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Cog for
それは多分冷静な判断や思考から生まれた行動ではなかったのだろう。
生死を分かつ一瞬の反射、野生の勘にも近い動き。
残された右腕の砲門を開き、必要最低限の威力で射撃を行う。
空中という不安定な体勢では、射撃の反動を制御などできようはずもない。当然、ロスの体は不格好に跳ねる。
薄皮一つ、穂先はロスの体を逃した。
まだ終わらない。
槍の鎖を掴みとり、満足に動かない左腕に縛り付ける。
そのまま着地。
「嘘でしょ」
ヤナギの表情に焦りが浮かぶ。
「試合続行だな。オレと力競べして、勝つ自信はあるか?」
ロスは鎖に満身の力を込めた。
一方、ブラウ。
「やばいよこれさすがに格好付けすぎたかも」
全身から吹き出す汗と、ところどころに刻まれた薄い切り傷に彼女は憎々しげに吐き捨てる。
「もう終いに致しませんか?」
サビが抜身の刀を鞘に戻しつつ問いかける。
1対2と言ったはずだが、アサギは動こうとしない。手の内を晒すのを嫌がっているのか、何かを狙っているのか、それともはたまた別の理由か。
「舐められてるなぁ、腹が立つ」
ブラウは額から垂れる血と汗を袖で適当に拭うとサビを見据える。
反撃の糸口を掴みたいが見当たらない。彼我の実力差がありすぎる。
ブラウの売りは、下半身を丸々武器に置換した上にこの体の特性によって成り立つ圧倒的な速度。
不意打ちなら視認することすら厳しい速度で一撃を打ち込める自信があった。
しかし、目の前にいるこの少女。
「わたしより速いんだよなぁ……ずるい」
そう言ってブラウは動く。
全速力で真っ直ぐ前へ。
右足をムチのようにしならせて低空を這うような足払い。
しかし、
「単調で面白みもない愚直とも言えるそんな蹴撃で、木の板でも割るおつもりですか?」
半歩分だけ下がってサビは躱す。
「諦めるつもりが無いのですね。仕方ありません、綺麗な体では死ねると思わないことで」
退きざまに彼女の腰から剣閃が飛ぶ。
狙いはブラウの右足踵の腱。
鋭くためらいのない一撃は狙いをあやまたずブラウの踵を切断した。
「そんなにスパスパ切れる材質じゃないのに……!」
大きく飛び退きつつブラウは悪態を吐きながら足の動きを確かめる。
問題ない。ほんの少しだけ動きが鈍ったような気もするが大した問題ではない。
「そうでした、貴方の脚はまがい物でしたね。私としたことが」
サビの追撃が入る。
走る訳でも駆けるわけでもなく、すり足で静かに一歩を刻む。
それだけで、
「またこの卑怯くさい瞬間移動!!」
ブラウはサビがどこから来るかも確認せずただ闇雲にその場から飛び退く。
そうせねば避けられないと知っているから。
「なんなの一体……瞬間移動なんて卑怯だ、速さ勝負じゃ勝ち目がない」
見れば、4メートルは離れていたであろう距離をサビはわずかに1歩で詰めている。
「いつまで、その逃げ足が続くか試してみましょうか」
再びブラウの視界はサビを失った。
「嘘、それ連発できるの?」
言いつつ、ブラウは上へと蹴り上がる。
髪が一房持って行かれた感触。
「女の命をやってくれたな……!」
ブラウは落下しざま、上からの速度の乗った重い蹴りをサビの脳天めがけて打ち下ろした。
「まだ遅い」
ブラウの脚が捉えたのは冷たい床。冷たい声が背後から掛かる。
全力で前へと転がり逃げるブラウの背中に鋭い痛みが走った。
「さっきからチクチクチクチクうざったいなぁ!!」
「逃げるからですよ。逃げなければいいのに」
サビは刀を握り直す。
「逃げなければ、一瞬です。痛みや恐怖より早く首を落として差し上げますが?」
ブラウの左、サビは一瞬で肉薄し刀を振りかぶる。
「本っ当に!むかつく!」
斜めに飛び上がり肩を裂かれながらも逃げる。
「澄ました顔でクールぶっちゃってムカつく!」
空中で体を捻り着地と同時にサビとの距離を一気にゼロにしたブラウは連続で蹴撃を放つ。
「瞬間移動が怖いなら張り付けばいいじゃん!」
