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Move for
「これ制服ってかどっちかって言うと軍服じゃないのか?」
4人で繁華街を並んで歩きながら、ロスが白い制服の詰め襟を息苦しそうに触りつつ愚痴をこぼす。
「実際に大本のデザインは軍服だよ。こっちじゃ珍しいが学ラン?って言うんだったかな、まぁそう言う制服がオーソドックスな地域もあるんだとよ、最も、ここまで真っ白な学ランはそうそうないらしいけれどな」
左手に小さな学生カバンをぶら下げたズヴァートはメガネを軽く直して答える。
「ロス、お前はまだ似合うからいいじゃないか、俺が着るとどうにも本職のように見えてしまって仕方がないぞ」
そう言ったのはナグトだ。
確かに、彼のスキンヘッドに白い学ランはどうしてもカタギのようには見えない。
先程からチラチラと物珍しげに視線が注がれるのを居心地悪そうにしている。
それが有数のエリートスクールに対する羨望や興味の眼差しなのか、ちぐはぐな4人に対する不信感なのかは分からないが、彼らの仕事の特質上、いかなる中身とはいえ視線を集めるのはあまり望ましくない。
「いやぁ、着てみたかったんだよねぇこの服、というか制服って憧れるじゃない?」
しかしこの状況にも、ブラウはどうも脳天気にショウウィンドウや鏡に自分の姿を映しては制服の着こなしをあれやこれやと確かめている。
「ブラウ、ガッチガチに緊張されるよりかはいいけどよ、あんまりのぼせたように振る舞うとボロが出るぞ、お嬢様らしく楚々として振る舞ってはくれねぇかな」
ズヴァートはあきらめているような口調でとりあえずとでも言う様に一応の忠告をしておく。
「無駄だよ姐さん、隊長はおしとやかとか貞淑とかそんなんできるわけないさ。奔放なおてんば娘でもやらせておけばいい」
ロスの言葉もブラウには届いていないようで、彼女は浮足立ちながら、それこそ学校帰りに遊びまわるお嬢様のようにふらふらといろいろなものを物珍しそうに見物している。
「そういえばいつだったかな。隊長がスクールとか、クラブとか、いわゆる青春したいとか言ってたね」
ロスが思い出したように呟く。
「ロス、お前はどうなんだよ」
歩を止めずに、ちらりとロスを見上げてズヴァートは問う。
「オレ?オレは別にいいや。今の生活気に入ってるし何よりスクールって勉強しなきゃいけないじゃん、オレ勉強はなぁ……。姐さんは?こっち来る前はスクールにいたんだろ?」
「あたしはもう二度とゴメンだね。ブラウの思っているように青春だったり友情だったりいいところも腐るほどあるけど、運が悪けりゃあそこは下手な監獄より厳しいトコロだ。良くも悪くもナマの感情と行動がとんでもない数ひしめき合ってる。みんながみんなハッピーには暮らせない。ま、これはどこだって言えることなんだけどよ。」
そこまで言ったところでズヴァートは、はっ、と我に返ったように
「不幸自慢はキャラじゃねぇな、悪ぃ。あたしに比べりゃおまえらの方がよっぽどなのにな」
そう言って恥ずかしそうに髪をかき回す。
「不幸や苦痛というもの、いや、感情や情感全て、画一的なものさしでは測れんさ。お前の感じた痛みとオレ達の感じた痛みに大小なんてないだろう。それにオレ自身、さして不幸だとも苦痛だとも感じてはいない。あまりにも昔のことでもうすっかり忘れてしまったよ。気に病むことはない」
ナグトはズヴァートの肩に軽く、だが確かな力で手を置き、彼にしては珍しくはっきりと分かる笑顔でそう言った。
「おまえ見た目がいかついけど笑うと以外と愛嬌あるな。ありがとさん」
「笑顔を褒められたのは初めてだ」
「おう、自慢していいぞ。あたしが人を褒めるなんてめったにねぇんだからな」
ちょうどその時、今回の標的が目に入る。
「姐さん、あそこだよね。リンシャ生化学研究所」
ロスが目線のみで指し示す。
それは白いコンクリート打ちっぱなしで作られた真新しい3階建ての建造物。繁華街の外れにあるにしては少々威圧感を感じる重苦しい病院のような出で立ちだった。
