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Act. 2
「どうしようか。多分ほとんど英語は通じないよねぇ」
ソロが降り立ったのは、マグロ漁船の所有会社がある、静岡県焼津市。東京であれば、外国人観光客も多いせいか公共交通機関やインフォメーションに多くの英語表記、中国語表記、韓国語表記が見かけられたが、降り立った駅はどうも勝手が違いそうだった。とはいえ、道案内なんかはどうにでもなる。ソロとて観光に困らない程度の会話と女性を褒める言葉の1つ2つぐらいはマスターしている。しかし、マグロ漁船の会社との話し合いの席を考えると、そう簡単な言葉だけで会話が済むとは思えず、いささか憂鬱になった。本来なら、UNCLE東京支部に掛け合って、誰かヘルプをつけてもらえるよう手配するところだったが、日本国内でのTHRUSHの動きが活発化してきたことへの対策で忙しく、ソロ専属に誰か割いてくれというわけにもいかなかった。
マグロ漁船の会社があるだけあって、どうやら水産業で栄えていると思われる町の中心駅の駅前には小さなプールとその中に海から跳ね上がるカジキの銅像とがたっている。プールからは湯気がたっていて、眺めていると観光客とおぼしき日本人女性がプールに腰掛けて、靴と靴下を脱ぎ、ジーンズの裾をめくり上げて、足を中につけた。どうやら、足を温めるための温泉らしい。女性がふと顔を上げたとき、なんとなく彼女の行動を眺めていたソロと目があった。
大抵の場合、欧米紳士は見知らぬ人と目が合うとにっこりする。典型的なアメリカ人紳士であるソロは当然その例に漏れず、ましてや相手が女性ともなると、寒く凍てついたシベリアの土さえ解かすと噂される魅力的な笑みを見せる。一方、多くの日本人は知らない人と目があってしまうと、さっと目をそらす。飛行機が東京につき、日本に降り立った直後、ソロは多くのすれ違う女性たちに目をそらされ、よもや自分の魅力が薄れたのでは、と危機感を抱きそうになったが、すぐにこれは文化の違いであると気がついた。
それでも長年培った習慣も、女性好きだという性も簡単にはぬぐい去れない。文化の違いに戸惑いつつも、そして、今はまだニューヨークにいるだろう相棒に”おたくもほんと、どうしようもないよね”と言われているような気さえしながら、やっぱり人懐っこい笑みを浮かべたソロを見て、くだんの女性は意外にも、ソロに輪をかけた人懐っこい笑みを返してきた。これはソロにとってうれしい驚きであった。
「Where are you from? Why are you here? Sightseeing?"
これまたうれしい誤算。女性から投げかけられた言葉は英語だ。だが、かといって、ペラペラというわけでもなく、ソロの日本語と同じでちょっとした会話はできる、というぐらいのようだ。女性はヒマリと言うらしい。ショートカットにボーイッシュな格好がよく似合う、活発そうな女性だった。人懐っこい、はじけるような笑みが魅力的だ。自分の名前を述べたかと思うと矢継ぎ早に、
「Do you know spa? Here is familiar with spa. This is small spa for legs called "Ashi-yu" Why don't you try?」
と問い、自分の隣に置いていたリュックを脇にやり、スペースをあけて、ソロを足湯に誘った。
満面の笑みの女性に誘われて、まさか断るソロではない。
「Thank you Himari. I'm Napoleon , Napoleon Solo」
とヒマリのまねをして靴と靴下を脱ぎ、スラックスの裾を織り上げて、ヒマリの横へと腰掛けた。思ったよりお湯が熱い。
「ありがとうって言えばいいのかな?」
優しい瞳でヒマリを見ながらソロが日本語で続けると、ヒマリはちょっと驚いたような顔をしたので、
「ちょっとならしゃべれるんだ。ほんの少しだけどね」