「貴方は本当に愚直なことで。ですが、まぁおおよそ正解でしょう、これだけ近ければ多少の速度など意味が無い。振ればあたってしまうような距離ですからね。勝敗を分かつのは」
ブラウの蹴撃の間を縫うようにして、サビの剣戟が肌に幾つもの赤く深い線を刻みつける。
「お互いの技のみ。もしや貴方程度の技に私が遅れをとるとお思いで?」
わざとらしく音を立ててサビは刀を納めた。
ブラウの体から力が抜ける。
「ちょ、っと、血を出しすぎたかな?」
笑おうと顔に力を込めるがうまく動いているかどうか彼女にはわからない。
脚にも力がうまく入らない。
見せつけられたのは武器やセンブランスではない、純粋な実力差。
「貴方には足りないものが多すぎる。無駄なものが多すぎる。素材がよくとも貴方がそれでは腐るばかりです、これ以上恥を晒させるのは私の趣味でもありません。終いにしましょう」
サビはそう言うと、アサギの方に向き直り、
「アサギ、斬って捨てても、」
言い切ろうとした彼女の脇腹に走る重く鈍い疼痛と、背骨がへし折られそうなほどの衝撃。
「敵から目をそらしちゃぁダメじゃない」
床にひどく打ち付けられ転がりながらもサビは視界に捉える。
平然と立ち上がり余裕の笑顔でいたずらっぽく笑うブラウの姿を。
「馬鹿な……あれだけの出血、死んでも不思議は」
その問いにブラウは指振って答えた。
「残念。わたしの体をただの体と思わない方がいいよ、脚だけじゃない。全身くまなく特別製なんだから」
「愚直なばかりかと思えば、顔に似合わず姑息な手を使うのですね」
サビはすこしばかりふらつく体を起こし、刀を引き抜き見据える。
見れば、ブラウの右脚は大きく変形を見せていた。
豪奢な甲冑のようだったその右足は、今では不格好な回転弾倉式杭打ち機の様になっている。
杭打ち機の先端は平たく潰れており、何かを貫通するというより何かを押し付けるような意匠を感じる。
「一体その脚が何事かは察しかねますが、唯一の機会で私を殺し損ねたのは貴方にとって最大の失策でしたね。もう、次はありませんよ」
サビはそういいながら自分の体の様子を確かめる。
骨が軋む、肉が疼く、皮膚が痺れる。
しかし未だ動く。彼女にとってはこれで十分だ。
「一撃あれば私の刀は全てを断ち割る。次の一振りでその醜い脚ごと真二つにして差し上げます」
サビは刀を構え、鞘に力を込めた。
刃の根から赤黒いオーラが立ち昇り、刃に絡みついてゆく。
「私の武器には変形機構などいう洒落た物は御座いません。ただ相手を断ち割るために鋭さを増すばかりで」
その様子を見てブラウが感心したように呟く。
「鞘の中にダストでも仕込んでるのかな?少なくとも自分の体から捻出したオーラを刃に通してるわけじゃなさそうだね」
その指摘にサビは少し驚いたように声を上げた。
「そこまで教えたつもりはありませんでしたが、なぜそのようにお考えで?」
「教える義理はないよ。そして、ついでに予言したげようか」
ブラウは言う。
「あなたに次の一撃なんてない。もう終わったよ」
サビが吠えた。
「痴れがましいことを!!」
一撃あれば終わる。一足で間合いを詰めて一振りであの細い躰など枯れた竹よりもろく両断できる。
サビはオーラを思い切り捻出しようとした、その瞬間。
声も上げられないほどの激痛と吐き気。
思わず手から刀が滑り落ち、立っていることすらかなわない程の容赦無い痛み。
だが、その痛みは一瞬のみですぐに掻き消える。
跳ね上がった鼓動と吹き出した汗とは裏腹に、痛みはもうそこにはなかった。
「何を、したのです」
呼吸が定まらない。オーラが放てない。
「手の内を晒して悦に浸る余裕はわたしにはないよ。何をされたか分からないまま、何が起こるのかわからないまま震えていればいいんだ。ひとつだけアドバイスを挙げるとすれば、これ以上動かない方がいい。死にたくないならね」
ブラウは一歩づつ近寄る。
抵抗しようとサビは膝を折ったまま刀に手を伸ばすが、先ほど感じた痛みがその手を鈍らせる。
「私が、痛み如きを恐れているというのですか」
「人間だって生き物だもの。痛いのはいやだよ」
二人の距離はもはや手を伸ばせば触れられるほどの距離だった。
「殺しますか」
サビが問う。
