アナモルフォーシス

「俺、先輩の考えてることよく分かんないんだけど」

  ベルフェゴールはチェス盤から視線を離さずにそう呟いた。わざわざパリの美術館から取り寄せたというバカラ製のチェス盤を打つ音は、澄んではいるがどこか冷たく響いた。

「ボスの足ってさ、治らない訳じゃないんでしょ」「まぁね」

繊細な指先を盤上に伸ばし、そこに立っていたナイトを意味ありげに弄りながら、ベルフェゴールは伺うような目でマーモンを覗き見た。彼は次の手を考えているようで、こちらの問いをあまり深く考えているようには見えなかった。ビショップの機能が停止している今、クイーンの動きは封じられている。

「じゃあ何で帰って来ないの」
「帰って来たくないからさ、いや、帰したくないから、かな」

マーモンお気に入りのロイヤルコペンハーゲンのティーカップがすっと宙に浮き、それから彼の手元にゆっくりと収まった。濃い琥珀色の液体が微かに波打ち、やがて収まる。いかにもあたたかさそうな白い湯気の向こう、マーモンが何とはなしに答えた。「スクアーロにとっては居心地がいいからね」
ベルフェゴールも飽きてしまったと言わんばかりに早々シフォンケーキに手を伸ばした。たっぷりと掛かった生クリームにフォークを柔らかく埋め込むと、中からもクリームがどろりと溢れ出す。今朝方殺してきた標的の腹を裂いた時に萎縮した内臓がとろとろ流れ出て来た様に似ているな、とぼんやり思う。スクアーロが療養と称してザンザスを連れたままどこか遠い遠い山奥にぽつんと立つ館に篭ってからというもの、ダブルトップを失ったヴァリアーはてんてこ舞いの大忙しなのだ。あの屋敷には今じゃ幹部も誰も近寄れない。一体あの中でどうなっているというのか。
虹の代理戦争のさなかに起きたあの事件で、二人がイェーガーによって与えられた傷は深いものだった。それはきっと、体も心も。

「いやだからさ、何で?先輩ってボスに元に戻って欲しくないの?後遺症だってもうそんな
残ってないっしょ」

なのにいつまで経っても二人とも帰って来やしないし、それどころかボスの容態は悪くなる一方とか絶対におかしいって。
そうぼやいてフォークを口の中に放り込む。少しクリームをつけすぎたようで、あまりの甘さに眉が寄る。ベルフェゴールの方もティーカップを手に取りそれを口にした。ダージリンのファーストラッシュの茶葉の爽やかさがそれを中和してくれる。

「代理ミュンヒハウゼン症候群」
「は?」
「って知ってるかい」

何それ、と顔を上げたベルフェゴールを、何だけやけに真剣なマーモンの視線が迎え入れた。靄の向こう、その目が同情のような、憐憫のようなものを滲ませているのがちらりと見えた、気がした。

「利害は一致してるんだ。ボスだって分かってるよ」
「だから何が?」
「自分が本当ならとっくに治ってる筈だってこと」

あんな場所に閉じ込められさえしなければね、と続けて、マーモンは音もなく紅茶を飲んだ。静かな声だった。囁くでもない微かな声で言葉を紡がれるその話に、ベルフェゴールは何も答えずただ軽く頷いておいたが、彼がその様子を見ていたかは分からない。

「んん?なに、えっと、つまり先輩はボスを治す気がなくて、ボスの方も治る気はないって意味?」
「端的に言えばね」
「…介護、つか、世話の為に二人で隠居してんじゃなかったの」

マーモンは少しばかり難しそうな顔で俯いていた。「同意の上の監禁みたいなものでしょ。だってあの二人、わざとそうしてるみたいに見えるし…でもそうやる事でやっと互いに安心出来たのかも」後半はまったくひとりごとじみて、ベルフェゴールには良く聞き取れなかった。それは得体のしれない不穏な何かをもたらした。
訥々と呟いたあと、最後に「まぁそれが彼等にとっては幸せって事さ」と仕上げをしたマーモンは、ベルフェゴールがが未だによく分かっていないというのにさぁ自分はまとめたとばかりに口を閉じてしまった。それから暫く沈黙を共有して、ふたりはそこに居た。

ベルフェゴールは部屋の妙な静けさに巻き込まれないように、ティーの中のスプーンをわざとうるさく音だたせた。がちゃがちゃとうるさく鳴らして、不安の霧散をそこで際立たせる。
それから欠伸をした。マーモンに、こんなことはどうでもいいんだと思わせる為に、あくびなんかをした。けれどそこにある真剣さは本当だった。