建物の外には何台もの車が停められ、何人かの人影が行き交うのが見える。
「あぁそうだ。ブラウ!」
ズヴァートは頼りげのない隊長を呼ぶ。
「分かってるよズヴァートちゃん。仕事の時くらいわたしだって真面目にやるよ」
「ならオッケーだ」
4人はぞろぞろと施設の敷地に踏み込むが、先程までの雰囲気はない。
いかにもエリート学生然とした態度で、ともすれば威圧感すら与えるような毅然とした態度で歩を進める。
「聖ニコリウス・ロッケンバーグ・エルシュテン神学院から参りました、エリシア・オーメンです。アポイントメントはございますので、担当の方をお呼びください」
そう受付に挨拶をしたのはブラウ。
あれだけふざけていたのが嘘のように粛々と手続きを済ませる。偽名ですら自分の本当の名前であるかのように名乗り、サインをする。
受付の若い女性は手元のスクロールでアポの確認を取ると、
「確認いたしました。エリシア様、ノイ様、ハンス様、クレリッド様でございますね?当施設では重要なものも扱っております。確認のためにIDをお預かりさせて頂いてもよろしいでしょうか」
「かしこまりました」
4人はスムーズにそれぞれの鞄からカード型の学生証を取り出し、受付に手渡した。
もちろん本物の学生証ではないが、この程度の偽装ならば容易である。
受付は4枚のカードをスキャナにかけるが、当然、それをパス。
「お手数をお掛けしました。確認取れましたのですぐに担当の者が参ります。少々お待ちください」
すぐに一人の男が現れる。
背丈はロスより低く、ナグトより少し高い程度で、ツーブロックヘアに太縁の鈍い空色をしたメガネを掛けた男。
「お待たせいたしましたアサギ・エイジーアと申します。本日はわざわざご足労いただき、我々の施設を見学したいという申し出、誠に恐縮でございます。ご無礼のないように心がけ致しますが、なにか失礼がございました場合には何卒おっしゃってください」
アサギはそう言って深々と頭を下げる。
「やけにご丁寧なことだね……慇懃無礼なくらいじゃん」
ロスは小声で隣に立つナグトにそう話しかける。
「それだけ、この学院とエリートが力を持っているということだろう。数多くの資産家や政治家のご子息ご息女も在籍しているという話だ。下手なことをすれば研究所の一つくらい一晩でなくなるだろうからな」
彼にこれからすることを考えれば少し気の毒だが。
とナグトはそう言って再び口をつぐむ。
それから、口頭で簡単なタイムスケジュールと注意事項、お手洗いや軽食所などの場所を聞かされアサギの先導のもと歩き出す。
先頭はアサギ、続いてブラウだ。
ブラウはおもむろに口を開いた。
「ココではどのような研究をなさっていらっしゃるので?」
アサギは微笑んで答える。
「主に医療方面でございます。特に薬学方面に特化しており、私も光栄ながらいくつかのプロジェクトに参加させて頂いております」「薬学ですか。民間で使用される医療薬などでしょうか?」
「いえ、ここでは違う薬を研究しております。防腐剤や抗菌剤、ちょっと変わったものですと芳香剤や殺虫剤なども手がけております」
面白い研究をなさっているのですね、とブラウは微笑みを返す。
「うわぁ、なんだよあれ背筋が凍るぜ。隊長じゃないぜあんなの」
「ロス、馬鹿かお前は。軽々しく隊長、とか言うんじゃない。万が一聞かれたらどうするつもりだ」
ズヴァートはそうたしなめるとナグトに声をかけた。
「タイミングはあたしに任せろ」
「了解した」
1時間ほどアサギの案内のもとにいろいろな設備を見て回った結果。
「恐ろしく、完璧なほど整理されている上に清掃も行き届いている。もちろん研究所なのだから、ということもあるだろうが喫煙所の灰皿にすら灰はおろかチリひとつなかった。まるで」
ナグトの台詞を断ち切ったのはロスだ。
「普段はだーれも何もなくて、このタイミングに合わせて手際よくいろいろ準備したみたいだね」
「珍しく勘が冴えてるなロス。あたしも同意見だ」
ズヴァートは缶コーヒーのプルタブを引きながら続ける。
