「切り絵は私にとって、必要なものを見極める練習。」
アーティストインタビュー
切り絵作家 大橋 忍(Shinobu Ohashi)
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時間を忘れてうっとり見とれてしまうほど優美な世界観。
カッター1つでそれを作り上げるのが、切り絵作家・大橋忍だ。
昨年、初の図案集『美しい切り絵。』を発表したほか、
雑貨のデザインやコミックの装丁、デザインフェスタを始めとするアートイベントなど、様々なフィールドに活躍の場を広げている。
彼女にとって「必要なものを見極める練習」だという切り絵。
制作の裏側にある想いが、作品と同じように繊細で美しい言葉たちによって語られる。
「切り絵作家」の道に進むきっかけ
#顧問のすすめで、しぶしぶ美大を受けた。
地元(福島)にサルバドール・ダリの作品を展示している美術館があり、幼い頃に何度も連れられて行った記憶があります。
そのあたりから「絵」に対して興味を持ちはじめました。ダリは今でも好きです。
ただ進路選択の場面で、自ら進んで美大に行こうと考えてはいませんでした。
高校では、簿記やパソコンなどの資格を取得することが当たり前の学科に在籍していました。
美術部には所属していたものの、高3の夏に、学校に無断で「資格取れるよ系」の専門学校のAO入試を受けたんです。
合格したのですが、部活の顧問の先生方に怒られてしまい、しぶしぶ美術系の大学を受験することになりました。
#切ってみると「味」が出る
現在の技法に至ったきっかけですが「切り絵がつくりたい」というよりも「なにかを切りたい」という気持ちの方が強かったと思います。
絵が下手でも、切ってみると「味」ということでごまかせるので、なにかと重宝しておりました。
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*「味」が伝わる切り絵『航海師』
制作のインスピレーション
##音や単語をみたりきいたりして作品のイメージをつくる。
うさんくさいかもしれませんが、「共感覚」※を持っています。
わたしは文字・数字・音に色を感じるので、歌詞や言葉などの単語の響きから色とモチーフを決めています。
サ行の単語モチーフなら赤っぽい紫と青、ハ行なら緑や黄緑 というように自分の中では色が決まっています。
# 動物や植物のモチーフが好き
いろいろなイラストや絵画を拝見すると、人間がメインになっているものが多いと感じております。
人間を入れてしまうと表情や仕草からストーリーがかっちりしてしまいそうなので、あやふやでいいようになるべく動物を選んでいます。
また植物は、特につる植物が好きです。切り絵においてはモチーフ同士を繋げることができるので、出番が多いです。
※共感覚:一つの刺激が、それによって本来起こる感覚だけでなく、他の領域の感覚をも引き起こすこと。形を見ただけで味を感じる、音が色に見えるなど。
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*『ももりの燈』では、愛らしい鳥と花々を切り取る
#著書『美しい切り絵。』
#「切り絵作家」としての覚悟ができた
2015年の秋に、初の著書『美しい切り絵。(amazonにて)』を出版いたしました。
版元のMdN様から出版のおはなしを頂戴したときは他人事のようでした。
刊行される1ヶ月ほど前まで「手の込んだドッキリ」だと思っていたほどです。
最近は、本のおかげで「切り絵作家」として認めていただける機会が多くなりました。沈みっぱなしだった足元を固めていただいたように感じています。
今は、(切り絵作家として)もう後には引けない、という気持ちが強いです。
その分気兼ねなく切り絵ができますので、とてもありがたいことだとも思います。
良い意味でプレッシャーになっていますね。
ちなみに制作期間中大変だったことはいくつかありますが、150点以上の図案を短期間で一気に切り出したせいか、利き手の握力が増しました。
#読者からの反応が励み
本に収録されている図案を実際に切ってくださる読者の方が多いということに驚きました。
ブログやtwitterなどへ投稿していただいているのを拝見するたびに
「こんな組み合わせもあるのか」などと、勉強になることばかりで励みになります。
「図案集」ですので、読んで終わりではなく、切っていただいて完成するものだと思っています。
投稿していただく画像を拝見すると、伝わっているんだなあと嬉しくなります。
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*『手の花』は柔らかな色使いが美しい1点
幅広いジャンルの仕事
#楽しみながらチャンスが得られる「デザインフェスタ」
デザインフェスタ※に参加することが多いです。
堅苦しい雰囲気が苦手ということもありまして、みんなで楽しめるようなところへ参加できるのは自分も楽しいですね。
また、個展などとは違い「ついで」に作品をご覧いただける機会だと思っております。
出版社・企業の方もいらしていて、そこからお仕事に繋がることもあります。
