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Bond for
先陣を切ったのはオミナエ。
手にした工具箱を巨大なチェーンソーに変形させ、更に手元のエンジンレバーを思い切り引っ張りながら叫ぶ。
「久々の実戦でテンション高めだから荒いわよ!!フィー・ヴェクツァイク!」
巨大な黄金色のチェーンソー、フィー・ヴェクツァイクが形を変える。
チェーンを支えるバーの部分が分解され、チェーンがほどけた。
まるで無数のいばらの鞭のようにフィー・ヴェクツァイクはのたうつ。
金属のいばらがムドプカンに絡みついた。
首、脚、翼、尾。ありとあらゆる箇所に黄金の鎖が喰い付き翼竜の鱗を食い破らんと高速で振動する。
「かったいわねぇコイツ……!コレは手こずるわけね!」
翼竜はその鎖を少しばかり煩わしそうにしながら身を振った。
しかし、オミナエがそれを許さない。
「逃がしゃしないわよ……」
「オミナエ、もう少し押さえておいていただけますか」
サビが飛び出す。
僅かな砂埃とともに一瞬にして間合いを詰め、抜きざまに白刃をムドプカンの首に振るう。
当然のように刃は通らない。
「ふむ、ならば」
サビは握る柄に力を込めて呼吸を整える。
赤黒いオーラが刃を包み刃紋が炎の様に揺らめく。
彼女は一度鞘に刀を納め、静かな声で言った。
「喰らってみますか、二の太刀要らずの瞬閃を」
赤い光片を散らしながら抜き放たれるのは不可視にして無二の一刀。
音もなく、影すら立てずに振り上げられる。
真っ黒な血が迸った。
ムドプカンの口から初めて苦痛の声が漏れる。
「通った!?」
ブラウが驚嘆の声を上げる。
その声を聞いて、サビは頬に墨のようなドロリとした返り血を浴びて答えた。
「いえ、かすり傷。想像以上に硬い」
忌々しげに吐き捨てて彼女は続ける。
「これでも通りきらないのですか……。申し訳ありませんが今のでオーラの3割ほどを消費しました。あまり連発はできません」
「十分!無敵の化け物じゃないってわかっただけで十分だよ!」
ブラウはサビの前に出てその脚を振り上げた。
「呼吸もするし血も出る、めちゃくちゃ強いけどあくまでも生き物!殺せない道理はない!」
右脚で、ムドプカンの頭を叩き落とすようなしなやかな一撃。
打ち下ろされた頭を迎え撃つような左脚の追撃。
「もう一つ!」
軽く飛んで即座に右脚を変形。
跳ね上がった脳天に遠心力を乗せた胴回し回転蹴りでパイルバンカーを思い切り叩き付ける。
大口径のダスト推進剤の痛烈な爆音と、硬い甲殻と金属の重厚な衝突音。
「ええ動きするやん」
流れるような三連撃にアサギが感心したような声を漏らす。
しかしムドプカンの堅牢な頭外骨格には傷ひとつない。
「下がりや!お返しが来るで!」
アサギの声にサビとブラウは即座に飛び下がる。
「一度解くわよ!コレ以上はこっちが保たないわ!」
オミナエはチェーンを解除しチェーンソーの形状に戻してアサギの背後へと滑りこむ。
立ち変わるようにアサギが前衛に滑り出て盾を地面に差しこむようにして構え、
「ふぅっっ……!」
細く長い息を吐きながら全身にオーラを通した。
彼の盾と肉体を淡い緑色のオーラが満たすと同時、彼の全身を衝撃が襲う。
数センチ、彼の体が地面にめり込む。
概算で数トンはあるであろう巨体の突撃。
単純なタックルがそれだけで砲弾となる巨体の暴力。
しかし彼は耐える。
少しでも盾に込める力を緩めれば木っ端の様に吹き飛ばされる予感。