「こりゃアタリだな。ムカつくがさすがグラースだ、アイツの情報の正確さは異常だぜ。本当にアイツただの人間かよ、センブランスも持ってないとか嘘だろ」
「わたしたちにも教えてないコネクションくらいいっぱい持ってるだろうし不思議じゃないよ。それよりいつまで施設見学を続けるの?そろそろ疲れてきちゃった」
ブラウは自販機で買ったカロリーバーをかじりながらつまらなさそうに椅子の上で体育座りをする。
4人がいるのは施設1階の休憩所だ。今はアサギも席を外している。
「休憩が終わったらタイミングを見つけ次第すぐにだ。コトを起こしたら迅速に、だが焦らず動け」
ズヴァートは少し周囲を見回すようにして、
「思ったより人が少なくて助かるぜ。視線の判別がしやすいし死角も多い」
そう言って立ち上がった。
「皆様休憩は済みましたでしょうか、では案内の続きをさせていただきますね」
アサギが現れる。
4人は立ち上がり、再びアサギの後ろを歩き出す。
ズヴァートはオーラに集中し、周囲を探る。
(視線の数は4、いや5だな……。視線の方向からして次の角を曲がれば全部の視線が切れるな)
角を曲がった。
(よし、切れた。新しい視線もない、トイレも近い、行ける)
彼女はナグトに目線で合図を送る。
ナグトは一度軽く頷き、
「ぐぅ……っ」
苦痛に顔を歪めて膝を折り、額からは脂汗が滲んでいる。
「だっ、大丈夫ですか?クレリッド様?ご気分が優れないようでしたら係りの者をすぐにでも」
ナグトは息も絶え絶えにそれを手で制し、絞りだすような声で告げる。
「大丈夫だ、少し発作が……すまないが、手洗い場まで案内してはくれないか」
尋常ではないナグトの様子にアサギは慌てた様子で答えた。
「はい、肩をお貸ししますので。た、立てますか?お辛いのでしたら担架でも持ってこさせますが」
そう言ってアサギは胸の端末に手をかけようとするが、
「彼にも体面がございます。学院生としてこのような姿を大勢の者の目に晒すおつもりで?」
言い放ったのはブラウ。
その凛とした脅しとも取れる言葉にブラウは察したのか、
「申し訳ございません、す、すぐにお連れします」
ナグトの肩を支えつつすぐそばの手洗いに足を向ける。
「俺も手伝います。こいつの発作のことも知ってますんで」
ロスもそう言って反対側からナグトを支えるようにしつつ、3人はトイレに入った。
中は無人で、いくつかの小便器と壁で仕切られた便座が4つ、あとは鏡と清掃用具入れ。
「すまない……自分で立てる。薬を飲んで顔を洗えば、すぐに良くなる」
苦しそうにナグトは支えを解き、胸ポケットから小さな錠剤を取り出した。
その様子をアサギは心配そうに見つめるだけだ。
「本当に、すまない」
行動は迅速にして静か、かつ正確だった。
アサギの後ろに回りこんでいたロスが彼を羽交い締めにする。
いきなりのことに彼は声を上げる間もない。
そして続けざまに目の前にいたナグトがその手に持った錠剤を喉奥に押し込む。
ここに至ってやっとアサギは驚きと抵抗の声をあげようとするが、その口はナグトによってしっかりと抑えこまれ、暴れようにも大柄で体格のいいロスに締め付けられていてはどうしようにもない。
「安心しろ。きっかり半時間で目が覚める」
アサギが最後に聞いたのはそんな言葉だった。
「眠ったかな?」
羽交い締めにしていた体から力が抜けたのを感じて、ロスが確かめるように言う。
「あぁ、しっかり眠っているな。時間がない、直ぐに行動に移るぞ。彼が俺と体格が似ていて助かった、これなら偽装も楽だ」
意識を失った研究員から衣服とカードキーを剥ぎ取りながらナグトは彼の顔をじっくり観察する。
鼻筋の通った端正な顔立ちだ。
「ふむ、どうせ変装するのだから、やはりこういう男前の方が気分はいいな」
ナグトが冗談めかしてそう言うと同時、
彼の顔が、グニャリ、と出来損ないの粘土人形のように歪む。
ものの数秒でその変化は収まり、
「いつみてもすげぇなぁ、その変装」
ロスが感嘆の声を上げた。
そこにあったのは、眠りこけている研究員と瓜二つの顔。