と手でほんのちょっぴり、を示しながらウィンクする。驚いていたヒマリの顔が再び笑顔になったかと思うと、今度は日本語が飛び出した。どうしたって、この子はこんなに楽しそうに話すんだろう、とソロはヒマリを見て思った。
「日本語上手!そんなに奇麗に日本語しゃべれるんだ。日本語わからなくて、道に迷ったのかなって思ったけど心配なさそうだね。」
「いや、でも、ちょっとなんだよ。込み入った話はできないし、ここは東京のようにいざという時に英語を話せる人も少なそうだし」
「そこまで話せたら十分。発音だってすごくきれい。大抵の欧米の人は日本語話せる人でもアクセントや発音がやっぱり日本人とは違うけど、あなたの場合はそんなに違和感がないわ。えっと、ソロさんだっけ?」
「ナポレオン、でいいよ。ヒマリは観光?バックパッカー?」
「私?う~ん、まぁ旅行は好きなんだけど、これでも一応仕事できてるの。」
「へぇ、何の仕事?」
「私、水産関係の研究者なのよ。日本って、魚をよく食べる国じゃない?だから獲りすぎないような方法とか環境に悪い影響を与えような方法とか考えていかないといけないわけ。今回はマグロ漁業の調査よ。2週間後から2ヶ月、マグロ漁船で海にでることになってるの。」
思わぬ偶然にソロは内心驚き、”できすぎた話の陰には当然ツグミがつきものよ”と、おせっかいな相棒の声を心の中でききつつも、やっぱり極上の笑顔で返した。
「それは、すごく偶然だね。実は僕もマグロ漁船を調べに来たんだ」
それを聞いた瞬間、ヒマリは大きく目を見開いたかと思うと、さらに頬を上気させ、ソロの腕を掴まんばかりの勢いでたずねてきた。
「まさか、同じ船に乗る人だったの!?ソロさん、ひょっとして、科学諮問委員会か、国際水産物持続財団の人なのかしら。それとも一緒に同行するジャーナリストの人?」
あまりに無邪気なたずねように、これはツグミは関係なしかな?と一応の警戒を解いたソロは一生懸命なヒマリを好ましそうに眺めた。
「いや、僕は調査航海には行かない予定なんだ。でも、半分はあたり。環境問題関連のジャーナリストをしていてね。マグロは減って来たとの最近の事情を考えて、日本のマグロ漁業を調査しに来たんだ。」
そういって、いつの間に用意したのか、ポケットから名刺を出す。UNT社 NY支部 ジャーナリスト ナポレオン•ソロ。
ソロの知識は幅広い。科学方面ではイリヤの足下に及ばないが、実は社会で起きていることのほとんどは、どんな話題が出てこようと話を合わせられるぐらいには博学だ。ヒマリの言葉に合わせて、自らを環境問題を扱うジャーナリストと名乗るぐらいはお手の物だった。ソロの名刺を受け取って、ヒマリもあわててリュックの中から自分の名刺を出してソロに渡した。
「ヒマリ、調査航海は2週間後だって言ってたけど、それまではどうするの?」
「調査航海って、ほら、色んな人が来るし、色々と新しく開発した漁法も試してみたりしないといけないし、準備しなくちゃいけないことがあるから、私は先に来てるの。今日は宿でゆっくりして、明日の朝から、漁業組合と打ち合わせして、受け入れ先になってくれる福沢漁業株式会社に挨拶に行く予定。」
「クミアイ?」
「え?あ、ああ fishermen's union」
「ああ。なるほど。」
「それで、ソロさんはどこに取材にいくの?それともまずはfishermen's union に行くのかしら?」
「そうだね…。話はもうついてるから、直接会社に行く。ちょうど今、君がいった福沢漁業なんだ。」
「あら、じゃあ、明日も会えそうね、ソロさん。あ、いけない。そろそろ宿にチェックインしなきゃ」
にっこり笑ったヒマリは足を湯船からあげて、リュックからタオルを取り出した。その動作があまりにもすばやいのでソロはあわてて声をかけた。
「ヒマリ、夜は忙しいの?」
「どうして?」
「いや、実は日本は久しぶりで…、こういうところに来たら、どういうレストランに行くのがいいのかなって。」