その質量の暴力は、唐突に収まる。
「よっし!予想通り!!」
ブラウが拳を固めてそう言った。
見れば、ムドプカンは困惑する様に頭を振っている。いや、頭だけではない、全身を震わせのたうっている。
「何をした?」
後ろからナグトに問われ彼女は答える。
「ちょっとものは試しのつもりでやったんだけれどね、生き物なら必ず脳みそがある。そしてどれだけ堅牢な鎧に守られていても衝撃は吸収しきれない、むしろ固ければ固いだけ物は衝撃を通しやすくなる。自慢じゃないけれどあれだけわたしの蹴りを喰らえば脳みそもシェイクされるでしょ!」
「脳震盪……それを意図的に?」
ロスの隣で彼を守るように立っているヤナギが信じられないというふうに呟く。
「いったろ?ウチの隊長は、最強だって」
脇腹を抑えながら片膝立ちでロスは口端を歪めて笑う。
そう言って彼はポーチから小さなペン状のものを取り出した。
「なに、それ」
ヤナギがそう言うが、彼は何も答えずそのキャップを口で引き抜く。
やはりキャップを取った形状もまるでペンのようだが、ヤナギは気づいた。
「注射器?」
ロスの手に握られている白く細長いペン型注射器。
小さく細いスリットからわずかに紫ががった透明な液体が見える。
ロスは答えない。
そしてそれを迷わず自らの胸に突き立てた。
「ひっ」
ヤナギの喉から声が漏れる。
空気の抜けるような音がした後、ロスは声ひとつ上げずその注射器を引き抜く。
ペン型注射器の先端からおどろくほど長い針が飛び出ているのが見えた。
「いつやっても……やっぱり痛いなこの注射は」
そう吐き捨てて彼はバイオハザードマークの付いた袋にそれを放り込んでで固く口を閉める。
「心腔内注射なんて正気じゃないよ!?何を打ったの!?」
騒ぐヤナギにロスは微笑むと答える。
「まぁ、見てろって。オレ達のとっておきなんだからよ」
「ロス!どれくらいで薬は回りそうだ!?」
ズヴァートに言われ、彼は親指を立てて言う。
「1分だ。1分くれ」
「サービスで1分30秒にしてやる!外すなよ!」
告げて、ズヴァートは12本の黒い槍を携えて走りだす。
ムドプカンは未だに揺さぶられた脳が復帰しきっていないのか自身へと襲いかかる少女の姿をはっきりと認識できていない。
「可愛い弟分の怪我代はきっちり払ってもらう。惨たらしく死ね、化け物」
冷たく怒りの篭った声だった。
ズヴァートは肉薄するとその頭外骨格に手を触れ翼竜の頭を押さえつける。
「ご立派な鎧だな。むかつくほどにご立派だ。だがまぁ」
空いた方の手で彼女は槍に指示を出す。
「その濁った目ン玉は柔らかそうだな」
左右の眼、双方6本ずつ。
黒く鈍い光を照らして彼女の槍が突き立つ。
空気を張り裂けんばかりの絶叫が轟いた。
「お前にも痛いって感情はあるんだな。そりゃ良かったぜ、嫐りがいがあるってもんだ」
一度槍を引きぬき、彼女はもう一度、いや二度三度と翼竜の眼窩を抉る。
視界を奪われた翼竜は力任せに頭を振りかぶる。
鼻先がズヴァートの腹部をかすめ、彼女はあっけなく弾き飛ばされた。
軽い体はホッケーパックの様にアスファルトを転がる。
「おい嬢ちゃん!」
アサギの声に彼女は跳ね起きて答えた。
「気にすんな!メガネが割れただけだ!それよりチャンスだぞ!たたみかけろ!」
その言葉に皆が動く。
アサギは盾を双重機関銃へ、ブラウは脚にオーラを、サビは己の刀身に心を注ぐ。
「アタシがもう一度動きを止めるわ」
オミナエがフィー・ヴェクツァイクを鎖へと変形させ、
そしてその時。
