取り調べの録音録画 司法取引導入へ関連法が成立

取り調べの録音録画 司法取引導入へ関連法が成立
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捜査機関による取り調べの録音・録画を、裁判員裁判の対象事件と検察の独自捜査事件で義務づけるとともに、いわゆる司法取引を導入することを柱とした刑事司法制度改革の関連法が、24日の衆議院本会議で可決・成立しました。
刑事司法制度の見直しは、当時、厚生労働省の局長がうその証明書を作成した罪に問われたものの無罪が確定した事件で、大阪地検特捜部による証拠の改ざんが明らかになったことなどをきっかけとして、関連法案が国会に提出されました。
関連法は24日の衆議院本会議で採決が行われ、自民・公明両党と民進党などの賛成多数で可決・成立しました。
法律では、これまで試験的に行われてきた捜査機関による取り調べの録音・録画を、殺人や傷害致死など裁判員裁判の対象事件と、検察の独自捜査事件を対象に行うことを義務づけています。
しかし、録音・録画で十分な供述が得られないと判断される場合は例外とするほか、任意の取り調べや拘留中の被告人の取り調べは対象外とされました。
一方、新たな捜査手法として、容疑者や被告が他人の犯罪を明らかにするなど捜査に協力した場合、起訴を見送ったり求刑を軽くしたりする、いわゆる司法取引の導入が盛り込まれています。
司法取引を巡っては、国会審議の過程で、司法取引の際は弁護士が関わることを義務づける修正が加えられました。
さらに法律には、捜査機関による電話やメールなどの通信傍受の対象を、これまでの薬物犯罪や組織的殺人などに加え、振り込め詐欺、それに、組織的な窃盗や誘拐などに拡大することが明記されました。

村木厚子さん「取り調べ改善の第一歩」

刑事司法制度の見直しの議論は、厚生労働省の村木厚子前事務次官が郵便の割引制度を巡ってうその証明書を作成した罪に問われ、無罪が確定した事件などがきっかけで始まりました。
この事件では、捜査段階で村木さんの関与を供述した部下の調書について、裁判所が「検察の取り調べに問題があり信用できない」として大半を証拠採用せず、判決では検察の主張をことごとく否定しました。また、捜査の過程で大阪地検特捜部による証拠の改ざんが明らかになり、当時の主任検事や特捜部長らが逮捕・起訴される事態になりました。
こうした事態を受け、法務省に有識者による検討会議が設けられて検察改革が議論され、平成23年3月に、取り調べの全過程を含めてできるかぎり広い範囲で録音・録画を行うことや、供述調書に依存しすぎた捜査や裁判の在り方を見直すよう検討することなどが提言としてまとめられました。
当時の民主党の江田法務大臣は、この提言を受けて法律の改正などを議論する法制審議会に諮問し、特別部会が設置されました。特別部会の委員には村木さんや映画監督の周防正行さん、捜査機関の幹部や法律の専門家など、合わせて26人が選ばれました。特別部会では、取り調べの録音・録画をどの事件で義務化するかや、司法取引など新たな捜査手法の導入、それに弁護士への証拠開示の拡大など、刑事司法制度をどのように見直すかについて3年間にわたって議論を重ね、おととし7月に最終案をまとめました。
その後、法制審議会の答申を受けて法務省が刑事訴訟法など関連する法律の改正案をまとめ、国会で審議されてきました。

村木さんは、刑事司法制度改革の関連法案が成立したことについて、「長い時間がかかったが、ほっとしている。密室での無理な取り調べを改善する第一歩だ」と評価しました。
一方、法案を巡っては、容疑者の供述が十分に得られない場合に取り調べの録音・録画を免除する規定が設けられたことや、いわゆる司法取引の導入に対して、別のえん罪事件の被害者などから批判が出ています。これについて村木さんは、「一切の例外なしに録音・録画のルールを作ることは難しかった。供述に頼る捜査の危うさを実感していたので、それ以外の証拠を集める手段を増やす司法取引などには賛成した」と述べました。そのうえで、「捜査機関の運用を国民の目で監視できる仕組みが必要だ」として、検証を行っていくべきだと指摘しました。
また、捜査当局に対しては、「えん罪が多いと言われる痴漢事件など多くの事件が録音・録画の対象になっていない。捜査機関は改正案を第一歩として、えん罪を生まないことを真剣に考え、録音・録画が当たり前だと思うようになってほしい」と述べ、録音・録画の対象を柔軟に広げていくよう求めました。

日弁連「刑事司法が確実に一歩前進」

刑事司法制度改革の関連法が成立したことについて、日弁連=日本弁護士連合会の中本和洋会長は、「複数の重要な制度改正が実現したものであり、全体として、刑事司法改革が確実に一歩前進するものと評価する」とする声明を発表しました。
一方、声明では、取り調べの録音・録画やいわゆる司法取引、それに通信傍受の拡大について、「捜査機関による運用を厳しく監視することが求められる。施行後3年を経過したあとで行われることになっている制度見直しの検討に向けて、事例の収集・分析を継続する」としています。

録音・録画義務化で映像重視へ

刑事裁判の専門家は、録音・録画が義務化されると、裁判の証拠として取り調べの映像が重視される傾向が強まると指摘しています。
取り調べの録音・録画は、自白の強要などの違法な捜査をしていないことを裁判で証明するために、警察や検察が一部の事件で導入しています。先月、裁判員裁判で判決が言い渡された栃木県の小学生の殺害事件では、被告が取り調べで犯行を認める映像が法廷で公開され、有罪の決め手となりました。
一方で、すべての事件で録音・録画を義務化するのは難しいという意見があり、今回の改正では裁判員裁判の対象事件や検察が独自に捜査する事件以外は見送られました。
刑事裁判に詳しい元検事の平尾覚弁護士は、「法律の改正によって、これからの裁判では録音・録画による客観的な証拠が求められる傾向が強まる」と指摘しています。そのうえで、「捜査機関は義務化の枠にとらわれることなく、立証に必要ならば柔軟な運用で対象を広げる必要がある」と話しています。