今年5月に放送50周年を迎えた日本テレビ系の長寿番組「笑点」。その長い歴史の中で様々な落語家たちが出演してきたが、中でも異色のキャリアを持っているのが、80年~88年まで「笑点」に出演していた桂才賀だ。
⇒【写真】貴重な刑務所慰問の様子(桂才賀氏提供)
◆刑務所慰問1100回以上の落語家
才賀氏は’83年(昭和58年)から現在に至るまでの33年間、刑務所慰問を精力的に行っており、93年には芸人慰問団「芸激隊」を結成。その慰問活動は日本全国、実に1100回以上に及ぶ。
彼はなぜ受刑者を笑わせに行くのか。才賀氏の半生と、受刑者を笑わせる極意に迫った。
◆師匠の一言で自衛隊に入った
――まず、才賀師匠が落語家になったキッカケからお聞きしたいです。
才賀:16歳で初めて落語というものを聞いて。それまでずっと器械体操をやっていて、将来は体育教師とかそっちの道かなと思っていたんですけどね。
高校を卒業する時に、「弟子入りさせてくれ!」と桂文治師匠の元へ行ったら、「軍隊に三年行って来い。それでも気持ちが変わらなければまたおいで」と言うわけですよ。“本当に行くわけねえ”と師匠は思っていたんでしょうけど、アタシは「わかりました。…3年行ってくれば弟子にしてくれるんですね?」って、すぐ自衛隊の募集事務所に行った。
一任期もちょうど3年で、「船に乗って世界中行けそう」という理由で海上自衛隊に入隊。約束通り3年の任期を終えて文治師匠のところに行ったら「あんた、誰?」だからね。
――無茶苦茶ですね(笑)
才賀:師匠のあの言葉は照れと驚きがあったと思うけどね。あの3年間で世界一周もできたけど、“仮釈放”もさせてもらえず、ある意味、刑務所よりひどかった。海の上だから脱走できない。自分にあてがわれたロッカーの内側に師匠の写真を貼って、カレンダーの日付に毎日「×」つけていましたよ。こういうのって、普通は女の写真だろうけど(笑)。
――そうして無事に弟子入り後、10年足らずで笑点メンバーに。
才賀:はい。6年間文治師匠のところにいたんですけど師匠が亡くなってしまい、日本一の噺家、古今亭志ん朝(ここんてい・しんちょう)に古今亭朝次の名で引き取られていた頃のことです。入門から7年目ですね。
「笑点」で若手大喜利というのが今でもBSでやっていますけど、あの頃は全国放送でやっていて、アタシはそのメンバーだったんですね。その時、レギュラーメンバーが“お父さん”、若手が“子供”としてやるネタが時折あって、アタシのお父さんは“ハゲタカ”の桂歌丸師匠とやりあっていた、“バケモノ”三遊亭小圓遊(こえんゆう)師匠だった。
でもある日、山形の地方公演中に小圓遊師匠がポックリ亡くなっちゃったんですよ。その二時間後にプロデューサーからアタシに連絡があってレギュラーに。若手メンバーが11ヶ月目でレギュラーに昇格しちゃった。シンデレラボーイっぷりから“小圓遊を殺した男”と言われているよ(笑)。
◆受刑者1000人を前に1時間笑わせる
――「笑点」メンバーになって3年後、レギュラーとして定着していた83年に最初の刑務所慰問を行うんですね。
才賀:沖縄に行きました。女房が沖縄出身でしてね。毎年、女房の実家に帰るんですけど、観光地も行きつくしていて暇だったんで、老人ホームを慰問して巡ろうと、県庁の高齢者福祉課に電話したんですね。「ご都合のよろしい老人ホームがあったらご手配願えませんでしょうか」と。
当時、沖縄はNHKと民法1局のみで、アタシは笑点のレギュラーでしたからすぐわかるわけです。「朝次さんと声が似てますねえ~」「いや、当人です」と(笑)。
そういうわけで知名度は高いもんだから一気にスケジュールが埋まって、「老人ホームのすぐ隣に少年院があるんですが、こちらも行っていただけませんか」となった。
――初の刑務所慰問の印象はどのようなものでしたか? 普段の寄席とは環境にかなり差がありそうですが。
才賀:こんなに笑いに飢えている人たちがいるのかと。外の世界にいる人とは切実さが全然違うんです。それに彼らは落語なんて聴いたことない連中が半分以上で、好きなやつはコテコテに好きだけど、ほとんど落語と漫才の区別もつかない。
「なんだ今日の漫才師は一人か」なんて言われて。落語は一人でやるんだっての(笑)。なので“国が違う”と思ってどんどん勉強した。
基本は飢えているから一度つかめば、後はガンガンきます。隠語を散りばめて「そんな言葉まで知ってるの?(刑務所の)先輩なの?」と親近感を持たせる。これがつかみですよね。
例えば、塀の中では休日を日曜日とは言わず、免業日と言うんですけど、「普通、免業日は我々のような者が来なかったら手紙を書いたり、あるいは、センズリをかいたりするんでしょうけど…」なんてサラッと言うと大ウケですよ。こんな用語も最初はわかりませんし、テレビに出ている芸人にはできません。
だから、テレビでウケてる芸人さんでも刑務所慰問では全然ウケなかったりするんですよ。最近は数分間の短い時間で笑かす芸人さんが多いけど、刑務所は「最低1時間」と言われますから。大きい所だと1000人も移動させるので、「30分で終わられちゃ困ります」なんて言われる。
――受刑者1000人を相手に一時間ですか…怖いですね。
才賀:バブルの時期くらいまでは、ヤクザの親分が自分の若い衆が入っている刑務所へ大物歌手を送り込んだりしていたんですよ、組が見栄を張って。差し入れ慰問・ヒモ付き慰問って言ってね。ギャラが良いから色んな歌手や芸人が行った。
当時、アタシの他に自腹で慰問していた芸能人は2人だけです。他はコレ繋がりです(※頬を指で切りながら)。これ、記事で書いて下さいよ(笑)。裏とってるんで間違いないです。って、こんなこと裏とるかってな、普通。
◆「悪さをした奴のために、塀の中で噺家が話すのは当たり前。なぜなら…」
――過去の慰問記録を見ると月に10本近く慰問している月もありますが、完全に自腹なんですか?