まるで空気そのものが爆発したような衝撃が走る。
体の芯まで響くような鈍い重みが規格外の爆音だと皆が気づいたのは数瞬後の事だった。
鼓膜を直に音叉で殴られたかと紛うほどの轟音はもはや音というより衝撃波に近く、全身の感覚が遠のく。
「こいつ……っ!こんな姑息な真似を!」
アサギは咄嗟に盾へと戻し構えようとするが力が入らない。
それほどまでの爆音だった。
「落ち着け!目を潰されて咄嗟に出た悪あがきだ!」
ズヴァートは言いつつ一歩下がる。
「まだこっちの優位性が崩れたわけじゃ……」
言い切ろうとして彼女は気づいた。
ムドプカンの両の目に赤黒い光が集まっていくのを。
自分たちが普段呼吸のごとく扱っているその光を。
「おい。どういうことだ……!」
ズヴァートの中の常識が崩れる。
人がグリムに抵抗する最も効果的にして明快な要素。オーラ。
「グリムは」
彼女は得体のしれない怒りに任せて叫んだ。
「グリムにはオーラが存在しないんじゃなかったのかよ!!」
翼竜の両目は、その赤黒いオーラによって事も無く修復された。
痛みの怒りに燃え立つ煌々とした底のない瞳が彼女を射竦める
人が得ていた優位性の崩壊。
オーラを利用するグリムの登場。
思わず足が止まる。
「何ぼさっとしとんねん!アカン!コイツはマジでアカン!一旦退いて本格的な討伐作戦を組むしかない!逃げるで!!」
懐からあの拘束ゲルを取り出しムドプカンに投げつけるアサギの声、ズヴァートは我に返る。
撤退。
その文字が色濃く脳裏に浮かぶ。
撤退し体勢を整えてから改めてムドプカンを討伐する。
極めて妥当な判断だ。
しかし。
「そんな余裕がねぇんだろ!コイツならものの数十分で市街地に到達する!今!ここで!殺さなきゃ!」
「ここで意地を張って犬死にすれば元も子もないのですよ!」
サビが珍しく声を荒らげ言う。
「いや、犬死にはしない。街も襲わせない。ここで討ち倒す」
静かな声でそういったのはブラウ。
「はぁ?無理にでも戦おうってなら止めないけれどアタシは逃げるかもしれないわよ」
オミナエは呆れたようにそう言って、続ける。
「って、少し前のアタシなら言ってただろうけれどね、いいわ、ここまで来たらアンタと一緒に三途の川渡ってあげるわよ」
彼女は自嘲的にピアスを揺らしながら笑う。
その様子を見てアサギは困ったように髪を掻き回し、諦めたような口調で言い放つ。
「あぁそうか!ええわ!わかった!僕もハンターの端くれや!ここで死んだら英雄やな!まぁ悪く無いやろ!ここがボクの死に場所か!サビ!お前も覚悟決めや!」
「ふむ、仕方も仕様もありません。よいでしょう。尤も、死ぬつもりは毛頭ありませんが」
5人はお互いの顔を見合わせて、そしてロス、ヤナギ、ナグトを見る。
口を開いたのはサビ。
「あなた方も、よろしいですね?逃げるなら今ですよ」
ロスは力強く立ち上がった。
彼の体からは仄かに桃色のオーラの残滓が立ち昇っている。
「オレの中には逃げるも負けるも、そう言う文字がない。せっかくエンジンが回ってきたんだ。一撃のチャンスをオレにくれないか。凄いものを見せてやれる気がするんだ」
先ほどまで死に体の男とは思えない気迫が漂う。
目も爛々と輝き、彼の傷だらけの腕からは抑えきれない燐光が漏れだしていた。
「お前なら、できるさ。期待している」
ナグトがライフルを握り直す。
「おにーさん、いいとこ見せてよ?」
ヤナギは槍を構える。
「総意は取れたな。まさかの総力戦だ、今この場だけは手前らが敵とかもうどうでもいい、あのクソブサイクな化けもんはっ倒して帰りたいんだ」
