(cache) ◆ 原爆は終戦を早めたか?:  nando ブログ

2016年05月28日

◆ 原爆は終戦を早めたか?

 広島・長崎への原爆投下は、終戦を早めて、死者を減らした……という俗説がある。それは正しいか? 検証しよう。

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 広島・長崎への原爆投下は、終戦を早めて、死者を減らした……という俗説がある。
 ここで言う「死者」は、米軍兵士の死者のことだ。広島・長崎への原爆投下は、数十万人の死者をもたらしたので、その死者数は米軍兵士の見込まれる死者数よりもずっと多いので、総計では「原爆投下が死者を減らした」ということにはならない。しかし、米国兵士は、自国のことしか考えていないから、「自分の命を守るためには相手を大量虐殺ししてもいい」と思っているのだろう。
 まあ、その是非は別として、そう考えていたようだ。
 のみならず、今でも大半の米国民は、そう考えているようだ。特に、高齢者ほどそうだ。
 《 米国世論、根強い投下正当化 若い世代には意識の変化も 》
 「戦争を終わらせるための正しい行動だった」。広島と長崎への原爆投下をめぐり、米国では戦後一貫してこうした意見が多数を占めてきた。戦後すぐと比べると近年は「正当化論」の割合は下がっているが、今なお半数以上を占める。
 米調査機関ピュー・リサーチ・センターが昨年、「原爆使用は正当だったか」と質問した際も、米国人の56%が「正当だった」と答えた。ただ、65歳以上の7割が「正当だった」と答えたのに対し、18〜29歳では47%にとどまり、世代間で違いが出た。また、共和党支持者の74%が正当性を認めたのに対し、「核なき世界」を唱えるオバマ大統領の民主党を支持する人の間では52%だった。
 世代や時代による変化はあるものの、なお過半数が原爆投下を支持している大きな理由は、第2次世界大戦を終わらせ、結果的に多くの米国人の命を救ったと考えられているためだ。05年のギャラップ社の調査では、米国人の80%が「米国人の命を救った」と回答。「結果的に日本人の命を救った」と考えている人も41%だった。
( →  朝日新聞 2016年5月24日

 これが現状だ。
 なお、記事にはさらに続いて、次の話もある。
 スティムソン陸軍長官は47年、原爆投下の理由を説明した論文を発表。太平洋や沖縄の戦線で日本軍が徹底抗戦を続けていた点などを挙げ、「日本本土への上陸作戦を実施すれば、米軍だけで死者が100万人以上になると想定された」と主張した。

 こういう数字が、米国人の見解の根拠としてあるわけだ。しかし、こういう数字は事実だろうか? 

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 一方、別の記事もある。
 《 原爆投下候補・横浜 新資料で外れた経緯探る 》
 投下都市の選定作業は 45年4月27日にワシントンで開かれた目標検討委員会で始まった。
 @人口が集中し、直径3マイル(約4.8キロ)以上の広さを持つ都市A東京と長崎の間に位置するB高度の戦略的価値を持つ――などを選定基準とすることを確認した。具体的には東京湾、川崎、横浜、名古屋、大阪、神戸、京都、広島、八幡、福岡……と 17地域・都市をリストアップした。
( → 朝日新聞 2016-05-27

 ここで、疑問が生じる。東京が選択肢から抜けていることだ。「戦争を早く終わらせるため」であれば、東京に原爆を落とすことが最も効果的であるはずだ。広島や長崎に原爆を落としただけでは、日本は降伏するかどうかわからない。「一億総玉砕」なんて言っている国だから、最後の一兵まで戦うつもりかもしれない。だったら、それを避けるためには、広島や長崎でなく、東京に原爆を落とすべきであったはずだ。それこそが戦争終結のためには最も効果的だからだ。(ひるがえって、広島や長崎に原爆を落としたのでは、終戦は確実ではない。)
 こうして、「終戦を早めるため」という理屈は崩壊する。終戦を早めるためよりも、もっと別の理由で、広島や長崎に原爆を落としたのだということになる。

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 実は、東京に原爆を落とさなかったことには、合理的な理由がある。戦後の復興のためには、その方が便利だからだ。米国の目的は、日本を焼け野原にして崩壊させることではなくて、自分の支配下に置く優秀な子分とすることだった。つまり、意思系統を自分の下に置きながら、有能な右腕として働かせることだった。そのためには、日本を崩壊させることはまずかったのだ。
 これは、常識的だし、ほぼ定説だと見てもいいだろう。ネットにも似た見解は見つかる。
  → アメリカはなぜ東京や大阪に原爆を落とさなかったの?
  → 原爆は長崎と広島に落とされましたが、なぜ東京や関東周辺にしなかったのか

 とはいえ、米国がこのように考えていたということは、米国にとっては戦争の勝敗はもはや興味はなくて、いかに戦後を運営するかということが目的となっていた、ということだ。つまり、この時点では、もはや終戦は自明だったのである。原爆を落とすかどうかには関係なく、日本の敗北は自明だったのである。

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 そう書くと、「違うぞ。日本はまだまだ抵抗していたぞ」と米国人は反発するだろう。しかしそれは、一般の米国民がそう思っていたというだけのことだ。現実には、米国などの首脳部は、日本の敗北が決定的だったことを知っていた。
 英首相のチャーチル自身の言葉がある。彼の「第二次世界大戦回顧録」から引用しよう。(転載・孫引き)
 日本の運命が原子爆弾によって決定したと考えるなら、それは間違いであろう。日本の敗北は最初の原爆が投下される前に確定していたのであり、圧倒的な海軍力によってもたらされたものなのである。最後の攻撃の拠点となっていた海洋基地を押え、突撃に出ることなく本土軍に降服を強制することができたのは、ただ海軍力のおかげだったのである。日本の艦船は壊滅していた。
( → 日本の無条件降伏/終戦の詔勅

