日本は財政支出を中央銀行の紙幣増刷で賄う「ヘリコプターマネー」にすでに手を染めており、世界最悪の公的債務を高インフレで解決する可能性が高い-。早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問の野口悠紀雄氏は、長期的にみた円の価値は非常に危ういとみる。

  旧大蔵省出身の野口氏(75)は26日までのインタビューで、日本は米連邦準備制度理事会(FRB)前議長の「ベン・バーナンキ氏が言及したヘリコプターマネーはすでに実施している」と指摘。日銀の黒田東彦総裁が導入した「異次元緩和に基づく国債買い入れは残存期間が長い国債を銀行が右から左に売れるようになったので、事実上の日銀引き受け。財政法第5条の脱法行為だ」と述べた。

  26日開幕した主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)で議長を務める安倍晋三首相は、内外経済を刺激する財政出動に前向きだが、構造改革による成長力の底上げを重視するドイツなどは慎重だ。日独はともに世界大戦での敗戦後にハイパーインフレを経験。米国の懸念を呼ぶほどの経常黒字を稼ぎ、金融政策では量的緩和とマイナス金利を実施するなど共通点が多いが、財政規律への姿勢には差がある。

  国際通貨基金(IMF)は日本の政府債務残高が今年は名目国内総生産(GDP)の249.3%、2019年には251.9%と高止まりを予測。米国は107.5%から106.4%と横ばい、ドイツは68.2%から60.8%と日本の4分の1未満に低下すると見込む。ヘリコプターマネーの到来を予想する著名投資家のビル・グロース氏は25日のインタビューで、日本が債務問題を最終的に解決する唯一の方策は日銀の全額買い入れと返済免除だろうと語った。

  野口氏は「ヘリコプターマネーは非生産的な用途に使われるようになる。歴史上、ずっと続けられた例はない」と言い、「必ず最後はインフレになって破綻している。インフレで希薄化せずに債務問題を解決できた例は皆無ではないが非常に少ない」と指摘。しかも、日銀による巨額の国債買い入れに「出口がなければ、日本がそうなる可能性は非常に高い」と述べた。

  ヘリコプターマネーはノーベル経済学賞受賞者のミルトン・フリードマン氏が1969年に提唱した経済政策。バーナンキ氏は、金融不安とデフレ下の日本に提案した経緯がある。一方、先月の20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議はあらためて通貨安競争をけん制し、金融緩和効果の限界に言及。景気支援策としての財政出動がこれまで以上に脚光を浴びている。

  自民党の山本幸三衆院議員が会長を務める「アベノミクスを成功させる会」は先週まとめた安倍首相への提言で、来年4月の消費増税を予定通り実施する一方、3年間で最大37兆円規模の財政出動を主張。二階俊博総務会長は23日、消費増税を2年延期する可能性や主要7カ国(G7)で協調した財政出動の必要を訴えた文書を首相に手渡した。首相は伊勢志摩サミットでの議論を踏まえ、消費税率引き上げを先送りする意向だと27日付の読売新聞朝刊が報じた。先送り期間は2年間を軸に調整しており、近く政府・与党幹部との調整に着手するとしている。

  野口氏自身は日本経済には円高が望ましいとの考えだが、政府・日銀の財政出動・金融緩和が続けば「円の価値は非常に危うい。長期的な円安が傾向的に続く可能性は否定できない」と指摘。「日本経済の体力がどんどん弱っていけば、1ドル=300、500、1000円も十分考えられる」と分析。市場で「円や日本国債がセーフヘイブンと位置づけられているのは極めておかしなことだ」と述べた。

  円相場は1973年に変動相場制へ移行して以降、さまざまな乱高下を経験してきた。日米欧の主要5カ国が過度なドル高是正で一致した「プラザ合意」後、87年末に121円25銭まで円高が進行し、固定相場時代の300円台から大きく水準を塗り替えた。バブル崩壊後の95年4月には79円75銭まで急騰した後、98年8月にはアジアや国内の金融危機を背景に147円66銭まで下げた。

  リーマンショックや東日本大震災を経た2011年10月末には、75円35銭と戦後最高値を記録。しかし、第2次安倍内閣下での異次元緩和を背景に、昨年6月に125円86銭と13年ぶりの安値を付けた。その後は投資家のリスク回避を受け、今月3日には105円55銭と14年10月以来の水準を回復する場面もあった。