ズヴァートがヒビの入ったメガネを指で直しながら槍に手を触れる。
「ブラウ、お前何か勝算あんのかよ」
「ん?いや、アイツにオーラがあるならわたしのセンブランスが使えるじゃない?」
ブラウはそう言って自らの右脚をぽんと叩いた。
「あぁ、そりゃ好都合だ。だがアイツの体に撃ち込むだけのオーラは残ってんのか?」
「ないよ」
ブラウが言い切る。そして続ける。
「だから、ちょっと無理をするからね。コレ失敗したら多分ほんとに皆死んじゃうかもだけど」
「は、上等」
吐き捨てるズヴァート。
そんな2人にオミナエが問う。
「教えたくないならいいけれど訊くわ、ブラウちゃんのセンブランスって」
「相手にわたしのオーラを叩き込んで、相手のオーラの昂ぶりに合わせて激痛を与える。相手の体からわたしのオーラが抜けきるまで痛みは終わらない。最悪相手のオーラを枯渇させるまで痛みを与え続ける。まぁ殺せるほどの痛みじゃないけれど」
さらりとブラウは答えた。
「おい、いいのか教えて」
ズヴァートに言われるが、ブラウは飄々とした顔で言い返す。
「まぁ、そこのサムライガールは薄々察しちゃってるだろうし、無理に隠すこともないよ。それに、バレたってどうこうできるものじゃないでしょ?」
目線で示されたサビはふむ、と前置きを挟んで頷いた。
「おおよそは、でしたが。あの時一度味わいましたので、悲劇的な痛みを」
「ほないくで、ラストアタックや。気張ってくれや?」
「満身創痍でオーラもからっけつになりそうで、効くかどうかも分からねぇ武器をぶら下げて、は、最っ高だなぁおい!?」
ズヴァートが先陣を切った。
ゲルを引きちぎり大口を開けムドプカンが吠え立てる。
続くのは数発の純白の針。
彼女はそれを身を捩り躱しつつなおも前へと出る。
「行動パターンが単調なんだよアホ!」
翼竜にそう悪態をついて彼女は12本全ての槍を突き出す。
狙いは刺突ではない。
ムドプカンの眼前で彼女は黒槍を霧散させる。
そして本体である金属筒のみをムドプカンの口をくるりと取り囲むように配置させ、
「何も槍の形に固めるだけが能じゃねーってことだ」
口をガッチリと覆い包むような黒い檻が形成される。
「急場しのぎだが、それだけでいい」
ズヴァートの背後から飛び出してきたのはオミナエ。
彼はすでにフィー・ヴェクツァイクを茨の鎖へと変形させている。
オミナエはそれを思い切り振りかぶりズヴァートが形成した檻へと絡みつかせ、
「力仕事ってのは、柄じゃないんだけれどねっ!!」
全力で引っ張り込む。
勿論ただの人間の膂力ではこの巨体を引きずり倒すことなどできようはずもない。
しかし。
「サビ!合わせてよね!」
「無用な心配」
ムドプカンの両の足元に二つの影。
右脚にサビ、もう片方にはブラウ。
彼女らは一瞬だけアイコンタクトを取ると、翼竜の膝裏に全力の一撃を撃ち込む。
無理矢理に膝を折らされた巨体が確かに傾いた。
「ナイスアシスト」
最後に飛びかかったのはアサギ。
ムドプカンの頭上から重力を乗せてシールドバッシュを打ち下ろす。
今度こそ、翼竜の体が地面に叩き伏せられた。
「「よっしゃぁ!」」
ズヴァートとアサギの声が被る。
だが、地に抑えつけられた翼竜もただでは終わらない。
「クソ!拘束が保たねぇ!外すぞ!」
ズヴァートの声とともに黒い檻が剥がれ、ムドプカンの口が大きく開け放たれる。
喉奥に白く輝く何かが見える。
「させない!」
反応したのはブラウ。
右脚をパイルバンカーに変形させ全力でオーラを注ぎ込む。