印象に残っているのは、中学校を卒業してから会っていなかった地元の同級生と会場で再会したこと。「たまたま近くを通ったらー」と話していたので、なにが起こるかわからないのもイベントの楽しみのひとつだと思います。
※デザインフェスタ:東京で行われるアジア最大級のアートイベント。
プロ・アマチュア問わず、「自由に表現出来る場」として1994年の初開催から、40回以上開催されている。通例、会場は東京ビッグサイト。
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*一本の線を意識させる『窓』
#「異文化」に触れた漫画の仕事
twitterへ投稿した『聲の形』の「切り絵文字」※がきっかけとなって
講談社 ヤングマガジン編集部様からお仕事を頂戴し、漫画『のーぷろぶれむ家族・1(麦盛なぎ著)』のカバーデザインに「切り絵文字」を取り入れていただきました。
こちらも著書の件と同じく、最初は「ドッキリ」だと思いました。
今年は、漫画誌の即売イベント『COMITIA116』にも参加させていただきます。
存在は以前から知っていましたが、自分とは縁遠いイベントだと思っていました。
しかし『のーぷろぶれむ家族』に収録されている麦盛先生のコラム内でもコミティアについて触れられていたので、興味が増すきっかけになりました。
漫画・コミックの世界と切り絵の世界はお互いに「異文化」なのでは、と思っています。
関わらないままでいたかもしれない「文化」に触れさせていただいたのは、
とても幸運な出来事であり刺激になりました。
また、麦盛先生の作品を通して
自分の切り絵を好きになってくださった方もいらっしゃるので
本当にありがたく幸せなことだと思います。
※「切り絵文字」:講談社コミックス『聲(こえ)の形』に影響を受け、大橋さんがその世界観を切り絵文字で表現しTwitterへ画像を投稿。インターネット上で大きな話題を呼んだ。
#作家としての心構えを学んだチャリティーオークション
最近のお仕事の中ですと、三菱商事様主催の「三菱商事アート・ゲート・プログラム」へ参加できたことも印象に残っています。
審査に合格した作品をオークションへ出品し、お客様に落札していただくというものです。
作家として活動していくための心構えを教えていただきました。
自分の目の前で自分の作品に価値をつけていただくことは、何ものにも代え難い良い経験になりましたし、自信がつきました。
切り絵への想い
#「大橋忍のデザインだから」買ってもらえるように。
今後挑戦してみたいお仕事はたくさんありますが、現在は「切り文字」だからこそ許されるような言葉を生かした作品作りに興味を持っています。
また切り絵をあしらった商品に関しては、できれば、実用性のあるものにデザインを落とし込みたいと考えています。
iphoneケースやグラスなどの透ける素材は切り絵ととても相性がよく、気に入っています。
お客様に手にしていただくときには「切り絵のデザインだから」ではなく「大橋のデザインだから」と思っていただけるようにひっそり試行錯誤をしています。
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*つながりを意識させてくれる『結ぶ』
#大切なものとのつながりを可視化してくれる「切り絵」
切り絵は私にとって「必要なものを見極めるための練習」です。
切り絵は「引いていく」ものです。最後に残った線や面が一つの作品になります。様々な表現方法や技法がありますが、自分はすべての線が繋がるように切っています。
切る前の紙が10だとすると、完成した時には3ぐらいになっています。その3の中に、モチーフ・意図・工夫・技術が詰まっています。
以前は、自分の立場というものが今よりもわからなかったために、たくさんの「モノ」を手にして、たくさんの人と繋がることが良いことだと思っていました。あるとき、その行動すべてに疲れていることに気がつきました。
意地を張って自分の中になんでも詰め込むよりも、自分に合っている「モノ」や、気の合う方と繋がっているだけで十分に幸せなことでした。
自分にとって必要なものだけがあれば良い。
その必要なものと自分の間には繋がるための糸があって、必要ではなかったものとは繋がらない。
それを可視化できるとしたら切り絵のようだなあ、とぼんやり思ったことが「必要なものを見極める練習」だと感じたきっかけです。
と言っても、まだまだ人生経験が乏しいので切り絵も生き方も常に修行であり練習の日々です。
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アーティストプロフィール
大橋 忍(おおはし・しのぶ)
切り絵作家 。
切り絵そのものの制作・展覧会活動の他、コースターやグラスなど商品のデザイン、漫画『のーぷろぶれむ家族・1(麦盛なぎ著)』のカバーデザインに携わるなど幅広く活躍する。
著書に株式会社エムディエヌコーポレーション『美しい切り絵。』(2015)。
その他の作品はこちら
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