 また、別の理由もある。日本が「条件つき降伏」の意を伝えたのは、原爆投下後のことであるが、それ以前に「条件つき降伏」の意を伝えたとしても、それを拒否するよう、トルーマンは決めていたのだ。
 米国内の通達としてトルーマン大統領からマッカーサー元帥に対し行われた通達において、「われわれと日本との関係は、契約的基礎の上に立つているのではなく、無条件降伏を基礎とするものである。貴官の権限は最高であるから、貴官は、その範囲に関しては日本側からのいかなる異論をも受け付けない」趣旨の指令があり、米国大統領の対日政策の基本認識が示されている。
( → Wikipedia

 日本からの無条件降伏以外のすべてを拒否する、という方針が示されている。つまり、日本が何らかの条件を付けて降伏の意を伝えたとしても、それを拒否するつもりだったのだ。ここでは、日本の降伏は最終目的ではなかったのだ。トルーマンは、戦争で勝利をするために戦争をしていたのではない。最も別の目的があって、戦争をしていたのだ。

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 では、別の目的とは何か? それは、原爆の効果の検証である。
 「多額の費用と最先端の研究で開発した原子爆弾が、どれほどの効果を持つか、検証する」
 ということだ。ここでは、次の二つの意味があった。
  ・ 建物などの被害規模を測定する。(前出記事。選定の話。)
  ・ 人間の被害規模を測定する。(つまり、人体実験)


 ではなぜ、そのようなことを検証する必要があったのか? ただの軍事的知識を知るためか? ただそれだけのために、数十万人もの市民を死なせたのか? それほどにも、米国大統領は悪魔的だったのか? 

 違う。トルーマンが真に狙ったのは、次のことだった。
 「共産主義のソ連(スターリン)との対立がすでにあった。そういう状況で、ソ連に対する軍事的優位を確立するために、原子爆弾の効果を明白に知る必要があった」


 そして、実際に、その効果を知った。それは予想を上回る途轍もないものであった。だからこそ、米国は広島・長崎への投下という実験のあとで、大規模な軍拡路線を取ったのだ。
 そしてまた、同じ衝撃を受けたソ連は、「このままでは米国に負ける(劣位になる)」と感じて、何が何でも自国で原爆を開発する必要を感じた。しかるに、その技術がない。かくて、その技術を米国から盗んだ。(スパイを通じて。)
  → 「ソ連 原爆 スパイ」 - Google検索
 そのすえに、米国とソ連の「核兵器開発競争」が起こった。

 ──

 こうしてわかっただろう。広島・長崎への原爆投下は、終戦を早めるためでもなかったし、米国人の命を救うためでもなかった。その真の目的は、戦後におけるソ連との対立において軍事的優位に立つことだった。これこそが真の目的だったのだ。

 そして、ここまで理解すれば、次の逆説に気づく。
 「原爆は、終戦を早めたのではなく、終戦を遅らせたのだ」
 
 仮に原爆がなければ、終戦を早めることは可能だった。日本と交渉して、何らかの形で条件つきの終戦を受け入れることは容易だった。日本にはほとんど戦力は残っていなかったのだから、「降伏勧告」を突きつけることで、終戦を早めることは可能だった。
 しかし大統領はその道を頑として拒んだ。「無条件降伏以外のすべてを受け入れてはならない」という方針を取った。なぜか? 原爆投下という実験がどうしてもほしかったからだ。そして、それが可能となるのは、8月6日だった。だから、その日が来るまでは、何が何でも降伏を受け入れがたかったのだ。

 本来ならば、戦争はもっと早く終わっていたはずだ。5月から7月ごろまでのどの時点で終わっていてもおかしくなかった。しかし、米国大統領としては、どうしても終戦を受け入れるわけには行かなかった。まだ原爆ができていなかったからだ。

 原爆は、修正を早めたのではなく、遅らせたのだ。米国人兵士のうち、6月から8月15日ごろまでに死んだ兵士は、原爆のせいで命を失ったと考えてもいいだろう。もし原爆がなければ、戦争は早めに終わっていたがゆえに、これらの戦死者は死なずに済んだはずなのだ。
 原爆が死なせたのは、広島と長崎の数十万人だけではない。約2〜3カ月間ほどの間に死んだ、日本と米国の兵士もまた、原爆のせいで無意味に戦って死んだと見なされるだろう。
 原爆投下をもたらしたのは、第二次大戦中の日本軍よりも、第二次大戦後のソ連だった、とも言える。これは、歴史の皮肉というには残酷すぎるような、厳しい真実だろう。
 
posted by 管理人 at 00:27 | Comment(1) | 政治 このエントリーをはてなブックマークに追加 
この記事へのコメント
Wikipediaのポツダム宣言の項によれば、無条件降伏の要求は、ルーズベルト存命の時からすべての枢軸国に求めていますので、一貫した正義にかなった主張と言えると思います。日本はナチスドイツと同様の悪の国であるというのが連合国側の認識なのだから、無条件降伏は、理不尽な要求とは言えないのではないでしょうか。
Posted by kmsn at 2016年05月28日 04:11
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