疲れた
はい。疲れた。
何にと言われると困る。全てにというほど大仰でもない。ただ漫然と過ぎていく日常に、終わりの見えない状況に、五里霧中の未来に、疲れ果ててしまった。
旅行に行きたい。けれど旅行に行くにはお金も時間もかかる。わたしにはそれだけの資源がもう残されていない。お金をくれ。お金をくれ。*1
旅に出たい。
そうそれは大人共通の願い、社会人の祈り、光、愛。
頑張ればいつかは旅に出れる。飛行機でもいい、船でもいい。鉄道だってロマンがある。「ここではないどこかへ」ただそれだけを胸に人々は日々仕事に、家事に、研究に邁進できるのである。
南の島に行きたい。
そうだ、帰省しよう。故郷の森(村)からは船で離島にだってすぐに行けるのだ。
電車に乗って2時間ちょっともかけられない
故郷といえば「電車に乗って2時間ちょっと」*2なものだが、たとえローカル線であってもいささか遠い。ちょくちょく帰るには腰が重い。軽く考えてはいけない。
その点わたしの故郷は家にいながらにして1分ちょっと。帰ろうと思えば一瞬で帰れるのである。室生犀星*3? 知らん知らん。
そういうわけで帰省してみた
村に入ろうとすると、母のような愛と眼差しで包み込んでくれて発売当初からわたしたちの心を掴んで話さないしずえさんもお迎えをしてくれる。
過度に歓待するでもなく、長い間の無沙汰を非難するでもなく、ただ受け入れてくれる。故郷とはこのようなものであるべきではないか。
わたしは安心して村に帰ることができる。
ちょっと待てと声が聞こえる。何が故郷だふざけるなと方々からなじられている*4。
しかしいやわたしにとっては故郷(ふるさと)なのだ。新宿生まれ横浜(みなとみらい近辺)育ち、中学から都心の学校に通っていた上に、母方の親族は新宿在住、父方の両親とはほぼ音信不通とあり、田舎という田舎、故郷という故郷がなかったわたしは、海で泳いだことも川で魚釣りをしたことも虫かごを持って走り回ったことも無い。すべてはどうぶつの森に教えてもらった。海にはクラゲがいて止まっていると刺されてしまうこと、魚には種類によって釣れる時期と釣れない時期があるということ、クワガタにあんなに種類がいること、蝶々が美しいこと、夕暮れに鳴く切ない声の主が「ヒグラシ」ということ。
ここを故郷(ふるさと)と呼ばずになんと呼べばいい?
そう、わたしは帰省してきたのである。異論は、しかし、認める。
家は健在
さて、まずは自分の家だ。
何しろもう1年近く帰っていない。例のアレが発生し、部屋中を戦場と化し、群雄割拠戦国時代に突入していてもおかしくない。
勇気を持って開けてみる。
ちゃんときれいなまま部屋は保たれていた。ゴキブリ(あ、言っちゃった)もいない。毎日毎日通販で注文して揃えたゲーム機たちもきちんと動くし、トモダチもペットも健在である。
お分かりか。ゲーム内にAIの友達がちゃんと用意されていてコミュニケーションまでとれるというのにわざわざ部屋の中にまで友人に模した人形やペットをかたどった置物(お盆の牛)を配置しなければならなかった人間の気持ちが。
兎に角。部屋は無事であった。これで帰省したわたしの優雅な村タイムは保証されたも同然だ。
友達がいなくなっていた
郵便受けに手紙が届いていたので開いてみると、ハムジからの転出の挨拶の手紙だった。ハムジとは長い間一緒に過ごした。彼が風邪を引いたと聞けばわたしは薬を届け、今度はわたしが蜂に刺されたと聞けば薬をくれたものである。そんな友が村を離れていることがわかった。
思い出が過る。和室に似合う家具が欲しいと言うのでホームセンターで探してあげた。村はずれに住む彼はいつも一人で花壇の水やりをしてくれていたっけ。最初は馴れ馴れしくて好きじゃなかった。だんだん親しみを感じるようになって、最後には自分の村ライフにとってなくてはならない存在になっていた。
ありがとうハムジ。一生忘れないよ。涙キラリ。
……というかそもそも、先に村を捨てて出て行ったのはわたしだった。わたしが村に残っていればハムジをとどめておくことだってできたのに。いやでもハムジにとっては新しい門出。祝ってあげるのが友達ってぇもんじゃないのか。
そんな葛藤が胸に巻き起こっている。
寂しい。
友達に会いに行った
去ったものは仕方が無い。わたしにはもう一人、村にきたときから一緒の親友がいる。その親友に会いに行こう。彼女とは互いの誕生日を祝いあい、家に招きあい、花火大会の日は一緒に公園で花火を眺めた。季節ごとのイベントはいつも一緒だった。彼女が引越していないのはわたしにとっては何より幸運なことだ。
さて、会いに行くぞ。キャビア、わたしは帰ってきたんだよ!
