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Circumstances for
思うところあって更新を停止していましたが再開します。
間が空いたこともあり今回はTeamBRNZの紹介のような形を取りました。
ゾネブルムインダストリの一室。TeamBRNZが寮室として使っている部屋の寝室。
金属で出来た2つの2段ベッドが両側の壁に置かれ、ベッドサイドテーブルの上には各人の名前が書かれたドリンクの缶やボトル、いくつかの書類、壁にはホワイトボードが取り付けられ、今後の予定や連絡事項が書き記されている。
「ロス、腕の調子はどうだ」
入り口から見て左側の2段ベッドの上、縁に腰掛けて足をぶらぶらと揺らしながらズヴァートが言う。
「いい感じだよ。この腕にも慣れてきた」
反対側のベッドの下で炭酸飲料の瓶を片手に、ロスは右腕を掲げてみせる。
ムドプカンとの戦闘でひどく損耗した義腕は元通りに完治は不可能。そう判断され、彼の右腕は切除手術によって切り取られた。
そして代わりに、彼の右腕は主要ユニットを含む全機構を換装し、耐久性の向上によってテゲナーヴァルクラップの砲撃機構も強化された新型の義腕へと変えられた。
「隊長の脚に使われた技術をベースに改良されたパイロットモデルの動力機構を使ってるから、前よりも出力自体は上がってる」
「出力が上がった、ということはその分負荷もそれなりに増えたんだろう?」
読んでいた革張り装丁の本を閉じてナグトがロスに言う。
「いくらインダストリの技術が高水準とはいえいつまでもごまかしが効く訳じゃない。ロス、お前も分かってるだろう?俺達は死んでいるはずの存在なんだ」
昔の話をしよう。
TeamBRNZ、各メンバーの昔の話を。
ブラウについては先述の通り、事故による下肢の全損を人工物によって補っているが、それだけではない。
熱風と衝撃波を至近距離で受けた彼女は呼吸器、脊髄を始めとして、主要臓器の大部分に深い損傷を受けた。
いくらゾネブルムインダストリの全面的バックアップを受けたとしても、手の施しようのない確実な死を意味するほどの損傷。
しかし、彼女の命を繋いだのは他でもない、彼女の肉体を傷づけたそのものであった。
全身に深く陥入した大小無数のダスト片。
ダスト片は彼女の身体が生命的に危険なラインに到達したその時、血液やリンパ回路、あるいは浸透によって速やかに全身へと浸潤。
そして各部位へと到達後、身体機能を補完するように活動を開始した。
まるでブラウ本人の細胞のように。
それ以降、彼女は大量のカロリーとダストを摂取することを余儀なくされたが、生きている。
彼女を満たす血肉の殆どは、数オングストロームからなる超微細なダスト片によって構成されているのだ。
細胞のように代謝し、分裂し、機能を終えると自己死し、排出されるダスト。
細胞の代替機構というだけではない。
血中溶存物濃度の調整、組織への最適なエネルギー供給、神経伝達回路の加速化、軽度の損傷であれば数秒で修復する程度の自己保全機能。
彼女を診た医者はこう、評価した。
「ダストによって生きながらえている人間ではなく、もはや人という形態を取ったダスト個体である」
事実、彼女の動脈血を他者に注入した場合、副作用前提ではあるが、身体機能の向上が確認されている。
その動脈血から精錬された、一時的な強制ブースト剤。
TeamBRNZに配布されている奥の手。
ムドプカンとの一戦でロスが使用したのがそれである。
ブースト剤といえば聞こえはいいが、実際は命の前借りとでも言うべきものだろう。
使用後は全身のひどい発熱と倦怠感、脳圧の変動、心拍数の激しい上昇が見られ、もしブースト剤を高頻度で使用すれば神経系の伝達加速化が異常に高まり、最悪の場合神経細胞のアポトーシス誘発、あるいはテロメアの異常による急速な老衰に類似する現象による死が予想されている。
そしてこの現象は、ブラウ本人の最期でもある。
ブラウの発揮している異常な身体機能はいわば常時濃度の薄いブースト剤を使用しているようなものなのだ。
存在しているかもしれない将来を、わずかあと数年にまで圧縮することによって手にした能力。
ともすれば明日にでも、いや、あるいは今この瞬間に寿命を使い切るかもしれない可能性を抱えて彼女は生きている。否、生きながらえている。
彼女の体から得られたオングストローム級極小ダスト技術。これはゾネブルムインダストリの最高位セキュリティクリアランスプロダクトであり、このプロダクトに関連する一切の研究データ、研究人員の一切は秘匿されている。
