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 国内のがんで年間死亡者が最も多い肺がんの新しいタイプの薬として、昨年12月に承認、公的医療保険が適用された「オプジーボ」(一般名ニボルマブ)。臨床試験(治験)では高い治療効果が示されたが、高価な医療費が課題になっている。

 ■「転移消えた」「効かない人も」

 「肺がんのステージ3、5年生存率は20%です」

 東京都内で居酒屋を経営する角地龍治(つのぢりゅうじ)さん(63)は昨年5月、国立がん研究センター中央病院(東京都中央区)で告知された。

 翌月に入院して抗がん剤と放射線治療を受け、その後は月1度の血液検査を続けた。しかし、12月のCT検査で、同じ左肺に2カ所で転移が見つかった。

 「今月承認された新しい薬を使いますか?」。担当の後藤悌(やすし)医師からオプジーボの使用を提案された。「ただ、効く人と効かない人がいます」

 角地さんはすぐに決断、翌月、点滴による投薬を始めた。1回に約2時間横になるだけで、吐き気やだるさは特段感じず、店にも再び出られるようになった。

 2カ月後。「がんが消えました」。CT検査の画像を見た後藤医師の説明を角地さんは不思議な気持ちで聞いた。「正直、ピンと来ない。でも店を続けられ、自分を支えてくれる人が喜んでいるのがうれしい」

 オプジーボは2014年に皮膚がんの「悪性黒色腫(メラノーマ)」の新薬として、世界に先駆けて日本で承認。昨年12月には肺がんで追加承認された。国立がん研究センター中央病院では、昨年12月以降約80人の肺がん患者がオプジーボの治療を受けたが、後藤さんは「2カ月ほど続けて、残念ながら効果がなく病気が悪くなる人が多い。『効く人もいる』という表現が適切かもしれない。副作用が出る頻度が治療の早い段階では少ないのも特徴」と話す。

 

 ■免疫の働き促す/進行・再発対象

 オプジーボはがん細胞を直接攻撃するのでなく、人に備わる免疫の働きを促す「がん免疫療法薬」だ。

 がん細胞が「敵ではない」と欺くために免疫細胞に結合すると、免疫細胞は攻撃を止め、その間にがん細胞は増殖していく。オプジーボはその結合を防ぎ、免疫細胞に「がん細胞は敵だ」と知らせる=図。

 適用対象は切除不能で進行・再発した末期状態の非小細胞肺がん。原則として、初めの抗がん剤で効かなかった次の段階で使われる。非小細胞肺がんは肺がんの約8割を占め、気管支からの発生が多い扁平(へんぺい)上皮がん(約3割)と、末梢(まっしょう)部の発生が多い腺がん(約5割)に大きく分類される。

 欧米などでの治験では驚く結果が出た。化学療法が効かず再発した扁平上皮がんの患者272人にオプジーボと標準治療の抗がん剤(ドセタキセル)で比較した。1年後、ドセタキセルの生存率24%に対し、オプジーボは42%と高かった。

 疲労や下痢などの副作用が出たのは131人中76人(ドセタキセル129人中111人)。うち、重篤例は9人(同71人)で、脱毛症は0人(同29人)。腺がんでも生存率でドセタキセルを上回った。オプジーボが有利なのが明確なため、いずれの治験も途中で異例の中止となった。

 一方、課題もわかってきた。中西洋一・九州大教授(呼吸器内科)によると、がんが縮小した割合は約2割で、効かない人には「ただの水を点滴しているのと同じ」。原因も不明だ。

 リウマチなど自己免疫疾患の患者には使えず、高齢者ら元々の免疫力が弱い人には効果が期待できない。日本肺癌(がん)学会は「すべての患者に有効な『夢の新薬』ではない」と過度な期待への警鐘を鳴らす。

 製造販売元の小野薬品工業(大阪市)によると、14年の承認以降、オプジーボを投与された推定患者数は今年4月末時点で5976人。2865人に何らかの副作用があり、うち763人が重篤例だった。肺がん治療で前例がほぼない1型糖尿病の重篤例もある。