「数少ない俺の得意技だ、うまくもなる。この男の眼の色をスキャンするぞ」
そうしてナグトは彼の学生カバンから筆箱ほどのサイズをしたケースを取り出し、アサギのまぶたを押し開けてそのケースをかざす。ケースを開けると、そこにはアサギの瞳の色を模倣したコンタクトレンズが2つ入っていた。
「技術の恩恵さまさま、だな。今の時代他人になりすますなど造作もなくなってしまった」
コンタクトレンズをはめ、外見では研究員そのものになりきったナグトはアサギの手のひらと自分の手のひらを重ねる。
「掌紋もしっかりいただいていく」
彼はそれも済ませて手早く研究員の服を着こむ。
「身長はいじらなくてもごまかせるな。これでひどく身長差があったら少々無理をして案内を変えてもらわねばならなかったところだった」
ものの数十秒で、ナグトはアサギへの変装を済ませた。
「声ばかりはどうにもならないからな、声をスキャンしたかったが会話が少なくてスキャンが完了しなかった。なるべく声をだすような状況にはなりたくない。声真似にも限度がある」
「任せろ、あとはもう3階の資料室からかっぱらうだけだろ?オレたちナシでもお前一人で行けるくらいだ」
「俺一人にも限度はあるさ。もし交戦状態になれば戦闘力においてひどく劣る俺ではどうしようもない」
哀れな研究員を用具入れに押し込み、二人は廊下へと出る。
「ニンジャにヒーローボーイ、首尾は」
「問題ない」
「完璧」
オッケィ、とズヴァートの声に合わせて4人は歩き出す。
歩きながら彼女は最後の確認を小声で紡ぐ。
「カメラは」
「配置も視野角も完璧に叩き込んだぜ、姐さん」
「ニンジャ、警備員は?」
「ちょうど今交代確認をしているところだろうな、カメラモニタをじっくり眺めている余裕はないはずだ」
「お嬢様は?」
「そろそろお腹すいた」
「パーフェクトじゃねーか。さすがだぜ」
4人はエレベータに乗り、3階のボタンを押す。
最新式のエレベーターは音も振動もなくすぐに3階へと到着し、間の抜けるような音とともにその扉を開く。
皆は迷いなく廊下を進み、数度角を曲がって目的のドアへと辿り着く。
一見して分かる。ただのドアではない。
ドアに近づく人相を確認できる位置にカメラが有るのが見える。
ドアにはコンソールが取り付けられ、鍵穴はない。
変装をしていない3人は廊下の影に隠れ、ナヴトだけがドアへと近づく。
カードキーを通し、手のひらをかざす。
コンソールのランプが黄色から緑色へと変わった。
だがこれで終わりではない。ランプの色が変わると同時にコンソールに備え付けられたスピーカから声がする。
『アサギ先生、資料室に御用ですか?』
ドア管理室にいるスタッフの声だろう。
ナヴトは僅かな緊張を感じながらもそれを一切感じさせない立ち振舞で口を開いた。
「あぁ、そうです。本日学院からお越しいただいた生徒様が、どうしてもご覧になりたい資料があるとのことで、私の権限で閲覧を許可できる資料のみという条件でお見せしたいのですが」
『一応、局長かどなたかに確認をとったほうがよろしいのでは?』
「問題ないでしょう、それに何かあれば私が責任を持ちます。下手に彼らの機嫌を損ねるようなリスクは背負いたくないので」
ナヴトの声真似は相当なもので、マイクを通しての会話ではおそらく判別などできないだろう。
『了解しました。心中お察ししますよ』
ほっ、と、胸を撫で下ろす。
うまく行った。あとは資料を鞄に詰め込んで逃げるだけだ。
「ええ、本当に。こういう突発的なご訪問は対応に緊張してしまいます」
ナヴトはそしてドアノブに手をかけ、押し下げる。
しかし、
帰ってくるのは、がちりと硬いロックの感触。
スピーカーから声がする。
『心中お察しますよ。わざわざ計画を練って、周到に手はずを整えて、金庫の目の前で橋を外された盗人の気持ちをね』
背筋に嫌なものが染みわたる感覚。
告げられる台詞は非情だった。
『逃げられると思うなよ』
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