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まめに豆をまき,まめに豆を数えた男,その名はメンデル

科学
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はじめに


このエントリーでは,「メンデルの遺伝の法則」について,2人の会話形式で簡潔にお届けします.


<会話の設定は以下の通り>
(フィクションです)


某女子大で生物系の講義を担当中の尾巻講師が,講義修了後に大学3年生の都子さんから質問を受けています.

●講義ではメンデル遺伝の簡単な復習と知識確認のテストを行いました.解答を回収し,学籍番号順に並べながら,結果をざっと見たところ,尾巻講師は頭を抱えそうになりました.
 多くの学生が1年次に「生物学の基礎」を履修しているはずのですが,習ったことをきれいさっぱり忘れてしまっていたからです・・・

 

 女子大生と講師の会話 

 

 

メンデル遺伝は中学の復習のはずなのに,予想外にできてないなあ.「優性の法則(優劣の法則)」を「有性の法則」って書いてるし・・・

 

 

先生,さっきの講義で,メンデルは「まめに豆をまき,まめに豆を数えた男」って言ってましたけど,けっきょく何個の豆を数えたんですか?

 

 

それは伝えてなかったね.細かい数字よりもメンデルの3つの法則の復習が先だったから.え〜っと,いわゆる優性形質:劣性形質の比が3:1になることを発見した実験(第一実験)で数えたのが7324個.これはエンドウ(Pisum属)の種子の形は丸としわがあるって言ったけど,丸が5474個,しわが1850個,丸:しわの比が2.96:1になったんだよ

 

 

1つの実験で7324個も!しかも形を確認しながら分けるんですよね.気が遠くなりそうです〜

 

 

 

第二実験は種子の色(注:『雑種植物の研究』には胚乳と書かれているが,実際は子葉)について,8023個を数えたんだよ.黄色6022個,緑2001個,黄色対緑の比が3.01:1

 

 

2つの実験だけでエンドウの豆粒が1万5,347個ですよ!本当,まめじゃないと数えきれませんね!

 

 

 

豆の粒を数えただけじゃなく,種皮の色(929株),さやの形(1181株),未熟なさやの色(580株),花の位置(858株),茎の長さ(1064株)についても調べたんだよ

 

 

じゃあ,数えたのは1万5千よりもっと多くなりますね!

 

 

 

そうです.でも,『雑種植物の研究』には全部で何粒のエンドウを数えたかについては書かれてないんだ.助手もいたと思うけど,それにも触れてない.ある本では27225個とされている(『歌う生物学』, p.48)けど,私には真偽の程は掴めないよ.

 

 

それでもたくさんのエンドウの豆とかを数えるなんて,メンデルはすごいなあ

 

 

 

そうだね.定量的な研究はこれがたぶん初めてだしね.でも,メンデルの本当にすごいところは,優性形質をA,劣性形質をa,両方の形質が組み合わされた雑種をAaと表記して,遺伝のメカニズムを説明するために抽象的な概念を導入したことなんだ

 

 

こうですよね.ABO式血液型だとA型とB型が優性O型が劣性.それぞれをA,B,oと書けば,ABとooの両親からはAoとBo,つまりA型とB型の子どもが生まれる可能性があるんですよね.万俵大介(『華麗なる一族』の父親)がメンデル遺伝を知ってればよかったのに

 

 

その通り.AやBみたいにシンプルな記号にしたことは,「その後の遺伝学の発展に絶大な貢献となるもの」(『雑種植物の研究』p.104)でした.
 今の例をもうちょっと説明します.AとBをペアでもつ(AB型)の親からは,ABのペアが分離して,1つの配偶子にはAかBどちらか1つだけが入る.Ao(A型)の親からはAとoのペアが分離して1つの配偶子にはAかoどちらか1つだけが入る.これが分離の法則減数分裂の仕組みがわかってなかった時代にこのアイデアを思いついたのは,ものすごい先見の明なんだ

 

 

メンデルは「まめに豆をまいて豆を数えた」だけの人じゃないんですね〜

 

 

でも,批判もあるんだよ.Fisherが1936年に発表した論文では,メンデルの後年の実験が導き出した結果はバイアスがかかってるんじゃないかと指摘しているんだ.例えば,9:3:3:1の比を得た独立の法則で用いたのはわずか556粒の種子だった.でも,メンデルが栽培したエンドウは年が経つにつれて増えている.つまり,メンデルが数えることができたはずの種子の数は556よりはるかに多かったはずで,後年のメンデルの実験は自分の考えに都合のいいものを選んだんじゃないかとにらんでいるようなんだ

 

 

それって,もしかして捏造ですか?