「意味が無い」
ブラウはそう答え、変形を解いた右足で彼女の顎を軽く、だが正確に蹴り抜いた。
サビの体がゆっくりと倒れ伏す。
「次は、あなただね。薄情もののリーダー?」
ブラウがアサギを見る。
「薄情っていきなりやなぁ、僕のどこが」
アサギは軽薄な笑いを浮かべて倒れているサビを見る。
「手助けくらいしてやったらどうや?とでも言うつもりなんやろうけど、あいにくとそうもいかんでなぁ。僕じゃサビの邪魔になるだけやし?逆でも然りや。僕らは共闘向きやない」
重そうに盾を持ち上げ、中央縦真っ二つにそれを分離させ、両腕にそれを装着する。
「やろか、ブラウさん。サビほど強くはないけど、サビほど優しくないで?僕は」
両腕の盾が変形した。
片腕につき3枚、両腕で6枚の細長いプレートに変形してアサギの腕をぐるりと囲んだそれは1枚につき一つ、内側に何か筒のようなものを揃えている。
そしてその細長い筒ははわずかに回ったかと思うと、
「ほれ、ご自慢の脚で踊って見せてや?」
無数の弾丸を吐き出す。
高速に続く発砲音はもはや轟音の滝の様で、弾丸も滝のごとく降り注ぐ。
「重機関銃……!?」
ブラウは咄嗟に柱の陰に飛び込んだ。
「ただの機関銃やないでぇ?複数の銃身を束ねて回転させる回転式多銃身機関銃、いわゆるガトリングや、口径も半端じゃないソイツを6門。そんな柱、遮蔽物にもならへんわ」
無数の弾丸がコンクリートと金属で構成された角柱を一瞬にして虫食いの様に削り散らす。
「じょ、冗談じゃないよ!そんなの食らったらさすがにヤバイって!」
ブラウは柱から柱へと飛び回り、射線を維持させないようにしながら逃げまわる。
「はっは!まるで兎狩りやな」
無数の弾丸に追われながらブラウは考える。
ガトリング砲の利点はなんといってもあの連射性から来る圧倒的すぎるほどの制圧力。脚を一度でも止めたならば数コンマ秒で肉片に変えられてしまうだろう。しかし、
「あんなにバカスカ撃ち続けてたらすぐに銃身が過熱するはず」
ガトリング砲がいくら多銃身とはいえ、あの連射速度で長時間は撃ち続けられない。
必ず冷却のために時間が必要だ。
「冷却時間なら心配いらへんよ?なんのために6門も抱えてるとおもてんのや?きっちり射撃時間をずらして最低でも2門は発砲できる状態にしてあるからな」
見透かしたような事を言われ、ブラウは冷や汗をかく。
「やなやつだ」
ブラウは速度を上げる。
逃げていても始まらない。
あれだけの重量では速度のある的に照準を定めて正確な射撃をするのは困難だろう。事実、あれだけの弾をばらまいておきながら未だに1発も命中していない。
「こういう脳筋っぽいのはロスみたいでキャラじゃないけど」
ブラウは壁を蹴って速度を殺さないまま進行方向を変える。
一直線に、アサギへと。
「ヤケはあかんよヤケは。さすがに向かってくる的くらいこいつでも当たるわ」
腕を振り、両腕の銃口をブラウへと揃える。
銃身が空転を始め、無慈悲な殺傷力を持った弾丸が放たれる一瞬前、
「そういうのもアリなんか」
ブラウは右脚を変形させ、パイルバンカーで地面を叩き、反動で加速しながら斜め前へと跳ね出る。
もはや狙いを定め直す猶予はない、変形の時間は与えない。対しこちらの脚はその射程に彼を捉えていた。
「意外と弱かったね、隊長さん」
ブラウはパイルバンカーで蹴りぬく。
捉えたのは彼のメガネのみだったが。
「あっぶな、あっぶな。寿命が縮んだわ」
割れたレンズの破片で頬に傷を負いながらアサギはガトリングを盾に戻し、その盾でブラウを弾き飛ばす。
「くっそう、大事なところでミスしちゃったよ」
危なげなく受け身をとってブラウは着地すると、再び攻勢を掛けるべく前へと脚を踏み出す。しかし、
「重い……、さすがに酷使しすぎちゃったかな」
思うような速度が出ない。連戦の影響か、脚が重い。
しかし幾ら速度が落ちようとも未だに驚異的な速度で彼女は再度蹴撃を放つ。
アサギはその蹴りを難なく盾で受けながらブラウに問う。
「本当に、ただのミスなんやろうかね」
「どういうこと?」
聞き返しながらも彼女は脚を止めない。2度、3度、と、蹴りを盾へと打ち込み続ける。
