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大統領のすべての外交演説を書く男、ベン・ローズ――文学青年はいかにしてオバマ側近のトップにのぼりつめたのか
From The New York Times Magazine(USA) ニューヨーク・タイムズ・マガジン(米国)
Text by David Samuels
PHOTO:JOSE JIMENEZ / PRIMERA HORA / GETTY IMAGES
イランとの核合意、キューバとの国交回復、シリア介入の撤回など、オバマ外交を代表する重要な決断において、大統領の発言をすべて「執筆」した男がいる。38歳の大統領副補佐官(国家安全保障問題担当)にしてスピーチライター、ベン・ローズだ。
若くしてオバマの側近中の側近となった彼の人生を追い、彼が残した「小説」を引きながら、世界を変える外交政策を紡いでいくその思考の軌跡も再現する、大型ポートレート記事の全訳をお届けする。
地下鉄のなかで泣いている男
2001年9月11日、ある若い男がノース・ウィリアムズバーグの海辺に立っていた。
その日は、ニューヨーク市の選挙の日でもあった。
彼は、旅客機が超高層ビルに体当たりするのを見た。ありえない、それでいて忘れることのできない瞬間だった。
そしてパニック、ショック、そして終わることのない恐怖がやってきた。
彼はドン・デリーロの小説『アンダーワールド』の表紙を思い出していた。
こうして、すべてが変わった。
だが、変わったもののなかでも、「彼」──ベン・ローズの人生の変化は、「事実は小説より奇なり」を地でゆくような、ユニークなものであった。
ベン・ローズはニューヨーク大学の美術学修士課程の2年目であり、半地下アパートに住んでいる人生の敗者たちを描いた短編小説を執筆しているところだった。
彼はその作品に自信を持っており、これは文芸誌に採用されるだろうと考えていた。掲載されたらマネージャーを雇い、26歳になるころまでには単行本を出して──そんな想像にふけっていたのだ。
彼は最初のタワーが倒れるのを見た。
その後しばらく、誰か知っている人に遭遇するまで、ひたすら街を歩きまわった。ようやく会えた友人とウィリアムズバーグのシェア・アパートに戻り、映るテレビを探した。
再び外に出ると、みんなが炎に包まれた2棟の超高層ビルの写真を撮っていた。
地下鉄に乗ったら、アラブ人の男が泣いていた。そのときのことを回想して、ベン・ローズはこう語る。
「あのイメージは、いつも僕の脳裏に焼き付いて離れなかった。どうしてかというと、あの男はその後に起こるであろう悲劇を、我々よりもずっとよく知っていたからだと思う」
そして突然、小説を書くことが時間の無駄であるかのように思えてしまった。
「急にこう思ったんだ。『僕は国際情勢について書いてみたいんだ』って。いま振り返ってみると、僕はそれがどんなことを意味しているのか、全然わかっていなかったんだけどね」
ローズの母親の親友は、カーネギー国際平和基金を運営しており、のちに外交専門誌「フォーリン・ポリシー」の出版元も経営していた。彼女に売り込むことにしたローズは、ベロイト大学の文芸誌に掲載された自らの短編小説を手紙に同封した。
その題名は、『金魚が微笑む、君は微笑み返す』だった。結果的に唯一出版されたものである彼の物語は、いまでもローズの小さな悩みの種である。なぜなら、「あれが、その後の自分の人生全体の予兆となった」からだというのだ。
オバマの主要外交演説のすべての「共作者」
オバマ大統領の最後の一般教書演説の日、2016年1月12日のことである。
大統領執務室や秘書室などがあるホワイトハウス西棟では、最も優秀なスタッフたちが、午後早い時間に、ここで大統領とプライベート・ランチをとっている。
彼らは、ホワイトハウス専属シェフのメニューのなかでも最高といわれる食事をとりながら、大統領の年次報告書を点検するのである。
西棟には記者が詰めかけ、大統領からのニュースを待ち続けている。
「ブリッツァー!」
