日本に物理学賞 新理論への扉を開いた
素粒子ニュートリノに質量があることを示す「ニュートリノ振動」を発見した業績で、梶田隆章・東大宇宙線研究所所長とカナダ・クイーンズ大のアーサー・マクドナルド名誉教授にノーベル物理学賞が贈られることが決まった。
ニュートリノの重さはゼロとの前提で組み立てられてきた素粒子の標準理論に変革を迫る業績で、物理学や宇宙論への影響は極めて大きい。
梶田氏を受賞に導いた「スーパーカミオカンデ」は、超新星爆発で生じたニュートリノの検出で小柴昌俊博士に2002年のノーベル賞をもたらした「カミオカンデ」の後継装置である。梶田氏は戸塚洋二・東大特別栄誉教授(故人)率いるスーパーカミオカンデの国際プロジェクトでニュートリノ振動の観測実験を突き詰めた。
日本のお家芸ともいえる分野で、日本の独創的な発想に基づく実験が研究者の世代を超えて実った成果であり、喜びはひとしおだ。国内外のさまざまな実験もこの成果を確固たるものにするために貢献しており、チーム力の勝利でもある。
ニュートリノには電子型、ミュー型、タウ型の3種類がある。それぞれの間で「変身」する現象がニュートリノ振動で、質量がなければ起きないと考えられる。
梶田氏は地球の周囲で生じる大気ニュートリノを観測していて、結果が予想にあわないことに気づき、ニュートリノ振動の可能性を考えた。スーパーカミオカンデに上空から到達するニュートリノと、地球の裏側から飛来するニュートリノの数を比較。振動の効果で長距離を飛ぶ裏側からの方が数が少ないことを観測を重ねて実証した。マクドナルド氏はカナダの観測装置で、太陽からくるニュートリノの数が理論計算より少ないのはニュートリノ振動の効果であることを突き止めた。
物質の成り立ちや力の作用を記述する標準理論は、この世界をうまく説明してきた。しかし、ニュートリノに質量があるとわかったことでほころびが生じた。今後、さらなる観測を続けることで、新しい物理の理論が発展し、残された宇宙の謎が解き明かされていくかと思うと楽しみだ。
今回の発見は、まさに基礎科学の成果であり、日常の役に立つものではない。だが、芸術同様、役に立つかどうかでは測れない価値がある。梶田氏が「知の地平線を広げる」と述べた通りだ。
ここ数年、日本人受賞者が増えたことはうれしいが、ほとんどが20世紀の成果であることも心にとめたい。応用にせよ基礎にせよ、一朝一夕には成果が出ない。長い目で育てることの大切さを再認識したい。