「間に……合えっ……!」
貯蓄が底をつきてもなおオーラを絞り出す苦痛に全身が悲鳴を上げている。
だがここで止める訳にはいかない。
「通れぇっ!」
パイルバンカーのシリンダーが重厚な音とともに1ノック分回転。
巨大な杭が注がれたオーラに感応し紫に光を放つ。
ダスト推進剤の爆発音と高速で打ち出される杭。
それはムドプカンのこめかみを確かに捉えた。
「まだ!もう一つ!」
杭をムドプカンのこめかみに押し付けたまま彼女はパイルバンカーをもう一度射出。
肉を打ち付ける振動と音。
「全部、持って行けぇ!!」
更に2連射。合計4発の痛烈な衝撃が翼竜に撃ち込まれた。
「さすがに、一気に4発は重いなぁ……」
空になり軽くなったパイルバンカーのシリンダーが乾いた音を立てて空転する。
「でもまぁ、効くんじゃない?」
ブラウの悪戯っぽい笑み。
直後の咆哮は、確かに悲痛そのものだった。
巨体を打ち震えさせ、起き上がることもままならない様子でムドプカンがのたうち回る。
「ざま、みろ」
か細くそう言い残して、ブラウの体が力を失う。
倒れかけたその体を支えるのはサビ。
彼女は断続的な悲鳴を上げるムドプカンを一瞥して言う。
「痛いでしょう。私も経験済みですのでよく分かります。延髄に焼けた杭を撃ち込まれるような痛み。それが、この人の覚悟の痛みなのでしょうかね」
サビはブラウの体を抱えて下がる。
「ロス!お膳立ては終わりだ!あたし達はもうオーラがからっけつだぞ!お前が決めろ!」
ズヴァートの声にロスは拳を固める。
「ナグト、ヤナギ、サポートを頼む」
ロスは疲労と痛みに震える脚を無理矢理に動かして走りだした。
「待って!いきなり突撃は!」
ヤナギが制するが彼の耳はもはや聞こえていない。
全身の血液とオーラを一分の残りなく右腕に集中させる。
後のことは考えない。今この一瞬に最高の一撃を捧げるために命すら削る。
右腕に力を込めるたびに全身から感覚の波が引いていくのを感じながらもなおたった一本の腕のみに賭ける。
視界も不明瞭で呼吸もままならない。
だが腕のみは焼けつくほどにはっきりと生々しい熱を持っている。
それだけを頼りに一歩を踏み出す。
距離にすれば10メートルもなかっただろう。
「遠かった……この距離が、泣きたくなるくらい遠かった……」
ロスはもはや光と影しか捉えられない視界でムドプカンを見つめる。
「やっとゼロだ。手が届く。お前の命に、手が届く!」
腰を落とし丹田に集中。
突き出す腕のイメージははっきりとそして正確に。
何千回と繰り返してきたただの正拳突きがこれほどまでに頼もしいと思ったことはない。
あとわずが数秒で決着が訪れる。
だが、翼竜にも意地、あるいは矜持があった。
「クソ……!ブラウのセンブランスでもオーラを削り殺せないのか!」
ズヴァートが吐き捨てる。
翼竜は倒れ伏したまま首だけをロスに向け、その口を開く。
喉奥で無数の針が蠢き、今にも暴風となって射出されんとしている。
「ロス!躱せ!」
彼女が叫ぶが、やはり彼の耳は音を捉えていない。
無情にも、ムドプカンの暴風のほうがわずかばかり早かった。
正拳突きよりも早く針が飛来せんとする。
「出番なしじゃ終われないってば!」
ヤナギの声。
彼女は槍を振るう。しかしムドプカンに向かってではなく。
「奥の手、秘策中の秘策。ここで使わねばいつ使うのかという話だな」
彼女の槍はナグトを絡めとるようにして、彼をムドプカンとロスの間に投げ飛ばす。
彼の姿は異様だった。