才賀:頼まれて行くならまだしも、普通は交通費も食事代も出ませんよ。代わりに家に感謝状が500枚以上はあるな。硬くて尻も拭けねえし鼻もかめねえけど(笑)。今までの旅費だけで都内にマンション買えるんだから、こんなモノ好きいないね。
でも、お寺で生まれた落語の本質は、説教・説法だから。悪さをした奴のために噺家が塀の中に入って話すというのは、本来、当たり前なんですよ。
◆「刑務所といえば”網走”? それは完全に素人のチョイスだね」
才賀:慰問のために東京から芸人を連れて行きたいけど、旅費を考えちゃうと“現地調達”になるんですよ。前日に飲み屋でママを口説きながら事情を説明して、「あの子、短いスカートで通行人役やってくれないかな」って。
――短いスカートは刺激強そうです(笑)。刑務所ごとに雰囲気は異なるんですか? 例えば、網走とか。
才賀:網走か! 『網走番外地』の影響で、皆さん刑務所と聞けば何かと網走と言うけど、それは完全に素人ですねぇ。重罪犯人が網走に割り振られていたのは昭和50年あたりまでで、今は旭川刑務所なんですよ。
旭川の連中は仮釈放まで20年とか40年とかトンネルの先が見えない。だから笑い方が違いますね。陰湿な感じというか。笑うは笑うけど人情モノとか泣く方がもっと効く。府中や網走とかは、2~3年の“ションベン刑”だから笑い方もカラッと軽い。あと、少年院だと周りが大笑いしていても「あの野郎が笑わないと、俺は笑えない」とか、「あいつより先に笑うと負け」みたいなツッパリが多いですね。結局、最後はそういうやつが一番笑うけど(笑)
――才賀師匠は93年に全国の刑務所慰問をする「芸激隊」を結成し、2015年4月には法務省矯正支援官(※1)にも任命されていますね。
才賀:「慰問」ってイメージが暗いから、アタシのチームは芸で激励する部隊ということで「芸激隊」とつけたんです。矯正支援官に任命されてからは、やっと交通費は出ることになった。付き人には出ないとはいえこれは大きいですよ。やりとりもスムーズになったし。
――最近は、漫画などの影響もあって若者のあいだでも落語が注目されていますが。
才賀:落語というものが多くの人に注目されて、取り上げられるというのはとてもありがたいことだと思っています。でも、どうせなら単にお笑いで括らず、もう少し理解を深めてほしいですね。
落語はお寺で生まれたということだけでも覚えといて下さい。だから噺家は着物を着るんですよ。お坊さんと一緒で修行も最短で4年と長い。その間はタダ働きでバイトもできません。バイトしたら修行にならないと考えるんです。一般のお笑いとは考え方が全然違うんですよ。
【告知】 桂才賀師匠がテープカットに登場! 「東京拘置所矯正展」 日時:6月3日(金) 9時~15時 会場:東京拘置所(東京都葛飾区小菅1-35-1) TEL:03-3690-6681 アクセス:東武スカイツリー線小菅駅徒歩5分・東京メトロ千代田線綾瀬駅徒歩15分 駐車場あり:無料 料金:入場無料 主催:法務省東京拘置所
【プロフィール】桂才賀(かつら・さいが)
1950年7月12日生まれ。東京都大田区出身。落語協会所属。1972年、桂文治に入門、桂文太を名乗る。1980年、師匠文治の死去に伴い、三代目古今亭志ん朝門下に移籍、古今亭朝次と名乗り、二つ目で笑点メンバーとなる。1985年、真打に昇進、七代目桂才賀を襲名。1988年、国立劇場金賞受賞、同年、久里浜少年院篤志面接委員に。現在も全国各地の少年院、刑務所、拘置所の慰問活動を続け、教育施設、企業ボランティア団体など、様々な場所で講演を行なっている
※1 法務省矯正支援官…著名人・芸能人による犯罪や非行をした人の改善更生を応援する法務省の公式サポーター、他メンバーにはATSUSHI、高橋みなみ、浜崎あゆみ等が選ばれている。
<取材・文/日刊SPA!取材班>
日刊SPA!
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