映画「フォレストガンプ」でバス停のベンチに腰掛けたガンプが、隣のネーチャンに突然話しかけるシーンがある。
「My momma always said,"Life was like a box of chocolates.You never know what you're gonna get”.」
~カーチャンがいつも言ってた。”人生はチョコレートの箱のようだ。開けてみるまで、何が起こるかわからない”と~
アンニュイな月末。家賃の振り込みが目前に迫っている。
金がない。
人生の酸いも甘いも噛みしめて来たワタクシであるが、最近、酸っぱい物がヤケにおいしく感じるのは、歳を取ったということか。たまには甘いチョコレートが食べたいが、兎にも角にも先立つものがないのである。
親友のヨコヤマ君に、借金の申し込みをしようと思ったが、離婚して子供の養育費を払うようになってから、審査がかなり厳しくなってしまい、取引できない状態である。
ワイフに家計の「今そこにある危機」を訴えてみたものの、相手にしてもらえなかった。しょうがないので、散髪に行くから小遣いをくれ!と3千円をもらって散髪に行かずポッケに閉まっておいたが、焼け石に水とはまさにこのことである。
公園のベンチに腰掛け、エサをねだりに来たいつものネコに、”人生はチョコレートの箱ようだ”と話しかけても当然、なんの反応も示さない。ワタクシのチョコレートの箱にはいったい何が入っているのだろうか?
しばらくして、エサをくれないと確信したネコは、トボトボとどこかに行ってしまった。誰かを恨みたくなる気持ちがないと言えばウソになるが、惨めな想いをしていても、ワタクシは晴れやかな気持ちでいる。
ガンプのカーチャンが人生をチョコレートの箱だと言ったのは、ハワイのお土産がそうであるように、人生は両親からプレゼントされた大切なギフトなのですよ!と伝えたかったのであろう。
そもそも、プレゼントをもらっておいて、こんなクソみたいなもんいらんわい!とツバを吐きかけるのは、あまりにも無礼ではないか。せっかくもらったチョコレートがあるのだから、精一杯味わうべきである。
ワタクシは自分の人生にあるものをもう一度見つめ直すことにした。ワタクシにあるのは、衰えぬ性欲と名著「ビジョナリーカンパニー」である。意味なく猛った股間を押さえながら、名著を開いてカネをゲットする方法を探った。
利益を超えて
会社は要するにカネ儲けのためにあると、誤解している人が多いと思う。カネ儲けというのは、会社が存在していることの結果としては重要であるが、われわれはもっと深く考えて、われわれが存在している真の理由を見つけ出さなければならない。
「ビジョナリーカンパニー①」124ページより引用
なるほど。つまり、ガンプのカーチャンが言うようにチョコレートの箱を開けて、中を見てみろということか。ワタクシのもらったチョコレートは、腐って酸っぱくなってしまっているかも知れないが、それはそれでネタになるではないか!
と、大して参考になることも書かれてなかったので、いつもの調子で現実逃避しているワタクシに、突然、お客さんから電話がかかってきた。
お客さんの話を聞くと、なんだかパソコンの調子が悪いらしい。ここでワタクシはピンと来ていたのだが、パソコンを見せてもらうと案の定、勝手にウインドウズ10にアップグレードされていただけであった。
ワタクシは、突如、ウィスキーボンボンを食べたかのようにトボけて、「故障かも知れない...」と、パソコンを預かり、ひっそりとウインドウズ7に戻して、修理代1万円をゲットした。
世に言うWin10特需である。やはり、人生は開けてみるまで何が起こるかわからんもんだ。勝手にOSが変わることもあるのだ。
もう少しボッタくっても良かったのだが、ワタクシはカネ儲けのために存在しているのではない。かといってなんのために存在しているかもわからんのだけど。
思えばフォレストガンプのように、いじめっ子から走って逃げてばかりのような人生だった。会社では人格破綻者の上司から逃げて、今はワイフの圧政から逃げている。しかし、ワタクシは逃げ続けたことで逃げ足だけは確かに速くなった。
逃げ続けたワタクシに、どんな味のチョコレートが待っているのだろうか?現状では、ワタクシのチョコレートの箱に唯一入っていたキラキラの宝石のような娘のために、おいしいチョコレートを走って買ってくるパパにはなりたいと思う。
と、キレイにまとめようと思ったのだが、このブログをチョコを食いながら笑って読んでいる諸君には、そろそろ、腐ったチョコを投げつけて逃げてやろうと思う今日この頃である。
家賃の支払いまであと2日。お客さんのパソコンがWin10にアップグレードされますように。