こんばんは、くるんちゅです。
今夜は、ちょっとてれくさいのですが、「わたしと絵」のちょっとした歴史について、その時々のおもいでや感じたことを、当時の絵を載せながらのんびり綴ってみようとおもいます。
もしよかったら、おつきあいくださいね(*^^*)
・0歳 わたしの本名のこと
わたしの母は、学生のころ美術部で油絵を描いていた、絵が好きな人でした。
母の一族には画家や絵画の先生がいて、母はずっと絵というものにふれて生きてきました。
そんな母がわたしを身ごもったとき、「この子は私の子どもだからぜったいに絵が好きになる」と確信していたそうです。
そしてわたしが生まれ、わたしに色彩に関するなまえをつけました。
それがすべてのはじまりだったように思います。
・2歳 色鉛筆をプレゼントされる
弟が生まれてまもないころ、わたしは2歳の誕生日をむかえました。
そのとき、両親が幼いわたしにかなりマニアックな色も揃った36色入りの色鉛筆をプレゼントしてくれました。
2歳児にプレゼントする画材としては、かなり高級な部類にはいるのかと思います。
わたしはその色鉛筆で絵を描くというより、色を楽しむ感覚で塗り絵をたくさんしていました。
紺色とサーモンピンクをとくに好んでいた記憶があります。
・3歳 幼稚園にあがりセーラームーンにはまる
この頃になるとそろそろ形をもった絵が描けるようになってきていました。
当時流行っていたセーラームーンにはまって、教室の隅でひとりでセーラームーンばかり描いているような子供でした。
当時描いていた絵です。
「おかあさん」というタイトルで幼稚園で描いた作品です。
幼稚園の3年間はこの絵柄で通していたと記憶しています。
・5歳 はじめてコンクールで賞をとる
5歳になった頃、とある大きな会社が主催していた「わたしのともだち」というタイトルで書かれた絵を募集しているコンクールに母がわたしの絵を送りました。
その結果、優秀賞をいただくことができました。
この頃から「自分はほかのみんなより絵を描くことが好きなのかもしれない」という自覚がめばえはじめました。
(その当時の絵は実家にしまってあるので、upできません。ごめんなさいね。)
・6歳〜 ますます絵にのめりこむ 人のために絵を描くたのしさを知る
小学校にあがったばかりのわたしは、「いつもひとりで教室の隅で絵を描いている風変わりな子」でした。
そんなわたしは、数々のコンクールで金賞を連発し、いつしか「あの絵が上手い子」と噂されるようになりました。
それに目をつけたのは、教室の虫好きの男の子たちです。
わたしにカブトムシやクワガタの絵を描かせては友達同士でみせあいっこをし、盛り上がっていました。
この頃から漠然と「自分の趣味だけで終わらせず、人のために絵を描くこと」を意識し始めたように思います。
・10歳 はじめての挫折
10歳の頃、わたしはコンテストではじめて金賞をとることができませんでした。
気合をいれて描いた絵だったので、ショックでした。
先生はこう言いました。「あなたの絵には子供らしい元気さがない」と。
「子供らしい元気さって、なに?わたしの絵にはなにがたりないの?」
わたしは幼い頭でたくさんのことを考え、いくつかの結論を導き出しました。
「絵というのは、ただリアルに描けばいいというものじゃない」
「拙く見える絵なのに、なぜか才能を感じてしまう絵もある」
それまでのわたしはただひたすら技術とリアルさを追求した絵ばかり描いていたので、先生の言葉は心にがつんと来ました。
それからわたしは「目で見えるもの以外のものも絵に塗り込める」ことを意識するようになりました。
目で見えるものを機械的に描き写していただけの、10歳当時描いた絵です。
技術を磨くことがすべてだと思っていました。
・11歳 漫画にはまり漫画家を目指すようになる
小学校高学年、それまでなぜかあまり読まなかった漫画に本格的にはまり始め、学校ではまんがクラブに所属し様々な作品のキャラクターの模写を繰り返す日々でした。
そしていつしか、漫画家になるという夢を持ち始めました。
その夢を母にうちあけたところ…
「漫画家はなんでもかんでも描けなきゃだめなんだよ」
という返事が返ってきました。
そしてキャラクターの描き方ばかり練習していた自分を反省しました。
それからは、風景、人物、建物、メカなど、本当になんでもかんでもがむしゃらに描きまくりました。
画材も、鉛筆、サインペン、水彩、色鉛筆、ボールペン、Gペン丸ペンスクリーントーンなどなど、手当たり次第にあるものすべて試しました。
11歳頃描いた、小学4年生くらいのころからずっとはまっていたドラゴンボールのパロディ漫画です。
Gペンをつかいこなせるようになってきています。
様々な作品から色々な技術を吸収しようとしていました。
同時に、抽象画のようなものにもチャレンジしていましたが、残念ながら残っていません(;;)
・12歳 小学校卒業時、クラス全員の似顔絵カレンダーを作って配る
小学校6年生のころのクラスは、わたしにとって居心地がよく、卒業が寂しい気持ちを募らせながら生活していました。
このクラスのまま中学校に上がれたら…と願う日々の中浮かんだのが、「クラスの思い出を残すためにクラス全員の似顔絵を載せたカレンダーを作ろう!」というアイデアでした。
思い立ったら即行動、わたしはクラス全員の誕生日を聞いて回り、毎晩深夜まで似顔絵カレンダーの製作を続けました。
…時は経ち高校三年の春休み、遠方の私立中学に進学した当時のクラスメイトに再会したとき、そのカレンダーの話題が出ました。
「俺は6年1組が大好きだったから、中学上がってもずっとあのカレンダー部屋に飾ってた。まだ持っているよ」と、彼は言いました。
わたしの小学校時代の一番の思い出の一つです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
長くなってしまうので、キリが良いこのあたりでいったん切ります。
つづきは、気が向いたらかくかもしれません(^^)
ではでは(^0^)ノシ〜♪
↓この記事に掲載した過去作品の解説記事は、こちらです。↓