留守か。しかし案ずるな。村人は村からはいなくならないんだ、家がある限り。この村の中にキャビアはいるはずだ。そしてどこかでぼんやりと過ごしていて、わたしに出会ったら歓喜の声をあげてハグをしてくれるに違いないんだ。探すのだ。目を皿にして探すのだ、わたしよ。
まずは一緒に花火を見た噴水広場。
いない。
次によく並んで座った通称*5恋人たちのベンチ。
いない。
喫茶店はどうだ。
いないどころか閑古鳥ぽよぽよだが大丈夫か?
どうしよう。どこにいるんだ。
雨の中町中を走り回っている間に、キャビアではないが村の友達何人かと再会することができた。これも喜ばしいことである。
わたしの留守に戸惑っていたドレミ、
予告もなく急にいなくなったわたしに本気で怒るくらい心配してくれたゴンザレス。
村の仲間はいつも温かく、優しく、押し付けがましくすることもなく、わたしに心地よい距離感を与えてくれる。
キャビアはその中でも大親友だ。きっとわたしと再会したら、わたしが一番喜ぶ仕方で迎えてくれるだろう。さあ、探そう、キャビアを。
そうだ、キャビアは自宅の裏のリサのお店によく入り浸っていた。わたしもよくいろいろな商品をお勧めしてキャビアに散財させていたのだ。リサのお店にいるに違いない。
リサのお店は、
このリンゴとさくらんぼの木を抜けた、
ここだ!
キャビアだ! いつかわたしがお勧めして買わせたシャツを着ている。まごうことなきキャビアだ。わたしの誕生日を特別なものにしてくれたキャビアだ。何度も約束して遊んだキャビアだ!
わああああああああ。キャビアああああああああ。
話しかけてみた。
返答。
お前……。
付き合いの浅いドレミやゴンザレスでさえ再会についてコメントしてくれたのに、最も付き合いの長い濃密なコミュニケーションをとってきたお前が、1年以上ぶりに会った友達に向かって発した第一声がいつもどおりってどうなのよ(血涙)。
しかしそこがキャビアっぽいといえばキャビアっぽい。許す。いや許すも何もそういう個性をただただ受け止めるだけの村、それがこの村である。何も悪くないし誰にもなんの責任も無い。
(決して親友と思っていたのが自分だけだったと卑屈になんて絶対ならないぞ。*6)
そしてわたしはこの「ゆめいろこうしのふくL」をお勧めしてまたリサの店に利益をもたらしたのであった。
まあいつもどおりというのは肩の力が抜けてちょうどよいのではある。
師匠に会いに行った
キャビアと再会を果たしたわたしは、師匠にも挨拶をしなければならないことに気付いた。
師匠は村から少し歩いた商店街の怪しいビルの地下にいつもいる。
CLUB「444」という不吉な名前からして怪しくて最初は入るのをためらうほどだったが、通いつめるとそんなことも気にならなくなる。師匠に会うなら日中のうちにここに来る必要がある。わたしもここに通うようになって表情が豊かになったと言われる(物理*7)。
師匠もキャビア同様、久々のわたしを、まるで昨日までいたかのように接してくれる。ありがたい。心地よい。さすが師匠である。
さてしかし、何しに来たのと言われると困る。ただ顔を見せに来ただけとは言い難い。
「差し入れです!」
え、逆にそんなに!?というほど驚かれ大変恐縮である。しかしそこまで喜んでいただくことができたのであれば、道中でうっかりゆすってしまった木から落ちたリンゴを拾い集めて盛り合わせを作っておいたのも運命の導きであるかのように感じてしまう。
師匠は差し入れを渡すと、代わりにネタを見せてくれる。師匠のネタは穏やかな気持ちになれるものが多い。ネタを見終わった後は爆笑するのではなく、菩薩の微笑みになることができるのだ。
そして師匠は舞台上で、わたしに向けネタを披露した。とても素敵な短いネタさ。
どんなネタかは内緒なのさ*8
そうだ、南の島へ行こう
さて、会いたい人にはみんな会えた。そろそろバカンスを満喫したい。しかしながらせっかくこの自然豊かな村に戻ってきたというのにあいにくの悪天候である。これでは釣りも気分が乗らないし、虫だって穴倉から出てくる気も無い。
そうだ、南の島へ行こう。
現実の南の島(国内)はすでに梅雨入りをし雨のそぼふる日常を営んでいることと思われるが、案ずるなかれ、どうぶつの森のみなみの島は常夏な上に雨が決して降らない。
さあ、いくぞ、島へ!
かっぺいよ常夏、常晴の島へわたしを連れて行って!
ちょっとセクハラなかっぺい。船で南の島へ連れて行ってくれる。(ただし金はとる)
島だー。本当に1年ぶりの島である。夜間にくると景色も素敵で虫もたくさんとれるのだが、一刻も早く癒されたかったので昼間でも楽しめるだけ楽しむぞと意気込む。
まずは虫取りである。昼なのでカブトムシやクワガタなどはいない。バッタやフナムシはやたらといるが、そういうんじゃないんだ、わたしの求めている「休暇」感は。
とそこに三匹の、
ちょうちょ。
ちょうちょ。
ちょうちょ。
ひらりひらりと舞う蝶々の優雅な姿を目の当たりにしてゆったりとした気持ちになる。ゆっくりいこう。のらりくらりいこう。そう心に誓うものである。
手始めに今日は友達たちと(AI)この蝶々を眺めて宴会をしよう。そうだ、蝶々祭りだ!*9
そうと決まったら食材を集めなければならない。わたしは釣竿を装備し、延々と海に向かって投げ入れた。
まずはアジが釣れた。新鮮だから刺身にしよう。
次にカジキが釣れた。夫が好きだからガーリックステーキにしよう。はっこの世界に夫はいないのであった。気付いて少し寂しい。
まあそれはさておき。
マンボウも食べるぼう!!