すでに立ち上がって足を拭いていたヒマリをソロが上目遣いに下から覗き込む。この時に発揮されるのは、ソロご自慢のセクシーさではなくて、人なつっこさ。実は本人も自覚していない。だが、時としてソロの懐っこさはセクシーさ以上の武器となる。セクシーさでせめて落ちない女はいないが、男は落ちない。だが、この懐っこさで攻めれば男も女も落ちる。かくて、ソロは楽しいディナーの時間を過ごすパートナーを獲得した。
ここに18時ね、と約束して、ヒマリは慌ただしくかけていった。元気いっぱい子供のようなヒマリの後ろ姿を眺めながら、ソロも足をお湯から引き上げる。普段、お湯につかる習慣はないが、なかなかどうして気持ちのいいものだった。ただ、引き上げた足がお湯につかっていたところまでしっかりと赤くなっている。
「ありゃ、つかりすぎちゃったかな?」
ソロは独り言ちて、身なりを整えると、スーツケースを引きながらチェックインすべきホテルへと向かった。
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「え?じゃあ、そのままビルクナー君とは連絡がつかないままになってしまったんですか?」
ニューヨークに残り、写真に残されたナノロボットのパーツからその出所を探ろうとしていたクリヤキンは、まず手始めに、格納庫部分を開発したドイツのとある研究室に連絡を入れた。論文を探し当て著者にメールを送る。研究者というのは、概して話し好きが多く、研究内容や研究分野に関することを聞かせてほしいと言えば、まず断られることはない。科学部の記者を装って、クリヤキンは電話でのインタビューを取り付けた。
「ええ。結局、彼自身とは話ができないまま、退学手続きに必要な書類が郵送で送られてきました。これは、あまり良い事ではないのでオフレコでお願いしたいのですが、アカデミックな世界では、激しい競争に疲れてしまったり、研究に行き詰まってしまったりして、精神的に不安定になる学生も多く見られます。ビルクナー君は確かに繊細なところはあったのですが、非常に優秀で、過去にスランプに陥ったこともありましたがこの1年は元気に研究に打ち込んでいました。私たちの研究室で開発された技術のほとんどを彼はマスターしていますし、最近ではそれをさらに発展させるアイデアを彼自身が出していて、それをテーマに博士号をとる予定でした。確かに、落ち込む時は突然ですが、まさかそのまま退学する、となって、僕らも非常に心配しているんです。」
「それは…なんといっていいか。ビルクナー君が心配ですね。大丈夫です。今回の記事は研究内容の紹介に焦点を当てたものなので、その辺のことは記事にはいたしませんので、ご安心ください。」
「ありがとうございます。きちんと退学手続きもされているので、我々としても、これ以上はどうしようもなく…。残念です。」
「ええ。心中をお察しします。今日は取材に応じていただきまして、ありがとうございました。」
「いえ、記事ができたら是非見せて下さい。」
「ええ、もちろんですよ。今回の企画は是非会議で通したいと思っています。企画が通って、記事に起こしたら、実際に載せる前に一度チェックをお願いするかもしれません。その時はよろしくお願いします。
「はい、わかりました。では。」
インタビューは無事終了した。わかったことは2つ。この研究室では他の研究室や企業との共同研究もしているが、開発した技術を使う部分については自分のところで受け持っているため、ナノロボットを適切につくる詳細なノウハウはまだこの研究室から出ていない、と思われる事。そして、この研究室でノウハウをマスターしたP.hDの学生が一人、退学し連絡がつかなくなっているということだ。
…なんだか、手口が功名になってきたな。高名な科学者を拉致してしまえば事件として騒がれてちゃうけど、学生がいなくなった、それも退学手続きをしたってだけなら、問題にならないもんね…。
