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「解体屋ゲン」アプリ配信記念トークイベントレポ

特集 イベントレポート

ロボット、女児向けゲーム、クールジャパン…もうコミックスなんていらない!?「解体屋ゲン」アプリ配信記念トークイベントレポ

週刊漫画TIMES(芳文社)にて連載中の「解体屋ゲン」は、世界を股にかける建築物解体のプロ・ゲンの豪快な活躍を描く物語。2002年から同誌に掲載され、話数にして600回を数える長期連載でありながら、単行本はコンビニコミックスを含む3冊しか発行されていない。ところが2016年、1話から100話までを無料で読めるスマートフォン・タブレット向けのアプリが「漫王」から登場し、ファンは驚きと喜びをもってこれを迎えた。現在は7月22日までの期間限定で、101話から200話までのエピソードが読み放題となるアプリが配信されている。

アプリ化を記念し去る4月30日、阿佐ヶ谷ロフトAでは「コミックスなんていらない!?-『解体屋ゲン』電子出版へ向けて大打ち上げ会-」と題したトークイベントを催行。原作担当の星野茂樹、作画担当の石井さだよしのほか、関係者が多く登場し、「解体屋ゲン」をあらゆる面から語り合った。禁断の話題も多く飛び出した本イベントについて、本記事では公開可能な範囲でレポートする。

取材・文・撮影/安井遼太郎

原作:星野茂樹&作画:石井さだよしインタビュー

まずイベントの開演前、控えている作者の2人に直接話を伺うことができた。取材の様子は次のとおり。

別に俺たちは、生ける伝説になりたいわけじゃない

──今回のイベントは「電子出版へ向けて大打ち上げ会」とのことですが、その趣旨を伺ってもよろしいですか。

星野 うーん、結構難しいよね(笑)。あのね、今のマンガって、順当に行けば、紙の単行本になって、電子書籍になって、アプリになって、っていうのが普通のルートだと思うんですよ。「解体屋ゲン」はその点ですごく……下手を打っていて。いろんな事情で単行本化や電子書籍化が実現しないまま、十数年きてしまった。自分たちでも、なんでこうなってしまったのかよくわからないんだけど、わからないなりにずーっと、もがき続けてきたんですよ。単行本が出ていないことを、マンガ界の七不思議なんて言ってくださる人もいて(笑)。別に俺たちはそんな、生ける伝説になりたいわけじゃないんだよね。そんなの全然望んでない。

石井 (頷きながら)望んでない(笑)。

星野 ね。望んでないんだけど、いろんな時代の狭間に落ち込んだのか、こうならざるを得なかった。そんな中で見えてきた、たったひとつの光明が、今回のアプリ化なんです。だからこそ、打ち上げようじゃないかっていう。そんな趣旨ですね。

石井 よく「マンガ界の構造を変えようとしている」とか言われるんだけど、そんなつもり、まったくないですから。もしかすると変わるのかもしれないですけど、「変えよう」なんていう気持ちはこれっぽっちもない(笑)。ただ作品を読んでもらえるきっかけにしたい、という。

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「解体屋ゲン」アプリの配信告知ビジュアル。

──業界の構造に立ち向かっていこうという気負いは、特段ないと。

石井 全然ないです。

星野 気負いどころかね……今の人たちには「こんなふうになるな」って言いたいよね(笑)。現状がいいものだとは全然思ってないんですよ。ここから逆に、何をやっていけるのかっていうのを探っていきたい。

──今後、どういった動きになるのが一番理想的ですか。

石井 普通とは逆だけど、電子書籍になって、最後には紙の単行本になってくれれば一番いいですよね。出版社から出ないんだったら、自分らでやるしかないかなと。

──ファンに向けてのメッセージをお願いします。

石井 やっとアプリで過去の話を読めるようになったので、この機会に、見てほしいですよね。どんどん読んで、応援してほしいです。

星野 電子書籍とかマンガを読むアプリって、今爆発的に増えているでしょ。そんな中で、どうすればみんなに届けられるのかっていうのが課題で。電子化したところで、届けられないのでは意味がないから。だからそこを、いろんなメディアに載せてもらうなどして届けていきたい。応援をよろしくお願いします。

「コミックスなんていらない!?-「解体屋ゲン」電子出版へ向けて大打ち上げ会-トークイベントレポート

イベントには司会を務めるリタ・ジェイ氏とバッドガイ・ナベ氏、そして原作担当の星野茂樹、作画担当の石井さだよしのほか、マンガアプリ「漫王」のプロデュースを担当した竹垣利光氏、ブログ「情報中毒者、あるいは活字中毒者、もしくは物語中毒者の弁明」の管理人・soorce氏が登場。4年ぶりの「ゲン」トークイベントということもあり、会場はほぼ満員の状態だった。

始まりはゴルフ場のグリーンから

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石井は、世界に10個ほどしかないという「解体屋ゲンヘルメット」を着用。