そしてこの技術を運用するモデルケースとして編成されたのが、TeamBRNZなのである。
ロスは幼いころ、とある病気であると診断された。
〈筋萎縮性側索硬化症〉
通称ALSと呼ばれる、筋肉を司る運動ニューロンの異常によって四肢や呼吸筋が萎縮する難病。
高齢者に見られることのある病気であるが、ロスはわずか8歳の時に発症した。
リルゾールによる進行速度の低下を期待した治療も、期待通りの成果が上がらず、対処療法にも限界が見えていた。
そんなロスに手を差し伸べたのが、ゾネブルムインダストリである。
ブラウから得たオングストローム級極小ダストをコアとする擬似神経細胞、通称ダストニューロン。
ゾネブルムインダストリはロス以外にも同様の病状を持つ患者にダストニューロンの投与を行っていたが、ハンタークラスとしての運用に耐えうると評価されたのはロスのみであった。
ダストニューロンは投与されると、宿主本来の神経細胞に取り付きその情報を写しとる。
その後体内で自己複製を開始し、順調に進めば約一年ですべての神経細胞がダストニューロンによる神経回路網に置換される。
当然、副作用も存在する。
ダストニューロンは人間本来の肉体に完全に順応することは出来ず、老廃物と化したダストニューロンの残骸は血中を主として全身に残存し、自然排出されない。
必然的に、定期的な透析が必要となる。
また当然ではあるが、本来の神経細胞がダストニューロンに侵食される際、耐え難い激痛が生じ、脳の侵食時には、群発頭痛に勝るとも劣らない痛みが実に130時間以上も計測された。
そしてその上、ロスは神経回路網だけではなく全身の随意筋の大部分を機械化している。
ダストニューロンの高速度処理に対応するためには筋肉がそれに対応できる速度で反応しなければならないという自明の理であるが、神経細胞をダストニューロンに侵食されるあの激痛を再び味わうことになる。
だが、ロスは逡巡することなく即決であった。
ロスはしばしばその肉体の異常性を評価、あるいは指摘されることがある。
しかし彼の本質的な異常性はむしろ精神にあると言える。
己の信念や挟持の成立の為であれば、差し出すことの出来る物すべてを迷いなく差し出す胆力。
もはや覚悟という言葉ですら生温い、狂奔、妄執とでも形容すべき歪み切った精神。
そしてその異常性をロスは自分自身理解した上で、なおその狂奔に身を委ねている。
狂奔、とはまた違う系統ではあるが、ナグトも異常であろう。
彼の出身はいわゆるところの貧民街である。それも、後進国の貧民街。
慢性的な内紛と諸外国に対する散発的な武力衝突を数十年にわたって続けていたその国では命の価値と言う観念すら失われつつあった。
そんな国に生まれ落ちたナグトは生後まもなく路傍に破棄されていた。
臍帯すらつながったまま、まるで廃棄物の仕分けのようにその辺りに転がされたナグトは、国際人権団体によって奇跡的に救助されたが、劣悪極まりない環境の影響か、ナグトは保護された時点で幾つもの感染症、そしてそれに伴う合併症を発症していたと記録されている。
とくに皮膚感染症の症状が重く、浸出液や不感蒸泄による脱水は命を脅かすレベルであった。
移植皮膚の迅速な用意が不可能であり、緊急の措置として、人権団体に技術支援を行っていたゾネブルムインダストリは秘匿技術の投入を決定する。
極小有機ダストによって構成される、活動性をもった人工皮膚。
ダスト繊維そのものは一見するとキメ細やかな粒子のようであるが、ダスト繊維の統括、指揮を行うコアユニットからの命令によって流動的に活動し、ナグトの表面を覆うように固着する。
コアユニットはナグトの脳の一部をダストニューロンに置換し、その部位に機能を持たせてコアユニットとしている。
このダスト繊維皮膚は量産性を高めるためにオングストローム級極小ダストと比較すると機能性がやや簡素になっているため、体毛の再現までは不可能であったが、その代わりに廉価かつ安定した生産を実現している。
なお、現在はオングストローム級極小ダストを線維化する技術がロールアウト間近である。
ダスト繊維皮膚は硬度や形状、外見上の色彩を変化させることが可能であり、単純な出力や戦闘性能の低さを、高い専門性、特に工作活動に対する順応性で補っている。
奥の手として、ダスト繊維皮膚の硬度を限界まで引き上げる全身硬化が存在するが、全身硬化後はすべてのダスト繊維皮膚の交換を行わなければならない。
しかしながら全身硬化の防御性能は105mmAPFSDSの直撃に耐えうるほどであり、緊急時には相応の手段として採用する価値がある。