「代理なんたらとかいうのは知んねーけど、早く復帰して欲しいよね。王子にまで皺寄せが来てんだから」

そうして心配を隠すように、紅茶を一気に飲み込んだ。白い湯気の目くらましが役に立つ。
盤上の上で忘れ去られたままだったナイトに手を伸ばし、指先でつついた。カラン、という無機質な音と共に、それは転がった。倒れたナイトが間接照明の下で空しく光沢を放つ。

「チェックメイト」

いやに発音のよい言い方でベルフェゴールは呟いた。スクアーロいわく『リリー・アレンみてぇなブリテン訛り』だ。

談話室のカーテンは天井まである窓に掛かる重厚な遮光暗幕と装飾ゴブラン織りの二重になっていて、閉めてさえいれば外の光が射し込む事はほぼないと言っていい。
なのに関わらず、陽が雲に覆われたのか、室内が照明を絞ったようふっと暗くなった。視界が暗くなったぶんだけ敏感になった聴覚が、マーモンの溜め息を微かに捉える。

「好きな人の頼る相手が自分しか居ないって、どれだけ気持ちいいんだろうね」

優越感と愉悦感は一文字違いなんだよ、ベル。マーモンのどこか寂しげな声だけが、その暗闇に落ちていた。417戦目。ベルフェゴールは勝ち越しながらも、追い詰められたナイトはどんな行動に出るのか分からないものだ、とひとり頷いた。



  視線をチェス盤から剥がすと、壁に飾られた大きな絵画が目に入った。ハンス・ホルバインの“大使たち”を複製したそれは、見るものを錯覚させる。一体何が正しいのか、ベルフェゴールにはついぞ分からなかった。二人は帰って来ない。

 

 

 

 

Anamorphosis = 歪んだモノなどが角度や見方を変えてみたりする事で人によっては正常な形に見える現象の事

 

 

 

 

 

(ボスは腕こそ元には戻らないけど足は腱まで傷ついてなかったからほんとはそこまで重症じゃなかったのに鮫が「無理に歩いたら危ないから!ボスの為だから!!なっ!!!安静にしよ!!!!」って言い張って無理に車椅子で生活させた結果機能が後退してほんとに立てなくなっちゃっててそれで強制的に依存を引き出してたら萌えるなって…

そうやってボスの症状を酷くする→健気に介護する→頼れる相手は自分だけという意識を持たせる→甲斐甲斐しく世話をするぜぇ〜?マイルド(優しい)だろ〜?→ザンザスにはこれでもうほんとに俺しか居ないんだ!と使命感→わざと治させないようにするって無意識の内に自分に酔ってる系男子ゲスクアーロ

ボスはそれを知っておきながら黙って軟禁されてて「ハイこれ今日の薬」ってにこにこ差し出される得体のしれない物体を毎日大人しく飲み続けてやった結果本当に下半身不随になっちゃって文字通り鮫ナシでは生きられない身体になったんだけどそれも後悔してないっていう

ボスの方も段々「俺がこうやってる間はコイツは絶対に傍から離れない」とか極論思考になっていって鮫にそうやって束縛されて心配される事が快感になっていく悪循環スパイラルどっちも病院行けよ… 鮫に身体を壊されていく事で自分が愛されてると実感できる感じの

鮫も他の幹部達に「ボスをちゃんとした病院に入れた方が早く治るんじゃない?」とか言われても「は?無理。俺以外に会いたくないって言ってるから!」とかやって誤魔化す

鮫は鮫で腹部貫通により内臓が半分潰れちゃったので肺活量が減って激しい運動は出来なかったり感情が高ぶると過呼吸になっちゃうのでボスがたまに「外に出たい」とか言い出したら「え、えっ…!?」って半パニックになるあまり呼吸困難になって慌てて「悪かったもう二度と言わねぇ」って宥める

最初らへんボスがまだ洗脳()に掛かってなかった時にもう帰りたいって言ったら鮫が突然その場に蹲ってハァハァしながら苦しそうに胸を押さえ出したんだけどその行かないでっていう制止を振り払って「演技はもういいんだよ!」って出て行こうとしたらそれがその時のはほんとで危うく取り返しのつかない事に…っていう経験から逆らえなかったりする

そういうザンスクください)

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