まずは今回のアプリ化についての経緯を説明。話は約10年前、石井と、携帯電話向けのマンガ配信サービスを手がけていた竹垣氏が、ゴルフを通じて知り合ったことに始まるという。竹垣氏は「しまいこんだままになっている原稿を、電子ならではの特性を活かして届けていきましょう」と熱弁をふるい、石井作品を次々と携帯電話向けに配信していった。しかし「解体屋ゲン」の電子化にあたっては、版元との交渉に時間を要したとのこと。

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左からsoorce氏、竹垣利光氏、星野茂樹、石井さだよし、リタ・ジェイ氏、バッドガイ・ナベ氏。竹垣氏のゴルフについて「この人はラグビーやってたからめちゃくちゃ飛ばすんだけど、すごく曲がるんですよ!」と石井。

星野は出版社が電子化に二の足を踏む理由として「利益が上がるか否か、紙の本と比較すると予測しにくい」ことと「取次や印刷といった中間業者を飛ばしてしまう」ことを挙げる。「いろいろ言いたいことはあるけども、業界全体を見渡すと、ちょっと無理もないのかなと」とこぼしつつ、「今回のアプリ化ですごくよかったのは、初めて読んでくれる人がたくさんいたこと。結局マンガは読んでもらわないと始まらない、ということをしみじみ感じられた」と話した。

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初期エピソードについて星野は「俺も正直、アプリで初めて見たような気持ちで。読んだら意外と面白いんですよ!」と笑う。

作者推薦!「解体屋ゲン」の必見エピソードは?

続いて現在アプリで配信中の101~200話の中から、見どころを紹介するコーナーへ。まず石井は第148話「みんなの結婚」から、ゲンと慶子の結婚式の場面をセレクトする。「初めて『ゲン』がアンケートで1位を取った記念すべき回」と、連載当時を振り返っていた。さらに「我ながら、何回読んでもここでいつも笑ってしまう」ということで第149話「新婚初夜」のヒデを挙げたほか、世間の流行に先駆けてゼロ・エミッション(廃棄物をゼロにする運動)を取り上げた第188話「0・エミッション」、石井のマンガ家人生において、体調不良で唯一原稿を落としてしまったという因縁の回である第197話「虫の知らせ」を紹介した。

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会場ではアプリのデモンストレーションとともに、ダウンロードしたエピソードを読み終わり次第削除しながら読むと、端末の容量を圧迫しなくて済むというTipsも紹介された。

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取り壊されるラブホテルのSMルームのグッズをゴミにしないため、ゲンたちが奮闘する「0・エミッション」。

続いて星野は見どころとしてまず、第179話「ゲン大爆発」から、ゲンが家をハンマーで壊していく「手壊し」のシーンを選出。「この頃は、すごくもがいていた時期で。ハンマーを振るうっていうのは、何かしらぶつけたいものがあるわけで……俺はこのときの絵がすごく好きなんです」と感慨深そうに振り返った。ところが石井は「これ何話だっけ?」とあまり印象に残っていない様子で、星野は「ガッカリですよ!」と肩を落としつつ苦笑する。また第196話「ゲンの決意」で、ゲンが妊娠中の妻・慶子のお腹へ話しかけているシーンを挙げ、「ぶっ壊すのがゲンさんなんだけど、守るのもやっぱりゲンさん。昔のような無茶はできないけど、子供をきっかけに成長しているのをはっきり意識した回」とコメントした。

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敵の会社を爆破したり、頼まれてない病院を勝手に壊したりといった、かつてのゲンについて「もうね、毎回法律を侵すことはできないんですよ……」と述懐する星野。

続けて特別ゲストとして初代担当編集者・花澤正昭氏が登場。「ゲン」連載立ち上げ時について「週刊漫画(TIMES)というのは労働者の雑誌だったんですね。そこで星野さんがガテン系のマンガの原作を持ってきて、これならば読者にも受けるし、会社でも企画が通るだろうということで」と語った。当初のタイトルは「解体屋(かいたいや)ゲン」という読み方だったものに、「こわしや」というルビを振ったのが花澤氏であるという。そのほか連載初期の出来事が語られ、第一部は幕を閉じた。

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当時の社内事情など、爆弾エピソードを淡々と話す花澤氏。とてもここには書けないことばかりで、このイベントでもっともデンジャラスな時間帯となった。

さまざまなゲストが「ゲン」を語りまくる

第2部からは、さまざまなゲストを招き「ゲン」の制作秘話に迫るコーナーへ。まずは日本の伝統的な家造りに携わる人々の団体「職人がつくる木の家ネット」代表・大江忍氏が登場しトークを行った。「曳き家」を手がけるロクさんをはじめとする職人も多く登場する「解体屋ゲン」に「応援していただいている」と感じていたという大江氏。特に一般の民家においては、伝統的な家造りがほとんど廃れてしまった日本の現状を紹介し、来場者に「Webサイトを見てもらえれば、関東でもがんばっているメンバーがたくさんいることがわかると思います。関東でも(伝統構法を使った家造りは)できないことではないです」と語っていた。