大学院生の失踪の裏には、やはりツグミがいるのではないか、そしてそのツグミ達のやり口が功名になりつつあるのではないか、という危機感をイリヤは感じていた。これでもし、日本の方でも似たような事が起きていれば、ドンピシャ、と言わざるを得ない。早速、日本の研究室にも電話インタビューを入れる。こちらもすでにメールでアポイントメントはとってある。
「はい、こちら西京大学神経システム生物学研究室です。」
「こんにちは。メールで連絡を入れさせていただいておりました、UNT 科学部のクリヤキンです。そちらで新たに開発をすすめている神経マーカー抗体についてお伺いしていのですが…。」
「ああ、お待ちしておりました。今、教授の安藤に代わりますね。クリヤキンさんとおっしゃいましたが…日本語がお上手なんですね。てっきり英語でかかってくるものと思っておりました。しばしお待ち下さい。」
イリヤからの電話をはじめに取ったのは、秘書とおぼしき女性だった。電話の向こうで、安藤先生と呼んでいる声が聞こえる。神経システム生物学研究室の安藤研がこれまでに出して来た業績については、イリヤはざっと論文に目を通している。そして、腐乱死体から出て来たナノロボットに用いられたアンカーの役割を果たす抗体はこの研究室で最近発表されたものに非常に良く似ているが、実はわずかながら差異があることにも、論文を読んでつきとめていた。
「Hello?」
安藤に電話がつながったようだ。秘書はイリヤが日本語に堪能であることを伝えなかったらしい。
「Would you like to speak English? Rather than Japanese?」
日本語より英語がいいの?といきなり聞かれて、安藤は面食らい、電話口に一瞬の沈黙が訪れた。イリヤが今度は日本語で続ける。
「僕は日本語も得意でして。日本語のほうが細かなニュアンスなど伝わりやすければ、そちらでもかまいませんよ。」
「…これは、お上手ですね。ええっと、クリヤキンさんでしたか。」
「はい、UNT社の科学ジャーナリストのクリヤキンと言います。今日は、インタビューを受けて下さってありがとうございます。」
「いえいえ、こちらこそ、私たちの成果を記事にして下さって、ありがとうございます。ええっと、どのようなことを?まずは私たちの研究室で開発した抗体の概要のことからお話すればよいでしょうか。」
「ええ、お願いします。あと、開発中の苦労話や、研究室の様子なんかも伺いたいですね。どんな下地があって、今回のこの成果が生まれたのか、ということにも興味があります。あ、それから、この成果の発展の可能性ですね。どのような応用があるのかや、次のステージには何を見据えているのか、なんかもお願いします。」
「わかりました。では、ひとまず、我々の抗体の話からはじめましょう。」
興味深そうに聞いてくるイリヤに安藤は満足げに話を始めた。
結局インタビューは一時間にも及んだ。これでも、イリヤが先に論文で予習していたために、随分と時間は短縮されている。イリヤの飲み込みの良さには安藤も驚いているようであった。そして、話が研究室の様子、開発途上の出来事に及んだとき、安藤の口調がやや暗くなった。ここでも、将来を有望視されていた若い研究員が一人やめていて、しかもその後連絡がつかなくなていたのだ。更に、彼の研究テーマは研究室の成果であった抗体に一工夫させて、神経細胞の中でも特に中枢神経細胞で重要な樹状突起をつくるためにつかわれるタンパク質にとりつく抗体をつくる、というものであった。これはまさに、イリヤがつきとめた差異でもあったのだ。
消息を絶ってしまった研究員のことを惜しむ安藤に、イリヤは慰めの言葉をかけつつ電話インタビューを終えた。すぐさまウェーバリーに報告した後、更に調査を進めた。大学や研究室からは感知できなくても、人が一人失踪するのだから、何かしら問題にはなっているはずだ。それが騒がれていない、ということは…。イリヤは自分の憶測を元に、UNCLE ボン支部と東京支部に二人の家族構成を調べてくれるように頼んだ。しばらくして、入って来た情報に手応えを感じた。はやる気持ちをおさえつつ、いつものようにペン型通信機を取り出して言った。