大声で男が呼ばれた。長い濃紺のカシミア・コートに身を包んだ小柄な人物が、びっくりしたように振り向いた。
「君は手紙もくれないし、電話もくれないじゃないか」
CNNのアンカーマン、ウルフ・ブリッツァーはかわした。
「だったら君のほうから電話してくれてもいいんだよ」
昔の同僚のロナルド・マーティンはやり返した。
彼らのやり取りはこのように締めくくられ、共通の関心事であるワシントンの交通渋滞の話に移行していった。マーティンはこう回想する。
「僕はあのころ、CNNで朝9時半からの番組を持っていた。たしかあの日、オフィスは家から13.1kmだったのに45分かかったんだ」
CBSニュースのアンカー、スコット・ペレーは「モニカ・ルインスキー事件のとき、報道陣がホワイトハウスの芝生をめちゃめちゃにしてしまったので、芝生の植え替えまでみんな入るのが禁止された」という話をする。
だが実際には、植え替えられたあともジャーナリストが芝生に入ることは許されなくなった。
オバマ政権の早熟の天才少年、ベン・ローズは38歳である。彼は記者たちに気付かれないように半拍遅れて、ヒョウ柄のハイヒールを履いた女の後ろを歩いて部屋を横切った。
「僕は重要じゃない。君たちは重要だ」という呪文を唱えながら、携帯を耳に当てている。
ローズは窓のない地下のオフィスへと向かう。そこは2つに仕切られている。
前方のオフィス部分には、彼のアシスタント、ルマナ・アーメドと代理人のネッド・プライスが、机の向こう側に押し込まれている。
その机は、CNNがノンストップでガンガン鳴り響く大型テレビスクリーンに面している。
オバマの大きな写真が複数、壁に飾ってある。大統領がローズのネクタイを直してやっているところ、ローズの愛娘エラに一輪の花をあげているところ、そして「エ・プルリブス・ウヌム(「多数から一つへ」を意味するラテン語の成句で、合衆国の国章に書かれている)」と記された大きな絨毯の上で、エラと遊びながらニッコリと笑っているもの──などである。
この5週間、ローズは大統領の意識を、楽観的で未来志向な最終一般教書演説に向けさせようと努めてきた。
そしていまテレビから、そうはさせまいとするニュースが映し出された。
「イランで、10人の米国人船員を乗せた2艘のボートが拿捕(だほ)された」というものだ。
ローズは早朝からイランの行動は知っていたが、大統領の演説が終わるまで秘密にしておこうとしていた。しかし、それはうまくいかなかったようだ。
「あいつらはたった2時間も秘密を守ることができないんだ」
ローズは規律が破られていることに、やや苛立ちをあらわにする。
戦略的コミュニケーションのための副国家安全保障問題担当補佐官として、ローズは大統領のスピーチを書き、諸外国訪問を計画し、ホワイトハウス全体のコミュニケーション戦略を立てる。
だが、こうした職務を個別にみると、彼の役割の重要性がよくわからなくなる。
私が今回インタビューした20人以上のホワイトハウス内部関係者らの一致した意見では、ローズは「大統領自身を除いて、米国の外交政策を形作るうえで、唯一かつ最も影響力のあるブレーン」である。
大統領とローズは、首席補佐官であるデニス・マクドノーによると「定期的に1日に数回」意見交換するという。
ローズはオバマと毎日2~3時間はともに過ごすし、それに加えて2人は離れた場所にいるときも、1日中メールや電話を通じて意見交換をしているという。
ローズはイラン核合意のメッセージング・キャンペーンの戦略を入念に立てて成功させ、50年以上も中断していたキューバと米国の交渉をアシストするなど、オバマの主要外交演説のすべての共作者だった。
国家安全保障会議スピーチライター団の最長在職メンバーであるテリー・スプラットはこう語る。
「毎日彼は12の仕事をこなし、そのうえその仕事をほかの誰よりもうまくやってのけるんだ」
問題の大小にかかわらず、米国が世界に向けて語る意見は、ベン・ローズのものなのである。
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