ナグトの体を覆うのは濃紺の光沢を放つ質感のもの。
顔面からつま先まで全てをぴっちりと覆い尽くすような皮膜。
顔はまるで表情のない面を取り付けたかのようにツルリとしていて、どこか不気味ですらあった。
ナグトは迷わずロスを庇うようにムドプカンの暴風に向かって身を晒す。
彼の全身に無数の針が吹きつけられる。
一つ一つがフレシェット弾にも勝る殺傷力を持った針の散弾。
生身で喰らえばおそらく骨すら用をなさないであろうその暴風を。
「存外、力のない一撃なんだな」
ナグトは身じろぎ一つせずその体を持ってして受け止める。
針のことごとくは濃紺の皮膜の前にその鋭利さを突き立てることかなわず砕ける。
「やれ!ロス!もう終わりにしよう!」
ナグトはそう言ってロスの背中を力強く叩く。
もはやロスにはその腕が誰の腕なのか、いや、誰かに触れられたということすら認識できていないのかもしれない。
彼の中にはすでに彼の拳そのもの以外なかった。
体を思い切りよじり全ての膂力と精神を腕に注ぎ込む。
「右腕一本くらいくれてやる……!代わりにお前の命をくれ!」
ロスは赤黒い血を吐きながら叫び、拳を振りぬいた。
偶然か、あるいは狙っての行動なのかはわからない。
彼の拳は白く鋭いナイフのような歯をへし折りながらムドプカンの口腔へと突き入った。
「終わりだ。テゲナーヴァルクラップ!!」
ロスの叫びに呼応して彼の右腕が鮮烈な赤白色の光弾、いやもはやそれは轟爆とでも言うべきだろう。
不気味に膨れ上がった彼の腕を引き裂くようにしてオーラの奔流がはじけ飛ぶ。
硬い甲殻に守られた外部からの打撃ではなく、内部から襲いかかる圧倒的圧力。
ごっそりと。
ムドプカンの頭部より後ろの体が紅白色の奔流に撒き散らされるように霧散。
翼竜の瞳から光が薄れてゆく。
ロスの腕に食いつくようにして残っていた頭部も、グリムとしての終末、黒い羽を散らしながら淡く溶け消えてゆく。
残ったのは抉れた地面と崩れ落ちた数々の建造物。
「終わったな」
ロスはどこか晴れやかな声でそう言い、膝から崩れ落ちた。
「おにーさん!」
ヤナギが駆け寄る。
彼の右腕はひどい有様だった。
かろうじて腕としての形状を保ってはいるものの、皮膚の多くが焼け焦げ断裂し、もはや墨汁の様にどす黒く染まった血液なのか組織駅なのかわからない液体が大量にこぼれだしている。
破れた皮膚の下からは金属質な光沢を持った機械部品のようなものも見え、不規則に火花を散らしていた。
「腕……ほんとに……機械なんだね」
彼女はポツリとこぼすとロスに肩を貸す。
「撤収や!すぐにでも治療を受けさせないと不味い!僕らもオーラがからっけつで体が重くて仕方ないしな、今日生き残れたことと作戦の成功に感謝して、今日はお開きにしようや」
アサギは盾を重そうに持ち上げてそう言った。
「アサギ」
ズヴァートが声をかける。
「今日のところはとりあえず助かった、例を言わせてもらう。だが次は、次合ったら本気で……」
「次のことなど、誰にもわかりませんよ」
会話に割り込んだのはサビ。
彼女は珍しく柔和な笑みを浮かべて告げた。
「あなた方のことを嫌いだと言った失言、取下げさせていただきます。次会うならせめて……、いえ、できれば、違う形で出会いたかったものです」
「そうかい、ま、アタシは別にどうでもいいや。うちのバカが死にかけなんでさっさと帰って治療受けさせてやらねーとな。つっても、あれくらいで死ぬような体でもないんだけどよ。うちの中でとびきり丈夫に作ってあるからな。ナグト、ロスを頼むわ」
