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8月6日の苦しみ消えない オバマ米大統領の演説全文

2016/5/27 20:54
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 71年前のよく晴れた雲のない朝、空から死が降ってきて世界は変わった。閃光(せんこう)と火の壁が町を破壊し、人類が自らを滅ぼす手段を手にしたことを示した。

 我々はなぜここ広島を訪れるのか。それほど遠くない過去に解き放たれた、恐ろしい力について思いを致すためだ。亡くなった10万人を超える日本の男性、女性、子供たち、数千人の朝鮮半島出身の人々、そして捕虜になった十数人の米国人を追悼するためだ。

 彼らの魂は我々に内面を見つめ、我々が何者であるかを振り返り、これからどのようになっていくのかを考えるように語りかけている。

献花するオバマ大統領=AP
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献花するオバマ大統領=AP

 広島を際立たせているのは戦争という事実ではない。歴史的な遺物をみれば、暴力による争いが初期の人類からあったことが分かる。我々の初期の祖先は石から刃物を作り、木からヤリを作る方法を学んだ。こうした道具を狩りだけでなく、同じ人類に対しても用いるようになった。

 穀物不足や黄金への欲望、民族主義や宗教的熱意にせき立てられようと、どの大陸も文明の歴史は戦争で満ちている。帝国は台頭し、衰退した。人々は支配されたり解放されたりしてきた。節目節目で苦しんできたのは罪の無い人々であり、数え切れない彼らの名前は時とともに忘れ去られてきた。

 広島と長崎で残虐な終わりを迎えた世界大戦は、最も豊かで強大な国の間で起きた。彼らの文明は世界に偉大な都市、素晴らしい芸術をもたらしてきた。思想家は正義と調和、真実という概念を発展させてきた。しかし戦争は初期の部族間であった支配や征服と同じような本能から生まれてきた。抑制のない新たな能力が、古くからの支配・征服の構造を増幅させた。

 数年の間におよそ6千万人の命が奪われた。我々と変わらない男性や女性、子供たちが銃撃され、打たれ、連行され、爆弾に巻き込まれた。投獄されたり、飢えたり、ガス室に送り込まれたりした。世界各地には勇敢で英雄的な行動を伝える記念碑や、言葉には言い表せないような邪悪な出来事を反映する墓や空っぽの収容所など、戦争を記録する場所が数多く存在している。

 しかし、この空に上がったキノコ雲の姿は、人類が持つ矛盾を強く思い起こさせる。我々の思考、想像力、言語、道具を作る能力は、大きな破壊的な力も生み出した。

 いかにして物質的な進歩や革新がこうした事実から目をくらましてきただろうか。崇高な理由のために暴力をどれだけたやすく正当化してきただろうか。偉大な宗教は愛や平和、正義を説いている。それらは決して人を殺す理由になってはいけない。国の台頭は人々の団結や協力として語られてきたが、人類を抑圧し、人間性を奪う理由にも使われてきた。

 科学の力で、我々は海を越えてコミュニケーションし、雲の上の空を飛び、病気を治し、宇宙の真理を知ることができるようになった。しかし同じ科学の発見が、効率的な殺人の機械を生み出すこともある。

 近代の戦争や広島はこの真実を告げている。科学の進歩に見合うだけ人間社会に進歩がなければ破滅が訪れる。原子核の分裂を可能にした科学の進化と同様、道徳の進化も求められている。

 だから我々はこの場所に来る。広島の真ん中に立ち、原爆が落とされた時に思いをはせる。目の前の光景に子どもたちが味わった恐怖を感じる。声なき悲鳴に耳を傾ける。あのひどい戦争やそれまでの戦争、そして未来の戦争の罪なき犠牲者全員に思いを寄せる。

 言葉だけではそのような苦しみに声を与えることはできない。歴史を真っすぐに見つめ、再び苦しみを生まないために何を変えなければいけないのかを問う責任がある。

 いつか、証言をしてくれる被爆者の声を聞くことができなくなる日が来る。しかし1945年8月6日朝の記憶は決して消えない。この記憶によって我々は独りよがりではいられなくなる。道徳的な想像力がかき立てられ、変わることができる。

