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Crafty for
「喧嘩に勝って、勝負に負けた、と言うところですか」
忌々しげにサビは震える脚で立ち上がり、未だに力の入らない腕で刀を鞘に戻す。
「いや、喧嘩でも五分やな。サビ、体はどうや」
両腕の重ガトリングをひと抱えほどのギターケースに変形させながらアサギはメガネに手をやる。
「怪我は大したことは。ただオーラが根こそぎ持って行かれました、今日中は戦闘はできないでしょう。面妖な技を使うものです」
「オーラを……か。あの義脚のおねーさんは要注意やな」
彼は少し乱れた髪を手で撫で付けて続ける。
「噂には聞いとったが、実在しとったか。ヨゴレ仕事専門の企業お抱え特務チーム。おい!ヤナギ!そっちは!」
アサギの声に答えるようにしてアサギが近寄る。
その腕には不満気な顔をしたオミナエがお姫様抱っこのようなポーズで抱きかかえられていた。
「ボクは無傷。次は負けないね」
アサギは口端だけで笑いながら言う。
その腕から降りながら、オミナエは制服についたほこりを払いつつ、
「アタシはたまったもんじゃないわ。久々の実戦かと思ったらいきなりいいの貰っちゃったんだから」
そんな悪態を付いてアサギに詰め寄った。
「あの無駄にスタイルのいい銀髪はアタシがもらうわよ。アイツの脚をバラバラにしてやりたい気分なの」
「オミナエ、気持ちはわかるけど一応はチームなんやから全部を全部お前さんに任せるっちゅうわけにもイカン。とりあえず撤収してセンセに指示を仰いでからやな」
「あ、アサギ、じゃぁボクはあのおにーさんがいいな。さっきのでわかったけどあのおにーさんとボク相性いいよ」
「ヤナギ、お前は人の話を聞こうな?まずは今回の反省会と次への研究や。誰が何をするかはそん時にでも決めればええやろ」
アサギは困ったような顔であたりを見回して呟く。
「ココもえらい派手にしてしもうたしなぁ。落とし前は付けさせてもらうで、ほな、TeamSAYO、てっしゅー」
気の抜けた号令とともに、4人はその場を後にした。
「で?グラース、弁解は?」
一方TeamBRNZ。
アトラスの一角にある小さなオフィスビル、その一室でズヴァートはグラースと呼んだ、痩せぎすで丸メガネの男に詰問を投げつける。
TeamBRNZの4人は部屋の中央にあるロングソファに腰を下ろし、グラースは奥のデスクについている。
彼はゆったりとしたチェアに背中を任せたまま口を開いた。
「弁解と言うのは失敗や誤算に対する申開きや言い訳という意味だろう?ズヴァート。なら私が今回弁解するべきことは何一つないのではないかな?私の出した指示はたった一つ。『目標からそれらしき資料を断片でも良いから回収してこい』ただそれだけだろう?方法や準備はすべて君たちに一任し、要請された物はきちんとこちらで用意したじゃぁないか。君の、君たちの調査不足で想定外の敵勢力とかち合ったなどと言われてもそれは私の知るところではないしそのことで追及される謂れも私には、ない」
言い切る、を通り越し突き放すような口調でグラースはそう告げると、重厚な飴色のウッドデスクの上に置かれたパンパンの鞄に目をやる。
「それに、君たちはこうして十分な成果を私の目の前に提示している。私は君たちに依頼を出し、君たちはトラブルに見まわれながらもキチンと完遂してのけた。何が不満なのだい?これが君の大好きなスパイ映画ならハッピーエンドじゃないか」
立て板に水を流すように饒舌なグラースの勢いにズヴァートは少したじろいだ様子で口をつぐんだ。
「まぁまぁ所長も姐さんもそんなギスギスしないでくれよ。オレが口を出すことじゃないかもしれないけどふたりとも険悪すぎるぜ、せっかくの成功だ。な?」
右腕を三角巾で吊ったロスが見かねたように割って入ると、グラースは、ふ、と笑い、
「ズヴァート、新入りの後輩にすら諭されているようでは先が思いやられるな」
「おうてめぇ上等じゃねぇかわざわざ煽るってことはヤケドする覚悟はあるんだろうな」
ズヴァートは腰を浮かした。
その肩ををナグトが押さえる。
「お前は頭が妙に切れるしキレるのが良くもあり悪くもある。グラース所長に口で勝てるわけがないのだからおとなしくしておくことだ」
ナグトに言われ、今度こそズヴァートは沈黙して不満気ではありながらも腰を下ろし、話を変えた。
「わーったよ、あたしが悪かった。話を前に向けよう。おいグラース」
彼女は一転して真剣な口調で続ける。
