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超高額がん薬の投与急増 保険制度破綻の恐れ

オプジーボ

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 画期的な効果を持つ一方で、一人当たりの年間薬価が数千万円に上る新しいがん治療薬が、医療の現場に大きな動揺をもたらしている。二〇一五年十二月、一部の肺がんへの保険適用が認められると、投与を求める患者が急増。今後、国の薬剤費を肥大させる恐れがあり、医療現場は「日本の医療保険制度を破綻させるのではないか」と懸念を募らせる。

 新薬は小野薬品工業(大阪市)が製造販売する「オプジーボ」で、体重六〇キロの肺がん患者が点滴として使用すれば、年間約三千五百万円かかる。従来の抗がん剤は一年以内で効かなくなる例が多いが、オプジーボは免疫力を引き出してがんと闘う仕組みで、長く効くと期待される。外科手術で切除できない患者への効果も期待できるため、関心は急速に高まっている。

 一方、臨床試験では、約二割の患者にしか有効ではないとされ、今のところ誰に効くかは使用前に分からない。莫大(ばくだい)な研究開発費を反映して値段は高く最も高価な薬でも年間一千万円未満という従来の抗がん剤などと比べても数倍の価格だ。

 一定額を超える医療費は国が負担する高額療養費制度により、患者負担は年間最大二百万円余りにとどまるが、その分だけ公的な負担が膨らむことになる。

 国の医療費は一三年度に四十兆円を突破し、年々増え続ける。このうち薬剤費は約十兆円。国内の肺がん患者は推定十三万人で、うち新薬が保険適用されるタイプの肺がん患者は約十万人。この半数がオプジーボを使うと年一兆七千五百億円になるとの試算もある。

 今後、別の超高額の新薬が登場する可能性も高く、国民の税金や保険料でまかなわれる現在の医療保険制度が維持できるのか、医療関係者の不安は高まる。

 医療機関も対応に苦慮する。保険適用以降、三月末までに七十人余りにオプジーボを使用した愛知県がんセンター(名古屋市千種区)では、購入のために約三億円の補正予算を計上。費用は診療報酬として約二カ月後に払い戻されるが、今後、さらに投与を希望する患者が増える見通しのため、さらに巨額の予算措置が必要になるという。

 同センターの木下平総長は「患者数が多い種類のがんにも保険適用が広がると予算措置だけでも大変だ。使用を年齢で制限するか、効果がない時は早めに中止を決断しないと医療費全体が膨らんで国の制度を維持できなくなる」と指摘する。

 厚生労働省は本年度、薬の費用対効果を検証して国の決める薬価に反映させる新制度を創設し、手始めとなる対象の薬品七品目の一つにオプジーボを選んだ。薬価を審議する中央社会保険医療協議会(中医協)でも、超高額治療薬への対策を促す意見が続出。厚労省担当者は「オプジーボも含め薬価全体の問題として検討したい」と話している。

◆効果あるのは2割

 「効果があるのは二割の患者でも、治療できる可能性がある限り使わないわけにはいかない」。新しいがん治療薬オプジーボの使用について、愛知県がんセンターの木下平総長は悩ましげに話す。

 オプジーボは患者の八割には効かないとされ、事前に効果を確かめることもできない。だが、有効な治療法がない患者には最後の頼みの綱となるため、国の医療制度圧迫を理由に使用を断りにくい状況だ。センターでは、昨年十二月の保険適用の前から問い合わせが相次いだという。

 藤田保健衛生大病院(愛知県豊明市)も四月中旬までに患者約十五人にオプジーボを投与した。今泉和良教授(呼吸器内科)は「他に治療方法がないので使う例もある。まだ事例が少なく、どのタイミングで使用をやめるかなどを見極める判断が難しい」と話す。

 公定価格である薬価は、材料や開発経費などの原価に人件費や利益を上乗せして国が決めるが、決定過程は不透明。木下総長は「薬価を決める会議は非公開で高騰する本当の理由は分かりにくい。情報公開を進め、高騰を防ぐ具体的な仕組みが必要だ」と語る。

 (室木泰彦)

 <オプジーボ> 免疫チェックポイント阻害剤という新しいタイプのがん治療薬。がん細胞を直接狙う分子標的薬と異なり、免疫力を高めてがん細胞を攻撃する。がん細胞は免疫力にブレーキをかける働きがあるが、オプジーボの抗体物質がブレーキの仕組みを阻害する。皮膚がんの一種、悪性黒色腫の治療薬として承認され、昨年12月に非小細胞肺がんへの適用が承認された。京都大大学院の本庶佑(ほんじょ・たすく)客員教授らのグループがメカニズムを発見した。

 

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