 

 

 

「たとえば少しだけしわが寄った種子を滑らか(つまり丸い)と見るかしわが寄っていると見るか判断する際に,先入観や願望が働いたためかもしれない」(『ガリレオの指』,p.65)とも書かれている.当時は現代のように統計的手法も確立していなかったし,データの扱い方も今ほど厳密じゃなかっだだろうから,捏造は言い過ぎかもしれないね

 

 

ところで,メンデルってどうやって生活費を稼いでいたんですか?もしかして高学歴ワーキングプアとか?

 

 

 

メンデルはギムナジウムを優秀な成績で卒業したあと,修道士→神父→ギリシャ語・ラテン語・数学の教師(代用教員)→ウィーン大学に留学→再び代用教員になったんだ.
 代用教員時代の1855年5月に2回目の教員試験に挑んだけれど,フェンツルという試験官と論戦をやらかしたせいか試験に不合格.その後,1856年から62年にかけてエンドウの実験をしたとされている.1868年に修道院の院長になって1884年に心臓病と腎臓病で亡くなったそうだよ

 

 

試験に受かってればきっと違う人生を送れたんですね.それにメンデルの法則の再発見が,メンデルが亡くなってから16年後っていうのも不遇すぎます・・・

 

 

 

そうかもしれないね.メンデルが「植物雑種にかんする実験」(邦訳は『雑種植物の研究』)を発表したのが1865年,1900年になってようやくド・フリース,コレンス,チェルマクの3人が,それぞれメンデルの論文を正当に引用したんだ(『雑種植物の研究』,p.103).でも,チェルマクのお祖父さんが,メンデルの教員試験不合格の理由とされているフェンツルというのはつくづく皮肉だと思うよ.

 

 

そうですね・・・これからスナップエンドウを食べるときはメンデルを思い浮かべるようにします

 


 

 

メンデルの法則


メンデルの法則は,メンデル論文の再発見者の一人,コレンスが名付けたそうです(『雑種植物の研究』, p.103) .

メンデルの法則には,
第一法則(分離の法則)
第二法則(独立の法則)
第三の法則(優性もしくは優劣の法則)
があります.

それぞれについては中学で習ったことと思います.メンデルは1856年から1862年にかけて,修道院の35m×7mの圃場で種子屋から購入した34品種のエンドウを2年かけて試験した後,実験に着手しました.

メンデルの法則の内容はごく簡単に会話で紹介しましたたが,説明が足りない分を補います.

メンデルは,代を重ねても変化しないエンドウを準備しました.「代を重ねても変化しない」ものを「純系」と呼びます.

純系の種子の丸いエンドウからは,種子の形がしわになるエンドウは生まれません.

ここで,種子の形に注目すると,「丸」と「しわ」があることに気付きます.「種子の形」という一つの特徴をみたときに,「丸」と「しわ」という2種類の「形質」があるのです.この「丸」と「しわ」のように同時に現れない形質を「対立形質」と呼びます.

<優性の法則>
メンデルは,対立形質の異なる純系同士をかけあわせたものを「雑種」と呼びました.

すなわち,代を重ねても種子の形が丸になる「純系の丸」と,代を重ねても種子の形がしわになる「純系のしわ」を掛け合わせたものは「雑種」となります.この場合,雑種の種子の形はかならず「丸」になります.

雑種にあらわれる形質を優性形質あらわれない形質を劣性形質とよびます.丸をR,しわをrと表せば,純系の丸はRR,純系のしわはrrと書けます.RRとrrをかけあわせると,それぞれから出来る配偶子はRとr,かけあわせるとRrになります.種子がしわになる遺伝情報はもっていても,優性形質である丸の遺伝情報が発現するため,隠れてしまいます.

ABO式血液型の場合,AAの親とooの親から生まれる子の血液型はAo,血液型はA型になります.これはAが優性形質,oが劣性形質のためです.

<分離の法則>
話をエンドウに戻します.次に,雑種であるRr同士をかけあわせます.

すると,片親からできる配偶子に含まれる種子の形の遺伝情報はRとr,もう片方からもRとr,それぞれが等しい確率でかけあわされると,RR,Rr,Rr,rr という次の世代のエンドウが生まれます.純系の丸が1,雑種で種子の形が丸になるのが2,純系のしわが1という比になり,丸:しわ=3:1となります.この3:1の比が分離の法則で得られる分離比です.