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昔ながらの工法で造られた家屋は耐震性や再生性に優れ、熊本地震においても難を免れたものが多いと語る大江氏(中央)。

続いて第661話「次世代型重機」に登場する、重機ロボ「タキジロウ」のメカデザインを担当したかこいかずひこが登場。「解体屋ゲン」300話あたりから読み続けているというかこいは、星野からのオファーを受け、新鮮味と見栄えを重視し四脚よりも二脚を選んだこと、転倒対策として膝部分は平行四辺形の四脚リンクで作ったことなどを明かした。

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「石井先生に描いてもらわないといけないので線を増やしたくはないんですが、あまりツルツルにもできなくて……」と恐縮するかこい(左から2人目)に、「大丈夫大丈夫! アシスタントが描くから」と笑う石井。

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イベントでは、タキジロウTシャツの販売も行われた。これがその絵柄。

また青年マンガや雑誌に関する知見で知られるsoorce氏による、マンガ市場分析のコーナーも。soorce氏のブログ「情報中毒者、あるいは活字中毒者、もしくは物語中毒者の弁明」は「解体屋ゲン」をかなり早い段階から取り上げており、星野は「『ゲン』ががんばれたひとつの理由」と感謝していた。なおこの際の発表スライドはWeb上に公開されているので、気になる人はチェックしてみては。

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電子書籍の変遷・発展について語るsoorce氏。竹垣氏から、電子マンガ配信に関する裏話も飛び出した。

そして星野は、今後の「解体屋ゲン」の展望を語り出す。「まず当面の目標としてはKindle版だね。価格はなるべく安くして、出したいなと思っています」と話すと、場内からは拍手が。さらに星野は世界進出を視野に入れていることを明かし、「新興国や中東って、今まさに土木工事をめちゃめちゃやってるんですよ。ベトナム、カンボジア、ドバイ……そちらに向けてオリジナルの『ゲン』を作って、向こうの人にスポンサーになってもらえればいい」「実はタキジロウを出したのもその伏線で。ロボットが出てくれば、向こうでプレゼンしやすいじゃんっていう」と、壮大な戦略について語った。「今はただ風呂敷広げてるだけなんですけど、ややそういう話が見えたり見えなかったり……模索しているところです」と期待を持たせた。クールジャパンの新たな刺客「解体屋ゲン」の海外進出に注目だ。

作者2人の力強い言葉が響き渡ったラスト

また観客からの質疑応答コーナーでは、ゲンたちが女児向けゲーム「ワクワークガール」にハマる第655話「秘密の花園」について、どのようなところから着想したのかという質問が飛び出す。「たまたま知り合いにとあるゲームメーカーの人がいて、直接取材したんですよ」とエピソードを披露しつつ星野が「反響の大きさにびっくりしたよね」と話すと、石井は「俺は原作を見たときびっくりしましたよ!」と切り返していた。なおこちらのエピソードは作品公式サイトでも公開されているので、未読の人は要チェックだ。

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第655話「秘密の花園」より。石井は作画のため、実際に近所のゲームコーナーに足を運び、そこにいた女性にゲームの遊び方などを教えてもらったという。

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終盤には、来場者を対象とした抽選プレゼントコーナーも。サイン色紙のほか、「解体屋ゲン」をふくむ石井作品の単行本などが10人あまりに贈られた。

最後にコメントを求められた出演者の面々。星野は「前回のイベントでもそうだったんですけど、ここを始まりに、いろんなイベントや飲み会を、俺たちはやります。そして常に新しい参加者を募集します。また、呼んでいただければ俺は全国どこにでも取材に行きます。面白いとかつまらないとかは関係なく、どんな話でも俺はネタにして、『ゲン』の中に取り込む自信がある。だから俺たちは、ネタに困ることは一生ありません!」と力強く語り、「今日で終わりにしないで、どんどん食い込んできてほしいなと思います。ありがとうございました!」と締めくくった。石井は「4年前に初めてイベントをやったときには最初で最後って言ってたんだけど、2回目をやってしまいました。もしかしたらまた4年後、3回目があるかもしれない」と、2020年のイベント第3弾を早くも予告。「オリンピックイヤーまで、応援をお願いします!」とアピールし、イベントの幕は閉じられたのだった。

スマートフォン・タブレット向けアプリ

「漫王」
「漫王」

アプリサービス「漫王」では、現在101~200話までを無料で読めるアプリを配信中。
7月22日までの期間限定なので、この機会にドカンと一気読みだ!
また配信が終了した1~100話については、4話120円の有料版として配信される予定。

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