「アイツ等ナニモンだ。学院がそれなりの奴らを抱え込んでるってのは周知の事実だがよ、あれはちとやばすぎるぜ。ロスとブラウで五分、いや、マジな評価を出すなら7:3で押されてた。そんな連中がいきなりぽっとでてくるわきゃねぇよなぁ」
ズヴァートの質問に、グラースは引き出しから数枚の資料束を取り出して言う。
「簡単にいえば、君たちと、私と、同じだろう。見えないところで見せたくないものを見られないように処理したり作ったりしてる連中の一つだ。この世界、ハンターといえど1枚岩じゃいられない。お互いの理想と思想となにより打算のために鎬を削ることも必要なのだ、そのために用意されたグループの一つ。この私でもおおよそしかつかめなかった辺り学院としても秘蔵のままにしておきたいのだろうな、あるいは、学院ですら手に余すのか」
彼は資料に目を通して続ける。
「わかったことは、TeamSAYOという彼ら、学院に入るまでの経歴や家族構成や出身まるっと不明だな。うまくごまかしてでっち上げられてはいるが、私にかかればこの程度の偽装、朝霜よりも脆い。そして学院に籍をおいているということ以外、現在の情報も信憑性がない。住所として登録されているところにはたしかに家や部屋があり、いかにも学生が住んでいるような装いだが彼らがそこを生活拠点にしている様子はない。学生としての生活も品行方正で理想の学生像をなぞるような反吐が出る振る舞いだ」
彼は吐き捨ててその資料束をデスクに放り投げる。
「君らさえ良ければ、だが。このエリート連中の化けの皮を剥ぎ落として晒しあげてやろうじゃないか」
グラースの言葉に間髪いれず真っ先に反応したのはズヴァート。
「乗ったぜ。珍しく気が合うじゃねーかグラース、その言葉を待ってたんだよ」
そのとき、ブラウが小さく手を上げて問う。
「わたしも別にどうでもいいけど、グラースさん、学院にそこまで拘る理由は?ただ怪しいってだけなら調査が足りない気もするんだけど」
良い質問だ。と、グラースは答える。
「君たちならば余計な心配だが口外無用で頼む」
4人が頷いた。
「私がそもそも目をつけているのは学院そのものではない。学院に付属している研究機関だ。大半は至極まっとうでまともな研究開発を行い、人々の発展を祈って職務を全うしている、敬意を払うべき研究機関なのだがな。ごく一部に良くない噂が立っている」
彼は溜息とともに言う。
「グリムを用いた研究だ。生化学的見地からグリムにアプローチし、何を考えているかは知れないがそれを応用しようと考えているらしい」
「そういう研究は今までにも行われているし、今も盛んじゃない?」
ブラウが怪訝そうに問うと、彼は答える。
「もちろん、そうだ。だがこの連中のやり口が少々目に余るという報告が上がっている。あくまでも噂の段階だが火のないところにはなんとやら、だろう?その噂の確認のためにわずかばかりの手がかりでも欲しいからこそ君たちにこうして危ない橋を渡ってもらったのだよ」
グラースはそう言っていっそう深く背もたれに倒れかかった。
「科学とは、ひとえに人のためでなければならない。少なくとも大義名分としてそれを掲げなければならない。内実は幾ら泥臭く決して理知的でも論理的でもないものでも、我々が信ずるものならばそれを貫かねばならない。私の数少ない矜持の一つだ」
彼は続ける。
「素直に言おう。これから起こる一連の物事は全て私の責任であり固執でありくだらない拘泥に起因する、はっきりいって君たちにはなんの旨味もない事だ。私は君たちの上司であると同時に身元を守る責任を負っている。少しでも私を信じられなかったり、疑う余地が君たちにあるのならば、乗りかかった船から脚を下ろすことも咎めはしない」
ズヴァートが言う。
「お前の話は分かりづれぇんだよ。頭がいいなら言いたいことは端的にまとめて言いやがれ、あたしは頭が悪いんだ」
グラースは皮肉のように笑って椅子から立ち上がり、4人の近くにつかつかと歩み寄ると、
「私もやきが回ったな。君に諭されるとは」
優しく微笑んで、深々と頭を下げた。
彼は言う。
「頼む。私のために君たちに危ない橋をもう一度、いや、これから何度も渡ってもらうことになる。すまないが、私には君たちしかいない。力を貸して欲しい」
「しゃぁなしだ。小遣い増やせよ」
ズヴァートはそう言って胸ポケットからスティックキャンディを取り出して口に咥える。
「俺も降りない。今回の話は俺自信気になっている」
ナグトは軽い頷きとともに答えた。
「オレは隊長に従うんで隊長の意見はオレの意見です」
ロスは肩をすくめてそう言ってブラウにチラリと視線を送った。
ブラウは少し考える様に視線を巡らせていたが程なくして、