気を失ったままのブラウを背負い、手をひらひらと振って背を向けたズヴァートにヤナギから声が掛けられる。
「作ってある……なんだね」
その言葉にズヴァートの肩がぴくりと反応する。
「何がいいたいんだ」
「なんで、そこまでして戦うのかなってさ……。おにーさんも、義脚のおねーさんも、もちろんあなたも、その隣の人も」
ヤナギの台詞にズヴァートは答えない。
「腕の一つくらい、っておにーさんが言ってたけれど、普通そんなに簡単に自分の体を対価として差し出せないよ。そりゃ、体の代わりの部品があるなら分からないけど、なんでわざわざそんなに体を改造してまで……」
「ヤナギ、言葉が過ぎます」
ヤナギをサビが制するが、しかし、
「いや、いい。まぁ当然の疑問だしな。理解しようって質問してくるだけマシだよ。」
ズヴァートはそう言って続ける。
「お前たちにも事情があるだろう。こっちでもお前たちについて調べてはいるんだ、学院生だというのに身分が不明瞭で来歴も不明。世間一般的に言われている特権階級のボンボンってわけじゃないみたいじゃねーか」
TeamSAYOは答えない。
「そういうことだ。アタシ達は戦うために体をいじくりまわしてるんじゃねぇよ。あくまでもハンターになろうと思ったのはあたしたち自身の決意であって誰かに強制されてることでもねぇ。体をいじり倒してんのは、そうしないとあたしたちは生きていけねぇんだよ。五体満足で戦えりゃどれだけ良かったか……っ!」
ズヴァートは思わず声を荒らげて叫んだ。
「命がけで守った奴に!化け物を見るような眼で見られる気持ちがわかるか!!体中悲鳴を上げてんのにそれでも戦って石を投げられる気持ちがわかるか!あたしたちは!ただ!……ただ、命を拾われた恩を、誰かに返したいだけなんだ……それだけだ。それだけ」
泣き出しそうな表情で彼女は叫び、踵を返して歩き出した。
「すまない。アイツはああ見えて繊細でな……普段はこんな事を言うようなやつではないんだが」
ロスを抱えて、ナグトが頭を軽く下げる。
先ほどまでの濃紺の皮膜の面影はもうない。
「いや、こっちこそうちのが失礼しちゃったわね。あとで叱っとくわ」
オミナエがバツの悪そうな顔で言う。
「あなたも、体を?」
オミナエに問われ、ナグトは頷く。
「俺は、皮膚を……な」
彼はそう言って手のひらを見せる。
その手のひらの表面、皮膚がまるで生き物のように蠢いた。
「ふ、存外便利な体だ。悲しいことといえば体毛の再現ばかりはどうもうまくいかなくてな、このようにあまり人当たりのいい人相とはいえなくなってしまったことくらいのものだ」
ナグトはその手のひらで自らの頭に触れてニヤリと口端を歪める。
サビが口を開く。
「またいずれ相まみえることもありましょう。それまでに体を万全に。手負いの敵を討つのは趣味ではありませんので」
「やはり、分かり合うことはできないか」
ナグトの言葉にサビは首を横に振る。
「判断するべき時でなはい、それだけのこと。命の掛け合いで繋がる縁もありましょう。では」
「そうだな、また、いずれ」
ナグトもズヴァートの後を追うようにしてその場を後にする。
SAYOの4人だけが残された。
彼らもまた、無言でBRNZとは反対の方へと歩き出す。
ご意見などはこちらまでおねがいします
twitter...syouemon_RWBY
「勝利への旋律」 小林秀聡
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