世界経済はいま、多くの国がマイナス成長に転落したリーマン・ショックのような危機に陥りかねない状況なのか。

 主要7カ国(G7)首脳会議(伊勢志摩サミット)で議長を務めた安倍晋三首相はそのリスクを強調し、G7による「危機対応」を強く求めた。だがその認識は誤りと言うしかない。サミットでの経済議論を大きくゆがめてしまったのではないか。

 首相は、来年4月に予定される10%への消費増税の再延期を決断したいようだ。ただ単に表明するのでは野党から「アベノミクスの失敗」と攻撃される。そこで世界経済は危機前夜であり、海外要因でやむなく延期するのだという理由付けがしたかったのだろう。

 首相がサミットで首脳らに配った資料はその道具だった。たとえば最近の原油や穀物などの商品価格がリーマン危機時と同じ55%下落したことを強調するグラフがある。世界の需要が一気に消失したリーマン時と、米シェール革命など原油の劇的な供給増加が背景にある最近の動きは、構造が決定的に違う。

 足もとでは原油価格は上昇に転じている。リーマン危機の震源となった米国経済はいまは堅調で、米当局は金融引き締めを進めている。危機前夜と言うのはまったく説得力に欠ける。

 だから会議でメルケル独首相から「危機とまで言うのはいかがなものか」と反論があったのは当然だ。他の首脳からも危機を強調する意見はなかった。

 にもかかわらず、安倍首相はサミット後の会見で「リーマン・ショック以来の落ち込み」との説明を連発した。そして「世界経済が通常の景気循環を超えて危機に陥る大きなリスクに直面している」ことでG7が認識を共有したと述べた。これは、「世界経済の回復は継続しているが、成長は緩やかでばらつきがある」との基本認識を示した首脳宣言を逸脱している。

 首相は会見で消費増税について「是非も含めて検討」とし、近く再延期を表明することを示唆した。サミットをそれに利用したと受け止めざるを得ない。

 財政出動や消費増税先送りは一時的に景気を支える効果はある。ただ先進国が直面する「長期停滞」はそれだけで解決できる問題ではない。地道に経済の体力を蓄えることが必要で、むしろ低成長下でも社会保障を維持できる財政の安定が重要だ。

 消費増税の再延期は経済政策の方向を誤ることになりかねない。しかも、それにサミットを利用したことで、日本がG7内での信認を失うことを恐れる。