「よし、わたしも賛成かな。今のところわからないことが多いけれど、それを解決するためにも、ね」
そう決断する。
グラースは頭を上げ、安心したような表情で、
「良かった。君たちに袖にされては私は頼る宛がないのでね。私の娘は冷徹で困る」
そう言ってズヴァートに目をやった。
「なんだよ親父、仕事中は親子じゃないんじゃなかったのかよ」
彼女は心底嫌そうな顔でグラースを睨むが、グラースは壁の時計を指さして返す。
「もう終業時間だ。今日は皆本当によくやってくれた。損害こそ出たものの誰も欠けることなく帰還したのは誇らしいことだよ、私も、唯一の家族を失いたくはないからね」
彼はロスの腕に目をやり、
「ロス、無理をさせてしまったようだね。幾ら君の体が頑丈でも限界はある。すぐにでも交換と修理を行えるようにしてあるから今日中にメンテナンスを済ませるといい。これから忙しくなるぞ」
そしてナグトに目をやり、
「そうだ、君に頼まれていた作業、完了したという報告を受けたよ。時間のあるときに顔を出してあげてくれ、君がいなければ重要な機構がブラックボックスなのだろう?」
最後にブラウに、
「ブラウ、リーダーとしての職務に疑問と責任を感じているようだね。心配することはない、君はただしたいようにすればいい。自慢をさせてもらえば私の不肖の娘は憎たらしいことに優秀だし、君を含めたチームのメンバー皆そうだ。私の最高傑作だという自信を持っている」
そう言って窓の外に目を向けて言う。
「話が長くなって済まなかったね、もう日が落ちる時間だ。疲れたことだろうし各員自室に戻るなりメンテナンスを受けるなりしてくれて結構。受け取った資料は私が責任をもって検証させてもらう。結果はすぐに出るだろう」
4人は立ち上がり速やかに部屋から出て行く。
しばらく一人で佇んでいたグラースだが、ふとひとりごとを口ずさみ始めた。
自嘲的で諦めの入ったような口調で彼は言う。
「許しは乞わないさ。TeamBRNZ、君たちに対する背信を君たちは許さないでいてくれていい。君たちが完成するまでに私も人には言えぬことを繰り返してきた。アダージョ、アルストロ、ブルグマ、チリップ、コマクサ、フジ……、もはや数えることも無駄になるほどの数の犠牲を私は潰してきてしまった。もちろん私自身もとうの昔にその犠牲の一つだがね。それだけの事をしておきながら、ついに私は、君たちまで私は嘘を吐き続けるらしいよ。40を目前にして私がうまくなったのは愛想笑いと嘘を悟られない振る舞いばかりだった。いや、もしかすると君たちは気づきながらもあえてそれを押し殺しているのかもしれないな。本当に優しい、ともすれば甘い君たちだ」
彼は机上の鞄に近づき、掴み上げると、躊躇なくダストシュートに放り捨てる。
「既に手中にある情報を探して来いと命令して、自分は椅子に座りながらカメラで眺めるだけ。部隊が危険に陥った時も眉一つ動かさずにただ録画をするだけ。つくづく嫌になる程私は組織の管理人として完璧だ。いつの間にか人を数値として、大局を構成するファクターの集合として見ることが得意になっていたよ」
グラースは机の上にあった通話用スクロールを手に取り迷いない動きでどこかへと掛ける。
「やぁ、グラースだ。今日はうちのチームがそちらのチームにご迷惑を掛けてしまったようで申し訳ない。……はは、そう言ってもらえると気が楽になるよ。ん?まさか、話すわけがないだろう。所詮はいくつかの研究の中で優先度と貴重性の高い被験体に過ぎないんだ。必要なら使い潰す、ずっとやってきたことさ。……あぁ、これからも何度か彼らの接触が起こるように調整する。やはり製品を実際使用したデータというものは貴重でね、こうでもしないと実戦でのデータなんて集まらないだろう?その途中で被験体が使い物にならなくなったなら仕方ない、次のを探せばいいじゃないか」
グラースは椅子に腰掛け、細巻きにマッチで火を灯す。
「大局のために100や1000など物の数ではない。1000などという数はとうに越えてしまったがね、なぁに人は数ばかりは多いんだ。それくらいなら微々たるもの、いまさら引けはしないんだ」
紫煙とともに彼は言葉を続けた。
「こっちのチームに関する情報は送ったよ、そっちのチームに関する話も早いところ聞かせてもらえるかな。……なんだ、まだ被験体に投与はしていないのか、残念だな、興味が有る話なんだが」
灰を落としながら、
「グリムと、人の、ハイブリッドってやつは」
グラースは細巻きを捻るようにもみ消した。
何かありましたらこちらまで
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