高い専門性に奥の手の防御手段を持つダスト人工皮膚、ナグトはこれをジャンヌと呼称しているが、ジャンヌにはやはり突破力に信頼の置ける攻撃性能が著しく欠如している。このため、ジャンヌの性能を最大限引き出すにはチーム単位でのバックアップが必須である。
最期に、ズヴァート。彼女の経歴はTeamBRNZの中でも最も不明瞭な点が多い。
現在、彼女の15歳より以前の経歴すべてが不明である。
数年前にグラースが彼女を保護し、ゾネブルムインダストリへと招いたことはわかっているが、それまでの生活、家族構成、出身は不明。
使用している言語の特徴から、アトラス国民であることが予想されているが、その確証となる証拠もない。
ゾネブルムインダストリに来た時、彼女は主要な感覚器の機能を著しく損なっていた。
視覚と味覚は完全に喪失し、聴覚は110dB以上の聴覚レベル。
その代替性なのか、嗅覚と触覚は異常なほどに先鋭化していたと記録されている。
検査の結果、彼女の肉体自体には問題が確認できず、原因は心因性ではないかという仮定が下されたが彼女自身にその原因となる記憶も存在せず、通常の治療は困難であると判断された。
そしてグラースの提案を受け、彼女自身の合意を持ってとある臨床実験が行われた。
ブラウの卵細胞から培養した組織をズヴァートへと移植する試み。
これはダスト的性質に侵食された細胞と通常の細胞の互換性などを確認する目的で行われ、人工的にブラウのようなダスト個体を生み出すことが出来るのではないかという可能性の確認でもあった。
結果は、移植された各組織と神経細胞は抵抗や免疫反応を起こさずにズヴァートに順応し、正常な範囲での感覚の再建が成功。
しかしながらブラウのような肉体的特性は確認できず、ダストに関する肉体の反応はブラウ個人のみが持つ何らかの遺伝子あるいは酵素あるいはそれ以外のオーラ的素質によるものであると仮定された。
TeamBRNZのコンセプトはいわば可能性である。
憐憫や同情などTeamBRNZの誰も求めていない。
肉体、精神的に不遇であっても、確固たる技術とそれを受け入れる覚悟さえあれば一戦力として戦列に歩を並べることが可能であるという可能性の体現。
当然、健常者と比べれば寿命は短いだろう。戦力として存在し続けられる期間も短い。
使い捨てと大差ないインスタントソルジャーかもしてない。
しかしながら、彼らはそれでも戦いたいという狂奔に支えられて戦い続ける。
全身を部品と入れ替え、元の原型など誰も思い出せないほどの異形に成り果てたとしても、本質として彼らは何も変わらない。テセウスの船の話のように。
彼らは決して一流の金ではない。次席たる銀にすらなれない。
しかし彼らはどこにでも存在している。
普遍的で廉価で加工しやすく汎用性に富んでいる。
銅のような取るに足らない一般人、いや、それ以下の病人ですら兵士になりうる可能性。
ハンターと非戦闘員の水平線は交じり合い、そこに垣根はなくなる。
パターン・ホリゾン。
彼らの体現する計画はそう呼ばれる。
もちろん倫理的、人道的に多くの問題をはらんでいるだろう。ハンターに関わる利権団体だって黙認などしないだろう。
時代の波に封殺され、なかったことにされる計画かもしれない。
しかし、TeamBRNZはもはやそのような利権、権利、あるいは賞賛や名誉というものに縛られる領域を逸脱している。
戦い続けるだろう。
「……話し込んだな。もう夜明けだ」
不意に、ナグトが面を上げた。
見れば、窓から望む町並みが薄ら紺色に滲み始めている。
「今日は休みだ。オレは今からゆっくり寝るよ」
ロスが空になった安物の小麦酒の瓶をゴミ箱放り投げて立ち上がる。
ガラスの割れる音。
瓶が割れたのか、ロスはその音を聞きながらドアノブをひねり部屋に背を向けて、そんなことをちらりと思った。
違う。
ロスの頸部に走る重く鋭い痛み。
その痛みは足元からじんわりと現実感を失わせる。
膝が崩れる。
立っていられない。意識がゆっくりと閉じていく。
額をしたたかに床に打ち付けたが、それが痛いのかどうかもわからない。
首に電流を叩きこまれたのだと、そこでようやく彼は自覚する。
倒れた彼の視界に映るのは、砕かれて風の吹きこむ窓、彼と同じように無力化された同僚。
そして、
「お休みのところすまんなぁ、そろそろ本気で君らをどうにか処理せんといかん段階に来てもうたんや。俺個人としては君ら嫌いやないけど、悪いなぁ」
「……ヤナギ、くそっ」
意識が、落ちる。
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「LRAD」 Knife Party
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