「オープンチャンネルD」
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ヒマリとの有意義な会食を終えたソロがシャワーを浴びようとしたとき、ベッドサイドの椅子の背もたれにかけた背広の胸ポケットから聞き慣れた音が鳴った。バスルームへと立ち上がりかけたところを再度ベッドに腰をおろし、椅子を引き寄せて背広の胸ポケットからピーピーとなるペン型通信機を取り出した。
「オープンチャンネルD、こちらソロ。イリヤ?」
「そうだよ。ナポレオン。日本はどう?確か焼津に行くっていってたよね。海産物が美味しいって聞いたけど、食べてみた?」
「もちろん。さっき夕食をおえて部屋に戻って来たばっかり。日本って魚をなまで食べる習慣があるんだね。驚いたよ。」
「ああ、サシミ、だねって、ナポレオン、サシミ食べたの…?あれ、美味しいよね。昔食べたけどさ。でも、僕はちょっと驚きだよ、おたくが食べてるなんて…。」
魚の刺身は日本ではおなじみ。でも、欧米では魚を生で食べる習慣はほとんどなく、欧米人にはいわゆるゲテモノ扱いであった。以前日本に来た時に、好奇心から試してみて刺身が意外と美味しい事をイリヤは知っていた。でも、食べ物でも身につけるものでも上質なものを好むソロが、ゲテモノ扱いされている刺身を食べるわけがないと思っていたので、食べないなんてもったいないよ、と相棒をからかってやろうと思っていたようだ。あてが外れてがっかりしたのか、言葉尻が尻窄みに消えた。
「連れが絶対美味しいから食べろって言ったんだよ。それに、本当に美味しそうに食べてたから、ちょっと試してみる気になってさ。あれ、結構いけるね。」
なんだか、がっかりしたようなイリヤの声に、何故か取り繕うように言ったソロ。しかし、その言葉は予想以上にイリヤを浮上させた。
「連れ?」
「え?あ、ああ、実は到着した時に、駅前でかわいいお嬢さんと知り合ってね。英語も話せるし、この辺りは観光案内も日本語しかないから、夕食をご一緒させてもらったんだ。」
「なるほどねぇ。ほんと、やることはしっかりやってるよねぇ。ナポレオンには言葉の壁ぐらいなんてことなかったのかぁ。まぁ、それでこそ、天下のナポレオンだよね。で?今は大丈夫なの?相手はシャワーの最中?」
「いいや、まさか。そりゃ、ちょっと引き止めてはみたんだけど…。なんだか、人懐っこい子供みたいな女性でさ。ただ恋の駆け引きを楽しむ感じとは、ちょっと違うんだよね。」
「ふうん。おたくの好みじゃなかったんだ?でも、声が嬉しそうだよ?気に入った?」
「ん?いや、なんていうか、子供みたいなんだけど、すごく好感が持てる女性だったよ。しかも、海洋学者なんだ。で、明日、僕が話を聞きに行く福沢漁業にくる。」
「え?海洋学者ぁ?目的地も同じ?なに、ひょっとして、もう、ツグミさんに接触されちゃったの?」
「いやぁ、彼女は違うよ。多分ね。なんだろ、これまでに見たスラッシュのお嬢さん方とは大分ちがうんだよね。なんというか純粋というか…。それにツグミさんだったら、夜の誘いを断らせないよ?」
「で、情報をとりつつも、敵さんにとっつかまるって?助けに行くこっちの身にもなってよね。」
半ばあきれ声でイリヤが言う。ソロが女性に弱いのは周知の事実で、敵だとわかりながらも誘いにのり、敵地に連れて行かれることもよくあった。ソロが窮地に陥れば、当然イリヤは助けに行く。逆も然り。普通、非情を常とするエージェントにあるまじき事だが、二人の間の連携プレーが任務の成功率や二人の生存率を格段にあげ、UNCLEきっての敏腕エージェントの名を不動のものにしている。
「いつもありがとね、イリヤ。でも、そのおかげで敵のアジトが手っ取り早く見つかるじゃない。」
「まあね。それに僕が行けなくてもおたくが自力でなんとかできる事も、よく知ってはいるんだけどね。」
