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ライブダンジョン! 作者:dy冷凍
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(お腹空いたな)


 カミーユが復活してから三時間ほど火竜と戦い続け、努はふと空腹を覚えた。ガルムの崩れないタンクに指示をよく聞いてくれるアタッカー。そんな二人のおかげか努はそんなことを思えるくらいには余裕があった。

 フライで飛びながら大剣を構えて火竜の様子を伺っているカミーユ。火竜の攻撃を受けることに慣れ始めてからは余分な力を抑えられ、目に見える疲れは見せていないガルム。一度火竜の細長い尻尾に捕まって岩場に叩きつけられて腕を骨折することがあったが、それ以外は大した被弾もなく立ち回れている。

 細瓶に入った青ポーションを半分ほど飲んだ努はガルムを休ませるためにバリアを張りにいく。おおよそ一時間に一度青ポーションを半分消費で、あとは自然回復で精神力は事足りている。

 マジックバッグから準備していた水筒に塩飴を取り出してガルムに渡す。それらを彼が口にしている間に汗でじっとりと濡れた頭を努はタオルで軽く拭いてやり、そのタオルで風を送る。

 火竜が体当たりでバリアを破壊して迫る。努はメディックをかけた後にその場を離脱する。そしてガルムがウォーリアーハウルを使い火竜のヘイトを稼ぐ。

 基本的には大盾で全ての攻撃を受け、踏みつけや噛み付きだけは避ける。時々隙を見つけては前足を中心に剣を当てるガルム。そして努が手でカミーユに指示を出すと彼女は火竜に飛んで近づき、大剣で尻尾を切り落とさんとしている。

 火竜の攻撃の中でも尻尾での拘束。ガルムがそれに捉えられてからはそれが危険だと判断した努は、カミーユに尻尾を狙うように伝えている。火竜の尻尾の根元は鱗が厚いため中々傷付けることが出来ないが、それでも二時間の間定期的に攻撃を加えつづけているのでその硬鱗こうりんもひしゃげてきている。

 もしカミーユが龍化を使っていれば既に斬れていただろうが、現在彼女は龍化を使えない現象に陥っていた。やはりまだ火竜に対して恐怖があるらしく、発動できないとのこと。

 せっかく練習していた置くヘイストが使えないことに努は落胆し、更に龍化込みで作戦を立てていたので正直言えば口惜しい。しかし申し訳なさげにしているカミーユを責める言葉などは口に出来ず、彼は笑顔で大丈夫だと伝えた。

 実際元々のアタッカーはエイミーで突破しようとしていた火竜だ。そう考えれば龍化無しでも火力は上がっているのだからマシだと、努はポジティブ思考で気持ちを切り替えた。

 そう努に言われたカミーユは自分自身がとても情けなかった。現在尻尾へ攻撃を行っているカミーユは歯を食いしばる。二人に比べ、自分はなんと不甲斐ない。その気持ちで一杯だった。

 現在もガルムがきちんと火竜を引きつけてくれているおかげで、カミーユのみを狙った本格的な攻撃はまだ一度もされていない。尻尾で払われたり後ろ足で蹴られそうにはなっているものの、火竜の視線はガルムにほとんど釘付けだ。たまにその視線が努やカミーユへと移ってもガルムがすぐにヘイトを稼いでくれている。

 仲間とは。こんなに頼もしいものだったのかと、カミーユは巨大な大剣を振り下ろしながら思った。

 先日の大量のモンスターに襲われた峡谷での四連戦。カミーユは三連戦目でPTがもう崩れると思い、後先を考えずに龍化を行い全力で戦った。しかしガルムは大量のモンスターを引き付け、いくら攻撃を受けても倒れない。努は支援スキルを全く絶やさず、しかも傷を負って一呼吸する頃には回復してくれる。結果、カミーユの予想は裏切られて誰一人として死なずにあっさりと四連戦を突破してしまった。

 こんなにも仲間が頼もしいと思ったことは、カミーユはダンジョンに潜った当時から今までで一度もなかった。カミーユに取って仲間とは、自分の進む道に付いてこれる者たちのことだった。