 そしてあの運命の日から、我々は希望ある選択をしてきた。日米は同盟だけでなく友情を鍛え、戦争で得られるよりもはるかに大きな利益を勝ち取った。欧州の国々は連合体を築き、戦場を商業と民主主義(の地)に変えた。抑圧された人々や国々は自由を得た。国際社会は戦争を回避し、核兵器を制限、削減、ついには廃絶するための機構や条約を作った。

 それでも、国家間の紛争、テロ、腐敗、残虐さや抑圧を世界中にあり、道のりが遠いことを思い知らされる。人間が悪を働く力をなくすことは難しく、国家や同盟は自分自身を守る手段を保持しなければならない。しかし我が米国をはじめとする核保有国は、恐怖の理論から逃れ核兵器のない世界を目指す勇気を持たなければならない。

 私の生きているうちには、この目標を達成することはできないかもしれない。しかしたゆまぬ努力により惨劇の可能性を後退させることはできる。新たな国や狂信者たちが恐ろしい兵器に拡散するのを止めることもできる。

 しかし、それだけでは十分ではない。世界をみれば、非常に原始的なライフルや樽(たる)爆弾がどれだけ大きな破壊力を持つか分かる。私たちは戦争そのものへの考え方を変えなければならない。外交の力で紛争を防ぎ、紛争が起きたら終わらせようと努力をする。

 国と国が関係をはぐくむのは、暴力的な競争のためではなく、平和的な協力のためだ。兵力によってではなく、何を築くかで国家を評価するべきだ。そして何にも増して、同じ人類として、互いのつながりを再び考えるべきだ。それが、人間が人間たるゆえんだ。

 遺伝情報のせいで、同じ過ちを繰り返してしまうと考えるべきではない。我々は過去から学び、選択できる。過去の過ちとは異なる物語、我々は同じ人間で、戦争が今よりも起きにくく、残虐さが簡単には受け入れられないような物語を子どもたちに語ってきかせることができる。

 我々はその物語を被爆者から学ぶ。原爆を落としたパイロットを許した(被爆者の)女性は、パイロット個人ではなく戦争そのものを憎んでいることを知っていた。日本で殺された米兵の家族を捜し当てた(日本人)男性は、彼も米国人も家族を亡くした同じ喪失感を抱えていると信じていた。

 私の国の物語はシンプルな言葉で始まる。すべての人は平等で、神によって生命や自由に加え、幸福を追求する譲歩不可能な権利を与えられている。この理想を実現することは米国内の米国市民であっても、決して簡単なことではない。しかし、この物語を実現することは、努力に値する。それは努力して、世界中に広められるべき理想の物語だ。

 私たち全員は、すべての人間が持つ豊かな価値やあらゆる生命が貴重であるという主張、私たちが人類という一つの家族の一員だという抜本的な観念を語っていかなければならない。

 私たちは、その物語を語るために広島に来た。そして愛する人のことを考える。朝起きてすぐの子どもたちの笑顔、夫や妻とのテーブル越しの暖かなふれあい、そして親からの暖かな抱擁。こうしたことに思いをはせ、そしてそんな素晴らしい瞬間が、71年前この広島にもあったことを知る。

 亡くなった人が、私たちとなんら変わらない人たちだったと、普通の人なら分かるだろう。その普通の人たちは、これ以上戦争が起きることは望まない。彼らは科学は、生活を破壊するためではなく、より良くするために使われるべきだと考えている。国家やリーダーは、何か選択をするとき、広島が教えてくれたこのシンプルな知恵を生かすだろう。

 ここ広島で、世界は永遠に姿を変えてしまった。しかし今日、この町の子どもたちは平和の中に生きている。なんと貴重なことか。守られるべきことで、世界中の子どもたちが同じように平和に過ごせるようになるべきだ。それが我々が選びうる未来だ。そして、その未来の中で広島と長崎は、核戦争の夜明けとしてではなく、私たちの道義的な目覚めの始まりとして記憶されるだろう。

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