メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

G7首脳会議 演出された「経済危機」

 主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)の議長を務めた安倍晋三首相は、閉幕後の記者会見で繰り返し「危機」を口にした。

     「ここで対応を誤れば、世界経済が通常の景気循環を超えて危機に陥る大きなリスクに直面している」

     首相によれば、危機感は主要7カ国(G7)で共有されたという。

     果たしてそうだったのか。

     首脳宣言の文言は異なる。日本側は「新たな危機を回避するため、政策の総動員をG7は約束した」と説明するが、英語の原文は「我々は新たな危機に陥るのを回避するため、これまで経済の回復力を高めてきたし、今後も一段と努力する」と、新たな危機に力点を置いていない。

    増税再延期の地ならし

     オランド仏大統領は「今は危機ではない」と記者会見で述べた。キャメロン英首相は世界経済についてむしろ前向きの発言をしたという。

     米国の中央銀行である連邦準備制度理事会は近く、利上げを実施する可能性を示唆している。新たな経済危機を懸念しているのであれば、利上げどころではないはずだ。

     何より、日本の5月の月例経済報告には「(景気の先行きは)緩やかな回復が期待される」とあり、危機感は伝わってこない。

     安倍首相は首脳会議で唐突に4枚の資料を提示した。世界経済の現状が「リーマン・ショック前に似ている」ことを示すためだった。

     例えば、リーマン・ショックの前に世界経済の成長見通しが下方修正されていたというデータと、成長見通しが連続して下方修正された最近のデータが並べてある。危機の再来を警告したいのなら、前回の危機の原因となった事象が今回も起きていることが示されるべきだろう。

     結局、安倍首相がこれほど「リーマン級の危機の再来」にこだわったのは、来春に予定される消費増税を再延期するためとしか思えない。

     2014年に増税延期を表明した際、首相は「リーマン・ショックや東日本大震災」のような重大事がない限り再度の先送りはしないと明言した。そこで再延期にあたって、リーマン・ショックとの類似性を探し出し、「危機」の空気を醸成する必要性に迫られたのではないか。

     危機回避でG7が一致したから、日本も率先して貢献しなくてはならない。追加の財政出動が必要で、増税などもっての外だ、といった論理を導き出そうとしているようだ。

     G7で議長国の意向が強く反映されることは珍しくはない。ただその場合でも、G7全体や地球規模の利益が追求されなくてはならない。アフリカの貧困対策や気候変動、テロ対策といったものである。

     増税は先送りしたいが、自らの経済政策が失敗だと非難されるのも困る。首相としては増税再延期の仕掛けにG7サミットの活用を考えたのだろうが、そう受け取られること自体、日本の信用を損なう。

     世界経済に懸念材料があるのは確かだ。その一つが中国経済である。G7としてなすべきことは、急速に増える債務について中国と情報を共有し、危機的な事態となった場合、速やかに協調行動が取れるような枠組み作りを急ぐことではないか。

     もう一つの大きな不安材料は、他ならぬ日本である。首脳宣言は、各国の債務を持続可能な水準に抑える必要性に触れている。G7中最悪の借金大国である日本が、財政出動や消費増税の再延期を選択することこそ、大きなリスクとなる。

    中露対応でも温度差が

     政治分野では、ロシアと中国への対応が議論の中心となった。

     武力を背景にクリミア半島を自国領に編入したロシアと、南シナ海などで強引な海洋進出を進める中国の問題は、「力による現状変更」という共通点を持つ。

     ただ、総論では一致しても個別の対処方法では食い違いが残った。

     ロシアへの制裁をめぐり強硬派の米英と、ロシアから資源供給を受け制裁緩和論が国内にある独仏伊や、北方領土問題を抱える日本との間の温度差だ。首脳討議は白熱して結論に至らず、首脳宣言は制裁継続か解除かはロシアの対応次第という昨年の文言を踏襲せざるを得なかった。

     中国に対しては、日米が厳しい姿勢で臨むべきだと主張した。しかし、英仏などはビジネスパートナーとして中国を重視している。首脳宣言は中国への名指しを避け、米軍が実施している航行の自由作戦を含めた対抗策にも踏み込まなかった。

     米国の相対的な影響力の低下で民主的な国際秩序は揺らいでいる。その動揺をどう抑制するか。国内事情によってG7も一枚岩ではない難しい現状が浮き彫りになった。

     安倍首相はG7が「自由、民主主義、人権、法の支配という基本的価値を共有する」国々の集まりである点を力説する。その通りだが、価値を共有していないとみなす国家を排除するだけではいけない。

     9月には新興国も含めた主要20カ国・地域(G20)の首脳会議が中国を議長国として開催される。アジアで唯一のG7加盟国であり、今回のサミットを主催した日本には、G7の基本的価値をさらに新興国へと広げていく特別な役目があるはずだ。

    毎日新聞のアカウント

    話題の記事

    アクセスランキング

    毎時01分更新

    1. 伊勢志摩サミット 「リーマン級」に批判相次ぐ
    2. ストーリー 脳腫瘍の16歳、作曲支えに(その1) 瞳輝くメロディー
    3. 住居侵入 福山雅治さん方に 容疑のコンシェルジュを逮捕
    4. 八代市役所 外壁に落書きの47歳男再逮捕 熊本県警
    5. 米大統領広島訪問 平岡・元広島市長「何をしに来たのか」

    編集部のオススメ記事

    のマークについて

    毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです

    [PR]