あきらめたようにイリヤは言った。さっきは、とっつかまる、という言い方をしたけれど、敵地に早く乗り込むためにソロがわざとそうなるに任せていることをイリヤは重々に承知していた。しかも、ソロの機転や射撃の腕、エージェントとしての能力の高さを誰よりもイリヤは知っている。そして、ソロがそんな大胆なことをするのは、ソロ自身、自分の能力に自信があるからとともに、バックアップに入るイリヤの腕前も信じていてくれるからだ、ということもわかっていた。
「それで?そっちは何か収穫があったんでしょ?」
少し間が開いた瞬間に、ソロが間髪なく尋ねて来た。
「え?ああ、すごいね、ナポレオン。なんでわかるの?」
「わかるよ。だって、すごく嬉しそうな声でかけてくるんだもの。何年おたくの相棒やってると思ってるのさ?」
…ほんと、なんでもお見通しなんだから…
少し悔しい思いもしつつ、いつも通りの安心感も感じつつ、イリヤは1つため息をつくと、今日知り得たことをソロに話した。
「なるほど。確かにそんなに都合よく二人もいなくなるっていうのは、おかしいね。」
イリヤの話を一通り聞いたソロは、やはりイリヤと同意見だった。どちらの失踪も単独なら、ありうることかもしれない。でも、ナノロボットのパーツを作れる技術を持った人間が二人も同時に行方をくらました、となると疑わないわけにはいかない。しかも、日本人研究者の方は、今回のナノロボットのアンカー部分を開発できる唯一の人間とも思えたのだ。
「そうなんだ。確証はないけど、僕の中じゃ、もう警報がワンワン鳴ってるね。」
「で?次の一手はどうするつもりなの?イリヤ。」
「次?実はその電話インタビューの後、少し調べてみたら、ビルクナー氏の方も、マキタ氏の方も実は家族ごと失踪してしまってるんだよね。」
「いくら学生や若い研究員でも、人が一人いなくなれば、家族は騒ぐからねぇ。ますますツグミらしいな。でも、それじゃあ、どうやってたどるつもり?」
「失踪した若手研究員、マキタハルトの両親は幼い頃、離婚してるんだ。マキタは父親に引き取られ、母親は妹を引き取った。母親はその後、病死してる。妹の行方がまだわからないんだけど、スラッシュも妹までは手を出せてないみたいなんだ。」
「でも、それなら妹にあたっても、兄の行方は知らないんじゃない?」
「そう思うでしょ?でも、どうやら、マキタは妹と連絡を取ってたみたいなんだよね。マキタがやめてから2ヶ月ほどして、女性が一人マキタの所在を確認しようと研究室を訪ねてる。」
「それが妹なの?」
「本人がそう言ったらしいよ。今の話もその女性の発言からなんだ。」
「なるほど。でも、2ヶ月は気がつかなかったのか。兄が失踪したことに。まぁ、そんなものかな?」
「まぁ、大人だからね、二人とも。しかも、ちょうど、マキタと父親が失踪したころは、長期出張で3ヶ月でかけてたらしい。」
「出張で?長いね。どんなお仕事をしてる女性なの?」
「そこまではわからないんだ。研究室の人たちも、その女性にあったのは一回。名前はナガミネといういうらしい。まずは彼女を捜すことから始めようかなと思う。ってわけで、これから、そっちに飛ぶよ、ナポレオン。UNCLE東京支部に離婚した母親からたどってと頼んだら、彼女の住民票を押さえてくれた。フルネームは…人名の漢字は難しいな…。ナガミネ…ハルキ、かな。一応住所は千葉県になっているみたい。」
「今から飛ぶの?そっちは…そっかちょうど朝なのか。僕はこれから明日の準備をして寝るよ。」
「了解。そういえば、おたくはもう知ってるだろうけど、東京支部の連中がスラッシュの日本での活動が活発化してるって言ってたよ。福沢漁業にだってツグミさんたちが飛んで行くかもしれないから、気をつけてね。」
「わかってるよ。だから、ちょっくら準備してから行くんじゃない。信用してよね。」
「はいはい。馬の耳に念仏だったね。じゃ、おやすみ、ナポレオン。良い夢を。」
「イリヤは楽しい空の旅を、だね。」
ソロは通信を切って、バスルームへと向かった。
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