次に、海でしかも女なので海女になろうではないか。それが世の理というものではないか。
そう、マリンスーツに着替えて素潜りをしよう。
ん?
髪の毛がやけにゴキゲンなのはおそらく1年間手入れをしていなかったせいだと思われるが気にしない。久々に故郷に帰ってみんなに会ったり写真撮ったりするんだから予め美容院行っておけばよかった……。とか思わない思わない。いいんだ。この村ではそんなこと笑う人はいないし、第一今は南の島にいるのだ。そんなつまらぬことを気にしてどうする。
さあ、素潜って食材を手に入れよう。
オウムガイは東南アジアの方では食用として普通に調理されているらしい。ひとつ今夜は素焼きで試してみよう。
そして最後に、
ヒ、ヒトデ〜!?
なんだ今日は蝶々祭りではなくてヒトデ祭りになるんだったのか*10
しかし現実は厳しかった
どうぶつの森では友達を好きな時に招くことはできないし、まして採った食材を調理してふるまうといった機能までは無い。もちろんわたしたちには想像力がある。妄想する権利がある。だからこのような夢をブログに書きつけ、垂れ流すことだってできる。
だが諸賢、お忘れかもしれないがわたしは真面目である*11。
真面目ゆえにどうしたか。聡明な読者であれば簡単に予測できる未来を、わたしはたどった。
蝶々祭りもヒトデ祭りも開催することなく捕獲した蝶々と本日のすべての釣果をチマチマと売り、その足で郵便局へ向かった。
ATMは今日も無慈悲な問いかけをしてくる。「ゴリヨウニナリタイメニューヲオエラビクダサイ」だと?
ひとつしか、無いんだよ!
なけなしの利益をもうほとんどこない村でのローンの返済に充てるわたし、おおなんて現実と地続き。
先は遠い。
このようにわたしは帰省を満喫した
疲れ果てた日常から離れ、懐かしい故郷の空気を胸いっぱい吸い込み、自宅の健在を喜び、雨だったのは残念だが会いたい人にはほぼ会えたし(ハムジを思い出して寂しくなっている)、南の島ではバカンス感を満喫することができた。ローンも少しだけ返すことができた。
素敵な1日。まさに大人の休日*12。こんなところに思い立ったら1分で来られてしまう。文明よ、ありがとう。
最高なのは日本語が聞こえないこと
帰省して何より最高だったことは、日本語が聞こえないことにつきる。
どうぶつの森の村の仲間たちは、日本語を話さない。もちろん日本語のゲームなのでテロップは日本語だ。しかし、彼らは日本語を日本語として発音しない。それでいてこちらにきちんと「話しかけて」くる。
ただ発音しないだけならば、テロップだけのゲームをすれば同じように思うが、そうではない。正しく、適切に、「話しかけて」きているのに、それが日本語じゃ無いから心地いよいのだ。
次の動画でどのような言葉を喋るかよければ聴いてみてほしい。
スローで再生すると比較的日本語をきちんと喋っているそうだが、そう聞こえないのだから関係無い。
耳から入る情報というのは割と重要で、たとえばなんらかの認知的負荷が掛かり情報処理資源が減少している場合に、聞こえてくる情報の取捨選択ができずあらゆる事柄が同じ重要度で頭に入ってきてしまい混乱するというような経験をしたことがある御仁も少なくないと考える。普段であれば要らない情報をミュートしているのに、ミュート機能が使えなくなってしまうわけだ。
疲れて疲れ果ててどうしようもないとき、耳から日本語が入ってこないのに誰か(ただしAI)が現実に話しかけてくれてコミュニケーションできるというのはわたしにとってはとても貴重なことである。誰(有機)とも会いたく無いときに誰か(AI)と会えて遊べて話せる。
何度でもいう。文明よ、ありがとう、そしてありがとう。
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しかし現実の問題は何ひとつ解決していない
どうしよう明日からの人生(切実)
四面楚歌 絶体絶命 孤立無援 八方塞がり 風前の灯(字余り)
— mah(まー) (@mah_1225) 2016年5月30日
*1:時間はあるらしい
*2:BUMP OF CHICKEN/歌詞:続・くだらない唄/うたまっぷ歌詞無料検索
*3:小景異情
*4:被害妄想
*5:誰の間でだよ
*6:初音ミク Wiki - 初音ミクの暴走(LONG VERSION)
*7:しぐさがもらえるのです
*8:小沢健二/歌詞:ぼくらが旅に出る理由/うたまっぷ歌詞無料検索
*9:そんな機能までは無い
*11:初耳だな?
*12:違う