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ライブダンジョン! 作者:dy冷凍
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 ギルド受付の隣にある鑑定室の更に先。努は初めて踏み入れる場所に少しドキドキしながらも受付の男に付いていく。


「ここだ。話は中でしてくれ。」
「はい」


 そう言うと受付の男はノックをした後に扉を開いて努たちを招いた。おずおずといった様子で努は部屋に入る。

 恐らく応接室のような部屋の内装は高級そうなソファーの間に机があり、不可思議に光る観葉植物が左右に置かれている。そのソファーに姿勢正しく座り込んでいる女性は、三人が入ってくると丸々とした狸耳をピンと逆立てた。

 白いシャツにスーツのような黒い服を羽織っている彼女は、何処かおっとりとした雰囲気を纏っていた。ソファーの隣に置かれている大きな尻尾は手入れされているのかつやがあり、触ったらさぞふかふかなのだろうなと努はそんな感想を抱いた。


「三人を連れてまいりました。それでは私はこれにて」
「ご苦労さまです~」


 退室した受付の男を彼女は間延びした声で見送った。努は座っていいものかと思慮している間にエイミーが先陣を切ってソファーにかけ、机に置かれた冷たいお茶をゴクゴクと飲み始めた。狸人の女性はそんなエイミーに何処か憧れているような視線を向けていた。

 ガルムに目でソファーの真ん中に座るよう誘導された努はエイミーの隣に座る。ガルムは努の右隣に座った。


「で、あんた誰? ソリット社の人って聞いてるけど」
「は、はい~! 初めまして~! 私はこういう者です~!」


 狸人の女性はソファーの横に置かれている大きい茶色の尻尾をゆらゆらと動かしながらも、名刺を取り出して三枚机に置いた。努は白い綺麗な紙に達筆な字で書かれた名刺を見た。


「ソリット社所属のミルルといいます~。よろしくお願いします~。まずはお二人共四十階層突破おめでとうございます~。お二人のご復帰は皆待ち望んでいたのです~」


 ニコニコとしながらお辞儀をしたミルル。シャツから覗く大きな谷間を努は何とか見ないようにしつつもお辞儀をし返した。

 ミルルの物言いにエイミーは拗ねたように猫目を細めて茶菓子を口に入れる。


「その割に取材に来るのは遅かったね」
「それはギルドに取材を拒否されていたからなのですよ~。ソリット社としましてもお二人がダンジョンに潜られたという情報は掴んでいたのですが、ギルド長の権限で立ち入りを禁止されていたのです~」
「へー。で、なんで今日は来れたの?」
「お二人のシェルクラブとの戦いが9番台に映られたからです~。それで民衆に署名運動をして頂いてようやく取材に漕ぎ着けることが出来たのです~」
「へぇ! 私たちギリギリ一桁台に乗ってたんだね! 知らなかった!」


 9番台。あのカメラのことかなと努は思い出しながらもお茶の入ったコップを手にして飲んだ。深みの感じる濃いお茶にこれ高そうなと努は思いつつも目を輝かせているミルルを見た。


「はい~! お二人の活躍を見て皆感動していましたよ~。それにあの狂犬のガルム様と乱舞のエイミー様が組んでいますからね~。最高階層を競い合っていたクランに所属していたエース二人! その二人が今度はPTを組んで共闘ですよ~! 9番台とは思えないほどの白熱ぶりでした~。今回は本当におめでとうございます~」
「狂犬……?」


 いぶかしげに首を傾げた努にミルルの目がスッと細まった。


「もしかして貴方、知らないのですか~? 二年前に悪質で愚劣な犯罪クランを次々と半殺しにして掃討――」
「私の昔の話など、今はどうでもいい。それよりも早く話を進めたらどうだ」
「あわわ~! すみません~!」


 ガルムが不愉快そうに腕を組んで睨むとミルルは慌てたように持っていた紙をわしゃわしゃと散らした。ガルムは鼻を鳴らして視線を外すと落ち着いた彼女はふくよかな胸に手を当てて深呼吸し始める。


「ソ、ソリット社としましても、お二人の復帰には大いに歓迎しております~。民衆たちも大喜びなのです~」
「いや、私たち復帰したわけじゃないんだけどね」
「えぇ~!? そうなのですか~? エイミー様とガルム様の復帰は皆待ち望んでいるのですよ~。ソリット社は勿論、私個人としましても昔からファンなのです!」
「あ、そうなのー? 握手しよっか?」
「いいのですか! 是非是非!」