<独立の法則>
独立の法則は,丸としわという1つの形質のみならず,2つ以上の形質についてみた場合のものです.

エンドウの場合,種子の色(子葉の色)に黄色と緑という対立形式があり,黄色が優性形質,緑が劣性形質です.黄色をY,緑をyと表記することにします.

純系の丸・黄色(RRYY)と純系のしわ・緑(rryy)をかけあわせた雑種はRrYyとなります.この雑種からは,RY,Ry,rY,ryという配偶子ができます.RrYy同士をかけあわせると,次の世代はRRYY×1,RRYy×2,RrYY×2,RrYy×4(ここまでで丸・黄色が9),RRyy×1,Rryy×2(ここまでで丸・緑が3),rrYY×1,rrYy×2(ここまででしわ・緑が3),rryy×1(しわ・緑)が1となります.

すなわち,丸・黄色:丸・緑:しわ・黄色:しわ・緑=9:3:3:1という比が得られます.

<例外が見当たらないのは分離の法則だけ>
ただし,ABO式血液型でAB型がみられるように,必ずしも対立形質のうちどちらか一方だけが発現するわけではありません(不完全優性).また,独立の法則は2つの遺伝子が同じ染色体上にのっている場合には成り立ちません.

一方,今のところ,分離の法則についての例外は見つかっていないようです.したがって,分離の法則はいつでも当てはまる法則であり,遺伝のしくみ,特に減数分裂について解明する上で最も重要な知見となったのです.

おわりに



『ガリレオの指』から面白いというか,現代でもありがちなエピソードを引用しておきます(p.62).

メンデルの死後16年経った1900年,オランダのヒューゴ・ド・フリース,ドイツのカール・エーリッヒ・コレンス,オーストリアのエーリッヒ・チェルマク・フォン・ザイゼネックという三人の植物学者が,それそれメンデルのことは知らずに同じ結果を得たと発表した.ただし,これについてはいかがわしい話があったとも言われている.三人のうちひとり(ド・フリース)が,メンデルの先行性を遅れて認めたらしいのだ.別のひとり(コレンス)が同じような結果を公表しようとしているのがわかったため,どのみち先行性を譲らざるを得ないだろうと思っていたド・フリースは,それならコレンスの主張を色褪せたものにしてやれとメンデルの先行性を公表したという.メンデルの研究が35年も無視されてきたことについては,さまざまな説明が試みられている.協会という優れた研究など生まれそうにない環境の人間だったからだとか,数学(といっても簡単な計算だったのだが)を使ったのが当時の生物学者を混乱させたといった意見もある.だが,実際はもっと単純な話ではなかったか.ド・フリース,コレンス,チェルマクの三人がメンデルの研究をよみがえらせ,近代的な目で見つめなおすまでは,だれもそれが遺伝のメカニズムに関係があるとは思わなかったのである.


3人がそれぞれ独立に論文を発表したかのように思ってましたが,事実はもっとドロドロしていたのかもしれません.論文を学術雑誌に投稿したら,対応編集者がたまたま同じテーマで論文を準備しており,編集者の論文を先に世に出すために投稿論文の編集作業を遅らせる,なんて話も聞いたことがあります.最初の査読から1年くらい論文が戻ってこないことも・・・

ところで,メンデルの法則のWikiページには「確証バイアス」が書かれています.「確証バイアス メンデル」で検索するといくつかヒットします.フキダシでFisherの疑問について触れましたが,それが確証バイアスだとするなら,ド・フリース,コレンス,チェルマクにも同じ傾向がみられるはず,と思います.

事実はどうなんでしょうね?

メンデルは,死の数ヶ月前に「今に私の時代が来る」と友人に語ったそうです(http://www.agr.ryukoku.ac.jp/teacher/nakamura_research02/chapter7.html).

その言葉は20世紀に入ってからようやく実現したのです.



<参考文献>
G. Mandel (1865).Experiments in Plant Hybridization.邦訳『雑種植物の研究』,岩波文庫(岩槻邦男,須原準平訳),1999.
R.A. Fisher (1936). Has Mendel's work been rediscovered? Annals of Science, 1:115-137.
本川達雄(2002). 『歌う生物学』,阪急コミュニケーションズ.
ピーター・アトキンス(2004). 『ガリレオの指』(斉藤隆央訳),早川書房.
ジェームス・D・ワトソン,アンドリュー・ベリー(2003). 『DNA』(青木薫訳),講談社.
長田敏行(2012). 日本メンデル協会の近況.日本メンデル協会通信No.26, pp.1-2.