「ほんとに、アンタほどのハントレスがあんなチャンスであんなミスをするんやろうかな」
「ゆさぶりなら意味ないよ。わたしだってミスくらいするもん」
「体、重くはないか?」
蹴りを打ち込むブラウの脚が明らかに動揺した。
見透かしたようなアサギの眼がブラウを射抜く。
「さっきからどんどんどんどん、全身にドロとか鉛とか、絡みついてくるような感じはせぇへんかな?」
ついにブラウの足が止まる。
その通り、重いのだ。
自分の体がこれ以上ないくらいに怠く感じる。
ハードなトレーニングを終わらせた後でもここまでは重くない。
悪態の一つでも言ってやりたいところだが口を動かすのすら重い。
今もなおじわじわと重さが増してくる。
「僕も奥の手を使わされるとは思わんかった。オーラ食うしあんまり使いたくはないんやで?これは本音や」
彼は腕にガトリングを構えて言う。
抵抗しようにもこの体の重さはどうしようもない。
助けすら呼べない。
ロスがどうなっているか確かめたいが視線すら動かせない。
全身が凝結していくような錯覚。
目の前でガトリングが空転を始めるのが見えた。
必至に両足に力を入れても虚しいばかりだ。
終わった。
「タイムアップだ!!迎えが来たぞ!」
ズヴァートの肥とともに目の前が不意に真っ白になる。
それはガトリングのマズルフラッシュではない。
「クソ!スモークなんて小狡いなぁ!」
煙の奥からアサギの悪態が聞こえる。
「ロス!ブラウ!離脱するぞ」
ズヴァートの声に、彼女の体が動いた。先ほどまでの重さはもうない。
疑問は浮かぶが、今はそれを解消するより脱出が先だ。
先の見えない煙をかき分けるようにズヴァートの声がする方へと向かう。
煙幕を抜けると、壁に人一人が通れそうなほどの穴があり、そこから外の光が漏れていた。そばにズヴァートとナグトもいる。
「ロスは!?」
「大丈夫だぜ隊長!今日のところはアイツとは引き分けってところだな!」
すぐ後ろから追いついたロスは、左腕が血だらけで何やら鎖で締め付けられたような跡があるが、それ以外に特に外傷はない。
「よし出ろ!外にヘリがある!もたつくな!」
ズヴァートに引っ張られるようにしてブラウは外に転がり出る。
目線を走らせると、施設の駐車場のようで、目の前にごく低空でホバリングしているヘリがあった。
ブラウがヘリに飛び乗ると、続いて3人も飛び乗る。
「姐さん!資料は!?」
ヘリのローター音に負けじとロスが叫び聞く。
ズヴァートは無言で大きく膨らんだ鞄を指し示す。
ヘリは速やかに上昇。すぐに研究所は目指できない距離へと遠くなっていった。
そこで初めて、4人の間の緊張の糸は解ける。
「ヤバかったぜ。マジでこれはヤバかった。帰ったらグラースは半殺しだ」
ズヴァートは頭を抱えて天を見上げる。
「よくやってくれたよロス、ブラウ。あたしらじゃどうにもならなかった」
「俺からも同じだ。戦力になれなくてすまない」
ナグトはロスの左腕に眼を落としながら言う。
その視線に気づき、ロスは右腕で軽く制止しながら答えた。
「良いって良いって。ちょっとオレも舐めてかかったのが悪かったし、腕ならまだ修理できるし交換も利くからさ。それより隊長は大丈夫なのか?ボロボロだぜ?」
「傷は全然大したことないよ、この程度の出血ならダストがどうにか補完してくれるしね。でもやっぱりあの人たちは気になるね」
ブラウの言葉に4人は見合わせた。
「あんな小さな研究所に、あんなエリートのチームが配属されてたんだもんな」
ロスの言葉にナグトが続ける。
「ああまでして、俺達を殺そうとしてまで取り返したい資料、か」
ズヴァートの足元に詰め込まれた資料。
「きな臭くなって来やがったな」
ズヴァートは軽くそれを蹴飛ばした。
ご意見などはこちらまでおねがいします
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「Mess Of Me」 Switchfoot
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