 身を乗り出したミルルはエイミーの伸ばされた手をガッと掴んだ。営業用のような笑みを浮かべているエイミーを他所に努は思考する。


(ソリット社ね……)


 努が現在幸運者ラッキーボーイと言われている原因の一つである新聞記事。それを書いたのは新聞社で一番古参であり影響力が一番強いソリット社である。

 誰が書いたかまでは知らないが努はソリット社に対してはあまり信用を置いていなかった。しかしここで顔に出すのも子供みたいなので努は微笑を貼り付けたまま応対する。


「ありがとうございます~。これは家族に自慢出来ます~。あの、良ければガルム様も……」
「……またの機会にしてくれ」
「そ、そうですか~。失礼致しました~。えっとですね。それでは今回は浜辺攻略のインタビューと、今後お二人が探索者に復帰されるかなどを詳しくお聞きしたいのです~。あと写真も何枚か撮らせて頂きたいのです~」
「……なるほど。お時間はどれくらいかかる予定ですか?」


 なんでお前が答えるんだ、といった視線を努はミルルに投げかけられたが、それも一瞬で彼女はすぐに受け答えした。


「大体三時間ほどを予定しています~。撮影の魔道具の搬入作業と準備にそれぐらいかかると思いますので~」
「そうですか」


 三時間。それだけあれば経験値と魔石がどれだけ稼げるかを考えて努は思わず心の中でため息をつきつつも、気軽に断れる話でもないと考えていた。ソリット社はこの迷宮都市では大きな影響力を持っている。取材を断ってもいいことなど努の気持ちが少し晴れるくらいしかない。

 努は両隣の二人に取材を受けても大丈夫かと告げる。


「私は別にいいよー。努が良ければ!」
「私も構わない」


 二人の返事を聞いて努は仏のように笑っているミルルに対して取材を受けることを伝えた。


「そうですか~。ありがとうございます~。ではまずお二人の復帰についてですが――」


 ミルルのインタビューはそれから二時間ほど続いた。


 ――▽▽――


 インタビューと写真撮影も終わりエイミーは満足げに、ガルムは少しぐったりしていた。今は記事内容の最終調整をしているのか、ミルルはペンを持ちながらエイミーと和気あいあいと喋っていた。


「私のオススメは断然魚住食堂ね! ここ紹介しといて!」
「わっかりました~!」


 まだまだ元気の有り余っているエイミーに苦笑いを零しつつも、努は凝り固まった身体を解すように腕を前に伸ばした。パキパキと小気味よい音が響く。

 インタビューはガルムとエイミーが主軸。努は一言二言話したくらいだ。置物と化していた努はようやく終わりを見せた取材に安堵していた。

 取材が終わったら今日は自分のレベリング。さっさと浜辺でフライを覚えるレベルまで上げないとなと努が考えていると、エイミーが突然一石を投じた。


「そういえば努のインタビュー少なくない? PTリーダーなんだしもっとあっていいと思うけど」


 何故か気が利く私凄い、みたいな顔をしているエイミーに努は頭を抱えそうになった。彼女は努をヒーラーとして認めてから態度が柔らかくなったが、それはそれで余計なトラブルを引き起こすことがある。ミルルはエイミーの言葉を聞いて努のことを一瞥いちべつした。

 探索者ほど露骨ではないがミルルの視線には侮りのような色がうっすらと見える。努が居心地悪げにしているとミルルは視線を外した。


「そうですか~。しかしPTリーダーと言っても白魔道士ですからね~。お聞きすることはあまり無いと思いますよ~」
「ちっちっち。ミルルちゃん。うちの白魔道士は他のとはちょっと違うんですなぁ~?」
「それを最初に知らずに大恥をかいたのは何処の誰であろうな」
「ガルムうるさいっ!」


 噛み付くようなエイミーの言葉にガルムはそっぽを向いた。ミルルはそんな二人に困惑の表情を投げかけた。


「どういうことですか~?」
「努のヒールはね。飛ぶんだよ! ぎゅんって!」


 車のおもちゃで遊ぶ子供のような手振りで説明するエイミーに、ミルルは少し曇った笑顔のまま話を聴き続ける。


「モンスターと戦ってる時に怪我をしても努はすぐに回復してくれるんだよ! 支援スキルもずっと背中にポンポン当ててきて切らさないし!」
「は、はぁ」
「それにあの無駄に頑丈なガルムをね。あれ、タンクっていう盾の役にするのを考えたのも、ツトムなんだよ! そのおかげで私がいっぱい攻撃出来るの!」
「そ、そうなんですか~。ツトムさんも凄いのですね~」