 龍化した彼女の隣に並べる者など今まで誰一人としていない。常に自分が先陣を切り開き、そこに仲間が付いて来る。それは彼女の夫ですらそうだった。そして彼女は誰よりも名誉を手に入れ、酔いしれた。そしてそれをPTメンバー、クランメンバーと分かち合っていた。

 しかしそれを本当の意味で分かち合うことの出来る者は、いなかった。彼女はクランの中心でありアタッカーのエースであったが、同時に孤独でもあった。背中を追ってくれる仲間はいても、任せられる仲間はいなかった。

 しかし今はそれを分かち合えるかもしれない仲間がいると、カミーユはあの四連戦を経て感じていた。

 だがそういう風に感じていたにも関わらず、火竜を目の前にした途端に彼女は二人を信じられなくなった。あんな化物に勝てるはずがないと子兎のように自分が震えている中で、二人は平気な顔で火竜と渡り合った。そして不甲斐ない自分を引っ張ってくれた。

 龍化が出来ない。カミーユがそう言うと努は笑って平気だと手を振った。そして彼の言う通りもう長い時間火竜と戦えている。彼女はそのことに安心すると共に、惨めさ。悔しさを感じていた。

 ガルムはもう何十と火竜に吹き飛ばされ、一度は火竜の尻尾に拘束されて大きな怪我を負った。しかし彼は折れる気配もなく強大な火竜に立ち向かっている。

 努もそうだ。カミーユの仕事であった水晶割りを代わりに難なく実行し、今も火竜の動きを見ながら支援スキルを絶やさない。足を引っ張っているのは自分だけだ。それでいいのかと彼女は自分を奮い立たせた。

 後ろを走って付いてきていた仲間。しかし今は隣を仲間が走っている。

 ならば自分も立ち止まるなと、彼女は口にする。


「龍化」


 カミーユの身体に張り付いている赤鱗から赤い光が溢れ出す。今までのような淡い光ではない。力強い太陽のような光だった。

 赤の髪と瞳は深紅に染まる。背中からは赤の翼が息を吹き返すように姿を見せた。カミーユは身体に篭った力を解放するように叫び、火竜の尾へ大剣を振り下ろす。


「あああああぁぁぁぁあああぁぁ!!!」


 振り下ろされた大剣はひしゃげた鱗を押し破る。突然の力強い攻撃に火竜は後ろのカミーユへ振り返る。しかしカミーユはもう、火竜の視線に怯むことはなかった。


「パワーァァスラッッシュぅぅ!!」


 両手で握った大剣を再び上に掲げ、振り下ろす。余波が彼女を中心に広がった。大剣が尾を突き破る。押し切るように肉を裂く。大剣が地を叩いた。

 火竜の長い尻尾は見事に切断され、火竜は初めて受けた激痛に怯んだ。這いずるように身体をくねらせてその場から移動する。


「メディック。ガルム! ヘイト稼ぎ頼む!」
「コンバットクライ」


 尻尾の根元からだくだくと血を流している火竜は自身のブレスで傷跡を焼いた。痛みにくぐもるような声が響く。そして金色こんじきの目を忌々しげに血走らせる。

 この小さき者どもは自身を害することの出来る敵であると、火竜は認識した。

 尻尾を断ち切ったことによりカミーユは火竜のヘイトを大分稼いだ。これ以上ヘイトを稼がれては困るので狂化状態を解除させるため、努は止まっている彼女にメディックを飛ばした。そしてガルムはコンバットクライを火竜に飛ばすも、敵意はカミーユから離れない。

 しかしカミーユは努から飛んできたメディックをひらりと横へ避けた。そのことに努が驚いてもう一度メディックを打とうとする束の間、彼女は努に向かって手を振った。


(……意識が、あるのか?)


