マイナンバー汚職 厚労省の体質をただせ
マイナンバー関連の事業の受注に便宜を図る見返りに現金を受け取ったとして、警視庁は厚生労働省の室長補佐、中安一幸容疑者を収賄容疑で逮捕した。税と社会保障などの情報を結びつけることで行政手続きが便利になる一方、個人情報の流出が心配されているのがマイナンバーだ。制度の信頼を揺るがしかねない事態を招いた責任は重い。
汚職の舞台になったのは、マイナンバーの導入前に年金や健康保険の情報連携を推進する事業だ。入札参加業者に企画書を提出させ、同省が用意した仕様書との適合度によって採用を決める企画競争入札が行われた。中安室長補佐は仕様書の原案をコンサルタント会社に作成させ、その見返りに100万円を受け取ったという。試験問題を受験生に作らせるようなもので、競争入札の公正さを踏みにじる行為だ。
同社はそれ以降もマイナンバー関連の調査研究事業などを受注していた。中安室長補佐の受け取った賄賂はさらに増える可能性がある。
社会保障関係の業務は年々増大しているが、政府は省庁の合理化を図り職員数を削減している。厚労省はシステム開発だけでなく、調査研究やデータ収集、検討会の運営まで外部委託を進めている。
また、業務の中身も専門的で複雑なものが増えており、職員ごとに分業化される傾向がある。キャリア官僚が2年くらいで異動を繰り返す一方で、比較的長く同じポストにいるノンキャリアに情報や専門知識が集積し、部署内で発言力が強まることがある。業界団体などとのパイプも太くなり、癒着のリスクは高まっていると言える。
ノンキャリア官僚の中安室長補佐は専門性を買われ、大学での講義や講演で職場を不在にすることが多かったという。新しい制度やシステムを定着させるには、自治体や業界団体との情報交換や円滑な意思疎通が必要だ。ただ、国家公務員が職務を通して得た情報や専門性は「公共財」である。個人の利益のために使うことが許されてはならない。
同社が受注した事業はマイナンバーのシステムそのものではない、と厚労省は強調する。個人の情報が流出したわけでもない。しかし、マイナンバー制度のために全国の自治体や企業は多額の経費をかけてシステム改修を急いでいる。その時期に国の中枢で官僚が裏切り行為をしていたことが発覚したのだ。
年金制度の信頼を傷つけた「消えた年金」は旧社会保険庁のモラルの腐敗から生まれたことを思い出すべきだ。室長補佐の無軌道ぶりを許してしまった厚労省の体質が、厳しく問われなければならない。