 明らかに棒読みな賞賛の言葉に努は何だかいたたまれない気持ちに襲われた。そんなミルルの様子を知らずにエイミーは明るい声で進言する。


「だからツトムのことをもっとインタビューしてよ! ね!」
「うーん。でも記事の空きがもうほとんどないのですよ~。また今度お伺いするというわけにはいけませんかね~?」
「えぇー! じゃあガルムのところ削ろっ!」


 無邪気にインタビュー内容を指差すエイミーにガルムが突っ込もうとするも、彼はすんでのところで踏みとどまった。ミルルはエイミーの申し出に心底困り果てたように目を瞑った。


「……正直な話をしますとね? 彼の記事よりもガルム様の記事の方が絶対売れるのですよ。ガルム様は婦人方や子供に人気があるので普段新聞を買わない層も買ってくれると思うのです。ですからガルム様の記事を削るのはちょっと……」
「えぇー? あんな奴の何処がいいんだろうね」
「私から見ましても人気の理由はわかりますよ。あのすらっとした長身に射抜くような鋭い目つき! しかしその見た目に反しとても紳士的! 孤児院にも積極的に通って寄付活動などを行っていますし、治安維持にも一役買って警備団からも一目置かれています!」
「…………」


 ミルルの力説を聞いて努がガルムに生暖かい目を向けると、彼は大きい黒い尻尾で自分の顔を隠した。エイミーはミルルの言葉をつまらなそうに聞き流すと腕を組んだ。


「うーん、……まぁそっちも売上あげなきゃいけないしね。しょうがないなぁ。それじゃあ私の記事削っていいよ?」
「そんな! エイミー様の記事を削るなんてとんでもない!」


 エイミーの申し出にミルルは両手を振ってソファーの横に置いてあった尻尾を立てた。努はもう何だか見ていられなくなったので横から口を挟んだ。


「あの、記事内容はそのままで結構です。そろそろダンジョンに潜らなければいけないので、そろそろお引き取り頂いてもいいですかね」
「あ、は~い。時間もそろそろ終わりですしね~。ありがとうございました~」


 努の申し出に快く応じたミルルはいそいそと紙やペンをバッグへとしまい始める。そんなミルルを見てエイミーは口をへの字に曲げながら努の傍に寄ってきた。


「えー、ツトム何で!? ソリット社にツトムの功績が載ったらさ……あの二つ名もなくなるかもしれないよ?」


 エイミーの全く裏を感じない言葉に努は嬉しく思いつつも、今この二つ名を失うと階層攻略が詰むのでどうやってエイミーを説くか頭を捻らせた。するとガルムが軽蔑するような視線をエイミーに向けた。


「ふん。確かにあの二つ名無くなったら貴様はツトムに従う理由がなくなるものな。必死にもなるわけだ」
「……ちょっと待って! そんなの私忘れてたから! 今の無し! 無しね!」
「わかってますよ。それに無くなったとしてもあの契約でPTに留まらせるので大丈夫です」


 努の変わらない笑顔にエイミーはホッと胸をなで下ろした。後ろでその話を聞いていたミルルは一瞬怪しく目を輝かせつつも三人に声を掛けた。


「それではこれで失礼します~。今日は取材にご協力頂きありがとうございました~。取材料金はギルドに振り込んでおきます~」
「あ、うん! ミルルちゃんお疲れ様!」
「はい~。エイミー様のために私、がんばりますね~」


 何か使命感にでも目覚めたような顔でそう言い残して出て行ったミルルを見送った努は、ぐでんと座り心地の良いソファーに背を預けた。何だか今日はこのまま休みにしてもいいとも思ったが、レベリングくらいは行くかとソファーから身体を跳ね上げた。


「それじゃあ改めて浜辺に行きますか。お世話になります」
「うん! 目指せシェルクラブ討伐!」
「階級主まではいかないですからね」


 エイミーの振り上げた拳に努はどうどうと押さえつけた後に応接間を出た。
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