 龍化はLUK()を除く全ステータスを引き上げる代わりに狂化状態になってしまう。それがカミーユに言われたユニークスキル、龍化の効果で、努も自分の目で見てそれを確認してきている。龍化状態のカミーユは少し意識が残っているものの、言葉に受け答え出来るほどの意識など今まではなかった。

 しかし彼女は心配いらないとでも言うように遠くでジェスチャーをしていた。そして尾の傷口を塞いだ火竜は二足で立ち上がり、飛んでいるカミーユを喰らわんと移動し始める。

 額の水晶を割って飛行能力を削いだとはいえそれは継続した飛行能力であって、火竜が全く飛べなくなったわけではない。爪を岩場に突き刺しながら崖を登った火竜は壁を蹴りあげ、空中にいるカミーユへと襲いかかる。

 カミーユは空を蹴り上げるように急降下してそれを避けて地上へ向かう。水平に翼を広げた火竜は空を舞いながらも地に向かったカミーユを追いかける。


「コンバットクライ。ウォーリアーハウル。シールドスロウ」


 努に青ポーションの使用を許可されたガルムはそれを半分飲み下した後、自身の身体から赤の波を火竜へ打ち付けるように放った。そして盾を鎧で打ち鳴らして震わせた後、まだ震えている盾を火竜の顔目掛けて投げつける。

 ウォーリアーハウルの音響を乗せた盾は火竜の頭の角に当たり、火竜の聴覚が揺さぶられる。全て精神力を最大に込めたためガルムは倦怠感を覚え、青ポーションでそれを解消した。


「ブレス!」


 火竜は空から息を吸い込んだ後、地面へ炎を撒き散らしながら着地した。ガルムはそれを火装束で防ぐが火竜の着地の際に巻き起こった風圧で火装束が捲れ、ブレスを少し身に受けてしまう。

 しかしガルムのVITはプロテク込みでA。火装束無しでブレスを受けても彼は何とか動ける程度には耐えることが出来る。ガルムは火傷を負った頬を気にせずフードを払って大盾を構える。


「ヒール」


 ガルムの火傷を努のヒールが癒す。尻尾がほぼ無くなった火竜は身体のバランスが崩れているのか二足歩行が少し覚束無い様子だった。火竜の視線はまたガルムへと釘付けになっている。

 努はガルムにプロテクをかけた後、まだ龍化状態を維持しながら地に降りているカミーユに近づいた。努に気付いたカミーユは笑顔で彼を迎える。


「えっと、僕の言葉わかりますか?」
「なんだ、馬鹿にしてるのか? 私が言葉をわからないはずがないだろう」
「いやいや、龍化中ですよね? 何で喋れるようになってるんですか?」
「わからん。だがいいだろう?」
「戦闘中に進化していくのか……」


 本当に戦闘民族みたいだな、と努は心の中で思いながらガルムも視界に入れられる位置に移動する。カミーユは嬉しそうに両手を広げてからぐっと閉じた。


「多分、二人のおかげだな。ありがとう」
「なんですかそれ」
「いや、なんでもない。それよりも、まだ駄目か? もういいんじゃないか? 早くこの力を試してみたいのだが」
「メディック」
「あぁ!!」


 物騒なことを言いながら息を荒げて近寄ってきたカミーユに、努は取り敢えずメディックをかけた。メディックをかけると龍化状態が解けるのは変わらないようで、カミーユの輝いていた赤鱗の光は収まった。背の翼は真っ黒になって抜け落ちる。


「あぁ……。終わってしまった」
「いやいや、いきなり龍化して尻尾ぶったぎるとかなに考えてるんですか。びっくりしましたよ。心臓に悪いです」
「……もう少し褒めてくれたって」


 拗ねたように大剣を地面に差したカミーユに努はガルムを横目で確認しながらも、少しだけ嗜虐的しぎゃくてきな視線を向けた。


「最初に震えてお漏らしてたのがなければ褒め称えたんですがね」
「た、確かに震えてはいたが、漏らしてないからな! ほら!」


 革のズボンを引っ張って見せてくるカミーユを無視して努はヒールを飛ばし、ガルムの左手へ当てる。なおもしつこく見せてくるカミーユをはいはいとなだめた努はカミーユに指示を出す。


「あと三分ほどしたらまた龍化をお願いします。次は翼狙いでお願いします。一応あの龍化はたまたま出来たということも考えられるので、龍化して意識があったらこっちに手を振って下さい」
「……わかった」
「あれ? ズボン、湿ってません?」
「汗だよ! これは汗!」
「あっはい」


 努に指摘され焦ったようにまたズボンを押さえたカミーユ。努は気を使うように彼女から離れて少しガルムと距離を縮め、最善のサポートをしようと気を引き締めた。
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