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大統領のすべての外交演説を書く男、ベン・ローズ――文学青年はいかにしてオバマ側近のトップにのぼりつめたのか

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大統領の意思の強力な延長

オバマと同じように、ローズは優れた物語の語り手である。
彼は政治的な話題を語るときも、しばしば小説家のような手法を用いる。

彼の書く筋書きはみごとなものだ。注意深く選んだ形容詞、引用文、実名および匿名の政府高官からの漏洩情報などをどっさり盛り込んで裏付けしながら、英雄と悪党、その葛藤と動機、というテクニックも駆使して原稿を練り上げる。

ローズはオバマの外交政策物語の優秀な作者であり、セールスマンである。
SNSの「津波」が伝統的な報道関係者の「砂の城」を洗い流してしまうような現代にあっても、彼の存在は重要だ。
時代の舵取りをしながら新しい環境を形作っていくという彼の才能は、政策顧問、外交官、あるいはスパイ、これらの集団のどこにも存在しない。
その才能はローズ自身を「大統領の意思の強力な延長」という存在に引き上げた。

ただし、ローズには経験が欠如している。
通常、諸国の運命を左右するような責任を司る者ならば、その前提条件となるような経験をしておくのが普通だ。だが、ローズは軍人や外交官として勤務をした経験もない。創造的作文法の修士号はあるが、国際関係論の修士号などは取得していない。
その事実は、いまなお驚くべきことである。

ローズの影響力を部分的に説明するものは、彼の大統領との「マインド・メルド(脳と脳を結ぶ通信)」である。

私がローズについて取材した人はほとんどみんな「マインド・メルド」という言葉を使った。
ある者は確信を持って堂々と、またある者は声をひそめて。

ローズは大統領のために考えるのではない。大統領が何を考えているのかわかるのだ。
それが彼の圧倒的な力の源となっている。
ある日、ローズはオフィスで私にこう告白した。

「どこから僕が始まり、どこでオバマが終わるのか、もやはわからないんだよ」

デジタル時代の外交ルールを書き換える

一般教書演説の開始前、ローズはオフィスに立って、イランの案件をどう処理するか、高速で政治的な計算をはじめる。
結果はすぐにはじき出せたようだ。彼は代理人のプライスのほうを向いて、「我々はこれをもう解決しつつある。なぜなら、我々には親密な関係があるからだ」と語る。

プライスは、政府が充分に関係を深めたネットワークに向けてキーボードを叩きはじめた。
彼は、官僚、ニュース解説者、コラムニスト、新聞記者、評論家などに向けてツイートをするのだ。そして、そのストーリーを「ホワイトハウスの高官」や「報道官」からのコメントとして“いい感じ”に調整し、記事にすることのできる外部の支持者たちに送るのである。

ローズの頭脳から飛び出したメッセージはプライスのキーボードを経由して、ホワイトハウス、国務省、そしてペンタゴンの3大ブリーフィング演台で報道される。
そしてツイートも世界を駆け巡り、無数の加工をされて拡散され、5時間後にはメジャーな媒体でも編集され報道される。

それはデジタルニュースによるマイクロ・クライメット(微小気候)を制作する際のチュートリアル(個別指導書)である。
異常気象が発生したら気候の情報は間違いになりやすいものだが、いま私の隣に座っているのは、そのマイクロ・クライメットの制作者なのである。

ローズは、イランに対して悪態をつきながらコンピューターにログインする。
プライスはキーボードから目を上げ、最新の情報を提供した。
「奴らが10人の米国人を監禁しているということを考慮すれば、僕らはうまくやっているよ」

大統領の演説まであと3時間となった。
ローズは大きなゲータレードを片手にもち、演説原稿を綿密にチェックしはじめる。私は彼の肩越しに覗き込む。これから何日も何週間ものあいだ、多くのサム・サッカー(親指しゃぶりをやめられないような幼稚な大人)を生み出すであろう「大きな物語」の意義を知るために。

ローズによって書かれた一文を引用しよう。

「我々は IS(いわゆる「イスラム国」)を破壊することに焦点を合わせているので、『これは第3次世界大戦だ』というような誇張されすぎた主張をすると、奴らの思うツボだ」

彼はある言葉を打ち直し、すぐもとに戻した。

「小型トラックの荷台に乗っている大勢の戦闘員は、アパートやガレージで犯行計画を立てている魂のねじれた者たちだ。彼らは一般人をとてつもない危険にさらしているので、阻止されなければならない。しかしながら、彼らは我々の国の存在を脅かすことはできない」

ローズの仕事を見ていると、「彼はやっぱり物書きなのだ」と思わせられる。
彼は新しいデジタルのツールを駆使し、同時に古くからの創作手法も使いながら、想像できうる限り一番大きなページに、偉大な成果の物語を書こうとしているのだ。

彼は政府高官、コラムニスト、レポーターたちを巧みに操作し、まるで腹話術師のように語る。
そして大統領自身のスピーチや論点さえも、ローズと大統領が過去7年間にわたってともに描いてきた巨大なビジョン、すなわち「我々は誰で、どこに向かっていくのか」を描いた絵画における、小さな色付きの点に過ぎないのだ。

オバマの2008年のキャンペーン時の筆頭スピーチライターであり、またローズの親しい友人でもあるジョン・ファヴローに、こうした解釈を尋ねたたところ、「それが我々の仕事のすべてと考えていた」と答えてくれたた。

私は最近ハリウッドでも取材するようになったが、そこで気付いたたことがある。
それは、ローズがホワイトハウスで演じる役は『ウエスト・ウィング』や『ハウス・オブ・カード』のような政権内部を描くドラマにおける、どの特定の役柄とも似ていないということだ。
もしかしたら、ローズは番組を作る人々のほうに似ているかもしれない。そして多くの放送作家と同様に、ローズ自身も自分を小説家の1人に加えられることを望んでいる。

そこで彼にこう聞いてみた。

「いま、あなたが生きているこの物語はどのような小説ですか。8ヵ月後にはここから出なければならないのですが、そのときには『ああ、何てことだ』といった感じの描写になるのでしょうか」

ローズはこう応じる。
「誰がその小説の作者になるの?」

聞き返してみる。
「あなたがいま演じている人物は?」

「ドン・デリーロ(『アンダーワールド』作者)だと思う。君がドン・デリーロのことをどう思うかわからないけれど」

「私はドン・デリーロをとても好きですよ」

「ドン・デリーロは巨大な歴史の潮流と、非常に特殊なパワー・ダイナミックスとの両方と駆け引きしている唯一の作家だと思う。そしてその駆け引きを続けることが、2016年の合衆国の外交政策決定組織で働くということなんだ」

過去7年間の大きなニュースをいくら追いかけても、そこにベン・ローズの名前を見つけることは少ない。
彼は目立ちたがり屋ではないし、大統領に献身的だから、表に出ないようにしているのだ。
だが、取材を通じてローズの声の特徴に耳が慣れてくると、どこにいてもすぐに彼の存在を関知できるようになった。

ローズは、大統領の妨げになるものに遭遇すると、それが何であっても、攻撃的で侮蔑を帯びた声の調子に変わるのだ。

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