KAAT神奈川芸術劇場、横浜赤レンガ倉庫1号館、BankART Studio NYK、YCC ヨコハマ創造都市センター、神奈川県民ホール 小ホール、AMAZON CLUBほか
参加作品:
『TPAMコプロダクション』
ピチェ・クランチェン ダンス・カンパニー『Dancing with Death』
マーク・テ『Baling』
映像展示『アジアン・アーティスト・インタビュー』

『TPAMコンテンポラリー・クラシックス』
宮城聰、SPAC - 静岡県舞台芸術センター『メフィストと呼ばれた男』
キム・ミンギ × キム・ミンジョン × ムーブメント・ダンダン『2016 工場のともしびー劇場デモ』

『TPAMディレクション』
[タン・フクエンディレクション]
The Observatory『Continuum』(恩田晃 音楽プログラム)
タラ・トランジトリー aka One Man Nation『//gender|o|noise\\』
ダニエル・コック、ディスコダニー&ルーク・ジョージ『Bunny』
ホー・ルイ・アン『Solar: A Meltdown』
チョイ・カファイ『SoftMachine: Expedition』
[加藤弓奈ディレクション]
ドキュントメント(北尾亘、山本卓卓)『となり街の知らない踊り子』
チェルフィッチュ『あなたが彼女にしてあげられることは何もない』
[中島那奈子ディレクション]
『ダンスアーカイブボックス@TPAM2016』
[コ・ジュヨンディレクション]
ユン・ハンソル × グリーンピグ『語りの方式、歌いの方式―デモバージョン』
[恩田晃ディレクション]
鈴木昭男、堀尾寛太、ビン・イドリス『Music Opening Night』

『TPAMショーケース』
岡崎藝術座『イスラ!イスラ!イスラ!』
大駱駝艦『大駱駝艦・天賦典式「クレイジーキャメル」』
冨士山アネット『DANCE HOLE』
オペラシアターこんにゃく座『Opera club Macbeth』
世田谷パブリックシアター『同じ夢』
アジアン・ミュージック・ネットワーク『アジアン・ミーティング・フェスティバル 2016』
バチ・ホリック『Taiko Rock “BATI-HOLIC(撥中毒)”』
shelf『shelf volume 21 “Hedda Gabler”』
H-TOA『ワンさんの一生とその一部』
鴎座『dance performance HER VOICE 彼女の声』
インテグレイテッド・ダンス・カンパニー 響-Kyo 『Integrated Dance Company 響-Kyo workshop』
blanClass『Live Art & Archive Anthology #2 on TPAM Showcase 2016』
関かおりPUNCTUMUN『を こ』
うさぎストライプ『セブンスター』
濵中企画『かげろう ―通訳演劇のための試論―』
リクウズルーム『三人正常ちょっとだけ』
ふたりっこプロデュース『Washi+Performing Arts? Project Vol.1』
AMD『トムヤムクンと夜へ』
三野新『Prepared for FILM』
鷹島姫乃『鷹島姫乃の路上演劇』
ダンスアーカイヴ構想『ダンスアーカイヴプロジェクト2016』
小池博史ブリッジプロジェクト『注文の多い料理店』
白井剛ダンスリサーチワークショップ
村川拓也『終わり』
岩渕貞太、身体地図『岩渕貞太パフォーマンス公演「斑(ふ)」』
横浜シアターグループ『By the Hour』
笠井叡、天使館『冬の旅』
時間堂『時間堂レパートリーシアター in 横浜』
EYECANDY『PEEP SHOW Vol.4 ~MYSTIC JUNGLE~』
すこやかクラブ『ゆけゆけ!おむちゅび大冒険!!』
有代麻里絵『オルフェウスの鏡』

プロフィール

丸岡ひろみ(まるおか ひろみ)

国際舞台芸術交流センター(PARC)理事長。海外からのダンス・演劇の招聘公演に関わる。2005年より『TPAM』(11年より『国際舞台芸術ミーティング in 横浜』)ディレクター。2003年『ポストメインストリーム・パフォーミング・アーツ・フェスティバル(『PPAF』)』を創設。ダンス・演劇を中心に国内外のアーティストを紹介。2008年・2011年『TPAM』にて「IETMサテライト・ミーティング」開催。2012年、サウンドに焦点を当てたフェスティバル『Sound Live Tokyo』を立ち上げる。

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Billie Marten“Milk & Honey”

Lapsleyが19歳なら、こちらのBillie Martenはイギリス出身の17歳。若ければいいってもんではないですが、若さゆえの繊細で儚い歌声と、少しでも触れたら消え去ってしまいそうな脆くて危うい音楽に引き込まれます。でも、音楽とPVがギャップあり過ぎて……なんだか微笑ましい(笑)。(柏井)